「天王寺さーん。ここでいいですかー?」
「うん。そこに貼り付けておいて」
「りょうかーい」
講堂に組みあがったステージの下から、全体を見つつ指示を出す。
指示通りに動いてくれる演劇部の子たちが、ステージを装飾してくれていた。総指揮者である部長は、当日のパフォーマンスのために猛練習中で来られないため、今は僕が見張っている。
といっても、自分たちで舞台を作ることに慣れている演劇部は、文句のつけようのない仕事をしてくれている。みるみる間に、コンセプト通りに仕上がっていく。
「湊さん」
演劇部の働きに感心していると、後ろから歩夢の声がかかる。ユニット練習をしていたはずだけど、他の二人は姿が見えない。
「ステージ見に来たの?」
「はい。部室で会議してたんですけど、誰もいなくなっちゃって。しずくちゃんは演劇部のほうに行っちゃって、せつ菜ちゃんも生徒会のほうへ」
「侑は?」
「侑ちゃんはまだ音楽室で唸ってますよ。曲ができなーいって」
僕も彼女もくすくすと笑う。侑からすれば笑いごとじゃないのだろうが、みんなを支えてくれていた侑が、みんなと同じように悩んで迷っているのがなんだか一緒に成長している感があって微笑ましい。
「じゃ、あとは衣装を着て、リハーサルするのを待つだけかな」
「はい。早く着てみたいです。ああいうのは、ちょっと恥ずかしいですけれど」
ああいうの。
今回の衣装は動物をモチーフとしており、一部ある種のコスプレとも呼べるようなもの。可愛いは可愛いが、今までの王道なアイドルらしいドレスとは全く趣が違うものだ。
つまり、まあ、普通の衣装ではない。ウサギの耳を模した被り物とか、通常のライブではそうそう見ないだろう。
「小さいころはそういうのいっぱいやってたんじゃないっけ、あゆぴょん」
「だ、誰から聞いたんですか!?」
それは一人しかいないじゃないか。歩夢もそれがわかって、いま音楽室で頑張っている幼馴染へふくれっ面を向ける。おこりんぼあゆぴょん。
僕がその様子に笑っていると、もう一人ホールの入口からこちらに早足で歩み寄ってくる影がいた。
「中川さん。視察かな?」
「それが半分と、もう半分はあなたに用事がありまして」
落ち着いて話はしているが、多少息は乱れている。練習後、生徒会に向かった後、急いでこちらに来たようだ。
用事ならスマホで済ませればいいのに、とも思ったがわざわざ面と向かって、声も若干潜めているとなると、緊急かつ周りには隠しておきたい事案だろうか。
近くに僕たち以外の人がいないことをもう一度確認して、彼女は折りたたまれた紙を渡してきた。
「先ほどからずっと考えていたことなんですが……当日はこういうのも盛り込もうと思っていまして。それで、早く伝えなきゃって思ったらいてもたってもいられなくなりまして……」
その言葉の通り、そこには一つのアイデアが書いてあって……
「これって……」
「せ……菜々ちゃん、いいの?」
歩夢が訊くのも無理はない。それほど、そこに書かれていたのは、中川菜々にとっても、優木せつ菜にとっても一大事なことだった。
しかし、彼女は全く、微塵も不安な顔は見せずに頷いた。
△
そして時は数日過ぎ、ようやく五校合同文化祭の前の日となった。
みんなの協力あって、準備は滞りなく終わり、後は時間が来るのを待つだけになった。
陽は落ちたが、生徒たちはほとんど校内に残っている。この後の文化祭オープニングを見るためだ。
三千人近くの生徒と全学科の先生たちがペンライトなり団扇なりを持って座っている景色は圧倒される。
その他にも他校の関係者や抽選で当たった人も、ここに来てくれている。
文化祭をやりまーすというような集まりのレベルじゃないが、それだけの人が手を貸してくれて、期待してくれているということだ。
一番後ろの一番上の機材席から眺めていると、現実味がなくてぼーっとしてしまう。
いけないいけないと自分の職務を思い出して、PC画面を操作。ここに来られない人のために、今回も第一回フェスティバルやDiver Divaと同じように生放送でお届け。
十万なんてとっくに越えて、虹ヶ咲内のどの動画や放送よりも多い視聴者が集まっていた。
僕らだけじゃなくて、参加校も大々的に宣伝してくれたし、Alpheccaの影響で海外からも続々接続されている。
「準備おっけーです」
「こっちも!」
「ちょっと待って……画面よし、音声も通ってる。いいよ、スタートして」
僕が親指を立てると、映研部の子はスイッチを押した。
スクリーンと画面の中で、同時に映像が流れる。
物を運んだり、装飾を作ったり、ペンキまみれになりながら楽しそうに絵を描いている生徒たちの姿が映し出される。その中には、スクールアイドルや侑に、僕の姿まであった。
〈今年の文化祭は、スクールアイドルフェスティバルとの合同。そして、五つの学校による連続開催という、これまでにない形で行われることとなりました〉
ぱ、と中川さんがカメラの正面に立っている画面に切り替わる。
〈虹ヶ咲学園生徒会長、中川菜々です。私自身、今回の出来事から、自分を支えてくれる人たちとの繋がりを、再認識することができました〉
頭もよく仕事も出来て人一倍責任感のある中川さんが、今回人を頼ることを選んでくれたのは、大きな成長だ。
生徒会も同好会も、仲間たちと一緒に活動していく場所だ。彼女のようにそれを改めて感じたのは、僕も、同好会のみんなも、そして他校の人たちもだ。
〈みなさんの大好きな気持ち、その全部が私を助けてくれて、それを感じて感謝するたびに、もう今の私は大好きを隠す必要はないんだって、気付くことが出来ました。だから今ここでみなさんに、生徒会長の私と一緒に、スクールアイドルの私も紹介しようと思います〉
え、とざわめきたつ会場の観客をよそに、画面の中の彼女は三つ編みにしていた髪をほどき、眼鏡を外す。そして、いつもの髪留めで、いつもの髪型に固定した。
そう。それはいつもの……
〈スクールアイドル同好会の優木せつ菜ですっ〉
「ええええええええっ!?」
会場が揺れるほどのどよめきが起きて、その振動がここにまで伝わってくる。生放送のコメントもとんでもない勢いで流れていき、誰が何を言ってるのか追えないほどだ。
前夜祭にやるようなサプライズじゃないけど、せつ菜はどうしてもやりたいと言っていた。理由は、彼女が言った通り、もう隠す必要がなくなったから。
もうご両親には話をしているらしく、驚かれて少し小言を言われたが、歓迎してくれたそうだ。
「ええとつまり、会長がせつ菜ちゃんで、会長が天王寺さんと……ということは、せつ菜ちゃんと天王寺さんは……」
ここにも、動揺している人が一人。副会長が口をパクパクさせて、震えた指で画面を差す。
「いわゆる、脳が破壊された状態」
「破壊しタのはミナト」
物騒な。僕は何もしてないぞ。などと思いながら、口角が上がる。こういう驚きの反応は、事情を知ってる身からすると面白いものだ。前から知っていたという優越感もちょっと感じられる。僕の身バレとかじゃなければ、大歓迎だ。
さてさて、まだまだやかましい外野たちは無視して、すぐさま次に移る。
ステージ上の照明を点け、カメラをそちらに向ける。その中央にいつの間にか立っていた演劇部部長へスポットライトが当たった。
マント付きのタキシードにハット、モノクルというマジシャン風の出で立ちの彼女は、その格好に違わず巧みに杖を振り回し、ぱっと掲げる。
それと同時にガスがぷしゅーっと噴き出て、どこからともなく三人のスクールアイドルが現れる。
今回の主役である歩夢にしずく、もちろん衝撃的なカミングアウトをしたせつ菜も、
「みんなー、お祭りが始まるよー!」
「まずは私たち三人が、みなさんを夢のようなステージにご招待します」
「たくさんの大好きが集まった私たちの夢の場所、楽しまないと損をしちゃいますよ」
ふりふりと、三人が客席へ手を振る。その手、そして足も、動物モチーフのもふもふした手足袋に包まれている。
衣装は、三人が共通して思っている『楽しませたい』という気持ちを汲んで、ピエロ風のものにした。近年ではホラーくらいでしか見ないけど、スクールアイドルが着ればこの通り、そんな怖い印象なんてどこかへ吹き飛ぶ。
その魅力を十全に振りまいて、びしっとポーズ。
「私たち、A・ZU・NAです!」
さあさあ、あっという間に現れ、あっという間に観客の心を掴んだA・ZU・NAの渾身の一曲が始まる。
せつ菜の熱くかっこいいソロから始まり、歩夢の可愛さいっぱいの振りでほんわかさせ、しずくの物語性のある静かなパートへ続く。
ワンコーラスごとに曲調を変えるこの曲は、全員の希望を極限まで盛り込んだ逸品だ。カオスになるかと危惧していたけれど、あの三人がちゃんと自分の中にあるスクールアイドル像を大切にして、しっかり表現してくれているから不思議とまとまっている。
A・ZU・NAのユニットコンセプトは『七変化』。めくるめく変わる色とりどりの世界を展開し、見る人を誘う。
そして最後には、それらは混ざり合って綺麗な旋律を生むのだ。
人は、趣味嗜好もやりたいこともバラバラで、完全に一致するなんてことはほとんどない。けれど、別にそれをひた隠しにする必要はない。
自分や誰かを楽しませることができるなら、こうやって混ぜてしまうのもまた一興。一緒に楽しめる仲間がいると、無茶なこともなんとかできてしまうものだ。
様々な人や文化が入り乱れる今回の合同文化祭、そのスタートを切るに、A・ZU・NA以上にふさわしいユニットはいないだろう。
「シズクー! メチャ良かっター!」
「アユム、可愛さの直流電流」
「せつ菜ちゃーーーん!!」
横がめっちゃうるさいし、副会長に至っては心配になるくらいぼろぼろと涙を流しているけど、拍手する気持ちには同意せざるを得ない。
ここからスタートする文化祭、その期待を大きくさせるような、楽しく派手なステージだった。
余韻に浸りたいところ……だけど、大事なことを忘れちゃいけない。
画面を、校舎を映すカメラに切り替える。それと同時に、校舎をスクリーンにして、プロジェクターで文字を映す。
『5校合同文化祭 第2回 School Idol Festival』。それは、万雷の拍手の中で始まった。