朝。
二学期になったばかりの時は、登校するたびに僕のファンだというニジガク生徒たちが大勢詰めてきたものだが、ここ最近はその波も落ち着いてきていて、ようやく普段通りの学校生活を送れるようになった。
……と思ったのだが、何故だか、うちのクラスがざわざわしてる。他のクラスからも野次馬が集まってきていて、入口がごった返していた。
「ミアちゃん、実際に見ると可愛い~」
「ね、ちっちゃくて守ってあげたくなっちゃう」
「誰か話しかけたら?」
「恐れ多い……だってあのテイラーファミリーでしょ?」
間を縫って教室に入ると、なんとクラスメートたちは自分の机には座らず、隅のほうに集まっていた。
「そんなに端に寄って、どうかした?」
「お、天王寺。あれあれ、あれだよ」
指差した先は、窓際の席。そこにはあのミア・テイラーが座っていて、ヘッドホンで何かを聞いている。
「ミア・テイラー?」
「ここのクラスに転入なんだって」
ここに? でも確か、彼女は十四歳だったはずだけど。
「飛び級で高三なんだって。やっぱ天才は頭の出来が根本から違うよねえー」
なるほど。それで僕と同じ学年になってるのか。などと頭の片方で納得しつつ、もう片方では驚きが占めていた。彼女がどのクラスに来るのか気になってたけど、まさか同じクラスになるなんて。しかも、あそこは僕の後ろの席だ。
みんなの反応もまあ分からんでもない。音楽に携わるならば知らぬ者はいないほどの超有名人、その期待の娘である少女が目の前にいるのだから。
なにやら僕に視線が注がれている。何十もの目はこう訴えてきていた。近くの席のお前が早く話しかけてみろ、と。
いやまあ、そのつもりだけど……そんな面白がるようなことを言うつもりはないよ。
とんとん、と彼女の机を叩くと、こちらに気が付いた。テイラーさんは僕と目を合わすと、ヘッドホンを外す。
「おはよう、テイラーさん」
「Morning. ミアでいいよ。湊、キミもここのクラス?」
「そうだよ。同じクラスとは、因縁めいたものを感じるね」
「因縁の原因はここにいないけどね」
名の通り、嵐のような共通の知り合いを頭に浮かべて、思わず苦笑する。
「昨日、あの後もさんざん勧誘されたよ。彼女、しつこいね」
「しつこいで済めばいいね。ボクは頷くまでずーっと話を聞かされた」
その時のことを思い出したようで、彼女は辟易とした表情を見せる。パートナーを組まされたのは、半ば無理やりのようだ。
「それで、OKを出したんだ」
「ランジュのパフォーマンス、見ただろ? あれなら、埋もれてしまうなんてことはない。ボクの曲を世界に知らしめるチャンスだと思ってね」
「世界に、ね」
「スクールアイドルの認知度は、今や世界に広がってる。過去のアイドルや、キミのおかげでね。だから話に乗ったのさ」
ふむふむ。ミアの目的は、自分と自分の曲を広めることか。上を目指しているランジュとはウィンウィンの関係ってわけだ。
そういう合理的な考えや音楽の腕があるからだろうか、そこいらの中学生よりは大人びて見える。身長も侑と同じくらいだし。
というか外国の人って年上に見えるよね。そっちの成長速度が半端ないのか、日本人が幼いのか。
「ところで、なんだか人が集まってきてるようだけど」
「君を一目見ようと集まった野次馬」
僕はどんどんと集まってくる人たちに向かって、しっしっと手を振ったが、ミアが冷たい人ではないとわかって、ますます話したそうにじぃっと見てくる。
「日本人は大人しいって聞いたけど」
「残念ながら虹ヶ咲は割とミーハーな人の集まりなんだ」
ミアはちらりと野次馬を見て、興味なさそうに視線を逸らした。
△
「ひい、ひい……シャル子スパルタすぎるよ~!」
「容赦なくやってイイって言ったノ、カスミン」
「そうだけどぉ……」
「休んでる暇あったラ、チョットでもダンス! ヒトリズレるだけデ、全体にエイキョウしてくル!」
放課後。晴天の下、中庭の芝生に倒れ込み、へばった声を出すかすみと、それを叱るロッティ。どこで見つけてきたのか、ロッティは『鬼教官』と書かれたシャツを着ていた。
「うぅ、りな子~、助けて~」
「私ももう限界……ぱたり」
「だらしなイなァ」
高密度高負荷なトレーニングを続けてきたロッティにとっては、かすみと璃奈の体力は物足りなく思うのだろう。過酷なダンスステップを課して、本番に耐えられる足腰を作ろうとしている。
しかし容赦ない特訓に、二人とも虫の息だ。
さてもう二人、彼方とエマを教えるのは……
「止まって。いま音違った」
「え、ほんとに?」
「ほんの少しだけリズムも音程も外してた。もう一回。合うようになったら、そこからさらに三十回」
「か、彼方ちゃん今日帰れるかなあ」
『鬼』と書かれたシャツを着ているディアだ。こちらも歌に対して妥協なし。ちょっとでもズレたら、聞き逃さずにやり直しを要求している。
歌もダンスと並んで、複数人の中でズレたら一目……というか一聞きでわかるところだ。四人となれば、それを合わせるのは至難の業。だからディアは、ぴったり重なるのを目標にしている。
僕はその様子を、少し離れたところで見ていた。
ふかふかの芝生に座り込み、足を投げだしていると、どこからともなくはんぺんがやってきて、乗ってくる。
「なにやってんの?」
「今度の合同ライブで、四人ユニットでやるんだって。だからこれまでユニットでやってきたあの二人に教えてもらってるんだ」
ランニングを終えた愛と歩夢に説明する。
同好会は今までソロでやってきたが、複数人でパフォーマンスしたのはスクールアイドルフェスティバルの一回だけ。なので、ユニットとして経験の深いロッティとディアに先生をお願いしたのだ。
「四人かあ……」
「二人でも合わせるのめちゃ大変そうなのに」
「うん。それにあの二人厳しいから、大丈夫かな」
曲を教えるついでに、この二人はAlphecca式の練習に参加した経緯がある。愛ですら疲弊するくらいだったのだから、それはもう地獄だろう。
けども、四人ユニットなら、相当密度の濃い練習しないといけないからね。あれはあのままにしておこう。
「みーくんのお休み期間も終わりかあ。もーちょっといけると思ったんだけどなー」
「もう限界だったと思うな。見ず知らずの子のお手伝いしようとしてたくらいだから」
まだ根に持ってる、この子。
「湊さん、ブラック企業に入ったら染まりそうだよね」
「今だってどーせ、りなりーが心配だから見に来てるんだろうしね。ブラックに染まりそうっていうか、もう染まってるってゆーか」
「虹ヶ咲がブラックだってこと?」
「虹なのにブラックとはこれいかに。なんてね」
「はんぺん、後輩にいじめられてるよ、僕」
「にゃあ?」
僕を癒してくれるのはこの白猫だけなのだろうか。世知辛いねえ。
「あ、はんぺんで思い出したけど、あの子に会ったよ。ランジュの曲作ってる子」
「ミアのこと?」
「そうそう、ミアち!」
もうあだ名つけてんの。
唯一面識のない歩夢が首を傾げた。
「どんな子?」
「ゆうゆくらいの身長で……猫みたいな子だったなあ。可愛いけどそっけない感じとか。はんぺんはこんなに素直なのにねー」
僕の足上のはんぺんを、愛が撫でる。
なんとなく言いたいことはわかる。猫耳とか似合いそうだなあ……と妄想をしてしまった。僕がこんなこと考えてるって、気持ち悪がられるじゃないか。やめやめ。
「湊さんはどこで知り合ったんですか?」
「教室。同じクラス」
「えっ」
「十四歳で高三なんでしょ? 参っちゃうよね、降参降参」
愛はそこまで知ってるのか。ダジャレ混じりなのは置いておいて、僕は続ける。
「そのミア・テイラーが曲を作ってるとなると、ランジュに勝つのは相当難しいだろうね。テイラーって言ったら、一流の音楽家の家系だから」
「そうなんだ」
「って言っても、あの子たちは一切引く気はないみたいだけど」
へたりつつも、どうにかロッティに食らいつこうとする璃奈とかすみ。歌声を合わせるために何度も同じところを繰り返すエマと彼方。
その脳裏には、ランジュのパフォーマンスがよぎってることだろう。あれだけのライブに勝とうとするなら、中途半端なんて許されない。これまで以上のレベルが要求される。
倒れてしまわないか、それだけが心配だ。まあそこは、僕が見ながら調整してやればいい。
「天王寺さん」
突然、誰かが僕を呼ぶ。振り向くと、最近知り合った一年生が立っていた。
「やあ、三船さん」
「こんにちは。歩夢さんも」
ぺこり、と彼女は頭を下げる。
「歩夢の知り合い?」
「うん。オープンキャンパスの実行委員をやってた子だよ」
「練習しているのが見えまして。かなり熱心に練習されてるんですね」
「うん。ショウ・ランジュにあてられて、必死の特訓中。といっても僕は見てるだけだけど」
「ランジュが……?」
三船さんはほんの少し驚いたようで、目をちょっと見開いた。
「知り合い?」
「はい、幼馴染です」
おや、意外も意外。接点なさそうな二人が、そんな間柄だなんて。
いやしかし、ランジュも三船さんもいいとこのお嬢さんっぽいから、その繋がりだろうか。上流階級のお知り合いみたいな。
「天王寺さんも、ランジュと知り合っていたんですね」
「知り合いよりは親しいってところかな」
「なによぅ。同じ駄菓子を食べた仲じゃない」
ひょっこりと、ランジュが三船さんの後ろから顔を出した。三船さんは特に動じもせず、彼女のほうを振り向く。
凄い。僕なら飛び上がってたところだ。はんぺんも後ずさってる。
「はい、栞子、これ」
ランジュは持っていた紙を三船さんに渡す。
事前の申請もなく、勝手にライブしてしまったことの反省文だと。
「ちゃんと書いてきたんですね。内容もちゃんとしてるといいですが」
「しっかり書いたわよ。ランジュに出来ないことなんてないんだから」
「でしたら、ちゃんと許可を取ってライブをしてもらいたかったものです」
おお。あの誰に対しても丁寧な三船さんが、ランジュには手厳しい。幼馴染っていうのは本当のようだ。
「ランジュ!」
ロッティとディアが、主人を見つけた時の犬のようにやってきた。
後ろではぐったりとした一年生を、三年生がうちわで扇いでいる。
「Alpheccaの二人ね。会いたかったわ」
「ワタシも!」
「わたしも話したかった」
そういえば、ランジュとAlpheccaは初顔合わせか。
「ヤー、ワタシたちもウカウカしてらんなイ」
「ふふ、もう遅いわ。すぐそこまで、アタシは来てるもの」
にやりと笑って、ランジュはロッティたちを指差す。
「スクールアイドルフェスティバルで、アナタたちを超えるつもりよ」
「ホウホウ……」
「へえ……」
わかりやすい挑発に、ロッティとディアは容易く乗った。
「残念だけど、わたしたちは絶対に負けない」
「Alpheccaは、ランジュでも追いつけないヨ」
メラメラと、熱く燃えるオーラが見える。どちらも好戦的がゆえ、譲る気はないみたいだ。
「期待しておきなさい。ランジュこそがトップだと、わからせてあげる」
「君も、期待しておくといい」
Alpheccaに代わって……いや、僕もAlpheccaの一員だから、ちょっと違うか。ともかく、僕は口を挟んだ。
「僕たち虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は、君よりも先を行く」