「とうちゃーく! 一位!」
「アイ、速スギ!」
「ロッティさんも」
練習前の、体温めがてらの校舎一周。
さすがに体育会系の愛が一位。続いて数秒遅れてロッティ。その後ろから、さらにしずくがやってきた。他はまだかかりそうで、影も形も見えない。
「みーくん、なにしてるん?」
汗を拭きながら、愛がこちらに来た。
普段ならタイム測定をしている僕だけど、今日ばかりはずーっとスマホとにらめっこだ。
「質問攻めにあってる。Alpheccaの裏方ってのがバレたからね。そのせいで昨日から、通知が止まらない止まらない」
「練習前からスマホを見てるのは、そういうわけだったんですね」
僕のSNSアカウントには、国内外問わずメディア系だけでなく、いろーんな人から連絡が来ている。
どうせ誰も見ないだろうと、本名で、しかもプロフィールに虹ヶ咲の学生だと書いていたのが運の尽き。Alpheccaのみならず、僕個人に対する取材依頼が飛んできていた。
あと、普段は虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のメールアドレスに届くような、他校のスクールアイドルからの作曲依頼まで。
「悪い反応はほとんどないね。ならいいじゃん!」
「開き直って、大々的に発表したらどうでしょう」
「ネ、コッチでも紹介動画作ろウと思ってるんダケド」
「賛成! ほらほら、HPにもみーくんの情報載せちゃってさ」
「そうしたら、Alpheccaと虹ヶ咲も注目度が上がりますよ」
「仲良しアピールになル!」
火のない所にも煙は立つ時代だ。不仲だなんて言われてその噂が拡散してしまうよりは……たしかにいいかも。
「そう言われると、断りづらくなるな……」
「いいじゃんいいじゃん! 前からみんなもそうしたほうが良いって言ってたし、正式な部員なんだからさ」
「そうですよ。侑先輩もプロフィール載ってるんですから、湊先輩を入れない理由がないですよね?」
隙の無い連携で、僕が断れないような言い方でじりじりと追い詰めてくる。まだまだ暑い季節だというのに、冷たい汗が頬を流れた。
△
「で、HPを更新することにしたのね」
結局、反対する者はおらず、僕も押し負けてしまった。
この話を聞いた瞬間、侑と歩夢、ディアは飛び立つように部室へ戻っていった。
「湊先輩、今まで何かと避けてましたから、ようやくって感じですね」
「ロッティちゃんとディアちゃんに感謝だねえ」
遅れてランニングを終えた果林、かすみ、彼方が休憩しつつ話に混じる。
「紹介ページはどうするんですか?」
「写真はなし。文章は、いま侑たちが考えてくれてるよ」
今ごろ部室で唸っていることだろう。たった数行だけど、あれ考えるの意外と難しいから、まだまだ時間はかかるだろう。
「ロッティは考えなくていいの?」
「ワタシはそーいうのニガテ。それより、カリンたちとお喋りしたいなッテ」
確かに、ロッティはなんというか天才肌で、考えるより体が先に動くタイプだからなあ。人に教える時も、半分以上が擬音になってしまうような子だ。
「そうだねぇ。せっかくだから、オーストリアでの湊くんのこと、聞きたいな」
本人を目の前にして、彼方が言う。
「ミナトはネー、コッチでも凄い勉強してテ、Dienstmädchenの手伝いとかもイッパイしてタ」
「な、なんて?」
「ええと、お手伝いさんみたいな……メイドだよ、メイド」
「メイド!?」
「まあ、噂に聞く限りの大きな家だといるわよね、メイド」
気にしなくていいとは言われたが、僕は居候の身だったし、何かされるだけというのが性に合わない。気づけば自分からお仕事をもらいにいくようにしていた。シェフとはお互い、料理を教え合ったりもしたな。
「ワタシたちとも遊んでくれたシ、パパとママともお話タクサン! アト、お友達も多いよネ。お別れパーティのトキ、ミナトの周り群がってタ」
「人たらしは外国でも相変わらずなのね」
「人たらして」
僕のほうが外国人だから、言葉によるすれ違いがないように、できるだけ裏表ない感じで接しただけだ。
変に躊躇して、お互い距離を測り損ねるなんてのは時間の無駄。長い間居るならともかく、数か月程度なら積極的に話しかけたほうがいい。
「アトネー、酔ったミナトはネー、甘やかしてくれるからスキ!」
「酔っ!?」
「甘やかっ!?」
オーストリアでは、飲酒は十六歳から認められてるらしく、彼女らのお父さんにやたらと勧められた。
日本では二十歳からだと一度断ったが、あまりにも熱心なもので一口だけいただいたのだ。ちょっと興味もあったし。
覚えてるのは、すっごく苦かったことと、体がかっと熱くなる感覚。その後のことは覚えてない。
「普段してくれないのニ、すっごいナデナデしてくれル!」
「な、なでなで……」
「ほ、他には他には?」
ぐっと身を乗り出した三人に、ロッティはにやりと笑って耳打ちする。
……………………え、なんかめっちゃ言ってない? ロッティが何か伝えるたびに、三人がこちらを信じられない目で見てくる。
なんか、当時変なことをしてたみたいだ。璃奈がいない寂しさが溜まってたのかもしれない。
「ご、ごくり……」
「み、湊先輩、ちょーっと飲んでみませんか?」
「ダメ、絶対。お酒は二十歳になってから」
△
個々人の練習に入ってから一時間が経過しても、まだ侑たちは帰ってこない。
そこまで時間を駆けなくてもいいのに。そう思って、僕は果林と一緒に、彼女らを呼びに行くことにした。
「うーん、まとまらないなあ」
「書きたいことが多すぎて、収まらないね」
部室の前までたどり着いたところで、中からそんな声が聞こえてきた。
別に入ってしまってもいいが、真剣な空気を霧散させてしまわないように、立ち止まってしまった。
「ディアちゃんも一緒に考えてくれてありがとう」
「ミナトのためなら、どんとこい」
どうやら書く文章が思いつかないということではないみたいだ。むしろ、何を削るかで悩んでいる。
虹ヶ咲学園でのことだけ書くならともかく、Alpheccaのことも書くとなると、それなりに量が多くなってしまうのだろう。
写真を載せないぶん、他のみんなよりも多少長く文字を打てるが、ぎっしりすぎても品がない。
行き詰っているようで、タイピングの音は軽快とはいえない。
「そういえば、ディアちゃん。ここ最近は、あまり歌や踊りの動画上げてないよね」
「ミナトが忙しくて、あまり曲作れないから」
「あ、えっと、ごめんね? 私たちが湊さんに頼りきりだから」
「それはいい。ミナトが楽しいなら」
とはいえ、ディアの口調に少し寂しさが混じっていた。
一応、放ったらかしというわけじゃない。日本に戻ってきてからも二曲作ったし、毎週のように通話していた。
けれど虹ヶ咲でスクールアイドル同好会を立ち上げてからは、Alpheccaのための時間は、なかなか安定してとれず、曲も作りかけだ。
言い訳になるけど、精神的に不安定だったこともあって、忙しくて、焦っていた。
「ミナトが嫌な思いをしてるなら、ニジガクから引き離そうとも思った。通話してる感じだと、元気なさそうだった」
見透かされてるわね、と果林が囁いてくる。
一学期にディアたちが来なくてよかったよ。もっと話がややこしくなってた可能性がある。
「今のミナト、すごく楽しそう。わたし、ちょっとだけ我慢することにした」
「本当は、もっと歌いたいし……もっと甘えたいんだよね」
歩夢がロッティの頭を撫でる。彼女はされるがままにそれを受け入れて、こくりと頷いた。
育ち盛り、暴れたい盛りのディアにとって、僕との距離は実際のよりも遠く感じたのだろう。それは通話とか、曲を作ってあげるとかで解消できるものじゃなくて……部室で駄々こねてたのは、それが原因みたいだ。
「曲は、プロの人から提供してもらえるのを断ってるっていう話を聞いたことあるけど」
「わたしたちは、スクールアイドル。自分たちの力で一つのステージを作る。プロの手を借りたら、全然違う別のものになる。ミナトの受け売り。でも、わたしも心の底から思ってる」
それは、僕が彼女たちに協力すると決めた時に言った言葉だ。
曲、踊り、演出などなど、お金を出せばプロに依頼することもできる。それをしないのは、そうしてしまうと『スクールアイドル』ではなくなるから、だと僕は思っている。学生だからこそできる熱さだとか青臭さだとか、そういうのがスクールアイドルをスクールアイドルたらしめてるんじゃないかと。
たとえ不出来で歪で未熟なものだったとしても、それでのみ伝えられるものがあるはずだと信じている。
作れるものは自分たちで作ろうとして、助けを求めるならプロではなく他の部の人たちにしているのは、そういう意図があるのだ。
これは個人的な考えだから、Alpheccaが嫌だと言えば曲げるのも……まあやぶさかではない。けど、ディアは僕の思いをしっかり受け継いでくれているみたいだ。
「三人でAlphecca。だから、オリジナルの曲は、ミナトが作ったの以外歌う気なんてない」
「信頼してるんだね」
「わたしをスクールアイドルにしてくれたのは、ミナトだから」
クールに見えて、ディアは心の内に燃える炎を持っている。
『スクールアイドルやりたい』と言ったのはロッティだが、『スクールアイドルにして』と言ってきたのは彼女だ。
それを叶えたぶん、僕に懐いてくれていることは、わかっている。
「そのミナトの頑張りが、世間に知られてないのは嫌。だからわたしたちのプロデューサーだって暴露した」
「え、じゃああの時、みんなの前でああ言ったのって……」
「あれ、わざと」
え。
声が出そうになって、口をふさぐ。
「ミナトは自分が作曲家だって隠したがるけど、わたしは広めたい。わたしたちの歌、こんなに美しい歌を作ってるのが誰か、世界に知ってほしい。歌って踊るのはわたしたち。それをさせてくれるのは、ミナト」
三人でAlphecca。
さっきの言葉は、僕が思ったよりも、彼女らの根本にあるみたいだ。それが嬉しくて、こみあげてくるものがある。僕が初めて手掛けたスクールアイドルだから、余計に。
「自分のことダメダメだって言うけど、わたしたちよりチヤホヤされてもいいくらい、ミナトは良い人」
「そうだよね。うん、ちょっと嫌がるかもだけど、自己肯定感を高めてもらわないと」
「よーし、じゃあ続きやってくぞー!」
「おー」
……なんだよ、時間かかるならもういいなんて、言えなくなっちゃったな。
「まだもうちょっとかかるみたいね」
「そうみたいだね」
僕と果林は扉から離れて、踵を返した。