天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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41 僕は、違う

「今回はありがとう。とっても楽しかったよ!」

 

 東雲と藤黄のスクールアイドルが揃って頭を下げる。

 礼を言うのはこちらだ。彼女たちの協力あってこそ、今回の大成功がある。

 

「それはどうも。よければ、これからもあの子たちをよろしくお願いします」

「そうだね。まだまだ長い付き合いになりそうだよ。君にもまだ貸しが残ってるしね」

 

 東雲の支倉かさねさんがウインクする。以前のヴィーナスフォートでの件を言っているのだ。

 そうだね、と僕は小さく返す。忘れてたわけじゃない。ちゃんと覚えてる。だけどその貸しは、あくまであの時は僕個人が頼みにいって、叶えてもらった願いだ。虹ヶ咲を巻き込むわけにはいかない。

 練習を見るとか作曲するとか、僕個人だけで済む内容で留めてもらうようにしよう。

 

 見送って、その姿が見えなくなると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 緊張の糸が切れたんだ。ここ最近張り詰めっぱなしだったから、その反動でだいぶ体がだるく感じる。

 背中と肩に重りが乗ったようなずしりとした疲労感と、膝まで沼に浸かっているような沈んでいく感覚。

 

「これで、フェスティバルも終わりかー」

「終わってみればあっという間だったね」

「この後、ちゃんとした打ち上げしよう。お兄ちゃんと一緒に」

「さんせ~い」

 

 照りつける太陽は。大好調で僕らに熱を向けているというのに、彼女らはまだまだ元気だ。

 そんなみんなの注目を、高咲さんは手を叩いて集めた。

 

「その前に休憩とろう。みんな朝から働きっぱなしだったからね。それに、ちゃんと話しておきたいこともあるし」

 

 彼女の目は、僕を捉えて離さなかった。

 

 

 

 

 フェスティバルの片付けも終わり、参加してもらった二校とも別れ、僕らは部室に戻ってきた。

 なぜか、高咲さんは優木さんを伴ってどこかに行ってしまった。すぐ戻るそうだが、何をしているのやら。

 

 ずっしりと重たい体を、パイプ椅子に預ける。もうお昼時だというのに、かなり動いたはずなのに、食欲がわかない。

 水を飲んで、休憩しつつも喋る女子たちを眺める。元気でいいね。僕はもうすっからかんだよ。

 

 やがて、高咲さんと優木さんは部室に戻ってきた。両方とも沈痛な面持ちだ。

 何枚かの紙を握り締めた優木さんは、笑顔を消して僕を見る。その前に、高咲さんは一歩踏み出した。

 

「ちょっと聞いてほしいことがあるんだ。湊さんのことについて」

 

 いつになく真剣な声色に、先ほどまでの楽しい雰囲気は霧散した。みんな姿勢を正して、次の言葉を待つ。

 高咲さんはさらに一歩、足を進めると、前置きもなくばっさりと言葉を放つ。

 

「さっきのはどういうことですか。いなくなる、って」

 

 え、と全員の目が、一斉にこっちに向く。

 急にそんなことを言われた八人分の困惑の目、そして高咲さんと優木さんの疑問の表情が、僕に注がれる。

 

「辞める気ですか? 私たちの前から、いなくなるつもりですか?」

 

 言い間違いのないよう、高咲さんは一語一語ゆっくりと問う。先ほどの僕が言ったことを、改めて聞くつもりだ。

 震える唇、そわそわと忙しない指。明らかに動揺が浮かんで見える。僕が答えないのを見て、他のみんなにも落ち着きのなさは伝播していく。

 もうこの時点でほとんど答えはわかったようなものだ。違うなら違うと言えばいい。そうしないということは、つまりそういうことなのだ。

 

 突きつけるように、あえて宣言する。

 

「そうだ」

 

 小さく頷く僕の様子を見て、彼女たちは息を呑んだ。

 疑念は確信に変わり、空気は鉛を含んだかのように重くなる。

 冗談でしょ、とは誰も言わなかった。

 

「どうして?」

 

 状況が飲み込めないまま、恐る恐るといった感じで、朝香さんが言う。そんな崩れてしまいそうな姿に僕は目を合わせられず……今度はエマさんが前に出た。

 僕は下がる。けど、扉近くには優木さん。逃げ場はない。

 

「悩みがあるなら言ってよ。同じ仲間でしょ?」

「僕は、そうじゃない」

 

 そこにいた誰もが、ひどく動揺して、追い詰められたようにたじろいだ。

 

「僕は、違うんだ」

 

 もう一度、念を押して言う。

 そこまで言うならしょうがない、と諦めてくれるのを待った。だけど一人として、納得した者はいない。

 

「それって、これに名前を書いてないからですか」

 

 バッと、証拠を叩きつけるように、一枚の紙を取り出した。新しくスクールアイドル同好会を立ち上げた時の、創部届だ。

 中須さん、高咲さん、上原さん、エマさん、近江さん、桜坂さん、優木さん。新しく作った同好会の初期メンバー七人の名前が書いてあった。続けて、宮下さん、璃奈、朝香さんの入部届も出してくる。

 

「さんざん探しましたが、どこにも、あなたの名前が書いてありませんでした」

「その通りだよ」

 

 優木さんがスクールアイドルとして復活し、同好会が再結成されたあの時、創部届を書いたのは僕だ。生徒会に出す書類は慣れているから、と()()で書いた。その時点で集まっていたのは僕を除いて七人。同好会結成に必要な人数は揃っていた。

 僕が書いたことを確認せずに、そのまま提出したのは高咲さんと中須さん。当時受理した副会長は、そんなこと露知らずだろう。もちろん、狙ってやった。優木さんなら……中川会長なら気づいただろうから。

 

 つまり、創部届と入部届に書いてある君たち十人は、スクールアイドル同好会。僕は違う。天王寺湊はあくまで協力者でしかない。

 思いきり乱暴な言い方をしてしまえば、部外者だ。

 

「そういうわけだから、僕はいなくなるんじゃない。元々、いなかったんだ」

 

 事実を突きつけられて、信じられないという顔で固まる同好会のメンバー。

 

「そんな……どうして」

 

 エマさんの呟きも、静寂な空気の中に消えていく。

 誰も声を発することができなかった。宮下さんでさえ笑顔をなくし、朝香さんも軽口や鋭い指摘はない。

 

「だめですよ、そんなの。湊先輩がいないと……私のこと、ずっと見てるって約束したじゃないですか」

 

 中須さんが顔に影を落とす。今にも泣きそうなくらいに肩は震えて、身長より小さく見える。その中須さんに手を添えて支えながら、宮下さんが僕を見る。

 

「みーくん、楽しくなかった?」

 

 首を横に振る。

 

「だったら!」

 

 詰め寄ってくる彼女から一歩後ずさりながら、また頭を振る。

 離れるたびに、拒むたびに胸が痛くなる。痛いのは彼女たちなのだから、僕がそう感じるなんて筋違いだ。

 歯噛んで、出かかった弱音を潰す。

 

「苦しいことは分け合うんですよね」

「僕にはそんな資格なんてない」

 

 上原さんへ、今度ははっきりと言い放った。

 まだ二学期も三学期も活動は続いていく。途中で抜け出すのは無責任だって分かってる。でもこれ以上はだめなんだ。

 君たち同士は、同じスクールアイドル同好会の仲間だ。ライバルだ。固く繋がった友だちだ。そこに僕の居場所はない。あってはいけない。

 僕が、僕自身が君たちの間にいることを許さない。たとえどれだけ君たちが僕のことを擁護してくれても。

 

「理屈はなんとなくわかるけど、自分は例外かもしれない」

 

 心を見抜くようなことを言ってみせたのは、桜坂さんだ。

 

「そうですよね。そう思ってるんですよね、湊先輩」

 

 これを言われているのが他の人だったら、僕も桜坂さんの言葉を後押ししただろう。そして、大丈夫だから安心してと言う。けど、突きつけられているのは自分自身。

 最後まで見守るのも、やりたいことをやるのも、他の人がするなら背中を押す。だけど……どうしても、自分が普通に、笑って過ごせて良いとは思えない。

 

 ――僕は、罰を受けなければならない。

 

 ずっとそう思ってきた。そう思わないといけないと、戒めてきた。

 

「昔から、お兄ちゃんはそうだった。つらいことも悲しいことも一人で抱えて、でもそんな態度を私の前で見せようとしなかった。ずっと、ずっと」

 

 膠着状態を破ったのは、璃奈だった。潤んだ小さな目が見上げてくる。

 

「私とお兄ちゃんが、本当の兄妹じゃないってことと関係があるの?」

 

 ビシリ。

 空気が一変した。先ほどとは違う緊張感に包まれ、僕も冷や汗が出る。ぞわっと総毛立つ。

 何を言われても言い返すつもりでいたのに、急に困惑して、上手く言葉が出てこない。う、とか、あ、とか戸惑って、ようやくほんの少しだけ頭が働きだした。

 

「誰に聞いたんだ」

「お父さん。高校に上がる時に、大事な話だからって」

 

 そうだ。決まってる。こんなこと、お父さんかお母さんしか言わない。

 璃奈に話して大丈夫な時になったら打ち明けるという約束で、黙ってもらっていた。

 『その時』は、もっと遠く、お互い大人になって、今よりもっと距離ができて、僕のことなんか気にならないくらいに来ると思っていた。

 なのにこんな早く……まだまだ一人で生きることなんてできないこんな時に……!

 

「関係、あるんだよね」

 

 今度は確信めいた口調で訊いてくる。璃奈の視線は、僕を射抜くようにまっすぐ。

 その目を怖いと思ったことはなかった。今も思ってない。だけど、押されるようにして、僕の足は後退を選ぶ。

 いつの間にか壁に追いやられて、動けない。傍目から見れば、なんと情けない姿だろう。それでも、璃奈はじっと見てくる。

 

 怖い。

 いつか真実を知られる覚悟はしていたはずなのに、急に言われて、心がざわめく。

 どうしようもない人間だと自覚して、言って、見せてきたはずなのに、そう思われるのが、怖い。

 

「家族の話だ。みんなには……」

「話して、お兄ちゃん。なにもかも、全部。じゃないと、私もみんなも納得しない」

 

 大事なところで、璃奈は決して引かない。、失望して、罵って、去ってしまってもいいこんな時にも。

 

「お願い」

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