僕を囲んでいたアイドルたちも、ステージのために散っていく。それらを見送った後、僕はそこらを見回っていた。
ほんの少し手が必要なところもあったけど、基本的には平穏に盛り上がっていた。思ったよりも人が多くてどこも忙しそうだったが、嬉しい悲鳴というやつだろう。
満足しながら屋外に出ると、ある人物と目が合った。
「ミア」
「や、湊。見てたよ」
軽く手を挙げて返してくる彼女もまた、僕らのバンドを見てくれていたらしい。
「どうだった?」
「荒削り」
手厳しい。まあ、場の雰囲気に呑まれて多少ハジけてしまったことは認めよう。練習期間も十分に取れたわけじゃなかったし。
でも、とミアは続けた。
「不思議と熱くなった」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてない」
「褒めたよ」
もう肌寒い季節にそう感じ取ってくれたということは、彼女も少しは楽しんでくれたということだ。
そう言ったも同じと気づいて、ミアは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「ところで、ベイビーちゃんの様子はどうだい?」
「ベイビーちゃん?」
「ほら、キミと同じ同好会の……高咲侑」
「作曲して、大いに悩んでるところ」
当日の今日になっても出来上がっていないのは心配だったが、あの様子だともう少しだろう。
間に合うか間に合わないか、ほんとギリギリ。
「キミは助けに行かないの?」
「今回はね」
微笑んで返すと、彼女は怪訝そうに顔を顰めた。
「……湊が作ったほうがいいんじゃないの。そのほうが良いものを作れるし、ファンも喜ぶんじゃない」
「そうかもね。でもそうじゃない」
「は?」
「今回は、侑が作曲しないと意味がないんだ」
「……?」
ミアが顔を傾げる。
「今回の曲はさ、侑がみんなのために考えて作る初めての曲なんだ。だから、僕の色は混ぜたくないし、混ぜてほしくない」
この言葉には納得してくれた。
どんなものにでも、製作者の色がある。見る人はもちろん作る人なら当然分かることだ。
「だったら、抑えてやればいいじゃないか」
「それが出来るほど、僕は多彩じゃないよ」
世の中には人の色を真似たり、自分の色をあえてなくしたり変えたり出来る人もいるけど、僕はまだ無理だ。
スクールアイドルの曲を作る時、どうしても僕が思う像が出てくる。こと今回に限って、それは不純物なのである。
そこで僕は気づいた。
僕よりも達者で、自らの色を消せる人が目の前にいる。曲を、しかもスクールアイドルの曲を作ったことのある経験者。
△
再び部室に入ると、先ほどまでの唸り声や叫び声はなく、侑は真剣な面持ちでパソコンに向かっていた。
「あれ、湊さん?」
「進んでる?」
「さっきよりは、まあ」
力なく、あははと笑う、
順調ではあるが、エンジンがかかるのが遅かったせいで時間が足りないといったところか。
なら良かった、と僕は後ろを示した。
「ミアちゃん!」
「ミア先輩、だろ」
むすっとしてミアは言う。
「で?」
「ん?」
「ここにボクを連れてきた理由は?」
「編曲お願い」
「What?」
まさかの申し出に、彼女は少し仰け反った。
「いやだから、作曲はもう出来るから、編曲してくれない?」
「なんでボクが……」
「私からもお願い、ミアちゃん! もう時間なくて……」
侑が手を合わせて頼む。そんな必死に懇願されては、ミアも流石に断りづらいのか、う、と呻いた。
「ベイビーちゃんが作らないと意味がないって話だったんじゃなかったのか?」
「僕が混ざると駄目になるって話」
「聞いてよ、ミアちゃん。湊さん全然手伝ってくれないんだよ~」
「お互い合意の上で、手出ししないって決めたじゃないか」
「ロッティちゃんとディアちゃんと一緒にバンドやってたみたいだし……見たかったー!」
ランジュのオープニングアクトから、ちゃんとここに缶詰になってたみたいだ。みんなのステージも見たいだろうに、それだけこの曲に懸けているのだろう。
そこまでいって、やっぱり出来ませんでしたじゃ後味が悪くなってしまう。
僕は手伝わないというスタンスを崩さないけど、まあ、これくらいなら。
「スクールアイドルの曲を作るなら、きっと参考になるよ。僕が保証する」
「……ま、いいけどさ」
言っても無駄だと思ったのか、渋々ミアは納得してくれた。
「ありがとう、ミアちゃん。それで早速なんだけどね、ここが……」
「見せてみて」
ミアは近くの椅子を引っ張ってきて、侑の隣に座る。
後はお若い二人にお任せするとしよう。楽しみは後にとっておきたいからね。
△
十九時。ほとんどすべての屋台もイベントも終わり、残るは中庭のステージのみ。空も暗くなり、寒くなってきたにも関わらず、そこにはたくさんの人が押し寄せていた。
ライトが当たらないステージの下も、ペンライトで光の海が出来ていた。
今はY.G.国際の番。あと十分後には、大トリとして虹ヶ咲がパフォ-マンスをする。そのことは伏せられているけれど、会場の期待値は上がりきっていた。
「あ、湊さん!」
ロッティとディアと一緒にステージを見ていると、 本日のスケジュールを全てこなした東雲の遥さんが駆け寄ってきた。
「遥さん、お疲れ様」
「ハルカ、はいペンライト」
挨拶もそこそこに、ディアはどこからともなく予備のペンライトを渡した。
「ファンたるもの同担には優しくすべし」
「布教のタメにグッズは多々買いするベシ!」
同担っていっても君らのそれはスクールアイドル好きな人全員指してるだろ。あと買うのは常識的な数にしようね。
遥さんの傍らには彼方と雰囲気が似た美人な女性がいる。その女性は綺麗に礼をすると、にこやかに挨拶をしてきた。
「あなたが天王寺湊くん? 初めまして」
「初めまして。えーと……遥さんのお姉さん?」
三人姉妹だとは聞いてなかったけど。そう言うと、女性はくすくすと笑った。
「あら、お上手ね」
「お母さんですよ」
「え!?」
「そんな」
「ワオ!」
驚きすぎて三人とものけ反ってしまった。
遥さんのお母さんとやら、三十代どころか二十代と言っても通用するくらい若々しい。いや何歳か知らんけど、間違っても高校生のお子さんが二人いるようには見えない。ドッキリか?
「そちらにはかなちゃんとはるちゃんがお世話になってるみたいで」
「い、いえいえ、僕のほうこそお二人には助けられっぱなしで」
衝撃が抜けないまま、ぺこぺこと礼をする。
そんなことない、と遥さんが言うが、彼女たちが力になってくれたことは多い。彼方とは言わずもがな。遥さんとも定期的に演出等の相談会をしている。
それ以外だと、直近で言えば、QU4RTZの合宿と称したお泊り会だ。あの時はうちの妹の面倒を見ていただきましてどうも。
そんな保護者同士の会話をいくつか重ねて、邪魔になっちゃうからと遥さんが母を連れていく。と言っても僕の仕事はもうほとんどないのだけれど。
「驚き桃の木山椒の木」
「あれ絶対ウソだろ」
「だよネ!? 全然シワとかなかったもんネ!?」
夜の暗がりとはいえ、姿は照明でちゃんと見えていた。その限り、姉にしか見えなかった。あの人が母親なら彼方と遥さんの美人っぷりにも頷けるが……
「天王寺湊さん」
続けて、また声をかけられた。変なことを考えていたせいか、急に来られたせいで飛び上がりそうになったけど、なんとか抑えた。
近江母とはまた別ベクトルで落ち着き払った雰囲気を纏っている女性だった。
「菜々の母です」
「て、天王寺湊です」
ほんわかしていた先ほどとは違って、ぴしっと背筋が整えられているこちらの女性に合わせて、僕も背が伸びる。
スクールアイドルをやることについて話はついたとせつ菜は言っていたが、もしかして僕には何か文句を──
「うちの娘が、大変お世話になっております」
「あ、頭上げてください!」
急に深々と頭を下げた彼女に慌てる。
どうにかこうにかして元に戻したが、油断しているとまたすぐに腰が九十度傾きそうだ。
「菜々から聞きました。今まで正体を隠しながスクールアイドルをしていたこと、そのことについてあなたたちにご協力いただいていたことも」
ロッティはディアの手を取って一歩後ろへ。
せつ菜のことは、一学期から続くことだ。歩夢と侑がやってくるよりも、さらに前。その時点から関わっているのは、ここにいるうちで僕しかいない。そう思って下がってくれたのだろう。
「私、娘には真面目でいてほしかったんです。中途半端な子にはなってほしくないと思って、厳しく躾けてきました。でもそれは、やりたいことを我慢するということではなくて……でも、私がやってきたことが、あの子を縛ってしまっていたって気づいたんです。それを認めたところで、今さら許されるとも思っていませんけど」
彼女は目を逸らす。
勉強が大事、正直が一番、その他にも大人になるまでで必要なことを、これまで口酸っぱく言ってきたのだろう。品行方正を指針として、寄り道をさせなかったことだろう。
中川菜々という人物の表だけを見れば、その教育は成功だったと言える。ただしその裏では多くの抑圧された感情が隠れている。
優木せつ菜という存在が、その証明だった。
それを思い知らされて、この人は混乱したのだと思う。娘に何をして、
表情は、ぼろぼろと泣いていたせつ菜とそっくりだった。
この人もまた、せつ菜と同じく自罰的な人だ。その姿がせつ菜と重なってしまうから、彼女の言葉にはいともいいえとも言えなかった。
「せつ菜さんは……菜々さんは凄い人です。文武両道で、冷静と情熱を併せ持った素晴らしい娘さんです。勉学も生徒会長としての役割もこなして、スクールアイドルとしてもひたすらに努力する姿は誰もが憧れる」
代わりの言葉を、僕は口にする。
「真面目なあの子が、二重の生活をするのは楽ではなかったと思います。時には傷ついてしまったこともある。それは同好会にいるせいでもあったし、僕のせいでもあったこともあります。あなたのせい、というのも否定できません。僕たちの想像以上に、中川菜々と優木せつ菜は苦しんできたはずです」
両方の面があるから、単純計算で二倍苦しむ。それぞれが負う責任を考えたらもっと。
たくさん悩んでたくさん泣いて、たくさん諦めかけた。その姿を、僕は目の前で見てきた。
それでも──
「でも、今はあの子は心の底から楽しんで活動していますよ。それはもうあなたも分かっているでしょう?」
前夜祭のA・ZU・NAのライブを、彼女も見たはずだ。ひたすらに真っすぐ自分を貫く、スクールアイドル優木せつ菜を。
だからこうやって、ここまで足を運んできたのだ。
「今度は直接見てあげてください。優木せつ菜がどんなアイドルか、あなたの目でしっかりと」
僕は手で先を示す。
「こちらにどうぞ。関係者席空いてますから」
「関係者席って、私が行って大丈夫ですか?」
戸惑う彼女に、僕は笑顔で答えた。
「もちろん。あなたは優木せつ菜のご家族ですから」
「セツナのママ、ドウゾ!」
観客席の最前列に中川母を連れていき、ペンライトも持たせてやる。
その時、大きな拍手が起きた。Y.G.国際のステージが終わったのだ。
つまり今から、僕もこの人も待ちわびているものが始まる。
段々と心臓の鼓動が上がっていく。どんなのが来るかという期待のドキドキとワクワクが止まらない。
静かに待つ客の前に、やっと九人が姿を現した。第一回の最後の時と同じ、それぞれの固有衣装で。
いつ見てもバラバラだなと思う。それと同時に、これしかないとも思う。
「五日間に渡った合同文化祭、スクールアイドルフェスティバルも最後のステージとなりました」
「参加していただいたたくさんの学校、スクールアイドル、ご来場のみなさんに、この場を借りてお礼を言わせてください」
「ありがとうございました」
彼方と果林に合わせて、全員が礼をする。
届けてくれる感謝の言葉を、観客は何も喋らずに受け取った。
「次が、最後の曲となります。私たちの大切な仲間が作ってくれた曲です」
「これから歌う曲、そしてこのステージは今日まで出会ってきたみんなのおかげで出来たものです」
「たくさんの出会いが、私たちに力をくれました」
──様々な部や同好会、生徒会、有志のボランティア、他校の生徒が手を貸してくれた。
「ある人が助けてくれたから、新しい歌は生まれました」
──ミアが渋々ながらも手伝ってくれた。
「ある人が提案してくれたから、今回のフェスティバルは実現しました」
──三船さんが生徒たちや僕たちのためにしてくれた。
「ある人が素敵なライブを見せてくれたから、私たちはもっと成長することが出来ました」
──新しいスクールアイドルのランジュが全身全霊をもって挑んできた。
「そして、ここに集まってくれたスクールアイドルを愛してくれるみなさんがいてくれたから、このフェスティバルは無事、フィナーレを迎えることが出来ました」
こんなにも僕らは周りの人たちに恵まれていて、助けられて、好かれている。それを抜きにして、全て自分たちの力だと言うほど自惚れていない。
この素晴らしい人の輪の中にいるからこそ、彼女たちはスクールアイドルとして輝ける。引っ張り上げて引っ張り上げられて、ファンやスタッフ、家族や友人と一緒に、どこまでも。
「そしてまた、ここから次の夢は始まります。私たちと一緒に、走り出していきましょう」
歩夢は観客へ手を伸ばす。
圧倒的なカリスマで、与えるだけ与えるランジュとは違って、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は──
そして曲が……始まりはせず、客席側の後ろにもライトが当たる。
そこにあるのはピアノ。そして傍で立っているのは侑だ。彼女は礼をして、椅子に座った。何をするのかはだれの目にも明らかだった。
彼女が作った曲を、彼女自身で始める。そのために、場所は離れていても同じく壇上に上がったのだ。
静まった空気の中、観客の視線が一気に注がれる。
侑は一度深呼吸して、そっと手を鍵盤の上に持っていく。
その手が、震えていた。
そりゃそうだ。アイドルじゃないのに壇上に上がって、しかもこんな大人数の注視の中。さらに、侑はまだ始めたてといっていいレベル。ミスをしたら……なんてのがよぎる。
だけど、僕やミアが代わりに、なんてのは出来ない。
今から披露されるのは、侑の曲。侑が作って、侑がみんなに伝える曲。だからこの場でだけは、侑が弾くしかないのだ。
──頑張れ。
アイドルだけじゃなく、観客の心までもが一致した気がした。
大声でエールを送りたい気持ちを、ぐっと堪える。
大丈夫。出来る。侑ならきっと出来る。
声が口をついて出そうなほど感情がピークに達したとき──侑の指が、滑るように、なめらかに動いた。
新しい曲が生まれたとさっき言っていた。つまり当然、それは僕の知らないメロディーだ。
アイドルが届ける高咲侑の曲。
ずっとステージの下から応援してきた侑が、みんなと同じ目線に立って叶える夢の結晶。
──侑、君は、君たちは……
思わず頬が緩む。
成長した侑が奏でる音と、調和するスクールアイドルたち。明るく光る太陽のような、個々に優しく照らしてくれる星のような、まさにこれがトキメキなのだろう。
前に、僕を除いた十人で完成されていると感じたことがあった。今、それがどれだけばかばかしい考えだったか分かる。
ソロでもユニットでも九人揃ってでも、まだまだ僕が知らない可能性が眠ってる。それを起こせるのは、彼女たち自身であり、僕でもある。
新しく入った三船さんも、ライバルであるランジュやミアも、競い合いつつ助け合う他のスクールアイドルたちも、駆けつけてくれるファンたちも、誰もが可能性を広げてくれる欠片なのだ。
どこまでいっても多分、完全完璧に完成することなんてないんだろうけど、でもきっと僕の望む最高のスクールアイドルはここで見つかる。
そう思わせてくれるほど、この曲はこの先の世界を大きくした。
「いつの間にここまで……」
ずっと近くで見てきたつもりだった。侑に音楽を教えたのは僕だし、同好会活動についても指導した。
だけど、よくぞここまで辿り着いたものだと感心する。
音楽の道を進むと決めてからまだ数か月。本来なら作曲なんてまだ先の先の話だと思ってたのに、驚くようなスピードで咲き誇っていく。
それが嬉しすぎて楽しすぎて、体が勝手に動いて、いつの間にかペンライトを振っている。
ちらりと横を見れば、彼方の母もせつ菜の母もリズムに乗って大きく体を動かしている。
「お姉ちゃーん!」
「ミンナー!」
「あっぱれ」
もちろん、今は客となっているスクールアイドルたちも同様。勢いあまって吹いてくる熱風から察するに、後ろのファンも五校の生徒たちも当然。
きっとあのステージに立っているみんなには、色とりどりの光が視界いっぱいに広がっていることだろう。
侑だけでなく、虹ヶ咲のスクールアイドルが、あの九人がしっかり曲を自分たちのものにしているからの結果でもある。
完成してから数時間しかないのにも関わらず、ダンスも歌も一糸乱れることはない。それだって、ロッティやディアが今までユニット練習に付き合ってくれて、誰かと一緒に魅せる真髄を教えたからだ。
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は色んな人から受け継いで、受け取ったものをたくさんの人に渡そうとしている。
その中には僕もいて──
素敵なことも嫌なこともあって、特別が詰まっていて、思い返すことも出来ないような普通がある。
これまで一緒だったあなたと、今共にいる君、そしてまだ見ぬみんなで見るトキメキ。
この曲はきっとそんな物語なんだ。