僕を押し倒した金髪の少女は、そのまま僕の胸に頭をぐりぐりと擦りつけた。
その少女を、僕はよく知っている。
「ロッティ……どうしてここに?」
傍らには、そっくりの顔をしたのがもう一人、手を小さく振りながらこちらを見下ろしていた。
「ディアも……」
「会いに来た」
流暢な日本語で、ディアは返してくる。
なぜこの二人がここにいるのか、混乱してまったく動けないでいる僕。
「えーと……どちら様?」
隣に立っていたエマが、ようやく口を開いた。
△
「去年、僕がオーストリアに留学してた時の、ホームステイ先の娘さんたちだ」
離れようとしないロッティをなんとか引き剥がして、部室の中に入れたあと、呆気に取られている同好会員へ紹介する。
「ワタシ、シャルロッテだヨ! ロッティって呼んでネ!」
「わたし、クラウディア」
シャルロッテ・リーデルとクラウディア・リーデル。オーストリア出身の双子娘だ。
透き通るように綺麗な青い目。通った鼻筋はいかにも外国人らしく、彼女たちのミステリアス感を高めている。
顔は瓜二つだが、ロッティは腰までかかるほどの長い金髪。クラウディア……ディアはショートで切り揃えられていて、見分けがつく。
二人とも、僕が音楽科として三か月ほど短期留学した時からの知り合いで、かれこれ一年くらいの付き合いになる。
「日本語、喋れるようになったんだな」
「モー勉強したんダ! ワ、アナタがリナ? 聞いてたとおりカワイイ! お人形サンみたいって、このことだネ!」
「わ、わ、あうあう」
ロッティは早速、遠慮なく璃奈の頭を撫でたり頬をむにむにとつまんだりしている。やたらと距離が近いのは相変わらず。
そして…・…僕はちらりとディアを見た。いつもクールなこちらも変わらずだ。
「で、なんで日本まで?」
「ジツは、留学生としてやってきたんだヨ!」
ロッティはされるがままの璃奈を抱きしめて、答えた。
虹ヶ咲は外国の学校への留学を斡旋しているのと同じように、外国からの留学生を歓迎している。エマだってそうだし、他にもたくさんいる。
どうやら彼女たちは短期留学生として、少しの間だけ日本にやってきたらしい。言われてようやく気が付いたが、虹ヶ咲の制服を着ていた。
「言ってくれたらよかったのに」
「サプライズにしようって、ロッティが」
「ディアもノリノリだったヨ」
お互いがお互いを指差す。
サプライズは大成功。突進とともに、僕はだいぶ混乱させられた。それでも普通に会話できているのは、直接会えて僕も嬉しいからだろうか。
「じゃあ、しばらくはこっちにいるんだ」
「ソウ! で、その間にミナトに準備してもらおうと思っテ!」
「準備? なんの?」
「イエにクル準備!」
「?」
「ミナトが、わたしたちの家に来る」
「??」
「留学期間終わったら、一緒にオーストリア帰ろウ!」
「???」
交互に説明されてもわからないのは、僕の理解力のせいか、はたまた彼女たちの日本語力のせいか。
話をどこかで聞き逃したのだろうか。なぜ、彼女たちの留学の話から、僕がオーストリアに行く話になったのだろう。
「スクールアイドルのため。ミナトはわたしたちの活動に専念してもらう」
ディアのその言葉に、僕はようやく合点がいった。
「つまり、高校生になった今、前より活発にスクールアイドル活動するから、僕にオーストリアに戻ってきてほしい、と」
「さすがミナト!」
「その通り」
そういうことか。つまり彼女たちはただ勉強のために留学しに来たんではなく、僕を連れ出しにも来たのか。
怒涛の展開についていけていない他のみんなは、まだ首を傾げていた。
「ええと? 私はまだ状況がわかっていませんが……どういうことですか? 『前より』って、まるでその人たちもスクールアイ……」
そこまで言って、せつ菜はハッとした。
「ロッティとディアって、まさかあの
「あるふぇっか?」
「ヨーロッパの中高生に絶大な人気を誇る、オーストリアのスクールアイドルです!」
ピンと来ていないのは、まだ界隈に精通していない果林と歩夢。その二人に、せつ菜はぶんぶんと手を振り回しながら説明した。
「そ、わたしたちが最強のスクールアイドルユニット、Alphecca」
「で、ミナトがAlpheccaの……エット、作曲家!」
「だから、ミナトを連れて帰る」
「ええええええぇぇ!!??」
……
…………
………………
Alpheccaは、オーストリアのスクールアイドルユニット。メンバーは双子のシャルロッテとクラウディアの姉妹。
オリジナル楽曲『Ms.Wake up』を動画サイトで発表し、スクールアイドルデビュー。動画は瞬く間に拡散され、自国のみならず全世界でも……
などとWikipediaにも載っている情報を見せて二人のことを理解させて、みんなが落ち着くのを待つ。
「ホラ、ニジガクの制服! 似合ってるでショ?」
「わざわざ着てきたのか」
「ミナトに見せたくテ!」
「学生証も、ほら」
ディアが見せてきたのは、虹ヶ咲の生徒証明証。はっきりと彼女の名前と顔が映し出されていた。
クラウディア・リーデル。虹ヶ咲学園高等部音楽科。
「身長も伸びたな」
「ン、四センチくらい」
「おかげで、ミナトに近づいタ」
最後に別れた時は、もっともっと小さかったように思える。むしろ今が大きすぎるように見えるのか。たった一年会わなかっただけで、だいぶ成長したようだ。
あれからもトレーニングは欠かしていないようで、すらっとした体で、しっかりした体幹があることが窺える。
「湊先輩、ど、どうして言わなかったんですか?」
「いや、あんまりバラしたくないんだ。面倒なことになるってわかってるから」
いつの間にかAlpheccaの人気はとんでもないことになっていて、それに関わってるとなると今以上に問い合わせが殺到するだろう。
「アナタ、どこの人?」
「私はスイスから来たの。エマ・ヴェルデって言うんだ。よろしくね」
「……よろしく」
「ヨロシク! エマも一緒にオーストリアくる?」
「え、ええと……」
「あまりエマを困らせるなよ、ロッティ」
目を離せばすぐ興味の対象が移るロッティたちを、ぐいぐいと引っ張る。いったん座らせて、その口にコッペパンを突っ込んだ。
「二人はどうしてスクールアイドルになったの?」
「留学してた時に、ロッティとディアに日本のスクールアイドルの動画を見せたらハマっちゃって、自分たちもやりたいって言いだしたのが始まりかな」
そこから、僕が滞在している間に曲も作って、練習して、撮影して編集して、帰国する前日に最初の動画アップロードを済ませたんだっけな。
慌ただしかったなあ。二、三か月そこらで全部済ませたのは、今でもはっきり覚えてる。
「さ、再生数凄いね」
「一、十、百、千、万、十万、百万……」
「この曲作ったのって……湊くん、なんだよねえ?」
「も、もしかして、湊さんってものすごい人なんじゃ……」
部のパソコンで動画を見だした彼方と歩夢は、まるで化け物を見るような目を向けてきた。
「二人もみーくんにお世話になってるんだ~。じゃあうちら姉妹グループみたいなもんだね」
「ふふ、ライバルでもあるわね。気合入るわ」
愛と果林の言葉に、何か返したいのか賛同したいのか、こくこくと頷くロッティとディア。
口にものを入れたままなので喋らないのは、やはり育ちがいい証拠。
「気合入るっていったらこの二人のほうだろうね。スクールアイドルって言ったら、高校生ってイメージがあるから。ロッティとディアは今年から高校生だから、熱も入るだろ」
スクールアイドルの定義的にはどうかわからないが、とりあえずAlpheccaはスクールアイドルと名乗っている。それが堂々と名乗れるようになったのだから感動もひとしおだろう。
今年度は特に、もともと多かった練習量も増やしてるそうだし。
「え、あの二人高一!? この動画の時、中三!?」
「そうだけど」
「お、同い年か一個下くらいかと思ったわ」
たった一、二歳の錯覚くらい……とも思ったが、学生からしたらその一年がとんでもない差に見えるんだよな。
外国の人だから……かどうかはわからないけど、すらりと伸びた身長はエマや果林に次いでいるし、顔立ちもまあまあ大人びてるからなあ。
「ミナト、わたしたちのこと手伝うって言ってくれたのに」
コッペパンを食べ終わったディアはむっとこちらを睨む、隣のロッティもぷくーっと頬を膨らませた。
「やってるじゃないか。こうやって作った曲を送って……」
「ヤダヤダヤーダー! ミナトといっぱいお話して、いっぱい遊んで、いっぱい教えてほしイ!」
高一にもなって駄々こねだした……
僕が日本に戻ってからも、週に何回も通話してるし、何曲も作って送ってるし、動画編集も手伝っている。それ以上望むことなんて、ないはずじゃないのか。
苦笑していると、二人の前にわが妹、璃奈が立ちはだかった。
「お兄ちゃんは渡せない」
「じゃ、リナも一緒に行こウ? 三人で、ミナトにテトリアシトリ! ン、ミナトがテトリアシトリ?」
「手とり足とり……」
「璃奈さんがまんざらでもなさそう!」
「りな子、戻ってきて!」
オーストリアに取り込まれそうな璃奈を、しずくとかすみが必死で引っ張る。まさか一瞬で篭絡するとは、ロッティ恐るべし。
一年生同士による、璃奈争奪戦が始まりそうだったので、割って入ってお互いをどうどうと宥める。
「ロッティもディアも、いま僕は学生だからそうそうは会えないって話したじゃないか。卒業して、行ける時には行くから」
「どれくらい来てくれる?」
「年一」
「ネンイチ?」
「一年に一回」
「お、よくわかったな、ディア偉い」
「ヘェ、一年に一回……一年に一回!? 少なイ! この一年間だって、チェストバスター出てくると思うくらい、ムネ張り裂けそうだったのニ!」
『エイリアン』は最近の若い子知らないから。
「でもほら、大学に進んでも暇になるわけじゃないし、飛行機も安くないし」
「わたしたちの家に住めば解決」
「……そもそも君らのご両親がどう言うか」
「許可なら取ってル!」
「ぜひ来てほしいって」
用意周到~。
僕が頷いたらもうリーデル家の子になっちゃうんじゃないか。双子は爛々と目を輝かせて、じりじりと距離を詰めてくる。
「ミナトが教えてくれたから。交渉する時にはまず先に外堀を埋める」
「……ちゃんと育ってくれて嬉しいよ」
自分が追い詰められることになるなんて夢にも思わなかったけど。
「とにかく、無理だって。僕にはまだやることがあるんだし」
「ムー!」
「ミナト、わがまま」
僕が悪いんかなあ、これ。わがままはそっちじゃない?
「そもそも日本に戻る時に言ったじゃないか。遠いし、時差もある。それに僕はこっちのスクールアイドルのサポーターをすることになったから、君たちにはあまり構ってられないぞって」
「……ニホンゴワカリマセンネー。ネ、ディア」
「ちょっと意味が分からない」
「それはもう分かってる人の言い方だ」
練習メニューも考えて、曲も作って、衣装のアイデア出しもして、動画編集もしてるんだから、十分だと思ってたんだけど。放って置きっぱなしでもないし、何が不満なんだか。
まったく、強引なところもそのままだな。色々なところに引っ張りまわされたのが思い出されるよ。
「とにかく! 湊先輩は渡せません!」
「そ、そうです! せっかく同好会に入ったばっかりなんですから、そんなすぐには手放せません!」
かすみとしずくは、どっちつかずとなってしまった璃奈に代わり、僕の手を引っ張る。
一年生同士の仁義なき戦いが、火蓋を切って落とされた……なんて呆れていると、ディアが衝撃的なことを口走った。
「じゃ、わたしたちも同好会に入る。それだったら、ミナトに見てもらえるんでしょ」
「それイイ! ディア天才?」
「知ってる」
僕を連れて帰る、かと思いきや急ターン。いきなりの急展開に、またしても脳が追いつかない。
が、切り替えの早い侑と愛は早速二人の手を掴んで、ぶんぶんと振った。
「うん、それだったら歓迎だよ!」
「うんうん、ナイスアイディアだね、ディアだけに!」
「あっはははは! 愛ちゃん最高!」
手を振り回されながら、ロッティとディアは互いに目を見合わせた。
「イマの、笑うトコ?」
「日本語は難しい」