お泊り会二日目。
みんな、普段から規則正しい生活を送っているようで、遅くまでお喋りしていた割には早くに起きた。
目が覚めた瞬間、美少女が近くに十五人もいるなんて状況に僕が耐えられるはずもなく、着替えだけ持ってぱぱっと部屋を出る。
そういえばどこで着替えたらいいんだろうと悩んで、仕方なくトイレをお借りして手早く済ませる。その後、みんなのいる部屋の前に待機するのも変態的なので、このでかい家を回ってみることにした。
家の中でもきれいな空気が循環しているのは、毎日丁寧に掃除されているから、そして家の周りが緑で溢れているからだろう。
昨日は玄関からしか見えなかったが、庭にはなんとも荘厳さを感じさせる盆栽が並べられていたり、低木が身近に自然を感じさせてくれる。
朝からこれほどのものを拝めるなんて、贅沢だ。
すっかり見惚れていると、ゆったりとした足音が近づいてきた。そちらを向くと、しずくのお母さんがすでに着物に着替えていて、にこりと笑顔を向けてくる。
「あら、天王寺さん、おはようございます」
「おはようございます」
ぺこりと一礼。
「昨夜はよく眠れましたか?」
「それはもう、ぐっすりと」
夜更かししてお喋りしたのは黙っておこう。いや、それ以前に女子たちと同じ部屋だったのも伏せておこう。
娘も含めた年頃の女子が、男子と同部屋で寝ていたなどとは知りたくないだろう。
「わんっ」
「うおっ」
不意打ちの鳴き声に、思わず素の驚き声が出た。
いつの間にかオフィーリアが寄ってきている。それだけでなく、何かを催促するようにじーっとこちらを見てきていた。
「撫でてほしいそうですよ」
え、と僕は狼狽する。
「ふふ、大丈夫ですよ。噛みついたりしませんから。たぶん」
わあ、セリフも言い方もそっくりだ。さすが親子。
硬直していた僕は、おそるおそる膝をついて、ゆっくりと手を伸ばしてみる。たしか昨日、しずくやロッティは体の側面を撫でていたような。
丁寧に手入れされているのだろう、毛はふわふわで、ロッティやディアがあれだけ夢中になるのも分かる。
ぎこちない手つきで撫でている間も、オフィーリアは大人しくしていて、僕のほうもだんだんと緊張が解けてくる。と思ったら、くうん、と甘えた声を出して、体を擦りつけてきた。ひい、でかい。
「あ、湊先輩」
オフィーリアがのしのしと僕の膝に前足を乗っけてきたところで、さらにしずくも登場した。
寝巻からよそいきの私服になった彼女は、僕と母、そしてオフィーリアを順番に見る。
「お母さん、おはようございます。オフィーリアもおはよう。湊先輩に撫でてもらってたんだね」
オフィーリアは僕から離れて、しずくに寄っていく。少し強張っていた僕の体から、ようやく力が抜けた。
「みなさん着替え終わりましたよ」
「あ、ああ。ありがとう。じゃあ行こうか」
押し倒されそうだった姿勢から立ち直り、戻ろうとするしずくについていこうとする。
「楽しんでくださいね」
「ありがとうございます」
去り際にかけられた声に、また一礼。
いやあ、本当に礼儀正しい人だな。ここで育ったオフィーリアがあんなに大人しいのも頷ける。最後は迫られて怖かったけど。
△
「今日の鎌倉観光は、オリエンテーリング形式にしたいと思いますっ」
「オリエンテーリング?」
朝食も食べ終わり、玄関前に集合した僕たちは、かすみの一声に首を傾げた。
「詳しくはりな子からどうぞ」
一任された璃奈は、自分のスマホ画面をみんなに向けた。
中央には『ニジガクGO』の文字、その周りには十を超える可愛い猫の絵が配置されている。
「スマホを使って、鎌倉を散策しながらあちこちランダムに現れるバーチャル猫を集めるってゲーム」
最近よくある、スマホの位置情報とカメラを利用したARゲーム。街中の風景にカメラを向けることで、そこに目的のものがあれば映る仕組みだ。
目当てとする猫は、それぞれ同好会のメンバーをモチーフとしているみたいで、つまり全部で十六匹が捕獲対象らしい。
てかゲーム作ったの、璃奈。天才すぎんか?
「猫に近づくと音がして、地図上に出てくる。誰かが先に捕まえても、同じ猫が発生するから取り合わなくてOK。時間内にたくさん集めた人が優勝」
「我が同好会はライバルだけど仲間、仲間だけどライバルです。競い合いつつも、絆を深めていきましょう」
おーっ、とみんなが賛成したところで、愛がばっと手を挙げた。
「ところで、優勝したら賞品ってあるの?」
「へ、特に考えてなかったですけど……」
「じゃあ優勝した人のお願いを、みんなで叶えてあげるのはどうかな?」
「いいですね」
競い合うなら、何かしらの報酬があるほうが燃えるだろう。僕も賛成。無茶なことを言ってくる子はいないはずだし。たぶん。
「だったら私はみなさんと十二時間耐久アニソンカラオケ大会がしたいです!」
「愛さんはみんなに胴上げしてもらいたいな」
「スポーツ大会やりたイ!」
「もう一回お泊り」
別に普段言っても叶えてくれるものばかり。まあそれだけ通常状態で満たされてるってことなんだろうけど。
この分だと、変に無茶なことを言ってくる人はいなさそうだ。
「湊先輩は、勝ったら何をお願いするんですか?」
「僕の心の平和と安寧」
「昨日の、根に持ってます?」
傍から見たら恨まれるほど贅沢な場面だったのは認めよう。だけど、実際に体感してみると、理性がごりごり削れる生殺しの拷問だった。
今回はそういうのはないと油断していたのに、数の暴力というのは恐ろしい。これなら、一晩中オフィーリアに追いかけ回されるほうがマシだったかもしれない。
「よーし、絶対全部見つけますよ~!」
そんな僕の後悔をよそに、かすみは張り切っている。
全員が固まって移動しても競争にはならない。しかしそれぞれバラバラで動くのも、今回の目的の一つである部員同士の交流や観光とは離れたものになってしまうので、数人ずつで探すことにした。
僕は気になっていることもあり、かすみと二人での行動を申し入れた。それに関して多少のブーイングや冷やかしが起きたが、なんとか宥めて納得してもらう。
スタートの合図とともに、かすみはずんずん進んでいく。あっちでもないこっちでもないとスマホを振り回す姿は、遊びというよりかは真剣勝負をやっているように見える。
元々ご褒美なんか用意していなかったのに、やたらと張り切っているのは主催だからだろうか。
「全然見つかんないじゃんっ」
散策を初めてから数十分後。アプリを見る限り、他のメンバーは順調に猫を見つけていっているようだが、僕らはまったく収穫がなかった。
他に漏れず負けず嫌いだが、それ以上の落胆ぶりと焦りを見せるかすみが地団駄を踏む。
「どうしよう……かすみん部長化計画が全部ダメだったら、部長じゃいられなくなっちゃいますよぅ」
かすみん部長化計画? 聞こえてきた単語に首を傾げる。部長化もなにも、かすみは元から部長なのに。
どういうことかと考えていると、前から見知った二人がやってきた。
「かすみさん、どうかされましたか?」
「しお子にランジュ先輩……0匹仲間じゃないですか」
かすみはさらにがっくり肩を落とした。
やってきたのは最近うちに入ってきた中の二人で、アプリを見る限り僕たちと同じでまだ猫を見つけられていないみたいだ。
「親睦会だっていうのに、君たちはその二人なんだね」
「幼馴染として、ストッパーにならないといけませんから」
栞子にこそっと言うと、そう返された。
確かに。以前、僕を振り回した時もランジュはやたらとテンションが高かった。観光となれば、そりゃあっちへこっちへ行きたくなるだろう。
今回も、そういうものだと思っていた。だが……
「そのランジュは、今日は大人しいみたいだけどね」
「分かりますか?」
「そりゃあね。昨日あれだけはしゃいでたのに、今日はこれだから」
今日の彼女は、人を振り回すどころか、並んで歩いて落ち着いている。散策も猫探しも楽しんでいないわけではなさそうなのだが。
「ちょっと訊いてみる?」
「いえ、私に任せてください」
僕の申し出を、栞子はきっぱりと断った。
「ランジュの気持ちを、ちゃんと分かってあげたいんです」
「……そうか。それじゃ、任せるよ」
幼馴染だったのに苦しみに気付けなかったという栞子の思いは、察するに余りある。が、そんな思いをして、させてしまったからこそ、栞子はランジュと再び最初からやり直そうと言ったのだ。
わざわざその間に入っていくのは、お節介でも手助けでもなくただの邪魔。今は見守るとしよう。
「かすみも湊も0匹なのね」
「探してるけど全然見つからなくてね」
肩をすくめる。結構歩き回ったつもりだが、どうも運が悪いらしい。他のメンバーが順調に見つけているところを見ると、ここらへんから離れたほうがいいのかも。
「よぉし、四人で探しましょう! 見つかる可能性は倍ですよ、倍!」
「0を倍しても0なのでは」
「それは僕も思った」
「しお子、湊先輩、うるさいですよっ!」
再び意気揚々とかすみはずんずんと進んでいく。スマホを片手に、栞子とランジュもついてくる。
感覚的には、確率は倍以上。だけれども……
「むきーっ、こんなに探してるのにー!」
「お、落ち着いてください」
結果はお察しの通り、未だ0匹。かすみが地団駄を踏むに至ってしまった。
「かすみったら、よっぽど優勝したいのね」
「だって、優勝したら凄いって思われるじゃないですか。そしたらきっと、かすみんなら部長として立派にやれるって認めて……はっ」
訊いてないことまで暴露したかすみに、ああなるほどと僕は納得した。
「……というのは冗談で、もしかすみんが優勝したらみんなに百万回可愛いって言ってもらいますからね! あーあっちのほうに猫の気配がするー! さらばです!」
逃げるように……実際逃げるために駆け出したかすみ。早く追いかけないと見失ってしまいそうだ。
「ああもう。栞子、ランジュ、また後で」
二人に小さく手を振って駆け出す。もう一度振り返って、栞子に向かって親指を立てた。
かすみは本当にただ逃げるだけで、ほんの少し走ったところですぐ見つかった。
「かすみ」
「わあっ!?」
別に足音を消していたわけでもないのに、彼女は気付かなかったみたいで、素直に驚いた。かと思えば、先ほどのを恥ずかしく思っているのか、視線を逸らす。
「湊先輩……えーと、さっきのは聞かなかったことに……」
と言っているが、聞いてしまったからにはそんなこと出来るはずもない。
とりあえず、逃げられても困るし、彼女の手を掴んで、僕は通りのほうを指差した。
「かすみ、ちょっとついてきて」
人のいるところに出て、ちょうどそこにあった和菓子屋さんに入る。
ここで、いくつか目についたものを適当にセレクト。ここで食べる、と伝えればお茶も用意してくれた。
「食べてる場合じゃ……」
「まあまあ、座って」
店先に備え付けられたベンチに座る。僕がそこから動かず一口お菓子を頬張ると、かすみは渋々と言った様子で隣に腰を下ろした。
一息ついて、食べて、お茶をすする。
甘すぎない和菓子に合う、少し濃いめの緑茶。歩き回って疲れていた体を癒してくれて、すっかり落ち着いたムードになった。先ほどまであれだけ焦っていたかすみも、今はすっかり落ち着いている。買ってあげた団子を手にしたまま、口にはしてないけど。
そんな彼女に僕は、さてと前置きして向き直った。
「かすみ、話してもらおうか」
う、とかすみは顔を顰める。
元々今回、しずくの家でのお泊り会を提案したのは彼女だ。それ自体は特に何とも思わなかったが、あまりにも急すぎたというのが少し引っかかっていた。
昨日の一連の言動も含めると、仲を深める以外で何かしら思惑があることには気付く。それが何か、というのもある程度推測が立つけれど、やっぱり本人に訊くのが一番だ。
かすみと組んだのも、それを問うのが目的だった。
「頼りになるってところ、見せたかったんです」
お菓子を食べ終わってお茶もいただいた後、しばらく経ってから彼女は口を開いた。
「私、部長って言われてますけど、一年生ですし、実力だって……」
まあ、確かに部長と言えばイメージ的には上級生がなるものだ。あるいはみんなを引っ張るような役回りの人だったり。
この間、栞子が僕やせつ菜、侑に入部届を出そうとしたのもそのせいだろう。同時に、かすみはそれで自信を無くしたのかもしれない。
「みんな、君を軽んじてるわけじゃないよ」
それはかすみも分かっている。けれど、部長の責を全う出来ているか気になっている。Alpheccaに加えてランジュ、ミアといった才能溢れる新メンバーも増えて、焦りと恐怖心が肥大化した結果の部長化作戦といったところだろうか。
だから、今さらになって仕切ろうとしているのだ。今回のしおりを作ったり、果林たちが迷子になった際にはいの一番に動こうとしたり、こういう遊びを企画したり。
しかし、だ。何も万能なのが部長というわけではない。
「かすみ、そんなに自分を卑下することはないよ」
僕は彼女から団子の串を奪い取って、目の前で揺らしてやる。そうしてようやく、かすみはそれを口にした。
「君がいたから同好会は残った。僕も残った。侑と歩夢がやってきて、今の同好会になった。今の同好会があるのは、君が場所を残してくれたからだ」
みんながバラバラになった時、彼女は諦めなかった。スクールアイドルになることも、世界一可愛くなることも、みんなが帰ってくることも。
その強さは、初期メンバーの中で唯一、彼女だけが持っていたものだ。僕は付き添っていただけで、彼女がいなければ同好会は跡形もなく消えていただろう。
「同好会があって、同好会の全員がスクールアイドルになれて、僕もそこにいられて、新しい人を迎える場所になった。それは君が諦めなかったからで……だからこそ、君が一番部長に相応しいってみんな思ってる。その証拠に、かすみが部長だと分かった時、驚いてはいても誰も文句は言わなかっただろ?」
一見して、僕や侑が部長だと勘違いしてしまうのは仕方がない。だけども、かすみだって僕らが誇る部長だ。僕らを繋いだ立派な部長だ。
それを伝え終わると、スマホが震えた。画面を見ると、どうやらこの近くにバーチャル猫がいるらしいとのお知らせ。
スマホを通して周りを見てみると……
「あ」
「猫ですよ、湊先輩!」
僕のスマホを覗き込んでいたかすみが声を上げた。なんと僕らの真ん前、道の向こう側にじっとこちらを見ている猫がいる。
バーチャル猫だからか、ほとんど動かず尻尾をゆらゆらと揺らしてこちらの動向を窺っているようだ。
「どうして急に現れたんでしょう」
「現れたんじゃないんだろ。ずっとそこにいたんだ」
これまではかすみが焦って次へ次へと場所を変えていたせいで見つからなかったのだろう。
急いでる場合、時には走るより歩くほうが早く着いたりするものだ。今回のことみたいに。
「ゆっくり探そう。かすみん部長」
△
急いていたかすみが嘘のようにスローペースでついてきてからおおよそ一時間後、タイムアップとなって僕らは再び集合した。
座っていても僕らより数倍大きな鎌倉の大仏前で、十六人が揃う。
「優勝は、十六匹全部捕まえた、侑さーん」
「やったー!」
ぱちぱちとみんなで拍手。
僕が見つけられたのは結局あの一匹だけ。大逆転……なんてのは叶わなかったけど、みんな楽しく終えることが出来たのだから文句はない。
「で、ゆうゆのお願いはなんなの?」
愛が訊く。
ああ、そういえばそんなルールだったっけ。
「実は、みんなのために前から曲を作ってて、その曲にみんなで歌詞をつけてほしいんだ。ダメ、かな?」
「そんなのもちろん良いに決まってるよ」
「最高のお願いだね」
侑だけが作った曲といえば、まだ一曲。期待していたみんなからすると、物足りなくて仕方ないのだろう。ほとんどが二つ返事で引き受けた。
そういったお願いなら普通に言ってくれても聞くのに、というのは野暮だな。
「かすみちゃん、昨日も今日も最高に楽しかった。これも全部かすみん部長のおかげだね」
「へぇっ? あの、その……」
「そうよ。かすみは立派な部長だわ」
「それに、かすみさんがいるだけで、同好会がとても輝きます」
口々に、かすみを褒める言葉が飛び交う。かすみが何かで思い悩んでいるであろうことは、みんな分かっているのだ。そして、僕が言ったことをみんなも思っている。
今回もまた出しゃばりすぎたかな……とは思わない。気持ちを伝えておく機会が必要だとは思っていたからね。
「えへへ、まーそんなことありますよ!」
「やるねー、かすかす部長」
「Nice. 子犬ちゃん部長」
「だーかーら、かすかすでも子犬でもありませんってば!」
頬を膨らませて抗議しているけど、嬉しそうな雰囲気は全身からだだ洩れているかすみなのであった。
△
夜は、桜坂家の庭でバーベキューをさせてもらった。
昨日同様、肉も野菜も良いものが揃えられていて、彼方と目を見合わせて驚いた。
自分の家でやろうとするとなかなか手の出せないそれを、今日も遠慮なくいただく。人数がいるのにも加えて、何人か大食いがいたため、大量に用意されていた食材は余ることなく、全て食べきった。
お腹がいっぱいとなったところで終わりとならないのが今回のお泊り会だ。
用意していた大量の花火を並べ、それぞれ適当に、本数すらも思い思いに取っていく。
今日の準備のために買い物に行った時に、売れ残ってやたらと安いこれらを見つけて、やろうとなったらしい。しずくも即OKを出した……というより、その買い物班の一員であり、率先したうちの一人だ。
花火なんていつぶりだろう。
最後にやったのは……だいぶ小さい頃だったように思える。そのせいか、着火した時に勢いよく散る火花に少しびびったりもしながら、テンションが上がる。
流石に、ロッティみたいにくるくると円を描いたりはしないけど。
「ハナビが気軽に出来ルなんテ、ゼイタク!」
「そうなの?」
「日本以外だと、許可が必要だったり、特定の日にしか出来なかったりですから」
首を傾げた歩夢に、しずくが補足する。
手持ち花火がこんな簡単に買えて使えるのは世界的に見ても珍しい。だからか、特に外国人勢は楽しそうに花火を振っている。
昼に歩き回ったっていうのに、元気ですこと。
大量に用意した花火も十六人で使えばすぐに無くなる。気づけば、もう最後、線香花火だけが残っていた。
特に示し合わせたわけでもないが、エマ、果林、彼方と身を寄せ合ってしゃがみ、中心で火を点ける。
ぱちぱちと、先ほどまでの派手さはないが、控えめな光と熱と音がじわじわと一日の終わりを知らしめてくるようだった。
火を見ていて落ち着くのは何故なんだろう。人間の奥底に刻まれた感覚なのだろうか。
世の中にはたき火や暖炉の火をずっと映しているだけの動画チャンネルや番組があるというが、それも納得できるくらい、迸る火花を見入る。
「風流だねえ」
「綺麗だね」
「季節外れではあるけど」
もうすぐ暦上でも冬なのだ。あれ、もう冬だっけ。ともかく花火をやるのとはまったく逆の季節。そんな時期にこんな人数でこんなことをやってるなんて、僕らくらいのものじゃないのか。
「君のほうが綺麗だよ、とは言ってくれないの?」
「そんなキザなセリフが言えるかい」
「えぇ、今さら……?」
なんだ、その今さらって……みたいなことを思うのも何度目だか。
僕のそんな思いを知ってか知らずか、彼女たちは苦笑。その様子を見て、僕はさらに呆れる。
小さく鳴る花火の音をBGMに、そういった反応を見て反応を返すのを二、三往復ほどした。
「三年生になった時は、こんなに毎日が楽しくなるなんて思わなかったわ」
ぼそり、と果林が呟いた。
振り返ってみれば、そう、同じことを何度も思うくらい、同じことで何度も悩むくらい、濃く長い時間をみんなと過ごしてきた。それ以上に楽しい思いもたくさんしてきた。
スクールアイドル同好会を立ち上げて、作曲もたくさん出来て、それが認められて、大きなイベントもこなして、たまにはこういう休日も過ごして……
「もっとこんな時間が続けばいいのに」
小さな火の玉がぽとりと落ちる。ああ、もうちょっと楽しめると思ったんだけど。
地面に着いて間もなく赤色が消えても、僕たちはずっとその跡を見つめる。
言いようがないくらいの切なさというか、心に穴が開いた感覚というか……この夜のように広がる漠然とした何かが胸を占める。
きっとそれは……
「ねえ、みんな。お願いがあるんだけど」
僕たちの内がその何かで満たされる直前、ランジュがみんなに聞こえるように声を張った。
ランジュのお願いは、みんなで写真を撮ることだった。
今回のお泊り会の締めくくりとして、全員が映っている
ずっとそれがしたいと言い出せずに悩んでいて、落ち着いて見えたのはそれが原因だと栞子が教えてくれた。
当然それを嫌がる者はおらず、むしろ我先にと位置取りで争いが始まった。僕がスマホカメラを立てて、タイマーを設置するときにはもう全員が画角に収まっていて、既にピースまでしている。
「湊先輩もはやく~」
「分かってるよ。僕の場所空けといて……って、なにその顔」
輪に入ろうとする僕を、みんなは目を丸くして見てくる。
「いや、そんな素直に写真撮られるなんて……」
「偽物なのでは」
「何かに体を乗っ取られてたりして」
「宇宙人とかに?」
「宇宙人はせつ菜」
「宇宙人じゃありませんっ」
「ほらほら、早くしないと撮られちゃうわよ」
「お兄ちゃん、ここ空いてる」
「あっ、りな子ずるい!」
「ミア、もうチョット寄っテ寄っテ!」
「そ、そんなにくっつくなよ」
シャッター音が鳴る時まで、わちゃわちゃとあっちこっちへ言葉が飛び交う。
そうやって撮られた一枚目の写真は、体勢を崩していたり、レンズのほうを向いていなかったりで、なんとも締まらないものだった。