天王寺湊は虹を駆ける【完結】   作:ジマリス

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86 虹ヶ咲学園スクールアイドル:ミア・テイラー

「では改めて……」

「スクールアイドル同好会へようこそ!」

 

 新しく入部することになった栞子、ミア、ランジュを部室に迎えて、みんなで拍手。

 一学期と同じような騒動もあり、感覚的には半年以上経ったんじゃないかと錯覚するくらい濃密だった。が、 栞子が自分から目を逸らすこともなく、ミアは歌を人に届けられるようになり、ランジュも帰国せずに僕らと活動。最終的には丸く収まった。

 

「こんなに歓迎されてるなんて……なんだか変な気分だわ」

 

 今まで一人でやってきたからだろう、こんな大人数に迎え入れられるのは、ランジュにとって異様らしい。

 いきなり慣れろ、なんて言わないから徐々にでもこれが当たり前になってくれたらいい。

 

「同好会のみなさん、まだ分からないことばかりですが、どうぞよろしくお願いします」

「そんな堅っ苦しくなくてもいいんじゃない?」

「そういうミアちは、前から同好会にいるみたいだけどね~」

「み、ミアちはやめろよ」

 

 愛がからかうのを、ミアは恥ずかしげにしながら止める。以前だったら『先輩だぞ』とクールに言ってたのが嘘みたいだ。

 

 さて、新人を迎えて、我が虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は総勢十六名。一年生が六人、二年生が五人、三年生が五人となったわけだ。

 Alpheccaの二人が入ってきた時点でも各学年の人数バランスは良かった。今回はそれぞれの学年に一人ずつ入ったから、そのバランスは崩れない。

 男女比はだいぶ傾いてるけど。スクールアイドル同好会だから女の子が多くなるのは当然だけど、段々と肩身が狭くなってくるねえ。

 

「あの部長、入部届を提出したいのですが……」

 

 栞子がおずおずと名前を書いた入部届を差し出してくる。

 

「僕じゃないよ」

「そうなのですか? では……」

 

 続いて、栞子はせつ菜と侑を見る。

 それを見て、僕は苦笑した。一番最初にステージをお披露目したうえに生徒会長のせつ菜、裏方で活躍を見せる侑、この二人は基本的に対外交渉も多く行っているため、同好会代表として見られることも多い。栞子が間違えるのも無理はない。

 

「私でもありません」

「あ、部長はね……」

「この同好会の部長は、この中で一番人気があって実力があって、とびきり可愛い子ですよっ」

 

 答えたのは真の部長であるかすみ。だがランジュはきょとんとして……

 

「え、ランジュ?」

「んなわけないだろ」

 

 ミアにツッコまれていた。

 

「湊さんも侑さんも部長ではないのですね」

「というか、部員になった順番としては、僕は新しいほうだからね。十一番目」

 

 驚いた顔をされた。

 まあその気持ちは分かる。が、僕が正式にここの一員になったのは第一回スクールアイドルフェスティバルが終わってからなのだ。

 

「同好会の部長はかすかすだよ」

「かすかすじゃありません! ていうか部長はかすみんですけど、かすかすって呼ばないでください」

「きゃんきゃんうるさいなあ、子犬みたいだ」

「こ、子犬……かすみんは子犬でもありません! がるるるる……」

「まあまあ」

 

 そういう仕草が子犬っぽいんだって。しずくに宥められるのも含めて。

 

「もう、こんなんじゃ先が思いやられます……あ、そうだ! ねえ、しず子ん家って広いよね。みんなで泊まれる?」

「え、あ、うん。大丈夫だよ」

「みーなさーん。今度の連休は、同好会のみんなで親睦を深めるために、お泊り会を開いちゃいましょう!」

 

 しずくの返答を受けて、かすみは高らかに宣言する。

 何を企んでいるかはともかく、その提案は楽しそうだ。みんなも空いているみたいで、断る人はいなかった。

 

 いやしかし、即答するなんてよっぽどの豪邸なんだろうなあ。だって、彼女自身を除けば十五人だぞ。

 

 

 

 

「へえ、こういう音の重ね方もしてるんだ」

 

 音楽室で、僕とミアは椅子を並べて一つのノートパソコンを見ている。

 他の学校のスクールアイドルの楽曲だったり、僕が今まで作ってきたものを彼女に聞かせているのだ。

 その横顔をちらりと見れば、綺麗ながらもまだ幼さの残る顔で真剣に画面に見入っている。

 

 ミア・テイラー。

 その天性と努力によって磨かれた音楽センスは、この時点で僕より数段上だ。

 既に世間から認知されてる通り、作曲においては学校に通う必要もないくらい上手。また、歌声は年相応の幼さを残しつつも、大人顔負けの綺麗さを誇る。

 アーティストとしてはもう一流なレベルだが、スクールアイドルとしてはまだまだ新人。日本のアイドルやアニメの曲に見られるような特徴はまだ掴み損ねているらしく、僕が教えているのだが……

 

「そんな近くなくてもよくないか」

 

 机を二つ並べて、その真ん中に僕のパソコンを置いてるのに、彼女はわざわざ僕のほうへ椅子と身を寄せてきていた。

 

「差別するの? 璃奈はいつもこれくらい近づいてるって」

「璃奈に聞くのはずるいだろ。妹なんだから」

 

 かすみとロッティに聞くのも禁止。あの子たちもほとんどゼロ距離だから。

 

「それに、最初に言っただろ。湊をボクの隣に置くって」

「こんな物理的な意味だとは思わなかったよ」

 

 ランジュが僕を勧誘しに来た時、ミアも彼女に賛同した。

 その時は、スクールアイドルをよく知る者としての補佐というつもりで聞いていたんだけど。

 

「湊は、イヤ?」

「……果林だな」

「こう言うと湊は断れなくなるって」

 

 まーた変なこと教えてる。教育に悪い。別にそんなことしなくても、やってほしいことがあるなら叶えるのに……無茶なものじゃなければ。ちなみに果林のお願いは大体無茶。

 十四歳とはいえ、既にその美少女っぷりは同い年の中でずば抜けているだろう。それが果林のような色香まで出し始めたらと思うと……末恐ろしい。

 

「スクールアイドルについてだったら、侑もせつ菜も詳しいから訊いてみるといいよ」

「ベイビーちゃんもせつ菜も、早口で迫ってくるからやだ」

 

 オタクあるある。好きなものを語る時に喋るスピードが爆上がりする。

 特にあの二人にスクールアイドルを語らせたら、いつまでも喋ってるからなあ。どんだけチェックしてるんだと。

 侑が音楽科に入って間もないのに作曲できたのは、ひとえにその情熱があるからだろう。

 そういう意味でもミアはまだまだ新参者。追いついてくるにはまだ時間が必要だ。

 

 しかし放っておくのはあまりよろしくないだろう。

 この前、ランジュを引き留めるための曲を作っている間、寮に引きこもってエナジードリンクとコーラ、パワーバーで済ませていたという報告を受けている。

 今は同じ寮住まいのエマが気にかけてくれているようで改善はされているが、染み付いた習慣がそう簡単に変わるわけもなく、目を離すとすぐに偏ったものに手を出すらしい。

 食に関心がないみたいで、とりあえず腹を満たせればそれでいいという考えっぽい。外に食べに行くと思えば、好物のハンバーガーしか口にしないようだし。

 

 ……ふむ。

 

 

 

 

「彼方ちゃんと」

「天王寺湊の」

「愛情クッキング~」

「いえーい!」

「待ってましたー!」

「ヒューッ!」

 

 家庭科室。エプロンに着替えた僕と彼方を、侑・愛・ロッティが囃し立てる。他のみんなもぱちぱちと拍手。

 ただ一人ミアだけが『は?』と言いたげに口を開けている。

 

「さて今回はハンバーガーを作っていこうと思うんだけど、僕は作ったことないなあ」

「彼方ちゃんはあるよ~、授業でね。ばっちり任せておきたまえ」

「じゃあ早速作っていこうか」

「レッツクッキング~!」

「おい」

 

 流石に看過できなくなったのか、キッチンの向こう側、みんなが座っているその中心でミアが声を上げた。

 

「なんだよ、この茶番は」

「え~、せっかく楽しませようとしたのに」

「料理するのをただ眺めてるっていうのも暇だと思って」

「そういうのいいよ。あ、まさかこの様子をどこかで撮ってるんじゃ……」

「撮ってたらこんなことしないよ」

「撮ってないのにこんなことしてるほうがおかしいだろ」

 

 そうかな。そうかも。

 

「栄養とか大丈夫なのかしら? あまり偏るようなら、少し遠慮したいのだけど」

「いい質問ですねえ、果林ちゃん」

 

 なにキャラか分からないけど、ぴしっと人差し指を立てて彼方が答える。

 

「ハンバーガーは結構栄養バランスが良いんだよ。三大栄養素と言われる炭水化物、たんぱく質、脂質に加えて、野菜もちゃんと入れることでビタミンやミネラルとかも取れるんだ~」

「一般に栄養が悪いってイメージがあるのは、店で売ってるのは保存料とか着色料を使ってるとか、濃い味にするために色々カロリーの高いものを入れてたり、あとサイドメニューが揚げ物が多いっていうのもあるだろうね」

 

 ようは、入れるもの次第ってわけ。鍋と同じだ。

 へえ~とみんなは頷く。

 

「肉は全てを解決するってわけね!」

「野菜もちゃんと入れるって言ってただろ……なんだかランジュのIQが下がってる気がする」

「大丈夫。ここに入ったらみんなIQ下がるから」

「大丈夫な要素ゼロじゃないか」

 

 元からIQ下がってる人もいるけど。

 

「なんですか。なんでかすみんを見るんですか」

 

 いやなんでもないよ、なんでも。さぁて、お兄ちゃん張り切って作っちゃうぞ~。

 

「ところで、ミアちってみーくんと同じクラスなんでしょ?」

「そうだよ」

「ちゃんと馴染めてる?」

「……まあまあ」

「最近はしぶしぶって感じでみんなとも喋ってるよ」

 

 テイラー家であり新人スクールアイドルにもなった彼女を、音楽科のミーハー集団が逃すわけもなく、特にここ数日は休み時間になるたびに引っ張りだこ状態だ。

 助けて、という嬉しい悲鳴を聞かないふりして、いつも見送ってる。

 

「でもやっぱり湊とが多いけどね。前と後ろの席だから」

 

 ふふんとミアが胸を逸らす。

 

「ずるい」

「ね、私もミアちゃんと湊さんと音楽トークしたいのに」

 

 同じ音楽科であるディアと侑が口を尖らせる。音楽の話なら部室でもしてるし、帰った後も通話アプリでやり取りしてるのに、まだ足りないのかこの子らは。

 

 これだけの人数が集まると、共通の話題を持った者が多くなる。

 先ほどの音楽もそうだし、例えばせつ菜や璃奈はアニメトークで盛り上がる。ミアとランジュが加わったことで、外国人から見る日本の話もよく聞く。

 

「最初に比べると、人数も増えてきたね」

「かすみんとしず子、せつ菜先輩に、エマ先輩と彼方先輩と湊先輩だけでしたからね」

「もっと言えば、一度解散したから、再スタートは僕とかすみだけの状態から」

「解散?」

 

 ランジュが首を傾げる。ミアと栞子も。その反応に、僕らは一斉に「あー……」と口を揃えた。

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

「そんなことが……」

 

 代表して璃奈が今までのことを説明し終わると、栞子はおそるおそる僕へ目を向けた。

 

「湊さん、きっと今も──」

「出来た、綺麗な真っ平パティ」

「すご、お店のやつみたいじゃん!」

「湊くん上手~」

「これミアの分ね」

 

 そんなことはともかく、五個目にして思った通りの形を作れて、僕は悦に入る。

 それを一旦お皿に乗っけると、呆気にとられた新人三人と目が合った。

 

「こっちセンチメンタルな気分だったのに」

「そりゃあ昔はいっぱいいっぱいだったけど、もう『色々あった』くらいにしか思わないから」

 

 相当傷ついたことは確かだ。けどそれを帳消しにして過去にするくらい、今が楽しい。そう思わせてくれるのはみんながいるから。

 せっかくこんな輝かしい毎日があるのだ。過去を背負うのは変わらないけど、引きずるのはもう止めにしたのだ。

 

「どうしたの、せつ菜ちゃん?」

「いえ、その、『色々』の発端が私だったことが多いなあって思いまして……」

 

 歩夢に訊かれて、せつ菜はしゅんと顔を俯かせる。

 

「気にするなとは言わないけど、でも僕の言ったことに偽りはないよ」

「……『素敵に成長している』ですよね」

「そんなこと言ったの!?」

「相変わらず、隙あらば口説くんだから」

「口説いてないって」

「それはそれで問題なんだけどね」

 

 口説いてないなら問題なんてないじゃないか。僕はあくまで、その時思ったことを素直に言ってるだけ。

 

「ところで、ロッティはさっきからだんまりだけど、大丈夫なのか?」

「ロッティは肉を目の前にするとそっちに意識が集中する」

「獣みたい」

 

 そう。いつもならマシンガンのように絶え間なく喋るロッティは、今ひたすらに僕が肉を焼く様子をじっと見てくるのだ。

 ここで手を出したり急かしてこないあたりは、リーデル家の教育が行き届いてる証だ。とはいえあまり焦らしても良いことはないし、手早く済ませよう。

 

 肉にレタスにトマト。スタンダードにまとめて、バンズで挟む。

 人数が多いから作るのも少し手間取ったけど、ロッティの忍耐が決壊する前にはみんなの手に行き届いた。

 僕たちも腰を落ち着けて……

 

「それでは……」

「いただきまーす!」

 

 良い匂いを充満させていたせいで我慢できなくなったみんながかぶりつく。

 僕も一口。

 彼方のつけてくれた下味が支える肉と、瑞々しいレタスのシャキシャキとした食感とトマトの酸味が程よく噛み合って、しつこさを感じさせずに流してくれる。

 

美味しい(lecker)!」

 

 半分以上食べ終わって、ロッティがやっと言葉を発する。

 よほど美味しかったようで、隣のエマと幸せそうな笑みを浮かべた。

 

「凄い食べっぷり……」

「ミナトとカナタのハンバーガーって聞いテ、お菓子ガマンしてタ!」

 

 みるみる間に一つを食い尽くしていくロッティ。普段運動してるから基礎代謝が高めだし、いつも全力だからお腹空きやすいんだろうなあ。

 

「きゃあっ、凄いわ! お店のって言われても分からないくらいよ!」

「柔らかくて肉汁が溢れてきて……ボーノ♪」

「あまりこういうのは食べてきませんでしたが、こんなにも美味しいのですね」

「栞子ちゃんもお兄ちゃんと彼方さんの料理にハマったら、外で何も食べられなくなるよ」

 

 口々に褒められて、彼方と僕は顔を見合わせて笑顔になる。

 

「焼き方にもコツがあってね、ただ油を引いて焼いて~だけじゃないのだよ」

「流石、フードデザイン学科だね」

 

 料理の腕は、やっぱり全然敵う気がしないなあ。遥さんがどんどん上達しているらしいのも頷ける。

 

「ミアさんもすっかり虜みたい」

「そ、それはキミもそうだろ」

 

 指摘されて、顔を赤くするミア。彼女のみならず、栞子もランジュももうすっかり同好会の一員って感じだ。

 同じ釜の飯……ではないけど、一緒にご飯を食べれば、大抵距離は縮まるもの。

 

 三人の歓迎会が成功に終わったことは、彼女たちの笑顔が証明してくれた。

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