天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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34 不穏

 さてさて、スクールアイドルフェスティバルをやるにあたって、様々なステージを借りることにした僕らは、当然その分忙しさが増した。

 なにせ、虹ヶ咲のスクールアイドル同好会だけで九ヶ所。東雲や藤黄、さらにその中あるユニットなども含めればなかなかの数だ。

 各々が希望するステージの予約がほとんど取れたのはいいが、会場設備を借りて、運搬したり、動作確認したりでてんてこ舞い。さらにはこの後にもまだまだ仕事が残っている。

 

 今日、正式な返事を東雲と藤黄から貰う予定だが、高咲さんと優木さんだけに行かせて正解だった。僕が行っても口をはさむことはないし、こっちの進捗具合が気になってたことだろう。

 

「はい、CD」

「わあ、ありがとうございます」

 

 新曲の入ったCDを渡すと、上原さんはにこやかに笑った。

 合宿あたりから話に出ていた、二曲目だ。といってもまだ未完成品。彼女に歌詞を考えてもらって、それに合うように曲を手直しする必要がある。

 上手くいけば、このスクールアイドルフェスティバル中にサプライズのような形で発表できるはずだ。

 

「呼んでくれたら、私のほうから行きましたよ?」

「他の誰かに見られたらうるさくなりそうだからね。特に中須さんあたりが」

「あはは……」

 

 順番で言えば、中須さんの曲がまず最初に作られるはず……と言われるのは目に見えているので、こうやってこそこそと渡しに来たのだ。

 いやまあ単純に、中須さんや璃奈のようなザ・キュートな曲を作るのが僕にとって難しいだけ。経験的に言うなら、優木さんや朝香さんのようなかっこいい系クール系のほうが作りやすい。

 

 外に出ると、じっとしているだけでも汗が出てくる。風もほどよく吹いているが、高温多湿の日本では多少気持ちよくなるくらいだ。それでも夏というのはやる気を出させる何かがあるみたいで、部活をしている人も楽しげに活動している。

 上原さんは、そうでもないみたいだけど。

 

「ステージ、まだ構想練れてないんだって?」

「はい。湊さんが来てくれてちょうどよかったです。何か、案とかあれば出してほしくて」

「そういうのは、高咲さんに頼んだほうがいいんじゃないかな。君のことをよく分かってるみたいだし」

 

 ステージ装飾にも、個人個人の特徴が現れる。その人特有の想いだったり、演出だったり。伝える手段は歌だけじゃない。だったら、ここに彼女を引っ張ってきた高咲さんなら良いアイデアを出してくれることだろう。

 しかし、そう言っても彼女の顔が晴れることはなかった。むしろますます曇って、目に見えて元気がなくなる。

 アイデアが出ない焦りとは違うようだった。

 

 これは……もしかしたらかなりまずい状況なのかもしれない。

 

「上原さん、大丈夫?」

「何がですか?」

「元気、無いように見える」

 

 ぐっと、彼女は胸の前で拳を握った。そしてその仕草を隠すように、手持無沙汰気味に忙しなく腕を後ろに隠した。

 

「あ、暑いからですかね。朝に練習もいっぱいしたし……」

 

 そんなわかりやすい動揺じゃ、隠せていない。それは彼女も重々わかっているようで、視線を逸らして、ついには俯いてしまった。

 

「……明日、また来るよ。その時に話し合おう」

 

 

 

 

「あ、湊さん」

 

 まだまだ太陽の光が照り付けてくる午後。校舎の影で涼んでいるところに、学校に戻ってきた優木さんが駆け寄ってきた。

 

「東雲と藤黄から、正式に参加のお返事をいただきました」

「これで、生徒会に言い訳せずに済むよ」

「すでに東雲と藤黄が参加するって言って、生徒会の承認をもらったんですもんね」

 

 それで、二校がノーと言ったらどうしていたかというと……その時はその時。

 生徒会の許可さえ貰えれば、学内で何でもし放題だ。活動するうえで最低ここだけは早めに抑えておきたかったのだ。

 

「湊さんはこうやって、たまーに危ないことをしますよね」

「企画書に書き忘れただけだよ。『参加表明(())をいただいています』」

 

 同好会内部の事情も知っている優木さんは、生徒会長としてはヒヤヒヤだったようだ。生徒会への対応は高咲さんと中須さんに任せていたから、僕はその様子を見れていないけれど。

 

「会場は?」

「候補全て、許可をもらいました」

「保健所のほうも許可もらったよ。屋台に関しても問題なし」

 

 つまり場所とやることに関しての許可は全てOK。

 

「あとはこっちで用意する分だけですね」

 

 僕は頷く。といっても、その用意する分が多いんだけどね。

 個人個人でステージが別だし、みんなやりたいことがバラバラなせいで、用意する物の種類も九通り。考えることが多すぎて、頭がくらくらする。

 

「ところで、歩夢さん、どうでしたか?」

 

 優木さんは話題を変えた。というより、今日はこっちが本題だ。

 合宿終わりくらいから、上原さんの様子が何かおかしいと相談を受けたのだ。表では特に変わった様子は見られないのだが、ふと落ち込んでいるような表情が見られる、と。

 僕が上原さんと一対一で会ったのは、それを確認するためでもある。結果は、彼女の言う通りだった。

 

「だめだった。なんでもないフリをされたよ」

「そうですか……」

 

 少し、焦りが出てくる。

 多感な高校生の時期に、溜め込んで悩むのは非常によろしくない。

 特に真面目な彼女だ。溜めて溜めて、知らない間に心がぽっきり折れてしまうような性格。手遅れにならないうちに、なんとかしないと。

 

 そして、変なのはもう一人。

 

「高咲さんも、元気なさそうだって?」

「はい。今日はぼうっとしてることが多いようでした」

 

 高咲さんとは今日会ってないからわからないけど、昨日まではとても楽しそうにしていた。それが急に、上原さんと同じようになったらしい。

 

「侑さんに聞いても、はぐらかされてしまって。でもやはり、歩夢さんと関係があるみたいですね。二人の間に何かあったんでしょうか」

 

 何か、か……

 その正体を掴み損ねている。まったく理解できないわけじゃなく、何かあと一歩、見落としている点がある気がする。

 それを知るためには……僕も高咲さんと話す必要があるだろう。

 

 

 

 

 会場準備は、全体的に予定通りに進んでいる。

 虹ヶ咲の有志が手伝ってくれているおかげで、幸いにも人員は足りている状態だ。

 とはいえ、スクールアイドル同好会にしか分からない・できないことがある。その上でさらに、僕ら裏方のみが把握していることも多々あり。

 それらを確認するために、毎日毎日僕と高咲さんは作った資料を片手にあっちからこっちへ体を動かしていた。

 

「当日警備はこことここにも置く必要があるね」

「むむ、結構人手がいりますね。手伝ってくれる人足りるかな」

「そこは、生徒会に交渉してちゃんとした警備の人を持ってくればいい。生徒だけじゃどうにもならないこともあるしね」

 

 当日の流れを確認しながら、必要なことを一つずつ決めていく。

 このあとは確保した機材がちゃんと使えるかどうかのチェックも待っている。会場に来られない人のために、ライブ中継も用意しなければならない。各会場の装飾確認もあるし、リハもしないと。

 

 やることが山積み。進めても進めても課題が出てくる。

 ライブ経験の豊富な東雲と藤黄に手伝ってもらわなければ、準備の段階で心折れてたことだろう。

 

「メインどころはちゃんと完成させておかないとね。他はともかく……上原さんが心配だよ。まだステージ作りに着手できてない。少し発破をかけないといけないかもしれないね」

 

 ほんの揺さぶりのつもりだったけど、こちらもわかりやすく目が泳いだ。

 

「えっと……歩夢には、湊さんから言っておいてもらえませんか?」

「どうして?」

「それは……」

 

 口ごもる高咲さんは珍しい。

 優木さんの言う通り、二人の間に何かしらあったようだ。ずっと一緒の幼馴染が、対面で話すことを躊躇うほどの何かが。

 

「喧嘩でもした?」

「そういうんじゃないです。本当に大丈夫ですから」

「それは僕が決める。あれだけ仲が良かったのに、お互い避けてるみたいになってて、大丈夫だとは思えないよ」

 

 だなんて、手いっぱいで気づかなかった僕が言えたことじゃないけど。

 でも優木さんだけに任せておくわけにはいかないし、なにより気になってしまえば心配が尽きない。

 

「はっきり言うよ。今の君が言う『大丈夫』は、信用できない」

 

 高咲さんも上原さんも根はとても真面目で優しい。そういう人の、具体的なことを言わないうえでの『大丈夫』は、心の内で答えが出ていないことが多い。希望的観測を口に出しているに過ぎない。

 自分は問題ない。『大丈夫』だと。自分で自分に言い聞かせて、そのくせ嘘をついている。

 見てると、無性に落ち着かなくなってくる。

 

「言わないなら……」

 

 僕は彼女の手から、ひったくるように資料を奪った。

 

「任せられない」

 

 酷いことを言ってることはわかってるが、こんな不安定な状態の新人を野放しにしておけない。

 僕はどうしても、何としてでも、彼女たちをその状態で留まらせるわけにはいかない。

 僕がどう思われようと、僕がどうなろうと。

 

 じりじりと、日の光が肌を焼く。額から汗が垂れてもじっと見つめる。

 必要なら倒れるまでこうするつもりだ。

 観念して、高咲さんは口を開いた。

 

「音楽科に行きたいって言ったら、歩夢、嫌だって言ったんです」

「嫌? どうして?」

 

 訊いてみるも、高咲さんは口を開かない。

 困ったことがあればなんでも言ってくる高咲さんがここまで黙るとなると、これ以上はプライベートなことなんだろう。

 勉強ついていけなくなるとか、学費とか、そんな問題じゃなくて……音楽科に行ってほしくない個人的な理由が、上原さんにはあるんだ。

 

 ……無意識に意固地になっている相手には、まず行動か。言葉はその後、だな。

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