天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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63 映しだす純粋

「はあ~~~」

「大丈夫かしら」

「まだ、全然決まってないんだと」

 

 来る四人ユニットでのステージまでもう日にちはあまりない。だというのに、璃奈たちのやることがどうにも一致しないみたいで、ほとんどのことが未決状態で止まっている。

 焦りを通り越した四人分のため息が、部室に充満する。

 そして、悩める少女はもう一人。

 

「はあ……」

「侑さんも何か悩まれているんですか?」

「うん……」

 

 上の空で、せつ菜に返す侑。窓の外をぼうっと眺めるその姿には、明らかにいつもの元気さはない。

 はっとして、ガタガタと全員が立ち上がりだした。

 

「大丈夫!?」

 

 僕以外の、十一人の声が見事に重なった。

 

 ……

 …………

 ………………

 

「課題、上手くいってないんだね」

「ミアちゃんにアドバイスしてもらったんだけど……でもやっぱり出来ないんだよねえ。私以外の子は、みんな出来てるみたいなのに」

 

 音楽科に、というか、他の科に転科した生徒は、補講を受けなければならない。留学してきた生徒もそうだ。

 その補講、侑とミアは同じクラスになったらしい。

 そんなことよりも問題は、出された宿題。一人一曲、作曲しなければいけないというもの。

 楽譜を読めばピアノを弾けて、一度ワンフレーズだけ作ったこともあったけど、最初から最後までとなると話は全然違ってくる。

 

「湊先輩には、訊いてないんですか?」

「うん。あんまり人に頼りすぎるのもだめかなーって思って。私の課題なんだし」

「だから部屋の隅っこで落ち込んでるんですね」

 

 しずくの言う通り、僕はその話を聞いてから、部室の角で体育座りをしていた。

 

「ミアにはアドバイス貰ってるのにね……音楽科の、先輩である、僕のところに来ないとは……」

「湊くんって時々面倒くさいわよね」

「だ、だって湊さんには転科試験前からお世話になってるし、最近はお休み期間だったし」

「暇だったんだから、いくらでも声かけてくれたらよかったのに。それに、一人で溜め込まないように、って忠告したじゃないか」

「まあまあ、悩んでる子を追い詰めるものじゃないわよ」

 

 果林が僕を諭す。

 侑は、これは自分の課題だ、とちゃんとわかっているのだろう。だからミアにアドバイスを求める程度に留まった。明確な答えを教えてもらったり、例として作った曲を聞かせてもらったり……というのは避けている。

 僕へ相談しなかったのは、その流れと同じだろう。

 

「ワタシもユウから相談受けてナイ!」

「わたしも。同じ音楽科なのに」

「二人とも、話がややこしくなるから大人しくしてようね」

 

 がしっと、ロッティとディアを捕まえた歩夢が、そのまま続ける。

 

「侑ちゃんは、侑ちゃんのやりたいことをやってみたらいいと思うよ」

「でもそれだと……」

「大事なのは、侑先輩が満足できるかどうかじゃないでしょうか」

 

 テーマや課題があって、それだけを満たすのが、本当に曲を作るということなのか。侑が悩んでるのは、たぶんそういった、単純に曲を作れるかどうかという話ではないのだと思う。

 

「必ずしも、正解を出すために頑張らなくてもいいと思います」

「やってみて、ダメならダメでもいいじゃない」

「せっかくなら、侑さんらしい曲を聞いてみたい」

 

 僕としても、彼女が一から作った曲に興味がある。

 作品にはその人の性質が色濃く出てくる。侑がどんな感情で、何を伝えたいのか、音で聴いてみたい。

 

 もし失敗しても……たかが学校の課題だ。やりなおしのきかない事なんかじゃない。

 

「私らしさか……それはそれで難しいよ。私には、みんなみたいな個性はないし」

「えっ」

「何言ってるんですか!?」

 

 ある者は引くような目で、ある者は目を丸くして、侑の言葉に反論する。

 

「侑ちゃんには、侑ちゃんらしいところいっぱいあるよ」

「そ、そうかなあ」

「よくトキメいてるよね」

「人の気持ちがよくわかるし」

「私たちの気持ちに寄り添って、いつも応援してくれてる」

「カワイイ!」

「けっこう臆さなくて、前向き」

「え、私って、そんな感じ?」

 

 次々と言われて、嬉しいやら恥ずかしいやら、頬を染める侑。

 ほんと、スクールアイドルに負けないくらい強い個性を持ってるよ。それくらいでいてくれないと困る。

 虹ヶ咲のスクールアイドルを応援して、背中を押して、手を引っ張ってくれる人。そんな彼女がいてくれるから、今の同好会がある。

 

「でも、そうなんだね。なんか嬉しい。みんなにそう言ってもらえてやる気出てきたかも」

 

 

 

 

〈侑ちゃん、悩み事が解決したみたいでよかったね〉

「そうだね」

 

 夜。夕食も済ませて、勉強も一段落したところで通話をかけてきたエマに応える。

 四人はまだお泊り作戦を実施していて、今日はエマの部屋に集まっている。どれくらい広いかは知らないけれど、虹ヶ咲の寮はそれなりという噂を聞くので、四人でも窮屈ってことはないだろう。

 

「僕と話してていいの?」

〈みんな、もう寝ちゃった〉

「てことは、そっちも解決したみたいだね」

 

 うん、とエマは言った。

 

〈今日、侑ちゃんと話してたこと、私たちにも当てはまるものだったんだ。自分のことって、意外と自分じゃわからないものなんだねって〉

 

 侑は、自分のことを個性がないなんて言った。周りは呆れていたけれど、案外そういうものなのかもしれない。

 

〈でね、私たちが、お互いに思ってることを言い合ったんだ。みんなが思ってる自分を知ることで、より繋がれた気がするの〉

 

 自分らしさとは、自分が理解してるところとは遠く離れたところにある。その自意識のズレが、そのまま四人のズレになってしまったのだろう。

 それぞれどういう人なのか、何を持っていて、何がやりたくて、何をすべきなのか。その擦り合わせをして、ようやく伝えたいことがまとまったらしい。

 

〈……そっちも静かだね。もしかして、寝るところだった?〉

「いや、他に誰もいないだけ」

 

 璃奈がいなくて両親も帰りが遅いとあれば、この家に僕一人。自分の部屋にいると、他の空間から隔絶されたかのような静寂が満ちる。

 

〈寂しい?〉

「璃奈がいなかった日なんて今までいくらでもあったよ」

〈答えになってないよ〉

 

 そりゃ、本音を言えば寂しいよ。

 でも別に、落ち込むとかそんなんじゃない。単純に、誰かと一緒にいることが多くなったから、一人になると静かになるなって、それだけ……のはず。

 

〈元気出して。今日が終わったら、璃奈ちゃんは湊くんのところにお返しするから〉

「お返しって……璃奈には璃奈の思うようにさせればいいんだよ。別に僕のものってわけじゃないんだから」

 

 自分で言って、ああそうか、と納得する。

 

「そう、だよな。僕の妹ってだけじゃないんだよな」

 

 璃奈には璃奈の交友関係がある。クラスでも友達がいっぱいできたと聞く。先輩からも可愛がられ、来年には後輩もできる。その全てに僕が干渉できるわけないし、していいことでもない。

 僕が璃奈を守らないと、なんてガチガチに思ってたけど、お父さんの言ってたとおり、もう子どもじゃない。後ろをついてくるだけの幼い妹じゃないんだ。

 璃奈を信じるなら、背中を見守る程度に留めておかないと。

 

「いい加減、妹離れしないと」

〈璃奈ちゃんも、お兄ちゃん離れしないとだね〉

 

 幸いにして、ここまで反抗期が来ることはなかったが、これからはどうなることやら。愛の影響を受けて少し垢抜けるくらいなら歓迎なんだけど。

 

 ちょっとしんみりした気分を一転させようと、ベランダに出る。

 空を見上げると、雲一つなく、瞬く星がたくさん見えた。

 

「星、見える?」

〈うん、今日はよく見えるね。ねえ、知ってる? 星って、イタリア語で――〉

stella(ステラ)

 

 僕はエマの続きを答えた。

 

「たしか君には言ったと思うけど、イタリア語も勉強するって」

 

 まだちょっとした単語を覚える程度だけど、合間合間にイタリア語を学んでいた。幸い、虹ヶ咲には先生もたくさんいるし、参考図書もいっぱいあるし。

 

〈Ti voglio bene〉

「なんて? 文章になるとわからなくなるんだよ」

〈だと思った〉

 

 ふふ、とエマは笑った。いきなりリスニングとは卑怯な。

 

「意味は?」

〈また今度教えてあげるね〉

 

 

 

 

 Y.G.国際学園との合同ライブの日になった。

 スタッフさんと最終チェックを終えた僕がいるステージ裏に、衣装へ着替えたアイドルたちが次々とやってくる。

 そして虹ヶ咲も、おなじみのソロ衣装を着た面々が揃う。いつもと違うのは、揃いの衣装を着た例の四人。

 

「ぜったいぜったいぜーったい、ショウ・ランジュをぎゃふんと言わせてやりますよぉ~!」

「頑張る。璃奈ちゃんボード『むんっ』」

 

 やる気十分な様子を遠目で眺めていると、果林がぽんと肩を叩いてきた。

 

「声かけないの?」

「今回は、あの四人に任せるって決めたから。僕は一人の観客として楽しませてもらうよ」

 

 せっかくあの四人で一致団結したのだ。声をかけるなら、後でいくらでもかけれる。僕の言いたいことなら、曲に込めたしね。

 そろそろ全員が集まろうという時、せつ菜がこちらに来た。

 

「湊さん、もうそろそろ始まりますので、客席へどうぞ」

「準備は万端?」

「はい。侑さんのほうも、ばっちりです」

「何かあったら通話を……」

 

 ポケットからスマホを取り出すと、横から伸びてきた手にひょいと取り上げられる。

 

「開演中はスマホの電源をお切りください」

 

 しずくだった。

 

「大丈夫ですよ。私たちもいますし、いざとなったらY.G.国際の人たちに助けてもらいますから」

「心配性はなかなか治らないわね」

「これは、ライブが終わるまで預かっておきます」

 

 手を伸ばしても、ひょいと避けられてしまった。

 

「そんなに信用ない?」

「胸に手を当てて考えてください」

 

 山ほどある心当たりが浮かんで、僕は何も言えなかった。

 スクールアイドルフェスティバルのことを相当根に持っているみたいで、自分でちゃんと観客席に行こうとしてるのに、ぐいぐいと追い出されてしまった。

 

「ミナトー!」

 

 ステージ裏から下りて、開演まで待つ姿勢を取っていると、ロッティとディアがこちらへ来た。

 なんと虹ヶ咲だけでなく、Y.G.国際のスクールアイドルの缶バッジをいたるところに身に着け、指と指の間にサイリウムを何本も持っている。

 日本でもそんなオタクは絶滅危惧種だぞ。

 

「なんでこっちに。しかもそんな重装備で」

「ダッテダッテ、生ライブだもン!」

「わたしたちスクールアイドル大好き侍にとっては、垂涎もの」

「ダイジョブダイジョブ! ワタシたちの番になったラ、すぐに戻ル!」

 

 そういえば、彼女らが日本に来て、こういった規模の大きいライブを見るのはこれが初か。

 

「天王寺さん」

 

 もう一人、僕を呼ぶ声。三船さんだ。その後ろにはランジュもいる。

 

「三船さん、来てくれたんだね。ランジュも」

「もちろん。だって、見せてくれるんでしょ?」

 

 僕は答えずに、微笑むだけで返した。主役はステージに立つ四人。僕の想いは彼女たちに託している。

 その瞬間、会場の明かりが落ち、ステージにスポットライトが当たる。一人分ではなく、四人分。

 光の下では、かすみ、璃奈、彼方、エマが、四人お揃いの衣装で並んでいた。

 赤を基調としたワンピース。それぞれのイメージカラーのラインが何本か入っている。それと同じ色の大きなリボンが、胸に飾られている。

 ゆったりとした服は激しいダンスには向いていないが、彼女たちの柔らかい雰囲気によく似合っていて、見ているだけでどういうユニットなのかが分かる。

 

「みんなー!」

「初めまして!」

「私たち――」

「QU4RTZです!」

 

 それ以上の挨拶も説明もなし。

 必要ないのだ。彼女たちは、ここに集まってきてくれた人たちに、ランジュに話をしに来たわけじゃないのだ。

 

 爽やかなイントロ、そして重なった美しいハーモニーが始まりを告げる。全体として、優しく、じんわりと心に届く曲に仕上げた。

 サイリウムが振りやすいリズム、離れていてもファンと繋がることのできるクラップハンドを交えたパフォーマンス。

 ダンスも、要所要所簡単な振り付けにしていて、真似しやすく、真似したいと思えるようなものだ。

 

 これらは全て、ランジュの曲とはあらゆる意味で逆をいったつもりだ。 

 

 歌うということは、踊るということは、決してアイドルから客への一方通行じゃない。

 ステージは、演者と裏方と客が揃って、それぞれが楽しんで、お互いに作り上げるものだ。そこに上も下もない。

 一緒なのだ。ここにいる誰もが、一緒の気持ちでいる。いてくれる。QU4RTZは、それを繋げる架け橋なのだ。

 それを再認識させてくれたのは、ランジュだ。

 

「ワー! スゴーイ!!」

 

 曲が終わり、ぴょんぴょん跳ねるロッティ。だばあ、と涙を流すディア。

 あれだけ胸にくるライブを見てしまったら、教えた側は感無量だろう。かくいう僕も、鼓動の高まりを抑えられなかった。

 周りの歓声の中にあっても聞こえるくらい、胸がどきどきしている。

 

「これが、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会……なんですね」

 

 ぽつりと、まるで独り言のように、三船さんが呟く。実際それは独り言だったのかもしれない。心の内が口をついて出るほど、QU4RTZの素晴らしさに気圧されたのだろう。

 そうだ、と言ってやりたかったけど、それすら蛇足のような気がして、黙る。

 僕はランジュを見た。彼女は感心したような、それでいて睨んでいるような、そして無表情のような顔でこちらを見返してきた。

 

「アタシには、真似したくても出来ないステージだった。それは認めるわ」

 

 その表情を変えず、ランジュは踵を返した。

 

「でも」

 

 先は言わず、彼女は去っていった。拍手を惜しみなく続ける観客の、後ろへと。

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