「えーそれでは……スクールアイドルフェスティバルと文化祭が無事に大成功となりまして、ご協力いただいたみなさんには──」
「かんぱーい!」
せつ菜の堅苦しいあいさつを遮って、みんなが飲み物が入ったグラスを掲げる。
ラストステージが終わって、貸し切り状態の食堂にみんなが集まっていた。他の高校の人たちは明日各校のお片付けがあって、集まれているのはこの学校に宿泊許可を貰っている一部の虹ヶ咲生だけだけど。
お菓子もジュースもたくさん。焼き菓子同好会はじめ、色んな部が提供してくれたのだ。しかも文化祭の残りじゃなくて、わざわざこれ用に作ってくれたらしい。
「雨が降らなくてよかったです。また天王寺さんがびしょびしょになって走ることもなかったですし」
毎度毎度お世話になっている副会長が胸をなでおろす。
せつ菜がスクールアイドルとして表に立っている時間が長かった分、今回の最高責任者は彼女だった場面が多かったから、ようやく終わって肩の荷が下りたのだろう。
「その節はどうも。僕も、もう反省文書きたくないからね」
「反省文なんて書いたんですか」
「十枚」
苦情は来なかったらしいけど、生徒のみならず外部の人たちにも走ってるところを見られてしまった。
事情が事情だけにお小言は最低限だったし、罰もそれだけで済んだのは御の字だ。
「もうあんなことはしないようにお願いしますね」
「なんだろう。お願いされてる立場なのに圧を感じる」
まあそりゃ、生徒会の人からしたら見過ごせないことなのだからしょうがないんだけど。
「はんぺんも、今日はよくやってくれたね」
オープニングの時にまさかの大活躍をしてくれた白猫を抱きかかえたまま、撫でてやる。ごろごろと喉を鳴らしてご機嫌なやつめ。今度良いご飯とおやつを買ってきてやろう。
「あ、天王寺くん、ちょっといい?」
「はい?」
不意に三船先生に呼ばれ、左手にはんぺん、右手にグラスを持ったままそちらに赴く。
「栞子がね、天王寺くんと距離を感じるーって悩んでるの。どうにかしてあげて」
「ねねね姉さん!?」
傍らにいた三船さんが珍しく動揺する。信じられない、といった顔で姉を見た後、目を泳がせながら僕へ向き直った。
「あの、同好会のみなさんは名前で呼び合っているのに、私たちだけそうじゃないな、と。わ、忘れてください!」
名前呼びで関係がどうのこうの……というのは同好会の子たちに散々言ってきたけど、現状だとそれは通用しない。
せっかく同好会の一員となってくれるのに、一人だけ苗字呼びで距離を感じてしまうのは、あまりよろしくないだろう。
「好きに呼んでくれたらいいよ、栞子」
彼女が気にしないように、努めてなんでもないふうを装う。
「さらっと言う感じのあの顔と口調さあ、天王寺くんってたらしなの?」
「そうですよ。泣かした女は数知れず」
「誰もが、チャンスあるんじゃないかと思って」
「淡い希望を捨てきれずに溺れていく」
そこ、うるさいぞ三年生三人。
僕だって呼び方をシフトするのには慣れていなくて、気にしてるんだから。
「み、みみ、みみみな……湊、さん……」
僕の恥ずかしさなんて、栞子のに比べると極小の点だけど。
最後のほうは声がしぼんでほとんど聞こえなかったが、彼女なりに努力してくれていることは伝わってきた。
「な、慣れませんね」
「そのうち気にならなくなるよ」
「そうそう。湊くんも昔は頑なにみんなのこと名前で呼ばなかったし」
「歩夢ちゃんもようやく敬語外れたしね」
にこにこと、いやにやにやとこちらを見る三年生たちは、もうちょっと無視しておこう。
「妹が悪い男に引っ掛かりそうで心配」
「今まさに悪い男に引っ掛かってますよ。いえ、良い人なんですけど」
△
「湊先輩、最近私たち以外に構いすぎじゃないですか!」
打ち上げスタートから三十分ほどが経って、それぞれ話も盛り上がってきたところで、かすみがそんなことを言い出した、
「そんなこと……ある、かも」
違うと言いかけたが、思い返してみると心当たりはある。璃奈にも指摘されたことだ。
フェスティバルの準備期間は、自分のことは自分に任せて、統括は侑がしていた。
その間、ランジュや栞子、それに他校のスクールアイドルと連携が取れるようによく顔を合わせていたが、虹ヶ咲のメンツとは入れ違いになることも多々。
「でも構うって言ってもね……」
「口答え禁止ですっ。なんですか、その顔。まるで私を駄々っ子みたいに見て」
「今まさにそう言おうとしたところ。君、エスパーの才能あるよ」
「む~~っ」
「まあまあ、かすみさん」
しずくはぽんぽんとかすみの肩を叩いて宥める。
「湊先輩が忙しいのは知っていますが、それでも寂しかったんです。文化祭を一緒に回ろうと言ったのも、それが理由なんですよ」
「し、しず子、それは内緒だって言ってたじゃん!」
へえ、可愛いところあるじゃないか。いや可愛いところしかないな。
僕のことで寂しさを感じさせてしまうのは反省。同時に嬉しくもある。いてもいなくても同じだなんて、もうどこかへ吹き飛んでいった。
「どうしてボクまで……」
この打ち上げにはミアも呼んである。というか連れてきた。璃奈と侑が両腕を掴んで連れてきた。
「手伝ってくれたじゃないか。最後のステージは、君のおかげでもある。璃奈が言ってたじゃないか。だからだよ。遠慮しないで。お菓子もお茶も、他にもいろいろあるよ。どれがいい?」
「……ハンバーガー」
ちょうどある。
晩御飯時はちょっと過ぎてるけど、食べてなかった僕らのために、先生方が自腹で買ってきてくれたらしい。
「ハンバーガー、好きなの?」
「悪い?」
「悪くない」
かぶりつくミアに、思わず笑みがこぼれる。さっさと帰ってしまおうという感じではない。同じ音楽科として、スクールアイドルの作曲を手掛ける者として、共に楽しんでほしいものだ。
僕もハンバーガーを手に取る。その隣を侑も取った。
「湊さん、私の演奏どうだったかな?」
「最高。感無量。まさかあんな良い曲を作り上げるなんてね」
「ま、ボクも手伝ったんだ。当然だよ」
「うん、ありがとう、ミアちゃん」
「だから、先輩を付けろって」
このやりとり、もうパターン化してきたな。ミアは先輩って感じしないから。十四歳なんだから当たり前っちゃ当たり前。
「ミアちゃんも聞いてくれた?」
「聞いてなきゃ、こんな時間まで学校にいないよね」
「べ、別に。ベイビーちゃんがちゃんと出来るか見てただけさ」
分かりやすいツンデレいただきました。
普段はクールで技術も高いミア。からかわれて照れるところは年相応なの、可愛いな。
「次は三人で合作するとかどうかな?」
「それいい! 考えただけでトキメいちゃう! 三人と言わず、ロッティちゃんとディアちゃんも誘って、五人で!」
「お、おい、ボクはやるとは言ってないぞ」
後ずさる彼女を、僕と侑で挟む。
「もちろん、侑の曲に何も感じなくて、編曲も楽しくなくて、もうこりごりだって言うなら無理に誘わないけど」
「それ、は……ずるいぞ、湊」
そう言ってくるのは君で何人目だったかな。
文化祭に参加して、曲作りも手伝ってくれて、ここまで来てくれて、何も思ってないなんてことはないのはわかりきってるからね。
明確に拒否してこないならもうこっちのもんよ。バンドやった時みたいに、話を進めて進めていつの間にか戻れないところまで行ってやろう。
「それにしても、本当に終わったんだよね。まだ半分くらい実感わかないかも」
「燃え尽き症候群にならないようにね」
「もちろん。みんなからいっぱトキメキを貰ったから、もっと頑張れるよ! 急に辞めるなんて言うつもりなんてないもん」
「後輩がいじめてくる」
あの時のことは、もういいじゃない。それはそれはもう反省してますから。
「……なんか、楽しそうだね、キミたち」
「楽しくやるのが同好会のモットーだからね。ミアちゃんも入る?」
「……」
ミアの目が少し泳いだ。
ランジュが入らない以上は彼女を引き入れるのも難しいと思ったけど、スクールアイドルに興味を持ち始めてきた今ならもしかして……
と、その噂のランジュが食堂に入ってきた。彼女も今回の立役者の一人。打ち上げには絶対に来てくれと誘い出していた。
彼女は一度見渡した後、真っすぐこちらへ、侑のほうへ向かってきた。
「最後の曲、私が作ったんだ。ミアちゃんにも手伝ってもらったけど……でも、あれが私の全力。どうだったかな」
目の前まで来たところで、侑が真っすぐランジュを見据えて言う。
オープンキャンパスから始まった同好会とランジュのライバル関係。お互いここで決着をつけるつもりだった。
勝ち負けとか優劣じゃなくて、スクールアイドルは孤高であるべきか否かを相手に認めさせるステージ。
ランジュはオープニングアクトで、その実力で見事に客へ自らの煌めきを与えた。対して同好会は、最後にみんなで辿りついたトキメキを見せた。
「良かったわよ」
あっさりと、ランジュは認めた。
そこには、自分だけが正しいなんて思いは一切ない。
晴れやかとは違うけど、憑き物が落ちたみたいな顔で、侑に微笑みかける。
「アナタの覚悟、伝わったわ」
負け惜しみの一切ないその表情で、今度はここにいるみんなを、スクールアイドルたちを見る。
「アナタたちも、見事に互いさを証明してみせた。私は百パーセントやりきったけど、同好会はそれ以上だった。ここに来た価値は十分あった。後悔はないわ」
言うだけ言って、僕らが引き留めるよりも先にランジュは踵を返して去っていった。
彼女に認めてもらって、目標を達成できた。そのはずだ。やったという達成感がある。
でも、それと同時に何とも言えないもやもやが、心に残っていた。