「うーん……」
「ドキドキ」
「むむむ……」
「ワクワク」
部室に入ると、かすみとロッティがにらめっこをしていた。いや、かすみが一方的に眉間に皺を寄せている。ロッティはふんすふんすと興奮気味に、かすみの何かを待っているようだ。
その様子に首を傾げていると、かすみがこちらを向いた。
「あだ名をどうしようか考えてまして……・ディア子はディア子でいいと思うんですが……ロッ子? ロティ子?」
「シャル子でいいんじゃないか。シャルロッテの、シャル」
「はっ! それナイスです!」
思ったよりもどうでもいいことで悩んでいた。
ロッティはもうロッティがあだ名みたいなものなんだけど……本人も喜んでるみたいだし、まあいいか。
「あらためて、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会へようこそ!」
パン、と侑がクラッカーを鳴らす。
入部届がついに受理され、ロッティとディアは名実ともに僕らの仲間になった。ここまでちょっとしたドタバタもあったけど、丸く収まったことだし、よしとしよう。
「これで、正式にスクールアイドル」
「トモダチもこーんナに増えタ!」
Alpheccaはハイタッチして、部室の中を走り回る。
「かすみんが部長だからね! 一番偉いんだから!」
「ヨッ、ブチョー!」
「可愛い、天使、女神」
「えへへ~、それほどでもありますよぅ」
威厳を見せようとしたのに、ベタ褒めされて頬を緩ませるチョロいかすみ。それを苦笑いして眺めながら、歩夢は首を傾げた。
「正式に……?」
「あっちじゃ、アイドルとか部の考え方が違うから。ようは、今までは自称スクールアイドルだったわけだ」
そこらへんは国の文化の違いだな。そういった事情も、日本以外のスクールアイドルがほとんどいないことと関係してくる。
Alpheccaだって、日本以外だとスクールアイドルって肩書が外されて紹介されることもあるしね。
詳しくはアイドルの語源から話す必要が出てくるが……まあそれはいいか。
「ワタシ、スクールアイドル!」
「うんうん。よかったね、ロッティちゃん」
エマは、ぎゅむっと抱きついてくるロッティをよしよしと撫でる。エマもスクールアイドルになれた時は、たいそう喜んだものだ。同じ外国人同士で通じるものがあるのだろう。
「ちゃんとしたスクールアイドルになったんだから、何かしたい」
ディアの提案に、侑が頷く。
「だったら、虹ヶ咲学園のスクールアイドルとして歌う?」
「いいノ!?」
「もう私たちの仲間なんだから、いいに決まってるよ」
ね、と侑が見渡すと、みな一様に首を縦に振った。
「うん。虹ヶ咲学園スクールアイドルとAlpheccaが一緒になったよって見せたいよね」
「でも、新しい曲を作るってなると、お兄ちゃんに負担がかかる」
「ちょっと待ってくれたら、作るけど」
「ダメです! ただでさえ湊さんは働きすぎなんですから」
せつ菜に押しとどめられてしまった。
二学期が始まっても、この過保護は続くらしい。どこまで続くんだか。まさか二学期中ずっとってことはあるまい。
「ウーン、じゃ、どうすル?」
「二人に愛さんたちの曲を歌ってもらうってのはどうかな?」
「それいい!」
「二人はどう?」
「やりたーイ!」
「わたしも。今のミナトを知りたい」
Alpheccaのほうも、両手を挙げてバンザイ。
「みんなも、ワタシたちの……」
そこで、ロッティはディアをちらりと見る。彼女は見返しながら、ほんの少し、本当にわずかに首を横に振った。
「それなら……どうしましょう。私たちには二人のユニット曲はありませんし……」
「じゃあ、こっちから二人分の曲を選んで、それぞれやってもらうっていうのはどうかな?」
歩夢の提案は受け入れられて、その通りに進めることになった。
虹ヶ咲の動画チャンネルで投稿することに決まり。そうすれば、ファンの人たちからも虹ヶ咲所属のスクールアイドルとして認められるだろう。
Alpheccaのチャンネルでは宣伝をしてもらう。こちらは早めに出して、世の期待を煽るとしよう。ファンも、虹ヶ咲を知らない人も事前に予習してくるだろうと考えて、こちらの再生数を伸ばす目的もある。
これで後残るは……
「誰の曲をやってもらう?」
△
「いち、に、さん、し」
「ヨッ、ホッ」
愛が手を打つのに合わせて、ロッティが身を振る。
誰の曲をAlpheccaがやるのかは、じゃんけんで決められることになった。見事その権利を勝ち取った一人は、愛。
早速、大まかな動きなどを教えることになり、中庭に移動。全員が芝生に座って、その様子を見学していた。
「君らは練習しなくていいのかね」
「部員を見守るのも部長の大事な役目ですから」
「それに、まだまだ暑いから、無理は禁物ってね」
なんて言いつつ、目線はしっかりAlpheccaのほうを向いている。
この前、ロッティとディアが曲を生でお披露目した時から、みんなのやる気は一段と増していた。
こういったことは前にもあった。ダイバーフェスの後だ。熱を感じずにはいられない果林のステージを見た後、そこに立つ自分を夢見て、一生懸命になっていた。
スクールアイドルフェスティバルでその熱も多少冷めたかと思ったけど、どうやらAlpheccaのキマッたパフォーマンスを見て、また燃え上がったらしい。
燃え尽き症候群になるかな、という心配は杞憂に終わった。
「ここはどーんって感じ!」
「バーン、ピシッてことだネ。ワカルワカル!」
愛から直接指導を受けているロッティは、その感覚的な指示についていけているようだ。
まず踊ってみせて、その後おおざっぱに教えるやり方は、センスがあるあの二人ならではだろう。
ロッティの素質を加味して、あれならすぐに追いついてきそうだ。
対して……
「どうしてロッティちゃんはあれでわかるんだろう……」
「アユムは、ちゃんと教えて」
もう一人、ディアに教える歩夢は、一緒に楽譜付きの歌詞を見ながら、全体の流れを説明して、細かいところも丁寧に教えている。
イメージしにくいところは、実際に歌って、ディアの耳に馴染ませていった。ちなみに、本番も日本語で歌ってもらう予定だ。
「わあ……綺麗……」
ディアの透き通る声と、歌詞を読みこんだうえで最大限の表現力をもって放たれる歌。
空に響くようなその歌に、集まってきた野次馬も感嘆のため息をつく。対照的に、歩夢はうぅ、と肩を落とした。
「じゃんけんに勝ったのはいいけど、なんだかディアちゃん歌上手くて、自信なくなるなあ」
「わたしとは違う方向だけど、アユムの歌もキレイ。重要なのは歌。思いを届けるなら、ちゃんと通る声で歌う必要がある。そういう意味では、アユムはすごいアイドル」
「あ、ありがとう、ディアちゃん」
ディアのまっすぐな称賛に、頬を掻く歩夢。こっちもこっちで相性は悪くないみたいだ。
わざわざ突っかかる性格でもなし。むしろ、集団におけるチームワークの大切さを大事にしてる。歩夢は同好会を通じて、ディアはAlpheccaを通じて。
「あ、あの」
「?」
「そうやって見つめられると、照れちゃうな」
「しょうがない。ニジガクの中で、アユムは私の推し」
「え、ええっ?」
「正統派。まさにアイドルって感じ。わたしが目指すところ」
ディアは親指をぐっと上げる。
スクールアイドルは長年の歴史がある。その中で、ロック専門だったり、半分お笑いみたいなのもいたり、様々なジャンルのアイドルが生まれた。
でもひときわ輝くのは、やっぱり歩夢のような王道の子だ。
歩夢は、実力で劣ってると考えるかもしれないけど、日本のスクールアイドルに憧れるディアからすれば、歩夢こそが夢の体現者なのだ。
じっと見られている歩夢は照れて目を逸らしながら、口を開く。
「ディアちゃんはどうして、私たちの歌を歌おうとしてくれるの?」
「どうして、とは」
「Alpheccaには、Alpheccaにしかない絆があって、ディアちゃんはそれをすごく大事にしてるのがわかるんだ。それって、ディアちゃんとロッティちゃんにとっては、三人だけのものにしたいんじゃないかなって。だから、湊さんがあなたたちのためだけに作った曲以外は、歌いたくないのかなって」
ディアはこくりと頷いた。
「そう。Alpheccaは、三人でAlphecca。誰かを入れるつもりはない」
けど、と続ける。
「わたしは、ニジガクのスクールアイドル。なら、知る必要がある。今のミナトのこと」
去年の僕を、歩夢たちは知らない。今年の僕を、ディアたちは知らない。そのぽっかり空いている部分の中で、僕の感じたことや伝えたいことは、曲として残っている。
あれこれべらべらと喋るより、そっちで理解するつもりのようだ。
「アナタたちを、信じさせて」