「ぽかぽかだね~」
「そうだねえ」
「芝生、気持ちいいね~」
「そうだねえ」
のほほんと、練習着のままで中庭の芝生に寝転んでいるのは、先日ライブを大成功させたQU4RTZの四人だ。
その中でもエマと彼方は、いつも以上にのんびりとした雰囲気を醸し出している。
「何してんの」
「ずーっとシャル子とディア子の特訓を受けてましたから、気が抜けちゃって」
「今日はゆったり過ごすことにしたの」
かすみも璃奈も気持ちよさそうに地面に体を預けている。
「不思議だよね~。太陽の下にいると、元気になったり、落ち着いたり、こうやって気持ち良かったり」
「すやぴ……」
「彼方先輩はさすが、寝るの早いですねえ」
太陽が出てるくせに、湿度もそう高くなく風もちょうどよく吹いていてじめじめしてない。絶好の練習日和でもあるのだが……あのランジュをして、『私には真似できない』とまで言わせたのだ。今日くらいはいいか。MVを撮るための打ち合わせは、また今度でもできる。
ここ最近は、Alpheccaやランジュの出現で、同好会全体として負けじと練習量が増えている。特にユニットステージのため、いつもより多めに特訓していたこの四人には休息が必要だろう。
欲を言えば、話題性のあるうちに次の燃料を投下したいところだが、心身の充実が一番だ。
「ほらほら、湊くんも一緒に」
「うわっ」
油断していた僕は、エマに手を引っ張られて、彼女と彼方の間に横にさせられる。
よく手入れされているこの場所は、いきなり倒れこんでも優しく受け入れてくれるほどふかふかで、四人が寝たままになってしまうのも無理はない。
「湊くんも一緒にお休みしよ?」
優しく手を握ったまま、エマにそんな提案をされる。僕は僕でやることがあって、暇じゃないんですけど。
じぃっと見てくる彼女から目を逸らすと、非難するように睨んでくる璃奈と目が合った。
「お兄ちゃん隙がありすぎ。女の人に簡単にスキンシップ許してる」
「許してるんじゃなくて勝手に──」
「うんうん。これでもっと甘えてくれたらいいのに。湊くんったら、一回も膝枕させてくれないんだよ。ひどいよね」
ひどいのは、君の甘えさせたがりだ。
「ダメになってくれたら、お世話してあげられるんだけどなあ」
「湊先輩がダメになるのが先か、エマ先輩が我慢できずにお世話するのが先か……」
「それだと、どっちにしても僕がダメになっちゃう」
モーニングコールや部屋の片づけもエマにお任せしている同学年のセクシーお姉さんが頭に浮かぶ。
あれはあれで普段がかっこいいからギャップとして映えるが、僕ならただのどんくさい奴。
エマのお世話したい欲は、彼方や果林で満たせている。足りないなら後輩もいる。わざわざ僕が甘えてしまわなくてもいいのだ。
「そういえば湊先輩、ここには練習見に来たんですか?」
「いや、どうしてるかなって気になっただけ」
「えぇ~。正直に言ってもいいんですよ。可愛い可愛いかすみんが心配だった~って」
「可愛い可愛い璃奈が心配だった」
「てれてれ」
「もー! このシスコン先輩!」
「へへ、よしてくれよ」
「褒めてないですっ!」
ぷんすこ、とかすみのツッコミが空に響く。
ころころと表情が変わる彼女のリアクションは、非常に面白い。ついついこうやって僕もボケに回ってしまう。
「冗談冗談。とびきり可愛いかすみのことも気にかけてたよ」
「そんなとってつけたような褒め言葉で、かすみんは騙されませんよ」
「でもかすみちゃん、顔にやけてる」
「うそっ?」
指摘通り、かすみの顔はだらしなく緩んでいる。
一年生は……二年生もだが、基本的に人懐っこい。僕が男だからって変に距離を取ってくることもない良い子たちばかりだ。たまにそれが困るときもあるんだけど。
裏ではどう思ってるのかわからないが、表で露骨にハブにしてくることもない。目の前で嫌な顔をされて『キモイ』とか言われた日には枕を涙で濡らす自信がある。
そんなことをしてくるなんて想像できないほどの子たちだけれど、それがいつまで続くんだろうか。ある日急に反抗期が来てもおかしくないのが思春期というものだそうだし。
とにかく、である。そうやって急速に離れてしまう可能性もあり、そうでなくてもいずれ別れは来る。
どういう結果になっても後悔しないように、僕は僕のやるべきことを、全力でやるしかないのだ。
「さて、僕はそろそろ行くよ」
「だめ」
上体を起こそうとしたら、いつの間にやら傍らに座りに来ていた璃奈に抑えられて再び背中を芝生につけられてしまう。
「だめ。お兄ちゃんは今日、ここで休むの」
いつになく強情な態度。
起き上がろうとするたび、胸を押さえられて、う、とうめき声を上げてしまう。
「今後のスケジュールとか、予算分配とか、いろいろ考えなきゃいけないんだけど」
「だったら、抵抗すればいいのに。あんまり力入れてない」
「
「……これくらいでも?」
璃奈は少し力を緩める。といっても、人体の構造的に不可能なものは不可能なのだ。もっと筋肉があれば話は違っただろうけど。
「……」
ほんの一瞬、璃奈の体が震えたような気がした。びっくりという感じではなく、擬音にするならば『ぞくり』という感じだろうか。
目はいつもより見開かれていて、かつ獲物を狙うライオンのように鋭い。それになんだか見たことないくらい息が荒いような気がするんですが。
「璃奈?」
「っ」
呼びかけると、バッと手を離してくれた。
汗が飛び出てあわあわとした顔の璃奈ちゃんボードを顔に当てて、慌てた様子で後ずさる。
「り、りな子、もしかしてもうちょっとで……」
「う、うん。危なかった」
深呼吸する璃奈に合わせて、その背中をかすみがさする。
「璃奈、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。お兄ちゃんのせいで」
「湊先輩、今後のために筋肉つけたおいたほうがいいですよ、マジで」
妹にまで力負けするのがそんなに駄目なのだろうか。いや、男として駄目だろうとは思うけど。
「危機感も持ってもらったほうがいいかも」
「うん。いざとなったら押し倒せるって他の人が知ったら……」
難しい顔をして、ごにょごにょと内緒話をし始めた。璃奈ちゃんボードを隠すための道具にするんじゃありません。
筋肉か。彼女たちの基礎練習にちょいちょい参加してるとはいえ、体力も筋力もまだまだ超インドア人間の域を脱してない。体育の成績も下から数えたほうが早いし。
女の子を振りほどけるくらいには鍛えておくべきなのだろうか。それが良いか悪いかは別として。
話して穏便に距離を取ってくれる子たちばかりなら、こんなことで悩みはしなかっただろうに。
しかし、強い男というのにはもちろん僕も憧れがある。
普通科に腹筋が割れている友人がいるが、やっぱりかっこいいし、恋人がいるというのに女の子にもモテている。遊ばれてる僕とは違う。
「んぇ?」
騒ぎすぎたか、彼方が重たそうなまぶたを半分開けた。
「あ~、湊くんだぁ~」
「っ!」
そしてあろうことか、僕の腕を掴んで胸に抱きかかえながら、肩に顔を擦りつけ始めた。
「うぇへへ」
「ちょ、か、彼方、寝ぼけてないで放してくれ」
ぐぐっと力を込めても、彼方は一向に放そうとしない。がっちりとホールドしてる。それ枕じゃないんですが。
というか、このままはやばい。僕の腕がマシュマロよりも柔らかい彼女の体に押しつけられている。完全に起きた時に何を言われるか……
もう一方の手を使って無理やり引きはがしてしまいたいところだが、そちらはずーっとエマに握られて拘束されている。
「湊先輩、りな子の言う通り隙ありすぎです」
「隙がある僕が悪いのか、いたずらしてくる君たちが悪いのか……」
どんどんとスキンシップがエスカレートしてきてる気がする。普通、異性の友達同士でこんなことしないだろう……しないよな? てか見てないで助けて。
密着しているから当然、体も顔もものすごく近くにあるわけで、そうなれば甘い匂いも襲ってくる。
脳と精神が諦めてしまう前に抜け出すために腕を動かそうとするたび、彼方の体へ沈み込んでいくようだ。
「エマ、君もそろそろ解放して……寝てる……」
さっきから喋らないと思ったら、すうすうと寝息を立てている。なのに手はがっしりと握られていて、外せない。
これはまずい。え、動けないんだけど。振りほどこうとしても、それ以上の力で抑えつけられている。起きてんじゃないの、本当は。
両隣から、温かい体温が伝わってくる。彼方のほうからは、心臓の鼓動すら感じる。とくんとくんと穏やかなそれを感じることが、彼女の触れちゃいけない部分に触ってる感じがして恥ずかしくなってくる。
それ以上はダメだ。璃奈とかすみはこちらを睨みつけてはいるが、なぜか手を出してこない。
僕の腕が解放されたのは、それから一時間が経ってからだった。
やっぱり、筋肉をつけよう。そう強く決心した日のことだった。