早朝、集合時間よりも早めに起きた僕は、誰もいない校舎を見上げつつ、伸びをした。
今日は合同文化祭の大トリにして、我が虹ヶ咲学園の文化祭。より一層気を引き締めていかないと。
どうか、トラブルが起きませんように。なんて祈っていると、こちらに寄ってくる足音が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは三船さん。
「おはようございます、天王寺さん」
「おはよう、三船さん」
ぺこりと頭を下げる。
「お早いんですね」
「フェスティバル最終日で、それが虹ヶ咲となれば、緊張してあんまり眠れないよ」
「大丈夫なんですか?」
「平気だよ、一日くらい」
前のフェスティバルの時なんかは、あれやこれやと手を出していたせいで心身ともに大分削られてしまっていた。
けれど、今回は侑やせつ菜、生徒会が表に立ってくれていたおかげで僕の担当部分はそれほど多くない。これまでの四日間、みんなと遊び回るくらいは。
「君も早いね」
「私はいつもこのくらいの時間に起きてますから」
まだ日が昇り始めて少しくらいの時間なんですが。
僕も弁当を作るからこれくらいに目を覚ますけど、三船さんはお家柄だろうか。結構いいとこのお嬢さんっぽいし。
「君はほんとしっかりしてるね」
「ありがとうございます。家が家ですし、姉がああだからかもしれません」
やっぱりだった。
気品があるもんね。同じくしずくもそうだし、先生も普通そうに見えて、腰がぴしっと伸びてたり佇まいが綺麗だ。まさに名家って感じ。調べたらとんでもない家系図とか出てきそう。お爺さんが凄い権力者だったりしない?
さて、そんな三船栞子さんだが、スクールアイドルフェス中は職務に励み、終わってから正式に仲間になるつもりだそうだ。
もっとも、同好会のメンバーはとっくに受け入れているから、実質彼女ももうメンバー。愛がしおってぃと、かすみがしお子と呼ぶくらいには可愛がられている。
真面目なキャラっていじりたくなるよね、せつ菜とか。あんまり悪いことを教えるとお姉さんが怒りそうだから控えておくけど。
「練習始めたんです。まずは基礎的な体力づくりや体幹などを」
フェスティバルが終わってからでもよかったのに、という言葉は飲み込んでおく。
スクールアイドルをやるとなって、居ても立ってもいられなくなったのだろう。無理な量じゃなければ、口を挟むことでもあるまい。
「昔はよく姉さんに練習を見てもらっていましたが、ここ数年は……」
「僕や侑がサポートするよ。練習積まなきゃだね」
「そうですね。姉さんを追い越せるように」
「だったら、相当ハードになるけど」
「はい。よろしくお願いします」
目標が近くにいることはいいことだ。迷ってしまった時にすぐ自分を見直し出来る。
相談だって難しくはない。彼女たちの姉妹仲がどれほどかは分からないが、悪くはないだろう。
自分に妹がいるからか、どうも他の兄弟姉妹の距離が良くないところを見ると、もやもやしてしまう。
そういうわけもあってお節介を焼いてしまったが……三船姉妹の間にあるわだかまりは消え、先生の心残りも解消、三船さんもスクールアイドル同好会に加入。結果が良ければ全て良しだ。
そうだ。彼女も仲間入りするんだから、サイトを更新しておかなきゃいけないな。
三船栞子。
新人の一年生。
一見して表情は固く見えるが、その中に強い憧れと高い志を秘めている。
もちろん、第二回スクールアイドルフェスティバルは彼女の尽力あって開催できたことも書いておかなければ。
「あの、天王寺さん」
上履きに履き替えて、しんとしている部室棟に入ると、三船さんは口を開いた。
「あなたは姉さんに救われた、と仰ってましたよね」
「うん」
「私は、あなたに救われました。そのバトンを絶やしたくはありません」
僕も彼女も、涙を流してしまうほどに自分に嘘をついていた。そんな苦しい思いをして、でもスクールアイドルからは離れられなかった。
それだけ、その世界があまりにも美しかったのだ。そう感じさせてくれた三船薫子さんにもまた、憧れの存在はいるのだろう。ずっとずっと流れてきた煌めきは、きっとこれからも続いていくはず。
「こんな私でも、誰かを楽しませることはできるのでしょうか」
不安が目に募っていた。
当然だ。何年も抱え続けてきたものはそう簡単に洗い流されるものじゃない。
しっかりしているが、まだ一年生。三年生の僕だって不安定なんだから、しゃんとしろなんて無理難題ふっかけられない。
元気でいることが一番。それを支えられるのは、周りにいる僕たちだ。
「もちろん。一緒に見つけていこう、やれることを」
特に僕には責任がある。
大見得切って、三船さんのスクールアイドル活動を無駄にしないと宣言したのだ。彼女が少しでも崩れそうになったら、まずいの一番に気づいて駆け寄らなければならない。
それに、フェスティバルのために頑張ってくれた三船さんに、まだ恩返しも出来ていないし。
ぱあっと顔を綻ばせて、彼女は頷く。昨日の今日で、だいぶ表情筋がほぐされてきたみたいだ。
「ちなみに、天王寺さんどのようなアイドルが好みですか? やはり、姉さんのような元気なアイドルでしょうか?」
「一人ひとり、それぞれに魅力があるから……どれが一番だとは言えないかな」
例えば、かすみと果林では、可愛い勝負だとかすみに軍配が上がり、美しい勝負だと果林が有利。だがスクールアイドルとしてどちらが優れているか、となると、その勝負を決定づけられる尺度は存在しないだろう。
ファンの数や動画の再生数などで一応の決着はつけられることもあるが、それは本質ではない……と考える。
「私にも、その、魅力が?」
「なかったら誘ってないよ。例えば君のその笑った顔、お姉さんに似てて、でもちゃんと違う君だけの表情とか」
「笑顔……ですか?」
「うん。素敵だよ」
良い笑顔を持ってる人は良い人。これだけ可愛い顔見せてくれるなら、すぐ人気になりそう。
赤くなった顔を、ごまかすように俯いて隠される。あらまあ褒められて恥ずかしくなったのかな。
「また、元気づけられてしまいましたね」
「困ったらいつでも。卒業したらこうやって簡単には会えなくなるだろうから、今のうちに三年生にはいっぱい迷惑をかけるといい」
気づけば、あと半年もなくなっている。スクールアイドル同好会でいられるのはあとほんの少しだと。寒さも顔を覗かせてきているのがさらに実感させてくる。
おまけに最近はみんな自分のことは自分でやるようになってきて、僕の仕事量も減ってきて、寂しい心もちょっとある。もっとたくさん頼ってきてほしいのに。
「ふふ、天王寺さんも、何かあったら言ってくださいね。なんでもしますので」
「男に『なんでも』なんて言うんじゃありません。本当に『なんでも』要求してくる輩だっているんだから」
「わかりました。相手を見極めて言うようにします。というわけで、なんでも仰ってください」
わかってないじゃないか。