天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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71 校内、活気づいてきております

「メイキング映像?」

 

 侑が首をかしげる。

 スクールアイドルフェスティバルと文化祭の合同祭の準備も本格化してきたころ、部室で映像研究部との打ち合わせをしていると、そんな単語が出てきた。

 

「ええ。今年の文化祭は、スクールアイドルの祭典と合体した記念すべきイベントだもの!」

 

 映研の子が、ぐっと拳を握って熱弁する。もう一人も強く頷いて賛同。

 最近、昼休みや放課後、そこかしこで生徒が動き回っている。どこもかしこも文化祭の準備が本格化してきているのだ。

 その様子を収めて、SNSなどで流して期待を煽ろうというわけだ。

 

「そういえば、生徒会に相談が来ていましたね」

 

 ぼそり、とせつ菜が呟く。

 

「スクールアイドルは今回の象徴的な存在だから、思いっきりフィーチャーしたいんです!」

「ニジガクの敏腕プロデューサーの天王寺湊さん、隠れファンの多い高咲侑さんの様子もチェックしておきたいな」

「お二人のことなら、かすみんがよーく分かってるので、いっぱい教えちゃいますよ!」

「ワタシも! ミナトとユウのこと、全部言ウ!」

 

 君らは自分の宣伝しようね。

 

「神出鬼没の謎アイドル、優木せつ菜ちゃんの正体にも迫っちゃいたいなー、なんて!」

「それだけは絶対に駄目です!」

 

 ぶんぶんと首を横に振り、せつ菜は叫んだ。

 

 

 

 

 映研部が去って行ったあと、僕らは外に出た。

 さあ練習だと意気込み始めたところで、Alpheccaの二人が袖をくいくいと引っ張ってきた。

 

「ショータイって、どゆコト?」

「さっきの子たち、せつ菜の正体がどうのこうのって」

 

 あれ、知らなかったっけ。同好会の中では共通認識だったから、彼女たちも知ってるものかと。

 

「実は、虹ヶ咲の生徒会長は、私……なんです」

「セツナっテ、カイチョーだったノ!?」

「びっくり珍百景」

 

 おずおずとせつ菜が手を挙げると、二人とも大きくのけ反ってリアクションした。

 

「そういえば言ってなかったか。本名は中川菜々。ほら、眼鏡で三つ編みの……見たことない?」

「菜々ちゃんの姿で部室に来ること、あんまりなかったから分かんないよね」

 

 生徒会で決まったことがあれば、せつ菜モードで伝えてくるから、最近はほとんど菜々の姿を見かけない。

 僕や侑は生徒会室に用事があるからちょいちょい目にするけど、他のメンバーはそういうのもないし。

 

「ニジガク七不思議の一つが解けた」

「七不思議?」

「ユウキセツナは一体何者なのかって、学校内でも話題になってる」

「へえ、せっつーって七不思議の一つだったんだね。菜々だけにっ」

「あはははははっ」

 

 生きている生徒が学校の不思議になるなんて、そうそうないことだよなあ。と言いつつ、僕もその噂は知っている。

 

「雰囲気が全然違うから、気づく人は少ないんだよね。自力で気づいた人はここに二人いるけど」

 

 歩夢が僕と果林を見る。もうだいぶ昔のことに思えるなあ。懐かしい懐かしい。

 このことは、生徒会長の近くにいて、せつ菜のファンである副会長ですら知らない。むしろ近すぎるから分からないのか。

 

「噂を放っておくと、どんどん大きくなっていくよ。さてさてその正体は超能力者か異世界人か未来人か、はたまた宇宙人か……みたいなね。果林はどう思う?」

「宇宙人に一票ね」

「僕は異世界人だと思うかな」

「もう、からかわないでくださいっ」

 

 冗談を言ってると、せつ菜がぽかぽかと叩いてくる。IQ低い攻撃をしてくるあたり、気恥ずかしいらしい。

 

「そういう噂が流れているのは知っています。私自身ミステリアスなのもいいなと思っていましたし、今さら夢を壊すようなことはできません。それに……生徒会長とスクールアイドルって、全然違うものですから。どちらも大好きでやりたい私としては、このままのほうがいいと思うんです」

 

 本人がそれでいいと言うなら、これ以上口を挟むことはない。

 優木せつ菜という偽名を使っているのは、家が厳しくてアイドル活動も認められないだろうからという理由だ。ならば堂々と言えるはずもなく、僕らも隠すのに必死なのだ。

 SNSや動画のコメントなどでもたびたび彼女の正体についての質問が来るが、黙殺している。

 

「まあ、僕らもバラす気はないよ。口が軽いのはいるけど」

「ダ、誰にモ言わないデス!」

 

 冷や汗をかきながら敬礼するロッティに、せつ菜は詰め寄る。

 彼女については、僕のことをバラした前科があるから必死になるのもわかる。

 

「ほんとのほんとのほんとにお願いしますからね!」

「大丈夫。わたしが後で記憶を消しておくから」

「そんナこと、ディアできないデショ!」

「ほら忘れてる」

「エ、怖……」

「それって冗談……だよね?」

 

 歩夢の疑問に、ディアはにっこりと笑顔で返した。

 

 

 

 

 スクールアイドルフェスティバルが待ち構えていようとも、毎日の授業がなくなるわけでもなく、平日の日中はいつもと変わらない学校生活が続いている。

 そう考えると、準備に関しては僕ももっと深くまで関わる必要があるんじゃないのか。侑はまだまだ音楽科についていくのに精一杯だそうだし。せつ菜も生徒会長として文化祭の仕事がたくさんあるらしい。

 ある程度みんなが手伝ってくれてるとはいえ、限度があるだろう。予算の話や他校との打ち合わせなどは、あまりアイドルたちに任せられるものじゃないし。

 

 帰りのホームルームが終わり、どこから手をつけようかと悩んでいると、ミアがとんとんと背中を叩いてきた。

 

「湊、はんぺんがどこにいるか知らない?」

 

 彼女はすっかりこのクラスに馴染んでいた。素っ気ないところは変わらないが、話しかければある程度返してくれる。

 最初怖気づいていたクラスメイトも、十四歳であるミアを可愛がることが増えてきている。

 あまり群れるのが好みでない彼女は、ふいと避けようとすることが多いが、このクラスはノリのいい人たちが多いから、いまいち逃げきれない状況もある。

 

「この学校、やたらと広いから探すのに苦労するよ」

「都内有数のマンモス校……生徒数が多い学校だからね」

 

 話しながら、ミアの手に、先に魚がついた小さな釣り竿のようなものが握られているのに気が付いた。

 

「それ、はんぺん用? 遊びたいの?」

「構ってあげてるんだよ。なんだよ、そのにやけ顔は」

 

 いやあ、別にぃ?

 年相応らしい可愛いところあるんだなって。これ言ったらますます不機嫌になりそうだから黙っておくけど。

 

「この時間なら、愛と璃奈がお世話してるはず。一緒に行こうか」

「あい、りな……スクールアイドル?」

「そうだよ」

 

 ミアを引き連れて、廊下へ出る。

 教室があるこの棟も、お祭りの準備で賑やかだ。

 凝った装飾や看板が次々と出来上がっていて、もうすぐ始まるという実感が湧いてくる。

 

「その、さ。スクールアイドルの動画、ボクも見てみたよ、色々と」

 

 外に出たあたりで、ミアは口を開いた。

 

「まあ言うほど悪くはなかった。色んなジャンルの音楽も聞けたし、面白い……とは思う」

 

 興味がない、と言っていた時から大きな進歩だ。

 スクールアイドル同好会として、そしてスクールアイドル好きとしては嬉しい。

 

「君もやってみる?」

「……やらないよ」

 

 なんだ。ミアもスクールアイドルの素質は十分だと思ったのに。しかし、本人にその気がないなら仕方ない。

 同じ音楽の道を進む者として、彼女の作曲環境や姿勢は気になるから、共同で曲を作るとかさせてもらえないだろうか。

 

「ボクには、出来ない」

 

 ぼそり、と彼女は呟いた。風に消えてしまいそうな声だけど、僕の耳ははっきりと拾った。

 

「……それって──」

「お、みーくん、ミアち」

 

 校舎の陰で、愛がハンディカメラを構えていた。練習着ではあるものの、隣にいる璃奈も含めて一切汗をかいていないところを見るに、着替えてから即ここに来たようだ。

 予想通り、はんぺんもここにいた。璃奈に撫でられて、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。

 

「ミアち?」

 

 それが自分のことを指してると知り、ミアはむすっとした表情になった。

 

「ボクのほうが先輩だって言っただろ。なにそのカメラ。やめてよ」

 

 ミアはねこじゃらしでカメラを指した。同好会(うち)にあるやつだ。

 

「メイキングの撮影?」

「あったりー」

「なのに、璃奈とはんぺんが戯れてるのを映してるの?」

「可愛いでしょ?」

「それはそう」

 

 それはそうなんだよ、マジで。

 璃奈とはんぺんの映像とか需要しかない。もうメイキング映像全編それだけでいいんじゃないか。

 

 回り込んで、愛が持っているカメラをのぞき込む。液晶モニターには、しっかり二人と一匹が画角に収まっている。

 じっと見てくる璃奈に、ミアが視線を返した。

 

「……なんだよ」

「私、一年の天王寺璃奈」

「テンノウジ?」

 

 ミアは怪訝な顔のまま、僕を見た。

 

「僕の妹」

「ふーん。ボクは三年のミア・テイラー」

「知ってる。最近、新曲の動画たくさん上げてるよね」

「そうなの?」

「うん。凄い再生数」

「当然の結果さ」

 

 ミアは胸をそらす。

 彼女は自身の動画チャンネルで自作の曲をアップしており、そのどれもが普通の学生とは一線を画したクオリティのものだ。

 経験ならそれなりだと自負してる僕も、正直勝てないと思った。それほど彼女の作る曲は綺麗だった。

 

「はんぺんと遊びに来たの?」

「悪い?」

「悪くない」

 

 即答して、璃奈ははんぺんをミアに近づけた。

 はんぺんは不思議そうに見上げて、少し首を引っ込めた。

 

「まずは、自分の匂いを嗅がせるの」

 

 璃奈ははんぺんの鼻に、ゆっくりと自分の人差し指を近づけた。すると、はんぺんはくんくんと鼻を動かし、それをぺろぺろと舐める。

 猫は、目があまり良くない。その代わりに嗅覚が発達していて、こうやって近づけられたものの害のあるなしを判断しているのだ。

 だから仲良くなろうとして急に触ったりするのは、逆効果なのである。

 

 ミアは同じように、自分の指をそっと立てる。最初は警戒していたはんぺんだったが、やがて自分から顔を寄せていった。これで、ミアもはんぺんに認められた。

 よしよし、と璃奈は顎の下を撫でる。はんぺんは目を細めて、なすがままになっていた。

 

「ここ、撫でると喜ぶよ」

「ふーん」

 

 興味ないふりをしつつも、はんぺんを触るミアの顔は少し緩んでいた。

 

 

 

 

 そういえば、と僕は思い返す。

 テイラー家が音楽家として有名なのは、作曲家としての一面だけではない。むしろもう一つのほうがメインだ。

 歌手。特に父親は世界中から引っ張りだこのテノール歌手。姉は日本でも名の知れたポップシンガー。

 音楽科じゃなくても、その人たちの歌は聞いたことがあるはずだ。

 

 しかし、ミアが歌ったところは見たことがない。様々な種類の曲を上げているものの、全てがインストゥルメンタル。

 それは別になんらおかしいことではない。彼女が歌わない方針なのであれば、不思議でもなんでもない。僕だって自分で歌うことはせず、人に歌わせるために曲を作っているのだから。

 しかし、どうにも彼女の一言が気になった。

 

『ボクには、出来ない』

 

 出来ない、と言ったのだ。

 やらないというよりも、僕はそっちのほうが本音に聞こえた。

 なにかしら、問題があるのだろうか。歌えない理由が。

 

 ランジュといいミアといい、心の底に何か良くないものが溜まっている気がする。

 

「天王寺さん、大丈夫ですか?」

 

 部室棟に入る直前で、声をかけられた。三船さんだ

 

「大丈夫、とは?」

「難しい顔をしていましたから」

「ああ、平気平気。ちょっと気になることがあっただけだから」

「そう、ですか」

 

 いかんいかん。眉に力を込めてると、過保護なうちの同好会員がすっ飛んでくる。

 眉間を揉んでほぐしていると、三船さんが一枚の紙を胸に抱えているのに目がいった。

 

「どこかの部に用事?」

「はい。文化祭の書類なんですが、こけし同好会が一部記入していないところがありまして」

「こけし……大変だね、わざわざ部室棟まで」

「生徒のみなさんのためですから。天王寺さんは、今から部室へ?」

「そう。はんぺんの世話をしてたら遅くなっちゃってね」

「はんぺんさん、元気ですか?」

「元気も元気。最近じゃ、みんなおやつをあげたがるから、太らないか心配だよ」

「ふふ、愛されてますね」

 

 あのスリムな体形がデブっても、それはそれで可愛いに違いないだろうが……健康面では心配だ。などと世間話をしつつ、部室棟へ一緒に入る。

 

「前夜祭にもライブをするんですよね」

「総合演出担当の演劇部部長から、直々にお願いされてね。フェスティバルと合同開催なら、最初もスクールアイドルがやるべきだろうって」

 

 やらせてくれるなら、もちろん断る理由はない。僕は二つ返事で答えた。

 今のところまだ、誰が前夜祭のステージに立つかは決めていない。誰か一人を選んでもいいが、せっかくのお祭りなのだから複数人で賑やかしたい。

 QU4RTZかDiverDivaのどちらかというのを検討中だが、フェスティバルの始めとなると、もう少しエンターテインメント感が欲しい。

 例えば……

 

「このくらいなんでもありません! 今の私は、すっごく気合が入っているんですよ!」

 

 浮かんだ声が、そのまま耳に入ってきた。

 

「せつ菜さんの声……」

 

 半開きになっているスクールアイドル同好会の扉から、せつ菜の大きな声が響いている。

 

「せつ菜と菜々、二つの大好きを持っていますが、私は結局一人なわけで」

 

 あ、まずい。

 

「三船さん、あっちから行かない?」

「こけし同好会の部室へは、こちらが近道ですよ」

「あっちのほうが近い気がするけどなぁー」

「ついでに、部室の扉が開いていることを注意しておきましょう」

 

 この優等生め。

 幸い周りには誰もいないから、今まさにとんでもないことを言っているせつ菜の声は、僕らにしか聞こえていない。

 だけど、それすらも問題なわけで……

 

「二学期で会長の任期は終わりですし、スクールアイドルと生徒会長の職務を一緒にやれる機会なんて、もうないかもしれません。ですから、この行事を私の集大成にしたいんで──」

「なるほど。生徒会長は、優木せつ菜さんだったんですね」

 

 止める間もなく、三船さんは扉の中へ、そう言い放った。

 

 空気が固まるとはまさにこのことで、まるで部室の中だけ時間が止まったように、中にいたせつ菜、歩夢、しずくが唖然とした表情のまま動かなくなってしまった。

 唯一、彼女らの額から流れる冷や汗のみが、つぅーと肌を通る。

 

「な……ななななんのことでしょう? 私はえーと……菜々です! 中川菜々!」

「そ、そうだよ! 眼鏡してるし、どこからどうみても菜々ちゃんだってー!」

「せつ菜ならここにいますよ! せつ菜スカーレットストーム! ふう、今日もまた、世界を救ってしまいましたー!」

 

 あーあ。

 動き出したかと思えばこれである。

 確かに、せつ菜は眼鏡をかけた状態ではあるが、服は練習着、髪も三つ編みを解いている。

 つまり、『せつ菜っぽい中川さん』ではなく、『ただ眼鏡をかけたせつ菜』の状態だ。

 

 三船さんは微動だにせず、真っすぐにせつ菜を見る。数秒後にやっと首を動かして、僕へ視線を向けてきた。

 僕はふるふると首を横に振って、ため息をついた。

 前も思ったけど、歩夢もせつ菜も嘘が下手だ。しずくも、騙すならもっとこう、あるだろう。

 

 もう無理だ、と分かって、せつ菜は涙目になった。

 

「わ、悪気はなかったんです! ですから、このことはどうか内密に!」

「私たちからもお願いします」

「安心してください。誰にも言うつもりはないですよ」

 

 がばっと頭を下げたしずくたちだったが、三船さんの返答はあっさりしていた。

 

「私は、会長が学園のためにたくさん貢献されてきたことも、せつ菜さんがスクールアイドルとして人気を獲得したことも知っています。どちらにも適性があって、みなさんを幸せにできている。その邪魔をする理由など、ありません」

「あ、ありがとうございます!」

 

 せつ菜のことを知っても応援してくれるようだ。歩夢としずくも胸をなでおろし、安堵のため息をつく。

 

 三船さん、僕が思っているよりもスクールアイドルを肯定的に見てくれているみたいだ。QU4RTZのライブにも足を運んでくれたし、DiverDivaのもオンラインで見てくれたそうだし。

 幼馴染のランジュがやっているから、とか、ファンだからというよりはもっと何か重いものを感じるけど。

 何か彼女の中に、単なる興味で収まらないものがあるように見える。でなければ、文化祭とスクールアイドルフェスティバルの合同開催を提案しない、というのは僕の思い込みすぎだろうか。

 

 彼女を窺っても、表情からは何も掴めなかった。

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