それは突然の事だった。
春の終わりも近づいた、とある日の昼間の事。珍しく公務が午前中に片付き、かつて日本と呼ばれていた国の王・常磐ソウゴは、王城の私室にて寛いでいた。
「ふぅ、こんな時間から気を抜けるのも久しぶりだな」
大きく伸びをし、一息ついたソウゴは窓を開いて城下の街を見下ろした。
その眼下に広がるのは、見渡す限りの青空と地平線まで届く街並み。その中で無数の人々が夫々の思いで闊歩している。
「……」
その光景に薄く笑顔を浮かべ、ソウゴは穏やかに吹く風を体で受け止めた。長年に渡って幾度となくこの景色を見てきたが、どれだけの時が経とうとその美しさに勝る景色は無い、とソウゴは常日頃から思っていた。
「…さて、偶には酒でも飲むか」
気を良くしたソウゴが滅多に飲まない酒でも飲もうと部屋に引き返そうとした瞬間、
『……、…、………』
「……?」
突如ソウゴの頭にノイズの様な音が響いた。壊れかけのラジオから流れる、回線の合わない無線電波の様にも聞こえる。
(少し耳障りだな…)
なんて事を思っていると、今度はその足元に魔法陣らしき物が出現した。
「ふむ、これは転送…いや召喚か」
ソウゴの言葉と共に、魔法陣は強い光を放つ。その光にソウゴは目を眇めて腕で覆った。
腕で顔を庇い、目を細めていたソウゴは、ざわざわと騒ぐ無数の気配を感じて目を開いた。そして周囲を見渡す。
先ず目に飛び込んできたのは、巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせてうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込む様に、その人物は両手を広げている。美しい壁画だ。素晴らしい壁画だ。だがしかし、ソウゴはとても胡散臭いものを感じて視線を外した。
するとそこには、どこかの学校の制服と思しき恰好をした数十人の少年少女達がいた。そのまま視線を下ろせば、いつの間にかソウゴ自身も彼らと同じ制服に身を包み、彼らと同じ程度の外見に戻っていた。
(時間操作を掛けた覚えはないが…、まぁいい)
その事に疑問を持ちつつも周囲を見てみると、どうやら自分達は巨大な広間にいるらしいという事が分かった。素材は大理石だろうか? 美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建造物の様で、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然に思い浮かぶ様な荘厳な雰囲気の広間である。
ソウゴ達はその最奥にある台座の様な場所の上にいる様で、周囲より位置が高い。そして周りには、呆然と周囲を見渡している学生達。
「……?」
ふと微かな物音が聞こえ、ソウゴはチラリと背後を振り返った。そこには呆然としてへたり込む少女の姿があった。どうやら怪我は無いらしい。
それを確認した途端、ソウゴは興味を無くしたかの様に視線を外し、恐らくこの状況を説明できるであろう台座の周囲を取り囲む者達への観察に移った。
そう、この広間にいるのはソウゴ達だけではない。少なくとも三十人近い人々がソウゴ達の乗っている台座の周囲に居たのだ。まるで祈りを捧げるかの様に跪き、両手を前で握った格好で。
彼らは皆一様に白地に金の刺繍がなされた法衣の様なものを纏い、傍らに錫杖の様な物を置いている。その先端は扇状に広がっており、円環の代わりか円盤状の飾りが数枚吊り下げられている。
その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢で煌びやかな衣装を纏い、三十センチ程のより細かな意匠の凝らされた烏帽子の様な物を被っている七十代位の老人が進み出てきた。尤も、老人と表現するには纏う覇気が些か好戦的だが。刻まれた皺や老熟した目が無ければ五十代と言っても通るかもしれない。
(まぁ、若作りに関して私が言えた義理ではないが…。さて、少し調べ物の時間だ)
そうしてソウゴが集中し始めたのと同じ様に、老人は手に持った錫杖を鳴らしながら外見に見合う深みのある落ち着いた声音でソウゴ達に話しかけた。
「ようこそトータスへ。勇者様、そして御同胞の皆様、歓迎致しますぞ。私は聖教協会にて教皇の地位に就いております、イシュタル・ランゴバルドと申す者。以後宜しくお願い致しますぞ」
そう言ってイシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。そして、こんな場所では落ち着く事も出来ないだろうと、混乱覚めやらぬ少年少女達を促し落ち着ける場所——幾つもの長机と椅子が置かれた別の広間へと誘った。
案内されたその広間も、例に漏れず煌びやかな造りだ。見慣れているソウゴは勿論、素人目にも調度品や飾られた絵画、壁紙が職人技の粋を集めたものなのだろうと解る。恐らく晩餐会や国賓をもてなす場に使うのだろう。上座に近い位置に教師の畑山愛子とこの集団の中心メンバーである天之川光輝達四人が座り、続いてその取り巻き達が適当に座っている(ここに着く迄の間に"
ここに案内される迄誰も大して騒がなかったのは、未だ現実に認識が追いついていないからだろう。他にもイシュタルが事情を説明すると告げた事や、中心人物らしい光輝が皆を落ち着かせた事もあるだろう。教師より教師らしく生徒達を纏めていると愛子が涙目だった。
全員が着席すると、タイミングを計った様にカートを押しながらメイド達が入って来た。その姿は、所謂世間一般が思い浮かべる様な『いかにもといった典型的』なメイドだった。こんな状況でも思春期男子の探求心と欲望は健在な様で、男子達の殆どがメイド達を凝視している。
尤も、それを見ていた女子達の視線は氷河期もかくやという冷たさを宿していたが。
当然ソウゴの傍にもメイドが飲み物を運びに来たが、一々反応する様な年齢でもないし、第一自身の城で見慣れている為、一言礼を言って飲み物を受け取っただけだった。
すると視線を感じ、ソウゴはそちらへ顔を向ける。すると先程へたり込んでいた少女──香織がニコニコと笑みを浮かべてソウゴを見ていた。だがソウゴは特に反応するでもなく、視線を手元の飲み物に戻した。
(毒は…入ってない様だな)
毒や何かしらの薬物が混入されてないかを確認したソウゴは、手に持った飲み物に口をつけた。
一方、全員に飲み物が行き渡るのを確認すると、イシュタルが口を開いた。
「さて。貴方方におかれましてはさぞ混乱されている事でしょう。一から説明しますでな、先ずは私の話を最後までお聞き下され」
そう言って始めたイシュタルの話は、実にファンタジーでテンプレで、どうしようもなく勝手なものだった……。
曰く、この世界・トータスでは人間族と魔人族が数百年に渡って戦争を続けていたが、近年魔人族側が魔物を使役し始めた事によりパワーバランスが崩壊してしまったとの事だ。
「貴方方を召喚したのは"エヒト様"です。我々人間族が崇める守護神、聖教協会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。恐らくエヒト様は悟られたのでしょう、このままでは人間族は滅ぶと。それを回避する為に貴方方を呼ばれた。この世界よりも上位の世界の人間である貴方方は、この世界の人間よりも優れた力を有しているのです」
そこで一度言葉を切ったイシュタルは、「神託で伝えられた受け売りですがな」と相好を崩しながら言葉を続けた。
「貴方方には是非その力を発揮しエヒト様の御意思の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。恐らく神託を聞いた時の事でも思い出しているのだろう。イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教協会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外無く聖教協会の高位に就くらしい。
ソウゴは“神の意思”を疑う事無く、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さにある種の呆れを覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人物が現れた。
「ふざけないで下さい! 要はこの子達に戦争させようって事でしょ!? そんなの許しません、ええ先生は絶対許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと御家族も心配している筈です! 貴方達のしている事はただの誘拐ですよ!」
愛子だった。
ぷりぷりと怒る愛子。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で、非常に人気がある。百四十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら生徒の為にと齷齪走り回る姿は何とも微笑ましく、その何時でも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。“愛ちゃん”の愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。何でも威厳ある教師を目指しているのだとか("地球の本棚"調べ)。
今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーっと立ち上がったのだ。ほんわかした気持ちでイシュタルに食って掛かる愛子を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。
「お気持ちはお察しします。しかし……貴方方の帰還は現状では不可能です」
「ほぉ…」
ソウゴが小さく呟くのと同時、場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に圧し掛かっている様だ。生徒達は何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。
「ふ、不可能って……、ど、どういう事ですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」
愛子が叫ぶ。
「先程言った様に、貴方方を召喚したのはエヒト様です。我々があの場にいたのは、単に勇者様方を出迎える為と、エヒト様への祈りを捧げる為。人間に異世界に干渉する様な魔法は使えませんのでな、貴方方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第という事ですな」
「そ、そんな……」
愛子が脱力した様にストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。
「嘘だろ…? 帰れないってなんだよ!」
「嫌よ! 何でもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
パニックになる生徒達。その誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。その視線に、ソウゴは侮蔑らしき意思を感じていた。今までの言動から考えると、「神に選ばれておいて何故喜べないのか」とでも思っているのだろうか。
(愚かな事だな。誰もが信心深い訳ではないというのに…)
未だパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッ、と叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。ソウゴもチラリと視線を向けた。
光輝は全員の注目が集まったのを確認すると、徐に話し始めた。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味が無い。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておく事なんて俺には出来ない。それに、人類を救う為に召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん、どうですか?」
「そうですな、エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲ってる感じがします」
「えぇ、そうです。ざっとこの世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っている考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う、人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
ギュッと握り拳を作り、そう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。
同時に、彼のカリスマ性は遺憾無く効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めた。光輝を見る目はキラキラ輝いており、正に希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。
(青いな…。あれも若さ故か)
ソウゴが心の中で呟く間にも、話は進んでいく。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな……、俺もやるぜ?」
「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど、私もやるわ」
「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「龍太郎、雫、香織……」
同じグループのメンバーが賛同していき、後は当然という様にクラスメイト達も賛同していく。愛子はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが、光輝の作った流れの前では無力だった。
結局、全員で戦争に参加する事になってしまった。恐らく、生徒達は本当の意味で戦争をするという事がどういう事か理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守る為の一種の現実逃避とも言えるかもしれない。
ソウゴはそんな事を考えながら、それとなくイシュタルを観察した。彼は実に満足そうな笑みを浮かべている。
ソウゴは気が付いていた。イシュタルが事情説明をする間、それとなく光輝を観察し、どの言葉に、どんな話に反応するのか確かめていた事を。正義感の強い光輝が人間族の悲劇を語られた時の反応は実に判り易かった。その後は、殊更魔人族の冷酷非道さ、残酷さを強調する様に話していた。恐らくイシュタルは見抜いていたのだろう。この集団で誰が一番影響力を持っているのかを。
(見事な手際だな。まるで詐欺師だ)
世界的宗教のトップなら当然なのだろうが、中々に食えない人物だとソウゴは記憶の片隅にイシュタルの名を留めておいた。
戦争参加の決意をした以上、彼らは戦いの術を学ばなければならない。いくら規格外の力を潜在的に持っていると言っても、元は平和主義にどっぷり漬かりきった日本の高校生だ。いきなり魔物や魔人と戦う等不可能である(勿論ソウゴは例外中の例外)。
しかしその辺の事情は当然予想していたらしい。イシュタル曰く、この聖教教会本山がある【神山】の麓の【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているらしい。
王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神──創世神エヒトの眷属であるシャムル・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国という事らしい。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。
ソウゴ達は聖教教会の正面門にやって来た。下山してハイリヒ王国に行く為だ。聖教教会は【神山】の頂上にあるらしく、凱旋門もかくやという荘厳な門を潜るとそこには雲海が広がっていた。高山特有の息苦しさ等は感じない為、恐らく魔法で生活環境を整えているのだろう。生徒達は太陽の光を反射してキラキラと煌く雲海と、透き通る様な青空という雄大な景色に呆然と見惚れていた。
(中々の絶景だな…。まぁ私の国の方が美しいが)
ソウゴが心の中で自慢する中、どこか自慢気なイシュタルに促されて先へ進むと、柵に囲まれた円形の白い台座が見えてきた。大聖堂の物と同様と思われる素材で出来た回廊を進みながら、促されるまま台座に乗る。台座には巨大な魔法陣が刻まれていた。柵の向こう側は雲海なので大多数の生徒が中央に身を寄せる。それでも興味が湧くのは止められない様で、キョロキョロと周りを見渡しているとイシュタルが何やら唱えだした。
「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん──"天道"」
その途端、足元の魔法陣が燦然と輝きだした。そしてまるでロープウェイの様に滑らかに台座が動き出し、地上へ向かって斜めに下っていく。どうやら先程の詠唱で台座に刻まれた魔法陣を起動した様だ。この台座は正しくロープウェイなのだろう。ある意味初めて見る"魔法"に、生徒達がキャッキャと騒ぎ出す。雲海に突入する頃には大騒ぎだ。
「ふっ…」
その生徒達の様子に、ソウゴは小さく笑みを溢していた。
やがて雲海を抜け地上が見えてきた。眼下には大きな町、いや国が見える。山肌からせり出す様に建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。ハイリヒ王国の王都である。台座のロープウェイは、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に続いている様だ。
ソウゴは"らしい演出"だと冷めた視線を向けた。雲海を抜け天より降りたる"神の使徒"という構図そのままである。ソウゴ達の事だけでなく、聖教信者が教会関係者を神聖視するのも無理はない。
ソウゴは無意識の内に、かつての戦いの記憶を思い出していた。理不尽な神々と、それに踊らされた人々。または妄信する狂信者たち。その手の相手と戦った経験はソウゴにとって一度や二度ではない。そういう手合いは、総じて最後の一人に至るまで自らの命を顧みない無茶をしてくる。故にソウゴの降伏勧告は受け入れられず、その命を奪うより他なかった。
「まったく……、神という存在は常に面倒事を持ってくる」
小声で愚痴を溢しつつ、ソウゴは今後の行く末に天を睨んだ。
王宮に着くと、ソウゴ達は真っ直ぐに玉座の間に案内された。教会に劣らぬ煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士らしき装備を身に付けた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、或いは畏敬の念に満ちた眼差しを向けてくる。ソウゴ達が何者か、ある程度知っている様だ。ソウゴは慣れたものだと受け流し、生徒達の後を付いていった。
美しい意匠の施された巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両側で直立不動の姿勢を取っていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来た事を大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。
イシュタルはそれが当然とばかりに悠々と扉を通る。光輝等一部の生徒を除いて、生徒達は恐る恐る扉を潜る。
扉を潜った先には、真っ直ぐ伸びたレッドカーペットと、その奥に豪奢な椅子──玉座があった。その玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男性が立ち上がって待っている。その隣には王妃と思われる女性と、金髪碧眼の少女と少年が控えている。更に、カーペットの両サイドには武官や文官らしき者達がざっと三十人程整列していた。
玉座の手前に着くと、イシュタルは生徒達をその場に留まらせ、自分は国王の隣へと進む。
そこで徐に手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度の口付けをした。どうやら教皇の方が立場は上の様だ。これで国を動かすのが"神"である事は確定だとソウゴは心の中で溜息を吐いた。
(他者に委ねる等、最も王がしてはならないというのに…)
そこからはただの自己紹介だ。国王は名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃はルルアリアというらしい。因みに少年は王子のランデル、少女は王女のリリアーナだそうだ。
後は騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされ、続けて晩餐会が開かれ異世界料理を堪能する事になった(その際ランデル王子の視線が何度も香織の方へ向けられた)。
その後王宮でソウゴ達の衣食住が保障されている旨と、訓練における教官達の紹介もなされた。現役の騎士団員や宮廷魔術師から選ばれた様で、いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけという事だろう。
晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。その途端ソウゴは、部屋の内装や天蓋付きのベッドを無視して中空に手を翳した。
すると先程まで何もなかった空間に、突如金色の光を放つ黒い渦が現れる。ソウゴが『時の抜け穴』と呼ぶその渦の先に、慣れ親しんだ王城の自室が見えてきた。試しに渦を潜ってみると、特に弾かれる事も無くあっさりとソウゴは自身の城に戻ってこれた。それを確認したソウゴは再び渦を潜り、ハイリヒに戻って来た。
「神の悪戯に付き合うのも暇つぶしにはなるか…」
ソウゴはそう言うと、見慣れぬ制服から着慣れた普段着に着替えベッドに横になって瞼を閉じた。
翌日から早速訓練と座学が始まった。
すると先ず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。
騎士団長が訓練に付きっきりで良いのかと思うソウゴだが、対外的にも対内的にも“勇者様一行”を半端な者に預ける訳にもいかないという事らしい。抑々、暇潰しを理由に国を空けているソウゴにはブーメランもいいところだ。
メルド本人も、「寧ろ面倒な雑事を副団長に押し付ける理由が出来て助かった!」と豪快に笑っていたので大丈夫なのだろう。
尤も、肝心の副団長は大丈夫ではないだろうが。
「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化してくれる物だ。最も信頼の置ける身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」
非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するよう忠告したらしい。
生徒達もその方が良かったと安堵する。遥か年上の人達から慇懃な態度を取られると、居心地が悪くてしょうがないのだ。
「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう? そこに一緒に渡した針で指に傷を作って血を一滴垂らしてくれ。それで所有者が登録される。“ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示される筈だ。あぁ、原理とか訊くなよ? そんなモン知らないからな、神代のアーティファクトの類だ」
「アーティファクト?」
聞き慣れない言葉に光輝が質問する。
メルド曰く、現在では再現できない強力な能力を持った魔術道具だそうだ。このステータスプレートは一般市民にも普及している唯一のアーティファクトで、プレート作成専用のアーティファクトを使って毎年教会が作製・配布しているらしい。
それらの説明に「成程」と頷きつつ、生徒達は顔を顰めながら指先に針を軽く刺し、浮き上がった血を魔法陣に擦り付けた。すると魔法陣が一瞬淡く輝く。
因みにソウゴもやろうとしたところ針が折れてしまった為、ソウゴは爪を伸ばして反対側の指を軽く切って血を擦り付けた。
するとソウゴのプレートも一瞬淡く輝き、直後真綿にインクが染み込む様に黒黄金に変色していった。その変化にソウゴは片眉を軽く上げる。他の生徒達はもう少し大きく驚いている。
そんな生徒達にメルドが説明を加える。曰く、魔力というものは人其々違う色を持っているらしく、プレートに自己の情報を登録すると所有者の魔力色に合わせて染まるのだそうだ。つまり、そのプレートの色と本人の魔力色の一致を以て身分証明とするのだろう。
(黒黄金か。まぁ、だろうな)
内心予想通りと思いつつ、ソウゴは主要な者達に視線を向ける。
因みに光輝が純白、龍太郎が深緑、香織が白菫、雫が瑠璃色である。
「珍しいのは分かるが、しっかり内容も確認してくれよ?」
苦笑いしながらメルドが確認を促す。その声で生徒達はハッとした様に顔を上げて直ぐに確認に移った。
ソウゴも自身のプレートに視線を落とす。そこには……
常磐ソウゴ 140346歳 男 レベル:1
天職:大魔王/統一時空大皇帝
筋力:16008809201
体力:17777077417
耐性:16548013317
敏捷:16080934837
魔力:32418198945
魔耐:32886383805
技能:『体力超速回復』『魔力超速回復』『魔力消費超緩和』『魔力完全制御』『魔神法』『闘神法』『魔力付与』『魔力分配』『魔法付与』『気力付与』『属性付与』『技能付与』『技能妨害』『技能改変』『技能吸収』『技能略奪』『技能創造』『魔法妨害』『魔法吸収』『神龍力』『神龍結界』『龍化』『神獣力』『神獣結界』『獣化』『鬼神力』『鬼神結界』『鬼化』『多重連撃』『多重並列詠唱』『詠唱破棄』『属性複合』『物理超強化』『精神超強化』『斬撃超強化』『貫通超強化』『破壊超強化』『打撃超強化』『衝撃超強化』『銃撃超強化』『狙撃超強化』『治癒超強化』『補助超強化』『障壁超強化』『結界超強化』『状態異常超強化』『火超強化』『炎超強化』『火炎超強化』『猛火超強化』『灼熱超強化』『煉獄超強化』『水超強化』『水流超強化』『激流超強化』『波濤超強化』『大渦超強化』『蒼海超強化』『風超強化』『疾風超強化』『烈風超強化』『嵐超強化』『暴風超強化』『颶嵐超強化』『土超強化』『泥超強化』『大地超強化』『泰山超強化』『地裂超強化』『地平超強化』『電気超強化』『雷超強化』『雷電超強化』『迅雷超強化』『轟雷超強化』『雷霆超強化』『氷超強化』『氷雪超強化』『氷結超強化』『凍結超強化』『吹雪超強化』『輝氷超強化』『光超強化』『聖超強化』『光明超強化』『閃光超強化』『聖光超強化』『恒星超強化』『影超強化』『陰超強化』『闇超強化』『暗闇超強化』『冥獄超強化』『深淵超強化』『爆破超強化』『消滅超強化』『龍超強化』『時間超強化』『虚無超強化』『毒超強化』『猛毒超強化』『麻痺超強化』『強麻痺超強化』『睡眠超強化』『魅了超強化』『酸超強化』『腐蝕超強化』『外道超強化』『邪眼超強化』『不可逆超強化』『経験値超増加』『熟練度超強化』『剣神』『大剣神』『短剣神』『双剣神』『刀神』『太刀神』『槍神』『双槍神』『弓神』『斧神』『杖神』『楽器神』『銃神』『狙撃神』『砲神』『槌神』『鎌神』『棍神』『格闘神』『爪神』『投擲神』『薙刀神』『鞭神』『弩神』『銃剣神』『楯神』『鎧神』『糸神』『旗神』『完全武装支配術』『武装記憶開放術』『火攻撃』『炎攻撃』『火炎攻撃』『猛火攻撃』『業火攻撃』『灼熱攻撃』『煉獄攻撃』『水攻撃』『水流攻撃』『激流攻撃』『波濤攻撃』『大渦攻撃』『蒼海攻撃』『風攻撃』『疾風攻撃』『烈風攻撃』『嵐攻撃』『暴風攻撃』『颶嵐攻撃』『土攻撃』『泥攻撃』『大地攻撃』『泰山攻撃』『地裂攻撃』『地平攻撃』『電気攻撃』『雷攻撃』『雷電攻撃』『迅雷攻撃』『轟雷攻撃』『雷霆攻撃』『氷攻撃』『氷雪攻撃』『氷結攻撃』『凍結攻撃』『吹雪攻撃』『輝氷攻撃』『光攻撃』『聖攻撃』『光明攻撃』『閃光攻撃』『聖光攻撃』『恒星攻撃』『影攻撃』『陰攻撃』『闇攻撃』『暗闇攻撃』『冥獄攻撃』『深淵攻撃』『爆破攻撃』『消滅攻撃』『龍攻撃』『時間攻撃』『虚無攻撃』『毒攻撃』『猛毒攻撃』『麻痺攻撃』『強麻痺攻撃』『睡眠攻撃』『魅了攻撃』『酸攻撃』『腐蝕攻撃』『外道攻撃』『武人の極致』『魔導の極致』『無尽蔵』『限界突破』『休息』『空間機動』『縮地』『悪路踏破』『神速移動』『神速飛翔』『神速遊泳』『黄金律』『鑑定』『錬成』『念動力』『射出』『念話』『超集中』『必中』『思考超加速』『並列思考』『超高速演算』『人心掌握』『先導』『扇動』『隠密』『隠蔽』『気配遮断』『認識阻害』『記憶阻害』『無音』『無臭』『暗殺』『透過』『憑依』『騎乗』『吸血』『簒奪』『暴虐』『絶滅』『狩猟』『大軍師』『確率操作』『未来視』『未来変更』『未来確定』『運命操作』『因果律操作』『探知』『洗脳』『薬毒合成』『言語理解』『軟体』『剛体』『天候操作』『重力操作』『眷属契約』『眷属支配』『地属支配』『天属支配』『海属支配』『時空移動』『生命創造』『召喚術』『錬金術』『忍術』『仙術』『陰陽術』『召喚術』『紋章術』『血鬼術』『精霊術』『天装術』『小宇宙の闘法』『学園都市能力開発』『通力』『神通力』『光技』『裏光技』『五星技』『剛力通』『金剛通』『天眼通』『天耳通』『神足通』『内活通』『闇術』『呪力』『太極』『真理探究』『八十八星座』『百八の魔星』『海将軍』『波紋』『幽波紋』『悪魔の実』『六式』『覇気』『魚人空手』『グルメ細胞』『チャクラ』『瞳術』『卍解』『異常』『過負荷』『悪平等』『言葉遣い』『トリオン』『ブラックトリガー』『英霊の宝具』『自在法』『嵐龍方陣』『機炎方陣』『海神方陣』『創樹方陣』『騎解方陣』『黒霧方陣』『灼滅の覇道』『氷逆の覇道』『裁考の覇道』『人馬の覇道』『妃光の覇道』『幻魔の覇道』『光の巨人』『神秘の巨人』『大地の巨人』『海の巨人』『慈愛の巨人』『宇宙正義』『M78』『U-40』『O-50』『自由の仮面』『絆の虹』『宇宙拳法』『宇宙技術』『コスモ幻獣拳』『赤心少林拳』『波動拳法』『天火星赤龍拳』『天幻星獅子拳』『天重星天馬拳』『天時星麒麟拳』『天風星鳳凰拳』『吼新星白虎拳』『獣拳』『超力』『アース』『天空聖魔法』『地底冥呪法』『冒険者の流儀』『秘宝探索』『志葉流』『過激気』『紫激気』『臨気』『怒臨気』『幻気』『海賊の流儀』『勇者』『大魔王』『幻魔王』『天魔王』『救世主』『皇帝』『王権』『皇帝特権』『神性』『傲慢』『真実』『総括』『審判』『正義』『支配』『強欲』『慈愛』『後悔』『成功』『賢明』『友情』『怠惰』『停滞』『誓約』『静寂』『空虚』『束縛』『憤怒』『勝利』『調和』『分解』『創造』『開拓』『崩壊』『嫉妬』『希望』『勇気』『幻想』『解放』『誠意』『期待』『暴食』『神聖』『無限』『発展』『幸福』『循環』『信仰』『邪淫』『終焉』『虚無』『安息』『博愛』『消滅』『永遠』『生命』『謙譲』『慈悲』『忍耐』『勤勉』『救恤』『節制』『純潔』『火魔法』『炎魔法』『火炎魔法』『猛火魔法』『灼熱魔法』『煉獄魔法』『水魔法』『水流魔法』『激流魔法』『波濤魔法』『大渦魔法』『蒼海魔法』『風魔法』『疾風魔法』『烈風魔法』『嵐魔法』『暴風魔法』『颶嵐魔法』『土魔法』『泥魔法』『大地魔法』『泰山魔法』『地裂魔法』『地平魔法』『電気魔法』『雷魔法』『雷電魔法』『迅雷魔法』『轟雷魔法』『雷霆魔法』『氷魔法』『氷雪魔法』『氷結魔法』『凍結魔法』『吹雪魔法』『輝氷魔法』『光魔法』『聖魔法』『光明魔法』『閃光魔法』『聖光魔法』『恒星魔法』『影魔法』『陰魔法』『闇魔法』『暗闇魔法』『冥獄魔法』『深淵魔法』『爆破魔法』『消滅魔法』『龍魔法』『時間魔法』『虚無魔法』『古代魔法』『毒魔法』『猛毒魔法』『麻痺魔法』『強麻痺魔法』『睡眠魔法』『魅了魔法』『酸魔法』『腐蝕魔法』『外道魔法』『治癒魔法』『補助魔法』『障壁魔法』『結界魔法』『空間魔法』『禁呪』『天変地異』『全反射』『物理無効』『精神無効』『状態異常無効』『煉獄無効』『蒼海無効』『颶嵐無効』『地平無効』『雷霆無効』『輝氷無効』『恒星無効』『深淵無効』『消滅無効』『龍無効』『時間無効』『虚無無効』『古代無効』『猛毒無効』『強麻痺無効』『睡眠無効』『石化無効』『魅了無効』『酸無効』『腐蝕無効』『外道無効』『禁呪無効』『苦痛無効』『痛覚無効』『薬物無効』『邪眼無効』『反動無効』『不可逆無効』『人狩り』『龍狩り』『神狩り』『天使狩り』『悪魔狩り』『獣狩り』『獣人狩り』『植物狩り』『虫狩り』『鬼狩り』『魔人狩り』『機械狩り』『怪異狩り』『霊狩り』『不死狩り』『幻獣狩り』『堕天狩り』『小人狩り』『巨人狩り』『妖精狩り』『精霊狩り』『長寿狩り』『吸血鬼狩り』『人魚狩り』『魚人狩り』『人王』『龍王』『神王』『天使王』『悪魔王』『獣王』『獣人王』『植物王』『蟲王』『鬼王』『魔人王』『機械王』『怪異王』『霊王』『不死王』『幻獣王』『堕天王』『小人王』『巨人王』『妖精王』『精霊王』『長寿王』『吸血王』『神龍』『炎龍』『水龍』『風龍』『地龍』『雷龍』『氷龍』『光龍』『闇龍』『滅龍』『刻龍』『無龍』『毒龍』『神性』『炎神』『水神』『風神』『地神』『雷神』『氷神』『光神』『闇神』『滅神』『刻神』『毒神』『美神』『戦神』『軍神』『荒神』『破壊神』『殺戮神』『星神』『武具神』『鍛冶神』『道化神』『英雄神』『聖王』『冥王』『賢王』『武王』『騎士王』『英雄王』『勇者殺し』『英雄殺し』『覇王』『覇道』『神器創造』『多重装備』『陣地作成』『領域展開』『固有結界』『統治』『天命』『剛毅』『堅牢』『韋駄天』『カリスマ』『開拓者』『天啓』『夜明けの術師』『天頂の騎士』『落陽の王』『月下の道化』『宵闇の狂人』『暗視』『万里眼』『透視』『魔眼』『邪眼』『呪いの邪眼』『死滅の邪眼』『麻痺の邪眼』『石化の邪眼』『狂気の邪眼』『魅了の邪眼』『催眠の邪眼』『恐慌の邪眼』『静止の邪眼』『忘却の邪眼』『強制の邪眼』『焼却の邪眼』『凍結の邪眼』『風化の邪眼』『五感超強化』『第六感』『第七感』『第八感』『第九感』『武の真祖』『魔の真祖』『火の真祖』『水の真祖』『風の真祖』『土の真祖』『雷の真祖』『氷の真祖』『光の真祖』『闇の真祖』『滅の真祖』『龍の真祖』『時の真祖』『無の真祖』『太陽の子』『悲しみの王子』『怒りの王子』『モーフィングパワー』『炎の如く邪悪を倒す戦士』『流水の如く邪悪を凪ぎ払う戦士』『疾風の如く邪悪を射抜く戦士』『地割の如く邪悪を切り裂く戦士』『金の力』『黒の金』『凄まじき戦士』『究極の闇に対する者』『可能性』『超越肉体の金』『超越精神の青』『超越感覚の赤』『三位一体の戦士』『燃え盛る業炎の戦士』『光輝への目覚め』『鏡面世界』『生存本能』『光血』『加速銀血』『超過熱血』『運命の切札』『金翼の大鷲』『十三の王鎧』『不死』『鍛錬』『夏の紅』『装甲・鋼鎧兜』『鬼幻術』『鬼闘術』『鬼棒術』『太陽神』『擬態』『クロックアップ』『時の守護者』『特異点』『十三魔族』『王の鎧』『魔皇力』『破壊者』『模倣』『地球の記憶』『地球の本棚』『欲望のメダル』『コンボ』『雷と緑と昆虫』『光と黄と猛獣』『重と白と巨獣』『炎と赤と鳥』『水と青と水獣』『無欲と氷と恐竜』『治癒と橙と爬虫類』『魂』『未来の三獣』『鋼の三鋏』『樹木の三角』『麻痺の三毒』『氷雪の三爪』『信仰の三海』『外道三悪』『六連骸』『伝説の三連』『コズミックエナジー』『青春銀河』『指環の魔法』『禁断の果実』『大将軍』『天下統一』『コアドライビア』『重加速』『機械生命体』『無限進化』『エナジーアイテム』『黄金遊戯』『無敵』『絶対不滅』『超天才』『完全無欠』『悪魔の科学』『鋼のムーンサルト』『輝きのデストロイヤー』『天空の暴れん坊』『忍びのエンターテイナー』『ぶっ飛びモノトーン』『レスキュー剣山』『鬣サイクロン』『封印のファンタジスタ』『定刻の反逆者』『稲妻テクニシャン』『不死身の兵器』『繋がる一匹狼』『情熱の扇風機』『未確認ジャングルハンター』『天駆けるビッグウェーブ』『嵐を呼ぶ巨塔』『蜂蜜ハイビジョン』『独走ハンター』『聖なる使者』『癒しの大爆音』『密林のスクープキング』『時を駆ける甲冑』『一角消去』『王家の守り神』『氷の滑り芸』『彷徨える超引力』『冷却のトラップマスター』『深海の仕事人』『超熱大陸』『暗黒の起動王』『水際の電波野郎』『高貴なる毒針』『音速の帝王』『即効元気』『極熱筋肉』『銀河無敵の筋肉野郎』『激凍心火』『ファーマーズフェスティバル』『大義晩成』『祝福の刻』『時の王者』『最高最善の魔王』『墓守の王』『平成の語り手』『最終王者』『終焉の刻』『宇宙最強の力』『臣民の総意』『経営術』『潜在能力』『滅亡迅雷』『剣の物語』『火炎剣』『水勢剣』『雷鳴剣』『土豪剣』『風双剣』『音銃剣』『光剛剣』『闇黒剣』『煙叡剣』『時国剣』『無銘剣』『刃王剣』『悪魔の押印』『知覚領域拡張』『神性領域拡張』『無効貫通』『無敵貫通』
と表示されていた。
まるでゲームのキャラにでもなった様だと感じながら、ソウゴは自身のステータスを眺める。他の生徒達もマジマジと自分のステータスに注目している。
するとメルド団長から説明がなされた。
「全員見られたか? 説明するぞ? 先ず最初に“レベル”があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルとは、その人間の到達できる領域の現在値を示しているという訳だ。レベル100という事は、自分の潜在能力を全て発揮した極致という事だからな。そんな奴はそうそういない」
どうやらゲームの様にレベルが上がるからステータスが上がる訳ではないらしい。
「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させる事もできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しい事は分からんが、魔力が身体スペックを無意識に補助してるんじゃないかって話だ。それと、後でお前達用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だからな、国の宝物庫大解放だぞ!」
メルドの言葉から推測すると、魔物を倒すだけでステータスが一気に上昇する事はないらしい。地道に腕を磨けという事だろう。
「次に"天職"ってのがあるだろう? それは言うならば"才能"だ。末尾にある"技能"と連動していて、その天職の領分において無類の才能を発揮する。戦闘系天職と非戦闘系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないっちゃあ少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人なんて珍しくないのも結構ある。生産職は持ってる奴が多い」
その言葉にソウゴは自身の天職を見返し、少しばかりの苦笑を溢す。
(この手の世界で『大魔王』は不味いだろうな。さてさて、どう誤魔化したものか…)
「後は……、各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10位だな。まぁお前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな、まったく羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ、訓練内容の参考にしなきゃならんからな」
羨ましいと言いつつも嬉しそうなメルドの呼び掛けに、早速光輝がステータスの報告をしに前に出た。そのステータスは……
天之川光輝 17歳 男 レベル:1
天職:勇者
筋力:100
体力:100
耐性:100
敏捷:100
魔力:100
魔耐:100
技能:『全属性適正』『全属性耐性』『物理耐性』『複合魔法』『剣術』『剛力』『縮地』『先読』『高速魔力回復』『気配感知』『魔力感知』『限界突破』『言語理解』
「ほぉ~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……、技能も普通は二つ三つなんだが…規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」
「いや~、あはは……」
光輝はメルドの称賛に照れた様に頭を掻いた。
「……………何?」
そのステータスに、ソウゴは驚きを覚えた。
低い。あまりにも低すぎる。天と地、という言葉では足りない程に。自身のステータスは全て十一桁あるのだから、自身が普通でない事を考慮しても、他の者ももう少しあると思っていたのだが。
しかし話に由れば、メルドのレベルは62、ステータスは平均300前後。これがこの世界トップレベルの強さだそうだ。
そして他の者も報告していくが、案の定光輝より劣る者ばかりだった。部分的に超える者もいたが、それもソウゴから見れば誤差とも呼べない程度の差だ。勇者である光輝が最高なのだから、当然と言えば当然だが。それでもほぼ全員が戦闘系天職なだけ凄いのだろう。
そして報告の順番が回ってきて、ソウゴはメルドにプレートを見せた。
今まで規格外のステータスばかり確認してきたメルドの表情はホクホクしている。多くの強力無比な戦友の誕生に喜んでいるのだろう。その表情がソウゴのプレートを見た瞬間に凍り付いた。次いでプレートをコツコツ叩いたり、光に翳したりする。
そしてその反応を見越していたソウゴは、メルドに見えない位置で指をパチンッと鳴らした。
───その瞬間、先程までこの場を包んでいた喧騒がピタッと止んだ。
「なぁおい、これは一体どういう……」
メルドはソウゴに質問しかけて、その背後の異変に気付く。ついさっきまで騒いでいた生徒達が、明らかに不自然な止まり方をしていた。
メルドはぎこちなく、恐る恐るといった動きで、ソウゴを見た。
「これはお前……いや貴方が?」
言い直したのは、恐らく年長者であるソウゴを立てたのだろう。戸惑いながらのメルドの問いに、ソウゴは肯定を返す。
「あぁ。騒がれても面倒なんで、少し止めさせてもらった」
「時間を、止めたと……?」
「得意分野だからな」
そう言いながらソウゴは、人差し指を口に当てた。
「メルド。この事について、詳細は他言無用だ。彼らに騒がれても面倒だからな」
「な、何故?」
「どうも彼らの内の何人か、私に悪意を持っているようなのでな」
ソウゴはそこまで言うと、再び指を鳴らして時間停止を解除した。それと共に、二人の周囲に喧騒が戻ってくる。
そのままソウゴは呆けた顔のメルドに声を掛ける。
「どうかな、団長?」
「…あ、あぁ。まぁ、頑張れ……」
突如纏う雰囲気を変えて話しかけてきたソウゴに、メルドは動揺しつつソウゴにプレートを返す。
すると、そんなメルドの歯切れの悪さに複数人の男子生徒が食いついた。その内の一人、檜山大介がニヤニヤとしながら声を張り上げる。
「おいおい常磐。もしかしてお前、非戦闘系か?」
「まぁ、そんなところ」
「ほー! 常磐~、お前それで戦える訳?」
檜山が実に下卑た表情でソウゴと肩を組む。彼以外に目を向ければ、周りの生徒──特に男子はニヤニヤと嗤っている。
「さぁね」
「おい、ちょっとステータス見せてみろよ?」
メルドの表情の意味を理解できてないのだろう、執拗に聞く檜山。中々嫌味な性格をしている。取り巻きの三人も囃し立てた。強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物の行動だ。事実、香織やその友人の雫は不快気に眉を顰めている。ソウゴも同感だが、その事をおくびにも出さず適当に返答する。
「遠慮させてもらうよ。態々見せる程のものでもないから」
「おいおいおいおい! つまり見せられない位弱いって事か、傑作だな!」
それを皮切りに、男子が次々と嗤いだす。その光景に香織が憤然と動き出そうとしたが、その前にウガーと怒りの声を発する人がいた。教師の愛子である。
「こらー! 何を笑ってるんですか! 仲間を笑うなんて先生許しませんよ、ええ、先生は絶対に許しません!」
小さな体で精一杯怒りを表現する愛子。彼女はソウゴに向き直ると励ます様に肩を叩いた。
「常磐君、気にする事ありませんよ! 先生だって非戦闘系? とかいう職業ですし、ステータスだって殆ど平均です。常磐君は一人じゃありませんからね!」
愛子は自分のステータスをソウゴを元気づけた。その様に皆毒気が抜かれたのか、その場はこれでお開きとなった。
因みに愛子のステータスは、身も蓋もない言い方をすれば『貧弱』の一言に尽きた。
一悶着あった訓練初日から二週間が過ぎた。
現在、ソウゴは王立図書館にて調べ物をしていた。その手には“北大陸魔物大図鑑”という何の捻りも無いタイトル通りの巨大な図鑑があった。何故、訓練中である筈の時間に本を読んでいるのか。
その答えは単純、ソウゴが訓練を免除されたからである。
初日の訓練終了後、ソウゴは他の生徒達に内緒でメルドに呼び出されていた。
そこでメルドに模擬戦を申し込まれたのだ。勿論ソウゴが勝ったのだが、その結果ソウゴはメルドの特権で訓練の参加義務を免除されたのだ。更には、ソウゴは国庫からのアーティファクトの貸し出しを断っていた(単純にソウゴの持つ武具の方が比べ物にならない程高位であった為)。故にソウゴは、昼間はこうして図書館で情報収集をするか、他の生徒達の訓練を見学したりで時間を潰しているのだ。
因みにその事がメルドを通して生徒達に伝えられた際、皆はソウゴの数値が低すぎて訓練に参加できず、アーティファクトも与えられなかったのだと思ったらしく、大半の生徒、特に男子達が失笑していたとメルドから伝えられた。メルドは申し訳なさそうにしていたが、ソウゴは特になんとも思わなかったのでダメージは無い。
その事を思い出し、ソウゴは徐にプレートを取り出し頬杖を突きながら眺めた。
常磐ソウゴ 140346歳 男 レベル:20
天職:大魔王/統一時空大皇帝
筋力:18229841201
体力:19998109417
耐性:18769045317
敏捷:18301966837
魔力:34639230945
魔耐:35107415805
この二週間で、各ステータスが二十億程増えた。メルドに闘技場の夜間使用許可を得て行っている鍛錬の成果だ。ソウゴにとってはいつもの日課なだけだが。
因みに勇者である光輝はというと、
天之川光輝 17歳 男 レベル:10
天職:勇者
筋力:200
体力:200
耐性:200
敏捷:200
魔力:200
魔耐:200
技能:『全属性適正』『全属性耐性』『物理耐性』『複合魔法』『剣術』『剛力』『縮地』『先読』『高速魔力回復』『気配感知』『魔力感知』『限界突破』『言語理解』
ちっぽけという言葉では足りない程、ソウゴにとっては微々たる成長だった。
「まさか、強すぎて参加できないとはな……」
そんな事を溢しつつ、ソウゴはこの図書館で得た知識を反芻する。
この世界の魔術の概念と魔法陣、適正の関係。亜人達の住む【ハルツィナ樹海】。魔人達の国【ガーランド】。【海上の町エリセン】に【アンカジ公国】、【グリューエン大砂漠】に【グリューエン大火山】。七大迷宮に数えられる【オルクス大迷宮】、【ライセン大峡谷】、【シュネー雪原】の奥地【氷雪洞窟】。他国である【ヘルシャー帝国】に【中立商業都市フューレン】。
「いずれ機会があれば見てみたいものだ。…ふむ、今日は訓練を覗きに行くか」
ソウゴは図鑑を閉じ、図書館を後にした。王宮までの道程は短く目と鼻の先だが、その途中には王都の喧騒が聞こえてくる。露店の店主の呼び込みや遊ぶ子供の声、はしゃぎ過ぎた子供を叱る声。実に日常的で平和だ。
(やはり、異界の地であっても民の笑顔とは良いものだな)
ソウゴは目の前の光景に微笑みつつ、訓練場へと歩を進めた。
訓練施設に到着すると既に何人もの生徒がやってきて、談笑や自主練に勤しんでいた。全員揃ってない辺り、どうやら案外早く着いた様である。ソウゴは施設上部の観覧席に向かおうとするが、それを邪魔するかの様に声が掛けられる。
そこにいたのは、檜山大介率いる集団だった。ステータス騒動の時と同じく、訓練が始まってからも度々ちょっかいを掛けてきていた。
「よぉ常磐、何してんの? 来ても訓練参加できないだろうが。マジ無能なんだしよ~」
「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ!」
「何で参加できないのに顔出してる訳? 俺なら恥ずかしくて無理だわ!」
「なぁ大介。こいつさぁ、何かもう哀れだから俺等で稽古つけてやんね?」
一体何がそんなに面白いのか、ニヤニヤゲラゲラと笑う檜山と取り巻きの中野、斎藤、近藤。
「あぁ? おいおい信治、お前マジ優しすぎじゃね? まぁ俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいんだけどさぁ」
「おぉいいじゃん。俺等超優しいじゃん! 無能の為に時間使ってやるとかさ~。常磐、感謝しろよ~?」
そんな事を言いながら狎れ狎れしく肩を組み、ソウゴを人目の付かない方へ連行していく檜山達。それにクラスメイト達は気が付いた様だが見て見ぬふりをする。
「放っておいてくれないか?」
付きまとわれるのも面倒だと思い、やんわりと断るソウゴ。
「はぁ? 俺等が態々無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの? マジあり得ないんだけど? お前はただありがとうございますって言ってればいいんだよ!」
そう言って殴りかかる檜山。段々暴力に躊躇いを覚えなくなってきている様だ。思春期男子がいきなり大きな力を得れば溺れるのは仕方ない事とはいえ、その矛先を向けられては鬱陶しい事この上ない。
(他に人目も無い、丁度いいか…)
心中溜息を吐きつつ、ソウゴは適当に対処する事にした。
「"リキッド"」
次の瞬間、ソウゴの身体が液体の様に流動して檜山の拳を躱し、四人の後方に移動して元の姿に戻る。
「……は?」
四人共、何が何やら分かっていない呆けた顔をしている。ソウゴはそのまま次の手に移った。
「"封絶"、"サイレント"、"アナザーディメンション"」
続けて自分達の周囲を外界から遮断し、更に"コネクト"を使用し"魔笛剣ハーメルケイン"を取り出し構えた。
因みに、技名を口にしたのは彼らに合わせたソウゴの遊び心である。
「どうした、稽古をつけてくれるんだろう?」
ソウゴが挑発すると、四人は青筋を立てて吠えてきた。
「ち、調子に乗んなっ! やれ!」
檜山の号令に取り巻きの中野、斎藤が詠唱を開始する。
「ここに焼撃を望む、"火球"!」
「ここに風撃を望む、"風球"!」
ソウゴに向かって火と風の魔術が飛んでくる。其々一節のみの下級魔術だが、彼らの適性と支給されたアーティファクトの関係でこの世界の人間のそれよりも威力は高い、らしい。
「ふっ」
しかしソウゴにとってはそよ風にも及ばぬ程度。自身に向かう魔術の弾丸をハーメルケインで容易く弾く。
「「なっ!?」」
「このぉ!」
二人が驚愕で固まるのと引き換えに、今度は近藤が迫って来た。鞘ではなくむき身の剣である辺りに余裕の無さが見える。ソウゴはその刀身をケインで弾き、隙だらけの胴を柄で突く。
「ぐふっ!」
「"鎮星"」
ソウゴはそのまま近藤の顎を蹴り抜いた。本来二人のステータス差を鑑みれば近藤の頭は跡形も無く吹き飛ぶのだが、"鎮星"によりその破壊力は全て精神攻撃へと変換され近藤の意識を刈り取り、大きく吹き飛ばすだけに留まった。
「れ、礼一!」
その光景に中野と斎藤が動揺した瞬間、ソウゴは光をも超えると言わしめる速度で詰め寄り一撃を見舞う。
「"剛勇衝打"」
"鎮星"と掛け合わせて放たれたその拳撃は、一瞬の間も無く二人の意識を沈めて檜山の後方へ吹き飛ばした。
「は…、へ……?」
あっという間に取り巻き達が沈み、開いた口が塞がらない檜山。ソウゴはそんな檜山に向かって口を開く。
「もう打ち止めか?」
「あっ…」
「ならこちらから仕掛けるとしよう」
ハーメルケインを消失させながらそう言ったソウゴは両手首を交差させ、次に掌を合わせる。そのまま手を開くと、その空間に凄まじく放電する雷球が出現する。
「"アブソリュート・デストラクション"」
宇宙の闇を切り裂く一等星の如き光を迸らせる雷球は、瞬く間もなく檜山に迫りその姿を光に飲み込んだ。
光が晴れると、そこには意識を失くした檜山達四人が倒れ伏していた。ソウゴはまるで瞬間移動の様に檜山の傍に立ち、その頭を掴んだ。数秒程その手が光り、ソウゴは頭を離した。その様な治療と記憶処理を残る三人にもすると、ソウゴは結界を解除してその場を後にした。
すると闘技場の死角から出た所で、不意に声を掛けられた。
「常磐くん!」
その声に顔を向ければ、香織が手を振りながら駆け寄って来ていた。その後ろを光輝と龍太郎、苦笑気味の雫が歩いてくる。いつも勇者パーティ四人組だ。
「どうしたの? 貴方が下に来るなんて珍しいわね」
雫にそう言われ、ソウゴは事前に用意してあったかの様にスラスラと答える。
「偶には近くで見学しようと思って。それで邪魔にならない場所を探してたら、ほら」
そう言ってソウゴは先程までいた死角を指差す。そこには揃って気絶している檜山達四人の姿。
「先客がいたんだよ。昼寝中みたいで、邪魔しちゃ悪いから」
そう頭を掻くと、雫が顔を押さえて溜息を吐いた。
「まったく、人目につかないからってこんな所でサボってたなんて…」
「普段から少し不真面目なところがあったけど、まさかここまでとは」
「ったく、こいつらは…」
続けて口々に苦言を呈し、頭を振った。すると次の瞬間には檜山達の事は意識から消えたのか、香織が目を輝かせて距離を詰めてきた。
「ねぇ常磐くん! 折角なら私達と一緒に訓練しない?」
「嬉しい誘いだけど、遠慮しとくよ。急に入っても却って連携の邪魔になるし」
香織の存在しない筈の尻尾を振りながらの提案を、礼を言いつつソウゴはやんわりと断る。「でも…」と尚も粘ろうとする香織の肩に雫が手を置いた。
「香織、常磐君も困ってるでしょ。彼の言う通りよ」
親友にそう言われ、渋々ながら漸く香織も引き下がる。
「でも常磐君、何かあれば遠慮なく言って頂戴。香織もその方が納得するわ」
渋い表情をしている香織を横目に、苦笑いしながら雫が言う。それにも礼を言うソウゴ。そこで終わればよかったのだが、水を差す者が一人。
「だが、常磐自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、この二週間は見学と読書ばかりだそうじゃないか。俺なら少しでも強くなる為に空いている時間も鍛錬に充てるよ。常磐も、参加できないからといってももう少し真面目になった方がいい」
何をどう解釈すればそうなるのか。ソウゴは半ば驚きつつ、あぁそう言えばこの少年は基本的に性善説で人の行動を解釈すると"本棚"の情報にあったのを思い出した。
光輝の思考パターンは、「基本的に人間はそう悪い事はしない。そう見える何かをしていたのなら相応の理由がある筈。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない!」という過程を経るのである。しかも、光輝の言葉には本気で悪意が無い。真剣にソウゴを思って忠告しているのだ。
(何と、まぁ…)
ソウゴは自身の行動が事情を知らない者から見れば誤解を招く行為である事は自覚している為、誤解を解くつもりは無かった。しかし、ここまで自分の思考(または正義感)に疑問を抱かない人間がいるのかと、心中驚きで開いた口が塞がらない。
それが分かっているのか雫が顔を手で覆いながら溜息を吐き、ソウゴに小さく謝罪する。
「ごめんなさいね? 光輝も悪気がある訳じゃないのよ」
「アハハ、うん。分かってるから大丈夫、気にしないで」
彼女は苦労人気質だと思い、ソウゴは大丈夫と返事をする。
「ほら、もう訓練が始まるよ? 行ってきなよ」
ソウゴに促され一行は訓練に戻る。香織のみずっと未練がましそうな視線を向けていたが、ソウゴは気付かなかった事にして観覧席へ歩を進めた。
そして訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルドから伝える事があると引き留められた。ソウゴも観覧席から耳を傾ける。
何事かと注目する生徒達に、メルドは野太い声で告げる。
「明日から実戦訓練の一環として、【オルクス大迷宮】へ遠征に行く! 必要な物はこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ要は気合を入れろって事だ! 今日はゆっくり休めよ、では解散!」
そう言ってメルドは一瞬ソウゴに視線を向け、伝える事だけ伝えるとさっさと行ってしまった。ざわざわと喧騒に包まれる生徒達を尻目に、ソウゴは静かに呟いた。
「……カメラを用意しておくか」
思わぬ観光の機会に、内心ちょっとワクワクしているお茶目な魔王陛下だった。
【オルクス大迷宮】
それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。にも拘わらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは階層により魔物の強さを測りやすいからという事と、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。
魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核を言う。強力な魔物程良質で大きな魔石を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にして刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減衰する。
要するに魔石を使う方が魔力の通りが良く効率的という事だ。その他にも、日常生活用の魔術具等には魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。
因みに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔術を使う。固有魔術とは、詠唱や魔法陣を使えない為に魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔術である。一種類しか使えない代わりに、詠唱も魔法陣も無しに放つ事が出来る。魔物が油断ならない最大の理由だ。
ソウゴ達は、メルド率いる騎士団員複数名と共に【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで、王国直営の宿屋で宿泊するらしい。
実に百年単位で久しぶりに普通の部屋を見たソウゴは、自身に割り振られた部屋のテーブルセットに座り込む。全員が最低でも二人部屋なのに対して、ソウゴのみ一人部屋だ。何故か他の部屋より少し綺麗で広いらしい。メルドが手を回した様だ。
「気遣われていると見るか、恐れられていると見るか…。まぁ、気を遣わなくていいのは間違いない」
気を取り直したソウゴは、宝物庫と呼ばれる異空間から一台のカメラを取り出した。
かつて、とある知人から死に際に譲り受けた古い二眼レフカメラだ。見た目こそ新品に見えるが、その実骨董品なんてレベルではない大昔の品物だ。何かあってはいけないと、ソウゴは整備にかかった。
それから一時間程、室内にはカチ、カチ、という音だけが響いた。
「ふぅ…、この位で十分か」
その後、調整を終えたソウゴはカメラから目を離し一息吐いた。ずっと凝視していた目を休める為、ソウゴは窓の外に目を向ける。そこには、夜闇を照らす綺麗な銀月が浮かんでいた。
(そういえば、何だかんだで飲めてなかったか)
ふと、この世界に召喚される前は酒を飲もうとしていた事を思い出したソウゴは、月見酒でもと思い宝物庫から酒を取り出そうとする。
すると、コンコンと控えめなノックの音が響く。
「? こんな時間に来客か」
その事を不審に思いつつ、取り出しかけた酒と杯を宝物庫に戻すソウゴ。"透視"で来客者を確認しようとして、一足早く声がかかる。
「常磐くん、起きてる? 白崎です。ちょっといいかな?」
何? と一瞬驚くも、ソウゴは扉に向かった。鍵を外して扉を開くと、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの香織が立っていた。
「…………」
「常磐くん?」
「…何でもない。どうしたの?」
ある意味衝撃的な光景に思わず硬直したソウゴだったが、すぐに気を取り直し香織を通した。
「その、少し常磐くんと話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」
「構わないよ、どうぞ」
「うん!」
すると香織は何の警戒心も無く嬉しそうに部屋に入り、テーブルセットに着席する。その様子にソウゴは、
(年頃の娘がこんな時間に、この様な恰好で男の部屋を訪ねるのは如何なものか…)
実に年寄臭い(実際年寄だが)感想を浮かべながら、ソウゴは備え付けの紅茶擬きの準備をする。香織と自身の分を用意し、ソウゴも席に着きながら香織の分を渡す。
「ありがとう」
嬉しそうに紅茶擬きを受け取り口を付ける香織。窓から月明かりが差し込み純白の彼女を照らす。黒髪にはエンジェルリングが浮かび、創作物の天使の様だ。
(アレらとはえらく違うな。彼女の方が余程天使らしい)
その姿に自分の世界の天使にあたるテオスの眷属を思い浮かべ、思わず苦笑いを浮かべる。他所の世界の人間は、彼らが天使だと言われてもまず信じないだろう(一応それとは別に天使族というのがいるが)。
香織がその様子を見てくすくすと笑う。ソウゴは頃合いかとカップを置き、話を促す。
「それで、話したいって何をかな。明日の事?」
ソウゴの質問に「うん」と頷き、香織はさっきまでの笑顔が嘘のように思いつめた様な表情になった。
「明日の迷宮だけど……常磐くんには町で待っていて欲しいの。教官達やクラスの皆は私が必ず説得する、だから! お願い!」
話している内に興奮したのか、身を乗り出して懇願する香織。それにソウゴは「落ち着いて」と言いながら着席を促す。更にこっそりと『冷静化』のエナジーアイテムを香織に撃ち込む。
その途端、香織は乗り出した自分を恥じながら手を胸に当てて深呼吸する。すると冷静さを取り戻したようで「いきなり、ゴメンね」と謝った。それを見て、ソウゴは口を開く。
「理由を訊いても?」
その言葉に促され、香織は静かに話し出す。
「あのね、なんだか凄く嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢をみて……常磐くんが居たんだけど……声を掛けても全然気がついてくれなくて……走っても全然追いつけなくて……それで最後は……」
その先を口に出す事を恐れるように押し黙る香織。ソウゴは、落ち着いた気持ちで続きを聞く。
「最後は?」
香織はグッと唇を噛むと泣きそうな表情で顔を上げた。
「……消えてしまうの……」
「……そっか」
暫く静寂が包む。再び俯く香織を見つめるソウゴ。確かに取りようによっては不吉な夢だろう。しかし実のところ、その夢の内容から推測できるのはソウゴが香織の前から姿を消すという事ぐらいしか情報が無いのだ。
(この少女は、とても繊細なのであろうな。夢一つで態々訪ねに来る程度には)
思うところがあったのか、ソウゴは香織を安心させる様、なるべく優しい声音を心掛けながら話しかけた。
「夢は夢だよ、白崎さん。今回はメルド団長率いるベテランの騎士団員がついているし、クラス全員チートだ。敵が可哀想なくらいだよ?」
語りかけるソウゴの言葉に耳を傾けながら、尚香織は不安そうな表情でソウゴを見つめる。
(ふむ、どうしたものか…)
その表情に、ソウゴは少しばかり本気で考えこみそうになる。すると突然、香織が顔を上げた。
「それじゃあ、私に常磐くんを守らせて!」
「は?」
ソウゴは思わずそう言ってしまった。
「ほ、ほら! 私は"治癒師"だし? 治癒系魔法に天性の才を示す天職。だから何があっても……例え、常磐くんが大怪我する事があっても、私なら治せるから! だから…」
突然こんな事を言いだすのは、相当恥ずかしいという自覚があるのだろう。既に香織は羞恥で真っ赤になっている。月明かりで室内は明るく、ソウゴからその様子がよく分かった。
それでも香織は決然とした眼差しでソウゴを見つめた。
「私が常磐くんを守るよ」
暫く香織は、ジーっとソウゴを見つめる。ここは目を逸らしてはいけない場面だと、ソウゴは真剣な表情でその決意を受け取る。真っ直ぐ見返し、そして頷いた。
「ありがとう」
それから直ぐソウゴは苦笑いした。これでは役者が男女あべこべである。すると釣られて香織も笑いだした。
それから暫く雑談した後、香織は部屋に帰っていった。それを見送り、再び部屋に一人になったソウゴは曇り無き月夜を見上げ、今度こそ月見酒としゃれこむのだった。
「今宵の酒は、中々に旨そうだ」
そう笑うソウゴの脳裏には、先程まで談笑していた香織の姿があった。
──ソウゴの部屋を出て自室に戻っていく香織。
その背中を月明かりの影に潜んでいた者が静かに見つめていた。その表情が醜く歪んでいた事を知る者は……
───さて、何をするつもりやら。そう溜息混じりに呟いた。
翌朝、まだ日が昇って間もない頃。ソウゴ達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。
誰もが少しばかりの緊張と未知への好奇心を表情に浮かべている。尤も、その中でソウゴが少しばかり落胆した様な表情を浮かべていた。視線の先、【オルクス大迷宮】の入口を見て、少し興を削がれた気分になっていた。
ソウゴとしては、この手の定番である仄暗く不気味な洞窟の入口というものを想像していたのだが、実際にあったのはまるで博物館の入場ゲートの様なしっかりした入口があり、どこぞの役所の様な受付窓口まであった。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録する事で死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控えた現状、多大な死者を出さない為の措置だろう。
入口付近の広場には露店等も所狭しと並び建っており、其々の店の店主が鎬を削っている。まるでお祭り騒ぎだ。
浅い階層の迷宮は良い稼ぎ場所として人気がある様で、人も自然と集まる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲート脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。
ソウゴは気を取り直す様に頭をポリポリと掻き、お上りさん丸出しでカルガモの雛の様にキョロキョロする他の生徒達と同じくメルドの後を付いていった。
迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。縦横五メートル以上ある通路は明かりも無いのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具が無くてもある程度視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】はこの巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。
一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。暫く何事も無く進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。
とその時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、大した敵じゃない。冷静に行け!」
その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。
灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見は鼠らしいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかす様に。
正面に立つ光輝達──特に前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい。
間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その間に、香織と特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。
光輝は純白に輝くバスタードソードを並大抵の者なら視認も難しい速度で振るって数体を纏めて葬っている。
彼の持つその剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず名称は"聖剣"である。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという"聖なる"というには実に嫌らしい性能を誇っている。
龍太郎は空手部らしく天職が"拳士"である事から、籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出す事が出来、また決して壊れないのだという。龍太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士の様だ。
雫は"剣士"の天職持ちで、刀とシャムシールの中間の様な剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させる程である。
生徒達が光輝達の戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡った。
「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ──"螺炎"!」」」
三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げる様に巻き込み燃やし尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。
気がつけば、広間のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番は無しである。どうやら、光輝達召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。
「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」
生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルドは肩を竦めた。
「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」
メルドの言葉に香織達魔術支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。
そこでチラリとメルドはソウゴに視線を飛ばす。言外に「戦ってくれるのか?」と聞いている様で、ソウゴもまた声に出さずに伝える。「貴様が手に負えない様な状況なら動く」と。それを理解したメルドは、落胆した様に頭を振った。
そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げて行った。
そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層に辿り着いた。現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者が成した偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。
生徒達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割かしあっさりと降りる事ができた。
尤も、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだ。
この点、トラップ対策として"フェアスコープ"という物がある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見する事ができるという優れものだ。迷宮のトラップは殆どが魔法を用いた物であるから八割以上はフェアスコープで発見できる。但し、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。
従って、ソウゴ達が素早く階層を下げられたのは、偏に騎士団員達の誘導があったからだと言える。メルドからも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われているのだ。
「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」
メルドのかけ声がよく響く。
ここまで、ソウゴは目立った事は何もしていない。一応、騎士団員が相手をして弱った魔物を何匹か仕留めただけだ。基本的にはどのパーティにも属さず、騎士団員の後方で待機していただけである。
(彼らが倒せる敵ばかりなら、手応えの無い事だな)
そんな事を思っていると、再び騎士団員が弱った魔物をソウゴの方へ弾き飛ばしてきたので、溜息を吐きながら手に持った物を少し前に掲げる。すると魔物は苦しみだし、徐々に動かなくなっていった。
(しかし、皆が安全であるならばそれに超した事は無い)
そう自分に言い聞かせ、ソウゴは魔物の身体から魔石を取り出す。騎士団員達はその様子を不思議そうに見ていた。
ソウゴがどうやって魔物を倒しているかというと、その手に持っている"花"に秘密があった。
ソウゴが手に持っていたのは、"
実を言うと、騎士団員達もソウゴには全く期待していなかった。ただ、戦闘に余裕があるので所在無げに立ち尽くすソウゴを構ってやるかと魔物をけしかけてみたのだ。勿論、弱らせて。
騎士団員達としては、ソウゴが碌に使えもしない剣で戦うと思っていた。ところが実際は、魔物は近づいた瞬間苦しみだし、ソウゴに辿り着く頃には確実に息の根を止めているのだ。
ソウゴとしては、非戦闘系だと思われている以上は武器も魔術も使う訳にはいかず、しかし目立たずに仕留めなければならない。そうなると使える手は限られてくる。そこで思い付いたのが"魔宮薔薇"の香気を風に乗せるという方法だった。因みに万一にも団員や生徒達に行かない様に、彼らが認識できない程度の風を全員に纏わせている。
その仕組みを知らない団員達は、それが不思議で仕方なかった。
小休止に入り、ソウゴがふと前方を見ると香織と目が合った。彼女はソウゴの方を見て微笑んでいる。昨夜の"守る"という宣言通りに見守っている様で何となく微笑ましくなり苦笑いするソウゴ。すると、香織の表情がパァっと明るくなる。それを横目で見ていた雫が忍び笑いし、小声で話しかけた。
「香織、なに常磐君と見つめ合っているのよ? 迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」
揶揄う様な口調に思わず顔を赤らめる香織。怒った様に雫に反論する。
「もう、雫ちゃん! 変な事言わないで! 私はただ、常磐くん大丈夫かなって、それだけだよ!」
「それがラブコメしてるって事でしょ?」と、雫は思ったが、これ以上言うと本格的に拗ねそうなので口を閉じる。だが、目が笑っている事は隠せず、それを見た香織が「もうっ」と呟いてやはり拗ねてしまった。
そんな様子を横目に見ていたソウゴは、ふと視線を感じて意識を集中させる。粘つく様な、負の感情がたっぷりと乗った不快な視線だ。
その視線は今が初めてという訳ではなかった。今日の朝から度々感じていたものだ。視線の主を探そうと視線を巡らせると途端に霧散する。朝から何度もそれを繰り返しており、ソウゴは先程までとは逆に少々イラついていた
(コソコソせずにさっさとかかってくればよいものを。鬱陶しい事この上ない)
一行は二十階層を探索する。
迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。
尤も、現在では四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷う事は無い。トラップに引っかかる心配も無い筈だった。
二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞の様に氷柱状の壁が飛び出していたり、溶けたりした様な複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。
そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の魔法の一つである転移魔法の様な便利なものは現代には無い(ソウゴは普通に使える)ので、また地道に帰らなければならない。一行は若干弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。
すると、先頭を行く光輝達やメルドが立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物の様だ。
「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」
メルドの忠告が飛ぶ。
その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンの様な擬態能力を持ったゴリラの魔物の様だ。
「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ、豪腕だぞ!」
メルドの声が響く。光輝達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思う様に囲む事が出来ない。
龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。
直後、
「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」
部屋全体を震動させる様な強烈な咆哮が発せられた。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体は無いものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔術"威圧の咆哮"だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。
ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。それも見事な砲丸投げのフォームで。咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。
香織達が、準備していた魔術で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心許無いからだ。
しかし発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。
なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。
空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。その姿は、さながらル○ンダイブだ。「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔術の発動を中断してしまった。
(まったく、私を"守る"のではなかったのか?)
その光景にソウゴは苦笑しつつ、その腕に雷を走らせる。それと同時に、ソウゴはメルドに念話を飛ばす。
『メルド、少し興が乗った。一発だけ手を貸そう』
「っ!?」
「ふんっ」
次の瞬間には誰にも知覚出来ない速度でソウゴの拳が閃き、香織に飛び掛かっていたロックマウントは黄金の獅子の輝きに木端微塵になって吹き飛んだ。すかさずソウゴはメルドに呼び掛ける。
『メルド、後は何とかしてみよ』
「っ、こらこら、戦闘中に何やってる!」
ソウゴに急かされ、慌ててメルドが硬直する後衛組に向かって叫んだ。
香織達は「す、すいません!」と謝るものの、相当気持ち悪かったらしくまだ顔が青褪めていた。そんな様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、勇者の天之河光輝である。
「貴様……よくも香織達を……許さない!」
どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、何とも微妙な点で怒りを露わにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。
「万翔羽ばたき、天へと至れ──"天翔閃"!」
「あっ、こら、馬鹿者!」
メルドの声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。
その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場など無い。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くして漸く止まった。
パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ! と声を掛けようとして、笑顔で迫っていたメルドの拳骨を食らった。
「へぶぅ!?」
「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」
メルドのお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。
その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。
「……あれ、何かな? キラキラしてる……」
その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。
そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見る様に、その美しい姿にうっとりした表情になった。
「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ、珍しい」
グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能がある訳ではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダント等にして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップスリーに入るとか。
「素敵……」
香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとソウゴに視線を向けた。尤も、雫ともう一人だけは気がついていたが……
「だったら俺らで回収しようぜ!」
そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルドだ。
「こら! 勝手な事をするな! 安全確認もまだなんだぞ!」
しかし檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。
メルドは止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。
「団長! トラップです!」
「ッ!?」
しかし、メルドも、騎士団員の警告も一歩遅かった。
檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。
魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。
「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」
メルドの言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。
部屋の中に光が満ち、ソウゴ達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。
ソウゴは空気が変わったのを感じた。次いで、足に地面を踏む感覚が戻ってくる。
ソウゴは周囲を見渡す。クラスメイトの殆どは尻餅をついていたが、メルドや騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。
どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。「現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ」とは宮廷魔術師の談。
(世界規模なら兎も角、たかが洞窟内での転移如きで"魔法"とはな。魔法と言うのなら、最低でも死者蘇生程度は出来ねば話にならんが...)
そんな事を思いつつ周囲を見渡すソウゴ。
ソウゴ達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川など無く、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。正に落ちれば奈落の底といった様子だ。
橋の横幅は十メートル位ありそうだが、手摺どころか縁石すら無く、足を滑らせれば掴む物も無く真っ逆さまだ。ソウゴ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドには其々、奥へと続く通路と上階への階段が見える。
それを確認したメルドが、険しい表情をしながら指示を飛ばした。
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。しかし迷宮のトラップがこの程度で済む訳もなく、撤退は叶わなかった。
橋の両サイドに突如、赤黒い魔力の奔流と共に魔法陣が現れたからだ。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル程度の大きさだが、その数が夥しい。
赤黒い、血色にも見える不気味な魔法陣は、一度ドクンと脈打つと一拍後、大量の魔物を吐き出した。
階段側の小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの身体に剣を携えた魔物・トラウムソルジャーが溢れる様に出現する。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き、目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数はほんの数秒の間に百体近くになっており、尚増え続けている様だ。
しかし。百体の骸骨戦士より、反対の通路側の方がソウゴは興味を惹かれた。
十メートル級の魔法陣からは、明らかに他の魔物とは一線を画している魔法陣と同サイズの、頭部に兜らしき物を取り付けた四足の魔物が出現した。
最も近い既存の生物に例えるなら、トリケラトプスだろうか。但し、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜に生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……。
生徒達が足を止め呆然としている中、メルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。
「まさか……、ベヒモス、なのか……」
いつだって余裕があり、生徒達に大樹の如き安心感を与えていたメルドが、冷や汗を掻きながら焦燥を露わにしている。
その事に、やはりヤバい奴なのかと光輝がメルドに詳細を尋ねようとした。
だが、王国最強の騎士をして戦慄させる魔物──ベヒモスは、そんな悠長な時間を与えてはくれない様だった。徐に大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。
「グルァァァァァアアアアア!!」
「ッ!?」
その咆哮で正気に戻ったのか、メルドが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」
「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいな奴が一番ヤバイでしょう! 俺達も……」
「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! 奴は六十五階層の魔物。かつて、"最強"と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせる訳にはいかないんだ!」
メルドの鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。何とか撤退させようと再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員その巨体と突進力で轢殺してしまうだろう。
そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず──"聖絶"!!」」」
二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。
衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにも拘らず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。
トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。
隊列など無視して我先にと階段を目指して我武者羅に進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。
その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。
「あっ」
そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。
死ぬ──女子生徒がそう感じた次の瞬間、
──トラウムソルジャーが蒼い炎に包まれた。
その炎は密接していた他のトラウムソルジャーにも燃え移り、彼らはこの世のものと思えない断末魔を上げながら灰すら残さず燃え尽きた。
そして、先程まで彼らが立っていた位置の背後には、戦闘服を纏ったソウゴの姿があった。
ソウゴは他の生徒達に気付かれない様にしつつトラウムソルジャーに対処していたのだが、ふと死の気配を感じ彼女の周りのトラウムソルジャーを焼き払ったのだ。
ソウゴは肩掛けした法衣を翻しながら、悠然とした足取りで女子生徒の前に立った。ソウゴは倒れた彼女の手を取り立ち上がらせる。呆然としながら為されるがままの彼女に、ソウゴが声をかけた。
「怪我は?」
「え、あ…」
突然の問い掛けにしどろもどろになっていると、ソウゴの背後からトラウムソルジャーが襲い掛かる。女子生徒が叫ぶ。
「あ、危な──!」
「"積尸気鬼蒼炎"」
その言葉と共にソウゴが指を振るうと、トラウムソルジャーは先程の仲間と同じ様に灰も残さず焼き尽くされた。
「……!」
「道は作る。早く前へ」
ソウゴはそう言って"鬼蒼炎"の火力を上げる。泰然自若、まるで従えている様に蒼い炎を操るソウゴをマジマジと見る女子生徒は、次の瞬間には「うん! ありがとう!」と元気に返事をして駆け出した。
ソウゴは周囲のトラウムソルジャーを"鬼蒼炎"で焼き払いながら周囲を見渡す。
誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器を振り回し、魔術を乱れ撃っている。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。
「烏合の衆だな、まるで統率が取れていない。救うならば、あれらを纏める求心力と、骸骨共を蹴散らせる火力…」
そう呟くソウゴの視線の先には、未だメルドに食い下がる光輝がいた。
「聞き分けの悪い、勇者の坊やにやらせるか」
そう言ってソウゴは、蒼い炎に彩られた道を歩き出した。
ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルドも障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。
「ええい、くそ! もう持たんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」
「嫌です! メルドさん達を置いていく訳には行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」
「くっ、こんな時に我儘を……」
メルドは苦虫を噛み潰した様な表情になる。この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切る為には障壁を張り、押し出される様に撤退するのがベストだ。しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。
その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は"置いていく"という事がどうしても納得できないらしく、また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。
まだ若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっている様である。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出た様だ。
「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」
雫は状況がわかっている様で光輝を諌めようと腕を掴む。
「へっ、光輝の無茶は今に始まった事じゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」
「龍太郎……ありがとな」
しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。
「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」
「雫ちゃん……」
苛立つ雫に心配そうな香織。
その時、一人の男子が光輝に声を掛けた。
「勇者」
「な、常磐!?」
「常磐くん!?」
驚く一同を他所に、ソウゴは光輝に話しかける。
「撤退だ、じゃなきゃ皆死ぬ」
「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて常磐は……」
「……そんな事を言っている場合か!」
ソウゴを言外に戦力外だと告げて撤退する様に促そうとした光輝の言葉を遮って、ソウゴは本来の口調で怒鳴り返した。
「あれが見えるか! 皆混乱しまるで統率が取れてない! 導く者がいないからだ!」
光輝の胸ぐらを掴みながら指を差すソウゴ。
その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。訓練の事等頭から抜け落ちた様に誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。
「一撃で切り抜ける力が必要なのだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それがリーダーの貴様の務めだろう! 前だけでなく後ろにも気を配れ愚か者!」
呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振るとソウゴに頷いた。
「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ──」
「下がれえええええぇぇぇぇぇ!」
先に撤退します──そう言おうとしてメルドを振り返った瞬間、メルドの悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。
「世話の焼ける…!」
「常磐くん!?」
その瞬間、弾かれた様にソウゴが駆け出す。驚愕する香織も置き去りに、ソウゴはメルドの前に立ち新たな障壁を展開する。
「"オーマ・アイアス"!」
その言葉と共に、ソウゴの前に時計の様な魔法陣の障壁が展開される。
極薄の魔法陣が七層に重なり、その七層一組の陣が更に二十枚重なる事で形成されるその虹金の障壁に触れた瞬間、メルドの障壁を破ったベヒモスは自身の持つ突進力が災いして大きく吹き飛ばされた。
「............」
その光景に、光輝達の目が点になる。それを無視してソウゴは障壁を消し、メルドに視線を向ける。
「メルド」
「!」
「私が時間を稼ぐ。彼等に指示を」
その言葉を受け、メルドは直ぐ様行動に移る。
「香織! 治癒を頼む!」
「はい!」
メルドの指示で香織は直ぐに詠唱を始める。その様を見たソウゴは、視線を正面に戻す。
ベヒモスは低い唸り声を上げ、ソウゴを射殺さんばかりに睨んでいる。その直後、ベヒモスはスッと頭を掲げた。頭の角がキィィィッという甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマの様に燃え滾った。
「防がれた程度で退きはしないか」
ソウゴがそう呟いた瞬間、ベヒモスが突進を始める。
すると光輝と龍太郎、雫が立ち向かおうとソウゴに近づく。そこへどうにか動けるようになったメルドも駆け寄ってくる。他の騎士団員は、まだ香織による治療の最中だ。
「常磐、今のは何だ!?」
ベヒモスを睨みながら、光輝が質問してくる。
「なんて事はない、ただの障壁だ」
「どこがよ! 鈴のより凄いわよ!?」
雫が困惑した様に叫び返すと、それと同時に状況が変化する。ベヒモスが跳躍の兆候を見せたのだ。
それを見て光輝が飛び出して聖剣を構えようとするが、ソウゴが手で制した。
「な、おい!」
抗議しようとする光輝を無視して、ソウゴは手を翳した。するとその前方が光り、その手には不死鳥を模した一振りの錫杖が握られていた。
「嘘!?」
「一体どこから…」
困惑する周囲を他所に、ソウゴは『鳳凰召錫ゴルトバイザー』に雪の結晶が描かれたカードを装填する。
「少し大人しくしていろ」
『FREEZE VENT』
バイザーの先端から冷気が迸り、ベヒモスの足を根元まで凍らせ地面に縫い止める。赤熱していた角も、熱を失い罅が入っている。
『メルド、少し耳を貸せ。返事はいい』
そのままソウゴがメルドに向けて念話を送る。それにメルドは黙って耳を傾ける。
『───。以上だ、判ったか?』
その言葉に、メルドは頷く。それにソウゴも頷き、今度は声で指示を出す。
「あのサイズではそう長くは持たない。今の内だ」
「感謝する!」
「きゃっ!」
「ちょっ、メルドさん!?」
ソウゴの言葉を受け、メルドは光輝と香織を担いで駆け出した。雫と龍太郎がそれに追従する。それと同時に、ベヒモスは氷の拘束を抜け出そうと身動ぎする。そこへ、
「"雷の遠吠え"」
ソウゴの掌から雷撃が飛び、ベヒモスの顔を直撃する。
「余所見はするな。今は私と遊ぶ時間だぞ?」
ソウゴは口角を吊り上げ、ベヒモスに手招きした。
その間に、メルドは回復した騎士団員を呼び集め、光輝達を担ぎ離脱しようとする。トラウムソルジャーの方は、どうやら幾人かの生徒が冷静さを取り戻した様で、周囲に声を掛け連携を取って対応し始めている様だ。立ち直りの原因は、実は先程ソウゴが助けた女子生徒だったりする。
他にも、ソウゴがベヒモスとの戦闘中も意識を向けて“鬼蒼炎”を操り、他の生徒達に不審に思われない範囲でトラウムソルジャー達を焼却していたのも理由の一つだ。
「待って下さい! まだ、常磐くんがっ!」
撤退を促すメルドに香織が猛抗議する。
「彼の作戦だ! ソルジャー共を突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する! 勿論彼がある程度離脱してからだ! 魔法で足止めしている間に彼が帰還したら、上階に撤退だ!」
「なら私も残ります!」
「駄目だ! 撤退しながら、香織には皆を治癒してもらわにゃならん!」
「でも!」
尚、言い募る香織にメルドの怒鳴り声が叩きつけられる。
「彼の思いを無駄にする気か!」
「ッ──」
メルドを含めて、メンバーの中で最大の攻撃力を持っているのは間違いなく光輝である。しかし、それ以外の者も騎士団員達に比べれば遥かに高い。少しでも早く治癒魔術を掛け回復させなければ、ベヒモスを足止めするには火力不足に陥るかもしれない。そんな事態を避けるには、香織が移動しながら皆を回復させる必要があるのだ。
「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん──"天恵"」
香織は泣きそうな顔で、それでもしっかりと詠唱を紡ぐ。淡い光がまず光輝を包む。体の傷と同時に魔力をも回復させる治癒魔術だ。
メルドは香織の顔を見て頷く。香織も頷き、もう一度ソウゴを振り返った。そして光輝と共にメルドに担がれたまま、回復した騎士団員達に担がれた雫と龍太郎と共に撤退を開始した。
トラウムソルジャーは依然増加を続けていた。既にその数は二百体はいるだろう。階段側へと続く橋を埋め尽くしている。
だが、ある意味それでよかったのかもしれない。もしもっと隙間だらけだったなら、突貫した生徒が包囲され惨殺されていただろう。実際、最初の百体くらいの時に、それで窮地に陥っていた生徒は結構な数いたのだ。それでも未だ死人が出ていないのは、偏に騎士団員達とソウゴの"鬼蒼炎"のお陰だろう。彼等のカバーが、生徒達を生かしていたといっても過言ではない。
代償に、既に騎士団員達は満身創痍だったが。更に、ソウゴがメルド達の撤退に併せて"鬼蒼炎"を解いているので尚更だ。
尤も、それは彼等が追いつけば心配はないだろうという一種の信用の結果だが。
騎士団員達のサポートが無くなり、続々と増え続ける魔物にパニックを起こし、魔術を使いもせずに剣やら槍やら武器を振り回す生徒が殆どである以上、もう数分もすれば完全に瓦解するだろう。
生徒達もそれを何となく悟っているのか表情には絶望が張り付いている。先ほどソウゴが助けた女子生徒の呼びかけで少ないながらも連携をとり奮戦していた者達も限界が近いようで泣きそうな表情だ。
誰もがもうダメかもしれない、そう思った時……
「──"天翔閃"!」
純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。
橋の両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに雪崩れ込む様に集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。
「皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」
そんなセリフと共に、再び“天翔閃”が敵を切り裂いていく。光輝が発するカリスマに生徒達が活気づく。
「お前達! 今まで何をやってきた! 訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか! 馬鹿者共が!」
皆の頼れる団長が”天翔閃”に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。
いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。実は、香織の魔術の効果も加わっている。精神を鎮める魔術だ。リラックスできる程度の魔術だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。
治癒魔術に適性のある者が挙って負傷者を癒し、魔術適性の高い者が後衛に下がって強力な魔術の詠唱を開始する。前衛職はしっかり隊列を組み、倒す事より後衛の守りを重視し堅実な動きを心がける。
治癒が終わり復活した騎士団員達も加わり、反撃の狼煙が上がった。チート共の強力な魔術と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。凄まじい速度で殲滅していき、その速度は、遂に魔法陣による魔物の召喚速度を超えた。
そして、階段への道が開ける。
「皆続け! 階段前を確保するぞ!」
光輝が掛け声と同時に走り出す。
ある程度回復した龍太郎と雫がそれに続き、バターを切り取る様にトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。
そうして、遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと光輝が魔法を放ち蹴散らす。
クラスメイトが訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段があるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。
「皆待って! 常磐くんを助けなきゃ! 常磐くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」
香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。何せ、ソウゴは"無能"で通っているのだから。
だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かにソウゴの姿があった。
「なんだよあれ、何してんだ?」
「あの魔物、下半身が凍ってる?」
次々と疑問の声を漏らす生徒達にメルド団長が指示を飛ばす。
「そうだ! 彼がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! 彼が離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」
ビリビリと腹の底まで響く様な声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。
無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。
その中には檜山大介もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。
しかしふと、脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。
それは迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していた時の事。
緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織を見かけたのだ。
初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。
気になって後を追うと、香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……ソウゴだった。
檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っていた。それでも、光輝の様な相手なら、所詮住む世界が違うと諦められた。
しかし、ソウゴは違う。自分より劣った存在(檜山はそう思っている)が香織の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫? と言われそうな考えを檜山は本気で持っていた。
ただでさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなって表れたからだろう。
その時の事を思い出した檜山は、たった一人でベヒモスを抑えるソウゴを見て、今も祈る様にソウゴを案じる香織を視界に捉え……仄暗い笑みを浮かべた。
「ふん。……む、準備ができたか」
その頃、ソウゴは何度目かの攻撃を加えていた。ふと、後方の騒がしさを感じ取る。チラリと後ろを見ると、どうやら全員撤退出来た様である。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。
ベヒモスは相変わらず藻掻いているが、氷の拘束にはまだ余裕がある。その間に距離を取るには充分時間がある。
ソウゴは氷に罅が入り始めたタイミングを見計らい、必死に見える様に駆け出した。
それから五秒程して、氷縛が破裂する様に粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し……ソウゴを捉えた。再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。ソウゴを追いかけようと四肢に力を溜めた。
だが次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔術が殺到した。
夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔術がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無い様だが、しっかりと足止めになっている。
すぐ頭上を魔術が次々と通っていく光景は、新手の花火の様でソウゴの目を楽しませる。
しかし次の瞬間、無数に飛び交う魔術の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ……ソウゴの方に向かって。
明らかにソウゴを狙い誘導されたものだ。
(ほぅ、そう来たか)
防ぐ事も避ける事も出来たが、ソウゴは敢えて何もしなかった。ソウゴの眼前に、その火球は突き刺さる。着弾の衝撃波をモロに浴びるが、ソウゴは小動もしない。
すると背後で咆哮が鳴り響く。振り返ると再び角を赤熱化させたベヒモスの眼光が確りとソウゴを捉えていた。
そして、赤熱化した頭部を盾の様に翳しながらソウゴに向かって突進する。
ソウゴはその猛撃を防御せずに受け止める。やはりダメージは無い。
直後、怒りの全てを集束した様な激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。受け止めたソウゴを中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。
そして遂に……橋が崩壊を始めた。
度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。
「グウァアアア!?」
悲鳴を上げながら、崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。
(さて、どうしたものか…)
ここから生徒達の所まで戻るのは造作も無い。が、このまま落ちていけば煩わしい視線から解放される。そう思いながら対岸の生徒達の方へ視線を向けると、香織が飛び出そうとして雫や光輝に羽交い締めにされているのが見えた。他の生徒は青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情でソウゴを見ていた。
そしてソウゴは、先程自身を狙った犯人に視線を向け……、
(思惑に乗ってやるとしよう。さて…)
ソウゴは落ちながら、メルドに視線を向ける。
『メルドよ。私は暫く離れる、彼等を導け』
「なっ、何故!?」
『不届き者の思惑に乗ってやろうと思ってな、くれぐれも他の者には他言無用で頼むぞ?』
その後、ある事を伝えるとソウゴは念話を終え、不敵な笑みを浮かべたまま奈落へと姿を消していった……。
響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。そして……瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆくソウゴ。
その光景を、まるでスローモーションの様に緩やかになった時間の中で、ただ見ている事しかできない香織は自分に絶望する。
香織の頭の中には、昨夜の光景が繰り返し流れていた。
月明かりの射す部屋の中で、ソウゴの入れたお世辞にも美味しいとは言えない紅茶擬きを飲みながら二人きりで話をした。あんなにじっくり話したのは初めてだった。
夢見が悪く不安に駆られて、いきなり訪ねた香織にも丁寧に接してくれたソウゴ。真剣に話を聞いてくれて、気がつけば不安は消え去り話に花を咲かせていた。
浮かれた気分で部屋に戻った後、今更の様に自分が随分と大胆な格好をしていた事に気がつき、羞恥に身悶えると同時に、特に反応していなかったソウゴを思い出して自分には魅力が無いのかと落ち込んだりした。一人百面相する香織に、同室の雫が呆れた表情をしていたのも黒歴史だろう。
そしてあの晩一番重要な事は、香織が約束をした事だ。
"ソウゴを守る"という約束。奈落の底へ消えたソウゴを見つめながら、その時の記憶が何度も何度も脳裏を巡る。
どこか遠くで聞こえていた悲鳴が実は自分のものだと気がついた香織は、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。
「離して! 常磐くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁっ! 私が守るって! 離してぇ!」
飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思う程尋常ではない力で引き剥がそうとする。
このままでは香織の体の方が壊れるかもしれない。しかし、だからといって断じて離す訳にはいかない。今の香織を離せば、そのまま崖を飛び降りるだろう。それくらい、普段の穏やかさが見る影も無い程必死の形相だった。いや、悲痛というべきかもしれない。
「香織っ、ダメよ! 香織!」
雫は香織の気持ちが分かっているからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶ事しか出来ない。
「香織! 君まで死ぬ気か! 常磐はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」
それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきではない言葉だった。
「無理って何!? 常磐くんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」
誰がどう考えても常磐ソウゴは助からない。奈落の底と思しき崖に落ちていったのだから。
しかし、その現実を受け止められる心の余裕は今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかり。
その時、メルドがツカツカと歩み寄り、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。ビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす香織。
ぐったりする香織を抱きかかえ、光輝がキッとメルドを睨む。文句を言おうとした矢先、雫が遮る様に機先を制し、メルドに頭を下げた。
「すいません。ありがとうございます」
「礼など……止めてくれ、もう一人も死なせる訳にはいかない。全力で迷宮を離脱する……彼女を頼む」
「言われるまでもなく」
離れていくメルドを見つめながら、口を挟めず憮然とした表情の光輝から香織を受け取った雫は、光輝に告げる。
「私達が止められないから団長が止めてくれたのよ、分かるでしょ? 今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまう前に、何より香織が壊れる前に止める必要があった。……ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで……常磐君も言っていたでしょう?」
そう説く雫の耳には、メルドの小さな呟きは入らなかった様だ。
一方雫の言葉に、光輝は渋々ながら頷いた。
「そうだな、早く出よう」
目の前でクラスメイトが一人死んだのだ。クラスメイト達の精神にも多大なダメージが刻まれている。誰もが茫然自失といった表情で石橋のあった方をボーっと眺めていた。中には「もう嫌!」と言って座り込んでしまう子もいる。
ソウゴが光輝に説いた様に、今の彼等にはリーダーが必要なのだ。
光輝がクラスメイト達に向けて声を張り上げる。
「皆! 今は生き残る事だけ考えるんだ、撤退するぞ!」
その言葉に、クラスメイト達はノロノロと動き出す。トラウムソルジャーの魔法陣は未だ健在だ。続々とその数を増やしている。今の精神状態で戦う事は無謀であるし、戦う必要も無い。光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルドや騎士団員達も生徒達を鼓舞する。そうして漸く、全員が階段への脱出を果たした。
上階への階段は長かった。先が暗闇で見えない程ずっと上方へ続いており、感覚では既に三十階以上、上っている筈だ。魔術による身体強化をしていても、そろそろ疲労を感じる頃だ。先の戦いでのダメージもあり、薄暗く長い階段はそれだけで気が滅入るものだ。
そろそろ小休止を挟むべきかとメルド団長が考え始めた時、遂に上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。
クラスメイト達の顔に生気が戻り始める。メルド団長は扉に駆け寄り詳しく調べ始めた。フェアスコープを使うのも忘れない。
その結果、どうやらトラップの可能性は無さそうである事がわかった。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かす為の物の様だ。メルドは魔法陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込む。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉の様に扉がクルリと回転し奥の部屋へと道を開いた。
扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。
「帰ってきたの?」
「戻ったのか!」
「帰れた……帰れたよぉ……っ!」
クラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁に凭れかかり、今にも座り込んでしまいそうだ。
しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。
メルドは休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。
「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ! 魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」
少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えをギンッと目を吊り上げて封殺する。
渋々、フラフラしながら立ち上がる生徒達。光輝が疲れを隠して率先して先をゆく。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。
そして遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた。迷宮に入って一日も経っていない筈なのに、ここを通ったのがもう随分昔の様な気がしているのは、きっと少数ではないだろう。
今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っている様だ。
だが、一部の生徒──未だ目を覚まさない香織を背負った雫や光輝、その様子を見る龍太郎、恵里、鈴、そしてソウゴが助けた女子生徒等は暗い表情だ。
そんな生徒達を横目に気にしつつ、受付に報告に行くメルド団長。
二十階層で発見した新たなトラップは危険すぎる。石橋が崩れてしまったので罠として未だ機能するかはわからないが報告は必要だ。
そして、ソウゴの
複雑な気持ちを顔に出さない様に苦労しながら、それでも溜息を吐かずにはいられないメルドだった。
ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしている様だが、殆どの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。
そんな中。檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。もし、クラスメイトが彼のこの姿を見れば激しく落ち込んでいる様に見えただろう。だが実際は……
「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツが悪いんだ。雑魚のくせに……ちょ、調子に乗るから……て、天罰だ。……俺は間違ってない……白崎の為だ……あんな雑魚に……もう関わらなくていい……俺は間違ってない……ヒ、ヒヒ」
暗い笑みと濁った瞳で自己弁護しているだけだった。
そう、あの時、軌道を逸れてまるで誘導される様にソウゴを襲った火球は、この檜山が放ったものだったのだ。
階段への脱出とソウゴの救出。それらを天秤にかけた時、ソウゴを見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。今なら殺っても気づかれないぞ? と。
そして、檜山は悪魔に魂を売り渡した。
バレない様に絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球をソウゴに着弾させた。流星の如く魔術が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠も無いし分かる筈が無い。
そう自分に言い聞かせながら暗い笑を浮かべる檜山。
その時、不意に背後から声を掛けられた。
「へぇ~、やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイトか……中々やるね?」
「ッ!? だ、誰だ!」
慌てて振り返る檜山。そこにいたのは見知ったクラスメイトの一人だった。
「お、お前、なんでここに……」
「そんな事はどうでもいいよ。それより……人殺しさん? 今どんな気持ち? 恋敵をどさくさに紛れて殺すのってどんな気持ち?」
その人物はクスクスと笑いながら、まるで喜劇でも見た様に楽しそうな表情を浮かべる。檜山自身がやった事とは言え、クラスメイトが一人死んだというのに、その人物はまるで堪えていない。ついさっきまで他のクラスメイト達と同様に酷く疲れた表情でショックを受けていた筈なのに、そんな影は微塵も無かった。
「……それが、お前の本性なのか?」
呆然と呟く檜山。
それを、馬鹿にするような見下した態度で嘲笑う。
「本性? そんな大層なものじゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。そんな事よりさ……この事、皆に言いふらしたらどうなるかな? 特に……あの子が聞いたら……」
「ッ!? そ、そんな事……、信じる訳……証拠も……」
「無いって? でも、僕が話したら信じるんじゃないかな? あの窮地を招いた君の言葉には、既に力は無いと思うけど?」
檜山は追い詰められる。まるで弱ったネズミを更に嬲るかの様な言葉。
まさか、こんな奴だったとは誰も想像できないだろう。二重人格と言われた方がまだ信じられる。目の前で嗜虐的な表情で自分を見下す人物に、全身が悪寒を感じ震える。
「ど、どうしろってんだ!?」
「うん? 心外だね。まるで僕が脅している様じゃない? ふふ、別に直ぐにどうこうしろって訳じゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」
「そ、そんなの……」
実質的な奴隷宣言みたいなものだ、流石に躊躇する檜山。当然断りたいが、そうすれば容赦なくソウゴを殺したのは檜山だと言いふらすだろう。
葛藤する檜山は、「いっそコイツも」と仄暗い思考に囚われ始める。しかし、その人物はそれも見越していたのか悪魔の誘惑をする。
「白崎香織、欲しくない?」
「ッ!? な、何を言って……」
暗い考えを一瞬で吹き飛ばされ、驚愕に目を見開いてその人物を凝視する檜山。そんな檜山の様子をニヤニヤと見下ろし、その人物は誘惑の言葉を続ける。
「僕に従うなら……いずれ彼女が手に入るよ。本当はこの手の話は常磐にしようと思っていたのだけど……君が殺しちゃうから。まぁ、彼より君の方が適任だとは思うし結果オーライかな?」
「……何が目的なんだ、お前は何がしたいんだ!?」
あまりに訳の分からない状況に檜山が声を荒らげる。
「ふふ、君には関係の無い事だよ。まぁ、欲しいモノがあるとだけ言っておくよ。……それで? 返答は?」
あくまで小馬鹿にした態度を崩さないその人物に苛立ちを覚えるものの、それ以上にあまりの変貌ぶりに恐怖を強く感じた檜山は、どちらにしろ自分に選択肢など無いと諦めの表情で頷いた。
「……従う」
「アハハハハハ、それはよかった! 僕もクラスメイトを告発するのは心苦しかったからね! まぁ、仲良くやろうよ、人殺しさん? アハハハハハ」
楽しそうに笑いながら踵を返し宿の方へ歩き去っていくその人物の後ろ姿を見ながら、檜山は「畜生……」と小さく呟いた。
檜山の脳裏には忘れたくても、否定したくても絶対に消えてくれない光景がこびり付いている。ソウゴが奈落へと転落した時の香織の姿。どんな言葉より雄弁に彼女の気持ちを物語っていた。
今は疲れ果て泥の様に眠っているクラスメイト達も、落ち着けばソウゴの死を実感し、香織の気持ちを悟るだろう。香織が決して善意だけでソウゴを構っていた訳ではなかったという事を。
そして、憔悴する香織を見て、その原因に意識を向けるだろう。不注意な行為で自分達をも危険に晒した檜山の事を。
上手く立ち回らなければならない、自分の居場所を確保する為に。もう檜山は一線を越えてしまったのだ、今更立ち止まれない。あの人物に従えば、消えたと思った可能性──香織をモノにできるという可能性すらあるのだ。
「ヒヒ、だ、大丈夫だ、上手くいく、俺は間違ってない……」
再び膝に顔を埋め、ブツブツと呟き出す檜山。
今度は誰の邪魔も入る事は無かった。
ソウゴが使った技で分かるのがあったら言って下さいね。