愛が提案したオンラインライブは、思ったよりも簡単に実現できそうだ。
会場にカメラを設置して、それをPCに繋いで生放送という形で動画サイトに映す。スクールアイドルフェスティバルでやったやつの小規模版だ。
機材を貸してくれた映像研究部には愛や果林の大ファンが揃っているらしく、是非とも手伝わせてくれと協力に乗り気だった。おかげで使う機材が違うからと戸惑うこともなくなる。
「あ、天王寺さん」
映像研究部との話し合いの帰り、部室に戻る途中で誰かが僕を呼んだ。
振り返ると、三船さんがそこにいた。
「こんにちは」
「こんにちは、三船さん」
僕の知っている一年生ならぱたぱたと駆けてくるところ、さすが三船さんだ。歩幅も速さも変えず、ぺこりと一礼してきた。
「スクールアイドル同好会のお仕事ですか?」
「そう。愛のオンラインライブをやるから、そのために協力をお願いしてたんだ」
そうですか、と彼女は微笑んで、胸に抱えていた紙束から一枚取り出した。
「ちょうどよかったです。これをどうぞ」
渡してきたのは、今度の文化祭についての議事録だ。
三船さんは、オープンキャンパスでの実績を買われて、そのまま生徒会の会議にも参加している。これは、今日の話し合いの結果らしい。
「先ほど正式に決まったことなんですが、スクールアイドルフェスティバルと文化祭の合同開催が認められました」
「聞いてるよ、君がかなり尽力してくれたって」
第二回フェスティバルの日程をどうするか、という話になった時、より多くの人が楽しめるように文化祭と一緒にできないかと提案したのが彼女だ。
もちろん僕らはその案を歓迎。そこから三船さんは先生や生徒会に掛け合ってくれて、ついに承認を得た。
これだけのことをしてくれた彼女には、どれだけ礼を言っても足りない。
侑といい三船さんといい、どんどん凄い後輩が出てくるな。
「それで、文化祭の実行委員に抜擢されまして、受けることにしたんです」
「へえ、抜擢。凄いじゃないか」
「はい。生徒のために私が力になれるなら、頑張ります」
めちゃめちゃいい子やん。僕なんて一年生のころ、学校のためになんて一度も思わなかったぞ。
「それで一つ、天王寺さんにお願いがあるのですが……」
三船さんのためなら、一つと言わず二つでも三つでも……と言うと話が逸れてしまいそうなので、頷くだけにする。
彼女が言った、文化祭に関わるあることに、僕はOKを出した。
「ああ、いいよ、ちょうど適任の盛り上げ役に心当たりがある」
「本当ですか!」
ぱあ、と顔を綻ばせる。
普段落ち着いていて、滅多に笑顔を見せない子だから、ギャップが突き刺さってくる。知ってる顔によく似てるから、より効いてくる。
「決まったら、また改めて連絡するよ」
「はい。よろしくお願いします」
深くお辞儀をして、三船さんは踵を返す。その背中に、僕は声をかけた。
「三船さん、実行委員、僕も期待してるよ。でも無理はしないようにね」
「はい」
△
「……というわけで、せっかくだから練習中のやつ、そこで披露しようと思うんだけど」
「いいと思う。爆アゲ」
「本腰入れて練習しないとね」
「望むところ」
食堂にディアを呼び出して、三船さんからの話をそのまま伝える。対面に座る彼女は快く頷いてくれた。
ロッティにも言うべきなのだが、あの子は口が軽いから後で。
せっかくだから大々的に宣伝することも考えたけど、さらにあと一人の賛同も得ないといけないから、それまでは秘密。
「ちょっといいかしら?」
ちょうど話し終わった瞬間、果林が近づいてきた。
「愛と美里さんのことなんだけど」
珍しく、しゅんとした縋るような顔。
「わたし、いないほうがいい?」
「……そうね。プライベートなことだから。ごめんなさいね」
「気にしないで」
気を遣って立ち上がったディアに、果林は謝った。
僕とディアの話は終わっていたから別に構わないが……果林が言う、『プライベートなこと』の内容が気にかかる。
ディアが去っていくのを見送って、その席に彼女は座る。ほんの少し、軽いため息をつくと、テーブルに肘をついた。
「昨日、偶然美里さんに会ったの。本屋で英会話の本を見てたわ。その時に聞いた話なんだけど……」
歯切れが悪い。隣から椅子を持ってきて座ると、彼女は続けた。
「美里さん、海外で働いてみたいって夢があったらしいの」
「良いことじゃないか」
「そう私も言ったわ。でもそのこと、愛には言ってないみたいなの」
それは変だ。果林に言ってることなら、愛は既に知っていて普通なはずなのに。
「愛はやりたいことを進んでる。その愛に、やれるかどうかわからないことを相談して、邪魔したくないんですって」
ふむ、と僕は顎に手を当てた。
時折見せたアンニュイな顔は、そういうことだったのか。
入院生活の長かった川本さんにとって、悩むことはたくさんあるに違いない。それを、愛に相談したくもあるだろう。
しかし、だ。いま高校生活を続けていて、スクールアイドルもして、楽しんでいる愛にそれを聞かせるのは、妨げにしかならないと考えている。愛なら親身になって聞いてくれて悩んでくれるだろうと分かっているからこそ。
「愛も、美里さんが何かに悩んでることを分かってるみたいなの。さっき、美里さんが元気がないように見えるって、相談を受けたわ」
「それで、愛は?」
「美里さんに話をしに行ったわ。私はそっとしておいたほうがいいって言ったんだけど……」
お姉ちゃんが悩んでるなら、放っておけない。そう言って、行ってしまったらしい。
たぶんそれは、僕が璃奈に抱く感情と同じようなものだろう。困っているなら、力になりたい。それを、川本さんはさせたくない。嫌なすれ違いが二人の間で起きている。
「何が正解なのかしら」
それは、誰にもわからないことだろう。渦中の二人はなおさら。
果林の言う通り、そっとしておいて落ち着かせることも、親身になって相談するのも、どちらも正解に思える。
あるいは、どちらも不正解か。川本さんにとっては、愛にだけはつつかれたくないことだし、だからといって放っておいたら負の連鎖が頭の中で起きる可能性も大だ。
「結局、答えはやっぱり決まってるんだと思う」
僕は口を開いた。
「僕らは
入部した時も、練習している時も、ステージに立っている時も、僕たちはずっとずっと、一つの気持ちを心の底に抱いてやってきた。
他人にも自分にも否定させちゃいけない、夢を叶えるための原動力。
「……美里さんにも、それは届くかしら」
「愛ならできる」
彼女には周りを元気にできる力がある。燃えるような熱さに引っ張られて、心に火をつけられた人は多いだろう。
僕が、同好会のライブを見て変わったように。
「愛にやる気があるなら、きっとできるさ」
僕は断言する。
「そこまであなたに言わせるなんて……ちょっと嫉妬しちゃわね」
いつも通り、大人な笑みを浮かべたあと、果林はぴしっと背筋を伸ばした。
「やる気、出させるしかないわね」