『Ms.Wake up』
どれだけ理不尽な目に遭っても、何度も立ち上がる強い女性をテーマにしたダンサブルな一曲。
Alpheccaの最初の曲にして、一番人気のある楽曲だ。MVでは、当時中学生だったとは思えないほどキレのあるダンスが、美しい歌声とともに放たれる。
そのデビュー曲を、ロッティとディアは中庭で踊りきった。
二人の動きに一切のズレはなく、まるで二人で一つの生命体かのように、調和のとれた動きを見せる。
衣装は白を基調としたクロップドシャツとパーカー。ワンポイントとして各所に入れられているライン――ロッティは赤、ディアは青――が、残像として宙に残るのも、演出の一役を担っている。
「す、すごい……」
披露してから数秒、しんと静まった同好会メンバーの中で、侑が一番に声を上げた。
「すごいすごーい! 私、トキメいちゃった!」
「アハハ、ミナトに見せるのに、チュートハンパなのはダメだかラ」
「いっぱい練習した」
Alpheccaと虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会による熾烈な争い……なんてものは起きることもなく、ロッティとディアはこちらに加わることに決まった。
みんなも快く受けてくれた。実際には、彼女たちが虹ヶ咲の生徒になるのは二学期からだから、同好会メンバーになるのはそこから。
自己紹介の一環で実力を見せることとなったAlphecca。軽めでもいいよと言ったが、二人は本気だった。わざわざ着替えて、PCにスピーカーを繋いで音まで出して。
ダンスは指の先に至るまでぴんと張ってるし、歌声は動きながらでも揺らがない。
彼女たちのパフォーマンスは、僕が知っているのよりもだいぶ上だった。送られてきたり投稿している動画をチェックしているが、生で見ると迫力が違う。さらにそういうのとは別の、気迫のようなものを感じる。
「うん、進化してる。頑張ってきたんだね」
「ミナトが久しぶりに褒めてくれた」
「ネ、感動!」
きゃいきゃいと、二人は手を合わせて喜んでいる。一曲やり終わって、この季節だから汗は出ているが、まだまだやれるといった雰囲気。
「通話するたびに褒めてるだろ」
「直に褒めてくれるのは、って意味」
「これからこんな日が続くなんテ、夢みたイ!」
「ミナトに見てもらえて、練習も付き合ってもらって、毎日会える。天国」
「ここんちの子になりたイ!」
「わかる」
ここまで手放しで喜んでもらえると、こちらとしても嬉しい。あまりにも正直すぎて、むず痒くもあるけど。
なによりここまでちゃんと育ってくれてることに感動もする。久々に会えたからって、僕もセンチメンタルになったかな。
「や、やば……」
盛り上がるAlpheccaと侑とは対照的に、虹ヶ咲のスクールアイドルたちはごくりと生唾を飲むだけだった。
どうやら圧倒されたみたいで、目を開いたまま、ぽかんと口を開けている。
「言ったでしょ。わたしたちは最強のスクールアイドル」
「なんたっテ、ミナトが育てたスクールアイドルだからネ!」
自信満々にそう告げる二人は、僕にウインクする。
「あ、あはは、二人のを見ると、自信を失くしちゃうっていうか……」
「湊くんがいるなら、追いつけるって気になるような……」
「……複雑ね」
三年生組は、大きくため息をついた。
△
「ニジガク、広ーイ!」
「ウチくらいある」
ついでだ、と思い、本棟を案内しようと校舎入り口に入ったところ、ロッティとディアは大いに盛り上がる。ついてきているせつ菜と侑、しずくは首を傾げた。
他は、先ほどのに触発されたのか、緩やかな空気を切り替えて、練習に励み始めた。今日はお休みだったはずなのに。
「う、うち?」
「リーデル家はめちゃめちゃでかいよ。家の中だけでかくれんぼして一、二時間見つけられないくらいだから」
「そんな凄いお家なんですか?」
「両親とも、ものすごーい有名な音楽家だよ」
リーデルといえば、世界的に名の知れた演奏家だ。
彼女たちの父親であるエリオット・リーデルはチェリスト、母親のアリエ・リーデルはオペラ歌手として、とんでもない腕を誇っている。
僕もその演奏と歌を聞いたことがあるが、いまだに鮮明に思い出せるほど心に焼きついてる。それ以前もそれ以降もたくさんの音楽を聞いたけど、あれ以上のものは聴いたことがないと断言できるほど。
「あの二人があれだけのパフォーマンスを披露できるのも、それのおかげなんですね」
「努力の賜物でもある」
たしかに、センスは親譲りだろう。歌う、踊ることに関しては天才でもある。でもそれ以上に、彼女たちの努力量は桁違いだ。
体力づくり、基礎的な歌い方やステップの反復など、地味な練習も弱音を吐いたことがない。それをさせるだけ、スクールアイドルが魅力的に映ったのだろう。
「シュギョウいっぱいしたからネ!」
「ミナトの指示のもと、無理難題をこなすわたしたち」
「時には崖を登リ、時には木を切っテ、運んデ、それをクリスマスツリーにしたリ……」
「やってないよ、そんなの」
それ、なんかのアニメで見たな。実際はそんな無茶はやらせなかった。だいぶ詰め込んで練習はさせたけどね。
「でも、よかったあ。もしかしたら湊さんの取り合いになるかと思ったよ~」
「アッハハ、最初はソウしようかと思ったケド」
「もういいや。ミナトといられるし」
「刹那的な生き方してるな」
「セツナテキ? セツナ、敵?」
「何も考えずに、その場の勢いで生きてるよね、ってこと」
「セツナ! そんな生き方ダメ!」
「えっ、私ですか!?」
コントみたい。
ロッティはまだまだ日本語を勉強中で、ちょっと難しい言葉が出るとわからなくなるみたいだ。それでもこの一年間でそれだけ喋れるようになるって凄い。
外国の人の中には、アニメなど日本のサブカルチャーで言葉を覚えた人も少なくない。その根底に共通しているのは、興味と情熱。この二人もそれだけ、日本が、スクールアイドルが好きってこと。
その中には虹ヶ咲も含まれていて、だからこそ無駄な衝突もなく加わってくれた。
その情熱と人懐こい性格のおかげで、もうすでに打ち解けたみたいだ。すでに僕を置いて、わいわいと盛り上がっている。
「っていうわけで、うちはラブライブを目指してるわけじゃないんだ。基本的にはソロで活動してるってわけ」
「大会とか興味ない?」
「ないわけじゃないけど……みんなが楽しくできるのが一番かなって」
「楽しい、大事」
「ウンウン。ミナトも言ってタ。ケド、目標持つのもダイジ! ワタシたち、最初はやりたイって気持ちだけだったケド、イマはイチバン目指してるヨ」
「やるならてっぺん」
驚異的なパフォーマンスを発揮できる理由は、そういった明確な目標があってこそだ。ただだらだらと、漫然と練習をするだけでは身につかない。
Alpheccaは、自分たちが高い実力を持っていることも自覚していて、なにより頂への貪欲な執着もある。
「シズクの目標ハ?」
「目標……私の表現力がどこまで届くか、試してみたいな」
「ヒョウゲンリョク?」
「演劇もやってて、ちょっとは自信あるんだ」
「エンゲキ! シズクの演劇見てみたイ!」
「では今度、公演の際には招待しようかな」
「やっター!」
ロッティは手を挙げて小躍りしだす。
天真爛漫で楽観的。ステージで見せるような、キレのあるダンスを見せるシャルロッテ・リーデルとはギャップがありすぎる。
僕はもう慣れたけど、しずくはまだ頭が追いついていないようで、苦笑いした。
「セツナは?」
「私は、溢れ出る自分の大好きをファンのみなさんに届けたいからです」
「ダイスキ……」
「ええ。好きな気持ちは、抑える必要なんてありませんから」
それを聞いて、ディアはうんうんと頷いた。
「セツナ、いい人。自分の気持ちって言うの大変。それを全力で出せるセツナ、尊敬する」
「え、えへへ、照れますね」
ロッティもディアも、続いて侑を見る。
「ユウはなんでスクールアイドルやってるの?」
「私はスクールアイドルじゃないよ。湊さんと同じ、みんなのサポート」
彼女がそう答えると、二人は心底驚いて、唖然とした。
「ユウ、アイドルじゃないノ!? こんナに可愛いのニ!? ナンデ!? ニホンの人はモッタイナイ精神があるって聞いたんですケド!?」
「今からでもデビューしよう」
「だ、だから、私はみんなの力になりたいだけで……」
「ユウもスクールアイドルしよう。楽しい」
「み、湊さん、助けて……」
おお、あの侑が押されて僕の後ろに隠れた。
この話題になると、たじたじになる侑。みんなに可愛いって言うのに、自分が言われるのは慣れていない。
それにしても……
「デモデモ、カワイイ!」
「動画にもっと出たらいい」
「コッチの動画に出演してもらウ?」
「それいい。日本のチョーカワイイマネージャーとして紹介しよう」
「世界デビューだネ、ユウ!」
「勘弁してよぉ!」
元気……だねえ。これは二学期も振り回されることになるかも。
このはしゃぎよう。まるで……
「はんぺんさんみたいですね」
「オフィーリアみたい」
おおっと、口に出さないでおいたのに、せつ菜としずくが言ってしまった。
確かに、掴みどころがなく、一見クールだけど人懐っこく寄ってくるディアは猫っぽい。
オフィーリアってのは……しずく家で飼っている大型犬だったかな。距離感がなく、ぐいぐいとやってくるロッティは、うん、それっぽい。
ぶんぶんと振れ動く尻尾の幻影が見えるのは……黙っておこう。
まあなんにしても、仲良くしてくれてよかった。
「どうしたんですか。そんな気の抜けた顔して」
「この二人も、受け入れる君たちにもうちょっと……確執的なものが生まれるかと」
「私たちのこと、そんな面倒くさい女だと思ってたんですか?」
「高校生は色んなものを抱えてるって、君らのおかげでわかったからね」
最近は精神的に安定してきたとはいえ、まだまだ強い風が吹いたら簡単に吹っ飛んでしまう高校生。大きなお祭りが終わって緩んでる今、いきなり心乱されても仕方ない。
それは、同好会のメンバーだけでなく……
「ロッティもディアはああやって楽しんでるけど、急激な環境の変化に戸惑わない人はいないから」
この子たちも、憧れとはいえ慣れない日本に来て、その内心にあるストレスはどれほどのものか。留学した僕にはよくわかる。
空気、食、文化、言葉……あらゆるものが、自分が住んでいたところとは違うのだ。日にちが経つにつれて、その違和感は心身にのしかかってくる。
僕は彼女たちにお世話になった身として、そして友人として、最大限尽くそうと思う。
「隠し事は心に毒」
「湊さんが言うと説得力ありますね」
「僕は反面教師だからね」