天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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73 三船さん……の姉

「Y.G.国際もOK出ましたよ!」

「やったあ!」

「これでいけるかな」

「いえ、全部のライブと出し物をやるには、ギリギリ足りません。やはり、あと一校……」

 

 部室の目の前まで来たところで、そんな声が聞こえる。またしても部室の扉が開いていた。

 注意しないといけないが、それは後。

 

「朗報だよ」

 

 半開きの扉を開けて、僕はそう宣言するとともに、連れてきた女子二人を中に招き入れる。

 

「どなた?」

「ふふ、紫苑女学院の黒羽(くろばね)咲夜(さくや)と」

「黒羽……咲良(さくら)です」

 

 黒のブラウスに、紫のブレザーとスカートと、全体的に暗めな制服。

 最初に自己紹介をしたのは、黒羽咲夜さん。ウェーブのかかった銀髪。前髪は、眉の上でぱっつんに切り揃えられている。不敵な笑みを携えて、部室をざっと見まわす。

 

 次に声を発したのは、その妹の黒羽咲良さん。黒い長髪で、姉とは対照的に大人しい印象を受ける子だ。

 

 個性的な生徒が集う紫苑女学院のスクールアイドル部。そこに所属している二人だ。

 

「ショウ・ランジュから話は聞いた。内なる声に従い、今からフェスティバルに参加をするわ」

「ウチナルコエ?」

「しっ。見ちゃいけません」

 

 エマの教育に悪いので、目を塞ぐ。

 

「気にしないで。いつものことだから。紫苑の文化祭でも、ライブできるってことだから」

「ぜひ、お願いします!」

 

 必要なことだけ伝えてくれた黒羽咲良の言葉を聞いて、部室が活気づく。

 あと一個足りないというところに、ちょうどそれを埋めてくれる救世主が登場したのだ。

 連れてきた僕も改めて、頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

「いいのよ。全ては運命の輪に導かれるまま……」

「気にしないでって言ってる」

 

 こういうのって、逆じゃないのかなあ。妹がはっちゃけてて、姉がそれを諫めるみたいな。

 でも、姉がこうだから妹は反対に育ったと考えると、頷けるか。

 

 そんなことはともかく、早速打ち合わせを行う。

 話は滞りなく進み、ぽっかり空いていた21日が埋まる。後で精査してみないと決定とは言えないが、参加校全てがステージできるようにスケジュールを組めそうだ。少し時間が押しても余裕はありそうだから、特別ステージとかも出来そうだ。

 

 正式な内容は追って共有することにして、これから学校に戻る黒羽姉妹を見送った後で一息つく。

 これでやっと、文句なく開催できることが確定した。一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなるもんだな。

 ソファにもたれかかって休んでいると、せつ菜がお茶を淹れてくれた。

 

「湊さん、お疲れ様です」

「それはランジュたちに言ってあげて」

 

 そう言うと、彼女は首を傾げた。

 

「ほら、紫苑女って女子高だから僕は入れなくて……交渉してくれたのは、全部ランジュとディアとロッティなんだ」

「ランジュ、わたしたちよりも先に頭下げてた」

「カッコよかっタ!」

 

 乗り込んだランジュたちは、紫苑女のスクールアイドルを連れだしてくる前に、話を済ませておいてくれたらしい。

 黒羽姉妹が言うところによると、とても熱心にお願いしたそうだ。

 

「そのランジュさんは?」

「僕と彼女たちを引き合わせた後、どっか行ったよ。恥ずかしいのかなんなのか……」

 

 まるでそれが当然かのように、ランジュは必要なことだけをして去っていった。

 お礼も言いそびれてしまった。次会った時にはちゃんとありがとうって言わないと。

 

「とにかく、これでどうにかできそうですね」

「本番はこっからだよ。もう一週間もないんだから、準備に練習に大忙しだ」

「はい!」

 

 

 

 

 フェスティバルを楽しみにしていた生徒は、僕の予想よりも多かったようで、中止するかもという噂が払しょくされたいま、準備が大変だろうと手伝ってくれるボランティアの人が爆増した。

 参加校が増えたこともあって必要なものも多くなったが、どうにかなりそうだ。つくづく僕たちは周りに恵まれている。

 

「ふうん。つまり、五校による五日連続の合同文化祭のトリってわけだね」

「そういうこと。とは言っても、前夜祭を虹ヶ咲でやることには変わりないから、変更箇所はあまりないんだけどね」

 

 今、食堂の隅っこで演劇部の部長と打ち合わせ中。文化祭の前夜祭は、彼女率いる演劇部が演出担当となっており、その目玉となっているステージの確認だ。

 舞台をどういった趣きにするかなどはもうほとんど決まっていて、五校が交わることによってあと何が必要かを洗い出している。

 前夜祭の内容で変わるのは、生徒会長による開催宣言の文言くらいだろうか。

 

「ふふ」

「楽しそうですね、部長」

 

 隣に座るしずくが、部長を見る。

 

「湊が有名になってからは、こうやって向かい合って話をするのも難しくなったからね」

「君までやめてくれよ。本当は、僕だってこんな正体を晒すつもりなかったんだから」

「隠しておいたままにするにはかっこよすぎるよ、湊は」

 

 はいはい、と聞き流していると、しずくは僕と彼女の顔を見比べて、不思議そうな表情を浮かべた。

 

「ずーっと訊きたかったんですけど、湊先輩と部長とはどういったご関係なんですか?」

「友人」

「にしては、こう、距離が近いといいますか、名前で呼び合ってますし」

「名前で呼び合うくらいなら、君たちともやってるじゃないか」

「それに至るまで紆余曲折ありましたけど」

 

 で、どうなんですか? と、僕に訊いても満足できる回答は得られないと思ったのか、しずくは相手を変えた。

 すると、部長さんはニヒルに口の端を吊り上げると、こう言った。

 

「恋人」

「こっ!? こここここいびとって、あの恋愛関係で運命の赤い糸がラブラブランデブーの、あの恋人ですか!?」

「わあ、しずくのこんな焦ってるところ、初めて見た」

 

 僕も。これほど顔が真っ赤な人自体、見るの初めて。

 放っておいても面白いけど、勘違いが広まってしまう前にちゃんと言っておくか。

 

()だよ、恋人()

「や、役?」

「そう。僕がこいつの演技力向上のために、恋人役だった時期があるってだけ」

 

 役。ここ大事ね。

 

「だって、そういう役をゲットしたんだから、仕方ないでしょ。そんなこと頼める男友達が、湊くらいしかいなかったからね」

 

 相手役をゲットしたのも、女の子だったからなあ。

 

「そういうのって、恋の始まりとしてはベタな設定なのでは……」

「ないよ」

「本当にお付き合いされていたりとかは……」

「ないない。湊、面倒だし」

「僕も、こいつには懲りたよ」

「何があったんですか!?」

 

 期間にして、彼女がその役に受かってから劇が終わるまでの数か月。割り切った関係だったから面倒も勘違いもなかったけど、ああいうのはもういい。

 

「心配しなくても、湊とはただの友人だよ、しずく」

「し、心配なんてしてませんっ」

「まあまあ。私にとっては、しずくのほうが羨ましいよ。湊の本当のこと、恋人だった時は言ってくれなかった」

「恋人()ね」

「友人としても、聞いたことなかった」

 

 ぷいと頬を膨らませたしずくを宥めると同時、彼女は僕をじっと見つめてきた。

 僕が小さい時のこと、親のこと、そして今。彼女には約束した通り全てを話した。とてもびっくりして絶句していたけれど、それ以上深く訊いてくることもなく、今まで通りに接してくれている。

 彼女には、これまでも話すタイミングはいくらでもあったが……

 

「あんな話されても困っただろ」

「そうかも。でも湊のためなら、話を聞くくらいは出来たよ」

 

 彼女の観察眼は鋭い。何度も僕を心配してくれたことがあった。

 つらい思い出がフラッシュバックしてしまった時も、璃奈が楽しい高校生活を送れているか気になってた時も、スクールアイドル同好会でいざこざがあった時も。

 

「嫉妬しちゃうなあ。私のほうが付き合いは長いのに」

「璃奈のほうが長い」

「璃奈ちゃんは反則でしょ」

 

 むむむ、とむくれたまま、しずくは部長を睨む。

 

「やっぱり、仲いいですね」

「一年の時からの付き合いだからね」

 

 ふふん、と彼女は得意げに笑った。

 

「毎年、校内だけで発表する一年生だけでやる演劇があるでしょ? 先輩の度肝を抜いてやろうと、何から何までクオリティの高いものを作ってやろうとしたの。で、音楽については、湊に白羽の矢が当たったってわけ」

「湊先輩に? でも演劇部にも音楽科の人はいますよね?」

「その音楽科の子が、湊を推薦したんだ。凄いやつがいるってね」

「それがきっかけで、まあなんやかんやあって、今に至るってわけ」

「そのなんやかんやも聞きたいです」

 

 身を乗り出してきたしずくの顔に、机に広げていたノートを突きつけた。

 

「そんなことより、今日は早くこれを決めてしまわないと」

 

 最後の最後、まだ決まっていないことがある。誰が前夜祭のステージに立つか、ということだ。

 せっかく広い舞台を用意してもらったのだから、四人ユニットのQU4RTZにやってもらうか、話題性を考えてAlpheccaか、DiverDivaに動き回ってもらうのもいい。

 だが前夜祭……お祭りの始まりであることを考えると、どのユニットもいまいち何かが欠けているような気がする。

 

「あの、それ、私たちにやらせていただけませんか?」

 

 ぱっと、しずくは手を挙げた。

 

「私とせつ菜さんと歩夢さんのユニットのお披露目を、ここでやりたいです」

 

 後楽園で話をしていた三人のユニット。

 歩夢とせつ菜も賛成したことにより、めでたく結成のはこびとなっていた。

 合同文化祭の最終日、虹ヶ咲のステージで初お披露目の予定だったが……

 

「私は良いと思うよ」

 

 僕も頷いた。確かに、彼女たちならぴったりだ。

 

「となると、曲もダンスも出来てるから……」

「私たちが仕上げないと、ですね」

 

 その通り。あと数日で、人に見せられるものに出来るかは彼女たち次第。

 

「じゃあ早速、侑さんにも確認しにいきましょう。賛成してくれるでしょうか」

「もちろん。きっと『トキメいちゃう!』とか言うよ」

 

 

 

 

「大賛成! 三人のユニットが見れるなんて、トキメいちゃう!」

 

 決定したことを部室に戻って伝えると、まず誰よりも早く侑が目をきらめかせた。

 ほら、と目配せすると、くすくすとしずくが声を抑えて笑う。

 

「責任重大だなあ」

「大丈夫。歩夢ならきっとできるよ」

「むう。他人事だと思って……侑ちゃんも、曲作らなきゃいけないんでしょ? 終わったの?」

「う、まだ途中です……」

 

 しゅん、と侑はうなだれる。今回の目玉予定のラストステージでの新曲、侑が作曲担当なのだ。だけど行き詰まっているようで、いまだに完成していない。

 

「湊さんに手伝ってもらう?」

「ううん。こればっかりは、私がやらないと意味ないからさ」

 

 うんうん。

 今回の彼女の作曲には、僕はほとんど口出ししていない。侑が望んだことだ。せっかくなら、自分の想いを書きあげきってみせたい、と。

 だから、僕が口にするのは曲作りにおける基本的なアドバイスくらいに留めている。テーマも曲調も、全部まかせっきりだ。

 

 前夜祭と新曲作成に向けて、四人が気合を入れなおしていると、とんとんと部室のドアがノックされた。一番近くにいた侑が開けると、そこにはスーツ姿の女性が……

 

「やっほー、高咲さん」

「あ、三船先生、こんにちは」

 

 !!?

 

「私のクラスに教育実習に来た先生だよ。三船薫子(かおるこ)先生」

「よろしくね。他の学校と連携して文化祭やるなんて、驚いたよ」

「生徒会長の案なんですけどね。でもみんな協力してくれて、なんとかできそうです」

「いい仲間がいるんだね、高咲さん」

「はいっ」

 

 端正な顔、赤いメッシュの入った黒の長髪。にこりと笑う口元からは八重歯が覗く。

 スカートスーツを着たその女性の突然の来訪に呼吸を忘れていた僕は、ようやく喉から声を絞り出した。

 

「三船……薫子さん?」

「栞子がお世話になってるみたいだね、天王寺くん」

 

 本物。本物の三船薫子さんだ。

 本当に本物なのか? そもそも本物ってなんだ? この世界が本物だってどう証明するんだ?

 

「固まってる」

「湊さんがこんなになるのなんて、珍しいね」

「お姉さんの魅力にあてられちゃったかな?」

「はっ!」

「あ、生き返った」

 

 あまりの衝撃に、思考の渦に囚われてしまうところだった。

 

「僕のこと……知ってるんですか?」

「そりゃあね。ニジガクの生徒の中で、今や君が一番有名なんじゃないかな。教師として知っておかないと。天王寺くんも、私のこと知ってるみたいだね」

「それはもう! もちろん! ファンですから!」

 

 僕が声を大にしているのを見て、他は少しのけぞった。

 抑えられない興奮になんとか蓋をして、息を整える。

 

「三船先生は、昔スクールアイドルだったんだよ」

「え、そうなんですか!?」

「うんうん、懐かしいなあ。もう何年も前なのに、ファンでいてくれるなんて嬉しいよ」

 

 にこり、と屈託のない笑顔で返してくれる。あの時も綺麗な人だったけど、ますます磨きがかかっていた。

 

「あの、会えたらお礼を言おうと思ってたんです。あなたがきっかけで、音楽の道に進もうと決めたんです」

「じゃあ前に話してくれたスクールアイドルって……」

「うん。三船先生が、僕の原点」

 

 僕の中の音楽、そしてスクールアイドルへの情熱。それらの源は、ここにいる三船薫子さんだ。

 

「いやあ、そんなに言ってくれるなんて、栞子に自慢できちゃうなあ」

「やっぱり、三船栞子さんはあなたの妹なんですね」

「そ。栞子も私に似て可愛いでしょ。性格は全然違うんだけどね」

 

 確かに、一見するだけでも柔和に微笑む彼女と、あの大人しい三船さんとは全くの正反対だ。

 ロッティとディアのように、兄弟姉妹とはそういうものなのかも。

 

「ごめんね、邪魔しちゃった。スクールアイドルフェスティバル楽しみにしてるよ」

 

 にこやかな表情のまま手を振って、三船先生は去っていく。

 侑は毎日会えるのか、いいなあ。僕も二年生に混じって授業受けようかな。そんなことが頭の半分を占める。

 もう半分は、あの人が見ているならますます下手なものは見せられないな、という見栄だった。

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