三日目も無事終わって、四日目の紫苑女の文化祭も危なげなくスタートして、危なげないまま午前が終わろうといていた。
お客さんも多いというのに、何のトラブルもないと逆に怖くなってくる。いやいや、そんなネガティブでどうする。備えはしてある。なら想像するのは楽しいことのほうがいい。
人手が薄くなってきた玄関ホールへ足を運ぶ。入場してきた人たちも各催しがやっているところへばらけているとはいえ、ここもまだまだ休憩したり、次はどこへ行こうかと悩んでる人がちらほらといる。
そんな中で、存在感のある女性を発見した。ランジュだ。
衣装を着て、ファンにサインを書いている。そのファンは感激してぺこぺこと何度も頭を下げた。キラキラした目で色紙を眺めながら去っていくその人へ、ランジュは笑顔で手を振り、見送る。
「ランジュ」
「あら、湊じゃない」
周りに人がいなくなったタイミングで声をかけると、にっこりと笑って返してくる。
「ステージ終わってだいぶ時間が経つけど、着替えないの?」
「来てくれた人に、ちゃんとランジュの姿を見てほしいもの」
パフォーマンスは終わったけど、スクールアイドルとしてのランジュの時間はまだ終わってないということか。
わざわざ来てくれたファンへ最大限のサービスをしてあげようとするあたり、彼女のプロ根性が見える。
「スクールアイドルフェスティバルのご感想は?」
「最高よ。こんなに楽しいお祭りは初めて」
ふふ、と余裕を崩さずに答えるランジュ。そこに、ほんの少し翳りが見えるのは、気のせいじゃないだろう。一度、心の底からの笑顔と落ち込んだ顔と困惑した顔を見たいまなら分かる。
あの時、一緒にスクールアイドル展に行ったとき、いやそれよりも前の彼女の家に行ったときから、何かに追われるようにして彼女は必死だったように思える。楽しいというのは嘘じゃないだろう。でも憂いもなく楽しめてはいない。
同じ同好会じゃなくても、僕らは同じくスクールアイドルを愛する者同士だ。それに、少なくとも僕は彼女のことを友人だと思っている。そんな友人が困っているなら、せめて話くらいは聞いておきたい。
「あ、ミア!」
口を開いたタイミングで、ランジュは僕の向こうへ手を振る。
振り返ると、なんと本当にミアがいた。璃奈、それにかすみとしずくに囲まれながら、毒々しい色のハンバーガーを食べている。
そういえば、学校の中でもよくハンバーガーを食べるミアを見る気がする。好物なのだろうか。今度、彼方とかすみと一緒に作って誘い出してやろうかな。
「ミアも来てたのね」
「来るつもりじゃなかったけど」
そっけなく返したミアは、睨むようにしてこちらを見た。
「湊、君の妹しつこいね」
やれやれ、、と彼女はため息をついた。その様子だと、だいぶ食い下がったようだ。
「そんなに誘ったの?」
「ぐいぐい」
「よし」
ぐっと親指を立てると、璃奈も同じ仕草をする。
スクールアイドルにほんの少し興味を持ち始めてきたミアに、生の姿を見せるのはいい起爆剤になる。そのまま沼にはまってくれ。
「妹に甘いんじゃないの」
「湊先輩は、そういう人だから」
出来た妹は褒めるのが普通だろうが。
そのミアは一年生に任せ、僕はランジュに向き直る。
「この後は紫苑女とうちの二年生の合同ライブがあるけど……」
「いえ。アナタたちのステージは、明日たっぷり見させてもらうわ」
「そうか。だったら明日を楽しみにしてくれ。僕も明日の君を楽しみにしてる」
そのまま別れるのはなんだか寂しく思い、踵を返した彼女へ声を投げる。
「ランジュ、改めてありがとう」
ぴたり、と彼女の足が止まった。
「文化祭の話し合いにも来てくれて、紫苑女との交渉もしてくれて、助かったよ」
別に、敵というわけじゃないけど、仲間というわけでもなかった彼女は、僕の呼びかけに応えてくれた。
一緒に問題に向かって悩み、解決のために動いた。いの一番に動く行動力と誠実さも持っている。
これまで何度も思ったけれど、そんな強力で素敵なライバルが現れたから、同好会も僕も闘志を燃やし、奮起した。
「君がいてくれてよかった」
「な、なによいきなり。アタシも出るんだもの。協力して当然よ」
「当然だったとしても、感謝してる」
正面からこういった言葉をぶつけられるのには慣れていないのか、少し顔を赤くしてそっぽを向く。
こんなふうに、ちゃんと高校生らしさを持っているところも彼女の魅力だ。
本当に惜しいな。彼女が同好会に入ってくれたら、もっといろんな一面が見られるだろうに。
△
ゴシックな衣装の先方とは違って、うちの二年生のそれは明るめだ。せつ菜のは赤が目を引くし、愛はオレンジ、歩夢はピンク。
始めは悪目立ちしてしまうんじゃないかと心配したが、リハーサルの時にそんな考えは吹き飛んだ。
黒や紫の中に、ワンポイントとして咲く三輪の花。彼女たちはそんなふうに自分たちを表現しきってみせた。ほんの少し、明るすぎるところはあったけれど。
「それじゃ、はいチーズ」
ライブが終わり、控室に戻ってきたみんなを迎えた後、記念に集合写真を撮って、すぐさまSNSにアップ。
「送って」
「はい」
黒羽咲良さんに、メッセージアプリ経由で写真を送信。彼女もすぐさまSNSに載せたようだ。こういうのは鮮度が大事。
「紫苑女は君の姉をはじめとして、なかなか、その……個性的な人が多いね」
ゴシック調を着こなす彼女たちは、その雰囲気に負けず劣らず独特な感性をお持ちの方が多い。
黒羽咲夜さんは重度の中二病だし、その他にも秩序に必要なのは力だと豪語する者もいる。この黒羽妹さんだって、ドールとお話できるらしい。
「変って言わないの?」
「言ってよければ」
「私もそう思ってる。なぜか、毎年そういうのが集まる」
紫苑女とはそういうところなのだろう。類は友を呼ぶって言うし。ということは、今ここにいる僕もその類に入っているのだろうか。
カテゴリとしては、普通の域を出てないつもりなんだけど。
「よし、次のステージまで時間あるし……みーくん、アタシたちと一緒に回ろっ」
Diver Divaはさぁ! そうやって腕を組んできてさぁ! 楽しんでるよね!? そんなユニットに育てた覚えはないんですけど!
「そうだ。展示室でうちの歴代スクールアイドルの写真を展示してるの。良かったら見ていって」
いいことを聞いた。アイドルたちを着替えさせて、僕らは早速そこへ向かう。
その部屋は、展示室の名の通り、様々な部の功績が飾られていた。
大会で結果を残した証であるトロフィー、生徒が作った生け花や陶器なども飾られている。
その一角では、紫苑女スクールアイドルの過去が収められていた。
まるで美術展みたく、写真や賞状がガラスケースに入れられていて、ちゃんと大事にされていた。
ふと、ある写真が目に留まった。
今の三船さんによく似た人が、三船さんをそのまま小さくしたような可愛らしい少女の頭に手を置いている。
「みんな、楽しんでる?」
その写真を眺めていると、いつの間にかやってきていた三船先生が声をかけてきた。
「あら、懐かしいわね」
元紫苑女の生徒でありスクールアイドルでもあった彼女は、並べられている写真を一瞥してそう言った。
「この人って、三船先生?」
「うん。で、こっちが妹の栞子」
やっぱり。高校生の三船先生と、当時まだ小学生くらいの三船さんか。
「可愛いでしょ。高校生になったら、絶対スクールアイドルやるんだって言ってたんだよ」
え、とみんなは反応する。
「私たちの代ってパッとしなくてさ。ラブライブも予選落ちだし、当時は栞子をがっかりさせちゃっただろうけど……でも、これは姉の勘なんだけど、あの子のやりたいって気持ちは変わってないと思うんだよね」
それを聞いて、二年生たちは顔を見合わせる。
今まで自分たちのために一緒に頑張ってくれていた三船さんもスクールアイドルへの夢を持っていると分かって、共感と嬉しさがこみ上げてきているのだろう。
「三船さんを勧誘しに行きましょう!」
「愛さんもさんせーい!」
言うや否や、止める間もなく彼女たちは展示室を後にしていった。残された僕はため息をつく。
「フェスティバル主催が、他校を走るなんて……」
「まあまあ、元気でいいじゃない」
「教師のセリフじゃありませんよ」
「まだ教育実習生だから」
なおさら注意しなければならないのでは。
「天王寺くんは行かないの?」
僕は頭を振った。
「ただ単純にスクールアイドルをやりたいなら、三船さんはもう言ってきてると思います。それをしないってことは……」
「たぶん、私のせい」
三船先生は、ほんの少し顔を俯かせた。
「さっき、栞子をがっかりさせちゃったって言ったでしょ? アイドル卒業の時もさ、いっぱい泣いちゃって……栞子には悪い面を見せちゃったなあ」
ラブライブで結果を残せず、この紫苑女で最後の卒業ライブをして、薫子さんたちは儚く散っていった。
予選を突破できるのは、東京でただ一校のみ。それ以外は涙を流すことになる。三船さんは、それを目にして……何を思ったのだろうか。
「でも私、時間を巻き戻せたとしてもスクールアイドルをやると思う。その理由は、君ならよくわかるでしょ?」
「はい」
僕も、もし三年生をやり直せても、同好会に入るのは変わらないはずだ。
他に素晴らしいことがあっても、こんなに楽しくて美しい世界を手放したくはない。忙しかったり、苦しいこともあるけれど、それだって後で笑い話になる。
こればっかりは、本人にしかわからないこと。経験した本人にしか分からないことなのだ。
「つらいこともたくさんあるけどさ、それでもやっぱり、栞子にはスクールアイドルやってほしいよ。昔はね、私の横で一緒に練習してたんだよ、あの子」
その時を思い出して、彼女はくすくすと笑う。
「楽しそうだったな」
夢を目指した果て。この姉妹はそれを見た。でもそこで感じたものは全く違うものだったはずだ。でなければ、三船先生が今ここで、こうして、こんな話をすることはない。
三船薫子のスクールアイドルとしての結末。それを三船さんが絶望として受け取ってしまったのなら、これほど悲しいことはない。そのせいで夢を諦めてしまったのなら、これほど寂しいことはない。
三船さんがそういう状況だと知って、『確かに夢を叶えられるのはほんの一握りだから、諦めたほうがいい』なんて冷めた意見を持つほど、僕は大人じゃない。
飛び出していった二年生たちと同じように、僕だって三船さんを迎え入れたい。個人のわがままとして、三船栞子がスクールアイドルをやっている姿を見せてほしい。
それを伝えるには、きっと僕らだけじゃ足りないのだろう。
だから──
「三船先生、お願いがあります」