天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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75 閑話:A・ZU・NA

 前夜祭が終わったその後、着替えも終わって部室が使えるようになったと連絡を受けて、そちらに向かう。

 夜の学校は相変わらず不気味だけれど、先ほどのA・ZU・NAのライブが鮮明に残っているおかげか、怖いなどとは一切感じなかった。

 

 A・ZU・NAと侑以外のみんなは、先に合宿で使った施設に行ってもらってる。寝坊や遅刻をしないために、みんなでお泊り。

 今回は彼女たちの部屋に行かないようにしなければ。でないと、引きずり込まれそうな気がする。

 

 途中、せつ菜と合流した。中川さんではなく、制服姿のせつ菜だ。ほんの少しだけ生徒会室へ行っていたらしい。

 

「せつ菜、周りの反応はどうだった? 生徒会長が幻のスクールアイドルだってバラした反響は」

「あはは、それがもう友達から質問責めに遭いまして……特に副会長からの熱が凄くて……」

「A・ZU・NAのライブが終わった後、僕もめちゃめちゃ根掘り葉掘り聞かれたよ。泣きながら」

 

 ライブに感動したまま、肩をがっくんがっくん揺らされて問い詰められた。

 一体、生徒会長と、せつ菜とどういう関係なのかとか。どういう関係も何も、同好会のアイドルと作曲家ですが。

 

 優木せつ菜が正体をバラした事件は世間の関心を引いたようで、SNSのトレンド入りを果たしたところまでは確認した。

 おかげで、五校合同文化祭の存在を知った人もいて、当初の予定よりも来場者数は増える見込みとなった。せつ菜と中川さん様様だ。

 

「もう生徒会室に漫画やラノベを隠す必要もなくなったな」

「あはは、家の本棚に入りきるか心配ですけどね」

 

 そんなに貯蔵してんの。よく今までバレなかったね。僕が知ってるのは生徒会長机の中にあるだけだけど、そういえば毎週のように本もグッズも買ってるのだから収まるわけないのか。他にどこに収納してるんだか。

 

 そんなことはともかく、彼女の周りの変化は、学校の友達たちよりも家族のほうが大きいだろう。

 中川菜々=優木せつ菜ということを暴露する前、彼女はそのことを親に伝えた。もしも反対されるようなら、僕も説得に加わるつもりだった。

 結局は、拍子抜けするほど簡単に、あっけなくOKを貰ったんだけど。侑と一緒に書いた『いかに優木せつ菜が人を熱狂させ、感動させた素晴らしいスクールアイドルであるか』と題した五十枚の資料は無駄になってしまった。

 

 親に隠し事をするのは後ろめたさがあったに違いない。彼女の親もまた、聞く限りの人たちであれば、娘に我慢をさせていたことを心苦しく思ったに違いない。

 それがスタートラインだ。これからはだんだんと、家ではせつ菜が、僕らの前では中川さんが顔を出すことが多くなるだろう。それはきっと、たぶん良いことなのだと思う。

 正体不明のミステリアスなスクールアイドルという設定はなくなったけど、それを補って余りある魅力が彼女にはあるしね。

 

 部室の前まで来て、せつ菜はぴたりと足を止める。つられて僕も足を止めた。

 彼女が扉に手をかけるのを待つが、じっと動かない。しばらくして、声をかけようとしたところで、彼女は口を開いた。

 

「……私は……」

 

 せつ菜は深く息を吸って、吐いた後に僕を見上げた。

 

「少しは、あなたの隣にいていいようなアイドルになれたでしょうか」

 

 唇は震え、目を合わそうとして合わせず。とてもライブを大成功させたアイドルとは思えないほど、不安が表情いっぱいに表れていた。

 

 いくらここまでが上手くいったと言っても、その過程は順調だったとは言えない。

 特に同好会が一度解散した時は、彼女の熱く突っ走ってしまう癖が原因の一端であることは否定できない。

 文化祭とフェスティバルの合同開催が危ぶまれた時、その癖のせいでまた間違えてしまったと彼女は思っている。

 僕の手を払ってしまったこともまだ気にしてるようだ。僕はもうそんなことは一露も気にしてないんだけど……そう言っても納得はしてくれないだろう。

 だから──

 

「良いステージだった。君は素敵に成長してるよ、せつ菜」

 

 賞賛を送ると、せつ菜は嬉しそうにはにかんだ。

 そう。彼女にはこういう太陽のような晴れ渡る笑顔のほうが似合ってる。曇りに曇った俯き顔よりも、断然。

 

 さて、気を取り直したところで、部室の扉を開ける。

 

「あ、せつ菜ちゃん、湊さん」

 

 挨拶してくれたのは侑だ。歩夢としずくと一緒に机を囲んで、中央に置いたノートにペンを立てている。 

 鞄をソファに置いてその様子を見ていると、今まさに彼女がノートに書いた文字に目がいった。

 

「反省?」

 

 そこには『今回の反省点』と書かれていた。まだフェスティバル終わってもないのに。てか始まってもない。

 

「なんだかんだ、湊さんに頼っちゃったなって。せっかく楽にさせられると思ったのに」

「君が何でも出来たら、先輩(ぼく)の立つ瀬がないよ」

「でも、頼りきりなのは、やっぱり良くないですよね?」

 

 それは、まあ。僕もここにいられるのはもう半年もないわけだし。Alpheccaも次学期には帰ってるから、人手が半分くらいになってしまう。今のうちに全て任せておきたいところではあるが、しかし所属している限りは力になるのが筋だろう。

 

「まあまあそんなことはフェスティバルが終わった時にでも考えたらいいさ」

 

 手を伸ばしてノートを閉じる。

 

「湊先輩は、不安じゃないんですか?」

「全然」

 

 しずくの問いに、首を横に振りながらソファに座る。鞄からノートPCを取り出して、電源オン。寝る時間になるまでは、来ているコメントを出来るだけ多く読んでおきたい。

 そうしている間も、しずくたちが不思議そうにじっと見てくるのに気が付いた。

 

「どうして、そんなに言い切れるんですか?」

 

 またしても飛び出したしずくの疑問に、僕は思わず吹き出しそうになった。

 そうか、こういうのは本人たちにはわからないものなのか。

 フェスティバルの準備の大変なところをほとんどやってくれた侑。生徒会と掛け持ちしながらもなすべきことをやり遂げたせつ菜。スクールアイドルとしての練習も大変なのに、懸命にお互いを支え合ったみんな。

 これだけの人材がいて、何を恐れる必要があるのか。 

 

「もう、湊先輩、こっちは真剣なんですよ」

「悪かった悪かった。笑いそうになったのは謝るよ」

 

 なおもにやけてしまうのをなんとか抑えて、しずくに向き直る。

 

「いつか、君にも分かる時が来るよ」

 

 自覚するのか、それともしずくが先輩になった時か、必ずきっと僕の言葉を理解する時がやってくる。その時の楽しみを奪っておくのはやめておこう。

 

「うーん……」

 

 話が一段落ついたと思ったのに、はてなを浮かべるしずくの横で、歩夢も難しい顔をしていた。

 

「やっぱり、そっちとこっちで感じてる距離が違う、ような……」

 

 僕が首を傾げると、歩夢は続ける。

 

「湊さんは私たちをよく分かってるように言いますけど、私はまだ距離がある気がするなあって。あくまで私から見た湊さんとの距離ですけど」

「距離、ある?」

「ある気はするかな」

 

 侑に訊いても即答された。

 

「だって、エマさんや彼方さんとは添い寝して、果林さんには膝枕してあげたんでしょ? そういうの、私たちにはないもん」

 

 なくてええやろ。

 仲良くなるのは良い。スキンシップも、僕にとっては嬉しいことだ。こんなに可愛い女の子たちに触れてもらえるなんて、前世でどれだけの徳を積んだのか疑うレベル。

 だけど、君らが僕にべたべたすることで何のメリットがあるんだか。そんなことしなくても、心の距離を縮める方法なんていくらでもあるだろうに。

 

「そ、添い寝なんてしたんですか」

「そろそろルール決めて止めさせるべきかな。ルール1、僕に触れない、僕からも触れない」

「璃奈ちゃんとロッティちゃんとディアちゃんは守らなそう。思い浮かぶなあ、その姿」

「あとかすみさんも。私も守りませんよ」

 

 最初で躓いてしまった。確かに一年生は何かとタックルに近い勢いでやってくる。やめろと言ってなくなる習慣じゃなさそうだ。

 三年生も、三人ともむしろ対抗心燃やしてきそうだし。

 

「さ、先ほどから大胆なお話でついていけません……」

「だ、だよね」

 

 頬を赤くしてもじもじするせつ菜と歩夢。どうりでノリノリな侑としずくに混じらないで口を閉じていたわけだ。

 せつ菜はそういう話題に弱いのは知ってる。けど……

 

「幼馴染を押し倒した女の子が何か言ってるよ」

「歩夢は昔から私のこととなると豹変しちゃうから」

「思い浮かぶよ、その姿」

 

 こそりと侑に耳打ちすると、彼女はにやりと返してくる。

 昔から、ね。歩夢が嫉妬した数は、僕の思った数倍はありそうだ。数倍で済めばいいな。

 

「それはともかく、距離の話だっけ? だったら……例えば敬語をなくすとか」

「えっ」

 

 僕の提案に、歩夢が声を上げた。

 

「いやでも、上級生にタメ口なんて……」

「誰も気にしないよ。璃奈も愛も敬語使ってないし」

「ロッティちゃんとディアちゃんもだよね」

「こういうふうに、侑も敬語外してくるようになったし」

 

 一学期には敬語とタメ口半々くらいだったのが、今はタメ口九割くらい。そうなるにつれて間にあったぎこちなさは消えている。

 敬語を使うことで壁を感じてしまうのか、壁を感じて敬語を使ってしまうのか、どちらにせよその無駄なものを取っ払ってしまうには、敬語をなくすのが一助になるのではないだろうか。

 

「ラブライブに優勝したスクールアイドルグループに倣って、先輩後輩を禁止してるところもいっぱいありますよね」

「で、でも私たちはソロで……」

「ここまで一緒に活動してきて、ユニットまで組んでおいて何を今さら」

 

 エマも果林も彼方も、別にそんなこと気にはしないだろう。

 仲間でライバル。歳の上下はあるものの、関係としては対等なのだ。ですますが無くなったくらいで、先輩を軽んじているなんて思う人はいない。

 

「せつ菜ちゃんとしずくちゃんも一緒にするんだよね?」

「私は普段から気にせずに使えているので」

「私も誰にでも敬語なので、こっちのほうが楽なんです」

「二人ともずるいよぉ」

 

 しずくはいいとこのお嬢様っぽいし、せつ菜は後輩にも敬語だからなあ。もう染み付いているのだ。となると別に無理に変えさせる必要はない。

 期待した援護は得られず、むしろうずうずといった目で見られる歩夢。僕もタメ口で歩夢に話しかけられる新鮮さに胸が躍っていないと言えば嘘になる。

 四対一。この戦力差を覆すことはかなわず、歩夢は恥ずかしさ半分諦め半分の表情でファイティングポーズをとった。

 

「気楽に接してほしいって言ってた歩夢が身構えてるぞ」

「あはは、湊さんとおんなじ」

 

 そこから、歩夢が言葉を発するのに三十分かかった。

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