「よいせ」
高咲さんが拭いてくれた床の上に、長机を置く。
ようやくスクールアイドル同好会も復活して、部室を獲得できたのだ。
部室棟の二階。奥の奥だった前と比べて、今回は一階への階段に近く、アクセスしやすい。
今日はその新部室の掃除と、備品を揃えていた。
校内で余っているソファや椅子、机を並べて、他部から貰ってきた本棚なども運び入れる。なんだかんだ、前の部室よりも豪華になった気がするな、これ。
「ようやく、出来上がりましたね」
優木さんの言葉に頷く。
やっぱり、場所があるのとないのとでは安心感が違う。
「これで、完成です!」
中須さんが鞄から取り出したプレートを掲げる。スクールアイドル同好会の名が書いてある、例のやつだ。
部室扉に掛けると、より一層ここが彼女たちの部室であると主張してくる。
全員でそれを見て、うんうんと感慨深くなる。
が、いつまでもこうやってぼうっとしてるわけにはいかない。僕はパンと手を叩いて、目を集める。
「さて、今日は……」
「スクールアイドル同好会の人たち?」
この後のスケジュールを相談しようとした瞬間、快活な声が響いた。
そちらを向くと、こちらに近づいてくる影が二つ。
一人は金髪の、人懐っこそうな笑顔を見せる女の子。もう一人は、150センチないくらいの、小さな女の子。
両方とも見覚えがありすぎる。
「
「あ、みーくん!」
「みーくん!?」
「お兄ちゃん」
「お兄ちゃん!?」
その場の全員が、特に中須さんが大きく反応して僕と璃奈と宮下さんを見比べる。
「湊先輩! この方とはどういった関係ですか?」
「知り合い」
「知り合いだなんてひどいなー、もー。アタシたち友達じゃーん」
ケラケラと笑う宮下さん。それに対するポカンとした同好会メンバーの表情が対照的だった。
「あ、ごめんごめん。まずは自己紹介からだよね。情報処理学科二年、宮下
「一年、天王寺璃奈、です」
二人でぺこりと頭を下げる。
続いて、宮下さんが高咲さんと上原さんに目を向ける。
「二人とも同好会入ってたんだ! 実は愛さんたちも、この前の屋上ライブ見て、なんかドキドキしてきちゃってさー」
「わかるよ! トキメいたんだね!」
「うん、そうそう!」
一度話したことがあるらしく、しかしそれ以上の距離で会って即分かり合っている高咲さんと宮下さん。
そこから一歩引いて、桜坂さんは璃奈をじっと見ていた。
「その、お兄ちゃんということは……」
「うん。璃奈は僕の妹だよ。似てないとはよく言われるけど」
まさか妹がスクールアイドルに興味を持つなんて思いもしなかった。けれど、来るもの拒まず。僕個人としても突っぱねる理由はない。
「というわけで、二人とも入部希望です! やるからにはばっちり頑張るし、みんなのことも手伝うよ!」
ピースしてやる気アピール。
宮下さんは色んな部から助っ人を頼まれるようなスポーツ万能人。
基礎的な体力や体の動かし方は問題ないはず。運動とダンスのそれは異なるが……ゼロからやるよりはマシだ。
「どうでしょう、湊さん?」
高咲さんの声に、僕はハッとする。
「なんで僕に聞くのか」
「代表は湊さんですし」
「え、そーなの?」
「お手伝いだよ」
それはない、というような目を向けられても、僕は本当にお手伝いさんなわけだし。
二人を入れるかどうか、個人的にどうだという話なら、すでにどうプロデュースするかを考えるくらいには歓迎している。
まあとにかく、みんなも否定的な意見はないようだし、代理として前に出る。
「ようこそ、スクールアイドル同好会へ。宮下さん、璃奈」
宮下さんの顔がぱあっと輝く。璃奈も、ここ最近で一番の目の輝かせようだ。
「ところで、スクールアイドル同好会って何するの?」
その質問で、僕らは眉を顰めることになったが。
△
「もちろん、やりたいことはあるんですよ!」
持ってきたホワイトボードに、中須さんはバンと手をぶつける。
でかでかと書かれた『ライブがやりたい』は、全員共通して持っている目標だ。
「やっぱり、スクールアイドルですから、ライブですよね」
「結局、まだやってないしね~」
桜坂さんと近江さんが頷く。
お披露目ライブをやろうと言っていた時とは違って、人数も増えてる。すでに動画を何本か上げてたりもするし、売り出し方も違うやりかたにする必要があるだろう。
それに関しては問題ない。ただ……
「全国ツアーがやりたいです!」と中須さん。
「みんなと輪になって踊りたいなあ」とエマさん。
他にも、曲の間にお芝居、お昼寝タイムが欲しい、みんなの大好きを爆発させたい、火薬も使いたいなどなど……
「みんな言ってることが違うけど、すごいやる気だね」
宮下さんの言う通り、バラッバラなのである。
まとまらないことは予想の範囲内。これだけ特徴の違うアイドルたちのやりたいことが同じになるはずがない。
だが、それで一度不和が起きてる以上、全部無視も当然できない。
「湊先輩は何か意見あります?」
「焦って決める必要はないんじゃないかな。こればっかりは、すぐ決まるようなものでもないだろうし。何もすぐに全員でライブするってワケでもないから、そこらへんは後々で」
後ろから見ていた僕はそう口にする。
「新しく二人入ったことだしね」
「そうですね。無理やりまとめて中途半端になっては意味がありませんし」
うんうん、とみんなが頷いた。
とりあえず、現状の目標としては全員のデビュー。大規模なライブはその後だ。
「ではライブはのことはおいおい考えるとして、まずは特訓です! どんなライブをするにしても、パフォーマンスが素敵じゃないとファンががっかりしちゃいますからね!」
中須さんの言う通りだ。
正直、彼女たちのレベルはそう高くない。知名度も低い。かろうじて、優木さんがそこそこというくらい。
順当に人気を得ていくためには、まず努力が先だ。
「特訓って、歌にダンスとか?」
「私はまず、歌の練習がしたいなあ」
ここでもバラバラ。しかし、これもいたしかたない。
各々得意・苦手分野や重点的に伸ばしたいことなどがあるのだ。
ライブをする……つまり最低一曲歌い踊りきることを目標とした場合、近江さんは身体が固くてダンスが苦手なのを克服しないとだし、上原さんは歌う声にブレがある。
発声も出来て、体力もそれなりにある桜坂さんみたいなのもいるけど。
「だったら……」
△
「わあ、虹ヶ咲にこんな場所があるなんて!」
僕と高咲さん、上原さん、優木さんがやってきたのは、白い壁に囲まれた大きな部屋だ。
中央にはマイクスタンドがあり、その隣にはカラオケのデンモクがある。
結局、各々やりたいことがあるなら、それぞれグループごとに分かれて練習することになった。
こっちは歌チーム。あとは中須さん主導のアイドルの心構え講義と、近江さん向け柔軟・体力づくりチーム。
新しく入った二人は、とりあえず全部体験してみるそうだ。
「映像系の学科や部活が使っている収録ブースです」
「今日は珍しく使う人が少ないから、簡単に場所予約取れたな」
部屋の隅のソファにみんなを腰掛けさせて、僕はデンモクを取る。
「思いっきり歌っても大丈夫ですし、今日はここで練習しましょう」
最近は体力作り優先で、あまり歌が出来なかったから、ちょうどいい。
今の上原さんの実力は知っておきたいし。
さて、設定を確認するか。
マイク音量最大、エコー最大にしたまま放ったらかしにする奴とかいるし。
「それにしても、璃奈ちゃんが湊さんの妹だなんて」
「でもなんとなーく、納得いくよね。璃奈ちゃん妹っぽいし、湊さんお兄さんっぽいし」
「かすみちゃんと話してる時なんか、すっごいそれっぽいですよね」
「あ、それわかるかも」
「なんだか、甘えたくなっちゃうんですよね。いろいろとお世話も焼いてくれますし」
「わかるわかる! 優しく教えてくれるところとか、理想のお兄さんって感じで!」
「あー、あー」
やっぱり前に使った奴、設定戻さずに帰ったな。音でかいし、めちゃめちゃエコーがかかってる。
だから何も聞こえないなー。ほんと、女子三人が何言ってるのかわかんないや。
「さ、どっちが先に歌う?」
設定も終わり、マイクを差し出す。
お手本という意味では優木さん。まず練習ってことなら上原さん。どちらでもいいんだけど……
「せっかくだから、湊さん歌いません?」
「歌いません。君らの練習なんだから、僕が歌ってどうするよ」
「ぶーぶー」
高咲さんがわかりやすくぶーたれる。
あのね、君と僕が一番歌ってもしょうがないんだよ。
「いいじゃないですか、時間はまだあるんですから」
「わ、私も聞きたいなあ、なんて」
なんで退路断つのん?
ねえ、なんでじっとこっち見てマイク受け取ってくれないの?
美少女三人にわくわくした目で見られた僕の運命やいかに。
「やっほー! 愛さんたちが来たぞー!」
逃げられないか、と観念したところで、宮下さんと璃奈が勢いよく扉を開け、入ってくる。
「待ってたよ、入って。さあ、今すぐに」
「な、なんかみーくん必死じゃない?」
ぶんぶんと手招き。視線の集中砲火から離れられるなら、なんだっていい。
「いまちょうど、湊さんが歌おうとしてたところなんですよ」
「おっ。愛さんも聞きたーい!」
「私も、お兄ちゃんの歌、久しぶりに聞きたい」
「だめだ」
少し空気が変わったことで、僕の心は落ち着きを取り戻していた。毅然として断る。
人数増えたから、さっきよりは時間がなくなったわけだし。
それでも納得せずに、十個に増えた目が僕を見る。期待を上げられるほど、逆にやりづらい。
「また今度歌うから」
「言った。言質取ったからね、みーくん」
してやったり、と宮下さんはにやりと笑う。
まあ僕の歌のことなんて、すぐ忘れるだろう。
そんなわけで、僕はなんとか危機を脱したのだった。
さてさて、歌の特訓を所望した上原さんにトップバッターを任せ、僕は端のソファに座る。
なんだか始まる前からどっと疲れたけど、練習はここから。
上原さんの歌を、みんなで鑑賞する。
本人はかなり恥ずかしがっているようで、頬を赤らめながら歌っている。そのせいか力が入りすぎて、声が多少ぶれていた。
「全然だめだった」
「そんなことないって」
「私も、歩夢さんの歌声大好きですよ」
照れ臭そうに戻ってくる上原さんに、高咲さんと優木さんが声をかける。
彼女らの言う通り、悪くはない。ほぼ素人の状態で、これだけ歌えるなら中々。
「ファンからも歌はすごく好評だよ。あとは肩の力を抜いて、踊りながらでも集中して歌えるようになることが出来れば、もっと良くなると思う」
「どうしても、踊りと歌どっちにも中途半端に意識がいっちゃって……」
「大勢の前で歌うって考えると、緊張しちゃうもんね。でも可愛く歌えてたよ」
「そ、そう?」
高咲さんに褒められると、わかりやすく嬉しそうになるな、上原さん。
モチベーションアップに繋がるなら、僕よりも彼女に任せた方がいいだろう。改善点や指示とか、高咲さんを通して伝えようか。
人数も増えてきて、全員を僕が見ることは難しくなってきた。
今だって『スクールアイドルとは何ぞや』みたいな講義を中須さんがやってるし、普段の練習でも発声練習は桜坂さんに、柔軟は各自に任せてるし。
「ねえねえ」
呼ばれて、僕は顔を上げる。宮下さんがきょろきょろと部屋を見回していた。
「ここ、良い設備だね」
「虹ヶ咲は生徒のために投資は惜しまないから。体育系の部活だって、古臭いものとかないでしょ」
「確かに!」
普段の授業でも、生徒全員にタブレットを配る大盤振る舞いっぷり。
そういった大々的な援助あって、毎年有名大学へ進学する生徒も多いし、著名人に虹ヶ咲の卒業生が何人もいる。
「ここはこれからお世話になるよ。動画作るためにね」
「動画? MVとか、もう投稿されてるのに」
「いま投稿してる動画はなんちゃってMV……というか、ステージ動画だからね。歌はここで収録して、映像画像を編集して、ゆくゆくはマジのMVを投稿するつもりだよ」
今はステージを組んで、衣装を着て、歌って踊ってるのをそのまま撮って出しているに過ぎない。
MVと言うなら、歌は別撮りで、歌詞やメロディに沿ったカットを入れたりしなければ。
「すっごい! めっちゃ楽しみ! せっつーのとか、凄い熱いのになりそう!」
「せっつー……? 私のことですか?」
優木さんが自分を指差す。
「うん、あだ名!」
「いいなあ、私は?」
「ゆうゆ!」
「じゃあ私は?」
「あゆぴょん」
「ぴょ、ぴょんはやめて……」
「え~、可愛いのに」
中須さんのせいで『ぴょん』がトラウマになっているのを知ってか知らずか……
宮下さんは持ち前のコミュ力で次々とメンバーと仲を深めていく。
さて璃奈は……
「こ、これは!」
「新しく始まったアニメのエンディングだよね」
「見てるんですか、このシリーズを」
「うん、子供のころからずっと見てる」
「前のシリーズの第二十九話見ました? 自分を犠牲にしてマグマに飛び込もうとしたジャッカルを、コスモスが抱きしめるところ!」
「激熱だった」
「ですよね!」
優木さんとアニメトークしてる……
「ほどほどにしろよ。いつも夜更かしして……たまには早く寝ないと。アイドルは身体が資本、健康第一なんだから」
「夜更かしのことは、お兄ちゃんに言われたくない」
「みーくんも遅くまで起きてんの?」
「スクールアイドルの動画見てたり、編集してたり、曲作ってたりしてる。お兄ちゃんが寝てるとこ、見たことない」
璃奈がそう言うと、みんなの目がジト目に変わる。
「曲作ってるところも動画編集してるところも見ないと思ったら……」
いつも元気な優木さんに呆れ顔で言われると、結構心が痛むなあ。
「いやあ、スクールアイドルの動画見てると、時間がいくらあっても足りないといいますか」
「そうそう、そうなんですよね! 私も気づいたら日越えちゃってるなんてザラで……」
「侑ちゃん?」
「あっ……」
しまった、と高咲さんは口を閉じた。上原さん、笑顔だけど目が笑ってない……
「せ、せつ菜ちゃん、アニメ好きなんだ」
威圧された高咲さんは、話題を逸らして優木さんに向き直った。
「親に禁止されているので、夜中にこっそり見てるんですが」
「おうち、厳しいの?」
「まあ、どちらかといえば……」
アニメをこっそり見るなんて、『どちらかといえば』レベルではないと思うが。
「それで正体隠してたんだ」
「正体? あー! もしかして、生徒会長?」
「はい…」
「そーだったんだ! みずくさいなあ」
にこにこしている宮下さんはずいずいと距離を詰める。
いっけん合わなそうな二人だけど、彼女はそういうの飛び越えていくんだよな。
人を、ちゃんと理解して受け入れようとする度量のでかさに惹かれる人も多い。
「愛さんも、せっつーが話してたアニメ、チェックするね! せっつーの熱い語り聞いてたら、楽しそうだなって思ったからさ」
「ふふ、楽しいですよ」
「……!」
くす、とほほ笑む優木さんを見て、僕と璃奈は慄いた。
「お兄ちゃん、私はいま、凄いものを見ているのかも」
「僕もちょっと思った」
オタクに優しいギャルがこの世に存在しているなんて……
△
「お、湊くん、お疲れ~」
「どうしたの、外で座り込んで」
「みんな着替え中」
練習終わり、部室のすぐそこの階段で座り込んでいると、エマさんと近江さんがやってきた。
「そっちでの宮下さんと璃奈はどうだった?」
「二人ともいい子だよね~」
「うんうん、話してて楽しいよね」
「それに、愛ちゃんってすごいんだよ。柔軟してる時、体がぺたーって」
「彼方ちゃん、体柔らかくするコツ教えてもらっちゃった」
思ったよりも、宮下さんは溶けこめているみたいだ。この二人が人に対して好き嫌いがあまりないというのもあるけど。
「璃奈ちゃんは体が固いけど、やる気は十分みたい。でも、その……」
言葉に詰まるエマさんを見て、僕は察した。
「表情があまり出ない子でね」
璃奈は、感情を表に出すことが苦手だ。その心の内では色々と感じているはずなのに、表情はほとんど変わらない。
思い当たる原因は多々ある。治そうとしたことも何度もある。それでも結局、璃奈の顔は固まったままだった。
その微細な変化に気づけるのは、僕や宮下さんくらい。
「そうなんだ……」
「でも楽しんでくれてるはずだよ。あんなに笑顔の璃奈は、久しぶりだから」