「同好会のルール?」
「はい。郷に入っては郷に従えと言いますし、まずは同好会の中でのルールを知らないと、と思いまして」
練習が始まる前、部室で栞子はそんなことを言ってきた。
言ってることは分かる。人が集まればルールが出来て、それを守らなければ村八分なんてこともあるくらいだ。あとから入部してきた彼女、後ろにいるミアやランジュにとってはまず最初に頭に叩き込む必要があるのだろう。
しかし……
「ルール……ね。そんなのあったっけ」
「先輩の言うことは絶対だと聞きました。なので、その、どういったことでもお受けするつもりです」
「君は僕に委ねるのやめなね、ほんと」
「えっちなのはダメよ!」
「しないよ」
「え、しないの?」
「ちょっとあれだな。ルールより君たちの認識を正すところから始めないとだな」
どうしてこんな馬鹿みたいな齟齬が起きてるんだか。
僕はため息をついて、ホワイトボードを引っ張ってくる。大きな丸を書いて、その中に全員の名前を場所はばらばらにして書いた。
「この同好会はお互いが仲間でライバルっていうのを掲げてて、先輩後輩はあるけど、それぞれ上下関係なんてものはないんだ」
「湊が唯一トップで、あとはみんな言うこと聞いてるって聞いたわ」
「そうなんですか……!」
「だからみんな、湊の言うことにはしっかり従ってるのねって思ったんだけど」
「王政だったのか、この同好会は」
「違うよ。なんでちょっと納得してるんだよ」
誰だ、そんな適当なことを言いふらしたのは。さては面白がって変なこと言ったな。みんなのほうに目を向けると、全員さっと目を逸らした。
「僕と侑の立場はマネージャーで、サポーターで、作曲家。みんなを支えるのが役目で、それにも上下関係はなし」
「みなさん対等ということですね」
「そういうこと。これが大前提。分かった?」
学年も入部した順番も関係ない。全員平等。
誰かが妙なことを吹き込んだせいで、しなくていい遠回りをしてしまった。
「で、めでたく認識を改められたところで、同好会のルールについてだけど……あったっけ、部長?」
「かすみんを毎日可愛いって褒めることでーすっ」
「無いってさ」
「ちょっとぉ!」
校風も自由なら、同好会活動も自由。基本的に、あれをしろとかこれをするなみたいな厳格な決め事は存在しない。
みんながちゃんとものを考えられているなら、わざわざ縛る必要はないのだ。当たり前のことをルールとして定めておくことは重要だけど、守れているなら特に書き出しておくこともないし。
ホワイトボードに書いてあるものを消していると、 ランジュが手を挙げた。
「じゃあ、なんでもあり?」
「常識の範囲内でなら」
「アピール抜け駆け策謀あり?」
「ありよ。ありあり。スキンシップにデートにお家に誘うのも。ただあまり激しすぎると、湊くんの体がもたなくなるから注意よ」
他のアイドルよりも自分を良く見せるためのことかと思いきや、そうじゃない返答が後ろの果林から返ってきた。
「僕の知らないところで、僕のことに関するルールが出来てるっぽいんだが」
「そうね」
「そうねじゃなくてね」
△
新しく同好会に入った三人は他のメンバーに追いつくために、いつもの練習メニューとは別にさらなる特訓を自らに課していた。
しかし練習はまだまだ始めたてのミアと栞子、複数人での練習の経験は全くと言っていいほどないランジュ。そのせいで必要かつ効率的な練習方法というのが思いつかないようで、僕を頼ってきた。
もちろん、僕は二つ返事で了承。他には成長した自分たちの姿を見せたいため内緒にしていてくれという申し出にも、首を縦に振った。
幸い、虹ヶ咲は広い。人目につかない場所はたくさんある。
密度の高い練習を積んできたランジュは言わずもがな、栞子やミアの成長は著しいものだった。元々持っていた才能のおかげもあるのだろう。
これからを楽しみにさせてくれるようなこの三人に、僕は少しだけわがままを出した。事前に考えていたよりも厳しめの練習をさせてしまった。体力のあるランジュはまだ余裕が残ってそうだったが、栞子とミアは流石にへとへとになっていた。
クールダウンをさせた後は、もういい時間になっていたので今日のところは終了。特訓場所としていた教室から満足げな三人と僕は、部室へ戻ろうとしてた。
途中、廊下の壁の電子掲示板には、たくさんのお知らせが表示されている。吹奏楽部や軽音楽部の卒業公演とか、大学願書取り寄せを忘れないように、とか。
その一つ、特に僕の目に留まったのは、生徒会長の立候補者を募集する掲示だ。
「ああ、もうそんな時期か」
「生徒会メンバーの募集ですか」
栞子が興味ありげに覗き込む。
「うん。二学期で任期は終わり。三学期からは新体制。基本的には立候補だけど……今回は何人集まるかな」
「そんなに人気なの?」
「虹ヶ咲で生徒会をやっていた、ってかなりの点になるみたいでね。会長だけじゃなくて他の役職も毎年それなりに立候補者が出てくるよ」
生徒、部や同好会が多く、ルールが少ない虹ヶ咲はその特性上、生徒会に多くの仕事が舞い込んでくることで内外問わず有名だ。
そこで見事な運営を果たしたと言えば、相当なプラスになるらしく、意外にもやる気の人は少なくない。
点数目的の人もいるので不安になるところだが、元々能力のある人が生徒会入りとなるのか、それとも生徒会に入ったから有能になるのかは分からないが、未だ自由が失われていない虹ヶ咲を見るにどの代もちゃんと責務を全うしているらしい。
「それって、誰でもなれるの?」
ミアの問いに、僕は頷いた。
「短期留学生じゃなければ。だから、ミアとランジュは残念ながらなれないね」
「いや、別に興味があったわけじゃないんだけどさ。じゃあ例えば、一年生とかでもなれるわけ?」
「なれるよ。流石に三年生は無理だけど、一年生でも二年生でも、せつ菜が続投することも出来る。その前の生徒会長だって……」
「だったら、栞子もなれるってわけね!」
「私が、ですか?」
ランジュが不意にそんなことを言うと、栞子は首を傾げた。
「今だって、生徒会の仕事を手伝ってるんでしょ? そのまま会長を襲名しちゃったらいいじゃない」
「そんな簡単に立候補していいものではありませんよ、ランジュ」
「ええー?」
ランジュは不満げだが、栞子は首を横に振った。
「生徒会長というのは、生徒のことを第一に考えて、実行できる能力が必要です。安易に出来ると思ってやれるものではありません」
「ボクはいいと思うけどな。栞子はしっかりしてるし、周りのこともちゃんと見てる。スクールアイドルフェスティバルと文化祭だって、栞子が提案して成功させたんだろ? 実績だって十分だし」
「僕も全く同意」
「ミ、ミアさん。湊さんまで……」
実際、栞子がしてきてくれたことを考えると、文化祭の実行委員などの一時的に組織されるグループに収まるような器じゃない。
いろんな部や有志の人たち、先生とも交渉し合って大きなお祭りを成功に導いた手腕は誰もが認めるところだし、本人もそれにやりがいを感じている。となれば生徒会は彼女にぴったりの場所だ。
「やれって言ってるわけじゃなくてね。ただ、栞子風に言うと、『素質があります』」
つまり同好会にもメリットはあるということだ。
生徒会の動向や各部活の状況をいち早く知ることが出来るのは、なかなか便利なのだ。様々な活動をするにあたって先手を打つことが出来るし、トラブルが起きてしまった時にも早め早めの対処が出来る。生徒会に知り合いがいると、何かと融通が利いたりするしね。
「栞子は、生徒会長に興味ないの?」
「この学校みなさんの為になることをしたいというのは、ずっと思っていることですが……」
顎に手を当てて思案し始めた栞子を見て、ミアはこっそりと口を僕の耳に寄せた。
「それって、適性があるどころじゃないと思うんだけど」
「時間の問題かな」
にっと笑って返して、すぐさま栞子に向き直る。
「募集期限まではまだもう少しある、けど、逃したら一年待つことになる。悩みどころだね」
「悩ませるようにしたのはみなさんです」
この高校三年間だけでも、悩みは尽きない。これからもたくさん頭を抱えることになる。そうやって迷うことを、僕は悪いことだとは思わない。
紆余曲折あって解決して、進んでいくのが人生だ。
どうしようもないとなったら、うちには頼りになる先輩たちも現生徒会長様もいることだしね。