長いようで短かった夏休みも終わり、二学期も始まった。
昨日は新学期になって初日だったので授業はなかったが、今日からはいつも通りのスクールライフが再開される。
「ロッティちゃんとディアちゃん、あれから大丈夫だったのかな」
「楽しい楽しい寮生活を楽しんでるみたいだよ。毎日動画やら画像やら送られてきた」
短期留学生である彼女らは、学校のすぐ近くにある寮にお世話になっている。
同じく寮住みのエマが面倒を見てくれてるみたいで、寮や学校生活の注意点などについては、彼女が教えているらしい。
この数日だけで、百枚近くの写真が送られてきた。どれも満喫している姿が映っていて、とりあえずは安心。
「璃奈から見て、あの二人はどう思う?」
「いっぱい仲良くしてくれる。楽しくなりそう」
「結構むにむにされてたけど」
「愛さんもよくやる」
愛も距離近いよね。パソコンで作業してると、肩触れ合うレベルで覗き込んでくるし。それはみんなそうか。
「湊さーん」
呼ぶ声に振り向くと、侑と歩夢がこちらに駆け寄ってくる。挨拶を返すと、彼女らはぺこりと頭を下げた。
「音楽科には馴染めそう?」
「はい。みんないい人で、初日から色々教えてもらっちゃった」
屈託のない笑顔でそう言う侑の言葉に偽りはなさそうだ。
天性のものか、誰かに似たのか、人たらしなところがあるからなあ。何かしてあげたい庇護欲が掻き立てられるのは、二年生の音楽科も同じようだ。
とりあえず、邪険に扱われてないようで一安心。そんなことが耳に入れば、乗り込んでしまいそうだ。
「歩夢も、気にしてないようでなにより」
「何をですか?」
「侑がいなくて寂しいって言うかと」
「もー、私をなんだと思ってるんですか」
ド重い幼馴染……と言うと睨まれそうなので黙っておく。
他愛のない話をしていると、はた、と璃奈が足を止めた。
「人いっぱい」
そう言って指を差した先へ、僕らも視線を動かす。
校門に、明らかに生徒でない人がたくさんいた。男女問わず大人から子どもまで、生徒が通れないほどひしめきあっている。
「しかるべき手順を踏んで、許可を取ってください」
対応しているのは、我らが生徒会長の中川菜々。集まっている一人ひとりに説明して、追い払っている。
鞄を肩にかけたままだから、登校途中でこの状況を見て、一度も内にも入らずに応対してくれてるのだろう。やがてしぶしぶながらも納得した人たちは、ぞろぞろと校門から離れていく。
その人たちとすれ違いながら、横目で追う。そちらも学校があるだろうに、他校の中高生が割合としては多い。混じっている大人たちには高そうなカメラを携えた人が何人かいた。
「せ……菜々ちゃん、大丈夫?」
朝からお疲れの様子に、歩夢は声をかけた。
「歩夢さん。ええ、なんとか……」
肩からずり落ちそうな鞄をかけ直して、中川さんはため息交じりに答えた。いつでも凛としている彼女にしては珍しい。
「なんであんな人だかりが?」
「それが……みなさん、Alpheccaに会わせろ、と言ってきて……」
「ロッティとディアに? なんでそれが知られてるんだ?」
「あれ、湊さん、あの動画見てないんですか?」
代わりに答えた侑が、スマホを取り出して画面を見せてくる。とある動画サイトの、Alpheccaのチャンネルから投稿されている動画だ。
『Hallo! みなサン、コンニチハ! Alpheccaのロッティと!』
『ディア』
『イマ、ワタシたちはニホンに来てま~ス、ワーイ!』
『交換留学として、ニジガサキガクエンの生徒になった。しばらくこっちにいるけど、動画は続けて出していくよ』
『ニジガサキのスクールアイドルクラブにも入ったかラ、ソッチにも注目してネ! お楽しみニ~』
そこには、虹ヶ咲の制服を着て宣伝する二人の姿があった。
△
せつ菜のぐったり度合いは、放課後になるとより一層ひどくなった。部室に入った瞬間、緊張の糸が切れたのか、すぐにソファに横になるくらいだ。
「はあ……」
「災難だね」
「まさかあのお二人がここまでの影響力を持っているとは」
今日一日、朝、校門で見たようなメディアから一般人まで、虹ヶ咲とコンタクトを取ろうとする人はたくさんいたらしい。
先生方は電話対応に追われ、直接来ようとするのは警備の人だけでは人数が足りず……結果、放っておけずに彼女が対応したそうだ。
それが休み時間のたびに、となればこの元気の無さも頷ける。
「すごい拡散されてる」
カタカタとPCを動かす璃奈のほうを向くと、一面Alpheccaの文字で埋め尽くされていた。Webニュースでもあちらこちらで話題になってるし、SNSでトレンド一位を取るほど。
もう学校も会社も始まっているのに、昨日の今日であんなに人だかりができるとは。日本でのAlpheccaの人気を、僕も見誤っていたみたいだ。
「アー、ミ、ミナト、怒ってル?」
恐る恐る、といった感じで、ロッティは窺ってくる。
「……悪気がないのはわかってる。ただもうちょっと考えて行動しようね。君たちはもう有名も有名なんだから」
「ご、ごめんなさイ」
急に手に入れた名声。現実と実感がまだ乖離しているのだろう。投稿されたあの動画だって、普通であればそれほど問題になるものじゃない。
そこらへんも、こっちにいる間に教えてやらないと。
「でもまさか、こんなすぐに反応されるとは思わなかった」
「ネ~、ハヤーイ。教室でもたくさん人集まってきたよネ」
まだだいぶ他人事みたいだし。
「せつ菜さん、これだけ話題になって、学校は大変じゃないの?」
「今のところは大丈夫です。幸い、虹ヶ咲は外部への対応に慣れてますし、過激な行動をしてくるマスコミやファンは今のところいないですから。今日はいきなりだったので私が対処しましたが、明日からは学校がなんとかしてくれます」
「ニジガク様様だよ」
生徒のプライバシーにも繋がるから、寮の中までは取材許可は下りない。校内だったら、迷惑な取材スタイルは学校側が止める。となれば、あとは二人がどれだけファンサービスできるか、くらいだな。
「じゃあ、ワタシたち動いていいノ?」
「そうですね。先生方に確かめましたが、入部も問題ないそうです。この交換留学の目的は交流でもありますから、むしろ歓迎だそうで」
仲が良いところを見せればアピールにもなる。メリットありあり。色々と面倒そうなこの二人相手でも、虹ヶ咲はその校風である『自由』を覆すつもりは一切ないようだ。
「ところでみなさんは?」
「とりあえず、通常通り練習。ロッティとディアも、体験って形で一緒にやらせようとしたところ」
「そうなると、良くも悪くもこちらに影響が出てきますね」
「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の名を売るいい機会だ」
すでに二人組として活動して、独自の練習メニューも持っているロッティとディア。その二人が加わることによって活動になんらかの支障が出ないか心配してるのだろう。そこらへんのネガティブな面は、僕がコントロールしてやればいい。
それよりも、これをチャンスと考えるべきだ。せっかく、これだけ注目されているなら、その波に乗らずしてどうする。
「たくましいですね」
「そうじゃなきゃやってられないよ」
右往左往してて機会を逃してしまうのはもったいない。Alpheccaだって、ずっとこっちにいるわけじゃないんだし。
「でも、しばらくは、色々な人に色々と訊かれそうだ」
その言葉が合図だったかの様に、机に置いたスマホが震えた。
「ほら早速」
△
「ほ、ほほ、本物だ……」
「本物のAlpheccaだ!」
「シノノメとトウオウ!」
「最高」
学内の中庭で、Alpheccaと相対する一団がいる。両方とも感激で震えて、黄色い声を上げた。
僕に連絡を寄こしたのは、東雲の支倉さん、藤黄の紫藤さん。Alpheccaの二人が虹ヶ咲に来たのを聞きつけてやってきたらしい。急なことだったので、部室にいた璃奈とせつ菜と僕で応対することにした。
予想外なのは、部員のほとんどを連れてきたこと。スクールアイドルが大集合して、こちらの生徒も何事かと集まってきている。
「どうしてこの二人が虹ヶ咲に?」
ロッティとディアの周りに集まるみんなをよそに、紫藤さんが僕に耳打ちする。
「交換留学で来たんだと」
「羨ましいなあ。Alpheccaと一緒に活動できるなんて、全国のスクールアイドルが嫉妬の涙を流すよ」
Alpheccaは人気度外視。良いものを作るようにはしているが、時期や戦略などを考えずに動画投稿をしているため、その反響は一切調査していなかった。でもまさか、同じスクールアイドルにもきゃーきゃー言われるなんて。
当の二人もスクールアイドルが大好きだから、ものすごいテンションが上がっている。
「ワ~! 知ってル! ハルカ!」
「え?」
「東雲学院のコノエハルカ。一度会ってみたかった」
「え、え?」
「ハジメマシテ! ワタシ、ロッティ!」
「ディア。よろしく」
「えええ~~!?」
特に、目当ての人物を見つけると飛び上がらん勢いで近づいていく。
璃奈は不思議そうに僕を見上げてきた。
「二人とも、遥ちゃんのこと、知ってるの?」
「みんながAlpheccaに憧れるように、あの二人にだって憧れてる子はいる」
「それが……遥ちゃん?」
「同じ高一のスクールアイドルではトップクラスに有名だからね」
彼方が聞いたら首が外れそうな勢いで頷きそうだ。
スクールアイドル激戦区の東京の中で、ラブライブ優勝候補の東雲、さらにその中でセンターを張る驚異の一年生。遥さんはとんでもない逸材で、それに魅入られる人は少なくない。
ロッティとディアも例に漏れず、その憧れに会えた感激で握った手を振り回している。
「コンナにスクールアイドルに囲まれて、幸セ!」
「トーキョー最高。ニジガク最高」
あんなに喜んじゃって。二人ともストレートに言うから、周りも裏を感じずに受け止めている。僕も、オーストリアにいたころはあのキャラにとても助けられた。
ご両親もノリがいい方たちだったし、そこらへんは遺伝なのだろう。
「日本に来て、どうですか?」
「スクールアイドルたくさん。美味しいものたくさん」
「ミナトもいるしネ!」
「湊さんのこと知ってるんですか? 湊さんは作曲も動画編集も、演出も出来て凄いんですよ!」
「そうだよネ! サスガ、ワタシたちのプロデューサー!」
しん、と場が一瞬で静まった。
「プロ」
「デュー」
「サー?」
盛り上がっていた一行は、僕とロッティとを見比べる。
やばい、と感じた時には遅く……
「ミナトはAlpheccaが出来た時から、わたしたちのプロデューサー。曲も作ってくれてる」
ディアが爆弾を投下した。
「ア……」
一瞬遅れて、ロッティが僕と同じ、『しまった』という表情をする。
「ロッティ、ディア……それ言っちゃダメなやつ」
「え、エヘ……?」
△
「あ、みーくん、そっちはどうだった……って大丈夫!?」
今日のせつ菜と同じように、ソファに横になっている僕を見て、練習から戻ってきた愛がびっくりする。
「疲れた……」
あれから、その場の全員の興味は僕に移った。数十人もの相手から質問が飛んできて、結局はぐらかすことはできず、正直に話すことしかできなかった。ちょっとでも違うこと言うと、ディアが訂正してくるし。
「お疲れ、ミナト」
そのディアは飄々としてて、何も悪いことをしてないといった感じだ。
「まあ、予想は出来てたことだよ。君たちがいつまでも黙ってられるわけがないって」
「ウ、ミナト厳しイ」
「優しいほうだと思う」
一応、他言無用でってお願いしたけど、どこまで守られるか……女子の話って回るの早いからなあ。