「ミナト、取材受けてないんだ」
「エェー、もっとガツガツアピールすればいいのニ!」
東京の文京区、後楽園のすぐそば。
僕とディア、ロッティは雑談をしながら、とある人を待っている。先ほど、もう電車が到着するという連絡を受け取ったから、間もなく見えてくるはずだ。
「僕の写真を撮るっていうから断ったよ」
「デモデモ、ミナト、もっと有名になっテほしイ!」
「いいよ、高校生の間は。面倒くさい」
最近、Webメディアから取材の申し込みが来たのだが、断った。理由は言った通り、面倒くさいのだ。特集されてどこかに載るというのは特に望んでいないし、外を歩いて指を差されるような生活も嫌だ。
同好会の公式サイトでも僕の写真は載っけていない。しかし、名前を検索すれば顔が出てくるらしく、オープンキャンパスで出会った中学生とかは、それで知ったらしい。
「ミナト、モテるようになるよ」
「それはすっごい魅力的な話だけど……それもいいや」
「さすが、モテてる人は言うことが違う」
「普段の僕を見てたら、モテてないことが分かるだろ」
「普段のミナト見てたら、モテてないなんて口が裂けても言えない」
人生でモテたためしなんて一度もない。そう反論しようとした時、視界に、大きく手を振りながら、こちらにやってくる人物が映った。
「湊、ロッティ、ディア!」
「ランジュー!」
ロッティが叫ぶとおり、あのショウ・ランジュだ。
にこにこと少女らしい笑みを浮かべて、タックルに等しいロッティの抱きつきを受け止める。
「今日を楽しみにしてたわ。なんたって──」
「スクールアイドル展」
「だもんネ!」
そう、今日は後楽園でスクールアイドル記念展なるものが開かれている。
これまでのスクールアイドルの歴史の紹介や、関連する物が展示されているらしい。スクールアイドルファンにとってはまさに夢のような記念展なのだ。
僕は最初、一人で行こうとしたのだが、ロッティとディアもこれの存在を知って、行かせてくれとせがんできた。さらに、ランジュとも仲良くなりたいというので、誘ったのだ。
他のメンバーも誘おうかとも思ったが、今日は開かれたばかりで人が多いし、どれくらいのものが展示されているかわからないので、また後日改めて誘おうということになった。
「ランジュの『Eutopia』、凄くいい曲」
「メチャ盛り上がっタよネ」
「ふふ、ありがとう。ミアにも伝えておくわ」
「アレ、ランジュにしか踊れなイ。ランジュ、スタイル良いシ、全身に気をツカってル!」
「特に足が綺麗」
「アナタたちも素敵だわ。二人であることを最大限に活かしたステージ、何回見ても飽きないもの」
目的地に向かう途中、三人は早速意気投合する。
みんな、思ったことをズバリと言う性格だからか、最短で距離を詰めるところが合うようだ。
変に敵対することもなく、仲良くなってくれたようで何より。
そんな三人の楽しげな声を背中で聞く僕に合わせて、ランジュが肩を並べた。
「フェスティバルの準備は進んでるの?」
「順調だよ。文化祭と合同でやることに決まって、ソロだけじゃなくユニット曲もやるって決まったんだ」
「ユニット、ね」
何か思うところがあるのか、ランジュはほんの少し目を伏せた。かと思えば、すぐに表情を戻し、僕へ微笑んでくる。
「アナタが作る新曲も聞けるのかしら?」
「さあ、それはどうかな」
「なによう。教えてくれてもいいじゃない」
むすっと頬を膨らませるランジュ。
「実はネー……」
ロッティが得意げになって口を開こうとした瞬間、ディアがしゅばっと動いてその口に手を当てた。
「秘密」
「ン!」
ハッと気づいて、コクコクと頷くロッティ。やっぱり彼女に隠し事は難しいようだ。
「徹底してるのね。そのぶん期待していいのかしら?」
「それはもちろん」
僕は即答した。前回以上に派手に、楽しくなることは決まっている。
他校とのコラボステージなどがあるうえに、他にも多少サプライズを用意していて、その全貌を知る者は限られている。
そろそろそれを匂わせて、期待を煽るような宣伝でもしようか……などと考えていると、目当ての場所に到着。
すでに開場していて、中は人でいっぱいのようだ。『特別展 スクールアイドルの軌跡』と書かれた看板の傍らでは、順番待ちの人たちがずらりと列をなしていた。
「結構並んでるわね」
「ま、無理もない。整理券貰ってくるよ」
スタッフから、番号が記された券を貰う。このチケット一枚で四人入れるので、ちょうどだ。
聞くところによると、あと二、三時間ほど待つ必要があるらしい。割と早めに来たと思ったけど、やはりそこは大流行しているスクールアイドルの力というわけだ。
「順番まで時間あるな……」
「だったラ、遊んデいこうヨ! ユウエンチユウエンチ!」
「ジェットコースター乗りたい」
双子がぐいぐいと腕を引っ張ってくる。ここでじっと待つのも無駄だから、僕は賛成だけど……とランジュを見ると、
「アタシも遊んでみたいわ!」
彼女も僕の手を掴んだ。
△
スクールアイドル展のすぐ隣にある東京ドームシティアトラクションズは、お子様から大人まで楽しめる入園無料の遊園地。何度も出入り自由で、都心に位置していることから、観光の途中で立ち寄る人や、散歩目的で入る人もいる。
というパンフレットを読んでるのは僕だけで、三人はあっちこっちを指差している。
アトラクション乗り放題のチケットを買った瞬間、ついぞ我慢できなくなった子たちは僕を引っ張って──
「高ーイ」
「ドキドキ」
「ふふ、楽しみね」
「……」
気づけば、僕らは遥か上空。ジェットコースターに乗り込んでいた。
だんだんと高度が上がっていくにつれて、気が重くなってくる。こういうのは、ゆっくりであればあるほど恐怖を煽るものだ。
体を支えるバーを軽めに掴んだり、もう手を離してるみんなとは対照的に、僕は力を込めていた。
「湊、そんながっしり掴んじゃって」
「こういうのはもうちょっと慣らしてからと思ったよ」
「たっぷり時間があるわけじゃないもの。少ない時間の中で、遊園地の醍醐味は味わっておかないと」
「だから断りはしなかっ……」
ピタリ。コースターが最高点で止まる。ここばかりは、誰もが静かになった。
前の人がいるおかげで見えなかった前方や地上が、先頭車両が下がり始めたせいでだんだん見えてくる。
下にいる人たちは米粒くらいの大きさで、ここが地上80mというのを体感ではっきりと分からせてくる。その景色は、恐怖を抱くには十分。
一瞬、加速の前兆のようなものを感じて、ぞわっと総毛立つ。
あ、あ、やばい。などと思えたのもつかの間……
「ワー!」
「あははっ」
「っ……っ!」
時速130kmの急降下。降りる、というより落ちるに近かった。体が浮いた感覚がして、手に込める力が強くなる。
続けて左右に揺られ、上下に振られ、目まぐるしくGがかかる方向が変わる。
振り回されて、終わった時には肩で息をするほど、消耗しきっていた。
「楽しイ!」
「次、何にする?」
パンフレットを広げて、あれがいいこれがいいと話し合うロッティとランジュ。二人ともまだまだ元気だ。
「ミナトが怖がりすぎなだけ」
僕の心の内を読んで、ディアがツッコむ。
僕としては、まずは緩い乗り物から始まって、満を持してジェットコースターに乗り込むものだと思っていたから、心の準備ができていなかったのだ。
「ねえねえ、あれにしましょ!」
矢継ぎ早に乗り込んだのは、ティーカップだ。こちらも、どこの遊園地でもよく見る定番だ。
「これ、どういうものなの?」
「このハンドルに力を込めると、このカップがすごーく回る。だから最初は──」
「最初からフルスロットルってわけね!」
「回セ回セー!」
「ちょっと手加減、ってうおお!?」
スタート直後、ランジュとロッティはハンドルに手をかけ、ぐっと力を込めた。
連動してカップが回転し、ぐんぐんとその勢いを増していく。体が横向きになってしまう。それでもかまわず、二人は手を緩めない。
「きゃあっ、すごい勢いね!」
「アッハハハ!」
「景色ぐるんぐるん」
「止めよう!? いったん止めよう!?」
彼女たちの後ろに見える風景が過ぎ去っては戻ってくる。
せめて酔わないように、と背景より手前へ視界を戻す。ディアはもう目をぐるぐる回していた。その横では、心底楽しそうなランジュたちが大きく口を開けて笑っている。
僕はずっと、止めてとしか言えない情けない男になっていた。
△
さすがに体力を持ってかれた僕は、ランジュと一緒に近くにあるベンチで休憩。
メリーゴーラウンドに乗り、笑顔でこちらに手を振ってくるAlpheccaに反応を返す。
遊園地なんていつぶりだろう。最後に楽しんだのは……本当に思い出せないや。
「ふふ、日本の遊園地も楽しいわね」
「初めて?」
ランジュは頷いた。
前に色んなところを回った時、楽しそうにしていた。だからそれからも普段は観光しているものかと思ったけど……
「こういうのって、一人で来ても楽しくないじゃない」
親子連れやカップル、友達同士の客が多い。一人の人もいるけど、ごく少数。
だったら……三船さんとは幼馴染だそうだし、彼女と来てもいいのに。他にも、ミアもいることだし。
そういえば、学校内でランジュとミアの組み合わせをあまり見たことがない。虹ヶ咲は広いし、彼女たちは学科も違うから……っていうのは理由にならないよな。場所と時間を決めて、集合すればいいのだから。
だけど、ミアは基本的に休み時間は一人だ。同じクラスの子たちが誘っても、ついてくることはないらしい。
ランジュはどうなんだろう。ファンに囲まれているところは何度も見たことがあるけど……
「ミナトー! ランジュー!」
またまた、一周して姿を現した双子が呼びかけてくる。僕も手を振り返すと、ピースしたり、サムズアップしたり、忙しない。
「仲が良いのね」
ランジュがぽつりと呟いた。
「三か月も一緒にいたから、まあ多少はね」
それだけ同じ家に住めば、良くも悪くも仲は進展する。僕と彼女たちは、さらにアイドルと作曲家でもあるから、単にホームステイしたよりも関係は深いと自負している。
幸い、まだロッティもディアも懐いてくれていて、ついてきてくれる。そうしてくれている間は引っ張っていこうと思うし、そうじゃなくなってもこっそりと背中を押すくらいのことはしてあげたいと思う。
いつからか、僕にとっては、あの二人は家族のようなものになっていた。
「Alpheccaは……すごいわ。湊、アナタも」
急に、彼女はそんなことを口走った。
「才能があって、力があって、強いこだわりも、妥協しない心も持ってる」
認めるところはちゃんと認める。それが彼女の良いところの一つだが、今はなんだかいつもより雰囲気が違った。
「ねえ、アナタはどうして、ひとりじゃないの?」
ひどく寂しそうな顔だった。
いつも気丈で、自信満々で、ステージの上でもあれだけのパフォーマンスをしてのける彼女が、今にも泣きそうな表情でこちらを見る。
孤独。それが表れている表情は、いつかどこかで、よく見た。
「ごめんなさい。忘れて」
すぐにその感情を引っ込めて、ランジュはふるふると頭を振った。
なんでもない、と言外に伝えてくるそのしぐさも、見覚えがある。
「ランジュ、君は……」
「ミナト! ランジュ! 次、次、オバケ屋敷!」
戻ってきたロッティたちに引っ張られ、僕もランジュも立ち上がる。
何を言うかも決まっていなかった僕は、それ以上何も言えず、口を閉じた。
△
ひたすらに遊んだ後、時間が来たので、記念館に戻る。ちょうど僕らの入れる番だったので、うきうきしながら中に入った。
スクールアイドル展はちゃんと中身の充実したもので、スクールアイドルの歴史がずらりと書いてあるだけでなく、ラブライブの優勝旗や賞カップまで展示されていた。歴代ラブライブ優勝校や有名アイドルの写真がいくつも飾られている。
はしゃぎっぱなしだったロッティも、口をぽかんと開けて見入ってしまうほどだ。
「トーキョーのスクールアイドルが多いネ」
「激戦区だからね。前年の優勝校がその次の年では予選落ちなんてことも珍しくない。新しいグループがどんどん出てきて、まさにスクールアイドル戦国時代って感じ」
東京が特にスクールアイドルが多いのは、第一回と第二回優勝校が伝説と化しているから、というのが通説だ。
それらのグループに憧れて、地方の者も東京に入ってくることが多い。現在もそうだ。
だからって地方が弱小ってわけじゃない。北海道にも有名どころはいたし、静岡にも優勝した高校がある。そのことも、ちゃんと展示と説明が載せられている。
しかも驚いたことに、スクールアイドルというものが出てくる前の事柄も詳しく書かれている。
「学校アイドル部の説明まであるのか」
「スクールアイドルとは違うの?」
「スクールアイドルの前身とも呼べる部活だよ。今から二十年……三十年くらい前かな、今のスクールアイドルと似たことをやってたんだ」
「けっこうレキシ長イんダ」
「これだけたくさんの人がやってきたおかげで、わたしたちがそれを知れた」
ディアがじっと優勝旗を眺める。
先人たちがこの界隈を盛り上げてきたからこそ、今もスクールアイドルをやろうとする人がいる。
その歴史の中では、様々なジャンルや人数のスクールアイドルグループが出ては消え、栄光を掴んだり、功績を残せなかったり……
そんなことは、スクールアイドルだけじゃなく、どの部活動でも言えることだ。しかし、優勝だけが全てじゃない。中にはそういう人もいるだろうけど、結局何で満足するかはそれぞれなのだ。
「どのグループも、なんていうか……良いわね」
優勝校以外にも、有名だったスクールアイドルのグループの写真がずらりと並べられている。
共通しているのは、どの人も笑顔で写っているという点だ。それだけで、彼女たちの軌跡が窺える。
「湊の推しグループはどれ?」
「ミナトの推しってアレでショ、シオリコに似てるアイドルだよネ」
「栞子に?」
「似てるっていうか、まあ……」
「どのグループ?」
「残念だけど、ここには載ってないよ」
すでに、どこかにいないか探した。だけど、あの人のいた当時のグループはあまり名が知れたところではなかった。
残念だけど、ここではそれほどの学校を紹介するスペースはないみたい。
「東京地区大会予選落ちだったんだ。もう三年か四年くらい前になるかな」
それでも、あの人のパフォーマンスは、僕にとって忘れられないほど、最高だった。
侑には言ったことがあるけど、僕はそのおかげで、音楽への道を進むことに決めた。
スクールアイドルが好きになったのも、救われたから誰かを助けたいと思ったのも、いろいろなきっかけが詰まっている。
「僕の原点」
「そこまで言うってことは、とても素晴らしいグループだったんでしょうね」
ランジュがそう言ったことに、僕は驚いた。
「トップを取れなきゃ意味がないとか言われるかと思った」
「そんなこと言わないわよ。だってアナタたちがそれを証明してるでしょ。ラブライブに出場しなくても、賞を貰えなくても、スクールアイドルはスクールアイドルなのよ」
その通りだ。その通りなのだが……
僕や同好会の子たちとも、それほど考え方は違うように見えない。同好会の可能性についても、ユニットの力についても、納得はしてくれているようだ。なのに、どうしてここまで違う道を行こうとするのか。
彼女の家で話をした時から感じていた違和感は、ランジュのことを知れば知るほど大きくなっていく。
今日、ランジュと話をして、いくつか分かったことがある。でも、彼女を理解するための大事な一ピースを、まだ掴めていない。
△
「良かったネ!」
「ええ、来なかったら後悔してたわ!」
中を一通り回りきって、ロビーでほくほく顔の三人。
今は、ここで売られているラブライブオフィシャルグッズを眺めている。
置いてあるのはTシャツやCDやマスコットのぬいぐるみなど、変わったところでは法被とかサングラスとか。
ランジュはその全て、大きな袋が二つも必要なくらいの量を購入した。ロッティもディアもそれぞれ同じ分だけ買う。
「全身ラブライブコーデにするのもいいんじゃないかしら!」
「いやあ、それはどうかな……」
「ちょっと待ってて! 着替えてくるわ!」
止める間もなく、今買ったものを引っ提げて、ランジュはトイレに入っていく。
「ワタシたちも行く?」
「せっかくだし」
「やめろ。僕を一人にするな。まともなほうを少数派にしないでくれ」
今にも飛び出していきそうな二人の肩を押さえる。
遠足は帰るまでが遠足。お土産は帰ってから開けるもの。
あと、全身ラブライブグッズが三人もいるともう収拾つかなくなる。逆に僕だけが浮いてしまう状況はなんとしても避けなければ。
ランジュはさきほど入ったばかりのはずなのに、すぐさま出てきた。
「どう?」
得意げに笑う彼女は、見せつけるようにその場で一回転した。
上半身はハートが描かれているシャツに法被、下半身はスウェット。
頭にはキャップを被り、ハートの形のサングラスを掛け、首にはメガホン、タオル、さらにリストバンド。腰にもタオルをかけている。
それらの全てに『Love Live!』の文字がこれでもかと記されている。
ライブ会場でも、これほどのオタク……いやいや、気合の入った客は珍しい。ここならなおさら目立つ。悪い意味で。これはコーデとは言わんだろう。
「カッコイイ!」
「最高」
「ふふ、そうでしょ。湊もそう思うわよね?」
「前衛的だと思うよ」
肯定しているようで、別にしていない回答。だけどテンションが上がりきっているランジュは気づかなかったようだ。
まあ、楽しいならなんでもいいか。
「あれ、もしかして……」
不意に、知った声が聞こえた。
振り返ると、見知った顔が四つ、ぽかんと口を開けてこちらに向いていた。
侑としずく、それに歩夢とせつ菜だった。