天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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56 やるしかないんだって


「湊せんぱ~いっ」

 

 放課後、部室に行く道すがら、後ろから追いかけてきたかすみが声をかけてくる。

 やあ、と挨拶すると、飛びつく直前で彼女は止まった。この前僕が避けて、床にダイブしたのがだいぶ効いてるようだ。

 

「明日お暇ですか?」

「明日?」

「ほら、シャル子とディア子とエマ先輩と東京観光したんですよね? 私も連れて行ってくださいよ! 部員同士平等に仲良く!」

「なに言ってるんだ。僕らはもう十分仲良しだろ」

「湊先輩……」

「だから明日のお出かけはなしで」

「ちょいちょいちょい! も~、湊先輩の意地悪!」

 

 ぽかぽかと叩いてくる。何気に痛い。

 

「わかったわかった。明日……も明後日も無理だけど……」

「じゃあいつなら行けます?」

「ええと……」

「そんなにですか? ちなみに何の用事で……」

「歩夢とハンドメイド同好会と一緒に新しい衣装に着ける小物デザインを考えて、侑に音楽教えて、彼方と料理教室、せつ菜と勉強、璃奈とゲーム、果林と散歩……」

「さ、さんぽなんて三文字変えたらデートじゃないですか!」

「なに言ってるんだ」

 

 ついに頭が壊れたか。ここ最近も暑さ引かずに続いてたからなあ。

 果林のは別に、そんな意図ないだろう。ただ単純に、最新のファッションを教えてくれるってだけだ。単なるウインドウショッピングだよ。

 

「一緒に行く?」

「いえ、みなさん、湊先輩と二人がいいでしょうし」

 

 そうか? 勉強はともかく、ゲームとか料理とかは人が多いほうが良い気がするけど。

 

「だったら空いてるのは……二週間後かな」

「に゛っ!? ……とりあえずそこで予約させてください! むむむ……みなさん抜け目ないですね」

 

 抜け目てなんぞ。

 まあ、お休みを言い渡してくる割にガンガン誘ってくるのは何なんだろうと思ってはいるが。暇も暇なので気にはしてない。

 

 ぶすっとした表情を浮かべるかすみと部室に近づいていくと、なんだか声が漏れてきていた。

 なんだろう。言い争ってる感じじゃないな。なんだか、ポジティブな意味でヒートアップしてるような。

 今日は練習がないので、着替える人はいないと連絡は貰っているが、一応かすみに確認してもらう。中を一瞥して、通してくれた。

 

「そうだよね、もうやるしかないよね!」

「やるしかないってゆーか、やる!」

「やっぱりやったほうがいいッテ!」

「ほんと、やるべき」

 

 部室に入るなり、なぜかテンション高く盛り上がっている。その中心にいるのは侑と愛。煽っているのはロッティとディア。

 

「どうしたんだ、そんなに盛り上がって」

「いま議論してたところなんです」

「その割には、やらない派がいなかったような……で、何をやるって?」

「第二回スクールアイドルフェスティバル!」

「だ、第二回ですかあ!?」

 

 かすみが驚くことは予知していたので、耳をふさぐ。それでも貫通して聞こえるあたり、どんだけ大きな声出してるんだ。

 

「別に、一年に一回みたいな行事って決めたわけじゃないし、楽しいことは何回やってもいいしね」

「それに、見てよ、こんなに望む声があるんだよ!」

 

 一足早くこの話題でヒートアップしていた原因は、どうやら第一回をまとめた動画についているコメントのようだ。

 現地に来てくれた人、来れなかったけど動画で見てくれた人、そして全国のスクールアイドルが、『次はいつですか』と訊いてきている。

 これだけの人が希望しているなら、やらないわけにはいかないだろう、と第二回の話が持ち上がったというわけだ。

 

「私は賛成。もっともっと、ファンのみんなと繋がりたい」

「彼方ちゃんも、まだまだやり残したことたくさんあるしね~」

「ハイハイ! ワタシも出たイ!」

「話題総かっさらい」

 

 そりゃあ否定する人はいない。大盛況だったし、大成功だったし。Alpheccaの二人も、もうちょっと早く来ていれば、と後悔している。

 だったらもう一回やるしかないというのは、まさに彼女たちの言う通り。

 

 僕の中でもやる気持ちが固まってきたところで、みんなが一斉にこっちを向いた。

 

「どうして僕を見るんだ」

「だって、実質的なリーダーでしょ?」

「やりたいなら止めないよ。あとは部長がどう言うか」

「かすみんもやります! かすみんの可愛さをどんどん発信していきますよ!」

「サスガ! 世界で一番カワイイカスミン!」

「ベストプリティーキューティーガール」

「もう、そんなに褒めてもコッペパンしか出ませんよぉ」

 

 褒められて、だらしなく頬を緩ませる。チョロ可愛いよ、かすみん。どこからコッペパンを出したのかは聞かないでおくよ、かすみん。

 満場一致で開催が決定。となればガッツリ打ち合わせしておかなければならない。その前に……

 

「さて、じゃあ早速根回しに……」

「待った!」

 

 善は急げ。

 前回と同じく生徒会の許可を貰うのと、いろんな部の協力を得ようと腰を上げた瞬間、侑が制してきた。

 

「今回は、湊さんに任せっきりにしませんよ」

「戦力外通告……!?」

「違いますっ。今まで頼りきりでしたから、今回は私がメインで作り上げてみせます!」

「ユウ、その意気だヨ!」

 

 ぐっと拳を握る侑に、ロッティが拍手する。

 

「それに、湊さんには存分にみんなのステージを見ていてほしいです」

「そうですよ! 前の時は結局、かすみんのステージ見てくれなかったじゃないですか」

「私も、湊先輩に見てもらえてないです」

「愛さんとりなりーもだよね」

「あら、私とエマも終わった後にしか会ってないわよ」

「私も……せつ菜ちゃんは?」

「もちろん私もです!」

「彼方ちゃんのところには来てくれたらしいね。寝てたから知らないけど」

 

 もう終わったことだから何も言われないかと思ったけど、だいぶ根に持たれてるらしい。みんな軽い口調だけど、目が笑ってない。

 

「ほらほら、みんなのこと、ちゃんと見てあげないと」

「いやでも」

「開催した側にも、楽しむ権利はあるんですよね?」

 

 にっと笑って、侑が返してくる。ぐぬぬ。僕が言った手前、否定できない。

 

「ステージでやるのに、ミナトが見てくれないなんてヤダ!」

「見に来てくれないと、オーストリアに連れていく」

「……わかったよ」

 

 ため息をついて、了承する。十二人に押し寄せられてこられちゃ、さすがに勝てない。言うこと聞かないとオーストリアに連れてく妖怪もいることだし、ここは大人しくしていよう。

 

「今回のスクールアイドルフェスティバルの準備は?」

「侑がメイン」

「湊さんは?」

「お手伝い」

「フェスティバル中は?」

「みんなのステージを回る」

「ヨシ!」

 

 人差し指を僕に向けて、侑は満足げににこりと笑った。

 頼ると言ったのだから、信じて任せよう。どうしても、という時に手を貸せばいい。どうしても、僕が我慢できなくなった時にね。

 

「では、生徒会でもできるだけ補助できるようにします。話が確定するまでは、できるだけ内密に」

「それはもう遅いかな。第二回スクールアイドルフェスティバル開催って、もう呟かれてる。ハッシュタグ付きで」

「湊さん、SNSやってたんですか?」

「情報収集用だからほとんど呟いてないけど、Alpheccaの二人のせいでフォロワーが激増してる」

「千とか?」

「さあ……何万だったかな」

「え!?」

 

 顔も声も出してない、プロでもない高校生のフォロワー数としては、非常に多いことだけは確かだ。おかげで迂闊なことを呟けなくなってしまった。元からそうだけど、宣伝ばっかり。

 

「誰が第二回のことを?」

 

 僕はある一人に視線を向ける。その先のかすみは、冷や汗をだらだら流しながら、目を右往左往させた。

 

「いやぁ、だって……」

「人の口に戸は立てられない。この場合は手かな」

 

 まだ出来るかどうかも決まってないんだから、軽率に言ってしまうのはよろしくない。結局ダメでしたーとなると、期待を裏切ってしまうことになるし。

 ソロライブとかならまだしも、スクールアイドルフェスティバルだと注目度も段違い。

 まあ言ってしまったことは仕方がない。それに関してはとりあえず置いておいて……

 

「じゃあ、いつ開催にするか決めようか。それに大々的に宣伝もしないといけないし」

「宣伝なら、いいタイミングがありますよ」

 

 せつ菜が、ぴっと人差し指を立てた。

 

 

 

 

 本棟も部室棟では、あちらこちらが賑わっている。

 来るオープンキャンパスに向けて、生徒会も各学科も、そしてあらゆるクラブも準備に追われているのだ。

 特に部や同好会の気の入りようったらない。それもそのはず、虹ヶ咲に来るような人は、すでに第一志望として決めてる人がほとんどで、オープンキャンパスは下見の意味合いが強い。

 つまり、おおよそが未来の新入生なのだ。その取り合いは、もうこの瞬間から始まっている。

 多種多様な部がある虹ヶ咲にとっては、特に規模の小さい同好会にとっては、部員の数は死活問題。必死になるのも無理はない。

 

 スクールアイドル同好会はどうかと言うと、三年生が抜けると、二年生が四人、一年生が五人。ロッティとディアがオーストリアに戻っても、籍は残るらしく、今いるメンバーはそのまま同好会を続けられることが確定している。

 なので新規同好会員を必死に誘うなどということはせず、宣伝に振り切ることに決めたらしい。

 

 今ちょうど、先日決定した第二回スクールアイドルフェスティバルのPVを撮っている……らしい。監督・演出はしずく、カメラマンはロッティとディア、編集は侑と璃奈。

 それを、オープンキャンパスで披露することにしたのだ。

 僕はまだお休み指示を出されている。そのせいで、いつも慌ただしいはずの放課後に手持無沙汰になってしまった。

 こうやって校内をうろつくくらいしか……おっと。

 女子生徒が、何か詰まっている段ボール箱を運んでいる。それだけなら気にならなかったが、持っている箱にもう一つ、同じサイズのが積まれていた。

 かろうじて前は見えているようだが、あれだと足元が疎かになる。危ない目に遭う前に、僕はその子に近づいて、上の段ボール箱を持ち上げた。

 

「わ」

 

 いきなり横から荷物を掻っ攫われた美少女はきょとん顔をした。

 さらっとした艶のあるセミロングの髪、ぴしりと伸びた背筋と落ち着いた雰囲気は、生徒会長のように彼女を大人っぽく見させる。

 知ってる顔によく似ている。思わず、その顔を凝視してしまった。

 

「あの……?」

 

 しまった。不審者に思われてしまう。僕はすぐに普通の顔を作り、箱を持ち直す。

 

「これ、貰うよ。どこまで運んだらいい?」

「いえ、あの、ご迷惑をかけられません」

「いいや、持たせてもらうよ。荷物を持ってる女の子を放っておいた酷い男って言われたくないからね」

 

 というのが半分。暇だから何かしたいのが半分。

 

「ありがとうございます、天王寺さん」

「僕のこと、知ってるの?」

「学校中、あなたの話でもちきりですよ。ほら、スクールアイドル同好会のことで」

 

 この前、Alpheccaと虹ヶ咲のコラボレーション動画をアップするのと同時、僕の紹介文が載ったHPも更新された。

 今まで虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の作曲家であること、そして動画編集担当であることは、動画のクレジットに載せていたため知られていたことだった。今回、Alpheccaとの関係も公にしたことで、『公式が認めた』と界隈がざわついた……らしい。

 前はロッティとディアが口頭でバラしただけだから証拠がなかったけど、今回は完全に晒したからあらゆるところで派手に盛り上がっているようだ。

 ちなみに同好会のメールボックスはパンクしました。

 

 とある空室の中に持っていたものを運び入れ、設置されていたテーブルに置く。

 

「ありがとうございました。おかげで助かりました」

「気にしなくていいよ。僕が勝手にやったことだから。えーと……」

「三船。三船栞子です」

「三船さん」

「はい」

 

 八重歯を覗かせて微笑む彼女の胸元を見ると、リボンは黄色だった。てことは、一年生か。

 最近の一年生はしっかりしてるね。かすみとかロッティみたいに落ち着きがないのが一般的だと思ってた。

 

「天王寺さん、お忙しいのではないのですか? スクールアイドル同好会は確か……動画を作るんですよね? それに、第二回のスクールアイドルフェスティバルを行うという話も聞きました」

「よく知ってるね。けど僕は今回、お手伝いレベルしかさせてもらえないことになったんだ。働きすぎだって言われちゃってね」

 

 本当は今も同好会監視のもと、ソファで横になるか、お菓子を頬張るかしか許されていない。

 それならもう帰ってもよくない? と言ったが、帰ったら作業するでしょ、と返された。シナイヨ、ソンナコト。

 大人しく従うふりをして、一瞬の隙を突いて逃げ出してきたのだ。もうちょっとで駄目人間になるところだった。

 

「ますますこんなことをしてる場合では……」

「いいのいいの。何かしてないと落ち着かない性分でさ。僕を助けると思って」

「そういう言い方、ずるいですよ。断りにくいじゃないですか」

「それが狙い」

 

 三年生の圧というものを感じるがいい。僕にそんな威厳があれば、だけど。

 

 それに、本当に『僕を助けると思って』ほしい。

 だってさ、オープンキャンパスでもなんでも、学生同士で協力し合って一つのものを作るなんて、まさに青春じゃないか。

 最高学年である僕は、何をするにも最後のチャンス。こうやって校内が盛り上がってる中、その輪に入っておきたいのだ。

 

 運んできた箱の中身を見ると、紙がぎっしりと詰まっていた。そこにはこう書かていた。『オープンキャンパス ブース・出展申請書』。

 

「三船さんって、オープンキャンパスの実行委員?」

「はい。生徒会と協力してやってるんです」

 

 へえ。ますます立派に見えてきた。

 僕は箱から申請書を取り出し、机の上に置く。部や同好会の多い虹ヶ咲では、こういった申請書だけでも集めれば数十センチになる。まずは出展希望の部がどれだけあるかをまとめる必要があるようだ。

 

「よし、これだったら僕でもてつだ――」

「だめですよ」

「げ」

 

 ぽんと肩が置かれ、振り向くと歩夢がいた。思わず声が漏れる。

 

「大人しくしてると思ったら、いつの間にかいないんだもん。焦りましたよ」

「さ、撮影は……?」

「私の分は終わったので」

 

 目が笑ってない。顔は笑っているが、ちょっと怒ってる。

 

「ごめんね、この人を休ませたいから」

「いえ。もう十分に助かりましたので」

 

 僕を置いて話が進んでいく。

 何か言おうとすると、歩夢がにこりとこちらを向くものだから、言葉を挟めない。

 仕方なく、歩夢に連行されることに決めた。

 

「学校は広くて、たくさん部屋があるのに見つかるなんて……まさか僕にGPSとか付けてないよね?」

「…………付けてないですよ」

「その長い沈黙については深く聞かないでおくよ」

 

 軽い気持ちで訊いたら思わぬ闇を見そうだ。

 

「で、準備は?」

「ステージは取れなかったけど、動画は順調ですよ。今はもう侑ちゃんと璃奈ちゃんの編集も終わって、ほとんど完成だって」

 

 当日、ステージとして使えるのは講堂のみ。しかし、その枠を抑えることは出来なかったらしい。抽選で決めたようだが……倍率が高いから仕方ない。

 とはいえ、いま作っている動画が無駄になるわけでもなく、東棟で流させてもらえるみたい。

 

「僕も見たいなあ」

「当日までお預けです」

「それは残念」

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