Y.G.国際学園との合同ライブまで、もう残り一週間を切った。
準備も進んでいて、みんなのパフォーマンスも仕上がってきている。件の四人以外は。
「うぅ、まとまりませんね~」
我が家のリビングで顔を突っ伏しているのは、かすみ。
四人でやると決めたのはいいが、何をどうしようかということは、話し合っても全く決められなかったようで、時間を少しでも使えるように、璃奈の提案で四人一緒に順繰りお泊りしているそうだ。
一昨日は中須家、昨日は近江家、今日は天王寺家。つまり三回目のお泊りだが、肝心なことは一切決まっていないらしい。
やりたい衣装も、ステージもバラバラで、まとまりがつかなかったのだとか。
そんな女の子の集まりに僕が混ざるわけにもいかず。それに、『これは私たちで決めないといけないことだから』と璃奈に言われてしまった。
そういうわけで、彼女たちの雰囲気やちょくちょく聞こえてくる話から連想して曲を作るだけにとどまっている。
せっかくだから豪勢なものを、と思ったが、この後も集中できるように、いつも通りの夕食をちょっと軽めにして振る舞う。
天王寺家で食べるのが初のかすみは、『女子力……』と唸っていたが、気にしないでおいてあげよう。
食べ終わって、彼女らは少し休憩。眠くなってしまわないように、コーヒーを淹れた。
「そういえば湊先輩、どうしてショウ・ランジュと一緒にデー……お出かけしてたんですか?」
「ランジュの裏方として加わらないかって話をされた。で、ランジュのことを僕に知ってもらうために連れ出したんだと」
「ええっ!?」
四人とも、一斉に驚く。
「断ったんですよね!?」
「答える前に君が来て、結局うやむやになったよ」
「受けるの?」
璃奈に言われて、僕は顎に手を当てて考え込む。
あの時どう答えようとしたのか、僕自身にもわからない。
何を言おうとしたんだろうか。今は同好会だけに集中したいとも思ってたし、ランジュに手を加えたいとも思った。
「お兄ちゃんがやりたいなら、やめてとは言えない。けど……」
「行ってほしくない?」
こくり、と璃奈は頷く。
各々のライブをしたり、フェスティバルもしたが、僕も璃奈も同好会に入ったばかりなのだ。まだまだこれから一緒にやりたいこともたくさんあるのだろう。
まあ僕としては……
「ランジュはこれからぐんぐん成長して磨きもかかってくるだろうし、作曲担当のミアは有名な音楽家の子だから、どんな作り方してるか見てみたい。正直に言って、すごく興味が惹かれる」
う、とうなだれる璃奈に、僕は続ける。
「でも僕にとっては、いま君たちがやろうとしてることのほうが興味がある。今までソロでやってきた君たちが、ユニットになったらどんなステージを見せてくれるのか……最前列で見たい」
かつては、同好会はグループとしてひとまとめでやっていこうとしていた。結局は不和が生じて、解散にまでなってしまった。その経験から、彼女たちはソロの道を選んだ。
けど今は、やりたくてやろうとしてる。スクールアイドルはこうだからとか、無理にではなくて、明確な目標を持って。
傍から見たら、グループでやるのは当たり前だと思うかもしれないけど、同好会にとってこれはとんでもない挑戦だ。
『夢がここからはじまるよ』だって、あれはあえてバラバラなのを味にした部分がある。だからまったく別々の彼女たちが、一つになろうとするなんて、おおよそな想像もつかない。
「そうでなくても、手間のかかる同級生に後輩に、妹もいるしね」
わしゃわしゃと璃奈の頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうにしながらも、まだ窺うような目で僕を見た。
「お兄ちゃんは、それでいいの?」
「それでよかったと、璃奈たちが思わせてくれるんだろ」
スクールアイドルの数だけ、組合せの数だけ可能性がある。ラブライブに出なくても、ファンに支えられる人たちであろうと、スクールアイドルを名乗っていいし、スクールアイドルであろうとしていい。
ランジュに向けて言った『その先』は、まだ僕には具体的に見えないけど、この子たちが見せてくれると信じている。
望むがままの夢を叶えてくれるのが、虹ヶ咲のスクールアイドルなのだから。
がちゃり、と玄関の扉が開く音がした。
それに気づいて、僕がぱたぱたとそちらへ急ぐと、いつものように少しくたびれた様子のお父さんが、靴を脱いでいるところだった。
「おかえり、お父さん。今日は早いんだね」
「仕事が片付いたからな」
スーツのネクタイを緩めてリビングに上がると、なんだか先ほどより緊張感が増した空気が流れていた。
「こんばんは。お邪魔してます」
「ああ、聞いてるよ。ゆっくりしていってください」
イマドキ女性高生VS友だちのお父さんとなれば、まあぎくしゃくした空気になるのも頷ける。
「それじゃみんな、私の部屋に行こう」
間髪入れず、璃奈が助け舟を出す。
時間は有限。リビングでだらだらと喋ってるわけにもいかない。
ぱたん、と璃奈の部屋が閉じられた後、僕はお父さんのほうへ振り向く。
「ご飯は?」
「あるのか?」
「余ってるよ。いま温める」
軽め、といいつつ誰がどれだけ食べるかわからなかったから、多めに作っておいた。余った分は明日の弁当にでも詰めればいいやと思っていたが、ちょうどいい。
温くなっていたおかずを温めて、保温を切ったばかりの炊飯器からご飯をよそう。
「あの子たちが、アイドル部?」
「スクールアイドル同好会」
ああ、そうだったか、と言ってお父さんは卓につく。
「前に大きなライブをやったそうじゃないか。若いのが話題に出してた。まさか自分の娘がアイドルになって、息子が曲を作ってるなんて驚いたよ」
そう言われると、割ととんでもないことをしてる気がする。
「見に行きたいが、父さんも母さんも仕事が忙しくてなかなかな」
「分かってるよ。暇があった時にでも、動画で見てくれれば」
彼らの仕事をよく知ってるわけじゃないが、なかなかに責任のある立場であることは理解してる。そのせいで忙しくて、休日もあまり家にいない。
璃奈に対して放置気味なのはどうかと思うが、僕らのために頑張ってくれてることを思うと、どうも強く言えない。
シャツのボタンまで緩めたお父さんの前にご飯を出すと、よほどお腹がすいていたのか、早いペースで食べ始めた。
コンビニだとか外食が多い彼にとっては、こういった家庭の味はむしろ新鮮なのだろうか。味がイケるのもあるか。なにせ、彼方のお墨付きだ。
あっという間に平らげてしまったのを見て、苦笑する。そんなに急がずに食べなさいなんて思うのは、ふつう逆だろうに。
「はい、お茶。ちょっと熱いかも」
「ああ、ありがとう」
湯呑を渡すと、さすがにもう落ち着いたのか、ゆっくりと一口飲む。洗いものを済ませて、僕は自分にもお茶を用意して、お父さんの対面に座った。
しばらく、沈黙が続いた。
こうやって一対一で、向き合う形になるのはどれくらいぶりだろう。
別に、何か話さなければいけないことはない。ただなんとなく、やることもないし、お父さんを一人ここに残すのも変な感じがした。
お父さんがお茶を飲み終わるころ、そういえば、と僕は口を開いた。
「璃奈に言ったんだね、僕のこと。僕の、父さんと母さんのこと」
「高校生になったら言うって言っただろ。もう璃奈は子どもじゃない」
「まさか僕のいないところで言うなんて」
「お前はあの話を少しでも思い出したくないかと思ってな。だから璃奈にも、お前に直接訊くようなことはしないように言っておいた」
だから、璃奈はずっと黙っていたのだろう。気になっていたに違いないのに、最後の最後、どうしようもなくなる一歩手前まで。
「璃奈に聞いたよ。ずっと……気にしてたんだな。今はもうだいぶ良くなってると思い込んでた」
なら僕は、相当演技が上手かったらしい。
「つらいことを思い出させたくないから、今まで避けてきたが……お前とももっと、話し合うべきだったな」
そうするべきだった。
僕が自分で自分を傷つけて、溜め込んで、溢れてしまう前に、泣きついてでも言うべきだった。
つらくて、悲しくて、苦しくて、痛くて、寂しかった。この十数年、ずっと。
もう過ぎたことだ。今は……遠回りしてしまったな、くらいに落ちついている。
「その必要はもうなくなったのかも。あの子たちのおかげで僕は……」
「湊のせいじゃない」
強い口調で、お父さんはきっぱりと言った。
「お前の父さんは、こうと決めたら譲らないやつだった。湊とそっくりだよ。お母さんも似てて、とても強い人だった。お前を守ったのは、あの人たちの意志。他の誰かに命令されたわけじゃない。そもそも、命令されて動くような人たちじゃない」
一息に言って、お父さんは間髪入れずに続けた。
「湊、お前の父さんと母さんが死んだのは、お前のせいじゃない」
それは、幼いころに何度か彼にも周りにも言われた言葉だ。幻覚の父と母が言ってきた言葉でもある。周りの大人たちに幾度となく、さんざん言われてきた。
その時は受け止めることも出来ずに流していた。だけど今、お父さんに言われて、すーっと胸に沁みた。
「俺は父親失格かもしれないけど……」
そんなことない、と言おうとしたが、お父さんに押しとどめられた。
「俺は父親失格かもしれないけど、お前が許してくれるなら、湊のお父さんでいさせてくれ」
「……」
失格なんかじゃない。僕はお父さんのことを、ちゃんとお父さんだと思ってる。
そんな言葉が出そうになるけど、お父さんが求めてるのは……僕が本当に言いたいのは、そんなことじゃない。
僕を傷つけたと思っているせつ菜が、僕がもういいと言っても『よくない』と言ったように、お父さんもまたこの状況を良しとは思ってないのだろう。だから、このままでいいなんて、誠実ではない気がした。
「だったら……」
僕は久しぶりに、ほとんど初めて、お父さんの目を正面から見た。
「だったら、お父さん、たまには今日みたいに早く帰ってきてよ」
いつもよりほんの少し素直になって、僕はわがままを言う。
優しく頷くお父さんを見て、ちょっと怖かった気持ちはどこかへ行ってしまった。
変にぎくしゃくするところはあるし、普通とは言えないけど、たぶんこれが、親子ってやつなんじゃないだろうか。
感傷に浸っていると、お父さんはにやりと口角を上げた。
「それで、誰が湊の彼女なんだ?」
吹き出しそうになって、すんでのところで口を塞ぐ。
「きゅ、急に変なこと言わないでくれよ」
「なんだ違うのか? 父さんてっきり……」
「違うよ。僕はただの作曲家。曲を、作る、人」
やれやれと首を振っても、まるで学生のように身を乗り出してくる。
「隠さなくてもいいだろう。家族なんだから」
「家族だからこそ、こういう話はしたくないんだよ」
隣の部屋にエマ……たちがいるっていうのに……まったく、困ったお父さんだよ。