ありふれぬ魔王が世界最強   作:合将鳥

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連続

執筆時のBGM「ホタルノヒカリ」


第十一話 竜と魔王の邂逅

 夜明け。

 

 月が輝きを薄れさせ、東の空が白み始めた頃。ソウゴ、ユエ、シアの三人はすっかり旅支度を終えて"水妖精の宿"の直ぐ外にいた。手には移動しながら食べられる様にと握り飯が入った包みを持っている。

 極めて早い時間でありながら、嫌な顔一つせず朝食にとフォスが用意してくれたものだ。流石は高級宿、粋な計らいだと感心しながらソウゴ達は遠慮無く感謝と共に受け取った。

 

 朝靄が立ち込める中、ソウゴ達は【ウルの町】の北門に向かう。そこから【北の山脈地帯】に続く街道が伸びているのだ。馬で丸一日位だというから、ストライカーで飛ばせば三十分程度で着くだろう。

 

 ウィル達が北の山脈地帯に調査に入り、消息を絶ってから既に五日。生存は絶望的だ。ソウゴもウィル達が生きている可能性は高くないと考えているが、万一という事もある。生きて帰せば、イルワのソウゴ達に対する心象は限りなく良くなるだろうし、何よりソウゴの気持ちがマシになる。よって出来るだけ急いで捜索するつもりだ。幸いな事に天気は快晴。搜索にはもってこいの日だ。

 

 幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進みやがて北門が見えてきた。すると、ソウゴはその北門の傍に複数の人の気配を感じ目を細める。特に動く訳でも無く、何やら屯している様だ。

 

 朝靄を掻き分け見えたその姿は……愛子と生徒六人の姿だった。

 

「……何となく想像はつくが、一応訊こう。何をしている?」

 ソウゴが半眼になって愛子に視線を向ける。一瞬気圧された様にビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取るとソウゴと正面から向き合った。少し離れた場所で移動用に用意したらしい馬を撫でながら、何やら話し込んでいた優花、妙子、奈々達女子組。そして淳史、昇、明人の男子組もソウゴ達がやって来た事に気付いて、おっかなびっくり愛子の傍に寄ってくる。

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多い方が良いです」

「却下だ。行くのは勝手だが、共には無理だ」

「な、何故ですか?」

「単純に足の速さが違う。貴様等に合わせて進んでいられる程暇ではない」

 

 ソウゴは優花達の背後でモシャモシャと口を動かしている馬に視線を向けながら断りを入れた。一瞬「騎乗スキルなど持っているのか?」と疑問に思ったソウゴだが、至極どうでもいい事なのでスルーする。乗れようが乗れまいが、ストライカーの速度には敵わないのだ。

 

 だがソウゴの言葉に優花が周囲を見回し、そして首を傾げて訝し気な表情になる。どう見てもソウゴの周囲には、優花達が用意した様な移動手段(馬)が見当たらないからだ。

「足の速さが違うって……、ねぇ常磐。まさか馬に乗るより走った方が速いとか言うんじゃないわよね? 私等の事はどうでもいいからって、流石にそれは断りの言葉として適当過ぎない? 仮に本当にそうだとしたら……昨日の威圧感といい、どこまで人間辞めてるのって感じなんだけど?」

 優花の割と失礼な物言いに、ソウゴは思わず苦笑する。

 

 優花のソウゴが人外という評価は極めて正しい。事実生身でも普通に馬より速く、何なら二人を抱えるのが面倒なのと技術が腐らない様にしているだけで、ストライカーよりも自分で走った方が速いのだ。

 

 実はソウゴに話しかけるのに内心では割とテンパっていた優花が思わず本音を溢しただけなのだが、ソウゴの実力を目の当たりにする前に大正解に辿り着いてしまった様だ。

「な、何よ?」

「いやなに。確かに私がこの足で走った方が速いのは事実だが、それでは連れが置き去りになるんでな」

 そう言いながらユエとシアを指すソウゴと、まさかの事実に固まる一同。そんな生徒達を置き去りに、ソウゴは懐からウォッチを取り出し、起動して宙に投げる。

 

 すると突然、視線の先で放られた時計の様な物が大型のバイクに変形し、ギョッとなる愛子達。

 

「まぁそんな訳で我が愛機の出番だ。私が走らずとも、そのままの意味で移動速度が違うと言った通りだろう?」

 ストライカーの重厚なフォルムと、異世界には似つかわしくない存在感に度肝を抜かれているのか、マジマジと見つめたまま答えない愛子達。

 そこへ、クラスの中でもバイク好きの昇が若干興奮した様にソウゴに尋ねた。

「こ、これも昨日の銃みたいに常磐の?」

「我が優秀なメカニック達の傑作だ。では我々は行く、そこをどけ」

 おざなりに返事をして出発しようとするソウゴに、それでもなお愛子が食い下がる。愛子としては、是が非でもソウゴ達に着いて行きたかったのだ。

 

 

 理由は二つ。

 

 一つは、昨夜のソウゴの発言の真偽を探るためだ。“檜山大介に殺されかけた”という愛子にとって看過出来ないその言葉が、本当にソウゴの勘違いでなく真実なのか、もしかするとこの先起こるかもしれない不幸な出来事を回避する為にもソウゴからもっと詳しい話を聞きたかった。捜索が終わった後、もう一度ソウゴ達と会えるかは分からない以上、この時を逃す訳には行かなかったのだ。

 

 もう一つの理由は、現在行方不明になっている清水幸利の事だ。八方手を尽くして情報を集めているが、近隣の村や町でもそれらしい人物を見かけたという情報が上がってきていない。

 しかし、そもそも人がいない北の山脈地帯に関してはまだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たったのだ。事件にしろ自発的失踪にしろ、まさか【北の山脈地帯】に行くとは考えられなかったので当然ではある。なので、これを機に自ら赴いてソウゴ達の捜索対象を探しながら清水の手がかりも無いかを調べようと思ったのである。

 

 

 因みに、園部達がいるのは半ば偶然である。

 

 愛子がソウゴより早く正門に行って待ち伏せする為に夜明け前に起きだして宿を出ようとしたところを、昨夜からあれこれ考え過ぎて眠りの浅かった優花が愛子の部屋からの物音に気が付いて発見したのだ。

 旅装を整えて有り得ない時間に宿を出ようとする愛子を、優花は誤魔化しは許さないと問い詰めた。結果、愛ちゃんが今日のソウゴの捜索活動について行くつもりなのだと知り、衝動的に「じゃあ私も行きます! 四十秒で支度します!」と同行を申し出たのである。

 そして一応、愛ちゃん護衛隊だからという建前で愛子に納得してもらい、自分一人という訳にはいかないと他のメンバーを叩き起こし、捜索隊に加わってもらったのである。

 

 なお騎士達は、ソウゴ達がいるとまた諍いを起こしそうなので置き手紙で留守番を指示しておいた。聞くかどうかはわからないが……。

 

 

 愛子はソウゴに身を寄せると小声で決意を伝える。

 ソウゴは、話の内容が内容だけに他に聞かれない様に顔を寄せた愛子に、よく見れば化粧で隠してはいるが色濃い隈がある事に気がついた。きっとソウゴの話を聞いてから、殆ど眠れなかったのだろう。

「常磐さん。先生は先生として、どうしても常磐さんからもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。常磐さんにとって、それは面倒な事ではないですか? 移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば常磐さんの言う通り、この町でお別れできますよ……一先ずは」

「ふむ……」

 

 ソウゴは愛子の瞳が決意に光り輝いているのを見て、昨夜の最後の言葉は失敗だったかと少し後悔した。愛子の行動力は(知識の上では)理解している。誤魔化したり逃げたりすれば、それこそ護衛騎士達も使って大々的に捜索するかもしれない。そうなればその日の気分によるだろうが、思わぬ大量虐殺の手間を掛けねばならないかもしれない。

 愛子から視線を逸らし天を仰げば、空はどんどん明るくなっていく。ウィルの生存の可能性を捨てないなら押し問答している時間も惜しい。ソウゴは一度深く溜息を吐くと、自業自得だと自分を納得させ、改めて愛子に向き直った。

 

「……よかろう、同行を許そう。といっても話す事なぞもう無いがな……」

「構いません。ちゃんと常磐さんの口から聞いておきたいだけですから」

「強引よな。何処でも何があっても教師という人種はこんなものか」

「当然です!」

 ソウゴが譲歩した事に喜色を浮かべ、むんっ! と胸を張る愛子。どうやら交渉が上手くいった様だと、生徒達もホッとした様子だ。

「……ソウゴ様、連れて行くの?」

「ああ、この者は放置しておく方が後で面倒になる」

「ほぇ~、ソウゴさんがそう言うなんて、中々侮れない人ですね~」

 ソウゴが折れた事に、ユエとシアが驚いた様に話しかけた。そしてソウゴの溜め息混じりの言葉に、愛子を見る目が少し変わり、若干の敬意が含まれた様だ。

 

 ソウゴ自身も、ブレずに生徒達の"先生"であろうとする愛子の姿勢を悪く思っていなかった。

 

 

「でも、そのバイクじゃ乗れても三人でしょ? どうするの?」

 

 すると優花が尤もな事実を指摘する。馬の速度に合わせるのは時間的に論外であるし、愛子を乗せて代わりにユエかシアを置いて行くのも無理な話だ。ソウゴはストライカーをウォッチに戻し、代わりに緑と金のラインが入ったカードを取り出す。

 ソウゴがそれを頭上の少し上に掲げた瞬間、空に穴が開いて捻れた何かが飛び出して来る。それが線路だと理解するより前に、特徴的な音楽を鳴らしながら牛を思わせる二両編成の時の列車"ゼロライナー"が急停車する。

 

 優花達は「後ろの車両に乗れ」と言い残し、さっさと運転席に行くソウゴに驚愕を始めとした複雑な眼差しを向けるのだった。

 

 

 前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、猛牛の如く雄々しきゼロライナーが爆走する。サスペンションは勿論だが、自前で線路を生成してその上を走っているだけなので、生徒達も特に不自由さは感じていない様だった。

 

 前方の運転車両にはソウゴが乗り、その両隣に愛子とユエが立っている。愛子が操縦室に迎えられたのは例の話をする為だ。愛子としてはまだ他の生徒には聞かれたくないらしく、直ぐ傍で話せる様にしたかったらしい。

 元々ユエはソウゴと相乗りしたかったのだが、ソウゴから「今は控えろ」と言われ渋々操縦機から降りた。因みに操縦室にはバイクとモニター以外何も無いので、スペースには結構余裕が有る。

 

 逆に、後部車両に座っているシア達は少々窮屈を感じている様子だ。

 ゼロライナーは元々操縦者以外の人員を乗せる事を想定した造りでは無い為、スペースは兎も角座席が少ない上に狭いのだ。一応立っていれば窮屈に思う事も無いだろうが、揺れが少ないとはいえ走行中の列車で朝から立ったままというのも疲れるだろう。

 

 シアは言わずもがな、優花や妙子は肉感的な女子なので、それなりに場所をとっている。スレンダーな奈々が普段の軽いノリもどこかに、シアや優花の身体の一部を見てはアヒルの様に唇を尖らせ、自分の胸をペタペタと触っている。帰って来るのは悲しい感触だけだ。

 

 尤も、一番居心地が悪いのはシアだろう。

 

 先程からシアの胸元を凝視する奈々と妙にキラキラした眼差しの妙子に挟まれて、ソウゴとの関係を根掘り葉掘り聞かれている。異世界での異種族間恋愛など花の女子高生としては聞き逃せない出来事なのだろう。興味津々といった感じでシアに質問を繰り返しており、シアがオロオロしながら頑張って質問に答えている。優花などは頬杖を突き、如何にも「興味はありません」といった様子だが、耳を欹てているのが丸判りだ。視線もチラチラしているので、ソウゴとシアの馴れ初めに内心興味津々なのだろう。

 

 

 一方、ソウゴと愛子の話も佳境を迎えていた。

 ソウゴから当時の状況を詳しく聞く限り、やはり故意に魔術が撃ち込まれた可能性は高そうだとは思いつつ、やはり信じたくない愛子は頭を悩ませる。

 

 うんうんと頭を唸って悩むうちに、走行による揺れと早起きの頭が眠りを誘い、愛子はいつの間にか夢の世界に旅立った。ズルズルと壁を滑り、コテンと倒れ込んだ先は床である。

 

 ソウゴ的には無理に起こす必要も無いのでそのまま置いておいてもいいのだが、どうしたものかと数瞬迷った挙句、運転を自動操縦に切り替え、抱き上げて後部車両に連れて行く事にした。何せ愛子の寝不足の原因は、自分の都合で多大な情報を受け取らせたソウゴにもあるのだ。

「……ソウゴ様、愛子に優しい」

「これに関しては私に非が無いでもないからな」

 眠る愛子を抱きかかえながら後部車両に移動すれば、キャッキャと見つめる女子高生、そして不貞腐れるウサミミ少女。それから何故か非常に鬱陶しい視線を向けて来る男子生徒。愛子を適当な空きスペースに座らせると、昇が恐る恐る尋ねてくる。

「ちょっ、常磐! 運転はいいのか!?」

「自動操縦に切り替えてある、心配は無い」

「そ、そうか……」

 慌てて上げかけた腰を昇が降ろすと、ソウゴは生徒達を見て「さて…」と呟く。すると今度は優花が警戒しながら尋ねた。

「な、何よ?」

 

「貴様等、朝食はまだか?」

 

『……は?』

 ソウゴからの予想外の問い掛けに、全員驚きつつも肯定する。それを見たソウゴはシアを引っ張り上げて足を進める。

「どうしましたソウゴさん?」

「手伝え。……貴様等は少し待っていろ」

 疑問符を浮かべたシアとユエを連れ、ソウゴは扉の奥に消える。その背中を、残された優花達も不思議そうに見ていた。

 

 それから十分程して、給仕用のカートに簡素ながらも手の込んだ料理を乗せて三人が戻って来た。

「……えーと、その料理は?」

「この列車には給仕用の人員は乗せてないのでな。専門職ではない私の手料理だが、まぁ何も食べんよりマシだろう」

 ソウゴがそう言うと、一拍して驚きがその場を包む。

 

「常磐君の手作り!?」

「食べていいの!? なんか明らかに高そうなんだけど!?」

「当然だろう。貴様等、成長期のこの時期に朝食を抜く気か? それではどれだけ鍛えようが強くなれんぞ。食事の、特に朝食の重要さを侮るなよ。そら、そこの先生殿も起こしてやれ」

 

 妙子と奈々の言葉に、若干説教じみた物言いになりながらソウゴは料理を並べていく。優花に起こされた愛子も合わせて、皆一様に恐る恐る一口食べる。すると次の瞬間には全員無我夢中で手を動かした。正に一心不乱だ。その様を見て、ソウゴは昨日の対応が嘘の様に苦笑しながら優しい目つきになっていた。

「そんなに急がずとも料理は逃げんぞ?」

「いやだって! これ滅茶苦茶旨ぇんだよ!」

 淳史がそう言えば、皆ブンブンと首を縦に振る。その表情にはまざまざと「こんな美味食べた事無い!」と書いてある。

「当たり前だ、なんせ世界一の料理人から教わったのだからな」

 ソウゴはそう言いながら、夢中で食べる愛子達を見ていた。それから皿が空になったタイミングで「おかわりはいるか?」と問えば、皆無言で頷いた。

 

 

 これから正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない、何とも和やかな雰囲気が流れていた。

 

 

 

 【北の山脈地帯】

 

 標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういう訳か生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。日本の秋の山の様な色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木の様に青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。

 また、普段見えている山脈を越えてもその向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。

 

 何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙った事があるそうだが、山を一つ越える度に生息する魔物が強力になっていくので、結局成功はしなかった様だ。

 

 因みに、第一の山脈で最も標高が高いのはかの聖教教会の本部が存在する【神山】である。

 

 

 今回ソウゴ達が訪れた場所は、神山から東に千六百キロメートル程離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識ある者が目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見する事が出来る。ウルの町が潤う筈で、実に実りの多い山である。

 

 ソウゴ達はその麓にゼロライナーを止めると、暫く見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。

 ソウゴはゆっくり鑑賞したい気持ちを押さえてゼロライナーを見送ると、代わりにとある物を宝物庫から取り出した。

 それは、全長五十センチ程のケースだった。同じケースを幾つも取り出す。

「付いてきたのだから貴様等も手伝え」

 

 そう言ってソウゴは愛子達にもケースを手渡していく。一人につき二つ持って、合計二十個。その全てを地面に置かせ、ケースを開く。その中には銀色のディスクが縦に並べられていた。数えてみれば、一つのケースに二十五枚のディスクが入っている。

 愛子達はおろか、ユエとシアもそれが何か分からず首を傾げていると、ソウゴは腰の逢魔剣を軽く抜いて刃の部分を指で軽く弾く。

 

 するとキィィーンという甲高い音が響き、それが伝播する様にケースの中のディスクが震え始める。途端、ディスクは赤青緑と様々な色に変わっていき、そのまま独りでにケースから飛び出した。

 そのディスク群は生物の形に変形していき、総勢五百の群れが其々が鳴き声を上げながら四方八方に散っていった。

 

「あの、あれは……」

 鳥や狼、猿、蟹、蛇、蛙と多種多様な生物に変形し遠ざかっていくディスク達を見ながら愛子が代表して聞く。

「ディスクアニマルだ。式神の発展形とでも思えばいい」

 それに対するソウゴの答えは、ある意味異世界と現代技術が混じり合ったものだった。

 

 音式神・ディスクアニマル。

 

 録音・録画機能と軽度の戦闘能力を備えた原型に、ソウゴの集めた技術が加えられた改良版である。とにかく数を活かしたその運用方法が、この手の捜索活動にはピッタリだとソウゴは判断したのだ。"万里眼"の応用で一機一機に感覚を共有する事で、ソウゴが出向かずとも広範囲を見渡せるという考えだ。

 既に彼方へと飛んでいったディスクアニマル達を遠くに見つめながら、愛子達はもう一々ソウゴのする事に驚くのは止めようと、恐らく叶う事の無い誓いを立てるのだった。

 

 

 ソウゴ達は、冒険者達も通ったであろう山道を進む。

 魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りだ。ならばウィル達冒険者パーティも、その辺りを調査した筈である。そう考えて、ソウゴは無人偵察機をその辺りに先行させながら、ハイペースで山道を進んだ。

 

 凡そ一時間と少し位で六合目に到着したソウゴ達は、一度そこで立ち止まった。理由は、そろそろ辺りに痕跡が無いか調べる必要があったのと……

 

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」

「……ひゅぅーひゅぅー」

「ゲホゲホ、常磐達は化け物か……」

 

 

「……はぁ、最近の若いのは」

 

 予想以上に愛子達の体力が無く、休む必要があったからである。

 勿論、本来愛子達のステータスはこの世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山如きでここまで疲弊する事は無い。ただ、ソウゴ達の移動速度が速すぎて殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。

 

 四つん這いになり必死に息を整える愛子。昇と明人は仰向けに倒れながら今にも死にそうな呼吸音を響かせており、奈々は少しばかり女子として見せてはいけない顔になっている。

 

 意外にも倒れ込んでいないのは優花と妙子だ。二人共近くの木に寄りかかり、相当きつそうな表情ではあるが倒れ込む様な気配は無い。二人共にどちらかと言えば前衛職の天職である事が関係しているのだろう。

 

 

 優花は"投術師"、妙子は"操鞭師"である。前者は投げナイフやダーツ等投擲技術の才を、後者は鞭は勿論としてロープ状の物を操る技術の才を発揮する。

 見た目ちょっと不良っぽい優花が投擲用ナイフを手慰みにジャグリングしたり、おっとり系ギャルの妙子が鞭を巧みに振り回したりする姿は……生徒達の間でもとびっきりシュールという意見と、何だか凄く似合っているという意見が半々だった。

 

 なお、淳史と昇も一応前衛職なのだが体力で負けているという点は、きっと指摘してはいけないのだろう。そんな事をすれば、今度こそ彼等の心はポッキリと逝ってしまうかもしれない。

 

 ソウゴはそんな愛子達に若干面倒そうな視線を向けつつも、どちらにしろ詳しく周囲を探る必要があるので休憩がてら近くの川に行く事にした。ここに来るまでに、ディスクアニマル達からの情報で位置は把握している。未だ荒い呼吸を繰り返す愛子達に場所だけ伝えて放置し、ソウゴ達は先に川へと向かった。ウィル達も休憩がてらに寄った可能性は高い。

 

 ユエとシアを連れて山道から逸れて山の中を進む。シャクシャクと落ち葉が立てる音をBGMに木々の間を歩いていると、やがて川の潺が聞こえてきた。耳に心地良い音だ。シアの耳が嬉しそうにピッコピッコと跳ねている。

 

 そうしてソウゴ達が辿り着いた川は、小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。索敵能力が高いシアが周囲を探り、ソウゴも念の為ディスクアニマル達を何機か呼び戻し周囲を探るが魔物の気配はしない。取り敢えず息を抜いてソウゴ達は川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。途中、ユエが「少しだけ」と靴を脱いで川に足を浸けて楽しむという我儘をしたが、どちらにしろ愛子達が未だ来てすらいないので大目に見るソウゴ。ついでにシアも便乗した。

 川沿いに上流へと移動した可能性も考えて、ソウゴはディスクアニマル達を上流沿いに飛ばしつつ、ユエがパシャパシャと素足で川の水を弄ぶ姿を眺める。シアも素足となっているが、水につけているだけだ。川の流れに攫われる感触に擽ったそうにしている。

 

 

 するとそこへ、漸く息を整えた愛子達がやって来た。置いていかれた事に思うところがあるのかジト目をしている。が、男子三人が素足のユエとシアを見て歓声を上げると「ここは天国か」と目を輝かせ、女性陣の冷たい眼差しは矛先を彼等に変えた。身震いする男衆。淳史達の視線に気がつき、ユエ達も川から上がった。

 愛子達が川岸で腰を下ろし水分補給に勤しむ。先程から淳史達男衆のユエ達を見る目が鬱陶しいので軽く睨み返すと、ブルリと震えて視線を逸らした。そんな様子を見て、愛子達がソウゴに生暖かい眼差しを向ける。特に、優花達は車中でシアから色々聞いたせいか実にウザったらしい表情だ。

「ふふ。常磐さんは、ホントにユエさんとシアさんを大事にしているんですね」

 愛子が微笑ましそうに、優花達に聞こえない様に小声で言う。

 何を言っても自分にとっては望ましくない反応が返ってきそうなので、ソウゴは肩を竦めるに留める。すると、代わりにユエが行動で示した。当然だと言う様にソウゴの膝の上にポスッと腰を落とす。そして、柔らかなお尻をふにふにと動かしてベストポジションを探る。

 

「……ん」

 

 そして満足のいくポジションを見つけ、そのままソウゴに寄りかかり全体重を預けた。それが信頼の証だとでも言うように。それを見てシアが寂しくなった様で、ソウゴの背後からヒシッと抱きつく。ソウゴの背中にシアの豊かな胸部が押し付けられる。

 突如発生した桃色空間に愛子と優花は頬を赤らめ、奈々と妙子はキャーキャーと歓声を上げ、淳史達男子はギリギリと歯を噛み締めた。

 ソウゴはソウゴで、二人を振り解く事無く目を閉じている。周囲の反応には興味が無いらしい。だがそんなソウゴの表情も、次の瞬間には一気に険しくなった。

「……これは」

「ん……何か見つけた?」

 ソウゴがどこか遠くを見る様に呟くのを聞き、ユエが確認する。その様子に、愛子達も何事かと目を瞬かせた。

「川の上流に……これは盾か? それに鞄もまだ新しい……当たりかもしれん。ユエ、シア、行くぞ」

「ん……」

「はいです!」

 ソウゴ達が阿吽の呼吸で立ち上がり、出発の準備を始めた。

 

 愛子達は本音で言えばまだまだ休んでいたかったが、無理を言って付いて来た上、何か手がかりを見つけた様子となれば動かないわけには行かない。疲労が抜けきらない重い腰を上げて歩き出……そうとして、ソウゴに見られている事に気付いた。

「え、えっと……?」

「……本当に世話の焼ける」

 

 溜め息混じりにそう言ったソウゴが、懐から何かを取り出す。青と黄の手帳サイズの箱の様なソレを、ソウゴは二つとも開く。

 

『ライオン戦記!』

『ランプ・ド・アランジーナ!』

 

 その不思議な声と共に、ソウゴの持つライドブックから青色のライオンと宙に浮かぶ絨毯が飛び出る。

 先程、もう驚く事はやめようと決心したばかりなのに驚愕で固まる愛子達。ソウゴはライオン戦記を淳史に、ランプ・ド・アランジーナを優花に投げ渡す。何が何やら分からない二人にソウゴは告げる。

「それを借してやる、乗っていけ。その本を持って頭の中で念じれば制御できる」

 そう言いながらソウゴは愛子を抱え上げ、もう一つ別のライドブックを開いた。

 

『ブレイブドラゴン!』

 

 ブックから飛び出た赤い竜にユエ、シア、愛子を乗せ、ソウゴが先頭に座る。ソウゴが「行くぞ」と号令をかけ、一行は猛スピードで山肌を登っていった。

 

 

 

 ソウゴ達が到着した場所には、ディスクアニマルで確認した通り小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。

 

 但しラウンドシールドは拉げて曲がっており、鞄の紐は半ばで引き千切られた状態でだ。

 

 

 ソウゴ達は注意深く周囲を見渡す。すると、近くの木の皮が禿げているのを発見した。高さは大体二メートル位の位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見える。高さからして人間の仕業ではないだろう。ソウゴはシアにウサミミ探査を指示しながら、自らも感知系の能力を強め、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。

 

 先へ進むと、次々と争いの形跡が発見できた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には折れた剣や、血が飛び散った痕もあった。それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強張っていく。

 

 特に、死の恐怖に一度は心を折られた優花達は【オルクス大迷宮】で死にかけた時の事を思い出したのか、一見して分かる程顔色を悪くしている。震えそうになる身体を必死に抑えようとしているのが分かった。

 そんな愛子や優花達を尻目に暫くの間点在する争いの形跡を追っていくと、シアが前方に何か光るものを発見した。

 

「ソウゴさん、これペンダントでしょうか?」

「む? あぁ、遺留品かもしれん。確かめよう」

 

 シアからペンダントを受け取り汚れを落とすと、どうやら唯のペンダントではなくロケットの様だと気がつく。留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。恐らく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近の物……冒険者一行の誰かの物かもしれない。なので一応回収しておく。

 

 

 その後も、遺品と呼ぶべき物が散見され、身元特定に繋がりそうな物だけは回収していく。どれ位探索したのか、既に日は大分傾きそろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。

 

 未だ野生の動物以外で生命反応はない。ウィル達を襲った魔物との遭遇も警戒していたのだが、それ以外の魔物すら感知されなかった。位置的には八合目と九合目の間と言った所。山は越えていないとは言え、普通なら弱い魔物の一匹や二匹出てもおかしくない筈で、ソウゴ達は安堵どころか逆に不気味さを感じていた。

 

 暫くすると、再びディスクアニマルが異常のあった場所を探し当てた。東に三百メートル程いった所に大規模な破壊の後があったのだ。ソウゴは全員を促してその場所に急行した。

 

 

 そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。まるで、横合いからレーザーか何かに抉り飛ばされた様だ。

 

 その様な印象を持ったのは抉れた部分が直線的であったとのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。更に、何か大きな衝撃を受けた様に何本もの木が半ばからへし折られ、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大きな足跡も残されている。

「ここで本格的な戦闘があった様だな……この足跡、大型で二足歩行する魔物……確か、山二つ向こうにはブルタールという魔物がいたな。だがこの抉れた地面は……」

 

 ソウゴの言うブルタールとは、RPGで言うところのオークやオーガの事だ。大した知能は持っていないが、群れで行動する事と固有魔術"金剛"の劣化版・"剛壁"の固有魔術を持っている為、中々の強敵と認識されている。普段は二つ目の山脈の向こう側におり、それより町側には来ない筈の魔物だ。それに、川に支流を作る様な攻撃手段は持っていない筈である。

 

 ソウゴはしゃがみ込みブルタールのものと思しき足跡を見て少し考えた後、上流と下流のどちらに向かうか逡巡した。

 

 ここまで上流に向かってウィル達は追い立てられる様に逃げてきた様だが、これだけの戦闘をした後に更に上流へと逃げたとは考えにくい。体力的にも、精神的にも町から遠ざかるという思考が出来るか疑問である。

 

 従って、ソウゴは念の為ディスクアニマル達を上流に向かわせながら自分達は下流へ向かう事にした。ブルタールの足跡が川縁にあるという事は、川の中にウィル達が逃げ込んだ可能性が高いという事だ。ならば、きっと体力的に厳しい状況にあった彼等は流された可能性が高いと考えたのだ。

 ソウゴの推測に他の者も賛同し、今度は下流へ向かって川辺を下っていった。

 

 

 すると今度は、先程のものとは比べ物にならない位立派な滝に出くわした。ソウゴ達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれる。と、そこでソウゴの"気配感知"に反応が出た。

 

「これは……」

「……ソウゴ様?」

 

 ユエが直ぐ様反応し問いかける。ソウゴは暫く集中して滝を見つめる。そして「ほぅ」と少し驚いた様な声を上げた。

「気配感知に掛かった、恐らく人間だ。場所は、あの滝壺の奥だ」

 

「生きてる人がいるってことですか!?」

 

 シアの驚きを含んだ確認の言葉にソウゴはディスクアニマル達をしまいつつ頷いた。人数を問うユエに、「一人だ」と答える。

 

 

 愛子達も一様に驚いている様だ。それも当然だろう。生存の可能性はゼロではないとは言え、実際には期待などしていなかった。ウィル達が消息を絶ってから五日は経っているのである。もし生きているのが彼等の内の一人なら奇跡だ。

 

「ふっ」

 

 ソウゴは滝壺に向けて軽く手刀を薙いだ。すると、滝と滝壺の水が紅海におけるモーセの伝説の様に真っ二つに割れ、そして飛び散る水滴は、まるで停止ボタンを押した映像の様に完全にその動きを止めた。ソウゴが最も得意とする、時間停止を付与した物理攻撃である。

 

 詠唱をせず陣も無しに、二つの属性の魔術(に見える物理)を同時に応用して行使した事に愛子達は、もう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けた。きっと、嘗てのヘブライ人達も同じ様な顔をしていたに違いない。

 

 ソウゴは愛子達を促して、滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所へ踏み込んだ。

 洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れない事から、きっと奥へと続いているのだろう。

 

 その空間の一番奥に、横たわっている男を発見した。

 

 傍に寄って確認すると、二十歳位の青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は蒼褪めて死人の様な顔色をしている。だが大きな怪我は無く、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけの様だ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいる事と関係があるのだろう。

 

 気遣わし気に愛子が容態を見ているが、ソウゴは手っ取り早く青年の正体を確認する為上体を起こし、頬を軽く叩く。

 

「んっ、んんぅ……」

 

 呻きながら目を覚まし、右へ左へと視線を彷徨わせる青年。愛子達がホッと安堵の溜め息を漏らす。ソウゴはそんな愛子達をスルーして、未だ夢現の青年に近づくと端的に名前を確認する。

「貴様がウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男の」

「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに……」

 状況を把握出来ていない様で目を白黒させる青年に、ソウゴは再び問いかける。

「貴様がウィル・クデタか?」

「えっと、うわっ、はい! そうです! 私がウィル・クデタです! はい!」

 

 一瞬青年が答えに詰まると、ソウゴの眼がギラリと剣呑な光を帯び、それに慌てた青年が自らの名を名乗った。どうやら本当に本人の様だ。奇跡的に生きていたらしい。

「そうか。私はソウゴ、常磐ソウゴだ。フューレンのギルド支部長イルワからの依頼で捜索に来た。どうやら首の皮一枚繋がった様だな」

「イルワさんが!? そうですか、あの人が……また借りができてしまった様だ。……あの、貴方も有難う御座います。イルワさんから依頼を受けるなんて余程の凄腕なのですね」

 尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。もしかすると、案外大物なのかもしれない。いつかのブタとは大違いである。それから各人の自己紹介と、何があったのかをウィルから聞いた。

 

 

 要約するとこうだ。

 

 ウィル達は五日前ソウゴ達と同じ山道に入り、五合目の少し上辺りで突然十体のブルタールと遭遇したらしい。

 流石にその数のブルタールと遭遇戦は勘弁だとウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いている内にどんどん数が増えていき、気がつけば六合目の例の川にまで追い立てられていた。

 そこでブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出する為に盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。それから追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

 

 漆黒の竜だったらしい。

 

 その黒竜はウィル達が川沿いに出てくるや否や特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。

 ウィルは、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。

 

 

 ウィルは、話している内に、感情が高ぶった様で啜り泣きを始めた。無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認する事もせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つ事しか出来なかった情けない自分、救助が来た事で仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

 洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった。生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しく摩る。ユエは何時もの無表情、シアは困った様な表情だ。

 

 が、ウィルが言葉に詰まった瞬間、意外な人物が動いた。

 

 ソウゴはツカツカとウィルに歩み寄ると、その胸倉を掴み上げ人外の膂力で宙吊りにした。そして息がつまり苦しそうなウィルに、意外な程透き通った声で語りかけた。

 

「貴様、何か思い違いをしておらんか? 確かに貴様は、自分で言う通り最低の人間なのかもしれんな。だがな、少なくともそんな最低の人間の無事を願い、託した者が六人いる。勝手に飛び出していった貴様を、それでも生きて戻って来る事を願っている両親がいる。そんな二人の為に、貴様を送り届ける責任が私にある。それを貴様の身勝手で、取るに足らん塵の様なプライドで裏切り悲しませるつもりか? 親より先に死ぬ親不孝な人間こそ、真に最低と呼ぶのだ」

「だ、だが……私は……」

 

 それでもなお自分を責めるウィルに、ソウゴは顔を近づけ確とその眼を捉えて続ける。

 

「覚えておけ小僧。人間が真に死ぬ時とは、誰からも忘れ去られた時だ。分かるか? 貴様が忘れなければ、今でも貴様の中で冒険者達は生きているのだ。それでもなお自らを罰したいのなら……生き続けろ。決して忘れるな、貴様を生かす為に死んだ冒険者達を。その顔を、人柄を、生き様を。貴様の胸に刻みつけろ。彼等を自分の愚かさで殺してしまった罪を抱え、罪悪感という生き恥を晒しながら生きろ。その中でいつか、罪を購う機会が訪れる」

 

「……生き、続ける」

 

 涙を流しながらも、ソウゴの言葉を呆然と繰り返すウィル。

 ソウゴはウィルから手を離し、自分に向けて「熱くなり過ぎたな……」とツッコミを入れる。

 

 彼の様な精神状態になる人間を、ソウゴは幾度も見た事がある。戦争や災害で家族や仲間を失った人間は、この手の状態に陥る事があるのだ。「何故自分が生き残ってしまったのか」、「自分が死ねばよかったのに」と。

 

 それにどうやら知らず知らずの内に、彼に幼い日の自分、そして自らの子供達を重ねていたらしい。心配している親の気持ちすら無視した様なウィルの自罰意識に、ソウゴはつい口を出さずにはいられなかった。

 勿論、完全なるお節介だ。その自覚があるソウゴは恥じた様に顔に手を当て天を仰ぐ。そんなソウゴの下にトコトコと傍に寄って来たユエは、ギュッとソウゴの手を握った。

「……大丈夫、ソウゴ様は間違ってない」

「……いかんな。歳を取ると、つい説教臭くなってしまう」

 

 ソウゴが苦笑気味に笑えば、ユエは甘える様にその手に頬ずりする。シアはジト目になり、そのウサミミは「また私を除け者にしてぇ!」と言わんばかりにみょんみょんしている。

 

 

 一方愛子達は、ソウゴの言葉を聞いて胸に何か重たい物を打ち込まれた様な気持ちになっていた。愛子以外は知らないが、十数万年もの間国を治め、戦場に立ってきた者の言葉なのだ。その重みは尋常ではない。

 

 再会してからというもの、ソウゴは基本的に無関心な態度ばかりを見せていたが、今朝の朝食や道中の足を用意した時は優しさが、今の言葉には溢れんばかりの熱と重みが宿っていた様に感じる。

 

 その力は特に、今この瞬間も死の恐怖に囚われている優花達の内側に、まだ微かではあるが確かに伝わっていた。まるで、冬の寒さに凍えていた体が手足の先からじんわりと温まっていくかの様に。

 

 

 暫くして一行は、早速下山する事にした。日の入りまでまだ一時間以上は残っているので、急げば日が暮れるまでに麓に着けるだろう。

 

 ブルタールの群れや漆黒の竜の存在は気になるが、それはソウゴ達の任務外だ。戦闘能力が低い保護対象を連れたまま調査など以ての外である。ウィルも足手纏いになると理解している様で、撤退を了承した。

 

 淳史達は「町の人達も困っているから調べるべきでは」と微妙な正義感からの主張をしたが、黒竜やらブルタールの群れという危険性の高さから愛子が頑として調査を認めなかった事と、ソウゴに「貴様等は自分達の恩師を、"生徒を無事に帰せなかった無能"にしたいのか?」と釘を刺された事により、結局下山する事になった。

 

 だが、事はそう簡単には進まない。滝壺から出てきた一行を熱烈に歓迎する者がいたからだ。

 

「グゥルルルル……」

 

 低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼を羽搏かせながら空中より金の眼で睥睨する……それは正しく"竜"だった。

 

 

 

 その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見える事から魔力で纏われている様だ。そのせいだろうか、空中で翼を羽搏かせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。

 だが何より印象的なのは、やはり夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。

 

 その黄金の瞳が、スッと細められた。低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。その圧倒的な迫力は、かつて【ライセン大峡谷】の谷底で見たハイベリアの比ではない。ハイベリアも、一般的な認識では厄介な事この上ない高レベルの魔物であるが、目の前の黒竜に比べればまるで小鳥だ。その偉容は、正に空の王者というに相応しい。

 

 蛇に睨まれた蛙の如く、愛子達は硬直してしまっている。特にウィルは、真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。脳裏に襲われた時の事がフラッシュバックしているのだろう。

 

 一方ソウゴは、自身を睥睨する黒竜の瞳を見ていた。睨み返すでも威圧するでもなく、まるで観察(・・)見定めているかの様(・・・・・・・・・)にただ見つめていた。

 

 

 その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。そして、硬直する人間達を前に、徐に頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。

 

 キュゥワァアアア!!

 

 不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。ソウゴの脳裏に、川の一部と冒険者を消し飛ばしたというブレスが過ぎった。

「貴様等、私の後ろから動くなよ」

 ソウゴは警告を発し、徐に片手を上げる。

 

 実のところ、ソウゴが指示を出さずとも愛子や優花達、そしてウィルもその場に硬直したまま動けないでいた。愛子達は、あまりに突然の事態に体がついてこず、ウィルは恐怖に縛られて視線すら逸らせていなかった。

「ソウゴ様!」

「ソウゴさん!」

 ソウゴの指示に従いつつ、迫るブレスの脅威につい心配の言葉が漏れるユエとシア。

 

 直後、竜からレーザーの如き黒色のブレスが一直線に放たれた。音すら置き去りにして一瞬でソウゴに肉薄したブレスは、轟音と共に衝撃と熱波を撒き散らし周囲の地面を融解させていく。

 対してソウゴは、ただ一言告げる。

 

「"餓鬼道"」

 

 たったそれだけ。それだけの事でブレスは無効化された。まるで全ての影響力が無くなったかの様に熱波と衝撃が止まり、その魔力光はソウゴの掌に吸い込まれていく。それどころか、黒竜に不意打ちをしようとしたユエの魔術すらソウゴに飲み込まれていった。

 ウィルや愛子達だけでなく、ユエやシアすらも驚愕に目を見開く中、ソウゴは腕を下げてその掌を見て言った。

 

「気に入った」

「……えっ?」

 

 突如ソウゴが漏らした言葉に、何が何やら分からないながらもユエが疑問符を浮かべた。先程の迎撃能力の事かと思えば、ソウゴから更なる言葉が続く。

「ユエ、シア。決めたぞ」

「な、何をですか?」

 何の事か分からず恐る恐るシアが訊ねれば、ソウゴは黒竜を見据えながら言った。

 

「私はあれが欲しい。仲間にするぞ」

 

 ソウゴのその言葉に、一同度肝を抜かれた。

 

 

 そう言った後のソウゴの行動は迅速だった。ソウゴは黒竜の傍まで一足飛びに移動し、再度ブレスを吐こうとしたその顔を蹴り飛ばす。

「"万象天引"」

 直後、大きく弾き飛ばされた黒竜を無理矢理自身の下へ引き寄せその身体を掴み、力任せに投げて地面に叩きつけた。

「ユエ、止めろ」

「……ん、ん! "禍天"」

 突然の指示に一瞬戸惑いつつ、ユエは準備していた術を発動する。その魔術名が宣言された瞬間、黒竜の頭上に直径四メートル程の黒く渦巻く球体が現れる。見ているだけで吸い込まれそうな深い闇色のそれは、落下した途端押し潰す様に黒竜を地面に押さえつけた。

 

「グゥルァアアア!?」

 

 豪音と共に地べたに這い蹲らされた黒竜は、認識が追い付かない衝撃の連続に悲鳴を上げる。しかし渦巻く球体は、それだけでは足りないとでも言う様に、なお消える事無く黒竜に凄絶な圧力をかけ地面に陥没させていく。

 

 

 ──重力魔術"禍天"。

 ユエが習得した神代魔術の一つ。渦巻く重力球を作り出し、消費魔力に比例した超重力を以て対象を押し潰す。重力方向を変更する事にも使える便利な魔術だ。

 

 重力魔術は、自らにかける場合は左程消費の激しいものではない。しかし物や空間、他人にかける場合や重力球自体を攻撃手段とする場合は、今のところユエでも最低でも十秒の準備時間と多大な魔力が必要になる。ユエ自身まだ完全にマスターした訳ではないので、鍛錬していく事で発動時間や魔力消費を効率良くしていく事が出来るだろう。

 

 

 地面に磔にされた空の王者は、苦しげに四肢を踏ん張り何とか襲いかかる圧力から逃れようとしている。だが直後、天からウサミミを靡かせて「止めですぅ~!」と雄叫び上げるシアがドリュッケンと共に降ってきた。激発を利用し更に加速しながら大槌を振りかぶり、黒竜の頭部を狙って大上段に振り下ろす。

 

 ドォガァアアアン!!!

 

 凄まじい轟音と衝撃波。インパクトの瞬間、轟音と共に地面が放射状に弾け飛び、爆撃でも受けた様にクレーターが出来上がる。それはソウゴがドリュッケンに施した改造のせいだ。主材である圧縮されたアザンチウムに重力魔術を付与し、更にオリハルコンを混ぜ込んである。

 但し、重力を"中和"するものではなく、逆に"加重"する性質の鉱石だ。注いだ魔力に合わせて重量を増していく。今のドリュッケンは、正しく○○トンハンマー! といった漫画の様な性能なのだ。

 故に、その超重量の一撃を真面に受けた者は深刻なダメージは免れない筈だ。そう、真面に受けていれば……

 

「グルァアア!!」

 

 黒竜の咆哮と共に、ドリュッケンにより舞い上げられた粉塵の中から火炎弾が豪速でユエに迫った。火炎弾はユエに直撃する前にソウゴが吸い寄せ、近づくと同時に吸収消滅していった。しかし、そこでユエの集中力が切れたのか、重力球の魔術が解けてしまった。

 

 火炎弾の余波で晴れた粉塵の先には、地面にめり込むドリュッケンを紙一重のところで躱している黒竜の姿があった。直撃の瞬間、竜特有の膂力で何とか回避したらしい。

 

 黒竜は拘束の無くなった体を鬱憤を晴らす様に高速で一回転させ、ドリュッケンを引き抜いたばかりのシアに大質量の尾を叩きつけた。

「あっぐぅ!!?」

 間一髪、シアはドリュッケンを盾にしつつ自ら跳ぶ事で衝撃を殺す事に成功するが、同時に大きく吹き飛ばされてしまい、木々の向こう側へと消えていってしまった。

 

 黒竜は、一回転の勢いのまま体勢を戻すと、黄金の瞳でギラリとソウゴ……を素通りして背後のウィルを睨みつけた。

 ソウゴは、懐から二枚のカードを取り出す。カードは赤い光に包まれ、独りでにソウゴの手を離れ宙に浮かぶ。途端光と共にカードが弾け、そこから稲妻を纏った竜巻と太陽の如き炎塊が出来上がる。

 そして竜巻と炎塊を引き裂いて現れたのは、二匹の赤い"龍"だった。

 

「出番だ。ジークヴルム、ジーク・アポロドラゴン」

 

 黒竜の軽く十倍はあろうかという威容の二体のドラゴンは、ソウゴの号令と同時に突貫する。二体が火炎を吐き、ソウゴが"トリガーマグナム"を連射しながら追い討ちをかける。

 しかし黒竜は、川の水を吹き散らしながら咆哮と共に起き上がると、何とソウゴを無視してウィルに向けて火炎弾を撃ち放った。

 

「ほぅ……」

 

 ウィルが狙われない様に敢えて接近し攻撃して注意を引こうとしたが、黒竜はそんなソウゴの思惑など知った事ではないと言わんばかりにウィルを狙い撃ちにする。

「ユエ」

「んっ、"波城"」

 「ひっ!」と情けない悲鳴を上げながら身を竦めるウィルの前に、高密度の水の壁が出来上がる。飛来した火炎弾はユエの構築した城壁の如き水の壁に阻まれて霧散した。

 

 

「っ、て、手伝わないと!」

「お、応っ」

 怒涛の展開に漸く我を取り戻した優花が、必死な表情をしながら自身のアーティファクトである投擲用ナイフを取り出した。

 

 十二個一式のナイフで互いに引き合う能力を持っており、一つでも手元に残っていれば何度でも呼び戻せる。そのナイフに魔術で炎を纏わせて一直線に投擲する。

 

 同時に、淳史もまた己のアーティファクトである二本の曲刀を取り出し振り抜いた。天職"曲刀師"を持つ淳史がこのアーティファクトを振るえば、それだけで鋭利な風の刃が飛ぶ。

 

 しかし優花の燃えるナイフも、淳史の風の刃も、まるで巨岩に小石を投げつけたかの様にその硬い黒鱗に阻まれ、あっさり弾かれてしまった。

 驚愕で悲壮な表情になりつつも、もう一度とナイフを手に取る優花と曲刀を振りかぶる淳史。そんな二人の姿を見て、未だ黒竜の威容に震えているものの昇や明人、奈々や妙子も其々ユエの守りの奥から遠距離攻撃を放つが……

 

「ゴォアアア!!」

 

 今度は黒竜の身体に届くどころか、咆哮による衝撃だけであっさり吹き散らされてしまった。しかもその咆哮の凄まじさと黄金の瞳に睨まれて、ウィル同様に「ひっ」と悲鳴を漏らして後退りし、妙子や奈々に至っては尻餅までついている。

 

「下手に手を出すなよ、巻き込まれても知らんぞ」

 

「っ、常磐さん……でも……!」

 なけなしの勇気も空振りに終わり、恐怖に身を竦ませてしまった優花達を見て完全に戦力外だと判断したソウゴは、瞬時に近くまで跳び愛子にこの場所から離れる様声を掛ける。

 それに逡巡する愛子。ソウゴとて愛子の教え子である以上、強力な魔物を前に置いていっていいものかと教師であろうとするが故の迷いを生じさせる。

 

 その間に周囲の川の水を吹き飛ばしながら、黒竜は翼をはためかせて上空に上がろうとしていた。しかも、ご丁寧にウィルに向けて火炎弾を連射しながら。

 

 ソウゴも先程からヒートトリガーを連射しているのだが、一向に注意を引けない。

 ジークヴルムの稲妻を纏った突撃を受ければ吹き飛ぶし、ジーク・アポロドラゴンの火炎を浴びれば苦悶の鳴き声を発するが、それでも黒竜は執拗にウィルだけを狙っている。まるで何かに操られてでもいる様に。

 

 命令に忠実に従うロボットの様である。先程の重力による拘束の様にウィルの殺害を直接邪魔する様なものでない限り、他の一切は眼中に無いのだろう。

 

 ソウゴはそこまで執拗にウィルを狙う理由は分からなかったが、目標が定まっているなら好都合だとユエに指示を飛ばした。

 

「ユエ、ウィルの守りに専念しろ」

「んっ、任せて!」

 

 ユエはソウゴの指示を聞くとウィルの方へ"落ちる"事で急速に移動し、その前に立ちはだかった。チラリと後ろを振り返り愛子と優花達を見ると、こういう状況で碌に動けていない事に苛立ちを露わにしつつ不機嫌そうな声で呟いた。

 

「……死にたくないなら、私の後ろに」

 

 ユエ的には優花達に関してはどうでもよかったのだが、愛子に関してはソウゴもそれなりに気にかけている人物でもあるから、一応死なせない様に声を掛けておく。序に邪魔になるから余計な事はするなと釘を刺すのも忘れない。

 

 妙子や奈々、それに昇や明人などはユエの冷たい言葉にも特に反応する事無く這う這うの体で傍に寄って来たが、優花と淳史、そして愛子は何も出来ない事、思う様に出来ない事に唇を噛み締めながら近づいていった。周囲の水分を利用し、無詠唱で氷の城壁を築いていくユエの傍が一番安全と悟ったのだろう。

 

 本来なら、彼等とてもう少し戦えるだけの実力は持っている。しかし、いくらソウゴが生きていたと分かっても、たとえもう一度と立ち上がるだけの心を取り戻しても、あの日ベヒモスやトラウムソルジャーに殺されかけ、ソウゴの奈落落ちにより"死"というものを強く実感した彼等の心に蔓延ったトラウマは、そう簡単に彼女達を解放したりはしない。

 愛子について来たのも、勇者組の様に迷宮の最前線に行く様な事は出来ないが、ジッとしてもいられない、という中途半端さの現れでもあったのだ。そこへ黒竜に自分達の魔術が効かず、殺意がたっぷり含まれた咆哮を浴びせられ、すっかり心が萎縮してしまっていた。とても戦える心理状態では無かった。

 

 加えて、仮に本来の能力をフルに活かせたとしても、彼女達にとって別次元の強さを誇る黒竜に自分達が敵うとは思えなかった。故に、美しさすら感じる透明な氷壁の向こう側を、優花達はただ見つめる事しか出来ないのだった。

 

 

 ソウゴはユエがいる以上、ウィル達の安全は確保されたと信じて攻撃に集中する。黒竜は空中に上がり、二匹のドラゴンとドッグファイトを繰り広げながら未だユエが構築した防御壁の向こうにいるウィルを狙って防壁の破壊に集中している。どうやら二匹より小さい分、機動力は上らしい。しかし、火炎弾では防壁を突破出来ないと悟ったのか再び仰け反り、口元に魔力を集束させ始めた。

 

「上手く翻弄するじゃないか。では光線勝負といこうか」

 

 ソウゴはトリガーマグナムをしまい二匹も下がらせると、黒竜に向けて両腕を掲げる。するとその掌の間に半透明の白い円柱が形成される。流石にソウゴの次手がマズイものだと悟ったのか、その顎門の矛先をソウゴに向けた。

 

「"塵遁・原界剝離"」

 死を撒き散らす黒竜のブレスが放たれたのと、ソウゴの死の光柱が放たれたのは同時だった。

 

 共に極大の閃光、必滅の嵐。黒と白の極光が両者の中間地点で激突する。衝突の瞬間凄まじい衝撃波が発生し、周囲の木々を原子レベルで分解させる。威力だけなら、おそらく互角。

 

 しかし二つの極光は、その性質故に拮抗する事無く勝敗を明確に分ける。ブレスは継続性に優れた極光ではあるが、原界剥離のそれは、触れたもの全てを分解する消滅特化仕様だ。従って、必然的にブレスの閃光を消滅させ、その余波を黒竜に届かせた。

 ブレスを放っていた黒竜が突然弾かれた様に吹き飛ぶ。ブレスを破壊した塵遁の衝撃が黒竜の全身を襲ったのだ。しかし殺さない様に加減したのもあって、当然ながら致命傷には至らなかった。だが鋭い牙を数本蒸発させ、背後で羽搏く片翼を消し飛ばす。

 

「グルァアアア!!」

 

 痛みを感じているのか悲鳴を上げながら錐揉みして地に落ちる黒竜。

 ソウゴは即座に印を結び、"木遁・木龍縛り"と"バインド"を同時発動。更に掌にチャクラの塊を生成しながら瞬間移動で迫り、仰向けに縛られている黒竜の腹に叩き込む。

 

「"熔遁・大玉螺旋丸"」

 

 ズドンッ! と腹の底に響く衝撃音が轟き、縛りを引き千切りながら黒竜の体がくの字に折れる。地面は、衝撃により放射状にひび割れた。黒竜が悲鳴じみた咆哮を上げる。巨大なエネルギー塊をぶつけられた事に加え、熔遁のマグマの性質が黒鱗はおろかその内側も焼いていく。それでもまだ黒竜は耐えている。

 

 そして、それを織り込み済みのソウゴは更に追撃をかける為、大きく左手を振りかぶった。その腕は鈍く光る黒色に変化すると同時に、沸騰しているかの様に熱気と蒸気を発していく。

「まだまだ耐えられるだろう?」

 冷静に、急所を探す様な目のソウゴは、大質量・高速で突っ込んで来た岩石をも一撃で粉砕した破壊の拳を、忍術と通力(プラーナ)で強化した状態で容赦なく黒竜の腹にぶち込んだ。

「"蒸遁・噴砕砲"」

 

 ドォグォオオオオンッ!!

 

 くぐもった音が響き、腹の鱗に亀裂が入る。熱と衝撃を伝える事を目的とした攻撃の為内臓にも相当ダメージが入った様だ。

 

「グルァア!?」

 

 黒竜は未だかつて受けた事の無い衝撃の連続に、再び苦悶の声を上げると口から盛大に吐血した。困惑すらちらつく黄金の瞳を見開きながら、このままでは危険だと思ったのか、片翼に爆発的な魔力を込めて暴風を巻き起こし、その場で仰向け状態から強引に元の体勢に戻った。

 ソウゴは再び瞬間移動を使ってその場を退避する。置き土産を残して。

「喝」

 黒竜が空中に逃れたソウゴに警戒を乗せた視線を向けた瞬間、その腹の下で大爆発が起きる。竜の巨体が、その衝撃で五メートル程浮き上がった。黒竜が反転すると同時に、その腹へと設置されたソウゴの置き土産──"C2起爆粘土"である。その上、ボムボムの能力で一部の鱗を爆弾に変えるというおまけつき。

 

「クゥワァアア!!」

 

 同じ場所への更なる衝撃に、今度は悲鳴も上げられずくぐもった唸り声を上げる事しか出来ない。耐える様に頭を垂れて蹲る黒竜の口元からはダラダラと血が流れ出している。心なしか、唸り声も弱ってきている様だ。

 黒竜はソウゴを脅威と認識したのか、ウィルから目を離しソウゴに向けて顎門を開いて火炎弾を連射した。

 

 宛ら対空砲火の様に空中へ乱れ飛ぶ火炎弾。しかし、その炎はただの一撃もソウゴにダメージを与える事は無かった。"餓鬼道"でその全てを吸収し、その合間に空気中の水分を伝って衝撃を与える"鮫瓦正拳"でその身を撃ち抜く。

 更に"ライトニング・プラズマ"で爪、歯茎、眼、尻尾の付け根、尻という実に嫌らしい場所を攻撃したかと思えば、次の瞬間には接近して様々な性質の"螺旋丸"で頭部や脇腹を滅多打ちにした。

 

「クルゥ! グワッン!」

 

 若干、いや確実に黒竜の声に泣きが入り始めている。鱗のあちこちが罅割れ、口元からは大量の血が滴り落ちている。

 

 

 

「すげぇ……」

 

 ソウゴの戦闘をユエの後ろという安全圏から眺めていた淳史が思わずと言った感じで呟く。言葉は無くても、優花達や愛子も同意見の様で無言でコクコクと頷き、その圧倒的な戦闘から目を逸らせずにいた。ウィルに至っては、先程まで黒竜の偉容にガクブルしていたとは思えない程目を輝かせて食い入る様にソウゴを見つめている。

 

 因みに、いつの間にかシアが戻ってきており参戦しようとしたのだが、ソウゴの意図を察したユエが止めた為、今はユエの傍らで一緒に観戦している。初っ端から良い所無しで吹き飛ばされたので、実は若干しょげている。

 

 

 ソウゴが一気に片をつけないのは、仲間に加えようとしているのもあるが、愛子達に自分の戦闘力を見せつけるいい機会だと思ったからだ。

 黒竜は攻撃が当てやすい上に攻撃は単調、しかしタフであるので、ソウゴにとっては余裕を持ちつつ周囲に戦い方を見せるのに丁度いい相手だった。なので、愛子達と別れた後に教会や国、勇者達に愛子から情報がいった場合でも安易に強硬手段に出る事が無い様に実力を示しておこうと思ったのだ。

 

「そろそろ頃合いか……」

 黒竜の状態を見たソウゴはそう呟き、その両目を三つ巴の赤い瞳"写輪眼"に変化させていく。ソウゴは黒竜に近づいていき、その頭に手を触れ覗き込む様にその目を見る。

「解」

 その言葉と共に、途端黒竜の瞳から淀んだ闇の様なものが消える。その目には、驚きと混乱が見える様な気がした。

「目は覚めたか? 竜人族のティオ・クラルスよ」

 

 

 "写輪眼"を戻しながらのソウゴの問い掛けに、黒竜──ティオは言葉に詰まる。しかし、ソウゴが続けて「誤魔化しは無駄だぞ」と言ったところで、直ぐに諦めがついた様に溜息を吐いた。どうやら自分が竜人族である事は知られたくない様だったが、名前すら見抜いたソウゴには通用しないと察したのだろう。

 

『……如何にも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。色々事情があってのぅ』

 

 突如発せられた声と知らされた事実に、周囲は驚愕に包まれる。そんな中で、一早く正気に戻ったユエが動く。

「……何故、こんな所に?」

 

 ユエにとっても、竜人族は伝説の生き物だ。自分と同じ絶滅した筈の種族の生き残りとなれば、興味を惹かれるのだろう。瞳に好奇の光が宿っている。

『妾は、操られておったのじゃ。お主等を襲ったのも本意ではない。仮初の主、あの男にそこの青年と仲間達を見つけて殺せと命じられたのじゃ』

 ティオの視線がウィルに向けられる。ウィルは、一瞬ビクッと体を震わせるが気丈にティオを睨み返した。ソウゴの戦いを見て、何か吹っ切れたのかもしれない。

「順を追って話してもらおうか」

 ソウゴはティオに回復術を施しながら話を促す。

『うむ、妾は……』

 

 

 

 ティオの話を要約するとこうだ。

 

 ティオは、ある目的の為に竜人族の隠れ里を飛び出して来たらしい。その目的とは、異世界からの来訪者について調べるというものだ。詳細は省かれたが、竜人族の中には魔力感知に優れた者がおり、数ヶ月前に大魔力の放出と、何かがこの世界にやって来た事を感知したらしい。

 

 竜人族は表舞台には関わらないという種族の掟があるらしいのだが、流石にこの未知の来訪者の件を何も知らないまま放置するのは、自分達にとっても不味いのではないかと議論を重ね、その末に遂に調査の決定がなされたそうだ。

 

 ティオは、その調査の目的で集落から出てきたらしい。本来なら山脈を越えた後は人型で市井に紛れ込み、竜人族である事を秘匿して情報収集に励むつもりだったのだが、その前に一度しっかり休息をと思いこの【北の山脈地帯】の一つ目の山脈と二つ目の山脈の中間辺りで休んでいたらしい。当然周囲には魔物もいるので、竜人族の代名詞たる固有魔術“竜化”により黒竜状態になって。

 

 暫くして。睡眠状態に入ったティオの前に、黒いローブを頭からすっぽりと被った一人の男が現れた。その男は、眠るティオに洗脳や暗示等の闇系魔術を多用して徐々にその思考と精神を蝕んでいった。

 

 当然、そんな事をされれば起きて反撃するのが普通だ。だが、ここで竜人族の悪癖が出る。

 そう。例の諺の元にもなった様に、竜化して睡眠状態に入った竜人族は、まず起きないのだ。それこそ尻を蹴り飛ばされでもしない限り。それでも竜人族は精神力においても強靭なタフネスを誇るので、そう簡単に操られたりはしない。

 では何故、ああも完璧に操られたのか。それは……

 

 

『恐ろしい男じゃった、闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった……』

 

 一生の不覚! と言った感じで悲痛そうな声を上げるティオ。しかしソウゴは冷めた目でツッコミを入れる。

「それはつまり、調査に来ておいて丸一日、術が掛けられているのにも気づかない位爆睡していたという事だろう?」

 全員の目が、何となく馬鹿を見る目になる。ティオは視線を明後日の方向に向け、何事も無かった様に話を続けた。

 

 因みに一応、言い訳はあるらしい。海を越えて飛んできたティオは割と消耗していたのだが、任務の事もあり短時間での回復を図る為に普段より深い眠りに入っていたのだ。尤も、どちらにしろ失態である事に変わりはないので口にしないが。

 

 そして、何故丸一日かけたと知っているのかという事については、洗脳が完了した後も意識自体はあるし記憶も残っていたところ、本人が「丸一日もかかるなんて……」と愚痴を零していたのを聞いていたからだ。

 

 

 その後ローブの男に従い、二つ目の山脈以降で魔物の洗脳を手伝わされていたのだという。

 そしてある日、一つ目の山脈に移動させていたブルタールの群れが山に調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇し、目撃者は消せという命令を受けていた為これを追いかけた。うち一匹がローブの男に報告に向かい、万一自分が魔物を洗脳して数を集めていると知られるのは不味いと万全を期してティオを差し向けたらしい。

 

 そうしてウィルを見つけたと思ったら、思わぬ存在──ソウゴにフルボッコにされており、そのままソウゴの瞳術によって支配を解かれたらしい。

 

 

「……ふざけるな」

 

 事情説明を終えたティオに、そんな激情を必死に押し殺した様な震える声が発せられた。その場の全員がその人物に目を向ける。拳を握り締め、怒りを宿した瞳でティオを睨んでいるのはウィルだった。

「……操られていたから…ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんをっ! 殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」

 どうやら状況的に余裕が出来たせいか、冒険者達を殺された事への怒りが湧き上がったらしい。激昂してティオへ怒声を上げる。

 

『……』

 

 対するティオは、反論の一切をしなかった。ただ、静かな瞳でウィルの言葉の全てを受け止める様真っ直ぐ見つめている。その態度がまた気に食わない様で、

「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」

『……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない』

 なお、言い募ろうとするウィル。それに口を挟んだのはソウゴだ。

「確かに嘘は吐いておらん様だな」

「っ、一体何の根拠があってそんな事を……」

 食ってかかるウィルを一瞥すると、ソウゴはティオを見つめながら語る。

 

「私は此奴が話している間、"真実の戒禁"を使っていた。嘘を吐いた者を石に変えるこの能力が発動しないのならば、此奴は噓を吐いていない何よりの証拠だ」

 ソウゴが自身の能力も交えて説明すれば、そこへユエも追従する。

「……竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は"己の誇りにかけて"と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに……嘘つきの目がどういうものか私はよく知っている」

 

 ユエは、ほんの少しティオから目を逸らして遠くを見る目をした。きっと、三百年前の出来事を思い出しているのだろう。孤高の王女として祭り上げられた彼女の周りは、結果の出た今から思えば、嘘が溢れていたのだろう。最も身近な者達ですら彼女の言う"嘘つき"だったのだから。その事実から目を逸らし続けた結果が"裏切り"だった。それ故に、"人生の勉強"というには些か痛すぎる経験を経た今では、彼女の目は"嘘つき"に敏感だ。初対面でソウゴに身を預けられたのも、それしか方法がないというのも確かにあったが、ソウゴ自身が一切の誤魔化しをしなかったというのが、今にして思えば大きな理由だったのだろう。

 その目が、ティオの言葉を真実と判断したのだろう。

 

『ふむ、この時代にも竜人族の在り方を知る者が未だいたとは……いや、昔と言ったかの?』

 竜人族という存在の在り方を未だ語り継ぐ者でもいるのかと、若干嬉しそうな声音のティオ。

「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」

 ユエにとって竜人族とは、正しく見本の様な存在だったのだろう。話す言葉の端々に敬意が含まれている。

『なんと! 吸血鬼族の……しかも三百年とは……成程、外界の情報から死んだものと思っておったが、主がかつての吸血姫か。確か名は……』

 

 どうやら、ティオはユエと同等以上に生きているらしい。しかも、口振りからして世界情勢にも全く疎いという訳では無い様だ。今回の様に、時々正体を隠して世情の調査をしているのかもしれない。その長きを生きるティオをして吸血姫の生存は驚いた様だ。愛子や優花達は言わずもがな、驚愕の目でユエを見ている。

「ユエ……それが私の名前。大切な人に貰った大切な名前。そう呼んで欲しい」

 ユエはそう言った。薄らと頬を染めながら両手で何かを抱きしめる仕草をしながら。

 

 ユエの周囲に、何となく幸せオーラがほわほわと漂っている気がする。皆突然の惚気に当てられて、女性陣は何か物凄く甘いものを食べた様な表情をし、男子達は頬を染め得も言われぬ魅力を放つユエに見蕩れている。ウィルも、何やら気勢を削がれてしまった様だ。

 だが、それでも親切にしてくれた先輩冒険者達の無念を思い言葉を零してしまう。

 

「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……どうしようもなかったって分かってはいますけど……それでもっ! ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼等の無念はどうすれば……」

 

 頭ではティオの言葉が嘘でないと分かっている。しかし、だからと言って責めずにはいられない。心が納得しない。

 

 ソウゴは内心、「見事なフラグだな」と変に感心しながら、ふとここに来るまでに拾ったロケットペンダントを思い出す。

「ウィル、これはゲイルという奴の持ち物ではないか?」

 そう言って、取り出したロケットペンダントをウィルに放り投げた。ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめ嬉しそうに相好を崩す。

「これ、僕のロケットじゃないですか! 失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね。ありがとうございます!」

「貴様の?」

「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」

「…マ、ママ?」

 予想が見事に外れた挙句、斜め上を行く答えが返ってきて思わず頬が引き攣るソウゴ。

 

 写真の女性は二十代前半と言ったところなので、疑問に思いその旨を聞くと、「折角のママの写真なのですから若い頃の一番写りのいいものがいいじゃないですか」と、まるで自然の摂理を説くが如く素で答えられた。

 

 その場の全員が「あぁ、マザコンか」と物凄く微妙な表情をした。女性陣はドン引きしていたが……

 

 

 因みに、ゲイルとやらの相手は"男"らしい。そして、ゲイルのフルネームはゲイル・ホモルカというそうだ。名は体を表すとはよく言ったものである。

 

 

 母親の写真を取り戻したせいか、随分と落ち着いた様子のウィル。何が功を奏すのか本当に分からない。

 

 尤も、落ち着いたとは言っても恨み辛みが消えたわけではない。ウィルは今度は冷静に、ティオを殺すべきだと主張した。また洗脳されたら脅威だというのが理由だが、建前なのは見え透いている。主な理由は復讐だろう。

 

 そんな中、ティオが懺悔する様に声音に罪悪感を含ませながら己の言葉を紡ぐ。

『操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今暫く猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大群を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置は出来んのじゃ……勝手は重々承知しておる。じゃが、どうか妾に悲劇を止める機会を与えてはくれんか?』

 

 ティオの言葉を聞き、ソウゴ以外の全員が魔物の大群という言葉に驚愕を露わにする。自然と全員の視線がソウゴに集まる。このメンバーの中では、自然とリーダーとして見られている様だ。実際ここまで事を運んだのはソウゴなので、決断を委ねるのは自然な流れと言えるだろう。

 そのソウゴの答えは……

 

「何を言っているんだ? 貴様は既に私の所有物だ。その生殺与奪の権利は貴様自身でも小僧でもない、私のものだ」

 

 そう言って指を鳴らした。

 途端、ティオはその体を黒色の魔力で繭の様に包まれ、完全に体を覆うとその大きさをスルスルと小さくしていく。そして丁度人が一人入る位の大きさになると、一気に魔力が霧散した。

 

 黒い魔力が晴れたその場には……両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えながら、驚愕に顔を染める黒髪金眼の美女がいた。腰まである長く艶やかなストレートの黒髪が薄らと紅く染まった頬に張り付いていて、なんとも艶めかしい。ハァハァと荒い息を吐きながら恍惚の表情を浮かべている点も、実に扇情的だ。

 

 見た目は二十代前半くらい、身長は百七十センチ近くあるだろう。見事なプロポーションを誇っており、息をする度に乱れて肩口まで垂れ下がった衣服から覗く二つの双丘が激しく自己主張し、今にも零れ落ちそうになっている。シアがメロンなら、ティオはスイカであろう。

 

「なんてこった……こいつは凶悪だ」

「これが、これがふぁんたずぃ~かっ」

「くそっ、起きろよ! 起きてくれよ俺のスマホっ!」

 

 ティオの正体がやたらと艶かしい美女だった事に、特に淳史達男子勢が盛大に反応している。思春期真っ只中の淳史達三人は、若干前屈みになりつつ阿呆な事を口走っている。このまま行けば四つん這い状態になるかもしれない。優花達の淳史等を見る目は、既にゴキブリを見る目と大差が無い。

 

「まさか……魔力は確かに残り少なかったが、強制的に解かれるとはのぅ……」

「先程の目で色々と細工をしたのでな」

「……面倒をかけた、本当に申し訳ない。改めて、妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」

 

 ソウゴ以外の為に改めて名乗ったティオは、次いで黒ローブの男が、魔物を洗脳して大群を作り出し町を襲う気であると語った。その数は、既に三千から四千に届く程の数だという。何でも、二つ目の山脈の向こう側から、魔物の群れの主にのみ洗脳を施す事で、効率良く群れを配下に置いているのだとか。

 魔物を操ると言えば、抑々ソウゴ達がこの世界に呼ばれる建前となった魔人族の新たな力が思い浮かぶ。それは愛子達も一緒だったのか、黒ローブの男の正体は魔人族なのではと推測した様だ。

 

 しかしその推測は、ティオによってあっさり否定される。何でも黒ローブの男は、黒髪黒目の人間族で、まだ少年くらいの年齢だったというのだ。それに、黒竜たるティオを配下にして浮かれていたのか、仕切りに「これで自分は勇者より上だ」等と口にし、随分と勇者に対して妬みがある様だったという。

 

 黒髪黒目の人間族の少年で、闇系統魔術に天賦の才がある者。

 

 ここまでヒントが出れば、流石に脳裏にとある人物が浮かび上がる。愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。限りなく黒に近いが、信じたくないと言ったところだろう。

 

 

 そこでソウゴが突如、遠くを見る目をして「おぉ、これはまた……」などと呟きを漏らした。聞けば、ティオの話を聞いてから、"万里眼"を使用して魔物の群れや黒ローブの男を探していたらしい。

 そして、遂にその視界がとある場所に集合する魔物の大群を発見したのだが……その数は、

 

「これは三、四千というレベルではないな、桁が一つ追加されるレベルだ」

 

 ソウゴの報告に全員が目を見開く。しかも、どうやら既に進軍を開始している様だ。方角は間違い無く【ウルの町】がある方向。このまま行けば半日もしない内に山を下り、一日あれば町に到達するだろう。

 

「は、早く町に知らせないと! 避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」

 

 事態の深刻さに、愛子が混乱しながらも必死にすべき事を言葉に出して整理しようとする。

 いくら何でも数万の魔物の群れが相手では、チートスペックとは言えトラウマ抱えた優花達と戦闘経験が殆ど無い愛子、駆け出し冒険者のウィルに、魔力が枯渇したティオでは相手どころか障害物にもならない。なので愛子の言う通り、一刻も早く町に危急を知らせて、王都から救援が来るまで逃げ延びるのが最善だ。

 と、皆が動揺している中、ふとウィルが呟く様に尋ねた。

 

「あの、ソウゴ殿なら何とか出来るのでは……」

 

 その言葉で、全員が一斉にソウゴの方を見る。その瞳は、もしかしたらという期待の色に染まっていた。ソウゴは、それらの視線を気にしていないのか、考える様な声音で返答する。

「出来るは出来るが、するかどうかは町の連中次第だな。それに私の仕事は、ウィルをフューレンまで連れて行く事だ。保護対象を連れて戦争なんぞする馬鹿がいるか」

 ソウゴの何とも言えない態度に反感を覚えた様な表情をする淳史達やウィル。そんな中、思いつめた様な表情の愛子がソウゴに問い掛けた。

「常磐さん、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」

「さっきから群れを確認しているが、それらしき人影はないな」

 

 愛子はソウゴの言葉に、また俯いてしまう。そしてポツリと、ここに残って黒いローブの男が現在の行方不明の清水幸利なのかどうかを確かめたいと言い出した。生徒思いの愛子の事だ。この様な事態を引き起こしたのが自分の生徒なら放って置く事など出来ないのだろう。

 しかし、数万からなる魔物が群れている場所に愛子を置いていく事など出来る訳が無く、優香達生徒は必死に愛子を説得する。しかし、愛子は逡巡したままだ。その内、じゃあソウゴが同行すれば…なんて意見も出始めた。

 いい加減、この場に留まって戻る戻らないという話を聞かされるのも面倒になったソウゴは、愛子に冷めた眼差しを向ける。

 

「残りたいなら勝手にしろ。貴様に自衛の術があるとは思えんがな」

 

 そう言って、ウィルを肩に抱えて下山し始めた。それに慌てて異議を唱えるウィルや愛子達。曰く、このまま大群を放置するのか、黒ローブの正体を確かめたい、ソウゴなら大群も倒せるのではないか……

 ソウゴが、溜息を吐き若干苛立たしげに愛子達を振り返った。

 

「さっきも言ったが私が戦うかは町の連中次第で、私の仕事はウィルの保護だ。保護対象を連れて大群と戦闘なんぞやってられない。それに、仮にこの場で大群と戦う、或いは黒ローブの正体を確かめるとして、では誰が町に報告する? 万一我々が全滅した場合、町は大群の不意打ちを食らう事になるんだぞ?」

 理路整然と自分達の要求が、如何に無意味で無謀かを突きつけられて何も言えなくなる愛子達。

 

 

「まぁ、ご主じ……コホンッ、彼の言う通りじゃな。妾も魔力が枯渇している以上、何とかしたくても何も出来ん。先ずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ。妾も一日あれば、大分回復する筈じゃしの」

 押し黙った一同へ、後押しする様にティオが言葉を投げかける。若干ソウゴに対して変な呼び方をしそうになっていた気がするが……気のせいだろう。

 

 愛子も、確かにそれが最善だと清水への心配は一時的に押さえ込んで、まずは町への知らせと、今傍にいる生徒達の安全の確保を優先する事にした。

 

 ティオが魔力枯渇で動けないので、ソウゴが抱き上げる。

 

 実は、誰がティオを背負っていくかと言うことで淳史達が壮絶な火花を散らしたのだが、それは優花達によって却下され、ティオ本人の希望もありソウゴが運ぶ事になった。

 

『ドラゴライズ!』

『キマイライズ!』

 

 ソウゴが宙に手を掲げ、空に赤と金の魔法陣を出現させる。そこから機械の様な体を持ったウィザードラゴン、ビーストキマイラが出現した。

 驚愕する一同を率い、ソウゴ達とウィル、愛子がウィザードラゴンに乗り、生徒達をビーストキマイラに乗せる。

 そしてソウゴの合図と共に、二体の魔獣は空を翔けた。

 

 

 一行は、背後に大群という暗雲を背負い、急ぎウルの町に戻る。

 

 

 




 竜化ティオは全長七メートル程度で空の王者と冠されていましたが、ふとそれで思い出してモンハンの空の王者・リオレウスと比較してみたら……


 ティオお前レウスの三分の一しかねーじゃねーか!


 結論 ティオって結構小さくね?
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