食堂の端っこの席で、僕は高咲さんと並んでPCの画面にくぎ付けだった。
映っているのは我らが虹ヶ咲スクールアイドル同好会のホームページ。
ついに所属しているスクールアイドル全員を、MV付きで載せることが出来た感動に浸っているのだ。
「九人全員がデビューしましたね」
「うん。ようやくここまで来たかって感じ」
むしろ、この短い間でよくやったと言うべきか。
数か月で九人を、まったく別の曲で、MVまでつけてデビューさせるのはなかなか骨が折れた。
これがグループならもう少し楽だったんだろうが、ソロアイドルという彼女たちの特性上仕方ないことなのである。
「うんうん! まさかこんなにトキメキを感じられるなんて、夢みたいです!」
「まだまだ、これから先も君には頑張ってもらわないと。もっとみんなの色んな姿を見たいんでしょ」
「はいっ。そのために、これからもごしどーごべんたつのほど、よろしくお願いします!」
「よろしい」
高咲さんほど熱心なのは珍しい。
みんなの様子を細かくチェックして、スクールアイドルの勉強も欠かさず、門外漢であるはずの音楽まで手を出している。
なによりその明るい性格に助けられる。彼女がいるだけで自然と場が楽しくなるのだ。
「ところで、上原さんは?」
「先にダンスの練習に行きました。果林さんに触発されたみたいで」
ああ、なるほどと僕は頷いた。
先日の朝香さんのステージは、同好会内部にも衝撃を走らせた。
安定した歌声、ブレないダンス、それに大きく跳ねる観客に、天まで響く歓声。スクールアイドルなら、いやステージに立とうとする者なら誰だってあの光景に憧れる。
「朝香さん、元のポテンシャルが高かったから、短い練習期間でも完成度が高かったね」
「なにより綺麗な手足! ステージで動くとすごく映えますよね! スタイルも良いし、さすがモデルって感じで。どうやったらあんなに綺麗になれるのかなあ」
「あら、そんなに褒められると照れるわね」
「わっ!?」
ぬっと現れた朝香さんに、僕も高咲さんも飛び上がりそうになった。
「びっくりした……急に声かけるのやめてくれよ」
「ふふ、ごめんなさい。私の紹介文を書いてるって聞いて、来ちゃった」
「それは別にいいけど……」
「けど?」
「君がいると視線が集まる」
朝香果林。
一言で彼女を表すなら、セクシー、であろう。
手足は長く、スタイルも良く、本当に高校生か疑わしいほど大人らしい雰囲気も持ち合わせていて、そのうえ美人。
さらにライフデザイン学科ファッションデザインコース専攻ということもあって、服飾の知識も豊富。
カリスマモデルであり、先日ダイバーフェスに出場した期待の新星スクールアイドル朝香果林の認知度は、今や優木さんを凌ぐほどになっている。
当然、こんな人の目がたくさんあるところでは、その視線は一気に注がれることになる。
「アイドルだもの。視線を集めてなんぼよ」
「私たちは違うから、なんだかむず痒いです」
照れ臭そうに、高咲さんは縮こまった。
「侑も慣れたほうがいいわよ。朝香果林や優木せつ菜擁するスクールアイドル同好会の美少女マネージャー、だものね」
「えぇっ、わ、私はそんな……」
「ね、湊くん」
「同意」
「湊さんまで!」
うんうんと頷くと、高咲さんは顔を真っ赤にしてこちらを睨んだ。精いっぱい非難しているようだが、そうしてもまったく怖くないのは彼女と中須さんくらいだろう。
「最初、上原さんと来た時には君もアイドル志望なのかと思ったくらいだ」
「無理もないわね。侑はみんなのこと可愛い可愛いって言うけど、負けず劣らずよ」
「う、ううぅ……からかってますよね?」
「半分くらい?」
「七割本気。いや、八割かな」
反応が面白くてついつい冷やかしてしまうのは否定しないが、可愛いっていうのも本音。
今だって彼女がスクールアイドルに転身するなら全力でサポートする用意はある。彼女は本当に見てる側を楽しんでいるようだから、スクールアイドルになりたいと言い出すことはないだろうが。
スクールアイドルのために必死で、そして楽しそうに頑張る彼女の隠れファンだっているのに、なんとも惜しい。
「い、今は私より、果林さんの話です!」
「私の話より侑の話しない?」
「アリ寄りのアリ」
「ナシです!」
必死に手をわちゃわちゃ動かして話を元に戻そうとする高咲さん。その様子が可笑しくて、僕と朝香さんは顔を揃えてくすくすと笑った。
「じゃあ二割冗談は置いておいて」
八割本気も置いてください、という高咲さんの言葉は無視した。
「ちょうどいい、書くのに手間取ってたところだ。いくつか君に聞きたいことがあるんだけど」
「へえ?」
朝香さんの何か企んでそうな目がこっちに向いた。
嫌な予感を感じ取ると、彼女は綺麗な手をゆっくりと胸元に持っていくと、リボンの端を手に取った。
「ええ、どうぞ。趣味? 特技? それとも、スリーサイズ?」
「最後のやつ以外」
「遠慮しないでいいのよ。調べたらすぐ出てくるものだもの。それとも、信じられないなら直接確かめてみる?」
「わ、わ……」
「朝香さん」
彼女が制服のリボンを外し、第一ボタンに手をかけたところで、顔を真っ赤にしている高咲さんを指差した。
「後輩の教育に悪いよ」
「そうね。侑には刺激が強すぎたみたい」
「そういうのは君のファンにしてあげたらいい」
「スクールアイドル朝香果林のファン一号はあなたでしょう? だったらファンサービスの一環になるんじゃないかしら」
「訂正。僕以外のファンにしてやったらいい」
「こういうのは、特別なファンにしかしないわ」
口の端をわずかにつり上げて、朝香さんはリボンを結び直す。
危ない危ない。
抜けてるところがあるのに、鋭いところもあって、会話のペースを掴んでもくる。なんだ、完璧超人か?
そんな軽口とからかいの応酬多めの一問一答会は、思ったよりも楽しく、横道に逸れながら進んだ。
気づけば外は深い橙色に染まっていて、暗くなるまでもう少しといったところだ。カフェの中も照明が点いている。
「ところで、もうすぐ一学期も終わるけど、朝香さんは進路決まってる?」
ふと、気になって訊いてみる。
「そうね、事務所に入って本格的にモデルの仕事を続けるつもりだけど……進学するべきかはまだ迷ってるわ。勉強はあまり得意じゃないし」
「
「……なに?」
「いいや、別に」
ずいぶんと控えめに言ったものだな、と思っただけ。相当ひどいらしいとは、エマさん談。
「私の進路、気になる?」
そりゃあね、と僕は返して、ぬるくなったコーヒーを一口すすった。
「三年生は特に、時間を大切に使わないと。受験するなら部活ばかりに気を取られるわけにもいかない」
それも加味して、練習メニューやステージを組まなきゃいけなくなる。
青春を謳歌するのは結構だが、それで将来が潰れてしまったらどうしようもない。調整する立場が僕である以上、みんなの行く末は気になると言うもの。
「あ……」
何かに気付いて、高咲さんの表情は一転、曇りのあるものになった。
「果林さんも湊さんも、卒業するんですよね」
「留年しなければね」
「なんで私を見るのよ」
「自分の胸かエマさんに聞いてみたらいい。もしくは通知表に」
と、冗談混じりで言えるのは本人たちだけで、高咲さんはまだ俯き気味の暗い顔。
先輩がいなくなってしまう寂しさはわからんでもない。今まで普通に喋っていた相手がいなくなるんだから。
「大丈夫よ、会えなくなるわけじゃないもの。それに、私たちがいなくなっても、みんながいるわ」
「それでも、寂しいです」
周りの世界の一部がぽっかり空いてしまうような感覚。部活を全力でやって全力で楽しんでる人ほど感情が揺れる。
時間が経てばすぐ解消されるような悩みだけど、感じている間は不安ばかりが募る。
「だったら、今のうちにちゃんといっぱい思い出を作っておきましょう」
高咲さんの心情を見透かして、朝香さんはそう言った。
僕ら見送られる側が最後まで出来ることといったら、跡を濁さないこと。せめて、これからもここにいる後輩のために引きずるものを残さないこと。終わりが来るその時まで、満足を与えてやること。
「高咲さんはやっておきたいことはない? 三年生がいる間にさ」
「やりたいことなんて多すぎて……」
「だったら、一つずつやっていこう。卒業まではまだ時間がある」
今まで色々抱えていた他の人のと比べれば、可愛らしい悩みだ。が、ここまで同好会に関わってきた以上、当然そのまま放ったらかしにするわけにもいかない。
こればっかりは、さすがに行動で示すしかない。彼女のためにも、練習以外の時間を作ってみるのもいいかもしれない。
ひとまずはテストの後、夏休みに企てている計画をもっとボリューミーにしてみようか。
「後輩想いね、湊くんは」
「それは朝香さんも」
頬を緩ませた朝香さんに、僕はそう返した。