ファーストライブに向けた準備が本格的に始まった。
今回ばかりは流石に、フェスティバルの時のように後輩に任せることはしない。今年の全てを詰め込んだステージになるのだ。一員として、僕も全力で関わる。
例によって、やることは山積み。場所を抑えるのはもう済んだが、ライブの構成、演出、大道具小道具作成、告知もろもろ……
今、その仕事の一つ、服飾同好会と衣装の打ち合わせを終わらせた僕と果林は、早速成果報告のために部室へ戻ろうと廊下を歩いていた。
「相変わらずモテモテだったね、君は」
打ち合わせ時に、ファッションに詳しい果林を連れて行ったところ、あちらの部員がキャーキャーと騒いだのだ。
まあ女子中高生の憧れのモデルで、大人気スクールアイドルとなった彼女を目の前にすればそうなってしまうのも無理はない。
そういうわけで最初のほうは多少横道に逸れることもあったが、いざ話し合いが始まるとやる気満々の服飾同好会は僕らの提案以上のアイデアを次々と出してきて、しかもスムーズに進んだ。
「それは嬉しいけど、肝心の人が私だけに夢中になってくれないのは、少しショックね」
「へえ。君にも独占欲があったとはね。そうしたいほどの人?」
「ええ。優しくて頼りになって、音楽科にいる素敵な男の子なんだけど」
「へえ。そんな人がいるんだ」
虹ヶ咲には男子は少ないほうだから、科が一緒なら学年が違くても見知ってるはずだけど、果林がそれほど熱を上げる人がいるとは。
「……料理も上手で、家族も仲間も大切にしていて、人気のある曲をたくさん作った人」
「そんなのいるの? 聞いたことないな……」
知っている男子を頭に浮かべてみるも、そんな人はいなかった気がする。大体は授業である程度作曲させられるけど、人気のある、となると……うん、やっぱりいない。匿名で活動しているとかだったらお手上げだ。
「はあ……どうしてこんな鈍感な男に、私もエマも彼方も……」
果林は心底呆れたようなため息をついた。
「湊くん、刺されないように気を付けてね」
「なんでそこで僕が出てくるんだ」
「さっきからずっとあなたの話しかしてないわよ」
してなくない?
「……さっきの男の子の話、付け加えるわ。人の気持ちに鈍いところはあるし、かと思ったら人たらしだし、女の子を侍らせるし……」
なんだそれ。さっきの話とは打って変わって、良くない印象がすらすらと出てくる。
「その人から離れたほうがいいんじゃない」
「出来ないし、出来たとしてもそうしたくないのよ、残念なことに」
もう一度大きなため息をついて、彼女はこちらをじろりと睨んだ。美人の真顔は怖いのだからやめてほしい。
離れられないとは奇妙な。科も違うんだから、そっとフェードアウトすればいいのに。
「今度こそ私だけしか見れなくしてみせるわ」
「ああ、えっと……が、頑張れ。君ならきっと魅了できるよ」
「そう思う?」
「保証するよ。僕はその一人だからね」
そう言うと、彼女は拳で僕の肩を小突いてきた。一度だけじゃなく、二度、三度。
「いたいいたい。何するんだ」
「これでチャラにしてあげる」
応援したんだから殴られる筋合いありませんことよ。
「……まあ、元気になってよかったよ。この前まで寂しいってなってたのに」
それはあなたもでしょ? と果林は言って、続けた。
「エマと彼方が言った通りよ。今を楽しまなくちゃ。三年生なのに、こんなわがままばっかりでいいのかって気持ちもあるけれど」
「いいんじゃない」
「でも、せっかくだし何か残したいじゃない。先輩として」
それは分かる。後輩たちに、ためになることやものを置いていくのは、去っていく者の権利だ。
でもね、と僕は返す。
「必死になって、焦って無理やり何か残そうとしなくてもいいんじゃないかな。あの子たちは僕たちのこと、ちゃんと引き継いでくれる」
「信頼してるのね」
「二学期になってから、僕は一歩引いて見てきた。侑主導でどこまでやれるんだろうって。君たちが働き方改革も押しつけてきたしね。あの子たちが他の人も巻き込んで、大きなことを成し遂げて、満足したよ。ネガティブな話じゃなくて、僕がいなくてももう平気だって再認識した」
手を離れる寂しさはちょっとあるけれど、それ以上に彼女たちがちゃんと育ってくれたことに嬉しさを感じる。
僕たち三年生がいる間に、もう心配いらないくらい頼もしくなったあの子たちは、きっとこれからさらに先へ行くのだろう。
「だから、あの子たちは大丈夫」
△
ファーストライブをするにあたって何を一番に決めないといけないかというと、当然それは日程。
もう十二月に入ったところだが、今までの集大成というなら年内に済ませておきたいところではある。より盛り上げようとするなら、世間のイベントとも繋げたいところだ。
近く印象付けられる日といえば、クリスマスか大晦日の二択。だがクリスマスはなんとラブライブの東京予選の日だ。スクールアイドルに携わる者として、観戦必須のイベント。
となればこちらのライブは大晦日に決まり、気がかりなのはAlpheccaの二人。
短期留学生として虹ヶ咲に来たロッティとディアは、三学期が始まる前にはオーストリアに帰ってしまう。そのため、年末年始のスケジュールをちゃんと整理して臨む必要があるのだ。
「ライブやっテ、そのままお出かケしテ、ハツ……ハツ……」
「初詣」
「ソレ! ソレして帰ル!」
「じゃあ、あと一か月もないのかあ」
今後の参考に、と食堂までついてきた侑が残念そうな声を上げる。
夏休みにタックル再会してから、あっという間だった気がする。
この二人にはお世話になりっぱなしだった。第一回スクールアイドルフェスティバルが終わったところ、また奮起させてくれるようなパフォーマンスをしてくれたり、同好会内でユニットを組むようになってから練習を見てもらったり。
たくさん遊びにも行ったこの子たちが、嵐のようにやってきたと思ったら、ぱっといなくなってしまうのか。
「もっと二人と一緒にいたかったなあ」
「はい可愛い」
「サスガ、ミナトの弟子だネ。ヒトタラシ」
なーにを馬鹿なことを。
侑の人たらしはに僕の関与はなし。純粋な侑の才能だ。
「湊さん、失礼なこと考えてません?」
「気のせい」
目を逸らしてコーヒーを啜ると、ジト目で見られる。だって事実なんだからしょうがないじゃないか。
「そういえば、ミナトは作曲コンクールに曲出すの?」
「コンクール?」
ロッティがはてなを浮かべた。
「関東作曲コンクール。音楽科なら一度経験したほうがいいって先生が言ってた」
「ロッティ、ちゃんと授業聞いてるのか?」
「き、聞いてル聞いてル! やだナァ、もう、ワタシほど聞いてル人いないヨ?」
「まるでちゃんと授業受けてない人みたいな言い方。けど、ちゃんとしてるから安心して、ミナト」
まあ、音楽科一年生レベルの内容ならこの子たちには楽勝だろうけど。
「関東在住が条件だから、わたしたちには参加する権利はないけど、ミナトは?」
「曲出すよ、もちろん」
「ユウは?」
「うーん、実は迷ってて……」
スクールアイドルが絡んでない場合、彼女はどう出るだろう。目を輝かせて、出たいと言うのも想像できる。今回はいいかな、と辞退する姿も浮かぶ。
しかし、実際はそのどちらでもなく、やるかやらないか不明、と言う。
「音楽科に追いつくための勉強もあるからね、侑は。僕も君たちの新曲と並行してやるけど」
言いつつ、侑を窺う。しかし、どうもそういうのとも違うようだ。となると、迷ってる原因は……
「ライブ、新曲やるの?」
「やりたイやりたイ!」
「そうだね……考えてはいるんだけど」
ディアをちらり。ロッティも彼女をちらり。当のディアは、決まったことをスマホに打ち込むのに集中している。
「ナニカ、ユニットだけじゃないコトもしたいナァ」
「……」
反応が薄い……というより、ない。元々それほど浮き沈みがある子ではないけど、今日のそれは明らかに、性格のせいじゃなかった。
なんとかリアクションを引き出せないかと、僕はロッティに向き直る。
「学年対抗でMC対決とか?」
「エンシュツはシズク!」
「面白そうだし、盛り上がりそうだね」
盛り上がる僕らをよそに、まだ無反応……と思ったが、彼女はようやく顔を上げた。
「……それよりも、お客さんと何かしたい。オーストリアにいた時は、ニホンのファンとは直接触れ合えなかったから。ありきたりなところだと、クイズ大会とかじゃんけん大会とか」
「ソレイイ!」
「やったことないからやりたい」
ディアが挙げたのは、日本のライブやイベントなどではよく見るレクリエーション。
ずっと動画出して生配信して、だったAlpheccaが直接ファンの顔を見ながらライブできたのは、この前のフェスティバルが初めて。それを通じて、ファンと交流したいという欲が出てきたのだろう。いい傾向だ。
しかし、肝心なことを避けようとするディアの振舞いはいただけない。
やっぱり、彼女たちを帰す前にこれをどうにかしないといけないなあ。
「あ、おーい、湊くーん」
頭を捻っていると、ゆったりとした声に呼びかけられる。
部室でQU4RTZのステージ案を話し合っているはずの彼方が、手を僕の肩に乗っけてきた。
「三人とも、ちょっと湊くん借りていっていいかな?」
「ダイジョウブ!」
「新作なので、二泊三日までとなってます」
「それまでには返してくださいね」
息合ってるね、君たち。仲良くしてて嬉しいよ、ほんと。
△
当てもなく、という感じでぶらぶらと僕を連れる彼方。
何か悩み事だろうが、落ち着いて話すにはまだどこも人が多い。かといって外は寒い。
結局、部室棟一階の隅、壁にもたれかかる。放課後なので当然ここも人が往来するが、広いぶん、目立たないだろう。と言っても、他よりほんの少しだけマシというレベルだけど。
「ラブライブで、遥ちゃんセンターになるんだって」
「へえ、凄いじゃないか。あの東雲で一年生でセンターだなんて」
「うん。彼方ちゃんも大喜びしたんだけど、それだけ遥ちゃんにプレッシャーがかかってるみたいで……毎日頑張ってるんだけど……」
彼方は俯いて暗い表情をしていた。
話を聞く限り喜ばしいことで、妹大好きな彼方にとってはいち早く共有というか自慢したいことだから言ってきたのだと思ったけど、どうやら違うようだ。
その理由は容易に想像がつく。
「気負いすぎに見える?」
彼方はこくりと頷いた。
強豪校である東雲のセンターに選ばれたということは、他の多数を蹴落としたとも見える。
彼方の妹で、真面目な遥さんのことだ。だからこそ、絶対に優勝旗を持ち帰ってやるんだと気を張って、周りから見れば無茶とも思える練習を積んでるのだろう。
普段の練習でも相当ハイレベルなことをしているのに、きっと朝も夜も追加で自主練をしているに違いない。
「どうしたもんかなあって思って」
「スクールアイドルの活動は、たとえ妹相手でも下手に何か言ったり出来ないからね」
「うん。遥ちゃんと違って私たちはラブライブに出ないから、その苦労を知ってるなんて言えない。余計なこと言って遥ちゃんが変になっちゃっても困るし……」
同じスクールアイドルでも、目指すところは姉妹で全く違う。そうだからこそ、無責任に責任あることを言えない。
無理をするなと言っても、それこそ無理言うなって話で、遥さんに届きはしない。
姉妹で、スクールアイドルだから何言っても意味がなくなるなんて、珍しいこともあるもんだ。
ふむ。