三船さんをスクールアイドルに誘おうとした二年生たちの目論見は、僕が思った通り失敗したそうだ。
本人に直接訊いてみたところ、『自分の適性を活かせる生き方をする』と言われて、にべもなく断られたようだ。
「やるやらないは本人の自由よ」
みんな集められて、三船さんとの話を聞かされた後、沈黙を破ったのは果林だ。
「だけど、心を抑えつけてるなら話は別だ」
君だってそうだっただろう、とそっけない彼女に返す。
確かに彼女の言う通りだ。どうするかは三船さん次第。その三船さんが『やらない』と言っている以上、無理に引き入れることはない。
実際、向いてないと思って身を引くのは、賢い選択だと思う。三年間という矢の如く過ぎ去っていく時間を、無為に過ごす意味はない。
だけどそれは、全てを本心から言っているのであればの話だ。
「うん。なんだか、本当のことを言ってない気がした。本当にやりたくないならそれでいいよ。だけど、もしやりたいなら……このままじゃいけないと思う」
侑が賛同する。
人間というのはどうにも、素直になるより、嘘をついたり隠しごとをしたりすることが多い。
それはこのスクールアイドル同好会の面々もそうだし、僕だってそうだ。
「あなたたちって本当にお人好しね」
とか言って、焚きつけるためにわざと突き放したようなことを言ってきたくせに。
本当はスクールアイドルをやりたい、という気持ち、果林は痛いほど分かってるはずなのだから。
誰だって事情はある。素直になれない気持ちも、踏み出すのを躊躇う恐怖も、大なり小なり誰しもが持っている。
三船さんがそれらに縛られて、解き放たれたいと望むなら、それはきっと僕らがやるべきことなのだろう。
「もう一度だけ、私たちの思いを三船さんに伝えましょう!」
「まあ待て」
逸るせつ菜を押し留める。
「同じ話をしても、同じことになるだけだよ。ここは、三船さんを説得できる人に助けてもらおう」
△
今にも三船さんのところに飛び出してしまいそうなせつ菜を抑えたのは、同じことの繰り返しを防ぐことと、三船さんに話が出来る人を探すため、というのにもう一つ理由がある。
当然だけど、今はまだ文化祭中。僕らもその人も、今は文化祭を見回る立場としてゆっくりと話は出来ない。他のことにかまけてお祭りを失敗させちゃいました、なんてのは笑い話にもならない。
まずは、やることをやってから、である。
内容としては、学生のお祭りから大きく外れたところはない。
ゴシックな制服が目を引くが、その中身はみんな普通の子だ。
生徒たちはもちろん、先生も普通の人たち。黒羽咲良さんの言う通り、個性が強いのはスクールアイドル部に集結してしまっているようだ。
そのおかげで、紫苑女の文化祭実行委員会と共にスムーズに仕事をこなすことができ、大きなトラブルも起きなかった。
で、肝心の三船さんのことだが、二年生たちで遊びに誘ってもらった。
スタッフだって楽しむ権利はある、出し物がちゃんと楽しいかどうか確認する必要もあると言ったら、しぶしぶついてきてくれたそうだ。生真面目な彼女には、こういう理由が通用するのだ。
これで、逃げられるようなこともないだろう。いや、彼女が逃げるなんてことはしないだろうけど、念のため。
準備は整った。
日が傾きはじめ、校内に残る人もまばらになっていく。お祭りは終わり、片付けの時間だ。
もうここまで来ると、僕らの仕事はほとんどない。教室の見回りとか、貸出器具の返却などは紫苑女の管轄だ。
僕らは示し合わせて、とある場所へ集まっていく。
どでかいモニターが鎮座する、紫苑女のライブステージ。
スタッフの人たちにも、ここには立ち入らないように言ってある。
時間通り、二年生たちは三船さんたちを連れてきてくれて、僕も間に合った。
窓から差し込む夕陽に目を細めて、三船さんは壇上を見つめる。
「ここは……」
「ここが、三船さんの夢が始まった場所でしょ」
紫苑女のスクールアイドルが、定期ライブの時、そして卒業ライブで絶対使うステージ。何人ものスクールアイドルが見送られた伝統の場所。
薫子さんも例外ではなく、ここでスクールアイドル活動に終わりを告げた。
そして同時に、ここは三船さんが姉を見続け、憧れ、スクールアイドルに夢見た場所でもある。
そこを眺める彼女の目は、清濁混ざった複雑な色をしていた。
「どうして……」
「君のお姉さんが教えてくれた」
僕は近づいて、三船さんと目を合わせた。
「三船さん、君のおかげで、スクールアイドルフェスティバルは今のところ大成功。僕らはもう十分、いや十分以上に君に助けてもらった」
「ですから、次は私たちに三船さんを手伝わせてください」
僕の言葉を、せつ菜が継いだ。
「私がスクールアイドルと生徒会長を両立できたのは、同好会、生徒会、ファンのみんな……そして三船さん、あなたがいたからです」
僕がこうやってフェスティバルを楽しめているのも、みんなが伸び伸びとステージに立てているのも、三船さんのおかげだ。
彼女がたくさん頑張って支えてくれたおかげで、何もかもが上手くいった。
「そのあなたの夢も一緒に叶えたいんです」
「私の……夢……」
三船さんの目に、ほんの少しだけ光が灯る。
僕らの夢がこうやって現実のものとなったように、彼女のも実現させたい。しかもそれが、スクールアイドルになりたいという願いなら、ますます僕らが手を伸ばす必要があるような案件だ。
しかし、三船さんは首を横に振る。
「でも、姉は泣いていました。夢を叶えようと、三年間努力し続けて……最後は……」
ギリ、と歯を食いしばった。
「泣いていたんです! 後悔していたんです!」
拳を握り、目には涙を溜めて、三船さんは叫んだ。この空間いっぱいまで響いた悲痛の声は、そのまま彼女の傷を表している。
薫子さんが高校最後のステージをやりきった後、ここで、目の前の壇上で涙したことを、僕も知っている。
ラブライブを勝ち抜いていたら、もう少し長くやれた。良い思い出ももっと生まれただろう。でも結果は予選落ち。悔しがって、ステージ後の挨拶でぼろぼろと泣いていた。
それが、三船さんの恐怖の源。
姉がどれだけ本気だったか、毎日毎日どれだけ励んだか、彼女はよく知ってることだろう。でも、どれだけ練習しても、報われないことがある。努力は決して実るというわけではないのだ。
特に、ラブライブのような大きな大会となれば、何の賞も得られずに終わる人のほうが圧倒的に多い。
気丈な薫子さんが、ファンの前で号泣する姿を見て、三船さんはその現実をまざまざと見せつけられた。
三年間の果てが、表彰も賞状もなく、涙で終わるなら、一体何のためにやるのか……分からなくなってしまったのだ。
二重生活をしていたせつ菜をあっさりと認めたのは、自分が出来ないことをやりきっているからだろう。
適正という言葉で自分の憧れに蓋をして、人の手助けをしているのもきっと、他の誰にも悲しんでほしくないからだ。
刻まれた記憶が呪いとなって、彼女を縛り上げている。可能性を狭めている。
だけど……
「してないよ、後悔なんて」
この場で唯一、反論できる薫子さんが即答した。
僕に連れられて、今まで静観していた彼女は、三船さんの目を正面から見据えてきっぱりと言い放つ。
「確かにあの時は悔しかった。でも今では、やってよかったって思ってる。スポットライトの眩しさも、歌を届ける喜びも、可愛い妹にすごいって言ってもらう誇らしさも、スクールアイドルをやって知ることが出来たんだから」
薫子さんの言葉と顔に、一切の嘘はなかった。
やった者のみが得られる経験。誰にも否定できない思い出。そこには他人に、妹にも理解できないものが詰まっている。
「高咲さんたちが言う通り、私はあなたが応援してくれたから、幸せな高校生活を送れたと思ってる。それで今は教師になって、たくさんの生徒を、あなたを応援できる人になりたいって思ってる」
薫子さんがスクールアイドルになったのも、教師になったのも、やらなければいけないという使命感でもない。
僕らが活動を続けてきたように、『そうしたい』からだ。どうしようもなく心がうずいて、体が動いてしまうからだ。
やりたい気持ちというのは、他のことが小さく思えてしまうほど、大きな原動力なのだ。そんな大きな力に、誰もが抗えない。そして、抗ってはいけない時がある。
「三船さんは、スクールアイドルやりたくないの?」
「……やりたいです」
歩夢の問いかけに、三船さんはとうとう素直になって答えた。
「姉の綺麗な姿に憧れて、私はずっとスクールアイドルになりたいと思っていました。でも、でも……無意味に終わるのが怖いんです」
ポタポタと、地面に涙が落ちる。
「私じゃどう頑張っても、何も残せないんじゃないかって……」
一歩を踏み出すのは、人生で一番といっていいほど大変なことだと、僕は思う。
ゼロの状態から、しがらみや心が作る茨を振りほどいて進むというのは、誰だって怖いし、痛いし、疲れる。
だから誰かが、ほんの少しだけ背中を押すのは、必要なことなのだ。
「三船さん」
彼女の目の前まで近づいて、少ししゃがんで顔の高さを合わせる。三船さんは、まだ俯いたままだけれど。
「僕は長い間、何度も何度も落ち込んでた。塞ぎこんで、夢なんて持たない人間だった。でもそんな時、あるスクールアイドルが目に飛び込んできた」
多感な中学生の時期、両親の事故がフラッシュバックすることも多くなって、僕はひどく苛まれた。
親や妹にバレないように、枕に顔を押しつけて、声を殺して泣いたことは数えきれないほどある。いっそ僕自身のことも終わらせてやろうかと悩んだ。
そんな時だ。動画サイトで中継生放送をやっていたラブライブの予選。見始めたのは途中からで、ちょうど紫苑女のステージが始まるところだった。
「そのスクールアイドルは……三船薫子さんは、跳びぬけて人気があったわけじゃなかった。大会の結果も芳しくなかった。でもその歌と踊りには、素人でもわかるくらい輝くものがあって、僕は惹かれた。心が落ち着いた。救われたんだ。僕が音楽の道を志したのは、それがきっかけなんだ。僕でも、誰かの心を動かせるなら、って」
不思議と心が躍った。目が離せなかった。気づけばかじりつくようにして見入っていた。
心の重さがどこかに吹き飛んで、続きを、その先を見たいと思った。
いつの間にか、僕の心には生き続けたいという思いが芽生えた。そう自覚させられたのかも。それから僕はほんの少しだけ前向きになった。
「実績はなかったかもしれない。けれど、薫子さんのパフォーマンスに感動した人がいる。夢を持った人がいる。ここにいるんだ」
何もないどころか、こんなにも薫子さんは残してくれている。僕が、僕らが証人だ。
「君のお姉さんのしたことは、無駄なんかじゃない」
はっと、三船さんがようやく顔を上げた。
「天王寺、さん……」
きっと、三船さんもたくさんの人を後押しできる。その能力があり、それをやりたいという気持ちがある。それはつまり、彼女風に言えば、適性がある。
だったら、僕が三船さんが一歩を踏み出す後押しを出来たら、と思う。
薫子さんが僕にくれたものを、今度は僕から三船さんへ。続いていく夢のバトンは、少し遠回りをしたけれど、ちゃんと三船さんへと届いた。
ぼろぼろと、三船さんはさっきよりも大粒の涙を流す。
「う、あ、あの……」
しゃくりあげているせいで、上手く言葉にできないみたいだ。
そんな様子の彼女の両脇をロッティとディアが挟み、腕を抱きかかえて、ハンカチで涙を拭ってあげた。
「やったらダメなんて、誰も言ってなイ」
「むしろ、わたしたちは最初から勧めてる」
「好きにしていいんだ、三船さん。君がやることは、無駄にはならない。無駄にはさせない」
両脇の二人が、優しく頭を撫でたおかげで、三船さんはだんだんと落ち着きを取り戻す。
目が軽く腫れるほどで、涙は収まった。
「いいんでしょうか、こんな、私が……」
「言っただろ、フェスは今のところは大成功だって。それが成功のまま終われるかは、君にかかってる」
スクールアイドルフェスティバルは、夢を叶える場所。
観客もアイドルも、もちろん裏方である僕らも、それは例外ではないのだ。
「お願い、します」
差し出された手を、僕はそっと握った。