「トーキョー!」
街の喧騒に負けないほどの声量で、ロッティが叫ぶ。その隣では、ディアが周りをスマホで撮影していた。
「見て見て、ロッティ。あっちもこっちも、スクールアイドルの動画で見たことある」
「ワーオ……」
「聖地認定」
「ゼータク」
首都東京が誇るトレンドの街に圧倒されているようだ。食でも娯楽でも撮影スポットでも最先端。日本の最新文化を知るには絶好の場所だ。
「本当にスクールアイドルが好きなんだね」
「今じゃ、たぶん僕よりハマってるよ」
毎日毎日動画漁りをしているあたり、侑と似た者同士だ。この前試しに放っておいたら、せつ菜とエマも交えてスクールアイドルについて熱い談義を、最終下校時間までやってたくらいだ。
相当知識があるその三人についていけるあたり、にわかではないことがわかる。
「エマ、休日なのに買い物付き合わせて悪いね」
「いいのいいの。今日は果林ちゃんもお仕事に行ってて、暇だったから」
「とことんお世話好きだね」
「それは湊くんもでしょ?」
今日は僕も、璃奈がかすみとしずくと遊びに行くから、とやることがなくなった。
だらだらとするのもいい……と思ったが、どうもじっとしているのが落ち着かず、東京案内をしてほしいというこの子たちの連絡は、渡りに船だった。
他のみんなは都合がつかないらしく、今回は僕とエマが引率者だ。
興味の赴くままに足を進めるロッティたちの後ろをついていく。僕が先に行くと、あちらこちらに目を向ける二人とはぐれてしまうおそれがあるからね。
やがてある店を見つけると、二人とものけ反る勢いで目を丸くした。
「スクールアイドルショップ!?」
名のとおり、スクールアイドル専門のグッズを扱う店だ。今やこういうのは珍しくもなく、点々と存在している。
だが、もちろんそれは日本だけの話で、外国の人間であるロッティたちには夢の世界。店を指差しながら、こちらへキラキラとした目を向けてくる。
「ミナトミナト、ここ入りたイ!」
「はいはい。僕も見ておきたいものがあるからちょうどいい」
ロッティに手を引かれて、僕たちは店の中に入っていく。
所せましと並べられた物は各学校ごとに分けられ、すぐ目につくのはやはり東雲や藤黄といった大人気校。
それらを通り過ぎて、僕は店の中央に作られた特設コーナーへ向かう。
「ほらこれ、君たちのグッズが並んでる」
「わあ……」
あのスクールアイドルフェスティバルの開催校ということで、注目度が上がった虹ヶ咲学園スクールアイドルのコーナー。
うちわやアクリルスタンド、キーホルダー、缶バッチなど、グッズといえばこれ! という物が並んでいる。
棚には写真がいくつも貼られて、POPも作られて、今年出来たスクールアイドルとしては破格の扱いだ。
夏休みの間にグッズ化の話が来たので、生徒会や先生方も含めて話し合い、通したのだ。
学生の活動だから、金が絡む話の了承を得るのは相当難しかったが、事前にめちゃめちゃ他校のスクールアイドル部に情報収集して、説得する資料を揃えた。
得た収益は、同好会名義の口座に貯められ、部費として使えるようになっている。使う前には使用目的を細かに記載して提出し、使った後は収支報告書を生徒会に出す義務がある。
制約はあるが、使えるお金が増えるということは、それだけ活動の幅を広げられるということだ。悪い話ではない。
「ちゃんと許可出したものだけ出てるね」
「許可ないものとか売られることあるの?」
「ひと昔前はそっちのほうが多かったよ。今では問題視されて、ほとんど摘発された」
スクールアイドルといってもただの学生だからと高をくくっていたのか、無許可でグッズを出していたところがあった。
アイドル側も、知名度向上のためと、あとそういう知識がないため黙認していることがあったが、さすがに人道的にも権利的にも金銭的にもまずいとなって、一斉摘発。一時期は、スクールアイドルショップがほとんど消滅したくらいだ。
そこからは、ちゃんとしましょうということで、業界はクリーンになった。まあ、少なくとも表に見えるところは。
虹ヶ咲のグッズ第一弾は、とりあえず売れないことはないだろうといった無難な物にOKを出している。
売れ行きは好調らしく、ところどころ売り切れの物もあった。しかもどうやら、何度も再販したうえで売り切れらしい。
こういうのは流行りものだから、急ピッチで話を進めておいてよかった。
「アレもコレも欲しイ!」
「こっちの国じゃ手に入らない。激レア」
「とりあえずこの棚、全部買い占めよウ」
「アリアリのアリ」
「なしだよ」
「他にも買いたい人がいるから、一種類一個までだよ」
「はーイ」
「了解、エママ」
エマ、マ? ママ?
果林のことを起こしたり、みんなを優しく見守ったり、今もこうやってはしゃぐ子どもを抑えたり、母性を感じることがあるのは認めるけど……
「そんな呼び方してるの?」
「だって、エマ、同好会のママみたい」
「恥ずかしいからやめてって言ってるんだけどね」
「で、ミナトは同好会のパパ!」
パパって言うな。道行く人に誤解されるでしょうが。
「エママとミナトパパ」
「だって、湊くん」
「なんで嬉しそうなんだ。さっき嫌がってたじゃないか」
「だって、ね?」
ね、って言われましても……僕もまだまだ全然、パパって年齢じゃないんだが。
家族がいない寂しさは、僕も留学した時に経験があるから、こういう戯言も多少は多めに見てやってもいい、のかな?
「それじゃ、エマお母さん、この手間のかかる二人を見張ろうか」
「うん、湊お父さん」
お互いくすりと微笑んで、グッズをカゴに詰めだした二人へ目線を向ける。
「ロッティ、ハルカのもある」
「コッチはヒメノ!」
他校のも観察すると、その種類の多さに圧倒される。ライブ用のサイリウムまで売ってるのか。デフォルメされたぬいぐるみなんかもある。
一種類一個だけでも、カゴ二つ三つ程度じゃ収まりそうもない。
うちもこういうのやろうかな。かすみんBOXとか、璃奈ちゃんボードを模したクッションとか。果林監修でおしゃれアイテムを作るのもいいなあ。
さて、グッズをだいぶ購入し、一抱えもあるほどの袋を持って戻ってきたロッティとディア。その袋は僕とエマが持ち、二人には観光を楽しんでもらうことにした。
「ファッション!」
「ガチャガチャ」
「自動販売機いっぱイ!」
「スクランブル交差点」
「食品サンプル!」
「化粧品」
何かを見つけては近づいて写真を撮る。僕らにとっては当たり前のものでも、彼女たちにとっては目新しいものばかりだ。
立ち止まっては歩き、発見をしてまた立ち止まるのを繰り返してるのを見ると、微笑ましい気持ちになる。愛国心というものを特段持ち合わせてるつもりはなかったけど、自分の国を楽しんでもらえてるってのは嬉しい。
念願の日本とだけあって、見たい箇所が多いようだ。ここらへん以外にも、歴史的なものも見たいらしい。それはまた後日。
「堪能した」
「ニホン楽しイ」
ほくほく顔であちらこちらに行くもんだから、僕はついていくのが精いっぱいで、ちょっと休憩させてもらう。
道中見つけたカフェに立ち寄り、涼みながら水を飲む。
三人はといえば、アホみたいなでかさのパフェを一人ずつ頼んで、ばくばくと食べている。女の子にとってスイーツは別腹と聞いたことがあるが、それって複数人で一つ頼むようなやつじゃないの?
アイスにウエハース、様々な果物が詰まっている容器のせいで、対面に座るディアの顔が見えない。
「日本独自のカルチャーは多いから、勉強になる」
「日本のカルチャーといったら、やはりアニメでしょう! ……って、せつ菜ちゃんなら言いそう」
「アニメ! マンガもいっぱい読んでル!」
「私はあまり見れてないなあ」
「ママがそういうの詳しいから。日本語もママに教わった」
「お母さん、日本のことすごく知ってるんだね」
「日本人だからね」
「えっ」
僕が補足すると、エマは驚いて食べる手を止めた。
「ママはオシゴトでオーストリアに来たトキ、パパと出会ってそのまま移住してきたんだッテ」
「燃えるような恋だったらしい」
オペラ歌手である彼女たちの母、
そのせいで夫であるエリオットさんは苦労していると教えてもらった。『でも、いい
「じゃあ、二人ともハーフなんだね」
「ソウ!」
彼女たちのルーツの半分は、ここ日本にある。それも興味が惹かれる要因の一つなのだろう。
アリエさんの育ったところへ連れて行くのも、今後の計画に入れておこうか。
「エマはすごいよネ。ニホンにコネがあるわけでもなくテ、デモ情熱で乗り越えたんデショ?」
「日本語も、わたしたちより上手い」
「たくさん勉強したからね」
えっへん、とエマは胸を逸らした。
「二人は、湊くんが留学してたころは日本語しゃべれなかったんだよね? そこから一年でそれだけ喋れるのも、とってもすごいよ」
「わたしたち、見た目より賢い」
「ツマリ、カナリ賢いってコト!」
「名門リーデル家ってだけはあるな」
豪邸のうえに別荘があるようなご家庭だし。教育にお金は惜しまないご両親だし。それに彼女たち自身の才能も同年代から見て頭抜けている。勉学でも上位。歌やダンスはこの前見せた通り。
「名門って言っても、パパとママは自由にやらせてくれる」
「ケッキョク、
「ん。パパとママかっこいい」
「ネ、エモエモで尊みが深イ」
「誰だ、そんな言葉教えたの」
「エマ」
スプーンで指した先のエマを見ると、呆れた目で見られるとは思っていなかったらしく、彼女は首を傾げた。
「え、おかしい? 同じクラスの子に教えてもらったんだけど……」
「負の連鎖だ」
僕が嘆くと、三人とも顔を見合わせてくすくすと笑う。
「困ってるミナトも面白い」
「コレカラモこんな楽しイ毎日が来るなんテ、シアワセ!」
アハハ、と笑いながら、ディアもロッティも心の底から楽しそうにパフェを食べ進める。
みるみる間に減らしていきながら、二人はさらに続ける。
「ミナトと離れたトキ、まさかこんなことになるとは思ってナカッタ!」
「わたしは思ってた」
最後の一口を放り込んだあと、ディアはにこりと微笑む。
「わたしたちはもう家族だから」
同じ時間を過ごした仲として、スクールアイドルという夢を持った者どうしとして、Alpheccaとして……僕らは確かに、一種の家族。
そしてそれはあの、留学した時の数か月で終わったんじゃなく、まだ続いている。これからも続いていく。たぶん、僕が高校生じゃなくなった後も、彼女たちがスクールアイドルじゃなくなった後も変わらないんだろう。
「ディア、いいこと言ウ。ミナト、これからモ……」
「よろしく」