「奇遇だね。湊さんたちも来てたなんて!」
「そっちは四人でここに?」
「あ、ううん。歩夢とせつ菜ちゃんは偶然ばったり。最初は私としずくちゃんだけだったんだ」
ばったりと会った僕たちは、外に出てちょうど近くにあった休憩所に移動する。
丸いテーブルを囲むようにして椅子に座るやいなや話し始めた侑に、僕は首をかしげる。
「偶然?」
「ほんと、びっくりしたよね」
「う、うん……」
いつもは侑の言葉にはにっこりと笑って頷くのに、今の歩夢は目が泳いでいる。
偶然というには出来すぎている、と考えるのはおかしいだろうか。いやもちろん、東京ドームシティは都内有数の遊び場だし、スクールアイドル展目当ての人間が集まったというだけの可能性もあるにはある。が、いつも一緒の歩夢と侑がそれぞれバラバラで、まったく同じ場所に来たという状況はさすがに無視できないだろう。
「侑としずくは何しに?」
「せつ菜さんと歩夢さんのユニットに可能性を感じていまして、それについて侑さんに相談してたんです」
「それで、家に籠ってるより外のほうがいいアイデアがでないかな~って思って、一緒にお出かけしてたんだ」
「湊先輩にも話そうと思ったんですけど、もう少し形にしてからご相談したかったので」
アイデアを具体的なものにしたかったってわけか。
なるほど、歩夢とせつ菜を組ませるとしたら、僕もこういう楽しいところをメインに回ったりするだろうなあ。
エンターテインメント、アミューズメント、アトラクション……そういったものを前に押し出したテーマでやるのが……って、それはいま考えてくれてるから、僕はいいか。
「歩夢とせつ菜は?」
「え、えーと、あの、ヒーローショーを見に行きたいって、せつ菜ちゃんが! ね!」
「え、ええ! それはもう、とても面白かったんですよ!」
そう言う割には目を合わせてくれないのは、何か隠してると言っているようなものだ。二人とも嘘つけない性格だからなあ。
侑が出かけるのを知った歩夢が、
「なるほど」
「う」
僕に視線を向けられて、歩夢は唸った。
……どうやら、尾行してたっぽいな。
幼馴染が自分の誘いを蹴ってどこへ行くのか気になって、ストーキングしたってところか。
おそらく突発的に動いた結果であるから、せつ菜と会ったのは偶然のようだ。
「み、みみみ湊さんたちは?」
疑惑を逸らすためか、歩夢は急かしてくる。まあ、わざわざばらしてやることでもあるまい。
「いっぱイ遊んダ!」
「遊園地でどっぷり」
「メインの用事は、スクールアイドル展だけどね」
「よかったよね~、スクールアイドル展! 色んなアイドルの子たちを見られて、すっごく元気を貰えたよ!」
「グッズもこんナに買えテ、満足!」
「たくさん買ったんだね、ロッティさん、ディアさんも」
「全種類コンプリート」
パンパンの紙袋を見せつけるようにして、ディアはにっと笑った。
「同好会のみんなも誘って、また来ようか!」
「相変わらずみたいね、アナタ」
和気あいあいと話が弾んでいたところに、ランジュの冷たい口調が刺さる。言われた侑は首を傾げた。
「そうやって遊んでる暇あるの、って言ってるの。音楽科の成績、どうなのよ」
「ミアちゃんから聞いたの? 前より少しは上がってるんだけど……まあギリギリはギリギリかなあ」
「やっぱりそうなのね。中途半端なのって、見ててイライラするの」
急に転科した侑は、まだまだ音楽科の勉強に追いつけていない。なんとか赤点を取らないくらいにはなっているが、逆を言えばその程度だということだ。
「いい加減、同好会の活動に付き合うのなんかやめて、もっと自分の夢に向き合ったら?」
「勝手なこと言わないで」
「そうですよ、侑さんは……」
「そうやって甘やかすからよくないのよ!」
擁護する歩夢たちを、ランジュは睨みつける。
歩夢たちに憧れ、日本にまでやってきた彼女にとっては、そこが彼女にとってぬるい環境であることが許せないのだろう。
僕らと彼女の価値観は全く違う。常に高みを狙うランジュには、成績もいまいちなのに同好会活動を続ける侑の姿は、へらへらしたものに映っていることだろう。
だからこうやって、ランジュは怒りだしたのだ。
「今のアナタは周りに自分の夢を重ね合わせてるだけよ。アナタはそれで満たされたとしても、何も生み出していないわ」
裏方として、侑はずっと頑張ってきた。でも、音楽科に行って、そこで培った力をスクールアイドルを支えるために使えているかというと、そうではない。
ランジュの言葉は、ハッキリと鋭く、その通りだった。
くいくい、と僕の袖が引かれる。ディアがこっそりと掴んできていた。その目は、『何か言い返さないのか』と訴えている。
僕は小さく頭を振った。
侑は、そんなに弱い子じゃない。
「ありがとう、ランジュちゃんは優しいんだね」
切りつけてくるような言い方に対して、侑の口調は穏やかだった。
「うん。私、まだまだなんだ。湊さんに教えてもらって、みんなにも助けてもらってるけど、目標には全然届かない。でも、でもね、ランジュちゃん。私は諦めないよ。ユニットの練習もロッティちゃんやディアちゃんに任せちゃって、曲も湊さんが全部作ってくれてて、今のままじゃ駄目だって思ってるから。ランジュちゃんもこうやってまっすぐ言葉をぶつけてくれるし」
スクールアイドルに関わるようになって、そして音楽の道を志し始めた侑は、現在と理想のギャップに苦しんでいる。
でも、彼女は……時には止まったりもするけど、一歩一歩着実に進んでいっている。諦めるつもりなんてないのだ。
「精一杯頑張るよ。だから、もし気にしてくれるんだったら、もう少しだけ見ててくれないかな」
「だ、誰が気にしてるなんて言ったのよ」
図星か、ランジュは頬を染めてぷいと横を向く。それがわかりやすくて、僕は心の中で苦笑した。
「もういいわ。拜拜」
生暖かい目で見られて居心地が悪くなったのか、ランジュは紙袋を手に立ち上がった。
「おっと、待ってよ、ランジュ」
「ミンナ、またネ!」
「今度は、みんなで一緒に遊園地」
すたすたと無遠慮に去っていくランジュ。急な別れの挨拶に、反応が遅れた僕たちはすぐさまハッと気づいて、侑たちに手を振る。
ディアたちと袋を持って、駆け出す。急いだおかげで、すぐ追いついた。
「ランジュ」
呼びかけると、彼女はぴたりと歩を止める。
「……こっちに来ていいの?」
「今日はね」
元々、今日の僕はランジュの付き添いだ。それに、挨拶もなしに、はいさよならなんて寂しい関係ではない。
「僕からも礼を言うよ。ありがとう。君の存在が、みんなの刺激になってる。言い方は少しきついけどね」
とんでもない新人が現れたと、みんな燃えた。
今までソロだった同好会のメンバーがユニットを組もうとしたのも、ランジュがきっかけだ。
思惑のあるなしに関わらず、ランジュは可能性を広げてくれている。
それに、さっきの言葉……侑だけじゃなくて、僕も反省させられた。
音楽を触り始めた侑に、一から十まで出来るとは思ってない。けれど、少しは任せてもよかったと思っている。
気づかせてくれたのも、彼女だ。
「湊、前の話の続きよ。私のところに来て。あんなところじゃ、力を持て余すだけよ」
きゅっと口を結んで、僕を睨むようにして目を合わせてくる。力はこもっているけど、その奥には懇願が混ざっているように見えた。
……そうだね、ここではっきり言っておこう。
「断る。君の手伝いはしてやれるけど、専属になるのは無理だ」
「どうして? ランジュといれば、誰よりも完璧で人気なアイドルの作曲家になれるのよ?」
「言ってることが矛盾してないか。ラブライブに出なくても、頂点の称号がなくてもスクールアイドルがスクールアイドルであることは変わらないんだろう」
「中途半端がダメって言ったでしょ。肯定し合うぬるい環境は、才能を腐らせるだけだわ」
「厳しい環境に身を置くだけが、才能を開花させる手段ってわけでもない」
褒め合うのがぬるい、ということ自体、僕は否定派だ。
悪いところは嫌でも目につく。残念ながら、人はそういうネガティブな生き物だ。良いところに目をつけるというのは、本当は難しい。
だから僕は、否定してしまうような
ちゃんと相手を見て、良いところを見つけて、伸ばす。悪いところを潰すだけで出来上がるものは、結局面白みのないものなのだ。
「そもそもの話をしておこうか。君は確かに、このままいけば完璧なアイドルになるだろう。歌もダンスも一流、プロですら敵わない最強のアイドルになれる。でも、完璧なアイドルの作曲家でいることは、僕にとってメリットでもなんでもない」
ランジュは目を丸くした。
「じゃあ、アナタの目指してるものはなに?」
「言っても今の君には理解できないよ」
「言ってみなさいよ」
退かず、逸らさず。『他』に対して強さのみを見せる今の彼女には、決してたどり着けない。
その僕の夢は……
「最高のスクールアイドルを見たい」
「最高の……スクールアイドル?」
今にも掴みかからほどヒートアップしていたランジュが、目に見えてその勢いを落としていく。
「最高のアイドルが、僕の作った曲で歌って踊るところが見たいんだ」
スクールアイドル同好会を立ち上げた時……いやそれよりずっと前からの僕の夢。
まだ叶えられてはいない。高校生活の中で成就するかも分からないけど、それができたなら、きっと僕は僕を認められるのだろう。
「それだったらランジュが──」
「今の君じゃ、最強にはなれても最高にはなれない」
僕の言葉の真意が分からず、ランジュは助けを求めるように、ロッティとディアを交互に見た。
「な、なによそれ、全然意味がわからないわ。完璧で最強のアイドルこそ、最高のアイドルでしょ? Alpheccaの二人だって、頂点を目指してるんでしょう?」
「目指してるヨ。ケドそれは……エート……」
「目標であって、手段。その先に、わたしたちが目指すものがある」
「そゆコト!」
二人の言葉に、僕も頷いた。
「……理解できないわ」
「そう言った」
今のままのランジュじゃ、きっとこの言葉の真意は分からない。だけど、分かってほしいと思う。
「理解したいと思うなら、同好会に来てくれ、ランジュ」
「……」
ランジュは顔を俯かせた。遊園地で見せた、悲しい顔。それは何度も見た表情とそっくりだった。
「アタシは、アナタたちとは違うの」
絞りだすように、彼女は震えた声でそれだけ言った。