天王寺湊は虹を駆ける   作:ジマリス

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26 人となり

「お邪魔します」

 

 同好会の部室に、珍しい客人が現れた。スクールアイドルのファンではない。それどころか虹ヶ咲の生徒でもなかった。

 現れたのは、東雲学院の期待の新星スクールアイドル。そして近江さんの妹である近江遥さんだった。

 

「今日はどうしたの?」

「実は……」

「大事なお話がありまして」

 

 そう言うと、彼女は後ろに目を配る。

 さらりとした長い髪をたなびかせて入ってきたのは、また違う学校の女子生徒。

 薄い黄色のシャツに、水色のジャンパースカート。この制服は確か……

 

「初めまして。藤黄学園スクールアイドル部の、綾小路姫乃と申します」

「藤黄って……」

 

 桜坂さんが反応する。

 前に彼女が主役の演劇をやった演劇祭。そこで別の演目をしたのが藤黄だったはず。

 そこのスクールアイドルといえば、東雲に負けず劣らず名高いグループだ。

 

 綾小路さんは綺麗な所作で一礼すると、落ち着き払った穏やかさを保ちつつ、顔を上げた。

 

「突然ですが、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のみなさん。私たちと一緒に、ライブに出ませんか?」

 

 

 

 ダイバーフェス。

 お台場で、毎年この時期にやっている音楽祭だ。ポップ、ロック、メタルなどジャンルを問わず、様々なアーティストが出て、盛況となっていることは知っている。

 

「今年はスクールアイドル枠に、藤黄学園と東雲学院が呼ばれたんですけど、遥さんと相談して、虹ヶ咲学園のみなさんを推薦させていただいたんです」

「どうして虹ヶ咲を?」

「この前の合同演劇祭で、しずくさんの歌を聞いたのがきっかけです。みなさんがどんなライブをするのか、見たくなったんです」

 

 芸術に身を置いている者からすると、『どこで誰が見てるかわからない』という言葉を耳にするが、まさか演劇からステージ獲得まで至るとは。

 

「特に、朝香果林さんは雑誌でよく拝見していましたし、人気の読者モデルがスクールアイドルをするなんて、すっごく魅力的じゃないですか」

「こここここれって、すっごくお客さん来るんですよね!?」

 

 スマホで調べていた中須さんが震えながら画面を指差す。遥さんは頷いた。

 

「はい。三千人くらい」

「さんぜん!? ひょええ……」

 

 悲鳴を上げるのも当然だ。その半分、いや三分の一である千人規模のライブすら経験したことがないのだから。

 しかもプロまで参加するステージに立つなんて、想像しただけで鳥肌が立つ。

 

「出ましょうよ! こんなおっきなライブに出るチャンスなんて、そうそうないですよ!」

「でも、一つだけ問題があって……私たちスクールアイドルが披露できるのは、全部で三曲だけなんです。東雲と藤黄はグループなので問題はないんですけど、虹ヶ咲の皆さんはソロアイドルですから……」

 

 遥さんの言葉に、虹ヶ咲の面々は押し黙った。

 全員が共通して披露できる曲はない。ある一人の曲を全員で、とも考えたが、それは他の八人の個性を消すことになる。

 理想は九人それぞれ九曲を歌うこと。が、出来るのは一曲。

 

 

 

 

 遥さんと綾小路さんを見送った後、僕たちは部室に戻るでもなく、適当な陰へ移動した。

 今日の練習内容は話し合いへ変更。当然、議題はダイバーフェスについて。

 

「め、メドレー形式ならどうかな」

「それなら一曲だよね」

「九人でやったら、十分は軽く超えてしまいますよ」

「どうしたもんだろうね」

 

 案が出ても、実現が難しいことを思い知らされるだけだった。

 

 どう考えても、九人全員でステージに立つのは無理だ。

 いや、曲をぎゅっと凝縮すれば不可能ではないが、あまりに中途半端になってしまうだろう。

 それならばいっそ……

 

「あれこれ考えるだけ無駄よ」

 

 ぴしゃり、と朝香さんが放つ。

 

「今回のステージに立てるのは、この中の一人だけ。誰が出るか決めましょうよ」

 

 考えていたことと同じことを、彼女は言う。

 

「く、くじ引きとかどうかな」

「そ、それがいいかも」

「互いに遠慮し合った結果、運頼み。そんなのでいいわけ? ねえ、湊くん?」

 

 一歩引いたところから見ていた僕に、視線が集まる。

 みんなが決めたことならどんなことでもついていくつもりだったが、みんなは逆に僕の意見も気にしているようだ。

 

「ダイバーフェスは今までやってきたステージよりも、格段に規模の違うステージだ。当然、君たちにとって相当プレッシャーがかかるけど、注目を集めるメリットもある」

「そのぶん、出来が良くないと私たち全員の力が疑われるわ」

 

 僕の言葉を継いで、朝香さんが続ける。

 

「実力と度胸がある誰か一人が代表としてステージに立つのがいいと思う」

 

 それを背負える覚悟と実力があるのか。誰にそれを任せられるのか。

 自分だけに迷惑がかかるならともかく、この場合はその限りじゃない。ステージに立つのは一人だけど、その結果は全員に降りかかる。

 ソロアイドルでありながら同じ同好会に所属しているからこその悩みだ。おそらく、似たようなことはこれからも起きる。どう乗り越えるかで、虹ヶ咲の今後が決まってくる。

 綾小路さんもそれを確かめたくて誘ってきた節があるようだった。

 

「湊さんは、誰がいいと思いますか?」

「客層やセットリストを吟味してみないことにはどうにも」

 

 枠が設定されているということは、スクールアイドルに需要があるということ。

 だが単純にアイドルイメージの強い中須さんや上原さんに、この舞台を耐えきれるとは思えない。

 そもそもアイドル然としたステージは、他の二校がやる。

 

 現状では、優木さんに軍配が上がる。

 ただ……僕としては、もう一人、これを任せられそうな人に目星はついていた。

 

 

 

 

 結局話し合いは進まず、誰がダイバーフェスに出るかは未定のまま、休日を迎えた。

 無理もない。いきなり一人で大舞台に立てなんて言われたら、それも虹ヶ咲代表だなんて、怖気づく。

 

「さてさて、どうしたものか」

 

 呟いた言葉は、風の中へ消えていく。

 もうすっかり暑くなってきて、じっとりとした熱がまとわりついてくる。外の日差しは強く、立ってるだけでも焼けそうだ。熱射病対策も本格的に始めないとな。

 

「エマに来てもらおうかしら」

 

 ぶらぶらと適当に歩いていると、知った名前が耳に飛び込んできて、思わず振り向いてしまう。

 

「……朝香さん?」

「あら、湊くん」

 

 お互いびっくりして目を開く。こうやって休日に顔を合わせるのは、練習以外では初じゃないか。

 知り合いにいきなり会うと驚きが勝って言葉に詰まる。それは向こうも同じようで、ぽかんと口を開けたまま止まっていた。

 スマホを見ながら周りをきょろきょろとしていたあたり……

 

「迷子?」

「ちょっと行き先がどこかわからなくなっただけよ」

 

 人、それを迷子と言う。

 エマさんから聞いたことがあるけど、朝香さんって本当に方向音痴なんだなあ。

 

「そんなに入り組んでるところ?」

「ここなんだけど」

 

 彼女のスマホを覗き込んで、現在地と目的地を確認する。

 

「そんなに遠くないね。えーと、ここをまっすぐ行って……」

 

 と説明しようとしたけど、彼女はどうも不安げだ。まあ、言われて行けるくらいなら、地図見て行けるからね。

 

「一緒について行こうか?」

「……お願いできるかしら」

 

 承って、並んで歩きだす。

 美人に対する引け目か劣等感か。僕とほとんど身長が変わらず、スタイルも良い朝香さんが隣に立つと、なんだか場違いな感じがする。

 

「頼んでおいてなんだけど、湊くんは大丈夫なの?」

「うん、もう用事は終わったから」

「じゃあ帰るとこだったのね。ごめんなさい、付き合わせて」

「困った時はお互い様。僕は君に助けられたんだから、これくらいなんともないよ」

 

 そう言うと、彼女は首を傾げた。

 

「ほら、優木さんの……」

 

 ああ、ぽんと手を叩く。

 

「いいのよ。私の友達のために、できることをしたかっただけ」

 

 だけ、とは言うがなかなかそれが出来る人ってのは少ない。

 特に生徒会室に乗り込んで、生徒会長に詰め寄ろうなんて度胸はとんでもない。

 

「私のほうこそ、あなたにお礼を言いたいわ。おかげで今すごく楽しいもの」

「それはよかった」

「君と侑ちゃんのおかげよ。あなたたちのサポートあってこそだもの」

「それ、高咲さんにも言ってやってよ」

「あら、つれない反応。ふふ、でも君のそういうところ、好きよ」

「はいはい」

 

 妖艶な笑みにどれだけの男が魅了されたことか。

 さらに勉強が苦手で部屋が汚くて、迷うことも多々あるという親しみやすさもあるとか、完璧でないがゆえに完璧なのではないだろうか。

 

「あれ、果林さん……湊さんも?」

 

 目的地が近くなり歩を止めると、後ろから知った声が聞こえてくる。

 振り向くと、そこには私服姿の高咲さん。上原さんに優木さんもいる。

 

「お買い物ですか?」

「もしかして、果林さんもこういうの好きだったんですか!?」

「え?」

 

 優木さんが指差す方を見る。ゲーマーズ。アニメや漫画のグッズを売っている店だ。

 そういえば、優木さんはアニメ好きだって話だったな。

 ライトノベルの新刊が出たそうで、ついでで寄ったらしい。

 

「ありました! 買ってきますね!」

 

 店に入るなり積まれてるそれを手に取り、足早にレジへ向かっていく。てきぱきしてるのはどっちの姿でも変わらずだな。

 

「せつ菜ちゃん、漫画とかラノベとかどうしてるんだろう。親に隠れて見てるって聞いたけど」

「生徒会室に隠してるらしいよ」

「それっていいんですか?」

「もちろん駄目」

 

 生徒会役員も先生も知らない秘密だ。

 生徒会長が真面目に仕事してる足元、鍵のついた引き出しにはぎっちりと趣味のものが入ってる。

 個人ロッカーや部室に私物置いてる人もいるから、僕としては別に気にならない範囲だけど。

 

 話している途中で、朝香さんの目が、ラノベが置いてある横のコーナーにいった。

 

「これって……」

 

 二次元ではなく、三次元の人間の写真が使われているグッズがたくさん。

 その中には遥さんをはじめ、知り合いの顔も並んでいる。

 スクールアイドル専門のコーナーである。

 

「最近、スクールアイドルのグッズも取り扱いはじめたらしくて」

「だからせつ菜ちゃんに連れてきてもらったんです」

 

 売っている物はうちわやキーホルダー、クリアファイルなどなど。

 確か、ちゃんと契約を結んでて、売れた分に応じていくらかお金が入ってくるはずである。

 活動費のことも考えると、こちらもこういうグッズを出していきたいが、いかんせんオファーがない。知名度が上がってきたとはいえ、まだまだだと思い知らされる。

 

「お待たせしました」

「ねえ、あなたのグッズはないの?」

 

 朝香さんが、袋を抱えた優木さんに話を振ると、彼女はふるふると頭を振った。

 

「ないですよ。ちょっと悔しいですけどね。いつか私たちも、ここに並べるようになりたいです」

 

 スクールアイドルのこういった契約は、契約料とか、手間とかも絡んでくる。なにより学校の名前を冠しているため、学校のお偉いさんも含めて話し合いをするケースが多い。

 個人で、となると需要などの事情もあって許可してるところは僕の知る限り、無い。

 何も言わずに勝手にグッズを出す悪徳店もなくはないけど。

 

「私、そろそろ行かなきゃ」

「用事あったんですか?」

「引き留めてしまってすみません」

「いいのよ。湊くんに連れてきてもらって、余裕があったから」

「連れて?」

 

 自らの失言に、朝香さんはしまったという顔をする。

 

「朝香さん、迷ってたから」

「ま、迷ってないわよ。迷ってないと思ったら迷ってないの」

「スマホをぐるぐる回してて、よく言うよ」

 

 追い打つ僕の言葉に、彼女は頬を赤くして反論した。

 負けを認めなければ負けじゃないみたいな理論、嫌いじゃないよ。

 

「それってどこなんですか?」

「そこだよ」

 

 ゲーマーズからちょうど道路を挟んで向こう。別に入り組んでも隠れてもいないビルの二階。窓には堂々と『ダンススクール』と書かれていて、ちょっと注意を向ければすぐ分かるはずだった。

 

「もしかして、方向音痴?」

 

 高咲さんのストレートな疑問に、うっと詰まった。

 

「わ、悪い?」

「意外だけど、可愛いです」

 

 うん、それには全面同意。朝香さんは恥ずかしいみたいで、微妙に目が泳いでいた。

 

「ダンス、習ってるんですか?」

「たまたま仕事でここの先生に会ってね」

「流石果林さん!」

「そうですね。陰で努力してるなんて、尊敬します」

 

 モデルもやってるのに、休日まで自己磨きなんて、そのバイタリティはどこから来るのか。

 

「努力しなきゃ、ライバルに追いつけないから」

 

 きょとんとする三人へ、朝香さんは視線を向けた。

 

「あなたたちのことよ。なんていうか、手を抜けないのよ。せっかく部活に入ったんだから楽しみたいって気持ちもあるんだけど……だから、その、あなたたちを困らせてるかもしれないわね」

「そんなことないですよ。果林さんがはっきり言ってくれなかったら、きっといろいろと曖昧な状態で進んじゃってたと思います」

 

 高咲さんの言う通りだ。たぶん、あのままではみんな遠慮がちになって、今日もぐだぐだとしていた。

 

「果林さん、優しいんですね。なんだかんだいって世話好きだし」

「そうかも」

 

 確かに、同好会に入る前から手伝ってくれたことも多いし、後輩の面倒も見てくれてる。厳しい現実をびしっと突きつけたりもする。

 エマさんに影響されたのか元々か、彼女も相当親切なのは違いない。

 

 優木さんが一つ提案をする。

 

「まだ少し時間ありますか? 誰がダイバーフェスのステージに立つか、みんなで相談しませんか?」

「今決めるの?」

「はい。果林さんの本気は、全員に届いているはずですから。私たち同好会が次のステップに進むために必要なことだと思うんです。どうでしょう?」

 

 優木さんは朝香さんを、朝香さんは僕を見る。

 やりたいように、やるべきことを、やろうと思った時に。そんな含みのある目で返すと、彼女は頷いた。


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