クリスマス。
街は照明が煌めき、カップルが闊歩し、世間一般的にはまあ輝かしい日だ。
こちらの界隈でも盛り上がっているのは変わらない。なにせ今日はラブライブ東京予選当日。スクールアイドルもファンも、誰もが待ち望んでいた日だった。
しのぎを削る戦いが始まるのは17時から。そのちょっと前に、僕らはお台場海浜公園に集まっていた。
彼方と話し合い、みんなにも協力を得て、あることをするためだ。
今日は晴れだと天気予報は言っていたけど、万が一雨でも雪でも降ってこられちゃ困る。テントを立てて、パソコンやプロジェクターなどの機材を運び込んだ。
その機材を繋ぎ、華麗に準備を進めるのは我らが璃奈と愛。
「璃奈、そっちはどう?」
「ばっちり」
ソフト面での準備を行ってくれていた璃奈と愛の後ろから、僕と果林は感心したように頷く。
もうあとボタン一つで始められるところまで完了していた。もっと時間がかかるもんだと思っていたから早めに来たけど……まあ余裕があるのはいいことだ。
「慣れたもんだね」
「何度もやってるから」
「こんな複雑なの、私には出来ないわ。璃奈ちゃんは賢いのね」
「照れる」
果林に撫でられて、頬を染めたボードを顔に当てる璃奈。
スクールアイドルフェスティバルをきっかけに、映研部と一緒に中継放送をたくさんやってきたから、これくらいの規模ならお手のものだそうだ。僕がやろうとすると三倍の時間はかかったろうな。
「愛も、見た目とは裏腹にこういうの得意なのね」
「こーみえても愛さんはりなりーと同じ情報処理学科だからね。愛さんのことも褒めていーよっ」
「璃奈ちゃんかっこいいわ」
「璃奈ちゃんボード『てれてれ』」
「ちょ、カリーン!」
コントか。
このままだと、DiverDivaはMCで漫才できるくらいになってしまうかもしれない。うーん、アリだな。
「湊くん、変なこと考えてる顔だぁ」
僕を覗き込んできた彼方がそう言う。
「君のほうはいつになく真剣だね、彼方」
「ええ~、彼方ちゃんはいつでも真面目だよ」
「ん……そうだね」
「今適当に流したでしょ」
ソンナコトナイヨ。
いや本当に。遥さんが絡む時とそれ以外の時のパワーが段違いだなんて、ねえ、思ってませんよ。
「湊くんだって、用意早かったね」
「今回のことをやるにあたって、大したものは必要なかったからね。それに、遥さんをはじめ、友達のためだから」
「かっこい~」
「そういう茶化し方はやめて」
「茶化してないよ~。ほんとにかっこいいって思ってるよ」
彼方はさらに顔を近づけて、にっと笑ってくる。そうやってじっと見られると、本気にしてしまいそうだ。
美少女からかっこいいと言われたせいで浮き立つものを抑えて、僕はなんとか彼女から目を逸らした。
「……さて、侑、そっちの準備は?」
「あ、逃げた」
戦略的撤退と言ってほしいね。
ハード班、つまり侑のほうはカメラの設置に手間取っているようだ。
「ちょっと待ってくださーい」
「侑先輩、かすみんの可愛い姿撮れてます?」
「うんうん、バッチリ!」
バッチリなのはカメラのほうか、かすみのほうか。どちらにせよOKみたいだ。
「よし、始めよう。彼方」
「うん」
彼方がスマホをタップする。
それは、ある人たちに向けた、生放送のURLを付けたメッセージだ。
「おっけ~」
「よし、璃奈」
「任せて」
璃奈が放送開始のボタンを押す。これで、メッセージを受け取った人たちはカメラが映しているものが見えているはずだ。
つまり、レンズの目の前にいるかすみが。
「本当に見てもらえてるんですかね~」
「もう繋がってるよ」
「ええっ、ほんと~!?」
早く言ってよ、と抗議しながら急いで画面外へ去っていくかすみの代わりに映るのは、苦笑いする彼方。
「ラブライブ東京予選に出てるみんな。今日私たちは会場には行けないけど、今から気持ちを届けたいと思います」
彼方が画面を振ると、そこには大勢の人がいた。
そう。ここにいる僕らとは、虹ヶ咲のスクールアイドルだけじゃない。この間相談に来た東雲の子たちだけでもない。
藤黄もY.G.も紫苑女も、それぞれのスクールアイドルのファンたちが勢揃いしていた。揃いすぎて、その後ろの横断幕が半分くらいしか見えないほどだ。
その人たちが、これを見てくれている人……つまり今からラブライブに挑もうとするスクールアイドルたちへ声援を上げる。
これが、僕たちが考えたこと。
東京予選にはたくさんの学校が出場する。虹ヶ咲がお世話になったところも。その全てに応援を捧げたかった。だから色んな学校のファンクラブなどに声をかけて集まってもらった。
予選は中継のみだから会場には行けないけど、だからって声を届けられないってことじゃない。
「遥ちゃん、最高~!」
「私たちがついてるからね!」
「ちゃんと見守ってるから!」
「楽しんでね!」
「いつも通りの咲夜ちゃんが見られたら、私たちは幸せです」
カメラが一人一人を映しながら、声を拾い上げている。
ラブライブは、スクールアイドルの全国大会。それゆえに、出場する人たちはいっぱいいっぱいになってしまっている。
その彼女たちへ、元気を貰ったぶん、夢を見せてもらったぶん、お返しができたらファン冥利に尽きる。
「ミンナ! イッパイイッパイ盛り上げルかラ、イッパイイッパイ盛り上げてネ!」
「わたしたち、今日はずっとみんなに頑張れって応援する。わっしょいわっしょい」
まだ始まってもないのにペンライトを点けているロッティとディアも。
「ほら、ランジュちゃんも」
「え、アタシも? えーと、なんて応援すればいいのかしら」
「難しく考える必要はありませんよ」
「思ったこと言えばいいんだよ」
「そ、そっか……じゃあ……
始めたばかりの人も、ずっと始めたかった人も、ようやく始められた人も。ここにはスクールアイドルに勇気を分けてもらった人たちがたくさんいる。夢の続きを継ぐ人たちがいる。
その先頭に立つアイドルたちへ、感謝とエールを送る。
「湊さん」
侑にカメラを振られて、満足げに眺めていた僕はびくりと飛び上がりそうになった。
しまった。僕も言うこと考えてなかった……けど、ここはランジュに倣って……
「悔いのないようにって言うと堅苦しいから……みんな、楽しんできて。そして、ファンである僕たちのことを楽しませてくれるよう期待してるよ」
緊張しているところにこれは難しい注文かもしれないけど、でもスクールアイドルである以上は、見ている人のためにしてもらわなきゃ。
「こっちはもう楽しむ準備は出来てるからね!」
愛とせつ菜がアップで画面に映りこむ。君らもペンライト用意するの早いよ。
それから何人も何校も、代わる代わる画角に入る人が変わり、ファンであることを発していく。目の前に現れることは出来ないけれど、確かにいるとアピールする。
時間ギリギリまで力づける力強い言葉を重ねて、最後、画面が引いて、再び今日ここに集まったみんなが映った。
「せーの」
「頑張れー! スクールアイドル!」
全員で一斉に叫ぶ。あまりにも声量が大きすぎて、音割れしてしまった。それだけ本気だってことだ。
さあ、これ以上は心の準備の時間まで奪ってしまう。生配信をストップして、ご武運を祈る。
短い時間だったけど、これで十分かな。あとは彼女たち、実際に舞台に立つ者たち次第だ。
「それじゃ、今日のメインイベントを始めようか」
スマホで時計を見ながら、心の中でカウントダウン。
三秒、二秒、一秒……17時。噴水広場前に置いたプロジェクターが稼働したのと、水が噴きあがったのは同時だった。
メインと言えばもちろんラブライブ鑑賞会。
噴水にプロジェクターでパソコン画面を映すというおしゃれなことをして、集まったみんなで見る。
この時間から外でじっとしていると流石に寒いので厚めの防寒着を各自で用意してもらっていた。それでも足りないかもとこちらで準備していた毛布を借りていった人たちは噴水の前に陣取り、最前線で座りはじめた。
パフォーマンスがついに始まると、ペンライトがなん十本と掲げられ、街中にも負けないイルミネーションと化している。
僕はテントの下でパイプ椅子に座りながら、パソコンの画面と噴水を見比べる。
歌って踊る彼女たちは、とても自信に満ちた表情を見せてくれた。
特に東雲、センターの遥さんは一年生だというのに誰にも負けないくらいの輝きを放っている。これって贔屓目かな。
ともかく、こうやって見る限り、重すぎるプレッシャーは消すことが出来ている。これが本来の彼女の実力。それがどういう評価を受けるかは……まだ後の話。今は他のみんなのように、リズムに乗ったり、合わせて飛んだり、心のままに動くのが楽しく正しい楽しみ方だ。
侑も歩夢も、座るのを忘れて見入っていた。
「離れてても、届かせることが出来るんだ」
そう呟いた侑と歩夢の間には、相談に来た時のような気まずさや迷いなんてものはなく……
「歩夢、多分これから、私たちは離れることもあるんだろうけど……」
「ずっと一緒、だよね」
寄り添う二人を見て、笑みが零れる。
思い通りすぎて達成感だどうだというのはないが、仲睦まじい後輩は眼福ですわ。
「あの二人、やっぱり隣にいるのが似合ってるね」
彼女たちの行く末を見届けた彼方は、手に息を吐いて温めながら僕の隣に座った。
「お疲れ様」
「湊くんも、手伝ってくれてありがと。時間はかかっちゃったけど、解決してよかったね。あっちこっちから相談受けて、彼方ちゃんもう頭パンパン」
「いいんじゃないかな。みんなの駆け込み寺って感じで」
「えっへん。彼方ちゃんは頼れる先輩なのです」
それに、頼れる姉でもある、と足元で丸められている横断幕をちらりと見て苦笑する。
「あの二人がこうなるって、湊くんは最初から分かってたみたいだけど」
「離れていても一緒だっていうのは、前にも言ったからね」
侑が音楽科に行くと決めた時、同じようなことを彼女たちに言った。
それと似ていて違うこと、違うように見えて似たことで悩んでいた。
離れると感じてしまうのを覚悟して、いざその時が来たら迷ってしまう。よくあることだ。
「似たようなことで悩んでたんだ」
「一度解消されたことでも、また不安に思う時は出てくるからね。何度でも同じことで躓けばいいさ。その度に、あの子たちはお互いが大事な存在だって再認識できる」
だから心配はしてなかった。近く、二人は自分の道を見つけなおすだろうと踏んでいた。
これほど早く解決したのは、彼方が何かしてやりたいと思って行動したからだけど。
「遥さんだって、来年再来年とまた同じ悩みにぶつかるかもしれない。ラブライブのステージに立つ前に怖くなるかもしれない。でもそれでいいんだよ。今度また君か、それともここにいる誰かが思い出させてくれる」
特に遥さんの場合は、こんなによく気付く姉がいるのだ。ラブライブの結果はともかく、高校生活は安泰だろう。
彼方はぱちくりと瞬きをして、自分の袖をきゅっと掴む。その後少し躊躇ってから、僕を見上げた。
「彼方ちゃんも、遥ちゃんのことでもやもやしちゃうかも。その時は……湊くん、私を助けてくれる?」
「もちろん。僕でよければ、何度でも」
彼方の力になれるなら、いつでも……は無理かもしれないけれど、何度だって、それが同じ悩みでも事件でも、きっと助けに行く。
僕にとっては彼方も、みんなもそれくらい大事なんだ。
「もう、もうっ」
彼方は顔を真っ赤にしたと思うと、肩をぽかぽかと叩いてきた。最近、こんな攻撃を食らったような気がする。
「またそんなこと言う」
「君が訊いてきたのに答えただけなのに」
「そうだけどぉ」
頬をぷっくりと膨らませ、彼女はぎゅっと僕の腕を掴んで、頭を力なく僕の胸に押しつけてきた。
「彼方?」
「……そんなこと言うから、手に入れられるって思っちゃうじゃん」
ぼそり、とそれだけ呟いて、彼方はじっと動かなくなった。
あの、傍目から見たら抱き着かれてるように見えるんですけど。ていうか実際に、ほとんどそうっていうか。
ぽんぽんと叩いても、反応がない。
おいおい、こんな寒い中で寝てしまったら、体調崩すどころの騒ぎじゃなくなるぞ。
「か、彼方、おーい」
「もうちょっと、このまま」
やっと言葉が返ってきたと思ったら、わがまま追加されちゃった。
顔寒かったとかだろうか。そうだったらマフラーとかカイロとか貸すのに。
「彼方」
「んー」
引き剥がそうとちょっと力を込めても抵抗されてしまう。押しつけてくる頭の圧が強くなってきて、圧し潰される前にお手上げした。
仕方のない人だよ、まったく。
「……もうちょっとだけだからな」
「ん」