「そうですか。わかりました。ありがとうございます」
部室。
せつ菜と三船さんに期待の目を向けられている僕は、電話を切ってがっくりと肩を下ろした。
「どうでした?」
「駄目だった。やっぱり直前だとどこも無理みたいだね」
「そう、ですよね……」
三人で、はあと深いため息をつく。
「ど、どうしたんですか? 緊急って言われたので来ましたけど……」
「まずいことが起きた」
着替えるのも待ってもらって集まってもらったみんなに向き直る。
スクールアイドルフェスティバルまであと一週間。ここに来て、とんでもないことが起こってしまった。
僕は説明を始めた。
ざっくり言うと、キャパオーバーだ。
第二回スクールアイドルフェスティバルに参加したいという学校が、ここに来て急に増えたのだ。
「みなさんのユニットや、ランジュのライブが話題になっていたのは、もちろん把握していたのですが」
「締め切り直前に参加の応募が殺到してしまって、全てを行うのは不可能な状況です」
三船さんとせつ菜がそれぞれ補足説明する。
「文化祭と合同というのが裏目に出てしまいましたね……」
「いや、フェスティバルだけだったとしても、虹ヶ咲じゃどうにもならない数だ」
「そんナに多いノ?」
「はい。予想を大きく上回っています。参加者を抽選で選び直すという方法も考えられますが」
「誰かが落ちちゃうなんてイヤだよ」
愛の言う通り、せっかく参加したいと言ってくれたのに、ノーを突きつけるなんて出来ない。その人たちには何の落ち度もない。
「こんな話してたら、せつ菜先輩の正体バレちゃうんじゃ……」
「もうバレちゃったんだ」
「えっ、そうなの!?」
こっそりと話していたかすみが驚き、しずくが苦笑する。
そんなことよりも……
「それはともかく、校内が無理なら、前のフェスティバルみたいに外のステージを借りたら?」
「それだよ、果林ちゃん!」
「当たってはみましたが、急だったのでどこも無理でした」
これに関しては、先ほど確認した。
ここから遠いところとかは空いてるけど、あまりにも距離がありすぎる。学校とそこを行ったり来たりさせるのは、こちらにとってもお客さんにとっても良くない。
今のところ、場所も時間も、全てのスクールアイドルが満足するには足りなすぎる。
もろもろの事情を生徒会に伝えるために去っていったせつ菜を見送り、僕たちは暗い雰囲気のまま取り残された。
「どうなるのかな」
かすみがぽつりと呟く。
奇跡が起きてどうにかなれば、このまま開催可能になる。
でも現実はそう甘くない。何度も何度も考えて、それでもどうしようもなかったのだ。
もし、校内の全てをスクールアイドルフェスティバルのために使えるなら、話は別だ。
だけどそれは許されてはいけない。当然だろう。文化祭は虹ヶ咲の生徒みんなでやる行事だ。他のクラスや部が使おうとしている場所を使わせてくれ、なんてわがままは言えない。
たぶんせつ菜は、生徒会長として、文化祭のほうを優先するだろう。このままだとフェスティバルは白紙になる。
その選択を責めることはできない。むしろそれが当たり前だ。
そんな状況だと分かっているからこそ、みんな俯いている。
悪い雰囲気が部室の中に充満していた。楽しみにしていたことがなくなるかもしれないと突き落とされたショックは、なによりもでかい。
ここで終わりか…………なんて、僕は一切思ってなかった。
「どうしましょう」
「どうにかするしかない」
僕と侑は、同時に目を見合わせた。
気持ちは、第一回の、あの雨が降った時と同じ。こんなところで終わらせてたまるか、だ。
早速、示し合わせたようにスマホを取り出して、それぞれとある人物たちに電話をかける。
まだまだ、絶望に伏してしまうのは早い。
△
時間は過ぎ、もう生徒会の話し合いは終了したはずだ。
どうなったか聞くために生徒会室に足を運んだが、いたのは副会長だけ。中川会長は、どこかへ行ってしまったらしい。本人に連絡を取ろうとしても、返事は返ってこない。
思いつめてないといいけど……僕たちはとりあえず、校内を探していく。こんな時、広い学校というのが鬱陶しかった。
せつ菜が行きそうなところ、というのはあまり思いつかない。けど、行かなそうなところは分かる。こういう時……どうしようもない時、人がいる場所は避けるだろう。文化祭の準備で賑やかになっている学校の敷地内では、そんなところはほとんどないと言っていい。
おかげで、探し始めてからニ十分も経たないくらいで彼女を見つけた。
屋上。風が吹くここに、せつ菜は一人で心ここにあらずといった調子で空を眺めていた。
見つけた歩夢としずくが一番に駆け寄る。
「せつ菜ちゃん」
「みんな探してたんですよ」
声に振り向き、すみませんと頭を下げるせつ菜は明らかに元気がなかった。
「それで、どうなったの?」
「フェスティバルは延期になると思います。前回以上の規模になることもわかったので、次はいつ開催できるのかもわかりません」
今にも泣きそうなのを必死で抑えて、せつ菜は続ける。
「参加を表明してくれたスクールアイドルやファンのみなさんには、今日中にお詫びの挨拶に行きます。ランジュさんにも謝らないといけませんね。納得はしてもらえないかもしれませんが、生徒会長として誠意をもって……」
「湊先輩の言う通りになりましたね」
「え……?」
しずくは呆れ気味に苦笑した。
「セツナは生徒会長として、文化祭を優先させるって」
「それは……当然でしょう」
たとえ生徒会長が他の誰だったとしても、その選択をしただろう。そうせざるを得ないのだ。
しかし、スクールアイドル同好会でもあるせつ菜は、みんなの努力を知ってるからこそ、どうにかしなければという気持ちを背負っている。
「せつ菜ちゃん。こうなったのは、せつ菜ちゃんのせいじゃないよ」
「そうです。私たちの見通しが甘かったのもありますから」
「それは……」
「理屈はなんとなくわかるけど、自分は例外かもしれないって顔してます。前の湊先輩みたいですよ」
前のしずくだって、同じ顔してただろうて。
ぴしゃりと言い放った言葉は、せつ菜に刺さったようで、苦い顔をされた。
「悪いところだけそっくり。ね、湊さん」
「耳が痛い」
たった一人で何もかも抱え込んで、どうしようもないと勝手に諦めて……僕は酷い先輩だった。
その悪い系譜は、真面目なせつ菜に受け継がれてしまった。
「でも、もうあらゆることを考えたんです。方法なんて……」
「それハわからないヨ!」
ロッティが声を張り上げる。
「だっテ、ワタシたちはマダなにも考えテないもン!」
「そんな自信満々に言うことじゃ……」
だけど、ロッティの言う通り。案は出尽くしていない。
「せつ菜、スクールアイドルフェスティバルに関わっているのは君だけじゃない」
「そうですよ! 部長であるかすみんに黙って、勝手にやめるなんて決めないでください!」
「かすみちゃんの言う通りだよ。中止するなら、みんなの合意がないと」
熱意に押され、せつ菜の目に涙が浮かぶ。
誰にも重荷を背負わせたくない気持ちは痛いほど分かる。
真っすぐで、頑張り屋で、だからこそ人一倍責任を感じてしまうせつ菜は、生徒会長の鑑だ。
でも今くらいは、少しくらい人に押しつけてしまえばいい。ここには、同じものを背負う覚悟のある人間しかいない。
「だから一緒に、もう一度考えよう。一人じゃなくて、みんなで」
「そうですよ。諦めるのはまだ早すぎます」
「歩夢さん、しずくさん……」
ぎゅっと、二人はせつ菜の手を強引に取った。
僕らは一人じゃない。お互いに、信頼し合える仲間がいる。時には、その仲間に寄りかかってしまってもいいのだ。
いつも頑張ってくれているせつ菜は、特に。
「どんな結果でも、頭を下げることになっても、ついていくよ。一緒にいるって、約束したから」
僕が必要だと、彼女は言ってくれた。そしてもちろん、僕にも彼女が必要だ。優木せつ菜と中川菜々の両方とも。
その彼女が苦しんでいるというなら、誰からどれだけ怒られるとしても、退く理由にはならない。
せつ菜は二人の手を強く握った。
「力を……貸してください!」
△
翌日。
会議室を貸し切って、長机を四角の形に並べる。
普段であれば講義で使うような大きな部屋だ。そこには生徒会、三船さん、東雲、藤黄、Y.G.の代表者がそれぞれ座っている。
それだけでなく事前に参加表明をしてくれていた学校とも通話アプリで繋いで、話に参加できるようにした。
「急なお話ですみません」
せつ菜を説得する前、僕と侑で呼びかけたメンツは全員揃っていた。昨日の今日で来てくれたことに、感謝してもしきれない。
こちらの落ち度であるのに、誰も責めてこないのもありがたかった。
何か言われることを見越して僕が矢面に立とうか、と言ったが、せつ菜は拒否した。
これは学校全体の問題であるから、生徒会長が先頭に立たないといけない、ということらしい。もちろんここでは生徒会長の中川さんモードだ。
「謝らないでください」
「私たち全員の問題でしょ」
「そうそう。アタシがいなきゃ始まらないものね」
ランジュはふふん、と胸を逸らすと、僕に向かってウインクしてきた。
「アタシを呼ぶなんて、英断ね、湊」
「すっごい自信」
虹ヶ咲のスクールアイドルだが、僕たちとは所属を別にしているのだから、ちゃんとお呼びしないと不公平だろうと思ったのだ。
「オンラインでお集まりいただいたみなさんも、ありがとうございます。私たちなら、今の状況もきっと解決できるはずです」
この場にいる全員、フェスティバルのことをうちに任せっきりにせず、自分のことだと思っている。
これだけの人数がいれば、活路は見出せるはずだ。
…………
……………………
それから、二時間ほどが経過した。窓からの景色は、もう暗くなり始めていて、すっかり夜と言ってもいい。
「Give up. No idea……」
ジェニファーさんが机に突っ伏す。
意気込んだのは良かったが、やはりハマらない。
ステージが出来る時間も場所も限られていて、参加希望のグループは予想の三倍ほど。どれだけ詰め込んだとしても、スケジュールにはまらない。
各合間には準備や片付けの時間も必要と考えると、三倍よりももっと規模を大きくしなければならない。
つまり、無理だ。
「これじゃどう考えても虹ヶ咲でやるのは難しいよ」
「私たちの学校が代われれば良かったんですが……」
藤黄の二人も、はあとため息をこぼす。
「うちの学園も来週から文化祭ですが……そもそも、この中では虹ヶ咲が一番大きいですからね」
ラクシャータさんの言う通り、ここに集まってくれた学校の中では、虹ヶ咲がダントツで敷地面積が広い。そこで無理というのだから、別の高校で代わりに開催というのも出来ない話。
何か手があるかと思ったが、どうにもこうにもいかないようだ。
緊張感の途切れた、弛緩した空気が漂い始める。これだけの人数がいて、知恵を絞り合っても難しいなら……と重い空気が沈殿したところへ、ロッティが声を発した。
「Y.G.も来週からブンカサイ?」
「はい。20日ですね」
虹ヶ咲は22日だから、直前じゃないか。
「まあ文化祭って大体おんなじ時期にやるから、日程近くなるよね。ちなみに東雲と藤黄は?」
「東雲は18日です」
「藤黄は19日だよ」
「へえ、連続してるんだね。文化祭の時には男子も入れる?」
「ええ、文化祭や体育祭、他にも部の発表会の時なんかは、男女問わずに入れるようになってるよ」
「東雲も同じですね。湊さんも遊びに来ます?」
「こっちでの準備に追われてると思うよ」
「なぁーんだ。訊いてきたから、来てくれるかと思ったのに」
行けたら行きます。
「藤黄と東雲ではスクールアイドルのステージ、しないの?」
「ううん。今回はフェスティバルのために、ってやらないようにしたんだ。毎年場所と時間取ってやってるけど、今年はそこ余りそうなんだよね」
ディアの質問に、支倉さんが返す。
スケジュールで空いたところがあると、争奪戦になるか、そのままぽっかり空いたままになるか。東雲は後者のようだ。
虹ヶ咲みたいに部活動が盛んなところばかりじゃない。体育系は盛り上がってて、文化系はそれほどみたいなところもあるしね。
文化祭に行きたい行きたいと駄々をこねだしたAlpheccaをいなしつつ、ふと中川さんを見ると、宙を見ながら難しい顔をしていた。
「一つの学校でやるのではなく、複数の学校で複数日やるなら……」
ぼそり、と呟いた中川さんの言葉の意味をいち早く理解したのは、侑だった。
「複数? まさか……」
中川さんは、くるりと振り返ってホワイトボードにあることを書いていく。
18日、東雲。19日、藤黄。20日、YG。22日、虹ヶ咲。
「まだ足りないかもしれませんが、チャレンジしてみる価値はありますね。未参加の学校にも声をかけてみましょう」
「それってつまり……」
遅れて気づいた僕も、もしやと思って、逸る中川さんへ確認のために視線を送る。彼女はにっと笑って、頷いた。
「ええ。虹ヶ咲だけでなく、他の高校でも、スクールアイドルフェスティバルを合同開催するんです!」
高らかに宣言した中川さんに、みんなが驚きの声を上げる。
「今からですか? もう一週間切ってるんですよ?」
「動いてみなきゃわからないよ」
「自分の学校でやったほうが、自分たちらしいライブができるかも。Yes!」
「うん、そのほうが面白くなりそう!」
綾小路さんは冷や汗を垂らしたが、他の代表者は乗り気になっていた。それだけじゃなく、先ほどまでの停滞していた空気が嘘のように、確認事項や必要行動が次々出される。
「僕は21日に文化祭があるところがないか、探してみるよ」
「ランジュも手伝うわ。湊とアタシの名前を使えば、釣りやすくなるでしょ」
「ワタシたちも行く!」
「名前なら、わたしたちのほうが有名」
バチバチと火花を散らし始めたAlpheccaとランジュを宥めつつ、中川さんに向かって頷く。
霧散しかけていたフェスティバルと文化祭の合同開催が、現実味を帯びてきた。