侑からのSOSを受けた僕とエマが部室の前まで来ると、果林と彼方、ロッティにばったりと会った。
「湊くんも、侑ちゃんの様子見に来たの?」
「こんなの送られたら、気になるさ」
スマホの画面を見せると、二人とも苦笑。上手くいってるとはお世辞にも言えない状況のようだが……
とにかく現状確認のため、僕は扉を開ける。
「トキメキはどこー!?」
部屋へ入ると、ちょうど侑が混乱の舞いを披露していた。
よろよろと歩き回り、ごろごろと床を転がりまわり、かと思ったら逆立ちしてみせたり……そして僕を見つけるとゆらりゆらりとゾンビのような動きで近づいてきた。
「湊さん……トキメキを、トキメキをください……」
「僕はトキメキ製造機じゃありません」
「いつもトキメかせてくれるじゃないですかああ!」
頭を抱えて叫びだした。これはもう相当だな……
「ゲンカイっぽイ?」
「限界超えてるわね」
「トキメキ欠乏症と名付けよう」
「なんでそんなに冷静なんですか」
侑がジト目を向けてくる。睨むならそこの白紙の楽譜を睨みなさい。
「こんなになるまで放っておいたの?」
「今回は侑が作曲。アレンジや編曲はともかく、作ってる時にはアドバイスも何もなしって決めたから」
意地悪してるわけじゃない。
何か助言すると同時にきっと、僕は『僕が思う虹ヶ咲学園スクールアイドル』を語ってしまうだろう。それはよろしくない。侑が作る曲は、侑自身が思うスクールアイドル像を具体化したものであるべきだ。初めてとなると特に。
生み出す苦しみはあるだろうが、そうやって出来たものがどんなものであれ、経験になり自信になる。
その最初の時にあれやこれやと言ってしまったら、侑は今後それを引きずってしまうだろう。あるいは引きずられるか。
彼女の言う『トキメキ』を濁してしまう。曲が早く完成するメリットと比べられないくらい重いデメリットだ。
最後、虹ヶ咲のスクールアイドルが揃ってパフォーマンスするのは十九時二十分。曲が出来上がって、それを覚えてダンスも練習して、となるともう時間はない。
だけど、僕には焦りはない。最悪どうにでもなるのだ。『夢はここからはじまるよ』をやってもいいし、ソロメドレーでもいい。
曲が出来なかったからといって、別に失敗ということでもないのだ。
侑はそうとは思ってないみたいで、アイデアを書き込んでいるノートを前に一生懸命うんうん唸っている。
「うーん、どうしても上手くいかないんだぁ。私の中の最高のもので、ランジュちゃんと張り合えるくらいで、ファンのみんなも盛り上がれるやつってなると……」
ひょい、とロッティがノートを覗く。
「ユウ、十一人用の曲を作ロウとしてるノ? それハ、ちょっとキツいんじゃないカナ」
一瞥した彼女は、首を傾げて続けた。
「ワタシタチは、ユウにパフォーマンスを見せタケド、それってAlpheccaとしてダカラ、エット、なんていうカ……」
「歩夢たち九人は、一緒に作り上げていったものだから落とし込みやすいけど、ロッティとディアの個人としての色っていうのはまだ掴み損ねてるんじゃないかな」
「ソレ!」
あ、ついつい口を挟んでしまった。
どのアイドルがどんな思いで活動をしているのかについて、侑は九人のことならよく分かっていることだろう。ならばその九人分を凝縮させようとするのも、難しくはない。
しかし、そこにAlpheccaが混ざると一気に難易度が跳ね上がる。このユニットのことはいくらか話してはいるものの、その根底にあるものを知ってるのは当の本人たちと僕だけ。
積み重ねてきたものもある彼女たちのことを、知り合ってそう経ってない侑が理解しようとするにはまだ時間がかかるだろう。
「ワタシタチは、ナシでいいヨ」
「でも……」
「ユウはずっと、一学期からみんなを見てきたんでショ。その気持ちを、出したいって思ってル?」
「もちろん」
「だったラ、九人に向けて作ったホウが、ワタシは良いと思ウ!」
ロッティは侑の肩を掴んで、きらきらした目を向ける。
「ユウが最初ニ感じタ、スクールアイドルのミリョク、ソレが見たイ! ソレをオドるミンナが見たイ!」
「……いいの?」
「モチロン! だっテ、ワタシはミンナのファンだから」
「みんな揃って、じゃなくていいの?」
「シオリコもいないシ、ミンナ揃っテはまた次!」
何度も確認する侑に、ロッティは変わらず返す。
それは侑の中の何か、詰まっていたものを押し流したようで、あれだけ強張っていた体の力が抜けていく。
「ユウは、こんナに言ってくれるファンを、ガッカリさせるようナ作曲家じゃないよネ?」
「うん!」
最後には、満面の笑みで侑は頷いた。
「考えすぎは良くないよ、侑ちゃん」
「そうそう、もっと余裕を持ったほうがいいよ。ゆうだけに」
「あははははは!」
愛のお株を奪うようで悪いが、僕にしてやれるのはこれくらい。あとは彼女次第だ。
「うん。なんかすっきりしたよ。もうちょっとかかるけど、待っててくれる?」
ここまで来て、待たないと言うはずもなく、もちろんと返して頷く。
その前に、と僕は時計を見た。
もうすぐ正午。ステージのオープニングアクトが迫ってきていた。
△
ゆらゆらと船が揺れながら進む。
手のひらサイズのそれは、流しそうめん同好会が作成した学校中に張り巡らされた水の道を行き、ゴールを目指す。
目標とするところは中庭。ステージ前に設置された水の溜まっている桶というかバケツというか、とにかくそこへ達したのを合図に、オープニングが始まる予定だ。
僕たちはステージの裏側で船を追う映像を食い入るように見る。朝早くから出発した船は順調に来ていて、もうすぐで到着する。
はんぺんを抱きながら、僕もそわそわする。何事も始めが肝心。だからこそ有名になり、胆力も実力もあるランジュにオープニングを任せたのだ。
それに関しては心配はしていない。二学期に彗星の如く現れ、そこから経験も積み、今のランジュには一種の安心感がある。
気になるとすれば、音響や設備のトラブルだが──
突然、船が止まった。画面を確認すると、最後のカーブのところで船体が詰まってしまったのが分かった。
ちゃんとリハーサルもして大丈夫なのをチェックしたのに、嫌な予感は当たるものだ。
「止まっちゃった……」
みんなが呆気に取られ、どうするんだという空気が静寂の中に漂っている。
「ランジュちゃん……」
侑が恐る恐るオープニングを飾るアイドルであるランジュに目を向ける。当の彼女は、ふ、と笑って歩を進める。
「お膳立てなんて、最初から期待してないわ」
自信満々のまま立ち止まらない彼女は、僕たちに向かってもその態度を崩さない。
「前に言ったでしょ、私は与えるだけでいいって。私は私を知らしめるために、ステージに上がるんだから」
ランジュのスクールアイドル像は一切ブレない。真っすぐというにはあまりにも……頑固に見えた。
「私には、このやり方しかないの」
聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう呟いて、彼女は観客の前に姿を現す。
ライトも音楽もないのに現れた彼女に、観客はまだ頭がついていけていない。
それもその瞬間だけだった。
ランジュは曲はまだ流れ始めてないのに、歌い始める。
たった一人で、大勢の前で、乗るべき音楽もないのに空気を震わせた。
アカペラなのにリズムは一切狂うことなく、声量は遠くまで響かせるに十分で、観客の視線を釘付けにする。
ため息が出るほど美しい。
見惚れるところだっが、僕は頭を切り替えた。ここからどうするか。
はんぺんを下ろして、イヤホンを耳に着ける。頭の中が真っ白になっているであろうスタッフに指示を出すつもりだ。とにかくこの状況を──
「にゃう」
足元で大人しくしていたはんぺんがたたたと駆けていった。
気まぐれなんだろうけど、船の道を支える柱の近くにまで行き……足で体を掻いた。
その足か体が柱に触れ、少し揺れる。船も上下し、衝撃で船体が傾いて道に隙間が出来た。そのおかげで詰まっていたのが解消されて、再び水とともに流れていき──
「あ」
それを見ていたのは僕だけだった。
船はゴールに辿り着く。待機していたスタッフがそれに気づいて、指示を出すまでもなくはっとしてスイッチを押した。
静寂から一転、照明は煌めき音楽が鳴り響く。
元々そういう演出だったかのように、ランジュは曲に合わせて歌うのを調整する。
流れる踊りは、トラブルがあったなんて思わせないほど優雅で綺麗。
やりきったランジュには、もちろん惜しみない称賛が与えられた。彼女もある程度の満足感は得たようで、得意げな顔で裏に戻ってきた。
「凄かったです、ランジュ」
「ありがと」
三船さんに、彼女は笑顔で返した。
「あなたもスクールアイドルをやりたがってたなんて、知らなかった」
「それは……」
「別にいいわよ。こういうの慣れているから」
ばつが悪そうな顔をする三船さんに、ランジュは気にしてないような素振りで踵を返した。
こういうの、とはどういうのだろうか。
いくつか考えうるものがあるが、そのどれもがお世辞にも良いものではない。彼女はそれに慣れていると言った。そのことは良いことか悪いことか。
慣れは、言い換えれば心身の麻痺だ。僕にもよく覚えがある。
気になることはいくつもあるけれど……とりあえず僕は、次の場所へと向かうことにした。
△
講堂の舞台裏から、こっそりと客席を見る。全生徒が収容できるここの席はほとんど満杯で、立ち見する人すらいた。
「イッパイ」
「いっぱいだね。全校集会くらいでしかこんなの見たことないよ」
ロッティの隣で僕は頷く。
見渡しても人しか見えない。先生や生徒会長って、こんな人数の前で話してるんだ。
ちらりと脇に置かれているデジタル時計に目をやる。予定まであと少し……と心配になり始めたところで、ディアが来た。
「お、ギリギリで来たな。調整は終わった?」
「ばっちり」
ピースサインを向けてくる彼女の後ろでは、ひょこっと顔を覗かせて客数の多さに感嘆の声を漏らす人物が一人。
愛の友達、軽音楽部のゆるふわウェーブちゃんだ。
「いやはや、緊張も緊張、ド緊張~。二人とも緊張しないん?」
「全然」
「コレをクライマックスにするツモリだヨ、ワタシは!」
「胆力やっべえ。みーくんさんも平気そうすね」
「音楽科の発表会とか、新曲をみんなに聞かせるときのほうが緊張するね」
前者は値踏みされているような視線を感じるし、後者は期待度MAXの表情を向けられるのだ。期待という面では今回も同じだけど、ほとんど知らない人だし、身内も探さなければ分からないくらいだ。そっちのほうが、僕は気が楽。
「うえぇ、それとこれとは違うんじゃないすかぁ? うちもライブは何度かやったすけど、シチュエーションが全然……」
「ダイジョブダイジョブ! ワタシがいるカラ!」
「Alpheccaと一緒だから大丈夫じゃないんどす」
「何を今さら」
そういう彼女だって、そう緊張しているように見えない。見えないだけで内心ガクガクなのかもしれないけど、余計な力が入ってたり青ざめていたり震えていたりということはない。
「大丈夫ですか、みなさん?」
開演のご挨拶担当の三船さんが、本番五分前になった瞬間にこちらに声をかけてきた。
「平気。なんとかすればどうにかなる」
「ディアさん……それは大丈夫とは言わないのでは」
呆れつつ、三船さんはゆるふわちゃんへ目を配る。彼女は覚悟を決めたようで、一度深呼吸するとやれやれと首を振った。 置いていたベースを抱え、ストラップを肩に掛ける。
「先輩が尻込みしてる場合じゃねえので」
「頼もしいです」
にこり、と三船さんは返し、一枚の紙を見ながらマイクのスイッチをオンにする。
〈皆様、ご来場いただき真にありがとうございます。講堂での観覧につきまして、注意事項がございます──〉
読み上げる彼女の邪魔にならないよう、僕らはこっそり手を重ねて、声を潜めた。
「やるぞーっ」
「おー!」
気合入れ僕らは幕裏から姿を出し、所定の位置につく。
ディアとゆるふわちゃんはセンター前に置かれた二つのスタンドマイクの前へ。ロッティはその後ろのドラム椅子へ座り、同じく後ろに配置されているキーボードへは僕が。
この時点で、会場はざわざわとさらに色めき立つ。遠目でもAlpheccaの二人の姿はちゃんと見えるはずだから、そのおかげだろう。
当然こちらからも、視界いっぱいに人が映る。
じっと向いてくる人の目。それとたくさんのカメラ。まだ演奏前なのに写真を撮る音が聞こえるが、三船さんの注意をちゃんと聞いてくれているようで、邪魔になってしまう発光はない。
じゃあまずは、ちょっとばかし驚かせようか。
僕がロッティに頷くと、彼女はドラムを激しく叩きだした。合わせて、ディアもギターをかき鳴らす。
轟雷とも、洪水とも呼べる音の奔流が、一気に客へ押し寄せる。その激波に、一瞬暑さを忘れたほどだ。ゆるふわちゃんもベースで合わせる。
あまりの衝撃で、あれだけざわついてたのがしんと静まったところで、三人がこちらへ振り返る。少し口角が上がったその顔を見て、僕はキーボードへ視線を向け直した。
みんなの準備はOK。当然僕も。
すう、と息を吸って、指を動かす。
ピアノから始まり、ギターとベースが混ざり、ドラムが追いかけてくるイントロ。先ほどのに負けないくらいに、音を放つ。
「♪~~」
ディアが歌いだす。この激音の中でも彼女の歌声はブレず、綺麗で力強い。それを支えるようなロッティたちのコーラスもハマっている。
呆気に取られていた観客も、次第に体が動き、ハンドクラップで混ざってくる。よし、いいぞ。盛り上がってきた!
汗がだらだら流れてくるのにも関わらず、僕もみんなも客たちも、一体となって場を作る。
サビまでくると、もはやどこまでも届いてるんじゃないかと思うくらい、誰もが音を出していた。
これだ。この感覚、スクールアイドルのみんながいつも味わっているであろうこの感覚。普段はダウナーなゆるふわちゃんも、ディアたちにノリノリで合わせていく。
爽やかに駆け抜けるアウトロでフィニッシュ。
集まってくれた人たちの拍手が、耳をつんざく。楽器や、マイクからの歌声よりも明らかに大きい音が身体に染みわたってくるようだった。
「アリガトー!」
「文化祭、楽しんでね」
最後にAlpheccaの二人がそう言って、僕らは舞台を去っていく。
まだ講堂での最初だというのに、盛り上がりは最高潮。ステージ裏に戻って一呼吸しても、まだ歓声が鳴りやまなかった。
「やりきったぁ」
「言ってた割には、余裕そうだったじゃないか」
はは、と笑って、大きく息を吐いた。
終わってみればあっという間。しかしながら充足感が胸いっぱいに広がるほど、濃い時間だった。
「楽しかったネ!」
「大成功」
「イエーイ!」
四人でハイタッチ。
「またやろウ! アナタのベース、サイコー!」
「その時は、僕もまた混ざりたいな」
「オ、ミナトもアイドルデビュー!?」
「それはしない」
「男性アイドルとしてでも、女装するでも、どっちでも用意はしてる」
「そんな用意はせんでええ」
一曲終わった後でも変わらず、僕をからかってくる彼女たちを避け、ゆるふわちゃんに「君はどう?」と目で訊く。
「はは、もう勘弁と言おうとしたんすけど……」
汗を拭いながら、ゆるふわちゃんは力なく笑った。
「悪くなかったす」
△
そこかしこで、僕を見つけた友人たちがもみくちゃにしてくる。あのライブ良かっただとか、かっこよかっただとか言いながら。
校内に知り合いが多いがゆえ、どこへ行っても同じような反応をされる。サプライズだったことに目を丸くされ、拍手され、一歩歩くたびに激励の言葉が飛ぶ。
単純に嬉しかった。僕の作ったスクールアイドルの曲を認められることはいっぱいあったけど、演奏自体を褒められるのは授業くらいだったから。
手放しで祝われるむず痒さもあり、仕事があるからとそそくさと逃げる。ロッティとディアを身代わりに置いてきたから、なんとか事なきを得た。
講堂での一番目。三船さんに、誰か盛り上げるのに最適な人はいないかと言われた。
演劇部も思いついたけど、せっかくネームバリューのあるAlpheccaがいるのだ。それを使わない手はない。そこで、さらに一緒に演奏すると約束していたゆるふわちゃんも誘ってバンドをすることになったのだ。
ただ演奏するところを動画に撮るだけくらいだと思っていた彼女は、その話を聞いた時に狼狽したが、僕も参加するならと条件付きで頷いてくれた。
披露したのは、二年生の時にAlphecca用に作ってボツにした曲をアレンジしたもの。
一度捨てておいてなんだが、結構いい具合に仕上がったのは、僕自身も成長している証だろう。
あの時書いたノートを完全に消さないでおいてよかった。どういうところでどういうものが役立つのか分からないものだな。
予想以上の反響に満足感を覚え、お仕事モードに頭を切り替えながら校舎の中に入っていくと、ばったりと両親に鉢合わせた。
この五日間、学校に泊まっていたからか、ずいぶんと懐かしいように思える。普段からそんなに顔を合わせられているわけじゃないんだけど。
珍しく、スーツ姿じゃない。綺麗目だが、いかにもよそいきの私服だった。
突然顔を合わせたことでお互いに唖然としつつ、数秒が流れる。
色々と言葉が浮かんでは消えるが、口をついて出たのは単純な言葉だった。
「来たんだ」
「行けたら行くって言ったはずだけど」
「それは行かないときの常套句だよ
「ついさっき着いたんだ。予想以上に混んでてな」
「もっと早く来てたら、僕が演奏するところ見れたのに」
苦笑しつつ、来てくれたことに心の底から嬉しさが溢れ出る。
今までは、かっちりとした服を着こむような、本当に大事な節目くらいにしか来てくれなかったから。
「湊はいい子たちに囲まれて、仲良くやってそうだったよ。ただ、誰が好きなのかははぐらかされちゃって」
「あら、それ聞きたいわ」
「分かった分かった。帰ったら聞かせるから、行った行った」
「つれないわね」
「文化祭で親と一緒だなんて、よほど寂しいやつだと思われるんだよ」
ああ、同級生が親に対して強く出るのがなんとなくわかった気がする。嫌いなわけじゃない。ちょっとした恥ずかしさを隠す反抗心だ。
だいぶ素直なほうだと自負する僕にも、そういう心はあるみたい。
「スクールアイドルのステージも見に行く。お前が作った曲が聞けるんだろう?」
「楽しみだわ」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。
もう高校三年生にもなるのに、こんなので嬉しくなると思わなかった。璃奈のこと馬鹿にできないな。
二人して僕の髪をぐちゃぐちゃにしていき、並んで去っていく。文化祭の感想は、帰ってから聞こう。
「湊さん湊さん」
今度は、中川さんだ。
生徒会長モードではあるが、正体はもうバレているので、周りから好奇の目で見られている。
「中川さん。見回り?」
「はい。それで、今の方たちは?」
「両親」
「み、湊さんのご両親ですか!?」
中川さんはもう遠くなった両親へ顔を向けた。
「わ、私もご挨拶したほうがよかったですか?」
「生徒会長に挨拶されても困っただろうよ」
学科も学年も違うし、どう説明しても反応しづらい。いっぱいお世話にはなってるんだけどね。いや、今なら優木せつ菜だと言ったほうが紹介しやすいか。
「でもなんていうかその……湊さんのご両親って……」
「なに?」
「案外普通、ですね」
「なんだと思ってたんだ」
「いえもっと厳しいとか……そういうのを想像してました」
まあ、璃奈や僕の話からは変な親像を浮かべても仕方がない。特に、親に関しては苦労しつつされつつだし。
「普通だよ。普通の親子」
実際は普通とはかけ離れているんだろうけど、でも両親は僕を愛して、僕も両親を愛してる。だからまあ……総合して普通ということでここはひとつ。
「あー! いたー! みーく~ん!」
人ごみの中でも響いてくる声に振り向くと、愛がみんなを引き連れてやってきた。知り合いと同じく興奮したご様子で、瞬く間に囲まれてしまう。
「バンド、ちょーカッコよかったよ!」
「あんなことするなんて、聞いてなかったですよ!」
それはだって、言ってないから。
「お父さんたちといい、今日は騒がしいな」
「お父さんとお母さん、来てるの?」
「うん。さっき会ってね。いまは……どっか回ってるよ」
「ええ、私も先ほど見かけました。ご挨拶しそびれましたけど」
だから、しなくていいって。
「えーいいなー、愛さんも会いたかった! あいだけに!」
「私も挨拶したかったわね。お世話になってる身として」
愛も果林も、なんでそんなに人の親に挨拶したがるの。
「私はお父さんにはもう挨拶したもん」
「かすみんもです!」
「彼方ちゃんも~」
なんでそんなに挨拶したことを自慢げに言うの。
なんで両者睨み合ってるの。なんでそんなに火花バチバチと散らしてるの。