案内されたランジュの部屋は、ホテルのスイートルームかと思うほどゴージャスだった。
「お部屋広ーい」
「お風呂きれー」
「景色すごーい」
と、見るもの見るものに逐一驚くばかり。
同好会全員集まってパーティできそうなくらい広い部屋は、どこもかしこもピッカピカで、家具とかも見ただけで高級品と分かる。
風呂だって、これ三、四人は一緒に入れるくらい大きい湯舟がある。
部屋も風呂も、窓は一面、東京湾が広がるパノラマビュー。バルコニーがあるから風を感じつつ絶景を楽しむことが出来る。
さらにはトレーニング部屋もあった。置いてある機器に設定されている負荷は、かすみじゃびくともしないくらい。ホワイトボードに書かれている練習メニューを見ると、毎日相当な訓練を積んでいるようだ。
ひとしきり中を見学し終わった後、リビングの座り心地のいい椅子に腰を沈め、でかい机の上に差し出されたカップに入れられたお茶を飲む。
種類だとか良し悪しはわからないが、これがすごく美味いということだけはわかる。
「ここで一人暮らししてるの?」
「ええ。人を招いたのは、あなたたちが初めてよ」
「短期留学の間は、ずっとここに?」
「そのつもりよ」
セレブだ。一か月だけでもどれだけのお金が飛んでいくことやら。
そんなことはどうでもいいと言いたげに、ランジュは自分から話を切りだした。
「ねえ、どうだった、ランジュのステージ?」
「そ、それは……」
「とってもよかった」
「本当にみんな、ランジュちゃんに夢中になってたね」
「初めて見た時もそうだけど、圧倒されたよ」
かすみは言い淀んだが、璃奈、彼方、僕は正直な感想を述べる。それに対してランジュは――
「当然ね」
ふふん、と笑った。
「これが私のやりたいスクールアイドル。鐘嵐珠は集まってくれたファンに最高のパフォーマンスを見せる。そしてファンは、鐘嵐珠のステージに満たされる」
それを体現するかのように、彼女は僕にあのステージを見せた。大言壮語じゃない。出来るだけの力が、ランジュにはある。
「私に注目するみんなの顔を見るのは、最高の気分よ。きっかけをくれたあなたたちには感謝してるわ。でも、私はこれからも同好会とは違うソロを追求していく。私自身を証明するためにね」
彼女が今日一日で主張してきたことだ。
ファンと双方向の関係である同好会とは異なるやり方。それはスクールアイドル鐘嵐珠たった一人による、鐘嵐珠たった一人の価値を知らしめるのが目的。
「本当にそれでいいの?」
異を唱えたのは、エマだ。
「どういうこと?」
「ランジュちゃんは本当に一人でやりたいの?」
「決まってるでしょ。私はソロでやりたいの。そのために日本に来た。もし同好会に入ってたら、今みたいに自由なステージだってできなかったわ」
「出来るよ」
今度は璃奈が口を挟んだ。
「同好会は、そんな場所じゃないよ。もしそうだったら、私はスクールアイドルを続けられなかった」
「だから、ランジュちゃんはランジュちゃんのままで一緒にやれるはずだよ」
「一緒にしないで」
二人の説得も虚しく、ランジュはぴしゃりと言い放つ。
「変なこと言うのね。あなたたちも同じスクールアイドルでしょ。なのに、人のことばかり気にして」
心底変な人を見るような目がこちらに注がれる。
「私は自分の足で高みに上りたいの。ファンと一緒、なんて言ってる同好会に入ったら、パフォーマンスにも悪影響が出るわ」
ランジュの言うことは、分からないでもない。
孤高をよしとして、ファンにただ与えるだけを考えるなら、彼女の言い分は正しいだろう。けど――
「ランジュちゃん、そんなことないよ」
続きは、彼方が代弁してくれた。
ランジュは納得はしていない。だが、それ以上突っぱねる言葉は出してこなかった。
「そこまで言うなら、証明してみせてくれる? スクールアイドルなら、やり方は分かるわよね」
△
「いったいどういうことですか……? だいたい、なんでショウランジュにおせっかいするんです?」
お互い宣戦布告を交わした後。近くの公園の滑り台に腰を下ろして、ランジュの部屋では終始他の人の言葉に狼狽していたかすみが、不満気にそう漏らす。
彼女としては、立場上は一応敵であるランジュを気にかけるのが、少し気にくわないのだろう。
「エマちゃん、結構前から気にしてたよね」
「最初は私と同じ、スクールアイドルになりたくて日本にまで来た子だから、気になってた。でも、ランジュちゃんを見てたら、本当のことを言ってないんじゃないかって思えたんだ」
「彼方ちゃんもそう思ったよ。ランジュちゃんが言ったこと、わかることもあるけど、わからないこともあるよね」
「私も、そう思う」
陽はもうほとんど傾いて、大きな影を作る。あと一時間ほどもすれば、あたりは暗くなるだろう。
まだ夏の暑さが残っていて、寒さはない。けれど、秋が形作る侘しさの一端が、顔を覗かせてきていた。
「湊くんは?」
「そういえばお兄ちゃん、ランジュさんの家でもほとんど喋ってなかった」
「いや、ずっとズレが気になって」
「ズレ?」
「スクールアイドルフェスティバルがきっかけってランジュは言ってたけど、それならファンと支え合うやり方を否定するような言い方するかなって」
目的もやり方も、一人でやっていくというのも理解は出来た。だけど納得は出来ない。
「ソロでやりたいってのは、本当なのかな。半分くらいは本当だとは思うけど……」
ソロアイドルとしてやっていきたいというのは分かる。虹ヶ咲のアイドルを見たなら、グループよりもソロに憧れるのは頷ける。
それだけなら別に問題はないのだ。同好会に入るも入らないも自由、やり方も自由、どういう考えを持って、目標を何にするかも自由。それがスクールアイドルなのだから。
しかし、スクールアイドルフェスティバルに感銘を受けながら、一方通行を是とするアイドルになったのは、どうもひっかかる。
それに、一人で、というのも納得できない。だったら最初からそうすればいい。同好会に入ろうとしなくてよかった。
彼女自身の奥底に、そう決意させる何かがあるのかも。エマもそこらへんのズレを感じ取っているのだろう。
「気になる?」
「もちろん。隠し事は心に毒だからね」
身に染みて理解してることだ。
溜め込まれている強い思いは、いつかどこかで最悪の形で暴発してしまう。そうなる前に、ランジュの真意を知っておきたい。
「うん。私も放っておけない。だって私たちがきっかけでここに来てくれて、スクールアイドルになったんだもん」
ファンと繋がって、支えて、支えられて。それが虹ヶ咲のスクールアイドルだ。そして、ランジュは同好会のファン。
エマたちを見てスクールアイドルを志し、日本に来て、未来を作ろうとするくらい、同好会に魅せられた人。
僕たちは、そんな彼女が別の道を行くからといって、何もしないことは選べない。
かすみは唸って、ついに重い腰を上げた。
「わかりました! まあ実を言うとかすみんもちょおーっとだけ、ショウランジュのこと気にしてたんですよ」
本当にちょっとか、と苦笑して、続きを促す。
「私たちであの人の本音を引っ張り出してあげましょう! そして、もし、同好会に入りたいです~って言ってきたら、全力で歓迎してやるんです! だって、同好会は色んなアイドルがいられる最高の場所なんですから」
「うん!」
エマは満面の笑みで頷く。
さすが、たった一人になっても同好会の場所を残した我らが部長。その部長が言うんだからやるしかあるまい。
一つ、やることが決まったところで、さてと立ち上がる。
留まっているのが嫌だったのかもしれない。でも、明確に何をするか答えを出さずに帰ってしまうのも嫌だった。
小さな公園の中で、気分転換ってわけでもないけど、別のところに移ることでアイデアが湧いてくるかもしれない。揃ってそう思ったようで、何も言わずにブランコへ移る。
僕は前の柵に腰を下ろして、ちょうど四つのブランコに座す四人を見比べた。似てるようで似てない四人。
「でもさっきの感じだと、話しても無理そうですよね」
「かなり意固地になってるみたいだからね」
「だから、スクールアイドルらしい方法でやるしかないんだよ」
エマは真っすぐ前を見てそう言った。
例えば、璃奈がファンと繋がりたいという願いを込めたように。
例えば、彼方が妹へ自分自身を主張したように。
ただ言うだけじゃなくて、歌うだけじゃなくて、踊るだけじゃなくて、一つひとつに意味を込めて、伝えたいこと伝える。それがスクールアイドルがやれることで、やるべきこと。
「想ってることを最大限伝える方法は、やっぱりそれしかないと思う」
「証人もいるしね」
璃奈と彼方が僕のほうを見る。
そう。例えば、僕への想いを伝えたように。
「ランジュのライブ、凄いと思ったんだろ。目には目を。こっちもやり返してやろう」
確かに、ランジュのパフォーマンスはスクールアイドルとしては群を抜いている。だけど同好会とランジュには決定的に違うところがある。
「ファンや仲間との繋がりがあって、僕らは支え合ってる。ランジュからしたら、それは弱いってことなんだろうけど……僕の考えは違う」
ステージでの結果は、実力のみで左右されるものじゃない。曲だけでも、衣装だけでも、装飾だけでもない。全てが一体となって、重なった時に素晴らしいと評されるものになる。
先に挙げたものだけじゃなく、その場の雰囲気だとか、アイドルとファンの気持ちだとか……決して一定のものじゃないものも含まれる。その大事な一つひとつの要素を無視して、最高のものが作り上げられるだろうか。
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は、ランジュから見たら些細な一つを丁寧に掬い上げた。僕はそれで救われた。
「支え合わなきゃ、出来ないことだってある」
「支え合って……」
キイキイと、バラバラだったブランコの音が重なる。
「ねえ、今度の合同ライブ、四人でやってみない?」
エマの提案に、他の三人は思わず止まった。遅れて、エマも止まって、みんなを見る。
「一緒にやったら、もっともっと伝えられる気がするの」
「うん、やろうよ」
彼方が賛同して、璃奈とかすみも頷く。
もしランジュが本心から独りの道を行きたいのだとしても、この世界にはそれだけじゃないと教えることは出来る。
願わくば僕らの道に納得してほしい。
「湊くん」
「お休み期間は終わりだね」
ショウ・ランジュもミア・テイラーも怖いものか。
こっちは虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会だ。