天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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49 音楽科転入おめでとう

「侑ちゃん、まだかなあ」

 

 部室の前で、歩夢はそわそわとしている。さっきから、いやここに来てからずっとこんな調子だ。

 

「心配?」

「もちろんですよ。湊さんは心配じゃないんですか?」

「心配」

 

 今日は侑の音楽科転科試験合否発表の日。

 結果は郵送されてくるが、それよりも早く知りたい彼女は学校に来て、直接先生から聞くのだと。

 つまり次に侑の顔を見るときは、もう普通科所属か音楽科所属か変わっていると言うことだ。歩夢の落ち着きのなさっぷりも頷ける。

 そして、それは僕も同じ。なにしろ、教えたのは僕だ。侑が落ちれば僕の責任ということにもなる。そう考えると、吐き気がしてきた。あーもう早く帰ってこないかな。

 

「歩夢ーっ!」

 

 緊張が高まってきたところで、廊下の向こうから侑が走り寄ってくる。その声色も、顔も、嬉しさ満点といったご様子。スクールアイドルのステージを見ている時のように、爛々と輝いていた。

 

「侑ちゃん!」

 

 結果はどうだったか、なんて聞くまでもなく、歩夢も満面の笑みを浮かべて手を振る。ただ、僕だけは嫌な予感を感じていた。

 侑は勢いを止めず、そのまま近づいてきて……

 

「湊さん湊さん湊さーん!」

「ぐえっ」

 

 避ける間もなく、首に腕が極まった。感極まってるせいか、タップしても気づいていないようで、どんどんと腕の力が強まっていっている。

 

「受かりました! 受かったんです!」

「侑ちゃん、落ちてる落ちてる!」

「落ちてないよ、受かったんだよ!」

「そうじゃなくて!」

 

 

 △

 

 

 ややあって、歩夢のおかげでようやく解放された僕は、部室の中で正座する侑の前で仁王立ちしていた。

 彼女には『むやみに抱きつきません』というプラカードを首に提げて、反省してもらっている。

 

「侑、喜ぶのはわかるけど、やたらに人の首を絞めないこと」

「はいっ」

 

 良い返事すぎて分かってるのか分かってないのか……こっちは父さんと母さんが見えたんだが。

 まあいいか。転科試験合格なんていうせっかくのめでたい日だ。怖い顔で詰め寄るのはなしにして、侑へ微笑んだ。

 

「よく頑張ったね」

「はいっ。よーし、これからどんどん音楽の勉強して、曲作れるようになるぞー!」

「厳しいことを言うようだけれど、音楽科に入ってからが本番だからね。気を抜かないように」

「はーい」

 

 反省プラカードを取っ払って、歩夢と手を繋ぎながら、くるくると回る侑。ねえ聞いてる?

 

「音楽の勉強もあるのに、同好会の活動もして大丈夫なんですか?」

「へーきへーき。音楽科に受かって、いま漲ってるから!」

 

 かすみの心配する声も吹き飛ばすくらい、今までよりも体を熱くして、目を輝かせている。

 浮かれ調子は許すけど、先輩としてちゃんと注意もしておかないと。

 

「侑、くれぐれも無茶しないように」

「それはお兄ちゃんが一番言えないと思う」

「一人で溜め込むのもなしだぞ」

「それも、お兄ちゃんが言えないこと」

「悩んだら相談すること」

「お兄ちゃん」

「ちゃんと休息も取ること」

「お兄ちゃん……」

 

 最後のほうは、璃奈は呆れ気味に首を振った。

 

「侑ちゃんにとっては、湊くんは教師でも反面教師でもあるねぇ」

 

 追撃の彼方。

 面目ない。これまでの僕は、傍目から見てそれはそれは無理をしていたらしい。心持ちがスッキリした今だと、どれほどのことをしていたのか多少は自覚している。自分のことながら、よく体力がもったものだ。

 

 お説教も忠告も終わって、空気を一変させるために果林が手を叩いた。

 

「さて、お祝いね」

「合宿なみに力入れて、料理もお菓子も用意したんですよ!」

 

 テーブルの上にあるものを覆い隠していたシーツをはぎ取ると、いくつものお皿に載っている豪華な食事が待っていた。

 かすみの言う通り、フェスティバル前の合宿と遜色ないほど綺麗で美味しそうなものが、これでもかと並んでいる。

 

「わあっ! 私のために?」

「もっちろんだよ! ゆうゆ、合格おめでとー!」

 

 愛が後ろ手に持っていたクラッカーを鳴らし、続けて僕らも鳴らす。音に驚いて目を丸くしていた侑だが、すぐににっこりと笑顔に戻った。

 

「みんな、ありがとう」

 

 この表情が見られただけでも、面倒を見た甲斐があったというものだ。

 学年が上がってから一か月経つか経たないかくらいのころから、ここまでのたった数か月の間、侑の成長っぷりは凄まじい。

 応援したいという気持ちが膨らんで、企画立ち上げもできるようになって、まとめ役も任せられるようになって、ついには音楽科だ。

 これからも、ますます楽しみだな。

 

「侑先輩、これ食べてください。かすみんのお墨付きですよぉ!」

「侑さん、これ、私が作った」

「料理なら彼方ちゃんも負けないぜ~」

「いっぱい食べさせてあげるからね」

 

 感激する侑へ、甘やかすように右から左からかすみと璃奈が駆け寄る。彼方とエマも、負けじと寄り添って料理やお菓子の乗った皿を押し付けている。

 侑の合否を気にかけていたのは彼女らも同じで、ほっとしているのが行動に表れている。

 そんな四人の様子を見て、歩夢は微笑んだ。

 

「みんな嬉しそう」

「君が一番だけどね。ずーっと、にっこにこ」

「えぇ、ほんとですか?」

 

 恥ずかし気に頬を隠す歩夢に、しずくとせつ菜も笑って返す。

 

「はい。さっきの様子が嘘みたいですよ、歩夢先輩」

「でもわかります! 侑さんが合格して、嬉しいですよね!」

 

 うんうん。僕も歩夢も、試験の日から今日まで本人なみにドキドキしてた。その反動で、どうしても頬が緩んでしまう。

 絶食でもしてたのか、気分が高揚したせいか、歩夢はぱくぱくと皿の上のものを幸せそうに頬張る。

 さて僕も、と思ったところで手が止まる。もしかしてこの中に、とんでもないのが潜んでるんじゃ……

 

「大丈夫よ。せつ菜には配膳をお願いして、作る担当にしなかったから」

「せっつーには悪いけど、今日は前衛的なのはナシで」

「果林、愛、君たち最高だよ」

「そこまで言う?」

「よっぽどトラウマだったみたいね」

 

 君たちも一度、手の加えてないメイドインせつ菜料理を食ってみたら、あの時に僕が青い顔をしてたのがわかるよ。紫色のスープってどうやって作るんだよ。

 今回はないとのことで、安心した。戦々恐々と口に入れなくて済むってわけだ。

 

「うん、美味い」

 

 口に放り込んだクッキーの甘さに浸る。心配していた心に染みわたるのが感じられた。

 

 

 

 

 パーティーも終わり、家庭科室で皿洗いも済ませて、エマと一緒に部室へ戻る道すがら、僕は考える。

 これからどうするか。

 侑も音楽に携わるようになって、虹ヶ咲スクールアイドル同好会は出来ることの幅が増える。僕と侑の合作曲なんてのも夢じゃなくなってきた。

 とはいえ、だ。根を詰めすぎるのもよくない。

 

 スクールアイドルフェスティバル以降、ほぼ毎日集まりはするが、練習時間は大幅にカットされた。

 夏休みの始めから今までドタバタしすぎたし、まだ宿題を終わらせていない人もちらほらいる。よく学び、よく遊ぶ時間も大事だ。

 学生の本分である勉学をおろそかにしすぎて、留年系スクールアイドルを輩出するのだけは避けたい。

 そういうわけで、この間やっていたような勉強会の時間も取ることにしたのだ。

 かすみと果林は、毎回なにかと理由をつけて逃げようとするけど、しずくと璃奈・エマと彼方からはさすがに逃げられない。

 

「湊くん、機嫌良さそうだね」

「侑が合格したんだ。機嫌悪くなる人なんていないよ」

「お疲れ様。お勉強見てあげてたんだよね」

「肩の荷が下りたよ。二学期は平穏に過ごせそうだ」

「そうだね。もっといろいろとしたいけど、湊くんにはもうちょっと休んでもらわなきゃ」

「これからは、頑張るのは『それなり』にさせてもらうよ。とりあえずは、夏休みの残りは寝て過ごすかな」

「ふふ、寝たいときは言ってね。いつでもお膝貸すから」

 

 それはかなり魅力的な提案だ。本音を言えば今すぐにでもお借りしたい気分。だが、見つかったら他の人になんて言われるか。

 とにかく、それは置いておくとして、スクールアイドルフェスティバルの後処理も終わった僕は、この後の残り数日、彼女の言う通り休息期間に入ることに決めた。

 決めたというか、決めさせられたというか……とにかく周りが、僕をじっとさせようとしてくるのだ。『倒れてからでは遅い』なんて正論を言われたら、従うしかない。

 ま、ちょっとくらいは怠惰に過ごしても罰は当たらないだろう。まさか、あと少しで終わる夏休みで騒動が起こるなんて、そんなはずは……

 

 僕の考えは、遠くから聞こえる音に邪魔された。どどどどどという、猛獣が走るような音に。

 

「ミーナートーー!」

 

 部室棟中に響く声が、走る音と重なってどんどんと近づいてくる。聞き間違いでなければ、その主は僕のことを呼んだみたいだ。

 

「Hallo!」

「うぐっ」

 

 振り向く間もなく、衝撃が走った。またしても首に、である。誰かの腕が巻きついて、勢いよく押し倒された。

 花のような匂いのする誰かは、僕と一緒に倒れたのにもかかわらず離れようとしない。むしろ、頭を僕の胸に擦りつけてくる。

 いったい誰がこんなことを……混乱しながらも、僕の上に乗っている人物を見上げる。

 

「ミナト、久しぶリ!」

 

 僕にこれでもかというほど密着している少女と……

 

「会いに来たよ」

 

 もう一人、その傍らに佇む同じ顔。

 

「ろ、ロッティ……? ディアも、なんでここに」

 

 そこにいたのは、僕の知っている金髪の双子少女だった。

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