Y.G.国際学園との話し合いは侑たちに任せ、僕は部室を抜け、食堂のいつもの奥の席へ座る。
気になって、あの凄まじいパフォーマンスをやってのけた鐘嵐珠のことを調べていた。
自らバシバシと情報を発信しているようで、プロフィールはちょっと検索しただけですぐ出てくる。もうファンサイトも作られていた。
虹ヶ咲に短期留学してきた二年生で、香港からやってきたらしい。
あのダンスに歌……生半かな練習量じゃ辿りつけないレベルだ。実力だけで言えば、Alpheccaとそう大差ないかもしれない。
「アナタ、天王寺湊ね?」
噂をすれば、である。
あの時と同じ、制服の上に赤いカーディガンを着た鐘嵐珠が立っていた。
「ショウ・ランジュ……」
「ランジュでいいわ。お互い堅苦しいのはナシにしましょ」
「じゃあ、ランジュ」
「物分かりが良いのは好きよ、湊」
無遠慮に座るランジュ。僕はもう一人、彼女の傍らに座る少女に目をやった。
プラチナブロンドのショートヘアと灰色の目、璃奈とはまた違ったベクトルの、人形のような端正な顔立ち。
「ミア・テイラーさんも、初めまして」
「ボクのこと、知ってるの?」
「音楽やってて君のことを知らないなんて、勉強不足もいいとこだよ」
ミア・テイラー。音楽の名門テイラー家の天才娘。彼女自身が作った曲は聞いたことがあるが、その全てが素晴らしいの一言に尽きる。世界的な期待の新人という評価には納得しかない。
とても十四歳とは思えないほど、音に対して真摯に向き合っている才女だ。その彼女の名前が、ランジュとともに出てきたのは驚きだった。
先日のオープンキャンパスでランジュが披露した『Eutopia』も、ミア・テイラー作。であれば、あのクオリティの高さは頷ける。
つまりこの二人は、最高の曲を作る作曲家と、最高のパフォーマンスをするアイドルのコンビなのだ。
「ここっていいところね。本当は二学期が始まるのと同時に転入してくるつもりだったんだけど、少し遅れちゃったわ」
まるで普通の女の子のように、ふふっとほほ笑む。
「オープンキャンパスの時は助かったよ。君のおかげでなんとかなった……らしいね」
「ああ、あれくらいどうってことないわ。それにちょうどよかったわ。アタシの実力を知らしめることができたんだもの」
知らしめる、という点では確かにあれ以上はない。
虹ヶ咲で、虹ヶ咲の今と未来の学生を前に、圧倒的な舞いを見せつけた。あの場の全員が彼女に釘付けになって、虜になったのだ。
僕もそのうちの一人。あのガツンと来るような衝撃は、いまだに頭に残っている。
「で、何か用?」
「用がなかったら、ここに座っちゃいけないのかしら?」
「用がなかったら、わざわざ僕の前に座らないだろう」
スクールアイドル鐘嵐珠が、スクールアイドル同好会の天王寺湊の前に偶然現れて、ただ挨拶をするだけ……なんてことは思わない。
口ぶりからして、探しに来たというほうが正しいだろう。
「単刀直入に言うわ。湊、私のところに来なさい」
ズバリ、彼女は言い放ってきた。
「渦中も渦中の鐘嵐珠が、スクールアイドル同好会の僕に会いに来た理由はそれか」
「そ。あなたをスカウトしに来たの。アナタのこと、調べさせてもらったわ。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のプロデューサー兼作曲家。他の部や学校との交渉もこなして、いくつものステージを滞りなく終わらせた立役者」
だいぶ良い評価を貰えているみたいだ。いや、HPを見たのかも。彼女が言ったのと似たような文章が書いてあった気がする。
「ただアタシは、もう一つの顔のほうに興味があるの」
「もう一つ?」
「Alphecca」
僕の手がぴたりと止まったのを見て、彼女はにやりと笑う。
「オーストリアで大活躍のスクールアイドル。今はここ、虹ヶ咲にいる。アナタには説明不要よね。アタシよりも、誰よりも知ってるはずだもの」
それはそう。なにせ僕はその一員なんだから。
「Alpheccaの爆発的人気の秘密。それはシャルロッテとクラウディア姉妹の高いパフォーマンス力だけじゃない。考えられたデザインの衣装や装飾、その時々に合った髪型や化粧」
「それはほとんど、彼女たちのセンスだ。作成もアレンジも二人の役割」
「その全てを差し置いて、何よりもAlpheccaを表してるのは……曲」
ランジュは僕の顔を指差す。
「アナタ、留学してAlpheccaの二人と出会って、それからスクールアイドルをするように誘ったのよね?」
「逆。誘われたのは僕のほう」
これは彼女が知っていても特に驚きはしない。校内新聞の一面を飾った同好会のインタビュー記事に書いてある。
「なんにしても、会ってからデビューまでの数か月間で、あれだけの曲を作るなんて大したものよ。そこまで情熱を燃やせるなんて……」
「熱心?」
「ほとんど病的。でもそんな人が、ランジュには必要なの。類いまれな才能と、狂ってるくらいのこだわりを持ってる人材が」
「作曲家ならテイラーさんがいるじゃないか。彼女がいれば、僕は必要ないと思うけど」
「頑固だと聞いていたけれど、話の分かる男みたいだね」
テイラーさんは腕を組んで、やれやれといった口調で続ける。
「ボクもそう言ったんだけど、ランジュが聞かなくって。それにボク個人としても、キミに興味がある」
「という割には、すごい睨んでくるけど」
先ほどから見ないようにしていたが、強い視線がずっとこちらに向けられていた。
「それは仕方ないわね。ミア、あなたのことライバル視してるもの」
「天下のテイラー様が、なんでまた」
そう言うと、テイラーさんはむすっとして、ますます眉のしわを深くさせた。
「悔しいけど、Alpheccaの人気、動画再生数、評価は今のところランジュより上だから」
「それは曲だけで決まる話じゃない。タイミングや運だって絡んでくる。それにランジュはスクールアイドルになったばかりで……」
「結果が全てよ、湊」
ランジュは言い放った。
現状、これ以上ないほどのファーストパフォーマンスをして、彼女はその出来には満足しながら、結果には一切満足していない。
目標は、トップオブトップ。
そこに至るまでに足りていないものを冷静に分析して、埋めようとしている。
「だからランジュはアナタが欲しいの。ミアとアナタが組めば無敵よ」
「スクールアイドル向きの曲を作るのは、君に一日の長があるのは認めるよ。その技術を盗むなら、近くに置いたほうがいい」
「ほら、ミアも賛成ですって」
どうやら二人とも本気らしい。
貪欲なまでに上を行こうとするぎらついた目が燃えている。
「これはアナタにもチャンスなのよ。一流のミアの傍にいれば、アナタ自身も成長できる。これは、別に私だけが得する話じゃないの」
かなり手強い。
自身のカリスマに頼るだけじゃなく、ちゃんとした交渉術も使いこなしてくる。諦めさせるのは骨が折れそうだ。
僕はいまいちこの話に乗り気じゃない。。
彼女を手伝う程度ならともかく、完全にチームとしてやっていくという話なら無理だ。同好会だけで手いっぱいなのに、そちらに混ざる余裕はない。完全にキャパ超え。
ロッティとディアも入ってきて、第二回スクールアイドルフェスティバルも控えているというのに、別グループに構うなんて、とてもじゃないが不可能。
スクールアイドルを始めようとするランジュに手を貸してやりたい気持ちはあるが……あのパフォーマンスが出来るほどの実力と胆力、そして作曲家がミア・テイラーともなると、僕は別にいらないんじゃないかと思う。
それに……
「お互い、知らない人間同士だろ」
「知れば、頷いてくれるのかしら?」
そういうわけじゃ、と僕が反論する前に、ランジュは立ち上がっていた。
「ならついてきなさい、湊。私のこと、教えてあげる」
△
「これ食べてみて、湊! 不思議な味よ!」
「わかってるから、もうちょっと声を落として」
僕はなんで……駄菓子屋になんているんだろう。
ランジュは僕の手を引っ張ったかと思えば、お台場のハイカラ横丁まで着いてこさせた。
ここは僕が生まれた時よりももっと前の時代を模したところで、当時流行っていたグッズやブロマイドなどなど、大人が来ればノスタルジーを感じるものがたくさん置いてある。
梅ジャムせんぺいを渡してくるランジュを、どうどうと落ち着かせた。ちなみにテイラーさんは、『興味ない』と言ってさっさと帰ってしまった。
「なによ、その複雑な顔」
「いや、なんというかこう……ステージを見せてくるのかと」
こういう展開は、実力を見せて頭を縦に振らせるというのが定石だと思ったけど、肩透かしを食らった気分だ。
「それは、この後に存分に見せてあげるわ。でも、アナタにはこういう面も見せておかなきゃ、でしょ?」
「どういう意味?」
「スクールアイドルのことをちゃんと見ていて、その人に合った曲を作るのが湊のやり方っていうのを見たけど」
「どこで?」
「アナタたちの公式HP。あのHP、なんでアナタの顔が載ってないの? おかげで探すのに少し苦労したわ」
「僕はアイドルじゃないし」
「でも別に隠してるわけじゃないんでしょ? ネットで検索したら、湊の写真がいくつか出てきたわよ」
「怖……」
僕の肖像権はいずこへ。写真を流すほうも見るほうも、何を求めてるんだ。
そんなことは置いておいて、次に向かったのは先ほどのお隣の施設、アクアシティ。東京湾が一望できる七階。
ランジュは早速、ここに設置されたおみくじ販売機にお金を入れ、出てきた紙を見せつけてきた。
「大吉ですって!」
僕は吉。
こういうのって、大吉引いたことないんだよな。入ってる数は多いはずなのに。
「ぐぬぬ……どうしてショウ・ランジュなんかと親しげに……っ」
引いたおみくじを見せ合っていると、なにやら怨念のこもった声が耳に入ってくる。
「湊、どうしたの?」
「……いや、なんでも」
よく知った声が聞こえてきたような気がした。が、振り返っても誰もいない。
首を傾げて、気のせいだと思い、僕はランジュに向き直った。
「君はどうして、同好会に入らないんだ? 僕に曲を作ってほしいって話なら、こっちに入ってきたほうが話は早いんじゃないかな」
「あそこじゃ、アタシのやりたいことを叶えられないわ」
ランジュはきっぱりと言い放った。
「アタシはトップになる。誰よりも人に夢を与えるアイドルになる。ファンに支えられるなんて、アタシの目指すところとは違うわ」
「トップ、ね。グループじゃなくてソロでやってる虹ヶ咲に来たのは、それも理由?」
「ええ。トップは一人、このランジュがその座をいただくわ。そのためだったらどんな努力もいとわないし、必要な協力はとりつける」
「だから僕に協力しろと」
「なにも、同好会を抜けろなんて言うつもりはないわ。アナタにはアナタの理想とするところがあるでしょうし。ただ、その腕をアタシのためにも振るってほしいの」
こうやって話をして、ようやくランジュがどういう人なのかが見えてきた。
行動力があって、こうと決めたら一直線。決断したことを叶えるだけの自信と力もある。見る者の目を奪う華麗さは、この世代のカリスマ代表と言える。
隙がないような、完璧を目指し、完璧に近い人。
ランジュはおみくじに満足すると、まだまだ僕を引き連れまわした。
「せっかく東京に来たんだもの。スクールアイドル活動だけで済ますのはもったいないでしょ?」
と言う通り、デザートビュッフェでしこたまアイスやらケーキを食べた後は、ゲーマーズに立ち寄る。
店内をきょろきょろと見回して、CD・DVDコーナーは一瞥するだけ。何か特定の物を探しているのだろうか、と声を掛けようとした瞬間――
「あ、あったわ」
ランジュのお目当ては、なんと虹ヶ咲学園スクールアイドルのグッズ。それぞれが衣装を着ている姿の、アクリルのキーホルダーだった。
ああ、ここでも売られていたのか。言ってくれたら一緒に探したのに。
彼女は一種類ずつ計九個を手に取り、顔を綻ばす。
「同好会のグッズは買うんだ」
「ええ。それはそれ、これはこれ。アタシはニジガクのスクールアイドルのファンだもの」
彼女はにっこりと笑う。
「だったら合同ライブはどう? ちょうど虹ヶ咲とY.G.国際学園で今度、一緒にやるんだ」
「それ、エマにも言われたわ。そっちにも言ったけど、アタシはアタシで自由にやりたいの」
彼女の意思は固い。
やりたいことが決まっていて、目標もあって、そのために自分の道を進んで……そのためには確かに、同好会に入らないのも一つの手だ。
それをちゃんと言葉にしてみせる彼女に、僕はどうにも心が揺らいでしまう。
「君が問答無用で同好会を潰してこようとする輩だったら、まだ強気に出れたんだけど」
「そんなことしないわ。アタシはアナタたちに夢を貰ったんだもの。ライバルとして見てるけど、潰すなんてそんなことしないわよ」
うーん、ますます断りづらくなる。
僕がそっちに行って済むなら、それでいいと思えてきた。ランジュが育っていく姿を間近で見たくないと言えば嘘になるし……
レジへグッズを持っていく彼女を眺めながら、僕は額に指を当てる。
こうやって僕の所へ話を持ちかけてくれているのだから、無下にするのはちょっと心無い。テイラーさんと共同で曲を作るというのも魅力的な話だ。
しかし、同好会に入ったばかりでふらっと他のアイドルに目を向けるのは、あまりにも不義理だ。先ほども思ったように、Alpheccaも来て手いっぱいだし……
「待たせたわね、行きましょ」
戻ってきたランジュは、袋を掲げて見せる。今日一番楽しそうな顔のおかげで、彼女がどれだけ同好会のスクールアイドルが好きなのかがわかる。そのせいでますます、僕の悩みは深くなってしまうのだ。
そんな僕の手を、彼女は取って引っ張っていく。
「次はどこに?」
「お待ちかねの、アタシのステージ」
そこは有明ガーデン五階、水のテラス。
開放された屋外の広場で、子どもが遊べる噴水エリアもあって、夏場はよく家族連れで賑わっているところだ。
真ん中に広がる芝生には、どこから情報を得たのか、すでに観客が集まっていた。
「もうこんなに人気なのか……」
ランジュは、到着するなり準備に行ってしまった。
一人残された僕は、できている人だかりの一番後ろに立つ。
その瞬間、周りがざわざわとし始めた。視線の先、壇の上、みなが待ちわびていたランジュが現れる。
噴水が上がるのと同時、
「よく来たわね、みんな!」
ランジュは手を天に掲げ、存在をアピールする。
彼女のスタイルを際立たせる黒のチャイナドレス風の衣装に、すねまで届くピンクのコート。
それだけでもうただならぬ雰囲気を醸し出しているのに、動けば圧倒的なオーラがこれでもかと放たれる。
あのオープンキャンパスから、たった数日しか経っていない。
なのに、整えられたステージ、彼女のためだけの衣装が映えて、ますますランジュの美しさを引き立てる。
ランジュ自身の成長も目を見張るものがあった。前だってビシっと決まっていたのに、今日はそれ以上に綺麗だった。
集まってきた人だけじゃなくて、誰もが憧れてしまうほど、煌びやかに光っていた。
△
ステージを終えて着替えも終わり、再び僕の前に現れたランジュは、 自信満々に微笑んでいた。
「どう、湊? 私のところに来てくれる気になった?」
あんなのを見せられて、その本人に誘われて、首を横に振れる人間なんてどれほどいるだろうか。
それくらい、彼女は強烈だった。振舞いも、その存在ですら輝いて見えるほどに。
僕は……
「ダメです! 湊先輩は渡しません!」
誰かがぶつかってきたと思ったら、腕をぎゅっと掴んでくる。
「アナタ、かすかすね!」
「かすかすじゃなくてかすみんですっ! ぐるるるる……っ」
威嚇するような唸り声を上げながら、腕を掴む力をさらに強めるかすみ。
急に現れた彼女に、僕は目を丸くした。
「どうしてここに?」
「はっ! えーとこれは、決して湊先輩とショウ・ランジュの後ろをあれやこれやしてたワケじゃなくてですね……!」
「かすみちゃーん、速いよー」
慌てふためく彼女の後ろから、エマ、彼方、璃奈もやってくる。この反応と合わせると、ここで会ったのは偶然ではないようだ。
「尾行してたんだ、四人揃って」
「……うぅ、すみません」
ついに認めて、かすみがしゅんとうなだれる。
「君らもついてながら、まったく」
「ごめんね~。かすみちゃんが気になるって言うから仕方なく」
「みなさんも乗り気でしたよね!?」
全員同罪だよ。
「アナタたちも見てくれたのね、ランジュのステージ。ありがとう」
そんなことは一切気にせず、ランジュは礼を言う。彼女が別に怒ってないなら、僕も言うことはない。
かすみはまだ威嚇しているが、他の人の間に一触即発の空気なんてものは一切なかった。とりあえず今のところは。
さて、どこから何を説明しようか、と考え始めたところで、妙案を思いついたようにランジュが手を叩いた。
「そうだ。せっかくだから、これからうちに来なさいよ」