ありふれぬ魔王が世界最強   作:合将鳥

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私事ですが、最近職場復帰しました。


第十三話 魔王、幼女を拾う

 【中立商業都市フューレン】

 

 あらゆる物と人と思惑が入り混じる世界最大の商業都市は、相も変わらず盛大な活気で満ち溢れていた。都市の周囲を丸ごと囲む高く巨大な壁の向こうからは、まだ相当距離を隔てて尚都市内の喧騒が外野まで伝わってくる。

 門前に出来た、最早【フューレン】の名物と言っても過言ではない入場検査待ちの長蛇の列──その列に並ぶ観光客や商人、冒険者達はその喧噪を耳にしながら気怠そうに、或いは苛ついた様に順番が来るのを待っていた。

 

 

 そんな入場検査待ちの人々の最後尾に、実にチャラい感じの男がこれまた派手な女二人を両脇に侍らせて、気怠そうにしながら順番待ちに対する不満をタラタラと流していた。

 取り敢えず、「何か難しい言葉とか使っとけば賢く見えるだろう」という浅はかさを感じさせる雰囲気で、順番待ちをさせる【フューレン】の行政官達の無能ぶりをペラペラと話す姿に周囲の商人達が鼻をピクピクさせながら笑いを堪えている。だが、彼自身も女達も気が付いてはいない様だ。

 

 と、そんな無自覚に周囲へ失笑を提供しているチャラ男の耳に突如聞き慣れない、まるで蒸気を噴き出す様なキィイイッという甲高い音が微かに聞こえ始めた。

 

 最初は無視して傍らの女二人に気分よく持論を語っていたチャラ男だが、前方の商人達や女二人が目を丸くして自分の背後を見ている事と、次第に大きくなる音に苛ついて「何だよ!」と文句を垂れつつ背後の街道を振り返った。

 

 

 そして、見た事も無い赤い箱型の物体が猛烈な勢いで砂埃を巻き上げながら街道を爆走してくる光景を目撃して、「おへぇ!?」と奇妙な声を上げながらギョッと目を剥いた。

 

 

 俄かに騒がしくなる人々。「すわっ魔物か!」と逃げ出そうとするが、箱型の物体の速度は彼等の予想を遥かに凌駕するものであり、驚愕から我に返った脳が手足に命令を送った時には、既に直ぐそこまで迫っていた。

 チャラ男が硬直する。列の人々が「もうダメだ!」とその瞳に絶望を映す。

 

 爆走してくる赤い箱型の物体があわや行列に衝突するかと思われたその時、その赤い箱型の物体はギャリギャリギャリと尻を振りながら半回転し砂埃を盛大に巻き上げながら急停止した。

 停止した赤い箱型の物体──トライドロンMrk.XXを凝視する人々が「一体何なんだ」と混乱が広がる中、そのドアが開いた。

 

「相変わらず凄まじい行列よなぁ」

「……ん、仕方ない」

 

 ビクッとする人々の事など知った事じゃないと気にした風もなく降りてきたのは、当然ソウゴとユエだ。続いてシアとティオ、微妙に頬を引き攣らせたウィル・クデタが現れる。

 

 

 ソウゴ達は数日前に、冒険者ギルド・フューレン支部の支部長イルワ・チャングから【北の山脈地帯】の調査依頼に出たウィルを捜索してほしいとの指名依頼を受けた。そして魔物や操られていた竜化状態のティオからどうにか生き延びていたウィルを保護し、こうして無事に戻ってきたところなのである。

 行列の人々の注目に対し、「お騒がせしてすみません!」と貴族らしからぬ腰の低さを見せて謝罪するウィルだったが、人々の視線が自分に向いていない事に直ぐに気が付いた。

 

 人々の注目の対象は、視線の先で「う~ん」と背伸びしている美女・美少女達らしい。未知の高速移動する箱型の物体も、そこから人が出てきた事も、まるで些事だと言わんばかりに目が釘付けになっている。ユエ達が動く度に、「ほぅ」と感心やらうっとりとした溜息がそこかしこから漏れ聞こえた。

 

 ソウゴはトライドロンのボンネットに腰掛けながら、門までの距離を見て「後……一時間程度といったところか」と目を細めた。そして、ずっと車中にいて体が凝りそうだった事から門に着くまで精々外で伸び伸びしようとユエ達と同じ様に伸びをする。

 

 トライドロンは登録者の精神感応による自動運転機能が搭載されているので、実は運転席に座らなくても動かそうと思えば動かせるのだ。列に並ぶ間、車体をベンチ代わりにしつつ徐行移動させる位は問題無い。

 

 ソウゴが肩の凝りを解す様に首をコキコキしていると、ユエがその背後に回って肩をモミモミし始めた。どうやら、代わりにマッサージしてくれる様だ。ソウゴは好意を無碍にするのも悪いかと思い身を任せる。

 そんな二人を見て寂しくなったらしいシアが、ウサミミをへにょ~とさせながらソウゴの傍らに寄り添う様に座り込んだ。

 するとそれを見たティオが「むっ、妾も参加せねば!」とその巨大な胸を殊更強調しながらソウゴの腕に縋り付く様に座ろうとして……ソウゴにデコピンを食らった。興奮する程ではない軽めのを。

 

「あだっ」

「ティオよ。私達身内だけなら兎も角、衆人環視で下品な真似は控えろ。その様な事をせずとも肩ぐらい借してやる」

「む……な、なら遠慮無く……」

 

 するとティオは照れ臭そうに頬を赤らめながら、恐る恐るソウゴの肩に頭を預ける。そしてソウゴは序とばかりに「ほれ、シアも来い」とシアを自身の膝に寝かせる。更に頭を撫でてやれば、「ほわっ!?」と一瞬驚きつつも嬉しそうに頬を染める。

 すると幸せそうに笑みを浮かべるシアが、ふと疑問を顔に浮かべてソウゴに尋ねる。

「あの、ソウゴさん。トライドロンで乗り付けて良かったんですか? 出来る限り隠すつもりだったのでは……」

「まぁ今更だろうと思ってな。あれだけ派手に暴れたんだ、一週間もすれば余程の辺境でもない限り伝播しているだろうよ。いずれこういう日は来るだろうとは思っていた、予想より少々早まったというだけの事だ」

「……ん、本当の意味で自重無し」

 シアの疑問に、ソウゴは空を見上げながら答えた。

 

 

 今までは、僅かな労力で避けられる面倒なら避けておこうという方針だったが、【ウルの町】での戦いは瞬く間に各方面へ伝わる筈なのでその様な考えはもう無駄だろう。なのでユエの言う通り、自重無しで行く事にしたのだ。

 

 

「う~ん、そうですか。まぁ、教会とかお国からは確実にアクションがありそうですし、確かに今更ですね。愛子さんとか、イルワさんとかが上手く味方してくれればいいですけど……」

「元より暇潰しの一環、機能せずとも構わんよ。上手く効果を発揮すれば多少楽かもな、という程度だ。何かあればそれも楽しむとするさ。そういう訳でシア、貴様ももう奴隷の振りは辞めて構わんぞ。その首輪を外したらどうだ?」

 イルワや愛子という教会や国関係の面倒事への布石は、あくまで効果があればいい程度の考えだったので、ソウゴは大して気にした様子を見せない。

 ソウゴはその話は早々に切り上げ、シアにも奴隷のフリは止めていいと首輪に触れながら言う。手を出されたらその場で返り討ちにしてやれ、もう面倒事を避ける為に遠慮する必要は無いと暗に伝える。

 しかしシアはそっと自分の首輪に手を触れて撫でると、若干頬を染めてイヤイヤと首を振った。

 

「いえ、これはこのままで。一応、ソウゴさんから初めて頂いたものですし……それにソウゴさんのものという証でもありますし……最近は結構気に入っていて……だから、このままで」

 

 そんな事を言うシア。ウサミミが恥ずかしげにそっぽを向きながらピコピコと動いている。目を伏せて、俯き加減に恥じらうシアの姿はとても可憐だ。ソウゴの視界の端で男の何人かが鼻を抑えた手の隙間からダクダクと血を滴らせている。

 

「……ふむ。ならば、もう少し見栄えを良くせねばな」

 

「そ、ソウゴさん?」

 ソウゴは横を向くシアの顎に手を当てるとそっと上を向かせた。その行為に、益々シアの頬が紅く染まる。ついでに男連中の足元の大地も赤く染まる。

 ソウゴは宝物庫から幾つか色合いの綺麗な宝石類を取り出しつつ、シアの着けている首輪──正確には取り付けられている水晶に手を触れる。

 

 

 シアの首輪は、シアがソウゴの奴隷である事を対外的に示す為に無骨な作りになっており、デザイン性というものを無視した形で取り付けられている。元々、町でトラブルホイホイにならない為に一時的な物として作ったので、オシャレ度は度外視なのだ。

 

 しかし、シアが気に入ってずっと付けるというのなら少々無骨に過ぎると言うものだろう。なので、ソウゴはシアに似合う様に仕立て直そうと考えたのだ。

 

 

 結果、黒の生地に黄金の装飾が幾何学的に入っており、且つ正面には神結晶と魔皇石、アダマントストーンの欠片を加工した僅かに淡青、真紅、白銀色に発光する小さなクロスが取り付けられた神秘的な首輪……というより地球でも売っていそうなファッション的なチョーカーが出来上がった。もう、唯の拘束用の犬の首輪という様な印象は受けない。

 

 ソウゴはその出来栄えに「こんなものか」と息を吐く。時折首を撫でるソウゴの指の感触にうっとりしていたシアは、ソウゴから鏡を渡されてハッと我に返った。そして、いそいそと鏡で首元のチョーカーを確かめる。

 そこには、神秘的で美しい装飾が施されたチョーカーが確かにあった。神結晶がシアの蒼穹の瞳と合っていて実に美しい。更に魔皇石の真紅の輝きが反対色として青を引き立て、アダマントストーンの白銀が色白の肌と白みがかった青髪をより輝かせる。

「ほぁ~。私、こんなに綺麗な装飾品を身に着けたのは初めてですぅ」

 シアは指先でクロスをツンツンと弄りながら、ニマニマと口元を緩ませた。

 

 樹海から出た事が無いどころか、集落からさえ殆ど出なかったシアにとって、宝飾の類というのは無縁の存在だ。

 

 しかし、シアとて年頃の女の子。

 

 遠くから見た【フェアベルゲン】の同性が樹海で採れる水晶等を加工した装飾品で着飾ったりしているのを見て、羨ましいという想いをした事は一度や二度ではない。

 

 故に、初めて身に着けた煌めく宝飾に自然心が躍る。しかも、その贈り手は自分の懸想する相手なのだ。ウサミミは既にわっさわっさとピーン! を繰り返して喜びを露わにしている。

「ありがとうございますソウゴさぁんっ!!」

 シアは躍る心のままにソウゴの腰に抱きつくと、にへら~と実に幸せそうな笑みを浮かべながら額をぐりぐりと擦りつけた。序にウサミミもスリスリとソウゴに擦り寄り、ウサシッポも高速フリフリしている。

 シアの幸せそうな表情にソウゴは目を閉じ、背中のユエも僅かに口元を緩めながら擦り寄るウサミミをなでなでしている。寄りかかるティオもどこか喜ばし気に頬を緩める。

 

 

 いきなり出来上がった桃色空間に、未知の物体と超美少女&美女の登場という衝撃から復帰した人々が、今度はソウゴ達に様々な感情を織り交ぜて注目し始めた。

 女性達はユエ達の美貌に嫉妬すら浮かばないのか、熱い溜息を吐き見蕩れる者が大半だ。一方男達は、ユエ達に見蕩れる者、ソウゴに嫉妬と殺意を向ける者、そしてソウゴのアーティファクトやシア達に商品的価値を見出して舌舐りする者に分かれている。

 だが、直接ソウゴ達に向かってくる者は未だいない様だ。商人達は話したそうにしているが、他の者と牽制し合っていてタイミングを見計らっているらしい。

 

 そんな中、例のチャラ男が自分の侍らしている女二人とユエ達を見比べて悔しそうな表情をすると明から様な舌打ちをした。そして、無謀にも行動を起こす。

 

「やぁ君達。よかったら俺と──」

 

 チャラ男は実に気安い感じでソウゴを無視してユエ達に声をかけた。それがただ声をかけるだけなら、ソウゴに軽く睨まれて数秒の心停止コースで済んだだろう。だが事もあろうに、チャラ男はシアの頬に手を触れようとしたのだ。

 

 見た目はチャラいが、ルックス自体は十分にイケメンの部類だ。それ故に自分が触れて口説けば、女なら誰でも堕ちるとでも思っているのだろう。シアが冷たい視線を向けて触れられる前に対処しようとしたのだが、それより先にソウゴが手を下していた。

 

 ソウゴの掌から黒い触手の様なものが伸び、それが幾つも枝分かれしてチャラ男の体を一瞬で貫いていた。ソウゴは既に事切れたチャラ男の様子を気に掛ける事も無く、そのまま街道の外れに向かって放り投げた。チャラ男の死体は地面に接触する瞬間、影から無数の腕が伸びてきてその中に引き摺り込まれる。そこには人がいた形跡など微塵も無く、静寂だけが辺りを支配していた。

 その様子を見ていた周囲の人々は、唖然とした面持ちでその光景を作り出したソウゴに視線を転じた。

 そして気付いた。ソウゴの視線が自分達に向いていた事に。

 

 ──貴様等は何も見ていなかった、いいな?

 

 ソウゴのその問いかけに、その場の全員が頷くしかなかった。チャラ男が侍らせていた女二人は、悲鳴を上げながら何処かへと消えていく。

 先程まで、「てめぇら、抜け駆けは許さんぞ」と互いに牽制し合っていた商人達は、今や「どうぞどうぞ」と互いに譲り合いをしている。

 誰もが赤べこの様に首を縦に振って進み出ない事に満足したソウゴは、それで周囲の人々に興味を無くした様に視線を切る。その手は既に、シアの頭の上に戻っている。

「はぅあ、ソウゴさんが私の為に怒ってくれました~、これは独占欲の表れ? 既成事実まであと一歩ですね!」

「……シア、ファイト」

「ユエさぁ~ん。はいです。私、頑張りますよぉ~!」

「ふぅむ、何だかんだで大切なんじゃのぉ~ご主人様よ」

「……まぁ、そろそろ付き合いも半年になるからな。それだけ過ごせば愛着も沸く」

 

 シアはチャラ男が自分に触ろうとした事でソウゴが怒った事に対し、身をくねらせながら喜びを表にする。実際、許可も無しに我が物顔で彼女に触れようとする事をソウゴも許すつもりはなかったので当然の事の様に答える。

 

 

 ソウゴ達がそんな風にイチャイチャし、すっかり蚊帳の外だったウィルが屋根に乗って体育座りで遠い目をしながら我関せずを貫いていると、俄に列の前方が騒がしくなった。

 

 ソウゴが視線を転じると、どうやら門番が駆けてきている様だ。恐らく、先程逃げた女達の悲鳴でも聞こえて確認しに来たのだろう。

 簡易の鎧を着て馬に乗った男が三人、見るからに怪しく見えるソウゴ達の方へやって来た。三人が、トライドロンのボンネットの上で寛ぐソウゴ達の眼前まで寄って来た。三人の目つきが若干険しくなる。職務的なものではなく……嫉妬的な意味で。

「おいお前! さっきの悲鳴は何だ! それにその赤い箱? も何なのか説明しろ!」

 ソウゴに高圧的に話しかけてはいるが、視線がユエ達にチラチラと向かっているので迫力は皆無だった。ソウゴは、予想していた展開なので門番の男に視線を向けると淀みなく答える。

「これは私の所有する乗り物だ。見慣れぬ物が迫ってきて驚いたのだろうよ」

 つい先程人一人殺した事を決して悟らせずに話すソウゴ。序にそれっぽい嘘を教えれば、荷台越しにウィルが「よく回る口ですね」とジト目で見ているが無視だ。周りの商人達が、「抱きつくどころか、話しきる前に殺しただろう」とか小声で突っ込みを入れようとして、門番越しにソウゴの視線が飛んできて即座に口を閉ざす。

 しかし、人間というのは理解の及ばないものへの思考は鈍くなるもので、「そうか、それは悪かった」と碌に調べる事無くあっさり信じた様だ。

 

 とその時、門番の一人がソウゴ達を見て首をかしげると、「あっ」と声を上げて思い出した様に隣の門番に小声で確認する。何かを言われた相手の門番が同じ様に「そう言えば確かに」と呟きながらソウゴ達をマジマジと見つめる。

「……君達、君達はもしかしてソウゴ、ユエ、シアという名前だったりするか?」

「ああ、確かにそうだが……」

「そうか。それじゃあ、ギルド支部長殿の依頼からの帰りという事か?」

「その通りだ。……もしや、支部長から通達でも来てるのか?」

 

 ソウゴの予想通りだった様で、門番の男が頷く。門番は直ぐに通せと言われている様で、順番待ちを飛ばして入場させてくれるらしい。ソウゴはトライドロンを走らせ門番の後を着いて行く。列に並ぶ人々の何事かという好奇の視線を尻目に悠々と進み、ソウゴ達は再び【フューレン】へと足を踏み入れた。

 

 

 

 【フューレン】に入ってすぐ、ソウゴ達は冒険者ギルドにある応接室に通されていた。

 差し出された如何にも高級そうなお茶と茶菓子を他の三人に与えながら、ソウゴは何処からか取り出した本を読みながら待つ事五分。部屋の扉を蹴破らん勢いで開け放ち飛び込んできたのは、ソウゴ達にウィル救出の依頼をしたイルワ・チャングだ。

 

「ウィル! 無事かい!? 怪我は無いかい!?」

 

 以前の落ち着いた雰囲気などかなぐり捨てて、視界にウィルを収めると挨拶も無く安否を確認するイルワ。それだけ心配だったのだろう。

 

「イルワさん……すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」

「何を言うんだ……私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった……本当によく無事で……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ……二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

「父上とママが……わかりました。直ぐに会いに行きます」

 

 イルワは、ウィルに両親が滞在している場所を伝えると会いに行く様に促す。

 ウィルはイルワに改めて捜索に骨を折ってもらった事を感謝し、次いでソウゴ達に改めて挨拶に行くと約束して部屋を出て行った。ソウゴとしてはこれっきりで良かったのだが、きちんと礼をしないと気が済まないらしい。

 

 

 ウィルが出て行った後、改めてイルワとソウゴが向き合う。イルワは穏やかな表情で微笑むと、深々とソウゴに頭を下げた。

「ソウゴ殿、今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」

「まぁ、生き残っていたのは坊主の運が良かったのだろう。私はただ見つけただけに過ぎんよ」

「ふふ、そうかな? 確かに、それもあるだろうが……何万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう?"真王陛下"様?」

 

 にこやかに笑いながら、ソウゴが【ウルの町】で呼ばれている二つ名を呼ぶイルワ。ソウゴの頬が「ほぅ…」と興味深げに歪む。どうやらギルド支部長には、ソウゴの予想より早い情報伝達方法がある様だ。

 

「中々良い耳をしているな」

「ギルドの最上級幹部専用だけどね。長距離連絡用のアーティファクトがあるんだ。ウル支部の支部長は持っていないから、私の部下が君達に付いていたんだよ。……彼の泣き言なんて初めて聞いたよ。フューレンを出て、数分で貴方達を見失ったって涙声で通信してきたんだから」

 そう言って苦笑いするイルワ。もしかしたらソウゴ達を尾行して、序に秘密の一つでも知ろうと思ったのかもしれない。

 

 それがイルワの指示か、それともその部下の独断かは知らないが、追随しようとした直後に置いて行かれたその部下の焦燥を思うと……。そして、恐らく何とか【ウルの町】に到着した直後、数万の魔物VS一人という非常識極まりない戦場に遭遇し、更にその後もさっさと帰られてしまい、今も必死に馬を駆って戻って来ているだろう事を思うと……少々可哀想な気がしないでもない。

 

 ソウゴとしてはそれが監視だろうが単なる通信用アーティファクトの配達だろうが特に関係無いので、特に咎める事も無かった。寧ろギルド支部長としては当然の措置なので、特に不快感を抱く事も無いソウゴ。後ろ盾になり得るイルワの抜け目の無さに、少々感心した位である。

 

 イルワが「こほんっ!」と咳払いして、部下の焦燥と困惑と精神的疲労を脇にポイして話を進めた。

「それにしても、大変だったね。まさか、北の山脈地帯の異変が大惨事の予兆だったとは……二重の意味で貴方に依頼して本当によかった。数万の大群を殲滅した力にも興味はあるのだけど……聞かせてくれるかい? 一体、何があったのか」

「あぁ、構わんよ。だがその前に、ユエとシアのステータスプレートだ。ティオは……」

「うむ、二人が貰うなら妾の分も頼めるかの」

「……という訳で、一人分追加で頼む」

「確かに、ステータスプレートを見た方が大群を退けたという話の信憑性も高まるか……分かったよ」

 イルワはユエとシアの他に、新しくソウゴ一行に加わっているティオについても"何か"あるのだと察して、若干表情を変えつつ職員を呼んで新しいステータスプレートを三枚持ってこさせた。

 

 結果、ユエ達のステータスは以下の通りだった。

 

 

常磐ソウゴ 140346歳 男 レベル:????

天職:大魔王/統一時空大皇帝 冒険者ランク:青

筋力:8020542089088470000

体力:8020541904635510000

耐性:8020541872027320000

敏捷:8020541871558690000

魔力:8020541888007390000

魔耐:8020541888375430000

技能:表示不能

 

 

 

ユエ 323歳 女 レベル:75

天職:神子

筋力:120

体力:300

耐性:60

敏捷:120

魔力:6980

魔耐:7120

技能:『自動再生』『痛覚操作』『全属性適性』『複合魔術』『魔力操作』『魔力放射』『魔力圧縮』『遠隔操作』『効率上昇』『魔素吸収』『想像構成』『イメージ補強力上昇』『複数同時構成』『遅延発動』『血力変換』『身体強化』『魔力変換』『体力変換』『魔力強化』『血盟契約』『高速魔力回復』『生成魔術』『重力魔術』

 

※想像構成

魔法陣をイメージのみによって構成する。

※血盟契約

唯一と定めた相手からの吸血による血力変換の効果が大幅に上昇する。

 

 

 

シア・ハウリア 16歳 女 レベル:40

天職:占術師

筋力:60[+最大6100]

体力:80[+最大6120]

耐性:60[+最大6100]

敏捷:85[+最大6125]

魔力:3020

魔耐:3180

技能:『未来視』『自動発動』『仮定未来』『魔力操作』『身体強化』『部分強化』『変換効率上昇Ⅱ』『集中強化』『重力魔術』

 

※変換効率上昇Ⅱ

魔力1に対して、身体能力のスペック値を2上昇させる。

 

 

 

ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

天職:守護者

筋力:770[+竜化状態4620]

体力:1100[+竜化状態6600]

耐性:1100[+竜化状態6600]

敏捷:580[+竜化状態3480]

魔力:4590

魔耐:4220

技能:『竜化』『竜鱗硬化』『魔力効率上昇』『身体能力上昇』『咆哮』『風纏』『痛覚変換』『魔力操作』『魔力放射』『魔力圧縮』『火属性適性』『魔力消費減少』『効果上昇』『持続時間上昇』『風属性適性』『魔力消費減少』『効果上昇』『持続時間上昇』『複合魔術』

 

※咆哮Ⅱ

竜化状態のブレスに加え、竜化前の状態でもブレスを使用可能。

※風纏

竜化時に風を纏い、飛翔の補助が可能。

※痛覚変換

それは甘美なる力。新たな扉を開いた証。「さぁさぁバッチ来い!」

 

 

 ソウゴには遠く及ばないものの、召喚されたチート集団ですら少人数では相手にならないレベルのステータスだ。全てのステータス値がという訳ではないが、勇者が“限界突破”を使っても及ばないレベルである。この世界の通常の戦闘系天職を持つ者と比べれば、正に異常な値。

 何より、ユエ達の本質を示す固有魔術や技能が、冒険者ギルド最上級幹部であるイルワをしてその口をあんぐりと開けさせ絶句している。

 

 無理もない話だ。何せ"血力変換"と"竜化"はとある種族しか持たない筈の特異な固有魔術であり、既にその種族は何百年も前に滅んだ筈なのだから。何百年経とうとも聖教教会を通して伝説の一つとして伝えられる、神敵たる種族の証なのだから。

 

 加えてユエやティオ程のインパクトは無くとも、種族の常識を完全に無視しているシアについても驚くなという方がどうかしている。

 

 そこへ更に、隠蔽・偽装を解いたソウゴ本来のステータスを見せられ、最早言葉も無い。

 

 

「いやはや……何かあるとは思っていたけれど、これ程とは……」

 

 冷や汗を流しながらいつもの微笑みが引き攣っているイルワに、ソウゴはお構いなしに事の顛末を語って聞かせた。普通に聞いただけなら、そんな馬鹿なと一笑に付しそうな内容でも、先にステータスプレートで裏付ける様な数値や技能を見てしまっているので信じざるを得ない。

 イルワは全ての話を聞き終えると、一気に十歳くらい年をとった様な疲れた表情でソファに深く座り直した。

「……道理でキャサリン先生の目に留まる訳だ。ソウゴ殿が召喚された者の一人だという事は予想していたが……実際は、遥か斜め上をいったね……」

「……それでイルワよ。貴様は魔王(わたし)をどうする? 危険分子だと教会にでも突き出すか?」

 イルワは、ソウゴの試す様な質問に非難する様な眼差しを向けると居住まいを正した。

「冗談がキツいよ。出来る訳が無いだろう? 貴方達を敵に回す様な事、個人的にもギルド幹部としても有り得ない選択肢だよ。……大体、見くびらないで欲しい。貴方達は私の恩人なんだ、その事を私が忘れる事は生涯無いよ」

「……そうか、そいつは良かった」

 

 ソウゴは口の端を歪めて、試して悪かったと視線で謝意を示した。イルワは目元を緩めて頷く。

 

「私としては、約束通り可能な限り貴方達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁあれだけの力を見せたんだ、当分は上の方も議論が紛糾して貴方達に下手な事はしないと思うよ。一応後ろ盾になりやすい様に、貴方達の冒険者ランクを全員"金"にしておく。普通は"金"を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど……事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と僕の推薦、それに"真王陛下"という名声があるからね」

 

 イルワの大盤振る舞いにより、他にも【フューレン】にいる間はギルド直営の宿のVIPルームを使わせてくれたり、イルワの家紋入り手紙を用意してくれたりした。何でも、今回のお礼もあるがそれ以上にソウゴ達とは友好関係を作っておきたいという事らしい。

 

「それはありがたい事だ、手札は多ければ多い程良い。態々ウルの町まで足を運んだ意味があったというものだ」

「そう言ってもらえると、私も嬉しいね。……しかしステータスプレートを見せずとも、彼女達の正体が露見するのは時間の問題だよ? 正直私程度の援護では、最上級魔法を紙切れで防御しようとする様なものだと思うのだけど……」

 カリカリと頬を掻きながら苦笑いを見せるイルワに、ソウゴはカップに口をつけながら淡々と言う。

「紙切れも使い方次第だろう。私は大魔王、世界の全てを利用してきた男だぞ? 貴様の後ろ盾と厚意は十分に活用させてもらう」

「そうかい?」

「あぁ。それに、私に捜索依頼をした時に自分で口にしていただろう?」

「?」

 イルワが首を傾げる前で、ソウゴは嘗てイルワ自身が口にした言葉を響かせた。

 

「『最初から、全て覚悟の上だ』」

「……成程、そうだったね」

 

 イルワの後ろ盾があろうが無かろうが、そんな事は関係無いのだ。あればあったで適当に役立たせよう位のものであり、無くてもソウゴの歩みを止める事など不可能だ。ただあるがままに往き、思う様に君臨するだけだ。

 

 ソウゴの在り方と、それに寄り添う不安も心配も欠片も抱いていない様子のユエ達を見て、イルワは口元に浮かび上がる笑みを堪える事が出来なかった。訳も無く気分が高揚する。まるで、幹部職員を目指して我武者羅に頑張っていた若い頃の気持ちを取り戻したかの様だ。

 

 きっと、感じているのだ。目の前にいる聖教教会の敵とも言える一行が、世界を変えるかもしれないという予感を。

 現状に不満がある訳ではない。イルワは間違いなく成功者であり、この世界で正しく生きている人間だ。変わらない事が、寧ろイルワにとっては正しい事であり、望むべき事だ。

 だがしかし、それでも期待と少しの恐怖と、湧き上がる高揚感を否定出来ないのは、──イルワ・チャングという人間が、冒険者(・・・)ギルドの幹部だからなのだろう。

 

「貴方達の旅路が、最高に厄介で素敵な冒険となる事を祈っているよ」

「呵々、そう願いたいものだな!」

 

 イルワの最上級の送り言葉に、ソウゴもそうなってほしいと思い大笑で返した。

 そんなソウゴを見て、イルワもここ数年多忙に呑まれて見せる事の無かった、心からの快活な笑い声を上げたのだった。

 

 

 その後イルワと別れたソウゴ達は、【フューレン】の中央区にあるギルド直営の宿のVIPルームへとやってきた。二十階建ての建物で、ソウゴ達の部屋は最上階。窓からは観光区の様子を一望出来る。部屋も立派な造りであり、広いリビングの他に個室が四部屋あって、その全てに天蓋付きベッドが備え付けられている。ソファも絨毯もフカフカで、触れた瞬間一級品である事が分かった。

 

 ソウゴがソファに身を沈め、隣にユエが寄り添い、シアとティオが「ほぉほぉ」と物珍し気に部屋を探検していると、ウィルの両親であるグレイル・グレタ伯爵とサリア・グレタ夫人がウィルを伴って挨拶に来た。かつて、この国の王宮で見た貴族とは異なり随分と筋の通った人の様だ。ウィルの人の良さというものが納得できる両親だった。

 

 グレイル伯爵は、頻りに礼をしたいと家への招待や金品の支払いを提案したのだがソウゴが固辞するので、困った事があればどんな事でも力になると宣言した。

 ソウゴは夫妻に対して、

 

「伯爵殿、貴殿の三男坊は大成するぞ。権力や威光に溺れる事も無く、確りと人民の為に上に立てる器を持っている。今は未熟だが、大いに期待しておけ」

 

 と告げた。すると夫妻もウィルも一瞬驚いた様な顔になり、直ぐ様瞳を潤ませて大きく頭を下げた。

 クデタ家の面々が帰った後、ソウゴは再びリビングのソファに体重を預け、リラックスした様子で深く息を吐いた。

 

 

 ユエがいつもの様にソウゴの膝に頭を預け、シアは隣に腰掛けた。ティオは部屋の探検を続行する様だ。一々家具や調度品を見たり触ったりしては、感心したり首を捻ったりしている。昔と今の様式の違いでも考察しているのかもしれない。

 そんなものかと思いつつ、ソウゴはユエとシアの頭を撫でようと手を伸ばそうとした。すると、

 

「……おっと、電話か」

 

 懐のファイズフォンXから着信音が鳴り響き、驚く面々を他所にソウゴは電話を取った。

「私だ。……めぐみ? こんな時間に珍しい、執務中に掛けてくるなんて何かあったか? ……家族会議? 今夜? ……あぁわかった。……いや、食事は帰ってからにしよう。暫く一緒に食べてなかったものな。……あぁ、では後でな」

 ソウゴは穏やかな空気を纏いながら通話を切る。それから不思議な顔をしながら懐に仕舞うと、ティオが声をかけてくる。

「ご主人様、それは通信機かの?」

「あぁ、そんなところだ」

「……相手は?」

「ウチの次女だ。何でも、緊急で話したい事があるから今夜帰ってきてほしいらしい。そんな訳で今夜は留守にする。明日の朝までには戻るつもりだが、先に休んでてくれ」

 ソウゴに娘がいた事を初めて知ったティオも含め、全員が了承しつつも少し残念そうな顔をする。

 

 するとソウゴが「あぁ、そういえば……」と何か思い出した様にシアに顔を向けた。

「シア、何か望みはあるか?」

「へ? 望み……ですか?」

 珍しいソウゴからの言葉に、シアは疑問符を浮かべて首を傾げる。

「あぁ。今更と言えばそうなんだが、貴様が供をする様になってそれなりに経つ。だがよく考えてみると、この旅での貴様の働きに対して何の褒美も与えてない事に気付いてな」

 

 ソウゴがそう説明すれば、「う~ん」と唸りだすシア。何気なくソウゴの膝の上のユエを見ると、ユエは優し気な表情でシアを見つめてコクリと頷いた。ソウゴの気持ちを素直に受け取ればいいと促せば、それを正確に読み取ったシアは少し考えた後ににへ~っと笑い、ユエに笑みを浮かべて頷くとソウゴに視線を転じた。

 

「では、私の初めてをもらっ───」

「よし、この話は無かった事に───」

「ああ冗談、冗談ですっ! ……で、では……明日一緒に観光区をデート、というのは……?」

「まぁ、それぐらいなら構わんよ。取り敢えず今日はもう休め、明日はそれに加えて消費した食料の買い出しもせねばならんしな」

 

 ソウゴが髪を撫でながら了承すると、翌日の予定を口にする。そこに待ったを掛けたのはユエだった。

「……買い物は私とティオがしておく。だからソウゴ様は、出来るだけシアといてあげて?」

「頼んでいいか?」

「ん……」

 ユエの親心的な援護射撃によって、シアは明日一日ソウゴを独占する事になった。

 

 その後。夕暮れ頃にソウゴが出かけていき、和やかな空気のまま一同は眠りについた。

 

 

 

「ふんふんふふ~ん、ふんふふ~ん! いい天気ですねぇ~、絶好のデート日和ですよぉ~」

 

 【フューレン】の街の表通りを、上機嫌のシアがスキップしそうな勢いで歩いている。

 服装はいつも着ている丈夫で露出過多な冒険者風の服と異なり、可愛らしい乳白色のワンピースだ。肩紐は細めで胸元が大きく開いており、シアの豊かな胸が歩く度にぷるんっ! ぷるんっ! と震えている。腰には細めの黒いベルトが付いていて引き絞られており、シアのくびれの美しさを強調していた。豊かなヒップラインと合わせて何とも魅惑的な曲線を描いている。膝上十五センチの裾からスラリと伸びる細く引き締まった脚線美は、弾む双丘と同じくらい男共の視線を集めていた。

 

 尤も、何より魅力的なのはその纏う雰囲気と笑顔だろう。

 頬を染めて「楽しくて仕方ありません!」という感情が僅かにも隠される事無く全身から溢れている。亜人族であるとか、綺麗に装飾されているが一応首輪らしき物を付けている事とか、そんなのは些細な事だと言わんばかりに周囲の人々を尽く見惚れさせ、或いは微笑ましいものを見たという様にご年配方の頬を緩ませている。

 

 

 そんなシアの後ろを、ソウゴは凄まじく辛気臭い表情をしながら歩いていた。

 

 

 余程心が浮きだっているのか、少し前に進んではくるりとターンしてソウゴに笑顔を向け追いつくのを待つという行為を繰り返すシアに目もくれず、ソウゴは深刻そうに溜息を吐くばかりだった。

「……はしゃぎすぎだぞシア、前を見てないと転ぶぞ?」

「ソウゴさんこそ前見てますか~? ふふふ、そんなヘマしませんよぉ~、ユエさんに鍛えられているんですからッ!?」

 それでも何だかんだで、ちゃんとシアの事は見ていた様で注意するソウゴ。それに再びターンしながら大丈夫だと言いつつ、お約束の様に足を引っ掛けて転びそうになるシア。すかさずソウゴが腰を抱いて支える。シアの身体能力なら特に問題無く立て直すだろうが、丈の短いスカートなので念の為だ。シアを鼻息荒く凝視している男共にラッキースケベなど起こさせはしない。

「しゅ、しゅみません」

「……はぁ。ほれ、浮かれているのはわかったから隣を歩け」

 

 腰を抱かれて恥ずかしげに身を縮めるシアは、ソウゴの服の袖をちょこんと摘んだまま、今度は小さな歩幅でチマチマと隣りを歩き始めた。その頬を染めて恥らう愛らしい姿に、周囲の男達はほぼ全員ノックアウトされた様だ。若干名、隣を歩く恋人の拳が原因の様だが。

 

「ところで、ソウゴさん。どうして今日はそんなに暗いんですか? 朝からずっとこんな調子ですよ?」

 そこで漸くと言うべきか、シアが今日のソウゴの様子について質問をしてきた。

 というのも、ソウゴは起床した時から(より厳密には自分の世界から戻って来てからだが)、ずっとこんな調子で沈んだままなのだ。これでは折角のデートも台無しというものだ。故にシアは何か悩みがあるならばと訊いてみたのだ。

「あぁ、実は……いや、貴様に聞かせる様な話でもないな」

「いえ、是非とも聞かせて下さい。ソウゴさんの事なら何でも知りたいので!」

 ソウゴは適当に流そうとしたが、シアが笑顔で根掘り葉掘り訊こうとしてきた為、ソウゴは自分の眉間を揉み解す様に押さえながら口を開いた。

 

 

「………………………孫が出来た」

「はっ?」

「孫だ孫、私に孫が出来たんだよ」

「………ぅぇぇぇえええええええええっ!?」

 

 

 ソウゴの予想外の発言に、シアの素っ頓狂な叫びが響き渡った。

 

「え、えっ、ど、どういう事ですか!?」

「末の娘が貴様と同い年で、家出中だというのは話したな?」

「はい、確かにフェアベルゲンでそう聞きましたけど……」

「……詳細は省くが、その娘が数人の友人との間で子供が出来たらしくてな」

 

 そんな会話をしながらソウゴとシアの二人は周囲の視線を集めつつ、遂に観光区に入った。

 

 

 観光区には、実に様々な娯楽施設が存在する。例えば劇場や大道芸通り、サーカス、音楽ホール、水族館や闘技場、ゲームスタジオ、展望台、色とりどりの花畑や巨大な花壇迷路、美しい建築物に広場等様々である。

 

「ソウゴさん、ソウゴさん! まずはメアシュタットに行きましょう! 私、生きている海の生き物って見た事無いんです!」

 

 ガイドブックを片手に、シアがウサミミを「早く! 早く!」と言う様にぴょこぴょこ動かす。【ハルツィナ樹海】出身なので海の生物というのを見た事が無いらしく、メアシュタットという【フューレン】観光区でも有名な水族館に見に行きたいらしい。

 

 因みに樹海にも大きな湖や川はあるので、淡水魚なら見慣れているらしいのだが、海の生き物とは例えフォルムが同じ魚でも感じるものは違うらしい。

 

「ほぉ、内陸で海洋生物とは……随分な気合の入れようだな。管理・維持・輸送と費用が大変だろうに……」

 長年の癖からか運営側の視点で見てしまうソウゴだが、断る理由もないので了承する。それにシアが嬉しそうにニコニコしながらソウゴの手を握って先導した。

 

 

 途中の大道芸通りで、人間の限界に挑戦する様なアクロバティックな妙技に目を奪われつつ、辿り着いたメアシュタットはかなり大きな施設だった。海をイメージしているのか全体的に青みがかった建物となっており、多くの人で賑わっている。

 

 中の様子は地球の水族館に極めてよく似ていた。ただ、地球程大質量の水の圧力に耐える透明の水槽を作る技術が無い様で、格子状の金属製の柵に分厚いガラスがタイルの様に埋め込まれており、若干の見難さはあった。

 

 だがシアはその程度の事は全く気にならない様で、初めて見る海の生き物の泳いでいる姿に瞳をキラキラさせて、頻りに指を差しながらソウゴに話しかけた。すぐ隣で同じく瞳をキラキラさせている家族連れの幼女と仕草が同じだ。不意に幼女の父親と思しき人と視線が合い、その目に生暖かさが含まれている気がしてソウゴは何となく愛想笑いをしながらシアを促し、手を掴んでその場を離れた。

 シアがソウゴの行動に驚きつつも手を握られたのが嬉しくて、頬を染めながら手をにぎにぎし返したのは言うまでもない。

 そんなこんなで一時間程水族館を楽しんでいると、突然シアがギョッとした様にとある水槽を二度見し、更に凝視し始めた。

 

 そこにいたのは……シーマ○だった。ソウゴが若い頃にテレビ特集等で見た、某ゲームの人面魚そっくりだった(因みにマーマン族やマーメイド族曰く、ソウゴの国にも人面魚はいるらしい)。

 

 

 ソウゴは水槽の傍に貼り付けられている解説に目をやった。

 

「何々……ほぅ、会話が出来ると?」

 

 それによると、このシー○ンは水棲系の歴とした魔物なのだが、固有魔術"念話"により、なんと会話が成立するらしい。確認されている中では唯一意思疎通の出来る魔物として有名な様だ。

 ただ、物凄い面倒臭がりの様で滅多に話そうとしない上に、仮に会話出来たとしてもやる気の欠片も無い返答しかなく、話している内に相手の人間まで無気力になっていくという副作用の様なものまであるので注意が必要との事だ。

 

 序にお酒が大好きらしく、飲むと饒舌になるらしい。但し、一方的に説教臭い事を話し続けるだけで会話は成立しなくなるらしいが……因みに、名称はリーマンだった。

 

 ソウゴは、一筋の汗を流しながら未だ見つめ合っているのか睨み合っているのか判らないシアを放置して話しかけてみた。ただ、普通に会話しても滅多に返してくれないらしいので同じく“念話”を使ってみる。

『貴様、念話が使えるらしいな。本当に話せるのか? 言葉の意味を理解できるか?』

 突然の念話に、リーマンの目元が一瞬ピクリと反応する。そしてシアから視線を外すと、ゆっくりソウゴを見返した。シアが何故か「勝った!」みたいな表情をしているが無視だ。

 

『……チッ、初対面だろ。まず名乗れよ。それが礼儀ってもんだろうが。全く、これだから最近の若者は……』

 

 おっさん顔の魚に礼儀を説かれてしまった。痛恨のミスである。ソウゴは頬を引き攣らせ、一瞬のイラつきを隠しながら再度会話を試みる。

『……悪かったな、私は常磐ソウゴだ。それと貴様の何十倍も生きている年寄りだ』

 ソウゴとしてはほんの一瞬、本当に一秒にも満たない怒気だったのだが、目の前のリーマンは確りと感じ取った様で、

 

『……すんません』

 

 思いっきり下手に出て謝られた。これも何かの序かと思い、リーマンに色々聞いてみる。例えば、魔物には明確な意思があるのか、魔物はどうやって生まれるのか、他にも意思疎通できる魔物はいるのか……。

 

 

 リーマン曰く、殆どの魔物は本能的で明確な意思はないらしい。言語を理解して意思疎通できる魔物など自分の種族しか知らない様だ。また、魔物が生まれる方法も知らないらしい。

 他にも色々と話しているとそれなりの時間が経ち、傍目には若い男とおっさん顔の人面魚が見つめ合っているという果てしなくシュールな光景なので、人目につき始める。

「うぅ、ソウゴさん。皆見てますよぉ。私とのデート中に何故おっさん顔の魔物と見つめあってるんですかぁ? それをする相手は私じゃないですか?」

 

 シアがウサミミをペタンと折り畳み、何だか恥ずかしそうにそわそわしながらソウゴの服の裾をちょいちょい引っ張るので、ソウゴは会話を切り上げた。

 ただソウゴは、最後にリーマンが何故こんなところにいるのか聞いてみた。そして、返ってきた答えは……

『自由気ままな旅をしていたんすがね……少し前に地下水脈を泳いでいたらいきなり地上に噴き飛ばされて……気がついたら地上の泉の傍の草むらにいたんすよ。別に水中じゃなくても死にゃしませんが、流石に身動きは取れなくて。念話で助けを求めたら……まぁ、ここに連れてこられたって訳で』

 

 ソウゴはそこまで聞いたところで、ふとした気まぐれが発生したのか、先程の詫びも兼ねて一つ提案を示す。

『リーマン、ここから出たいか?』

『? そりゃあ出てぇっすよ。俺にゃあ、宛もない気ままな旅が性に合ってる。生き物ってのは自然に生まれて自然に還るのが一番なんだ。こんな檻の中じゃなく、大海の中で死にてぇてもんだよ』

『なら、私が近くの川にでも飛ばしてやろう。突然景色が変わるから混乱するだろうが、まぁそこは我慢してくれ』

 

 そしてソウゴ達が水槽から動いた途端、その中からリーマンがいなくなっているという珍事が発生した。リーマンの隠された能力かと【フューレン】の行政も巻き込んだ大騒ぎになるのだが……それはどうでもいい話だ。

 

 

 

 一方その頃……

 

 ユエとティオは買い出しの為商業区を歩いていた。といっても、ソウゴの宝物庫には必要な物が大量に入っているので、旅の中で消費した分を少し補充する程度の事だ。従って、それ程食料品関係を買い漁る必要はなく、二人は商業区をぶらぶらと散策しながら各種専門店を冷やかしていた。

 

「ふむ。それにしても、ユエよ。本当に良かったのか?」

「? ……シアの事?」

「うむ。もしかすると今頃、色々進展しているかもしれんよ? ユエが思う以上にの?」

 

 服飾店の展示品を品定めしているユエに、ティオがそんな質問をする。声音には少し面白がる様な響きが含まれていた。「余裕ぶっていていいのか? 足元を掬われるかもしれないぞ?」と。

 まだソウゴ達の旅に加わって日の浅い新参者のティオとしては、三人の不思議な関係に興味があった。これから共に旅をする以上、一度腹を割って話してみたかったのだ。

 それに対して、ユエは動揺の欠片もなくティオをチラリと見ると肩を竦めた。本当に何の危機感も持っていない様だ。

「……それなら嬉しい」

「嬉しいじゃと? 惚れた男が他の女と親密になるというのに?」

「……他の女じゃない。シアだから」

 首を傾げるにティオにユエは、店を見て回りながら話を続ける。

 

「……最初は、ソウゴ様にベタベタするし……色々下心も透けて見えたから煩わしかった……でも、あの子を見ていて分かった」

「分かった?」

「……ん、あの子はいつも全力。一生懸命。大切なもののために、好きなもののために。良くも悪くも真っ直ぐ」

「ふむ、それは見ていてわかる気がするの。……だから絆されたと?」

 

 ティオは短い付き合いながらも、今までのシアを脳裏に浮かべて頬を緩めた。亜人族にあるまじき難儀な体質でありながら、笑顔が絶えないムードメーカーなウサミミ少女に自然と頬が綻ぶのだ。

 まだ若いが故に色々残念な所や空回る所はあるが、ティオもいつだって一生懸命なシアの事は気に入っている。しかし、唯一無二の想い人とデートさせる理由としては些か弱い気がして、ティオは改めて、結局は気に入ったからという理由だけなのかと確認を取った。

「……半分は」

「半分? ふむ、ではもう半分は何じゃ?」

 ティオの疑問顔に、ユエは初めて口元に笑みを浮かべて答えた。

 

「……シアは、私の事も好き。ソウゴ様と同じくらい。意味は違っても大きさは同じ……可愛いでしょ?」

「……成程のぅ。あの子には、ご主人様もユエもどちらも必要という事なんじゃな。……混じり気の無い好意を邪険に出来る者は少ない。あの子の人徳というものかの。ふむ、ユエのシアへの想いは分かった。……じゃが、ご主人様の方はどうじゃ? 心奪われるとは思わんのか? あの子の魅力は重々承知なのじゃろう?」

 

 ユエは、それこそ馬鹿馬鹿しいと肩を竦めると、今度は落胆する様な表情を見せた。

 

「……それで釣れる様な人なら苦労しない。ソウゴ様は、付いていく事は許してくれても、隣に立つのは許してくれない。一度も振り返ってくれない……だから私が知る限り、ソウゴ様が望んだのは、ティオが初めて」

 

 言外に「お前が羨ましい」と言い放ちジト目を向けるユエに、ティオは普段の無表情とのギャップも相まって言い知れぬ迫力を感じ一歩後退った。

 無意識の後退だった様で、ティオはそんな自分に驚いた表情をすると、苦笑いしながら両手を上げて降参の意を示した。

「まぁ……喧嘩を売る気はない。妾は、ご主人様に罵ってもらえれば十分じゃしの」

「……変態」

 呆れた表情でティオを見るユエに、本人はカラカラと快活に笑うだけだった。

 ユエはティオが態々この様な話を始めたのも、自分達との関係を良好なものにする為だろうと察していた。なので、憧れの竜人族のブレない変態ぶりに深い溜息を吐きつつも、上手くやっていけそうだと苦笑いするのだった。

 とそんな風に、少しユエとティオの距離が縮まり、穏やかな雰囲気で二人が歩き出した直後、

 

 ドゴォォンッ!!

 

 すぐ近くの建物の壁が破壊され、そこから二人の男が吹き飛んできた。男達は悲鳴も無く地面に着弾し、そのまま顔面で地面を削りながら数メートル先で漸く停止する。ピクリとも動かず、まるで屍の様……というより本当に屍だった。

 更に、同じ建物の窓を割りながら数人の男が同じ様にピンボールの様に吹き飛ばされてくる。その建物の中からは壮絶な破壊音が響き渡っており、その度に建物が激震し外壁が罅割れ砕け落ちていく。

 そして十数人の男がとてもお見せ出来ない状態か手足を奇怪な方向に曲げたまま絶命して表通りに並ぶ頃、遂に建物自体が度重なるダメージに耐えられなくなった様で、轟音と共に崩壊した。

 野次馬が悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らす様に距離を取る中、ユエとティオは聞きなれた声と気配にその場に留まりつつ、呆れた表情を粉塵の中へと向けた。

 

「あぁ、やはり二人の気配だったか……」

「あれ? ユエさんとティオさん? どうしてこんな所に?」

 

「……それはこっちのセリフ。デートにしては過激過ぎ」

「全くじゃのぉ~、で? ご主人様よ。今度はどんなトラブルに巻き込まれたのじゃ?」

 

 ユエとティオが感知していた通り、粉塵を掻き分けて現れたのはソウゴとシアだった。

 二人はデートに出かけた時の格好そのままに、シアは武器を携えてユエ達のもとへ寄って来た。可愛らしい服を着ていながら、肩に凶悪な戦鎚を担ぐシアの姿はとてもシュールだ。

「あはは。私もこんなデートは想定していなかったんですが、成り行きで……。ちょっと人身売買している組織の関連施設を潰し回っていまして……」

「……成り行きで裏の組織と喧嘩?」

 呆れた表情のユエにシアが乾いた笑いをする。ティオがどういう事かとソウゴに事情説明を求めて視線を向けた。

「まぁ、丁度人手が足りなかったところだ。説明するから手伝ってくれないか?」

 

 地面に転がる男達を通行の邪魔だとでも言う様に、自身の影の中に飲み込んでいくソウゴ。引き摺り込まれていく男達を尻目に、ソウゴはユエとティオに何があったのか事情を説明し始めた。

 

 

 

 メアシュタット水族館を出て昼食も食べた後、ソウゴとシアの二人は迷路花壇や大道芸通りを散策していた。シアの腕には、露店で買った食べ物が入った包みが幾つも抱えられている。今は、バニラっぽいアイスクリームを攻略中だ。

「よく食べるな、そんなに美味いか?」

「あむっ……はい! とっても美味しいですよ。流石フューレンです。唯の露店でもレベルが高いです!」

「食べ過ぎて太るなよ」

「……ソウゴさん、それは女の子に言ってはいけない台詞です」

 ソウゴの言葉に一瞬食べる手が止まるものの、「後で運動するし……明日から少し制限するし……」等とブツブツと言い訳しながら、再度露店の甘味を堪能するシア。そんなシアに苦笑いしながら横を歩くソウゴは、突如その表情を訝しげなものに変え足元を見下ろした。

 

 それに気がついたシアが、「ん?」と首を傾げてソウゴに尋ねる。

「どうかしましたかソウゴさん?」

「いや、人の気配を感知したんだが……」

「気配感知なんて使っていたんですか?」

「……眠っていても出来るのが基本だろうが」

「……う、う~ん? でも、何が気になるんです? 人の気配って言っても……」

 シアは誤魔化す様に周囲を見渡して「人だらけですよ?」と首を傾げた。

「おい。……まぁいい、私が感知したのは下だ」

「下? ……って下水道ですか? えっと、なら管理施設の職員さん、とか?」

「だったら気にしないんだがな。気配がやたらと小さい上に弱い……恐らく……っ!」

 

「ソウゴさん!?」

 

 言葉を途中で切り、ソウゴはシアの腕を掴んでもう片方の手を地面に翳す。途端黄色の魔法陣が浮かび上がり、二人は地面をすり抜けて落下していった。そのまま水路の両サイドにある通路に着地すると、二人は水路に目を向ける。

 

「っ! ソウゴさん、私にも気配が掴めました! 私が飛び込んで引っ張り上げますね!」

「いや、私がやる」

 

 折角デート用に用意した服が汚れるなど気にした風もなく下水に飛び込もうとするシアの首根っこを掴んで止めたソウゴは、水流に向かって手を伸ばす。

 その掌から木の根の様な物が複数伸びてきて、水路を流されてきた子供を掴み、そのまま通路へと引き上げた。

 

「この子は……」

「まだ息はある……取り敢えずここから離れるぞ。臭いが酷い」

 

 引き上げられたその子供を見て、シアが驚きに目を見開く。ソウゴもその容姿を見て知識だけはあったので、内心では少し驚いていた。しかし場所が場所だけに、肉体的にも精神的にも衛生上良くないと場所を移動する事にする。

 子供の素性的に唯の事故で流されたとは思えないので、そのまま下水通路に錬成で横穴を開けた。そして宝物庫から毛布を取り出すと小さな子供を包み、抱きかかえて移動を開始した。

 

 

 とある裏路地の突き当たりの地面に突如ポッカリと穴が空く。そこからピョンと飛び出したのは、毛布に包まれた小さな子供を抱きかかえたソウゴとシアだ。ソウゴは穴を塞ぐと、改めて自らが抱きかかえる子供に視線を向けた。

 

 その子供は、エメラルドグリーンの長い髪と、幼い上に汚れているにも関わずわかるくらい整った可愛らしい顔立ちをした、見た目三、四歳ぐらいの女の子だった。

 そして何より特徴的なのは、ソウゴとシアが驚いた理由である耳だ。通常の人間の耳の代わりに扇状の鰭が付いているのである。しかも、毛布からちょこんと覗く紅葉の様な小さな手には、指の股に折り畳まれる様にして薄い膜が存在していた。

 

「この子、海人族の子ですね……どうして、こんな所に……」

「まぁ、真面な理由ではないのは確かだな」

 

 

 海人族は、亜人族としてはかなり特殊な地位にある種族だ。

 

 西大陸の果て、【グリューエン大砂漠】を超えた先の海、その沖合にある【海上の町エリセン】で生活している。彼等はその種族の特性を生かして、大陸に出回る海産物の八割を採って送り出しているのだ。その為亜人族でありながら【ハイリヒ王国】から公に保護されている種族なのである。差別しておきながら使えるから保護するという何とも現金な話だ。

 

 そんな保護されている筈の海人族、それも子供が内陸にある大都市の下水を流れている等ありえない事だ。犯罪臭がぷんぷんしている。

 

 ソウゴとシアが何とも言えない表情で顔を見合わせていると、海人族の幼女の小さな可愛らしい鼻がピクピクと動き始め、直後その目がパチクリと目を開いた。

 最初は困惑した様に視線を泳がせていた海人族の幼女は、やがてその大きく真ん丸な瞳をソウゴにロックオンした。無言で、只管じぃーっとソウゴを見つめ始める。

 ソウゴも何となく目が合ったまま逸らさずジーと見つめ返した。見つめ合う。まだ見つめ合う。まだまだ見つめ合う。

 

「二人供、一体何をしているんですか……」

 

 意味不明な緊迫感が漂う中、シアが呆れた表情で近づくと、海人族の幼女のお腹がクゥ~と可愛らしい音を立てる。再び鼻をピクピクと動かし、遂にソウゴから視線を逸らすと、今度は未だに持っていたシアの露店の包みをロックオンした。

 シアが「これですか?」と首を傾げながら、串焼きの入った包みを右に左にと動かすと、まるで磁石の様に幼女の視線も左右に揺れる。どうやら相当空腹の様だ。シアが包みから串焼きを取り出そうとするのを制止して、ソウゴは幼女に話しかけながら地面を叩いた。

「娘、名前は言えるか?」

 女の子はシアの持つ串焼きに目を奪われていたところ、突如地面が動き出し、四角い箱状の物がせり上がってくる光景に驚いた様に身を竦めた。そして、ソウゴから名前を聞かれて視線を彷徨わせた後、ポツリと囁く様な声で自身の名前を告げた。

 

「……ミュウ」

「そうか。私はソウゴで、そっちはシアだ。それでミュウ、あの串焼きが食べたいなら、まず体の汚れを落とせ」

 

 ソウゴは完成した簡易の浴槽に水遁で清水を貯め、更に水温を調整し即席の風呂を用意した。下水で汚れた体のまま食事を取るのは非常に危険だ。幾分か飲んでしまっているだろうから、解毒作用や殺菌作用のある術も掛けておく必要がある。

 返事をする間もなく、毛布と下水をたっぷり含んだ汚れた衣服を脱がされ浴槽に落とされたミュウは、「ひぅ!」と怯えた様に身を縮めたものの、体を包む暖かさに次第に目を細めだした。

 ソウゴはシアに薬やタオル、石鹸等を渡しミュウの世話を任せて、自らはミュウの衣服を買いに袋小路を出て行った。

 

 

 暫くしてソウゴがミュウの服を揃えて袋小路に戻ってくると、ミュウは既に湯船から上がっており、新しい毛布に包まれてシアに抱っこされているところだった。抱っこされながら、シアが「あ~ん」する串焼きをはぐはぐと小さな口を一生懸命動かして食べている。薄汚れていた髪は、本来のエメラルドグリーンの輝きを取り戻し、光を反射して天使の輪を作っていた。

 

「あっ、ソウゴさん。お帰りなさい。素人判断ですけど、ミュウちゃんは問題ないみたいですよ」

 

 ソウゴが帰ってきた事に気がついたシアが、ミュウのまだ湿り気のある髪を撫でながらソウゴに報告をする。ミュウもそれでソウゴの存在に気がついたのか、はぐはぐと口を動かしながら、再びジーっとソウゴを見つめ始めた。良い人か悪い人かの判断中なのだろう。

 ソウゴはシアの言葉に頷くと、買ってきた服を取り出した。シアの今着ている服に良く似た乳白色のフェミニンなワンピースだ。それにグラディエーターサンダルっぽい履物、それと下着だ。子供用とは言え、店で買う時は店員の目が不審なものになった。

 

 

 実はソウゴ、一度自分の世界に戻って「娘達が小さい頃に使っていた物でも……」と思っていたのだが、流石にもう置いていなかった様で即座に引き返して店に飛び込んだのだった。

 

 

 ソウゴはミュウの下へ歩み寄ると、毛布を剥ぎ取りポスッと上からワンピースを着せた。序に下着もさっさと履かせる。そして、ミュウの前に跪いて片方ずつ靴を履かせていった。

 更に掌に熱を纏わせ、湿り気のあるミュウの髪を撫でて乾かしていく。ミュウはされるがままで未だにジーっとソウゴを見ているが、温かい手の気持ちよさに次第に目を細めていった。

 

「……何気に、ソウゴさんって面倒見いいですよね」

「これでも娘が五人いる父親だぞ? 何なら今の家臣達は大体生まれた時から知ってるからな。世話してやった事も一度や二度ではない」

 

 

 ミュウの髪を乾かしながらシアの言葉に何でもない様に答えるソウゴ。シアは頬を緩めてニコニコと笑う。

「で、今後の事だが……」

「ミュウちゃんをどうするかですね……」

 二人が自分の事を話していると分かっている様で、上目遣いでシアとソウゴを交互に見るミュウ。

 ソウゴとシアは取り敢えず、ミュウの事情を聞いてみることにした。

 

 結果、たどたどしいながらも話された内容は、ソウゴが予想したものに近かった。

 

 

 即ちある日、海岸線の近くを母親と泳いでいたら逸れてしまい、彷徨っているところを人間族の男に捕らえられたらしいという事だ。

 

 そして砂漠越え等の幾日もの辛い道程を経て【フューレン】に連れて来られたミュウは、薄暗い牢屋の様な場所に入れられたのだという。そこには、他にも人間族の幼子たちが多くいたのだとか。

 そこで幾日か過ごす内、一緒にいた子供達は毎日数人ずつ連れ出され、戻ってくる事は無かったという。少し年齢が上の少年が見世物になって客に値段をつけられて売られるのだと言っていたらしい。

 

 愈々ミュウの番になったところで、その日偶々下水施設の整備でもしていたのか地下水路へと続く穴が開いており、懐かしき水音を聞いたミュウは咄嗟にそこへ飛び込んだ。

 

 三、四歳の幼女に何か出来る筈が無いと思われていたのか、枷を付けられていなかったのは幸いだった。ミュウは汚水への不快感を我慢して懸命に泳いだ。幼いとは言え海人族の子だ。通路をドタドタと走るしかない人間では流れに乗って逃げたミュウに追いつく事は出来なかった。

 

 だが慣れない長旅に、誘拐されるという過度のストレス、慣れていない不味い食料しか与えられず下水に長く浸かるという悪環境に、遂にミュウは肉体的にも精神的にも限界を迎え意識を喪失した。そして身を包む暖かさに意識を薄ら取り戻し、気がつけばソウゴの腕の中だったという訳だ。

「客が値段をつける……、オークションか。それも人間族の子や海人族の子を出すのなら裏のオークションだろうな」

「……ソウゴさん、どうしますか?」

 

 シアが辛そうに、ミュウを抱きしめる。その瞳は何とかしたいという光が宿っていた。亜人族は、捕らえて奴隷に落とされるのが常だ。その恐怖や辛さは、シアも家族を奪われている事からも分かるのだろう。

 

 ソウゴは十秒程何か考える様に瞑目し、静かに告げる。

「……いや、一度保安署に預ける」

「そんなっ……この子や他の子達を見捨てるんですか……」

 ソウゴの言葉にシアが噛み付く。ミュウをギュッと抱きしめてショックを受けた様な目でソウゴを見た。

 

 ソウゴの言う保安署とは、地球で言うところの警察機関の事だ。そこに預けるというのは、ミュウを公的機関に預けるという事で、完全に自分達の手を離れるという事でもある。なので、見捨てるという訳ではなく迷子を見つけた時の正規の手順ではあるのだが、事が事だけにシアとしてはそういう気持ちになってしまうのだろう。

 

 ソウゴはそんなシアに噛んで含める様に説明する。

「話は最後まで聞け。いいか? 私は一度(・・)預けると言ったんだ。恐らく保安署に送り届けば、攫った人間が取り返しに来るだろう。それもかなり強引な手でな。これは大都市には付き物の闇だ。それも海人族のミュウが捕まっていたとなれば、この街の公的機関では手に負えない代物なのだろう。つまり、これはその連中への手掛かりを得るチャンスとも取れる。……この際だ、どうせならとことんまでイルワの坊主に恩を売ってやろう」

「そ、それは……この子を囮にするって事ですか……?」

「あぁそうだ。外道だと思ってくれて構わん、私は使えるものは何でも使う主義なんだ」

 

 シアがソウゴの考えに固まっていると、自分の事で不穏な空気が流れている事を察したのか、ミュウはシアの体にギュウと抱きついている。ミュウの方もシアにはかなり気を許している様だ。それがまた手放す事に抵抗感を覚えさせるのだろう。

 ソウゴは屈んでミュウに視線を合わせると、ミュウが理解出来る様にゆっくりと話し始めた。

 

「いいかミュウ、これから一度貴様を預かってくれる者達の所へ連れて行く。また怖い目に遭うだろうが、少しの間我慢してくれ」

「……お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」

 ミュウが、ソウゴの言葉に不安そうな声音で二人はどうするのかと尋ねる。

「悪いが、一旦ここでお別れだ」

「やっ!」

「後で必ず迎えに行く」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんがいいの! 二人といるの!」

 思いの外強い拒絶が返ってきてソウゴは「…まぁ当然か」と目を伏せる。

 

 ミュウは、駄々っ子の様にシアの膝の上でジタバタと暴れ始めた。今まで割りかし大人しい感じの子だと思っていたが、どうやらそれはソウゴとシアの人柄を確認中だったからであり、信頼できる相手と判断したのか中々の駄々っ子ぶりを発揮している。元々は結構明るい子なのかもしれない。

 

 ソウゴとしても信頼してくれるのは悪い気はしないのだが、作戦の都合上公的機関への通報は必要なので、「やっーー!!」と全力で不満を表にして一向に納得しないミュウの説得を諦めて抱きかかえると、強制肩車を行いつつ保安署に連れて行く事にした。

 

 

 保安署への道中、窮地を脱して奇跡的に見つけた信頼出来る相手から離れるのはどうしても嫌だったミュウは、ソウゴの髪やら頬やらを盛大に引っ張り引っ掻き必死の抵抗を試みる。

 隣におめかしして愛想笑いを浮かべるシアがいなければ、ソウゴこそ誘拐犯として通報されていたかもしれない。髪をボサボサにされて保安署に到着したソウゴは、目を丸くする保安員に事情を説明した。

 事情を聞いた保安員は表情を険しくすると、今後の捜査やミュウの送還手続きに本人が必要との事で、ミュウを手厚く保護する事を約束しつつ署で預かる旨を申し出た。ソウゴの予想通りやはり大きな問題らしく、直ぐに本部からも応援が来るそうで一先ず立ち去ろうとした。だが……

 

「お兄ちゃんは、ミュウが嫌いなの?」

 

 幼女にウルウルと潤んだ瞳で、しかも上目遣いでそんな事を言われて平常心を保てる奴はそうはいない。

「ふっ、そう泣くでない。私の読みが正しければ、すぐに再会するとも」

 だが全く動じた様子も無くソウゴが頭を撫でながらそう説明するが、ミュウの悲しそうな表情は一向に晴れなかった。

 見かねた保安員達がミュウを宥めつつ少し強引にソウゴ達と引き離し、ミュウの悲しげな声に後ろ髪を引かれつつも、漸くソウゴとシアは保安署を出たのだった。

 

 

 当然そのままデートという気分ではなくなり、シアは心配そうに眉を八の字にして、何度も保安署を振り返っていた。

 やがて保安署も見えなくなり、かなり離れた場所に来た頃。ソウゴが「そろそろか……」と呟いたその瞬間、

 

 ドォオオオオン!!!!

 

 背後で爆発が起き、ギョッとして振り返ったシアの視界には黒煙が上がっているのが見えた。その場所は、

「ソ、ソウゴさん。あそこって……」

「先ずは作戦通りか」

 

 

 そう。黒煙の上がっている場所は、さっきまでソウゴ達がいた保安署があった場所だった。二人は互いに頷くと保安署へと駆け戻る。どうやらソウゴが予想していた通りに動いたらしい。恐らく、ミュウを誘拐していた組織が情報漏洩を防ぐ為にミュウごと保安署を爆破したのだろう。

 

 

 保安署に辿り着くと、表通りに署の窓ガラスや扉が吹き飛んで散らばっている光景が目に入った。しかし、建物自体は左程ダメージを受けていない様で、倒壊の心配は無さそうだった。ソウゴ達が中に踏み込むと、先程対応していた保安員がうつ伏せに倒れているのを発見する。

 両腕が折れて、気を失っている様だ。他の職員も同じ様な状態だ。幸い、命に関わる怪我をしている者は見た感じではいなさそうである。ソウゴが職員達を簡易治療している間、他の場所を調べに行ったシアが焦った表情で戻ってきた。

「ソウゴさん! ミュウちゃんがいません! それにこんな物が!」

 シアが手渡してきたのは、一枚の紙。そこにはこう書かれていた。

 

『海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて○○に来い』

 

「ソウゴさん、これって……」

「どうやら連中、私が思っている以上に単純な上に欲張りらしいな」

 ソウゴは相手が自分の想定通りの行動に出た事に最早溜息を洩らしつつ、シアと共に愚か者達の指定場所へと一気に駆け出した。

 

 

 

「で、だ。指定された場所に行ってみれば、武装した阿呆共がいるだけで、ミュウ自身は姿が無かった。恐らく、最初から私を殺してシアだけ奪う気だったんだろうな。取り敢えず一通り記憶を覗いてみたんだが、知らないらしくてな。全員始末して記憶にあった他の者を見つけてまた記憶を覗いて……それを繰り返しているところだ」

「どうも私だけじゃなくて、ユエさんとティオさんにも誘拐計画があったみたいですよ。それで、いっその事見せしめに今回関わった組織とその関連組織の全てを分かりやすく潰してしまおうという事になりまして……」

 

 移動しながらソウゴとシアの説明を聞いたユエとティオは、唯のデートに行って何故大都市の裏組織と事を構える事になるのかと、そのトラブル体質に何とも微妙な表情を浮かべる。

 

「……それで、ミュウっていう子を探せばいいの?」

「あぁいや、本人が居る場所は大体把握している。救出は私が行くから、貴様等には連中の殲滅を頼みたい。行けるな?」

「ん……任せて」

「ふむ。ご主人様の頼みとあらば是非もないの」

 

 ユエとティオも躊躇う事なく了承する。ソウゴは現在判明している裏組織のアジトの場所を伝え、ソウゴ、ユエ、シアとティオの三方に分かれてミュウ捜索兼組織潰しに動き出した。

 

 

 

 商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。昼間だというのに何故か薄暗く、道行く人々もどこか陰気な雰囲気を放っている。

 

 そんな場所の一角に、十階建ての大きな建物があった。表向きは人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしている裏組織"フリートホーフ"の本拠地である。

 

 いつもは静かで不気味な雰囲気を放っているフリートホーフの本拠地だが、今は騒然とした雰囲気で激しく人が出入りしていた。恐らく伝令等に使われている下っ端であろうチンピラ風の男達の表情は、訳の分からない事態に困惑と焦燥、そして恐怖に歪んでいた。

 

 

 そんな普段の数十倍は激しい出入りの中、どさくさに紛れる様に頭までスッポリとローブを纏った者が二人、フリートホーフの本拠地に難なく侵入を果たした。

 バタバタと慌ただしく走り回る人ごみをスイスイと避けながら進み、遂には最上階の一際重厚な扉に隔たれた部屋の前に立つ。その扉からは男の野太い怒鳴り声が廊下まで響いていた。それを聞いたローブを纏った者のフードが僅かに盛り上がりピコピコと動いている。

 

「ふざんけてんじゃねぇぞ! アァ!? てめぇ、もう一度言ってみやがれ!」

「ひぃ! で、ですから、潰されたアジトは既に五十軒を超えました。襲ってきてるのは二人組と一人です!」

「じゃあ何か? たった三人のクソ共にフリートホーフがいい様に殺られてるってのか? アァ?」

「そ、そうなりま──へぶっ!?」

 

 室内で怒鳴り声が止んだかと思うと、ドガッ! と何かがぶつかる音がして一瞬静かになる。どうやら報告していた男が、怒鳴っていた男に殴り倒されでもした様だ。

 

「てめぇら、何としてでもそのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わねぇ。このままじゃあ、フリートホーフのメンツは丸潰れだ。そいつらに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきた奴には、報酬に五百万ルタを即金で出してやる! 一人につき、だ! 全ての構成員に伝えろ!」

 

 男の号令と共に、室内が慌ただしくなる。男の指示通り、組織の構成員全員に伝令する為部屋から出ていこうというのだろう。耳を欹てていた二人のフードを被った者達は顔を見合わせ一つ頷くと、一人が背中から戦鎚を取り出し大きく振りかぶった。

 そして、室内の人間がドアノブに手をかけた瞬間を見計らって、超重量の戦鎚を遠心力と重力をたっぷり乗せて振り抜いた。

 

 ドォガアアアン!!

 

 尋常でない爆音を響かせて、扉が木っ端微塵に粉砕される。ドアノブに手を掛けていた男は、その衝撃で右半身をひしゃげさせ、更にその後ろの者達も散弾とかした木片に全身を貫かれるか殴打されて一瞬で満身創痍の有様となり反対側の壁に叩きつけられた。

 

「構成員に伝える必要はありませんよ。本人がここに居ますからね」

「ふむ、外の連中は引き受けよう。手っ取り早く、済ますのじゃぞ? シア」

「ありがとうございます、ティオさん」

 

 今しがた起こした惨劇などどこ吹く風という様子で室内に侵入して来たのは、勿論シアとティオだ。

 

 

 いきなり扉が爆砕したかと思うと、部下が目の前で冗談みたいに吹き飛び反対側の壁でひしゃげている姿に、フリートホーフの頭──ハンセンは目を見開いたまま硬直していた。しかし、シアとティオの声に我に返ると、素早く武器を取り出し構えながらドスの利いた声で話し出した。

「……てめぇら、例の襲撃者の一味か……その容姿……チッ、リストに上がっていた奴らじゃねぇか。シアにティオだったか? 後、ユエとかいうちびっこいのもいたな……成程、見た目は極上だ。おい、今すぐ投降するなら命だけは助けてやるぞ? まさか、フリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れるとは思って──」

 好色そうな眼でシアとティオに視線を這わせながらペチャクチャと話し始めたハンセンの言葉を遮って、ズドンッと腹の底にまで届く様な轟音が響き渡った。

 

 見れば、シアが冷め切った眼差しをハンセンに向けながら、柄を収縮した砲撃モードのドリュッケンを構えている姿があった。問答無用にショットガンを撃ち放ったのだ。

 

 当然、至近距離から凶悪に過ぎる破壊力を持つ無数の鉄球を受けたハンセンは、右腕を根元から吹き飛ばされ、血飛沫を撒き散らしながら錐揉みして背後の壁に激突した。そして一拍遅れて自分の状態を自覚したハンセンは、絶叫しながら蹲った。

「ボス!? 今のは何の音ですか!?」

「無事ですか!?」

 騒ぎを聞きつけて、本拠地にいた構成員達が一斉に駆けつけてくる。だが、

「子供を食い物にしてきたその所業……些か妾も苛立っておる。あの世で悔い改めよ」

 そんな事を冷え切った声音で呟いたティオが、凄まじい火力を有する炎系魔術で階段を灰に変え上階へと至る道を無くした為立ち往生する。

 

 

 直後、右往左往する彼等に向けて、竜の牙が剝かれる。竜人族の得意技"ブレス"だ。ティオの片手からの縮小版とはいえ、天才吸血姫をして防ぎ切れなかったそれが薙ぎ払われれば、木造の建物などひとたまりもないのは当然の事。

 

 フリートホーフの本拠地は、十階のハンセンの部屋を除いて見るも無残な有様へ成り果てた。辛うじて倒壊を免れながら玄関側の壁が綺麗に消失し、風通しどころか見通しも良くなっている。まるで観察用の蟻の巣の様だ。

 

 トテトテと頼りない足取りで残っている屋内から出てきた構成員達は、茫然と上階を見上げる事しか出来ない。しかしそれも仕方のない事だ。いきなり自分達の本拠地が縦半分になったのだ、認識が現実に追いつかないのは当たり前の反応である。

 しかし義憤に燃える普段は変態な竜人は、そんな彼等に一切容赦しなかった。風刃や炎弾をガトリング砲の如く撃ち放っていく。容赦の欠片もない攻撃に、構成員達は蜘蛛の子を散らす様に逃走を図るが……それが叶う者は少ないだろう。

 

 

 ティオが外の構成員を一手に引き受けている間に、シアはドリュッケンを肩に担いだまま、蹲ったまま動かないハンセンの下へ歩み寄った。そして恐怖と痛みで顔を歪めるハンセンの腹部へ、無造作にドリュッケンを突き落とした。

 ハンセンは「ぐえぇ」と苦悶の声を上げながらも何とか巨大な戦槌を退かそうと藻掻くが、超重量のドリュッケンを片腕でどうこう出来る訳も無く。ハンセンに出来た事は無様に命乞いをする事だけだった。

「た、頼む、助けてくれぇ! 金なら好きに持っていっていい! もうお前らに関わったりもしない! だからッゲフ!?」

 

「勝手に話さないで下さい。あなたは私の質問に答えればいいのです。わかりましたか? 分からなければ、その都度重さが増していきますので……内臓が出ない内に答える事をオススメします」

「……シアよ。お主、やっぱりご主人様の仲間じゃの……言動がよう似とる」

 

 後ろを振り返りながらツッコミを入れるティオの言葉はさらっと無視して、シアはハンセンにミュウの事を聞く。

 ミュウと言われて一瞬訝しそうな表情を見せたハンセンだが、海人族の子と言われ思い至ったのか少しずつ重さを増していくドリュッケンに苦悶の表情を浮かべながら必死に答えた。どうやら、今日の夕方頃に行われる裏オークションの会場の地下に移送された様だ。

 

 因みに、ハンセンはシアとミュウの関係を知らなかった様で、何故海人族の子に拘るのか疑問に思った様だ。

 

 その様子からすると、シア達とミュウのやり取りを見ていたハンセンの部下が咄嗟に思いつきでシアの誘拐を実行しようとした様だ。元々、シアの名前はフリートホーフの誘拐リストの上位に載っていた訳であるから、自分で誘拐して組織内での株を上げようとでもしたに違いない。

「……凄いですね、全部ソウゴさんの想定通りです」

 ドリュッケンにかけた重力魔術を解いて通常の重さに戻したシアは、ハンセンの上から退かせて肩に担いだ。ドリュッケンの重さからは解放されたものの、既に出血多量で意識が朦朧とし始めているハンセンは、それでも必死にシアに手を伸ばし助けを求めた。

「た、助け……医者を……」

「子供の人生を食い物にしておいて、それは都合が良すぎるというものですよ……それにあなたの様な人間を逃したりしたら、ソウゴさんとユエさんに怒られてしまいます。という訳で、さよならです」

「や、やめ──」

 

 グシャっと生々しい音が響いた。シアは振り下ろしたドリュッケンを勢いよく振り回して付着した血を吹き飛ばすと再び背中に背負い、テレビ放送なら間違いなくモザイクがかかるハンセンだった物を一瞥すらせずティオに向き直った。

 

「ティオさん。ここは手っ取り早く潰して、早くソウゴさん達と合流しましょう!」

「う、うむ……シアも大概容赦ないの……ちょっとときめいてしもうた……」

「? ……何か言いました?」

「な、何でもないのじゃ」

 

 ボソッと呟かれた言葉に、何となく悪寒を感じたシアはティオに尋ね返すが、妙に熱っぽい表情をしているだけで何でもない様なので、首を傾げつつもフリートホーフ本拠地の破壊活動へと飛び出した。

 シアとティオが立ち去った後には、無数の屍と瓦礫の山だけが残った。

 

 

 フリートホーフ──【フューレン】において、裏世界では最大レベルを誇る巨大な組織はこの日、実にあっさりと壊滅したのだった。

 

 

 

 一方、凡その状況を読んで最初から会場に向かっていたソウゴは、シアがハンセンから聞き出していた場所に向かっていた。ミュウがオークションに出される以上、命の心配はないだろうが精神的な負担は相当なものの筈だ。奪還は早いに越した事はない。

 

「……ふむ、表に監視は二人か」

 

 目的の場所に到着すると、その入口には二人の黒服に身を包んだ巨漢が待ち構えていた。ソウゴは、騒ぎを起こしてまたミュウが移送されては堪らないと思い、二人に向かってデコピンを放ってその風圧で頭部をミンチにした後、裏路地に移動してフォールを使って地下へと侵入した。気配遮断を使いながら素早く移動していく。

 

 

 やがて、地下深くに無数の牢獄を見つけた。入口に監視が一人居るが、居眠りをしている。その監視の前を素通りして行くと、中には人間の子供達が十人程いて、冷たい石畳の上で身を寄せ合って蹲っていた。十中八九、今日のオークションで売りに出される子供達だろう。

 

 基本的に人間族の殆どは聖教教会の信者である事から、その様な人間を奴隷や売り物にする事は禁じられている。

 

 人間族でもその様な売買の対象となるのは犯罪者だけだ。彼等は神を裏切った者として、奴隷扱いや売り物とする事が許されるのである。そして眼前で震えている子供達が、揃ってその様な境遇に落とされべき犯罪者とは到底思えない。抑々、正規の手続きで奴隷にされる人間は表のオークションに出されるのだ。ここにいる時点で、違法に捕らえられ売り物にされている事は確定だろう。

 

 しかし、牢屋の中に肝心のミュウの姿はなかった。ソウゴは突然入ってきた人影に怯える子供達と鉄格子越しに屈んで視線を合わせると、静かな声音で尋ねた。

 

「ここに、海人族の幼子は来なかったか?」

 

 てっきり自分達の順番だと怯えていた子供達は、予想外の質問に戸惑った様に顔を見合わせる。

 暫く沈黙していた子供達だが、ソウゴの纏う雰囲気に少し安心した様で、七、八歳くらいの少年がおずおずとした様子でソウゴの質問に答えた。

「えっと、海人族の子なら少し前に連れて行かれたよ……お兄さん達は誰なの?」

 やはり既に連れて行かれた後だった様だ。「そうか」と呟いたソウゴは、不安そうな少年に向かって簡潔に返した。

「通りすがりの暇人だ。貴様等を助けに来た」

 

「えっ!? 助けてくれるの!」

 

 ソウゴの言葉に驚愕と喜色を浮かべて、つい大声を出してしまう少年。

 その声は薄暗い地下牢によく響き渡った。慌てて口を両手で抑える少年だったが、監視にはばっちり聞こえてしまった様だ。目を覚まして「何騒いでんだ!」と怒声を上げながらドタドタと地下牢に入ってきた。

 そしてソウゴを見つけて一瞬硬直するものの、「てめぇ何者だ!」と叫びながら短剣を抜いて襲いかかる。それを見て子供達は、刺されて倒れるソウゴの姿を幻視し悲鳴を上げた。

 

 だが、そんな事はありえない。ソウゴは格子の一本を無造作に引き千切り、振り返る事無く監視に向かって突き刺した。一瞬にして魔力と覇気が乗った格子の残骸は即席の槍となり、その穂先は寸分の狂いなく監視の頭部を貫いた。

 監視の男は一瞬で絶命し、手に持っていた短剣がカラン…と音を立てて床に落ちた。

 

「監視役なら、まず警笛を鳴らすべきだったな」

 

 そんな事を言いながらピクリとも表情を動かさず文字通り監視を瞬殺したソウゴに、子供達は目を丸くして驚いている。そんな視線にもお構い無しに、ソウゴは鉄格子を塵遁で分解してしまう。子供達の目には一瞬で鉄格子を消し去ってしまった様に見えた為、更に驚いてポカンと口を開いたまま硬直してしまった。

「"影分身の術"」

 そこへ続けて、ソウゴが突然二人に増えたものだから、最早子供達は声も出ない。

「貴様等、あちらの私についていけ。そうすれば地上に出られる。その後はギルドの職員が待機している筈だ、奴等に従え」

 ソウゴは手短にそう説明し、分身の自分に付いていく様に子供達に指示する。

 

 

 実はここに来る前に、適当に捕まえた冒険者にイルワ宛にファイズフォンXを届けてもらい、事の次第をイルワに説明しておいたのだ。

 

 ステータスプレートの"金"はこういう時非常に役に立つ。ソウゴの色を見た瞬間の平冒険者のしゃちほこばった態度といったら……まるで日本人がハリウッドスターに街中で声を掛けられた様だった。敬礼までして快く頼みを聞いてくれたのだ。

 

 因みにイルワに使い方は説明してないので、彼は一方的にソウゴから巨大裏組織と喧嘩しているという報告と事後処理諸々宜しくという話を聞かされ、執務室で真っ白になっていたりする。

 便宜を図ると言った翌日に、イルワは厄介で素敵な冒険に巻き込まれてしまった。……ちょっとばかし、乾いた笑みと共に後悔が漏れ出るイルワだった。

 

 

 ソウゴは天井に向かって拳を振り上げ、上階への通路を作るとオークション会場へ急ごうとした。その時、先程の少年がソウゴを呼び止める。

 

「兄ちゃん! 助けてくれてありがとう! あの子も絶対助けてやってくれよ! すっげー怯えてたんだ。俺、なんも出来なくて……」

 

 どうやらこの少年、亜人族とか関係なく、ミュウを励まそうとしていたらしい。自分も捕まっていたというのに中々根性のある少年だ。自分の無力に悔しそうに俯く少年の頭を、ソウゴはわしゃわしゃと撫で回した。

「わっ、な、何?」

「小僧、その悔しさを忘れるな。悔しいと思うなら、それはまだ貴様が諦めていない証拠だ。その悔しさこそが、大いなる覇道の第一歩なのだからな」

 

 それだけ言うと、ソウゴはさっさと踵を返して地下牢を出て行った。呆然と両手で撫でられた頭を抑えていた少年は、次の瞬間には目をキラキラさせて少し男らしい顔つきでグッと握り拳を握った。

 

 

 オークション会場は、一種の異様な雰囲気に包まれていた。

 

 会場の客は凡そ百人程。その誰もが奇妙な仮面をつけており、物音一つ立てずにただ目当ての商品が出てくる旅に番号札を静かに上げるのだ。素性をバラしたくないが為に、声を出す事も躊躇われるのだろう。

 

 

 そんな細心の注意を払っている筈の彼等ですら、その商品が出てきた瞬間思わず驚愕の声を漏らした。

 

 

 出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられた海人族の幼女ミュウだった。

 

 衣服は剥ぎ取られ裸で入れられており、水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。海人族は水中でも呼吸が出来るので、本物の海人族であると証明する為に入れられているのだろう。一度逃げ出したせいか、今度は手足に金属製の枷をはめられている。小さな手足には酷く痛々しい光景だ。

 

 多くの視線に晒され怯えるミュウを尻目に競りは進んでいく。もの凄い勢いで値段が上がっていく様だ。一度は人目に付いたというのに、彼等は海人族を買って隠し通せると思っているのだろうか。もしかすると、昼間の騒ぎをまだ知らないのかもしれない。

 

 ざわつく会場に、益々縮こまるミュウは、その手に持っていた金の懐中時計をギュッと握り締めた。それは、ソウゴが与えた物だ。ミュウと別れる際、ソウゴが約束の証としてミュウに握らせたものだ。尤も、泣いていたミュウはその時の言葉を聞いてなかったが。

 

 そのソウゴの懐中時計が、ミュウの小さな拠り所だった。

 

 

 母親と引き離され、辛く長い旅を強いられ、暗く澱んだ牢屋に入れられて、汚水に身を浸し、必死に逃げて、もうダメだと思ったその時、温かいものに包まれた。

 

 何だかいい匂いがすると目を覚ますと、目の前には豪勢な衣服を纏った青年がいる。驚いてジッと見つめていると、何故か逸らしてなるものかとでも言う様に、相手も見つめ返してきた。ミュウも、何だか意地になって同じ様に見つめ返していると、鼻腔を擽る美味しそうな匂いに気が逸れた。

 

 その後は聞かれるままに名前を答え、次に綺麗な黄金の光が迸ったかと思うと、温かいお湯に入れられ、青年に似た、しかし少し青みがかった白髪のウサミミお姉さんに体を丸洗いされた。温かなお風呂も優しく洗ってくれる感触もとても気持ちよくて、気がつけばシアと名乗るお姉さんを"お姉ちゃん"と呼び完全に気を許していた。

 

 膝の上に抱っこされ、食べさせてもらった串焼きの美味しさを、ミュウはきっと一生忘れないだろう。夢中になってあ~んされるままに食べていると、いつの間にかいなくなっていたソウゴと名乗る少年が帰ってきた。

 

 少し警戒心が湧き上がったが、可愛らしい服を取り出すと丁寧に着せてくれて、温かい手で何度も髪を梳かれている内に気持ちよくなってすっかり警戒心も消えてしまった。

 

 

 だから、保安署という所に預けられてお別れしなければならないと聞かされた時には、とてもとても悲しかった。

 

 

 母親と引き離され、ずっと孤独と恐怖に耐えてきたミュウにとって、遠く離れた場所で出会った優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんと離れ、再び一人になることは耐え難かったのだ。

 

 故に、ミュウは全力で抗議した。

 

 ソウゴの髪を引っ張ってやったし、頬を何度も叩いた。ソウゴが何か言っていた気もするが、そんなの無視だ。

 しかし、ミュウが一緒にいたかったお兄ちゃんとお姉ちゃんはこの時計を渡して、結局ミュウを置いて行ってしまった。

 ミュウは、身を縮こまらせながら考えた。

 

 やっぱり、痛いことしたから置いていかれたのだろうか? 我儘を言ったから怒らせてしまったのだろうか? 自分は、お兄ちゃんとお姉ちゃんに嫌われてしまったのだろうか?

 

 そう思うと、悲しくて悲しくて、ホロリと涙が出てくる。もう一度会えたら、痛くした事をゴメンなさいするから、時計も返すから、そうしたら今度こそ……どうか一緒にいて欲しい。

 

(お兄ちゃん……お姉ちゃん……)

 

 ミュウが心の中でそう呟いた時、不意に大きな音と共に水槽に衝撃が走った。「ひぅ!」と怯えた様に眉を八の字にして周囲を見渡すミュウ。すると、すぐ近くにタキシードを着て仮面をつけた男が、しきりに何か怒鳴りつけながら水槽を蹴っている様だと気が付く。

 

 どうやら更に値段を釣り上げる為に泳ぐ姿でも客に見せたかったらしく、一向に動かないミュウに痺れを切らして水槽を蹴り飛ばしているらしい。

 

 しかしますます怯えるミュウは、寧ろ更に縮こまり動かなくなる。ソウゴの懐中時計を握り締めたままギュウと体を縮めて、襲い来る衝撃音と水槽の揺れにひたすら耐える。

 

 

 フリートホーフの構成員の一人で裏オークションの司会をしているこの男は、余りに動かないミュウに、もしや病気なのではと疑われて値段を下げられるのを恐れて、係の人間に棒を持ってこさせた。それで直接突いて動かそうというのだろう。ざわつく客に焦りを浮かべて思わず悪態をつく。

「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせているんじゃありませんよ。半端者の能無しの如きが!」

 そう言って、司会の男が脚立に登り上から棒をミュウ目掛けて突き降ろそうとした。その光景にミュウはギュウと目を瞑り、衝撃に備える。

 が、やってくる筈の衝撃の代わりに届いたのは……聞きたかった人の声だった。

 

 

「そう言う貴様は畜生以下の蛆であろうが」

 

 

 次の瞬間、天井より舞い降りた人影が司会の男の頭を踏みつけると、そのまま脚立ごと猛烈な勢いで床に押し潰した。ビシャアア! と司会の男から破裂した様に血が飛び散る。正に圧殺という有様だった。

 

 衝撃的な登場をした人影──ソウゴは、潰れて一瞬で絶命した男の事など目もくれず、水槽を殴りつけた。バリンッ! という破砕音と共に水槽が壊され中の水が流れ出す。

 

「ひゃう!」

 

 流れの勢いで、ミュウも外へと放り出された。思わず悲鳴を上げるミュウだったが、直後ふわりと温かいものに受け止められて瞑っていた目を恐る恐る開ける。

 そこには会いたいと思っていた人が、声が聞こえた瞬間どうしようもなく期待し思い浮かべた人が……確かにいた。自分を抱きとめてくれていた。ミュウは目をパチクリとし、初めて会った時の様にジーっとソウゴを見つめる。

 

「ミュウ。約束通り迎えに来たぞ?」

 

 確りとミュウの目を見てそんな事を言うソウゴに、ミュウはやはりジーっと見つめたまま、ポツリと囁く様に尋ねる。

「……お兄ちゃん?」

「言っただろう? 直ぐにまた会えると。泣いていたから聞いていなかったかもしれんがな。……よく我慢した、偉いぞ」

 ソウゴが微笑みながらそう返すと、ミュウはまん丸の瞳をジワッと潤ませる。

 そして……

 

「お兄ちゃん!!」

 

 ソウゴの首元にギュウ~ッと抱きついてひっぐひっぐと嗚咽を漏らし始めた。ソウゴは穏やかな表情でミュウの背中をポンポンと叩く。そして、手早く毛布でくるんでやった。

 

 

 すると、再会した二人に水を差す様にドタドタと黒服を着た男達がソウゴとミュウを取り囲んだ。客席は、どうせ逃げられる筈がないとでも思っているのか、ざわついてはいるものの未だ逃げ出す様子は無い。

「おいクソガキ、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪い様だな。その商品を置いていくなら、苦しまずに殺してやるぞ?」

 二十人近くの屈強そうな男に囲まれて、ミュウは首元から顔を離し不安そうにソウゴを見上げた。

「お兄ちゃん……」

「心配するな。今は少し休め」

 ソウゴはミュウの耳元に顔を近づけてそう呟くと、ミュウの額に指を当てて睡眠魔術を掛けて眠らせた。途端、ミュウは安心しきった様な寝顔でソウゴの肩に頭を預けた。

「てめぇ、何無視してんだ、アァ!?」

 完全に無視された形の黒服は額に青筋を浮かべて、商品に傷をつけるな! ガキは殺せ! と大声で命じた。

 

 その瞬間、リーダー格と思われる黒服が左右真っ二つに開いて床に倒れた。

 

 誰もが「えっ?」と事態を理解できない様に目を丸くして血の池に沈む黒服を見つめる。

 その隙に、ソウゴは更に手刀を振るう。誰もが何をされているのかわからず硬直している間に次々と首が舞い、彼等が正気を取り戻す頃には十二体の首無し死体が出来上がった。

 

「い、いやぁああああああっ! 人でなしよぉ!」

「こ、殺されるっ! アイツは悪魔だ!」

 

 その時になって漸く、目の前の青年を尋常ならざる相手だと悟ったのか黒服たちは後退り、客達は悲鳴を上げて我先にと出口に殺到し始めた。

 

 しかし悲しいかな、既にこの空間の出入り口はソウゴに細工されており、ダニ一匹逃げ出す事の出来ない閉鎖空間になっていたのだ。

 

「お、お前、何者なんだ! 何が、何で……こんなっ!」

 混乱し恐怖に戦きながらも、必死に虚勢を張って声を荒げる黒服の一人。奥から更に十人ほどやってきたがホールの惨状をみて尻込みしている。

 そんな彼等を、ソウゴは最早視線を向けるどころか視界にすら入れてなかった。

 ソウゴはただ静かに、最後の一手を放つ。

 

獅子の大鎌(ライトニング・クラウン)

 

 瞬間。ソウゴを中心に光と衝撃が広がり、ソウゴとミュウ以外の全ての人間が一瞬にして切り刻まれた。慣性の法則やら重力やらに従い、バラバラボトボトと肉片が床に散らばり、辺り一面を紅蓮の花畑に染め上げた。

 

「安らかに、とは言わん。子供の命を金儲けに使った事の報いだ」

 

 周囲に生命反応が無い事を確認したソウゴは、眠るミュウを抱きなおして会場の外へと歩き出した。

 

 

 

「倒壊した建物二十二棟、半壊した建物四十四棟、消滅した建物五棟、フリートホーフの構成員に生存者無し、他裏組織の人間が二千人以上死亡、それ以外に行方不明者百十九名……で? 何か言い訳はあるかい?」

「ほぅ、貴様等が手を焼いていた阿呆共を代わりに潰してやったのに感謝も無しか。最近の若者は年長者を敬う事を知らんらしい、悲しい事だな」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 冒険者ギルドの応接室で、報告書片手にジト目でソウゴを睨むイルワだったが、出された茶菓子を膝に載せた海人族の幼女と分け合いながらモリモリ食べている姿と、逆説教をかます発言に激しく脱力する。

「まさかと思うけど……メアシュタットからリーマンが逃げたという話……関係無いよね?」

「そんな事知る訳無いだろう。……ミュウ、これも美味いぞ? 食ってみろ」

「あ~ん」

 ソウゴは平然とミュウにお菓子を食べさせているが、隣に座るシアの目が一瞬泳いだのをイルワは見逃さなかった。再び深い、それはもうとても深い溜息を吐く。片手が自然と胃の辺りを撫でさすり、傍らの秘書長ドットが気の毒そうな眼差しと共にさり気なく胃薬を渡した。

 

「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、実際私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きは真っ当な商売をしているし、仮に違法な現場を検挙しても蜥蜴の尻尾切りでね。……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」

「元々それが貴様等の仕事だろうが。今回は偶然知り合った子供の命が危なかったから手を出しただけだ。要は貴様等の怠慢のツケだ、甘んじて受け入れろ」

「……耳が痛いなぁ」

 

 苦笑いするイルワは、何だか二十年くらい一気に年をとった様だ。それを見てイルワで遊ぶ気が済んだのか、ソウゴはイルワに提案してみる。

「一応見せしめを兼ねて盛大にやったんだ。貴様も私の名前使っても構わんぞ? 何なら、貴様お抱えの"金"という事にすれば……相当抑止力になるだろう?」

「おや、いいのかい? それは凄く助かるのだけど……そういう利用される様なのは嫌うタイプだろう?」

 

 ソウゴの言葉に、意外そうな表情を見せるイルワ。だがその瞳は「えっ? マジで? 是非!」と雄弁に物語っている。ソウゴはそれを見抜き、笑いながら口を開く。

「まぁ、個人的に貴様を気に入ったというところだ。自分で言うのもアレだが、身内には寛容な方だぞ? 何なら、私の持つ技術を幾つか下賜してやってもいい」

 その言葉はイルワからしても棚から牡丹餅だったので、ソウゴからの提案を有り難く受け取る。

 

 

 因みにその後、フリートホーフ他有力勢力の崩壊に乗じて勢力を伸ばそうと画策した中小組織が、イルワの「なまはげが来るぞ~」と言わんばかりの効果的なソウゴ達の名の使い方のお陰で大きな混乱が起こる事はなかった。

 この件でソウゴは"フューレン支部長の懐刀"とか"虐殺の悪魔"とか"子供の英雄"とか色々二つ名が付く事になったが……ソウゴの知った事ではない。

 

 大暴れしたソウゴ達の処遇については、イルワが関係各所を奔走してくれたお陰と、意外にも治安を守る筈の保安局が正当防衛的な理由で不問としてくれたので特に問題は無かった。どうやら保安局としても、一度預かった子供を保安署を爆破されて奪われたというのが相当頭に来ていた様だ。

 

 また、日頃自分達を馬鹿にする様に違法行為を続ける裏組織は腹に据えかねていた様で、挨拶に来た還暦を超えているであろう局長は、実に男臭い笑みを浮かべながらソウゴ達にサムズアップして帰っていった。心なし、足取りが「ランランル~ン」といった感じに軽かったのがその心情を表している。

 

 

「それで、そのミュウ君についてだけど……」

 イルワがはむはむとクッキーを両手で持ってリスの様に食べているミュウに視線を向ける。ミュウはその視線にビクッとなると、またソウゴ達と引き離されるのではないかと不安そうにソウゴやユエ、シア、ティオを見上げた。

「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか……二つの方法がある。君達はどっちがいいかな?」

 そのイルワの問いに、ソウゴは迷う事無く答える。

「呵々、私とて不肖ながら仮面ライダーの名を背負う者の端くれ。子供を見捨てる真似など先達にも家臣達にも顔向け出来んよ。この娘は責任を持って私が送り届けよう」

 

「ソウゴさん!」

「お兄ちゃん!」

 

 一部よく分からない言葉があったものの、満面の笑みで喜びを表にするシアとミュウ。【海上の都市エリセン】に行く前に【グリューエン大火山】の大迷宮を攻略しなければならないが、ソウゴは「まぁ、特に問題はあるまい」と内心策があるのかミュウの同行を許す。

「しかしミュウよ。そのお兄ちゃんというのは止めてくれないか? 流石にこの歳になってその呼ばれ方は気恥ずかしい」

 

 喜びを表に抱きついてくるミュウに、面白半分にそんな事を要求するソウゴ。外見上はシアと同程度だが、実際はティオよりも年上なのだ。言葉通り、少々気恥ずかしいものがあるのだろう。

 

 ソウゴの要求に、ミュウは暫く首をかしげると、やがて何かに納得したように頷き……その場の全員の予想を斜め上に行く答えを出した。

 

「……パパ」

「……ほぅ」

 

 ソウゴが少しの驚きと共に目を開いている内に、シアがおずおずとミュウに何故"パパ"なのか聞いてみる。すると……

「ミュウね、パパいないの……ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……だからお兄ちゃんがパパなの」

 ミュウが説明を終えた瞬間、ソウゴの笑い声が響いた。

 

「……はっはははははははははは! そうかそうか、パパか! 私を父と呼ぶか!ははっ、全く愛い奴よのぉ。よかろう、お前はこれより私の娘よ! ……くくっ、それにしてもパパか、そう呼ばれるのは久しいな。実に十年振りか?」

 

 何やら納得した様なソウゴは笑いながらミュウを抱き上げる。ミュウも「うきゃー!」と喜びの声を上げて笑顔を作った。

 

 

 その様子を、ユエも含めたその場の全員が唖然とした表情で見ていた。

 

 

 

 イルワとの話し合いを終え宿に戻ってからは、誰がミュウに"ママ"と呼ばせるかで紛争が勃発した。

 結局、"ママ"は本物のママしかダメらしく、ユエもシアもティオも"お姉ちゃん"で落ち着いた。

 そして夜、ミュウたっての希望で全員で川の字になって眠る事になり、ミュウがソウゴと誰の間で寝るかで再び揉めて、「揉めるぐらいなら私が決めるぞ」とソウゴが強引にティオを選び、その事でユエとシアが不満をたらたらと流すという出来事があったが、なんとか眠りに付き激動の一日を終える事が出来た。

 

 

 

 

 翌日、イルワや保安局の人間、そしてクデタ伯爵家の見送りを受けたソウゴの肩には、ちょこんと座るミュウの姿があった。慣れた様に幼女を肩車し、落ちない様に足を支えるソウゴと、そんなソウゴの頭にひしっと抱き着くミュウの姿は、確かに父娘に見えた。

 

 この日確かに、最高最善の魔王は六人目の娘を迎えた。

 

 

 これより、子連れ魔王の旅が始まる!

 

 

 




今回の豆知識


魔皇石
キバ・エンペラーフォームが使うザンバットソードの刀身部分の素材。

アダマントストーン
ウィザード・インフィニティースタイルの装甲、及びアックスカリバーの素材。


監視を瞬殺した時の攻撃
『騎士は徒手にて死せず』とモーフィングパワーの合わせ技。そこに覇気も乗せている。


ソウゴの娘について

長女…アイドル兼女優兼軍人というてんこ盛り。時々仕事をサボる。
次女…所謂苦労人。国民や家臣からはソウゴの後継者と言われている。
三女…魔術の天才だが脳味噌お花畑の天然。甘えん坊。
四女…引きこもり。歌うのが好きで、時々歌声が漏れ聞こえる。
五女…現在唯一のソウゴの実子。家出した先の世界で百合ハーレムを作った。
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