侑と歩夢を連れて、校内を歩き回る……までもなく、目的の人物を見つけた。やはり、とも言うべきか、この学校で誰にも言えない悩みを持っている人はここに来るらしい。
学校の屋上は、なぜか迷った生徒の行きつく先にある。せつ菜も僕もそうだった。そして今は、ディアの場所。そして後ろに続くロッティの場所だ。
言葉がまだ見つからない僕は、後輩二人と陰に隠れて、様子を伺った。
「ユウの曲、しないノ?」
「……考え中」
ロッティのほうを振り向くこともせず、ディアは言った。
「ミナトの曲しか、やらないツモリ?」
それを聞いて、ディアは眉間にしわを寄せ、睨みつける。
普段あっさりとしている彼女からは想像がつかないほど、怒っていた。
「Alpheccaは、元々そういうつもりだったんじゃないの? ミナトとわたしたちで、三人だけで、三人だけだからこそAlpheccaなんじゃないの?」
「半分ダケ、正解」
でも、とロッティは続ける。
「Alpheccaは、そうじゃなイ。ワタシたちは、ワタシたちだけジャなくテ……」
「ロッティにはわかんないよ!」
空にこだまするほど、ディアの声が響く。
普段落ち着きのある彼女から発せられた叫びに気圧され、ロッティはびくりと体を震わせた。
自分でも驚いたみたいで、ディアははっとして俯き、ロッティの脇をすり抜け、屋内へ入っていく。
多少の口喧嘩なら、僕がホームステイしていた時にもよくあった。だけどこれは、そういうのとは違う。
四の五の言ってる場合じゃない。そう思って僕が出ていこうとすると……侑が手で制してきた。
「私たちに任せてください」
そう言って、僕の返事も待たずに、ディアを追いかけていった。
残されたのは、ぽつんと佇むロッティだけ。三人の姿が見えなくなるのを待って、僕はようやく彼女の前に姿を現した。
「ロッティ」
「……ワタシじゃ、ミナトのようにハいかなイみたイ」
いつも爛漫な彼女が嘘のように、俯いて曇りの表情を見せていた。
ディアの悩みはロッティだって気づいていた。
姉妹だから、Alpheccaだから何とかしたいという気持ちがあって、僕と同じようにして偏った方向へ進まないようにしてきた。
だけど頑ななディアには届かない。
「僕だって無理だよ。今のディアは、僕たちだけじゃどうしようもできない。あの子たちに託すしかない」
△
僕たちは、こそこそと侑たちの後をついていく。
ディアは急に走り出す、なんてことはせずに立ち去っていったおかげで、そして侑と歩夢が彼女を止めたおかげで、すぐさま追いつくことができた。
二人はディアを落ち着かせるために、食堂の端の席に座らせた。ちょこんと座らせられたディアの前に、侑がマグに入ったココアを置く。
「それを飲み終わるまでは、一緒にいさせて」
同じものを自分の前にも置いた侑と歩夢は、ディアの横に椅子を移動させて腰を下ろした。
良い手だ。
冬に気が立ってしまった時は、とりあえずあったかくて甘いものが効く。
それに、ディアが一人にしてほしいと思っていても、それを叶えようと一気に飲み干すには濃いし、熱い。何にしろ待つ必要が出てきて、ある程度時間が経てば頭も冷えてくる。そうしたら自分の話を聞いてほしくなるかもしれない。そうした時に、ディアにとっては僕やロッティじゃなければ誰でもいいだろう。そしてそこには、ちょうど侑と歩夢がいる。
逆に、いてほしいということなら、飲まなければずっといてくれるということだ。
優しくありつつも強引なんて、こんなやり方どこで身に付けてきたんだか。
僕は後輩たちに行く末を任せ、ロッティと一緒に柱の陰から見守るだけに留まっている。
侑は、ディアがこくりと小さな一口を飲んだところで話しかけた。
「ごめんね、ディアちゃん。急に曲作ったって言って……迷惑だったかな」
ディアは首を横に振る。力なく、ではあるが明確な否定だった。
自分のために曲を作ってくれるというのは、スクールアイドルでなくても嬉しいだろう。それを作ったのが親しい友人で、しかも自分に合った曲であればなおさらだ。
それを抜きにしても、侑の曲は素晴らしかった。あれを否定するなんてことは、音楽に携わる者としては不可能。迷惑だなんて認めるわけにはいかなかった。
ディアは顔を上げて、少し躊躇って、また顔を俯かせた。
「わたし、ずっと何もやる気なかった」
ぼそり、と彼女は呟いた。
「ロッティってああ見えて天才で、なんでもすぐにそつなくこなす。でもわたしはそうじゃない。音楽もやってたけど、そこそこで終わるんだって思ってた。ミナトが来てすぐの時も」
初めて出会ったとき、彼女はそっけないなんてもんじゃなかった。最低限の挨拶はするけど、積極的にこちらに関わってこようとはしてこなかった。
心の奥底で、自分への諦念があったからだろう。他人と関わる余裕なんかなかったんだと思う。
才能とは時として暴力になる。ロッティなんていう才能の塊を見せつけられて、双子であるディアは僕が思っている以上に自分のことが嫌いになっていたのだ。
「でも、ミナトが見せてくれたスクールアイドルの動画で、わたしは変われた。今までやりたいことなかったけど、スクールアイドルは初めて自分でやってみたいと思えた」
日本の流行りをロッティに訊かれて、僕が見せたのはその前の年のラブライブ。予選も含めれば長ったらしいそれを、ロッティだけじゃなくディアも食い入るように見ていたのを覚えている。
そこから、ロッティが自分もやりたいと言って、僕が手伝うと言って、彼女らの両親ともに後押ししてくれて、ディアを無理やり引っ張るようにして誘った。
体力作りから歌やダンスの練習、衣装作りなんかもあって、大変だった。けど、ディアは一緒になって幸せそうにやってきた。
「ミナトが、わたしを照らしてくれた太陽だった。だから、ミナトの作った曲以外は歌いたくないって、わがまま言った。それしかやっちゃいけないって、それがミナトへの恩返しだって……」
そう思っていたのを知っている。だから三人だけで全てやってきた。
最初は僕もそれに賛成だった。このユニットは、このメンバーだけで完結させるべきものだと思っていたから。
「それはロッティもわかってたはずなのに、あんな簡単に……」
ディアは机の下で拳を握った。
「それが許せない自分が嫌。ロッティは、ミナトが言ってるように自分のやりたいことをやろうとしてるだけなのに、わたしを押し付けちゃってる」
周りへの怒りを感じる自分への嫌悪。それは特に最近急激に、彼女の中に溜め込まれたものだろう。
ディアの意識を変えようとした僕やロッティの目論見が仇となってしまった。はじめはほんの少しの意地だったのかもしれない。それが時間を経るごとに大きくなり、打てば打つほど固くなる。
それはあの子の優しさのせいであり、僕たちの愚かさのせいだ。大事に思うがあまり、解すことができずにいた。
「ディアちゃんは、湊さんのこともロッティちゃんのことも大好きなんだね」
歩夢の言葉に、ディアはこくりと頷いた。
「私たちのことは嫌い?」
「大好き。最初は、わたしたちとミナトの邪魔をするなら引き剥がそうと思ってたけど、ミナトが心の底からここにいるのを楽しんでるのが分かった。だからわたしたちのほうから同好会に入った。みんな優しくて、かっこよくて、可愛くて、嫌いになるほうが難しい」
一息に喋って、息を吸う。
「でもちょっと嫉妬がある。ミナトが悩んでるのは知ってたけど、わたしじゃ何も出来なかった。それを、同好会のみんなは解消した。わたしの役目だって思ってたから、もやもやする。みんな、良い人。そのみんなにもロッティにも嫉妬してしまうわたしが大嫌い」
全てを話し終わり、ディアは涙を浮かべた目を伏せた。その垂れた頭を、歩夢は壊れものを扱うようにそっと撫でる。
「ずっと溜め込んでたんだね」
「こんなこと、ミナトに言えない。幻滅される」
そんなことない、と言うのは簡単だ。今飛び出してそう言えばいい。けれどそれで解決するかというのは別の話で、それは侑たちも分かっていた。
「ディアちゃんはどうしたいのかな」
侑はゆっくり、諭すようにして言った。
「例えば、このまま二人組だけでずっとやりたい? それともたまには他の人と組んでみたりしたい? 曲は、やっぱり私が作ったのじゃダメ?」
「……」
「役目とか、こうしなくちゃじゃなくて、ディアちゃんが何を思ってどうしたいのか。ここじゃ、それが一番大事なんだよ」
「わたしは……」
「ディアちゃんが文化祭でバンドを組んでた時、すごく楽しそうだった。あれが嘘じゃないなら、ほんとはみんなと一緒にやりたいんじゃないかな」
否定を許さず、間を置かずに侑は話を続ける。
「ロッティちゃんとは違う人と組んで、湊さんとは違う人の作った曲で歌って、自分で考えたのじゃないダンスを踊ってみるのって、想像しただけでもわくわくしない?」
例えば違う国の人と、例えば違う学校の人と、例えば違う部の人と。自分が思っているよりも世界は広く、人は多く、繋がりは無限。そこへ飛び込んだなら、その景色に魅了される。夢を見て追いかけている者ほど、景色の美しさが分かる。
同好会のみんな、そうだから、そうだから……
「……やりたい」
ぱっと顔を上げたディアの目は、まるでスクールアイドルを始めたての時のように輝いていた。
「ミナトともロッティとも、みんなとももっともっと一緒に色んなことをやりたい。衣装も、他の人が手掛けたやつが着たい。誰かの弾く音でパフォーマンスしたい。わたしが知る世界の外側で歌いたい」
一世一代とも言える告白を浴びた二人は茶化すことなく、しっかりと頷いて理解を示した。
「素直に、好きなことをしようよ。そしたら、ディアちゃんはきっと自分のこと好きになれるよ」
「湊さんもロッティちゃんも驚くくらい成長してさ、二人の度肝を抜いてみせよう」
「……うんっ」
よーし、と早速いくつもの提案を出す侑と、撫で続ける歩夢に引っ張られて、盛り上がるテーブルを見て、僕らはようやく安堵のため息をついた。
「解決しタ」
「したね」
「ディアがああやっテ苦しんでルの、知ってタ。でも、でもネ、ミナトはずっとイッショにいるワケじゃなイ。だったラ、ミナトに頼っテばっかじゃダメ。ワタシたちはワタシたちなりに進化しないトいけなイ。歌っテ踊ルのは、ワタシたち二人。でも、やり方を変えれば、モット色んナことができル。可能性が広がル」
Alpheccaを形作るのは僕たち。三人がいなければそもそも存在自体がないし、それが続くなんてことももちろんない。
しかし、その活動を支えてくれるのはファンのみんなや仲間たち。その人たちの助けや応援を受けて、Alpheccaはより高みへ行く。
だから、僕たち三人だけで、というのは半分だけ正解なのだ。スクールアイドルとは与えるだけの存在ではなく、与えられる存在でもある。
一緒に、だ。力を貸してくれる人、応援してくれる人、見てくれる人、全てと、だ。その人たちと共に行く。そうしたいなら、無理に抑え込む必要はない。
それは栞子へ、ミアへ、ランジュへ伝えてきたことだし、彼女たちが証明してきたことでもある。
「ディアにはソレ、Alpheccaはそうするベキだって知ってほしかっタ。寂しいナラ、イッショにいルときにいっぱい甘えル! それでおしまイ!」
「ちゃんとスクールアイドルしてるんだな、ロッティ」
「……まだ、足りなイケド」
「……そうだね。僕らはまだ足りない」
自分で完璧だと思っていたランジュも、とてつもない人気を誇るAlpheccaも、パフォーマーとしては一流でもスクールアイドルとしてはまだまだ未熟。たぶん、どれだけ経っても完璧に辿り着けることはない。理想とはそれほど高く遠いものなのだ。
「それにしても、侑と歩夢……あんなに逞しくなっちゃってまあ」
「ミナト、パパみたイ」
△
「ロッティ、ごめんなさい。わたし……」
「許ス!」
部室まで戻ってくるなり頭を下げるディアを手で制し、ロッティは声を張り上げた。
「そんなあっさり……」
「だっテ、引きずっててモ良いことないモン!」
実際には、心情をこれでもかというくらい聞いたからなのだけど。
謝ろうとするのを何度も止められて、ディアはついに諦めてロッティの恩赦を受け取った。
「それデ、ユウの曲はどうするノ?」
「やる。わたしは自分の可能性を広げて、ミナトやユウ、ファンの一番になる」
迷いなんて一切ない顔できりっと言い放つ。
僕やロッティだけを見ているような、曇った目じゃない。僕がずっと見たかった目だ。
ディアのスクールアイドル道はここから。まだまだ満足しちゃいけない。でも、満たされた感覚が胸に広がった。
「イチバンはワタシ!」
「や、わたしがいただく」
「いいえ、一番はランジュよ!」
「かすみんですっ。会場に来た人だけじゃなく、配信を見てくれるファンもぜーんいん、かすみんのトリコにしちゃいますから!」
ああもう、せっかくいい気分だったのに、いつもの感じに戻るんだから。
そう、これはいつもの光景。でも、いつもより一歩進んだ景色なのだ。