天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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40 僕はどこへ

 陽が完全に落ちて、空に星が見えるようになっても、虹ヶ咲学園校内はまだ熱気が冷めていない。部室棟でスクールアイドルフェスティバル成功を祝う色んな人が騒いでいるせいだ。

 片付けはまた明日から。今日の夜は、ただひたすら無邪気に喜ぶことだけが許される時間だ。

 僕も今は、校舎の外のベンチに座って、ゆったりと余韻に浸っていた。

 

 目を閉じれば、来てくれたお客さんたちの顔が浮かぶ。

 本当に、夢のような時間だった。自分たちの催しで、あんなにもたくさんの人たちの心を動かせた。スクールアイドルの凄さというものを再確認できた。

 それにあの最後のステージ。今回の立役者、高咲さんへのメッセージ。藤黄にも東雲にも負けてない、これ以上ないパフォーマンスだった。

 SNSや動画チャンネルを見てみれば、大絶賛の嵐が飛んでくる。あまりにも多すぎるもんで、パソコンが止まってしまったくらいだ。感想を届けてくれた人たちのお返しは、明日からにさせてもらおう。

 

 当の虹ヶ咲スクールアイドルたちは、すでに着替えを終えて部室で集まっている。打ち上げだ。

 遅くまで活動申請も出しているし、夜はまだまだこれから。

 屋台で余ったものや、労いで作ってくれたお菓子がたくさん部室に運びこまれていた。なかなか贅沢だが、罰は当たらないだろう。

 

 ようやくここまで来た。みんな立派になって、固い絆で結ばれて、どのスクールアイドルよりも断然輝いて見えた。

 贔屓目かもしれないけど、でも確かに、みんなそれぞれがとてつもなく大きな星になった。

 

 さて、と立ち上がる。そろそろ戻らないと、誰かが探しに来そうだ。

 中に入り、最低限の照明だけ点けられた屋内を進む。 階段を上がり、スクールアイドル同好会の手前まで来た。

 ドアノブに触れようとしたところで、中の声が聞こえた。

 

「大成功だね、みんな!」

「かすみんの可愛さがあれば、当然です!」

 

 今回の影の主役である高咲さんと、一度同好会が解散してもめげなかった中須さん。その二人を中心に、みんながわいわいとはしゃいでいる。

 達成感と解放感で、みんなとても喜んでいて、その上がった感情はここにまで届いてきていた。

 そして僕は……

 僕は……

 

 ひどく場違いな感覚に陥った。

 ここにいるのが、このすぐ外側にいるのすらいたたまれないような気がする。胸がきゅっと絞まって、手をその先に向けられない。

 一度思ってしまえば、その奔流は止まらない。嫌な思いがどんどんと溢れてしまう。

 僕がイレギュラーで、いないほうが自然なようで、まるで部屋の中の十人でもう完成されているような……

 

 ああ、そっか。そういうことか。

 僕の役割はもう……とっくに……

 

 ドアノブに伸ばしていた手を引っ込めて、音を出さないように離れて、、階段を下りた。

 他の部室からも聞こえてくる浮かれた声を背中に受けながら、部室棟の一階を横切って外に出ると、さっき感じたのとは違った、じめじめとした粘りある熱気がまとわりついてくる。

 

 静かだ。

 隔絶されたかと思うほど、内と外の差は激しい。

 一抹の寂しさを抱えながら、僕は歩を進めた。足が重いのは、疲れているからか、それとも進みたくないからか。

 

 不意にポケットが震える。スマホが鳴って、誰かから通話が来たことを知らせてきた。画面を見ると、璃奈だった。

 数舜ためらった後、通話ボタンを押す。

 

『お兄ちゃん、今どこ? もう打ち上げ始まっちゃう』

「今……」

 

 ここってどこだろう。

 一瞬、自分の立っている場所がわからなかった。先ほどよりも闇が深くなっていることに、遅れて気づく。

 

「ちょっと体の調子が悪くてね、雨に打たれたからかな」

『えっ、大丈夫?』

「シャワーも浴びて温まったんだけど、寒気が取れなくて……酷くなる前に帰って休もうかなって思ってたとこ」

 

 少しの沈黙。その後ろから、今日の感想をわいわいと言い合うみんなの声が聞こえてくる。

 その雰囲気を壊してしまわないよう、努めて明るい声を出した。

 

「打ち上げは僕抜きでやって。せっかくの大成功なんだから、ぱーっと祝わなきゃ」

『……うん』

 

 それじゃ、楽しんで。そう言って通話を切る。

 

 去年度までは、まさかスクールアイドル同好会を立ち上げるなんて思ってもみなかった。そこで作曲することも、マネージャー活動をすることも。何もかもが楽しかった。

 

 もう十分だ。もう僕がいなくても、上手くやっていける。いや、既にそれは分かっていることだった。

 変わった。璃奈もみんなも、見違えるほどに。僕は、彼女たちの力に、ほんの少しでもなれただろうか。何か変えられただろうか。

 

 ……もう十分だ。

 

 

 

 

「というわけで、後はお任せください」

「はい。ありがとうございます」

 

 フェスティバルが終わった翌日、ステージ作成業者さんと最後の挨拶を交わす。

 設備のいくつかはレンタルのものだったので、後片付けと撤収をお願いした。これでほとんどの仕事は終わり。残っているのは、全て片付いた後に、改めて見回りに来るくらい。

 一緒に業者さんと話をしていた高咲さんは、僕が一息つくと心配そうな表情で見てきた。

 

「湊さん、体は大丈夫なんですか?」

「ああ、うん」

「無理はしないでくださいよ」

「今日が終わったらゆっくり休むよ」

 

 もう無理に動く必要なんてないし、ここからは時間がだいぶ余るだろう。例えば休日にぐっすり昼寝、なんてことも出来てしまうわけだ。

 

「それにしても、あの曲、いつの間に作ってたんですか?」

 

 高咲さんが言っているのは、虹ヶ咲スクールアイドル全員で歌った曲『夢がここから始まるよ』だ。彼女の作ったメロディーをもとにして、僕が最後まで作った曲。

 

「フェスティバルのほとんど直前。歌詞はみんなで考えた」

「全然気づかなかった」

「じゃあちゃんと隠せてたってわけだ」

 

 歌詞が出来上がったのはなんと当日。高咲さんに見られないように歌詞ノートをみんなで回すのは大変だった。

 その苦労も、飛び上がりながらサイリウムを振る彼女の姿で報われた。彼女だけじゃない。たくさんの人が、虹ヶ咲スクールアイドルの姿に見入った。

 

「みんなの想いが伝わってきて……なんていうか……」

「トキメいた?」

「はいっ!」

 

 アイドル顔負けの笑顔。

 こんな真っすぐな人だから、誰もが力を貸す。彼女の努力を知り、情熱を知ればなおさら。

 高咲さんがみんなを支えて、みんなもそれに応えて、ようやくここまで来た。

 もう……もう、彼女がいれば大丈夫。

 

 僕は一度深呼吸をして、高咲さんの目をじっと見る。

 

「あとは、君に託すよ、高咲さん」

「え?」

 

 彼女はひどく驚いた顔をした。けどそれにかかわらず、僕は続ける。

 

「もう少しは作業が残ってるけどね。フェスの後処理の書類や領収書は、まとめて生徒会に出さないといけないし」

「みなと、さん?」

「でもそれが終わったら、後は君たちで好きにできる」

「湊さん……」

「ただ、これから忙しくなるよ。雑誌のインタビュー依頼とか来てるし、生放送見れなかった人のために、ステージの動画も切り抜いて投稿しないとだし」

「湊さんっ!」

 

 言葉は、叫びで消された。

 できるだけ視線を合わさないようにしていたけれど、ふと見ると困惑した顔で見つめられていた。

 

「どういうことですか? 託すって、どういうことですか?」

 

 高咲さんはぎゅうっと、まるで怪我をしているかのように胸を抑えつける。でも目は離さない。疑問の答えを、どうしても聞こうとしている。

 

「元々、そのつもりだったんだ。高咲さんが来てくれたから、同好会が復活した後にいなくなろうと思ってた。だけど、こんなに遅くなっちゃった」

 

 ここに、僕は必要ない。僕の役割は終わった。そう思ったのは今じゃない。昨日でもない。数か月前だ。なのに同好会とともに活動したのは、やらなきゃいけないことがあったから。

 最初は、引継ぎのためだった。何もかも未経験の彼女に、スクールアイドルをサポートする立場としてやるべきことを教えるためだけに残ったはずだった。みんなを引っ張っていけるだけの力を持つまで。

 あとは作曲。唯一音楽科の僕が、みんなの曲を作らないと、と背負った。

 

 それもまあ結局は、言い訳に過ぎなかった。

 優木さんがいれば、手続き云々のやり方は伝えられただろうし、作曲も僕以外に出来る人はこの学校に何人もいる。虹ヶ咲には人数も才能も揃ってる。

 なのに、こんなに長く一緒にいたのは……

 

「君たちのことを、見ていたくて……」

 

 輝く彼女たちを、もっと近くで、もっと長く見ていたかったという、身勝手な思いからだった。

 

「だったら、いなくなる必要なんてない。まだ教わりたいこともたくさんあるんです! ほ、ほら、私、まだまだ頼りないですよね?」

「フェスティバルを成功させた高咲さんなら、安心して任せられる」

「そんな、せっかく一緒に頑張ってきたじゃないですか! 私も湊さんもみんなも、同じ同好会の一員として……」

「僕は、同好会の一員じゃないよ」

 

 す、と風が通り過ぎた。

 何を言っているのか信じられないといった顔で、高咲さんは唖然としている。

 僕はあの時、一度スクールアイドル同好会が解散したあの時から、もうその一員じゃないのだ。

 

「おーい、ゆうゆ、みーくん! 東雲と藤黄の人たち、帰るって!」

 

 僕らを探していたのであろう、宮下さんがたたたと駆け寄ってきながら呼ぶ。

 

「ほら、高咲さん。見送らないと」

 

 悲しそうな顔をする彼女から逃げるように、踵を返した。

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