「でね、これが湊とロッティとディアと一緒に遊園地に行ったときの写真!」
「遊園地……羨ましい」
放課後、僕が部室に着いた時には、ランジュが今までに撮った写真を見る会が始まっていた。
丸テーブルの上に置かれたスマホを囲んで、まだ来ていないかすみ以外が一枚ずつにリアクションしている。
今はスクールアイドル展に行った時の写真を見せているみたいで、その待ち時間で寄った遊園地の話題になっている。
「あの時は私たちも行きましたけど、別グループでしたから……」
「いいなあ。ロッティちゃんもディアちゃんも楽しそう」
「ドヤ」
「えっへん」
メインの用事ではなかったんだけどね。
「えぇー? アタシも行きたかったな、ね、カリン」
「そうね。ハブられた同士で一緒に行きましょうか」
「さんせ~い。みんなが妬むくらい楽しむぞ~」
「湊くんにいじわるされたぶん、返しちゃうんだから」
「意地悪してたんじゃなくて、君たち都合つかなかったんだろ、あの時」
そう言っても、納得してくれないみたいだ。めっちゃ睨んでくる。こういう場合は、すぐ負けを認めてしまったほうがいい。
「分かった分かった。今度一緒に行こう、みんなで」
「やったー!」
そうやって和気あいあいと会話していると……
「大ニュースです!」
大げさに扉を開けて、かすみが入ってきてそんなことを言った。
「なんと、私たちスクールアイドル同好会が、スクールアイドル部になっちゃうそうなんです!」
彼女が叫んだ、あまりにも急なことに僕らはぽかんとする。
なっちゃう、とは一体どういう意味なのかが理解できず固まったままでいると、信じられていないと感じたのかかすみは続ける。
「確かに聞いたんですよ。みなさんが話してるのを!」
「ただの噂話ですね。そもそも部への昇格は希望制です」
せつ菜がぴしゃりと否定した。
そういう話を第一に知れる彼女の言葉には説得力があり、みんなは噂話よりもそちらを信じて息を吐いた。
「なぁんだ。ちょっとびっくりしたよ」
「ですが実際、部になることは可能だと思います。実績は十分ですし」
栞子の言う通り、たくさんライブも行って、文化祭と一緒に規模の大きいフェスティバルも行った。同好会がやることのスケールはとうの前に超している。
この同好会が部になりたいと申請を出してそれがあっさり受け入れられても、学内でも外でも誰の文句も出ないだろう。
「部になると、何が変わるの?」
「分かりやすいところだと、予算増額かな」
「より広い部室や、トレーニングルームが使用できるようになったり、あとは正式に学校の公認となるので公式大会に出場することができます」
「ラブライブだネ!」
「ラブライブは、部であることが出場資格の一つだから、元々は部の昇格も目指していたところだけど……この同好会はもう出る気はないから、どうしようか」
予算増額は魅力的だけど、今は特に困っているわけじゃないし。
「出場したかった?」
「別に。ボクは歌えればそれでいい」
璃奈の問いに、ミアは即答した。こういうふうに、ラブライブに関心がない者もいたりする。
そこで、不思議そうにきょろきょろとみんなを見ていたディアが手を挙げる。
「でも、部になるとメリットはある」
「受けられる恩恵は大きくなるんだけどね」
「だけど?」
「実績があると部として認められるってことは、部であるためには実績がないとだめってことなんだ。今まで僕らはやりたいことをやってきて、その結果として実績がついてきたけど、部になると
いろんな学校で、同じような部が二つ以上あることは少なくない。虹ヶ咲だってそうだ。一見して似たような同好会がたくさんある。本気で賞を狙いに行ったり、楽しむだけしたいとか、ここのスクールアイドルみたいにみんなやりたいことがばらばらだからだ。それが部というものになってしまえば、ある程度の制限なり制約が挟まってくる。
「もちろん今言ったのは可能性の話であって、絶対にそうなるってわけじゃない。部でも楽しくやってるところはある」
「デモ、新しイ人が入ってきたラ、このままジャいられなくなるカモ?」
「そういうこと」
自由がこの同好会のカラーだ。それでやってきたし、それで認知されている。しかし来年度から新しく入ってくる人がいて、ここが部になっていたらそれで納得してくれるかどうか。そしてそれを否定する権利が先輩になる彼女たちにあるかどうか。難問だ。
「まあ、急いで答えを出す必要はないんじゃない?」
「そうだね。もうすぐ定期試験も始まるし、考えるのはその後でいいかも」
侑たちがこの件を一旦保留にさせると同時に、果林がぐぬぬと歯嚙みする。そんな顔をするのは彼女だけじゃなく……
「て、定期試験……!」
かすみもだ。
「学生の本分は勉強。最優先事項だ。あまり酷い点数を取ってしまうと、先生方に睨まれて同好会活動にも支障が出てしまうから頑張らないとね」
念押ししておくと、かすみと果林は揃ってさらに苦い顔をした。追い詰めるのはあまりよろしくないけど、かすみは特に以前赤点を取ってるし、果林も三年生で低すぎる点数だと留年の危機がある。
スクールアイドル同好会の活動をしていたせいで成績が悪くなりました、なんて言われることは避けたい。
「大丈夫。一緒に勉強しよ」
「えいえいおー」
一年生は大丈夫そうだ。しずくも璃奈も科が違うとはいえ共通している教科は教えられるくらい成績がいい。
二年生もせつ菜と愛がいるから問題ないだろう。
「じゃあ僕たちも……」
「そうだね。集まって勉強しようか」
「では、各学年それぞれ協力しあって、ベストな成績を目指しましょう!」
せつ菜の号令に、僕たちは拳を挙げる。かすみと果林は、やっぱり乗り気じゃなかった。
△
音楽科と国際交流学科、ライフデザイン学科とそれぞれ特殊な科にいる三年生の勉強場所は、特にこだわりがあるわけではなかったので僕の教室でやることに決まった。
科も違えば範囲も違う。特に専門の科目は他の人にはどうしようもないが……共通している範囲は十分助けになった。
ふう、と一息ついて顔を上げると、正面に座っていた果林は上の空だった。僕が声をかける前に、彼女は頬をエマにつつかれる。
「果林ちゃん、ぼーっとしてる」
「疲れたんなら、お昼寝が一番だよ。はい、どーぞ」
そう言って彼方はずっと抱えていた枕を差し出す。流石に、この申し出を果林は苦笑しながら断った。
「ちょっと部の昇格のことを考えてただけ」
「確かに悩むよねぇ。湊くんは同好会派?」
「どうかな。まあ部になることでステージ使用の優先度が上がって使いやすくなるとかはあるけど」
「もう、三人とも」
勉強から脱線しかけたところを、エマが注意する。
「果林ちゃんは特に、前回も赤点ぎりぎりだったんだから」
「う」
「大変そうだね、果林は」
教科書を広げるでもなく、ずっとドリンクを飲んで眺めていたミアがにやにやとしながら入ってきた。
「ミア、あなたは勉強しなくていいの?」
「No. No need to. ボクはステイツじゃ大学に通ってたんだよ」
僕らは目を丸くする。
十四歳で高校三年生だというのにも驚きなのに、あっちだと大学生。飛び級制度があるとはいえ、高校すっ飛ばしてしまうなんて……
「勉強、教えてあげようか、果林?」
ふふ、と笑ってミアは挑発するような顔をする。負けじと表面上は余裕な顔で返す果林。
「ありがとう、ミア。なんだか無性にやる気が出てきたわ」
△
たった一日勉強会をしたところでお疲れ様でも何でもないが、せっかくみんな揃っているのにすぐ解散というのも面白くない。
というわけで、束の間の気分転換ということで、近くのクレープ屋台で各々好きなものを注文し、ベンチに座って舌鼓を打っていた。
「このチョコクレープ、とってもボーノ♪ みんなも食べて」
「じゃあ、私のハムチーズも食べてみて」
「私、甘くないクレープって食べたことないです」
こういうところでもバラバラなため、食べさせ合いっこをする女の子たち。よほど疲れたのか、甘いのもしょっぱいのも欲しがる気持ちはわかる。
「お兄ちゃん、私たちも交換する?」
「そう言ってくれるなら、違うやつを注文したらよかった」
自分のを一口食べて、僕は周りを見渡す。果林は相変わらず考えたままの様子で……同じのがもう一人。かすみだ。
「まだ悩んでる?」
かすみはこくりと頷いて、ぱっと立ち上がった。
「みなさん! 部の昇格のこと、ここで決めちゃいませんか? ……とは言っても、かすみんはまだはっきりした答えが出てないんですが」
「やっぱり、もう少し考えてみたほうが──」
「でも!」
果林が言い返すが、かすみは遮った。
「こうやって悩んでる時点で違うかなって思うんです」
みんなはそれを否定しない。
居場所の在り方が変わってしまうということは、それぞれのアイドルとしての在り方も変わるということで……誰の望むところでもない。
分かっているから、部にしようと言い出す人がいないのだ。
「そうかもしれません」
「私たちは、いつでも団結してるわけじゃない」
「やりたいことも叶えたい夢も違うしね」
「それでも私たちが一緒にいるのは、思いが一つだから」
一度せつ菜が始めたら、それぞれ溜まっていたものを吐き出す。
「ステージに立つときはバラバラでも、みなさんとスクールアイドルがしたいです」
「それに、スクールアイドルが好きなところは一緒だよね」
「まさに同好会だね」
「ワタシ、イマの同好会が好キ!」
「みんながいるから、同じものが好きだから、ここが好き」
これまでずっといた子も途中から入ってきた子も、全部バラバラだ。年齢、科、スクールアイドルになった経緯も、やりたいことも、人種すら。
それでも同じ場所にいるのは、ここがその全てを包み込んでくれる場所だからだ。
「ランジュも大好きよ。スクールアイドルも、ランジュのことを受け入れてくれたみんなも」
「私、虹ヶ咲じゃなかったら、スクールアイドルになっていなかったかもしれません」
「ボクも、この場所は気に入ってるよ」
最近加入した三人も、共通した認識を持っている。不思議と、というような枕詞はつかない。そういう場所にしたんだ。ここにいる全員で。
「だったら、これから入る誰かのためにも、今の私たちでいたいです」
「決まりだね」
「ええ。部の申請はしません。私たちはこれからもずーっと、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会です!」
われらが部長が、悩みを振り切って高らかに宣言する。
これは停滞じゃなく、前進するために必要なこと。やりたいことをやるために、やれることの幅を広げるための無変化。そういうのもありだろう。
同好会は変わらない。変わらない、僕らの居場所。