天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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46 たまにはファミレスでも

 練習終わり。いつも通り、部室棟の階段下でみんなが着替えるのを待っていると、先にエマさんがやってきた。

 

「エマさん」

「……」

 

 呼びかけても、頬を膨らませてそっぽを向く。その原因に、一つ心当たりがあった。

 何かを期待するようにちらちらと横目で向いてくる彼女へ、仕方ないとため息をついた。

 

「エマ」

「えへへ、なぁに?」

 

 今度は、さっきまでとは打って変わって太陽のような明るい笑みを浮かべた。

 

「名前呼びを浸透させるには、意地悪なやり方だと思わないかな」

 

 慣れさせるためとはいえ、なかなか強引な手を使う。七十二回も僕に名前を呼ばせる会議をしていたのだから痺れを切らしたのは、前に聞いたけど。

 

「それを言うなら、湊くんのほうが意地悪」

「僕が?」

「うん。とってもイジワル」

「例えば、どこが?」

「そうやって訊いてくるところ」

「それは……スイスの言い回し?」

「湊くんの言い方のマネだから……むしろ日本的?」

「僕はそんな言い方しないよ」

「するよ」

「しない」

「する。ずぅっと見てたから、自信あるもん」

「はいはい。いちゃつくのはそこまで」

 

 言い合いを、愛が割って止める。いつの間にかみんな着替え終わって、部室から出てきていた。

 

「いちゃついてないよ」

「それを何人が信じてくれるんだか」

 

 愛が後ろを見ると、みんながみんな、やれやれと呆れ気味に視線を返してきた。

 ええぇ、僕がおかしいの?

 

 うむむ、と唸っていると、璃奈がててて、と寄ってきた。今日もよく頑張りました、と頭を撫でる。

 最近、みんなを名前で呼ぶのと同時期、璃奈はこうやって甘えることが増えてきた。褒めて、とよく言ってくるし、校内でも見かけたらやたらと寄ってくる。お互いの友達がいるのにも関わらず寄ってくる。

 家では、テレビを観ていると急に膝に乗っかってきたりするし、そのまま寝落ちしたりする。もう高校生なのに。

 

「じゃあ、行ってくる」

「うん。迷惑かけないようにね。愛、うちの子をよろしくお願いします」

「愛さんに任せてよ!」

 

 璃奈は僕に手を振る。愛は璃奈の肩を掴んで、にっこりと笑った。

 

「あら、何かするの?」

「璃奈が愛の家に泊まるって」

 

 前々から、愛の家に遊びに行きたいと言っていたが、練習もあり勉強もありで中々忙しかった。

 しかしフェスティバルも終わり、夏休みの宿題も終えたいま、ようやくゆっくりできる時間が出来た。

 そんなわけで、璃奈は愛にお呼ばれして、遊び三昧食べ三昧の休日を過ごすらしい。

 去っていく二人を見送り、僕はふうと息を吐いた。

 

「晩御飯どうしようかな。帰って作る気力ないし……」

 

 このところ部活漬けだった反動か、休みたい欲が出てきた。うだるような暑さで気合も入らないし、璃奈がいないならなおさら。親も今日は帰ってこない。

 

「ね、湊くん。それなら、一緒にご飯いかない?」

 

 果林が言う。

 

「いいの?」

「誘ってるのは私よ」

 

 少し考え込む。確か、家に残ってる食材で足が早いのはなかったはず。僕は頷いて返した。

 

「あの、私もいいですか?」

「歩夢も?」

「今日親がいなくて。それに侑ちゃんもお母さんと一緒に出掛けるみたいだから、一人で寂しいんです」

「かすみんも行きます!」

 

 歩夢に続いて、かすみもぱっと手を挙げる。

 

「他、誰か一緒に行く?」

 

 残っている人たちに呼びかけると、みな一様に頭を振った。

 

「ごめんね~。遥ちゃんのご飯作らないとだから」

「うぅ、今日はもう遅いので、ご一緒できません……」

「今から夕食を食べて、となると、門限に間に合いませんので、残念ですが」

「行きたいけど、溜まってる課題があって、終わらせないといけないんだ」

 

 他の四人はそれぞれの事情でキャンセル。

 なら今回は、果林、かすみ、歩夢と外食としゃれこもうか。

 

 

 

 

 店はどう決めようか、という僕の悩みはすぐに解消された。

 練習終わりでお腹がすいている三人が、ファミレスを見つけるなり、そこにしようと言い出したのだ。

 

 晩御飯時だったけど席は空いていて、テーブル席に案内される。僕は奥側。隣にかすみ、正面には果林、斜めに歩夢が座った。

 店内は涼しく、まさに生き返る気持ちだ。ちょっとだけ休憩。

 一息つく僕とは対照的に、よほど空腹なのか、無言でメニューを睨む三人の姿はなかなか面白い。

 

 やがて食べるものを決め、注文を終え、ようやくかすみが口を開いた。

 

「歩夢先輩、ドリンクバー行きましょう」

「うん。湊さんと果林さんは、何がいいですか?」

「お茶」

「私も」

「えー、せっかくかすみんのスペシャルドリンクを作ろうと思ったのに」

「だめだよかすみちゃん、ドリンクバーで遊んじゃ」

 

 歩夢は軽くたしなめつつ、かすみを連れていく。

 仲いいなあ、あの二人。時々、侑を巡って静かな争いをしてるけど。当の侑は気づかずにいつものんきしている。ラブコメの主人公みたい。

 

 さて、と僕はおしぼりで手を拭く果林に向き直った。

 

「こういう時でも、カロリー気にするんだね」

「もちろん。このスタイルは、日々の積み重ねの賜物よ」

 

 見せつけるように、彼女は胸を逸らした。微妙に目を逸らしつつ、僕は続ける。

 

「そんな君のことを羨む声はよく聞くよ」

「あら偶然。私も、あなたのことが気になるって声をよく聞くわ」

 

 僕は眉をひそめた。

 

「幻聴じゃないのか」

「ちゃんと友達から直接聞いたのよ。ぜひあなたとお喋りしてみたいらしいわ」

「なんで僕と」

「女の子はいつだって、素敵な男の子に惹かれるものよ」

 

 いわゆる、白馬の王子だろうか。最近の女の子の流行などは追いかけてるつもりだけど、どれを思い返しても、僕が当てはまるものはないはず。

 

「優しく助けてくれるイケメン君をご所望なら、僕が一番相応しくないって伝えといて」

「嫌よ。私嘘つけないもの」

「それはどういう……いやいい、言わなくて」

「私はそう思ってるってこと」

 

 言わなくていいって言ったやん。

 返答に困っていると、ちょうど良いタイミングでかすみと歩夢が戻ってきた。

 ちゃんと理性を働かせてくれたみたいで、僕と果林の分はちゃんとお茶だ。

 

「何の話ですか?」

「ジャンル的には……恋バナかしら?」

「してない」

「湊さんの恋バナ聞きたいです! 恋人いたことあるんですか?」

 

 してない言うとろうに、かすみは飲み物を倒しそうな勢いで、僕に迫ってきた。

 

「なんだよ急に。僕の恋愛事情なんて、そんな気になること?」

「まあそれなりに需要はあると思いますけど。で、どうなんですか?」

「わ、私も気になるかな……」

 

 助けを求める前に、歩夢もそっち側に行ってしまった。女の子はそういう話好きね。

 璃奈もこういうの好きなのだろうか。もし璃奈が男を家に連れ込んできたりしたら、お兄ちゃん卒倒しちゃう。

 

「ないよ。いたことない」

「あー、やっぱりというか、意外というか」

 

 かすみはうんうんと頷く。

 

「彼女作りたくないの?」

「いや、作れるなら作りたいさ」

 

 僕だって健全な男子高校生だ。彼女を作ってデートして……なんてことに憧れもある。

 

「だったら、さっきの話は悪くないんじゃない?」

「知らない人に下心第一で近づいてもロクな結果にならないから、遠慮しとく」

「下心第一なのはあっちのほうだけれど……」

 

 果林が微妙に呆れたような顔をして呟く。

 

 それに、だ。仮に、万が一、僕に彼女が出来たとしよう。僕はその人を第一に優先することはできない。

 同好会の活動もあるし、そうでなくても、璃奈が何より大事だ。そんな気持ちで付き合うのは、相手に失礼。

 まあそもそも、僕を男として見る趣味の悪い人はいないと思うから、そういった心配は杞憂のまま終わるんだろうけど。

 

「君らはどうなんだ。引っかけようと思えば、男なんて何匹でも釣れるでしょ」

「言い方がアレですね……」

「でも実際、君たちなら選り取り見取りじゃないか」

 

 かすみも歩夢も果林も、多くいるニジガク生……いや、全国的に見てもトップクラスに可愛い。男なんて誘われるがままについていってしまう。

 そう言うと、かすみは口を尖らせた。

 

「選り取り見取りでも意味ありませんしぃ」

「?」

 

 男でも女でも、大なり小なりハーレム願望はあるもの。モテるならそれに越したことはない……んじゃないのか?

 

「それに、アイドルたるもの、恋愛禁止が昔からのルールです! 男の人と一緒に歩いてたってだけで取り上げられて炎上するんですから!」

「だったら、いまこうやって湊さんと一緒にいるのも問題なんじゃ……」

「うぐっ。そ、それじゃ歩夢先輩も果林先輩もダメになっちゃいますよ!」

「私はそういうの気にしないもの」

「私も、騒がれるのは嫌だけど、湊さんとなら……」

 

 かすみの熱いアイドル論を、二人はしれっとした顔でかわす。そこらへんの違いは、プロ意識的なものか、

 まあ実際そんなことになっても、プロならともかく、学生のプライベートを暴露するほうが責められるだろうけどね。

 

「話が逸れましたけど、結局、湊さんはどういう人が好みなんですか?」

「あれ、そんな話してたっけ……」

 

 さっきと話が微妙に変化してるような……

 

「いいからいいから、答えてくださいよ」

「どうだかなあ」

「ドキッとしたこととか、この人いいなとか思ったりしないの?」

「そりゃあ無いわけはないけど」

 

 例えばエマと話してる時とか、彼方と一緒に料理してる時とか、果林にからかわれている時とか。同好会内だけでもほぼ毎日どきりとさせられている。

 かと言って、まさか手を出すなんてアホなことをするわけにもいかない。断られるのは容易に想像できるし、そうなった後ギスギスしてしまうのは嫌だ。相手にも変な傷を残してしまうことだろう。

 ……とか本人たちに言えるわけもなく、言い淀んでいると歩夢が喋りだす。

 

「湊さんって、あんまり自信を持ってないんですか?」

「あるよ。曲とかステージ演出とか動画編集とか、あと料理も」

「そうじゃなくて、その、男性としての自信って言うんですか?」

「んなもん無い」

「即答!?」

「なんでですか? 湊さんかっこいいって、私……の、友達も言ってたりしますよ?」

「お世辞をどうも」

「むう……」

 

 なぜか頬を膨らませる歩夢。

 いやだって、と前置きして、指折り数えながらそう答えた理由を挙げていく。

 

「別にかっこいい(つら)でもないし、身長だって平均以下、学力もトップなわけじゃない。運動能力なんか下から数えたほうが早い」

「……それで人と付き合えるかどうかが決まるわけじゃないと思いますけど」

「え、でも男を選ぶときには重要な要素だって聞いたよ」

「誰からですか?」

「流しそうめん同好会」

「どこよそれ」

「え、流しそうめん同好会知ってるんですか?」

「歩夢先輩知ってるんですか?」

「ニジガクって流しそうめん同好会なんてあるの?」

「去年、世界一長い流しそうめんでギネス狙ってたじゃないか」

「知らない知らない知らない」

 

 ぶんぶんぶん、とかすみは勢いよく首を振る。校内にもそうめんのための道が張り巡らされてて、結構話題になったんだけどな。

 

「はー、ほんとに知り合いいっぱいいるんですねえ」

「スクールアイドル同好会だけかと思ったら、ライバルはいっぱいいるのかもね」

「ライバル? ああ、ダンス部とか軽音楽部とか? ステージの上じゃ、みんな敵だもんな」

「おまけに当の本人はこんなだし……」

 

 外れてないことを言ったつもりなのに、三人ともはあ……とため息をつく。

 この反応ばっかりは、ずーっと変わらないなあ。もしかして僕って、空気読めてない奴? 知らない間に変なことを言ってしまっているのか?

 恐る恐る訊こうとした僕の言葉は、運ばれてきた料理に遮られるのだった。

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