ありふれぬ魔王が世界最強   作:合将鳥

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ソウゴ視点の大まかな戦力評価(現時点)



光輝…屑ヤミーに毛が生えた程度。

その他召喚組…それ未満。


ユエ…バットオルフェノクより少し下。

シア…グロンギのメ集団の中位。

ティオ…ガルド系ミラーモンスターの強個体。




第十六話 再臨

「ヒャッハー! ですぅ!」

 

 

 左手側の【ライセン大峡谷】と右手側の雄大な草原に挟まれながら、ライドストライカーとトライドロンが太陽を背に西へと疾走する。

 

 街道の砂埃を巻き上げながらそれでも道に沿って進むトライドロンと異なり、ストライカーの方は峡谷側の荒地や草原を行ったり来たりしながらご機嫌な様子で爆走していた。

 

「シアめ、えらくご機嫌だな。辺境の破落戸(ごろつき)共の様な雄叫びなぞ上げよって」

「……むぅ。ちょっとやってみたいかも」

 トライドロンの運転席でハンドルを握るソウゴが、呆れた様な表情で呟いた。

 

 

 ソウゴの言葉通り、今シアはトライドロンの方には乗っていない。一人でストライカーを運転しているのである。

 

 元々シアは、ストライカーの風を切って走る感じがとても気に入っていたのだが、最近人数が多くなり、すっかりトライドロンでの移動が主流になっていた為少々不満に思っていたのだ。

 窓から顔を出して風を感じる事は出来るが、やはり何とも物足りないし、トライドロンの車内ではソウゴの隣はユエの指定席なので、ストライカーの時の様にソウゴにくっつく事も出来ない。それならば、運転の仕方を教わり自分でストライカーを走らせてみたいとソウゴに懇願したのである。

 

 それでソウゴから与えられたのが、今乗っている量産型ライドストライカーである。元々特別な技術や操作が必要ではない為シアにとっては大して難しいものでもなく、あっという間に乗りこなしてしまった。そして、その魅力に取り憑かれたのである。

 今も奇声を発しながら右に左にと走り回り、ドリフトしてみたりウィリーしてみたり、その他ジャックナイフやバックライドなどプロのエクストリームバイクスタント顔負けの技を披露している。

 

 シアのウサミミが「ヘイヘイ、どうだい私のテクは?」とでも言う様にちょっと生意気な感じで時折ソウゴの方を向くのが、微笑ましいが地味にイラっとくる。偶に乗り物に乗ると性格が豹変する人種がいるが、シアもその類なのかもしれない。

 

 

 ソウゴの傍らで同じ様にシアの様子を見ていたユエが、ちょっと自分もやりたそうにしている。ユエにもストライカーを渡しておくか……とぼんやり考えるソウゴ。

 

 そんなソウゴに、ユエの更に隣で窓から顔を出して気持ちよさそうにしていた三、四歳くらいの幼女──ミュウがいそいそとユエの膝の上に攀じ登ると、そのまま大きな瞳をキラキラさせた。そしてハンドルを握りながら逆立ちし始めたシアを指差し、ソウゴにおねだりを始める。

 

「パパ! パパ! ミュウもあれやりたいの!」

「ミュウよ。やりたいという気持ちは大事だが、あれを真似してはいかんぞ」

 

 ミュウがユエの膝の上に座りながら、やんわり自分のお願いを否定して頭を撫でるソウゴに「やーなの! ミュウもやるの!」と全力で駄々をこねる。暴れるミュウが座席から転げ落ちない様、ユエが後ろから抱きしめて「……暴れちゃメッ!」と叱りつけた。「うぅ~」と可愛らしい唸り声を上げながらしょぼくれるミュウに、ソウゴは「そう落胆するな」と微笑みかける。

「後で私が乗せてやるから、それまでは我慢だ」

「……いいの?」

「ああ。シアと乗るのは絶対に駄目だぞ?」

「シアお姉ちゃんはダメなの?」

「駄目だ。いいか? 特に理由も無く妙なポーズで曲技運転する奴は危ないからな」

 

 ストライカーのハンドルの上に立ち、右手の五指を広げた状態で顔を隠しながら左手を下げ僅かに肩を上げるという奇妙なポーズでアメリカンな笑い声を上げるシア。

 

 そんなどこで知ったのか昔の旅仲間と同じ様な香ばしいポーズをとる彼女にジト目を向けながら、ソウゴはミュウに釘を刺す。見てないところでシアに乗せてもらったりするなよ? と。

「取り敢えず安全性を考慮してサイドバッシャーにするか……整備してあったか? 確か最後に乗ったのは……」

「ユエお姉ちゃん。パパがブツブツ言ってるの。変なの」

「……ソウゴパパは、ミュウが心配……意外に過保護」

「フフ、ご主人様は意外に子煩悩なのかの? ムフフ……」

 膝の上から自分を見上げてくるミュウの頭をいい子いい子しながら、ユエがミュウの話し相手を務める。

 

 ユエは、ミュウがソウゴにべったりなので中々二人っきりでイチャつく機会が持てず、若干欲求不満気味だったが、やはり懐いてくれるミュウが可愛いので仕方ないかと割り切っている。

 

 座席の後ろで、何やら妄想に熱が入り始めたのかハァハァという息遣いが煩くなってきたティオに魔術を撃ち込んで黙らせつつ、ユエは教育に悪いのでミュウの耳を塞ぐ。そして、「車内で撃つな、散らかるだろう」とソウゴに脳天へチョップを落とされつつ、遂にストライカーに乗る事すら無く、走らせたストライカーの後部に捕まって地面を直接滑り始めたシアを見ながら「私がしっかりしなきゃ!」とちょっと虚しい決意をするのだった。

 

 

 そのままトライドロンとストライカーが街道を並走しつつ少し、ソウゴ達は【宿場町ホルアド】に到着した。

 

 本来なら素通りしてもよかったのだが、【フューレン】のイルワから頼まれ事をされたので、それを果たす為に寄り道したのだ。と言っても、元々【グリューエン大砂漠】へ行く途中で通る事になるので大した手間ではない。

 

 ソウゴは懐かしげに目を細めて、【ホルアド】のギルドを目指して町のメインストリートを歩いた。ソウゴに肩車してもらっているミュウが、そんなソウゴの様子に気が付いた様で、不思議そうな表情をしながらソウゴのおでこを紅葉の様な小さな掌でペシペシと叩く。

「パパ? どうしたの?」

「ん? いや、前に来た事があってな」

 ミュウの疑問に簡潔に答えるソウゴ。どうやら四ヵ月前の出来事は、ソウゴにとっては態々思い出す程記憶に残るものでも無かったらしい。

 

 そのまま人通りの多い道を歩いていると、最早お馴染みの羨望と嫉妬の視線が突き刺さる。町に行く度に美女や美少女に囲まれているソウゴにそれらの視線が飛ぶのはいつもの事なので、ソウゴも一々気にしない。

 

 

 ソウゴ達は周囲の人々の視線を無視しながら、冒険者ギルドのホルアド支部に到着した。

 

 相変わらずミュウを肩車したまま、ソウゴはギルドの扉を開ける。他の町のギルドと違って、ホルアド支部の扉は金属製だった。重苦しい音が響き、それが人の入ってきた合図になっている様だ。

 

 前回ソウゴがホルアドに来た時は、冒険者ギルドに行く必要も無かったので中に入るのは今回が初めてだ。ホルアド支部の内装や雰囲気は、最初ソウゴが連想していた冒険者ギルドそのままだった。

 

 

 壁や床は所々壊れていたり大雑把に修復した跡があり、泥や何かの染みがあちこちに付いていて不衛生な印象を持つ。内部の作り自体は他の支部と同じで入って正面がカウンター、左手側に食事処がある。しかし他の支部と異なり、普通に酒も出している様で昼間から飲んだくれた野郎達が屯していた。

 二階部分にも座席がある様で、手すり越しに階下を見下ろしている冒険者らしき者達もいる。二階にいる者は総じて強者の雰囲気を出しており、そういう制度なのか暗黙の了解かはわからないが、高ランク冒険者は基本的に二階を使う様だ。

 

 冒険者自体の雰囲気も他の町とは違う様だ。誰も彼も目がギラついていて、ブルックの様な仄々した雰囲気は皆無だった。冒険者や傭兵など、魔物との戦闘を専門とする戦闘者達が自ら望んで迷宮に潜りに来ているのだから、気概に満ちているのは当然といえば当然なのだろう。

 

 しかし、それを差し引いてもギルドの雰囲気はピリピリしており、尋常ではない様子だった。明らかに、歴戦の冒険者をして深刻な表情をさせる何かが起きている様だ。

 

 

 ソウゴ達がギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の視線が一斉にソウゴ達を捉えた。

 

 

 その眼光のあまりの鋭さに、ソウゴに肩車されるミュウが「ひぅ!」と悲鳴を上げ、ヒシ! とソウゴの頭にしがみついた。

 

 冒険者達は、美女・美少女に囲まれた挙句幼女を肩車して現れたソウゴに、色んな意味を込めて殺気を叩きつけ始める。

 

 益々震えるミュウを肩から降ろし、ソウゴは片腕抱っこに切り替えた。ミュウはソウゴの胸元に顔を埋め、外界のあれこれを完全シャットアウトした。

 

 血気盛んな、或いは酔った勢いで席を立ち始める一部の冒険者達。彼等の視線は、「ふざけたガキをぶちのめす」と何より雄弁に物語っており、このギルドを包む異様な雰囲気からくる鬱憤を晴らす八つ当たりと、単純なやっかみ混じりの嫌がらせである事は明らかだ。

 ソウゴ達は単なる依頼者であるという可能性もあるのだが……既に彼等の中にその様な考えは無いらしい。取り敢えず話はぶちのめしてからだという、荒くれ者そのものの考え方でソウゴの方へ踏み出そうとした。

 

 だがしかし、次女程ではないが過保護で親バカであるソウゴが黙っている訳がなかった。

 既に、ソウゴの背後には悪鬼羅刹の百鬼夜行が浮き上がっており、ミュウを宥める手つきの優しさとは裏腹にその眼は凶悪に引き絞られていた。

 そして……

 

 

 ドンッ!!

 

 

 そんな音が聞こえてきそうな程濃密にして巨大且つ凶悪なプレッシャーが、ソウゴ達を睨みつけていた冒険者達に情け容赦一切なく叩きつけられた。

 

 先程冒険者達から送られた殺気が、まるで子供の癇癪に思える程絶大な圧力。既に物理的干渉力を持って久しいそれは、未熟な冒険者達の五感を奪うと同時に心臓を止めて意識を刈り取り、立ち上がっていた冒険者達の全てを触れる事無く三途の川へ送る。帰ってこれるかは本人達次第だ。

 

「……はぁ。ほ~れミュウ、もう怖いのはおらんぞ?」

 

 ソウゴは静かになった冒険者達に溜息を吐きつつ、顔を埋めるミュウにもう大丈夫だと声を掛ける。それでミュウも安心したのか、再び肩車を強請ってソウゴの首に跨る。ソウゴもそれを快く了承し、カウンターへと歩いて行った。

 

 実は冒険者達だけでなく、共に旅をして慣れていた筈のユエ達も若干背筋を凍らせていた事にソウゴは気付かず、辿り着いたカウンターの受付嬢に要件を伝える。

 

 

 因みに、受付嬢は可愛かった。シアと同じ年くらいの明るそうな娘だ。テンプレはここにあったらしい。尤も、普段は魅力的であろう受付嬢の表情は恐怖と緊張でめちゃくちゃ強張り、今にも泣き崩れそうだったが。

 

 

「支部長はいるか? フューレンのイルワから手紙を預かっているんだが……本人に直接渡せと言われてな」

 ソウゴはそう言いながら自分のステータスプレートを受付嬢に差し出す。受付嬢は、緊張しながらもプロらしく居住まいを正してステータスプレートを受け取った。

「は、はい! お預かりします。え、えっと……イルワ様、というと……フューレン支部のギルド支部長様からの依頼……ですか?」

 普通、一介の冒険者がギルド支部長から依頼を受けるなどという事はありえないので、少し訝しそうな表情になる受付嬢。しかし、渡されたステータスプレートに表示されている情報を見て目を見開いた。

 

「き、"金"ランク!?」

 

 冒険者において、"金"のランクを持つ者は全体の一割に満たない。そして"金"のランク認定を受けた者についてはギルド職員に対して伝えられるので、当然この受付嬢も全ての"金"ランク冒険者を把握しているのだが、ソウゴの事など知らなかったので思わず驚愕の声を漏らしてしまった。

 

 その声に、復活したギルド内の冒険者も職員も含めた全ての人が受付嬢と同じ様に驚愕に目を見開いてソウゴを凝視する。建物内が俄に騒がしくなった。

 

 受付嬢は、自分が個人情報を大声で晒してしまった事に気がついてサッと表情を蒼褪めさせる。そして、ものすごい勢いで頭を下げ始めた。

「も、申し訳ありません! 本当に、申し訳ありません!」

「構わん。取り敢えず、ここの支部長に取り次いでくれ」

「は、はい! 少々お待ちください!」

 放っておけばいつまでも謝り続けそうな受付嬢に、ソウゴは鼻を鳴らす。【ウルの町】で軽く蹂躙し、【フューレン】で複数の裏組織を壊滅させるなど大暴れしてきた以上、身分の秘匿など今更だと思ったのだ。

 

 子連れで美女・美少女ハーレムを持つ、見た目青年の"金"ランク冒険者にギルド内の注目がこれでもかと集まるが、注目されるのは普段の事なので割り切って受付嬢を待つソウゴ達。

 

 注目される事に慣れていないミュウが、居心地悪そうなので全員であやす。ティオのあやし方が情操教育的に悪そうだったのでデコピンをお見舞いしておく。その事で更に騒がしくなったが、やはり無視だ。

 

 

 やがて、と言っても五分も経たない内。ギルドの奥からズダダダッ! と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。

 

 

 何事だとソウゴ達が音の方を注目していると、カウンター横の通路から全身黒装束の少年がズザザザザザーッと床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出てきて、誰かを探す様にキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

 

 ソウゴはその人物に見覚えがあり、こんな所で見かけるとは思わなかったので少し驚いた様に呟いた。

 

 

「あれは……確か、遠藤浩介だったか?」

 

 

 そう。そこにいたのは攻略組の一人──遠藤浩介その人だった。

 

 

 

 ソウゴの呟きに、"!"と某ダンボール好きな傭兵のゲームに出てくる敵兵の様な反応を見せた遠藤は辺りをキョロキョロと見渡し、それでも目当ての人物が見つからない事に苛立った様に大声を出し始めた。

 

 

「常磐ぁ! いるのか!? お前なのか!? 何処なんだ常磐ぁ! 生きてんなら出てきやがれ、常磐ソウゴォ!!」

 

 

 あまりの大声に、思わず耳に指で栓をする者が続出する。その声には、単に死んだ筈のクラスメイトが生存しているかもしれず、それを確かめたいという気持ち以上の必死さが含まれている様だった。

 

 ユエ達の視線が一斉にソウゴの方を向く。ソウゴは未だに自分の名前を大声で連呼する遠藤に、頭をガリガリと掻くと「何をしてるんだアレは……」という表情をしながらも声をかけた。

 

「おい小僧、貴様の目は節穴か?」

「!? 常磐! 何処だ!?」

 

 ソウゴの声に反応して、グリンッと顔をソウゴの方に向ける遠藤。余りに必死な形相に、ソウゴは思わず顔を引いた。

「お、お前……常磐……本当に?」

「貴様の中で私がどう見えてるのか知らんが、常磐ソウゴは天上天下この私唯一人よ」

 上から下までマジマジと観察し、記憶にあるソウゴの言動や雰囲気の余りの違いに半信半疑の遠藤だったが、その顔や声に漸く信じる事にした様だ。

「お前……生きていたのか」

「寧ろあの程度で死ぬ方がおかしかろう」

「何か、えらく変わってるんだけど……雰囲気とか口調とか……」

「こっちが素だ、慣れろ」

「え、マジ? いやでも、そうか……ホントに生きて……」

 

 威風堂々としたソウゴの態度に困惑する遠藤だったが、それでも死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵した様に目元を和らげた。

 

 

 いくら香織に構われている事に他の男と同じ様に嫉妬の念を抱いていたとしても、また檜山達のイジメを見て見ぬふりをしていたとしても、死んでもいいなんて恐ろしい事を思える筈もない。ソウゴの死は大きな衝撃であった。だからこそ遠藤は、純粋にクラスメイトの生存が嬉しかったのだ。

 

 

「っていうかお前……冒険者してたのか? しかも"金"って……」

「暇潰しの結果だよ、私が望んだものではない」

 ソウゴの返答に遠藤の表情がガラリと変わる。クラスメイトが生きていた事にホッとした様な表情から切羽詰った様な表情に。

 

 そこでソウゴは、遠藤がボロボロな姿である事に気がついた。一体何があったんだと内心興味が湧く。

 

「……つまり、迷宮の深層から自力で生還できる上に、冒険者の最高ランクを貰えるくらい強いって事だよな? 信じられねぇけど……」

「貴様が信じようが信じまいが、それが事実だ」

 

 遠藤の真剣な表情でなされた確認に肯定の意をソウゴが示すと、遠藤はソウゴに飛びかからんばかりの勢いで肩を掴みに掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。

「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう! 一人でも多くの戦力が必要なんだ! 健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ! 頼むよ常磐!」

「ちょっと待て、まず落ち着け。一からとは言わんが簡潔に説明しろ。勇者とメルドはどうした?」

 ソウゴが大した印象の無い遠藤のあまりに切羽詰った尋常でない様子に、冷静になれと問い返す。すると、遠藤はメルドの名が出た瞬間、酷く暗い表情になって膝から崩れ落ちた。そして、押し殺した様な低く澱んだ声でポツリと呟く。

「……んだよ」

「何だ? はっきり喋れ」

「……死んだって言ったんだ! メルド団長もアランさんも他の皆も! 迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ! 俺を逃がす為に! 俺のせいで! 死んだんだ! 死んだんだよぉ!」

「……そうか」

 癇癪を起こした子供の様に「死んだ」と繰り返す遠藤に、ソウゴはただ一言そう返した。

 

 

 ソウゴが天職を隠し、クラスメイト同士の鍛錬にも参加しなかった為に、ソウゴとメルドとの接点はそれほど多くなかった。精々初日の夜に数度の模擬戦で軽くあしらった程度だ。

 

 しかし、それでもメルドが気のいい男であった事は覚えているし、ソウゴが奈落に落ちた時、混乱しながらも自分の指示を正確に受け取った事を覚えている。ウルで会った優花達や、遠藤がソウゴの生存を知らなかった事もその証拠だろう。

 

 そんな彼が死んだと聞かされれば、少なからず残念とは思う。

 

 

「で? 何があったんだ?」

「それは……」

 尋ねるソウゴに、遠藤は膝を付き項垂れたまま事の次第を話そうとする。そこで、しわがれた声による制止がかかった。

 

「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは俺の客らしいしな」

 

 声の主は、六十歳過ぎ位のガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男だった。その眼からは、長い年月を経て磨かれたであろう深みが見て取れ、全身から覇気が溢れている。

 

 ソウゴは先程の受付嬢が傍にいる事からも、彼がギルド支部長だろうと当たりをつけた。そして遠藤の慟哭じみた叫びに、再びギルドに入ってきた時の不穏な雰囲気が満ち始めた事から、この場で話をするのは相応しくないだろうと判断し大人しく従う事にした。

 

 恐らく遠藤は、既にここで同じ様に騒いで、勇者一行や騎士団に何かがあった事を晒してしまったのだろう。ギルドに入った時の異様な雰囲気はそのせいだ。

 

 ギルド支部長と思しき男は、遠藤の腕を掴んで強引に立たせると有無を言わさずギルドの奥へと連れて行った。遠藤はかなり情緒不安定な様で、今はぐったりと力を失っている。

 

 きっと退屈はしないだろうと不謹慎な事を考えながら、ソウゴ達は後を付いていった。

 

 

 

「……魔人族……ね」

 

 冒険者ギルドホルアド支部の応接室に、ソウゴの呟きが響く。

 

 

 対面のソファにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと遠藤が座っており、遠藤の正面にソウゴが、その両サイドにユエとシアが、シアの隣にティオが座っている。ミュウはソウゴの膝の上だ。

 

 遠藤から事の次第を聞き終わったソウゴの第一声が先程の呟きだった。魔人族の襲撃に遭い、勇者パーティが窮地にあるというその話に遠藤もロアも深刻な表情をしており、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。

 

 ……のだが、ソウゴの膝の上で幼女がモシャモシャと頬を栗鼠の様に膨らませながらお菓子を頬張っている為、イマイチ深刻になりきれていなかった。ミュウにはソウゴ達の話は少々難しかった様だが、それでも不穏な空気は感じ取っていた様で不安そうにしているのを、見かねたソウゴがお菓子を与えておいたのだ。

 

「つぅか! 何なんだよその子! 何で菓子食わせうぼぁっ!!!??」

 

 場の雰囲気を壊す様なミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった遠藤がビシッと指を差しながら怒声を上げるが、言い切る前にスタンドの拳が遠藤の顔面を襲った。

「いきなり叫ぶな、うちの娘が驚くだろうが。次に同じ事をすれば、爪を剥いで指先からミリ単位で刻んでいくぞ?」

 ソファに倒れこみガクブルと震える遠藤を尻目にミュウを宥めるソウゴに、ロアが呆れた様な表情をしつつ埒が明かないと話に割り込んだ。

「さてソウゴ、いやソウゴ殿。イルワからの手紙で貴殿の事は大体分かっている。随分と大暴れした様ですな?」

「暇潰し序の結果論だよ」

 

 暇潰し程度の心構えで成し遂げられる事態では断じてなかったのだが、事も無げな様子で何処からか取り出したティーセットで茶を啜るソウゴに、ロアは面白そうに唇の端を釣り上げた。

 

 

「手紙には、貴殿の"金"ランクへの昇格に対する賛同要請と、出来る限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんですが……たった一人で六万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……俄には信じられん事ばかりだが、イルワの奴が適当な事を態々手紙まで寄越して伝えるとは思えん……もう、貴殿が実は魔王だと言われても俺は不思議に思いませんぞ」

 

 

 ロアの言葉に、遠藤が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。自力で【オルクス大迷宮】の深層から脱出したソウゴの事を、それなりに強くなったのだろうとは思っていたが、それでも自分よりは弱いと考えていたのだ。

 

 

 何せソウゴの天職は非戦系職業と考えられており、元は"無能"と呼ばれていた上、"金"ランクと言っても、それは異世界の冒険者の基準であるから、自分達の様に召喚された者とは比較対象にならない。なので精々、破壊した転移陣の修復と戦闘のサポートくらいなら出来るだろう位の認識だったのだ。

 

 元々遠藤が冒険者ギルドにいたのは、高ランク冒険者に光輝達の救援を手伝ってもらう為だった。勿論深層まで連れて行く事は出来ないが、せめて転移陣の守護位は任せたかったのである。

 駐屯している騎士団員もいるにはいるが、彼等は王国への報告等やらなければならない事があるし、何よりレベルが低すぎて、精々三十層の転移陣を守護するのが精一杯だった。七十階層の転移陣を守護するには、せめて"銀"ランク以上の冒険者の力が必要だったのである。

 

 そう考えて冒険者ギルドに飛び込んだ挙句、二階のフロアで自分達の現状を大暴露し、冒険者達に協力を要請したのだが、人間族の希望たる勇者が窮地である上に騎士団の精鋭は全滅、おまけに依頼内容は七十層で転移陣の警備というとんでもないもので、誰もが目を逸らし、同時に人間族はどうなるんだと不安が蔓延したのである。

 

 そして騒動に気がついたロアが遠藤の首根っこを掴んで奥の部屋に引きずり込み事情聴取をしているところで、ソウゴのステータスプレートをもった受付嬢が駆け込んできたという訳だ。

 

 

 そんな訳で遠藤は、自分がソウゴの実力を過小評価していた事に気がつき、もしかすると自分以上の実力を持っているのかもしれないと、過去のソウゴと比べて驚愕せずにはいられなかった。

 

 遠藤が驚きのあまり硬直している間も、ロアとソウゴの話は進んでいく。

「貴様、私の天職欄を見てないのか?」

「ん? どれどれ……」

 そう言ってソウゴのプレートを覗き込んだロアは、直後その天職を見て硬直する。

 

「正真正銘、私は大魔王である。自分の世界では、これでも一国を率いているのだよ」

 

「何と、これは大変なご無礼を。……だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて頂きたい」

「……勇者達の救出か?」

 遠藤が救出という言葉を聞いて、ハッと我を取り戻す。そして身を乗り出しながら、ソウゴに捲し立てた。

 

「そ、そうだ! 常磐! 一緒に助けに行こう! お前がそんなに強いなら、きっと皆助けられる!」

 

「……」

 見えてきた希望に瞳を輝かせる遠藤だったが、ソウゴの反応は芳しくない。呆れた様な表情で遠くを見ている様だ。遠藤は当然、ソウゴが一緒に救出に向かうものだと考えていたので、即答しない事に困惑する。

「どうしたんだよ! 今、こうしている間にもアイツ等は死にかけているかもしれないんだぞ! 何を迷ってんだよ! 仲間だろ!」

 

 

「……仲間?」

 

 

 ソウゴは逸らしていた視線を元に戻し、冷めた表情でヒートアップする遠藤を見つめ返した。その瞳に宿る余りの冷たさに思わず身を引く遠藤。先程の正体不明の攻撃を思い出し尻込みするが、それでもソウゴという貴重な戦力を逃す訳にはいかないので半ば意地で言葉を返す。

「あ、ああ。仲間だろ! なら、助けに行くのはとうぜ……」

 

「たかが一緒に召喚された程度の間柄の私が、何故態々足を運ばねばならんのだ。どうせ窮地に陥ったのも、あの勇者の小僧がいらん正義感を出して退かなかったからだろう? 自業自得だ間抜け」

 

「なっ!? そんな……何を言って……」

 ソウゴの予想外に冷たい言葉に狼狽する遠藤を尻目に、ソウゴは再びティーカップに視線を落とした。

 だがそこでふと、ソウゴは何か思い出した様に狼狽している遠藤にポツリと尋ねる。

 

「そういえば……白崎香織だったか、彼女はまだ無事か?」

 

 いきなりの質問に「えっ?」と一瞬疑問の声を漏らすものの、遠藤は取り敢えず何か話をしなければソウゴが協力してくれないのではと思い、慌てて香織の話をしだす。

 

「あ、ああ。白崎さんは無事だ。っていうか、彼女がいなきゃ俺達が無事じゃなかった。最初の襲撃で重吾も八重樫さんも死んでたと思うし……白崎さん、マジですげぇんだ。回復魔法がとんでもないっていうか……あの日、お前が落ちたあの日から、何ていうか鬼気迫るっていうのかな? こっちが止めたくなるくらい訓練に打ち込んでいて……雰囲気も少し変わったかな? ちょっと大人っぽくなったっていうか、いつも何か考えてるみたいで、ぽわぽわした雰囲気がなくなったっていうか……」

 

「……ふむ」

 聞いてない事も必死に話す遠藤に、ソウゴは一言そう返した。そして一拍。

 ソウゴは「はてさてどうしたものか……」とティーカップを置くと、傍らで自分を見つめているユエを見やる。

 

「……ソウゴ様のしたい様に。私は、どこでも付いて行く」

「わ、私も! どこまでも付いて行きますよ! ソウゴさん!」

「ふむ、妾も勿論ついて行くぞ。ご主人様」

「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」

 

 ユエがまたアピールを始めたので、慌てて自己主張するシア達。ミュウはよく分かっていない様だったが、取り敢えず仲間外れは嫌なのでギュッと抱きつきながら同じく主張する。

 対面で愕然とした表情をしながら、「え? 何このハーレム……」と呟いている遠藤を尻目に、ソウゴは仲間に己の意志を伝えた。

 

「……ふむ。あの小僧だけなら無視しようと思ったが、他の面々を巻き込むのも忍びない。面倒ではあるが、白崎香織と貴様の働きに免じて出向いてやるとしよう」

 

 ソウゴの本心としては光輝達がどうなろうと知った事では無かったし、勇者の傍は同時に狂った神にも近そうな気がして、態々近寄りたい相手ではなかった。

 

 

 だが、恐らくソウゴの事を気に病んで無茶をしているであろう香織には顔見せ位はしてもいいだろうと思ったのだ。

 序に、気紛れに覗いた記憶の中の遠藤の決死行に少し感心したのもある。少なくとも、願いを聞き届けるのも吝かではないと思う程には。

 

 

 危険度に関しては特に気にしていない。遠藤の話からすれば、【ウルの町】で戦った四つ目狼が出た様だが、キメラ等にしても奈落の迷宮で言うなら十層以下の強さだろう。何の問題もない。

「え、えっと……結局、一緒に行ってくれるんだよな?」

「ああ。……ロア、一応対外的には依頼という事にしておいてくれ」

「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからですな?」

「そうだ。それともう一つ、帰ってくるまでミュウの為に部屋を一つ貸してくれ」

「それくらいなら幾らでも」

 

 結局、ソウゴが一緒に行ってくれるという事に安堵して深く息を吐く遠藤を無視して、ソウゴはロアと嘖々話を進めていった。

 

 流石に迷宮の深層まで子連れで行く訳にも行かないので、ミュウをギルドに預けていく事にする。その際、ミュウが置いていかれる事に激しい抵抗を見せたが何とか全員で宥めすかし、序に子守役兼護衛役にティオも置いていく事にして、漸くソウゴ達は出発出来る事になった。

 急いで駆け出そうとする遠藤の背に、ソウゴが待ったをかける。

「な、何だよ?」

「少しジッとしていろ」

 そう言いながら、ソウゴは遠藤の頭を掴む。

「一体何を……」

「光あれ」

 その瞬間、ソウゴの掌から光の波動が漏れ出し、遠藤の全身を駆け巡る。すると、

 

「なっ、傷が!?」

 

 遠藤が脱出までに負った傷が全て塞がっていた。それだけでなく、疲労や装備の損傷までも直っている。

 遠藤は目を見開いた。ソウゴの回復の効力は香織と同等かそれ以上、速度も含めれば完全に上回っていた。

 

 驚く遠藤の頭を、ソウゴはそのままグシャグシャと撫でる。

 

「よくやった、遠藤浩介。友を救わんとする貴様の勇気ある逃亡が、結果的に私を動かした。その働き、この私をして称賛に値する」

 ソウゴは微笑みながら遠藤にそう言葉をかけ、指を鳴らしてオーロラカーテンを展開する。「急いでいるのだろう、ショートカットしていくぞ」と告げて灰色のオーロラに向かって歩き出すソウゴに、ユエ達は当然とばかりに付いていく。

 

 その後ろを遠藤は何が何やら分からないという顔をしながら付いていった。

 しかしその心は、ソウゴの言葉を受けて今までに無い程の高鳴りを訴えていた。謎の興奮を覚えつつ、遠藤は親友達の無事を祈った。

 

 

 

 

「うっ……」

「鈴ちゃん!」

「鈴!」

 

 

 呻き声を上げて身じろぎしながらゆっくり目を開けた鈴に、ずっと傍に付いていた香織と恵里が声に嬉しさを滲ませながら鈴の名を呼んだ。鈴は暫くボーっとした様子で目だけをキョロキョロと動かしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「し、知らない天井だぁ~」

「鈴、あなたの芸人根性は分かったから、こんな時までネタに走って盛り上げなくていいのよ?」

 

 喉が乾いているのだろう。しわがれ声でそれでも必死にネタに走る鈴に、彼女の声を聞いて駆け付けてきた雫が、呆れと称賛を半分ずつ含ませた表情でツッコミを入れた。そして傍らの革製の水筒を口元に持っていき水分を取らせる。

 ごきゅごきゅと可愛らしく喉を鳴らして水分を補給した鈴は、「生き返ったぜ! 文字通り!」とあまり洒落にならない事を言いながら頑張って身を起こす。香織と恵里がそれを支える。

 

 瀕死から意識を取り戻して、即座に明るい雰囲気を撒き散らすクラス一のムードメーカーに、今の今まで沈んだ表情だったクラスメイト達も口元に笑みを浮かべた。

 

 しかし、その明るい雰囲気とは裏腹に鈴の顔色は悪い。疲労もあるだろうし、血が足りていないという事もあるのだろう。青白い顔で目の下にも薄ら隈が出来ており、見せる笑みが少々痛々しい。体を何箇所も貫かれて、それでも起き抜けに笑みを見せられるのは、間違いなく彼女の“強さ”だ。雫も香織も、そんな鈴に尊敬混じりの眼差しを向ける。

「鈴ちゃん。まだ横になっていた方がいいよ。傷は塞がっても流れた血は取り戻せないから……」

「う~ん、このフラフラする感じはそれでか~。あんにゃろ~、こんなプリティーな鈴を貫いてくれちゃって……"貫かれちゃった♡"ってセリフはベッドの上で言いたかったのに!」

「鈴! お下品だよ! 自重して!」

 

 鈴が恨みがましい視線を虚空に向けながらそんな事をいい、恵里が頬を染めて鈴を嗜める。野村と中野が思わずといった感じで「ぶっ!?」と吹き出していたが、雫が一睨みするとスっと視線を逸らした。

 

「鈴、目を覚ましてよかった。心配したんだぞ?」

「よぉ、大丈夫かよ。顔真っ青だぜ?」

 起きていきなり騒がしい鈴に、小さく笑いながら光輝と龍太郎が近寄ってくる。

 

 一時"限界突破"の影響で弱体化し、且つ手痛い敗戦に落ち込んでいた光輝だったが、この即席の隠れ家に逃げ込んでからそれなりの時間が経っている為、どうにか持ち直した様だ。

 

「おはよー、光輝君、龍太郎君! 何とか逃げ切ったみたいだね? えっと、皆無事……あれ? 一人少ない様な……気のせい?」

「ああ、それは遠藤だろ。あいつだけ先に逃がしたんだ。あいつの隠形なら一人でも階層を突破出来ると思って……」

 

 光輝と龍太郎に笑顔で挨拶すると、鈴は周囲のクラスメイトを見渡し人数が足りない事に気がついた。鈴は戦闘中に意識を喪失していたので、光輝達は彼女の疑問に答えると共に現状の説明も行った。

 

 因みに、近藤と斎藤も既に石化は解除されていて、鈴より早く目を覚ましており事情説明は受けている。

 

「そっか、鈴が気絶してから結構時間が経っているんだね……あ、そうだ。カオリン、ありがとね! カオリンは鈴の命の恩人だね!」

「鈴ちゃん、治療は私の役目だよ。当然の事をしただけだから、恩人なんて大げさだよ」

「くぅ~、ストイックなカオリンも素敵! 結婚しよ?」

「鈴……青白い顔で言っても怖いだけだよ。取り敢えずもう少し横になろ?」

 香織に絡み、恵里に諫められる。行き過ぎれば雫によって物理的に止められる。全くもっていつも通りだった。もう二度と生きて地上に戻れないんじゃないかと、そんな事まで考え出していたクラスメイト達も敗戦なんて気にしないとでも言う様な鈴達のやり取りに、次第に心の余裕を取り戻し始めた。

 

 

 が、そんな明るさを取り戻し始めた空気に、水を差す輩はいつでもどこにでもいるものだ。

 

 

「……何ヘラヘラ笑ってんの? 俺等死にかけたんだぜ? しかも、状況はなんも変わってない! ふざけてる暇があったらどうしたらいいか考えろよ!」

 

 鈴を睨みながら怒鳴り声を上げたのは近藤だ。声は出していないが、隣の斎藤も非難する様な眼を向けている。

「おい、近藤。そんな言い方ないだろ? 鈴は雰囲気を明るくしようと……」

「うっせぇよ! お前が俺に何か言えんのかよ! お前が、お前が負けるから! 俺は死にかけたんだぞクソが! 何が勇者だ!」

 近藤の発言を諌めようと光輝が口を出すが、火に油を注いだ様に近藤は突然激高し、今度は光輝を責め立て始めた。

「てめぇ……誰のお陰で逃げられたと思ってんだ? 光輝が道を切り開いたからだろうが!」

 龍太郎が切れ気味に怒声を返す。負けじと近藤も言い返した。

「抑々勝っていれば、逃げる必要も無かっただろうが! 大体、明らかにヤバそうだったんだ。魔人族の提案呑むフリして、後で倒せば良かったんだ! 勝手に戦い始めやがって! 全部お前のせいだろうが! 責任取れよ!」

 近藤が立ち上がり、龍太郎が相対して睨み合う。近藤に共感しているのか、斎藤と中野も立ち上がって龍太郎と対峙した。

「龍太郎、俺はいいから……近藤、責任は取る。今度こそ負けはしない! もう、魔物の特性は把握しているし、不意打ちは通用しない。今度は絶対に勝てる!」

 

 握り拳を握ってそう力説する光輝だったが、斎藤が暗い眼差しでポツリとこぼした。

 

「……でも、"限界突破"を使っても勝てなかったじゃないか」

「そ、それは……こ、今度は大丈夫だ!」

「なんでそう言えんの?」

「今度は最初から"神威"を女魔人族に撃ち込む。皆は、それを援護してくれれば……」

「でも、長い詠唱をすれば厄介な攻撃が来るなんて分かり切った事だろ? 向こうだって対策してんじゃねぇの? それに、魔物だってあれで全部とは限らないじゃん」

 光輝が大丈夫だと言っても、近藤達には光輝の実力に対する不信感が芽生えているらしく、疑わしい眼差しを向けたまま口々に文句を言う。

 

 ここで光輝に責任やら絶対に勝てる保証等を求めても仕方ないのだが、どうやら死にかけたという事実と相手の有り得ない強さと数に平静さを失っている様だ。

 

 沸点の低い龍太郎が喧嘩腰で近藤達に反論するのも、彼等をヒートアップさせている要因だろう。次第に、彼等の言い争いを止めようと口を出した辻や吉野、野村も含めて険悪なムードが漂い始める。

 

 しまいには龍太郎が拳を構え、近藤が槍を構え始めた。場に一気に緊張が走る。光輝が「龍太郎!」と叫びながら彼の肩を掴んで制止するが、龍太郎は余程頭にきているのか額に青筋を浮かべたまま近藤を睨む事を止めない。近藤達の方も半ば意地になっている様だ。

 

 

「皆落ち着きなさい! 何を言ったところで、生き残るには光輝に賭けるしかないのよ! 光輝の"限界突破"の制限時間内に何としてでもあの女を倒す。彼女に私達を見逃すつもりが無いなら、それしかない。分かっているでしょ?」

 

 

 雫が両者の間に入って必死に落ち着く様に説得するが、やはり効果が薄い。鈴がフラフラと立ち上がりながら、近藤に謝罪までするが聞く耳を持たない様だ。香織がいい加減、一度全員を拘束する必要があるかもしれないと、密かに"縛煌鎖"の準備をし始めた時……それは聞こえた。

 

「グゥルルルルル……」

 

「「「「!?」」」」

 唸り声だ。とても聞き覚えのある低く腹の底に響く唸り声。

 全員の脳裏にキメラや黒い四つ目狼の姿が過ぎり、今までの険悪なムードは一瞬で吹き飛んで全員が硬直した。僅かな息遣いすらも、やたらと響く気がして自然と息が細くなる。視線が、通路の先のカモフラージュした壁に集中する。

 

 ザリッ! ザリッ! フシュー! フシュー!

 

 壁越しに何かを引っ掻く音と、荒い鼻息が聞こえる。誰かがゴクリと喉を鳴らした。臭い等の痕跡は遠藤が消してくれた筈で、例え強力な魔物でも壁の奥の光輝達を感知出来る筈は無い。そうは思っていても、緊張に体は強張り嫌な汗が吹き出る。

 

 

 完全回復には今暫く時間がかかる。鈴などはとても戦闘が出来る状態ではないし、香織と辻も治癒に魔力を使い過ぎて、まだ殆ど回復していない。前衛組はほぼ完治しているが、魔術主体の後衛組も半分程度しか魔力を回復出来ていない。回復系の薬も殆ど尽きており、最低でも後数時間は回復を待ちたかった。

 

 特に回復役の香織と辻、それに守り手の鈴が抜けるのは看過できる穴ではなかった。故に光輝達は、どうかまだ見つからないでくれと懇願じみた気持ちで外の部屋と隠れ部屋を隔てる壁を見つめ続けた。

 

 

 暫く外を彷徨いていた魔物だが、やがて徐々に気配が遠ざかっていった。そして、再び静寂が戻った。それでも暫くの間誰も微動だにしなかったが、完全に立ち去ったと分かると盛大に息を吐き、何人かはその場に崩れ落ちた。極度の緊張に、滝の様な汗が流れる。

「……あのまま騒いでいたら見つかっていたわよ。お願いだから、今は大人しく回復に努めて頂戴」

「あ、ああ……」

「そ、そうだな……」

 雫が頬を伝う汗をワイルドにピッ! と弾き飛ばしながら拭う。近藤達もバツが悪そうな表情をしながら矛を収めた。正に冷や水を浴びせかけられたという感じだろう。

 

 取り敢えず危機を脱したと全員が肩から力を抜いた……その瞬間。

 

 

「ガァアアアアアッ!!!」

 

 

 凄まじい咆哮と共に、隠し部屋と外を隔てる壁が粉微塵に粉砕された。

 

「うわっ!?」

「きゃぁああ!!」

 

 衝撃によって吹き飛んできた壁の残骸が弾丸となって隠し部屋へと飛来し、直線上にいた近藤と吉野に直撃した。悲鳴を上げて思わず尻餅をつく二人。

 

 次の瞬間、唖然とする光輝達の眼前に、まだ相対したくはなかった空間の揺らめきが飛び込んできた。

 

「戦闘態勢!」

「畜生! なんで見つかったんだ!」

 光輝が号令をかけながら、直ぐさま聖剣を抜いてキメラに斬りかかる。動きを止められては姿を見失ってしまうので距離を取られる訳にはいかない。龍太郎が悪態を吐きながら、外に繋がる通路の前に陣取ってこれ以上の魔物の侵入を防ごうとする。

 しかし……

 

「オォオオ!!」

 

「ぐぅう!!」

 直後にブルタール擬きがその鋼の如き体を砲弾の様に投げ出して体当たりをかました。そして龍太郎に猛烈な勢いをもって組み付き、そのまま押し倒した。

 

 その隙に黒猫が何十匹と一気に侵入を果たし、即座に何十本もの触手を射出する。弾幕の様な密度で放たれたそれは、容赦なく口論の時のまま固まった場所にいた近藤達に襲いかかった。咄嗟に手持ちの武器で迎撃しようとする近藤達だったが、いかんせん触手の数が多い。あわやそのまま串刺しかと思われたが……

 

「──"天絶"!」

「──"天絶"!」

 

 三十枚の光り輝くシールドが近藤達の眼前の空間に角度をつけて出現し、何とか軌道を逸らしていった。極々短い詠唱で、それでも辛うじて障壁を発動した技量には、誰もが舌を巻く程のものだ。二十枚の障壁を出した方が鈴であり、十枚出した方が香織である。

 

 ただ、やはり咄嗟に出したものである上に、鈴は体調が絶不調で香織は魔力が尽きかけている状態だ。その事実は、障壁の強度となって如実に現れた。

 

 障壁の砕かれる音が連続して木霊する。角度をつけて衝撃を逸らしている筈なのだが、それでも触手の猛攻に耐え切れず次々と砕かれていく。そしてその内の数本が、遂に角度のついたシールドに逸らされる事無く打ち砕き、その向こう側にいた標的──中野と斎藤に襲いかかった。

 

 咄嗟に身を捻る二人だったが、どちらも後衛組である為にそれ程身体能力は高くない。その為致命傷は避けられたものの、中野は肩口を、斎藤は太腿を抉られて悲鳴を上げながら地面に叩きつけられた。

 

「信治! 良樹! くそっ! 大介、手伝ってくれ!」

「……ああ、勿論だ」

 隠し部屋に逃げ込んでからずっと何かを考え込んでいた檜山に、近藤は気を遣ってあまり話しかけない様にしていたのだが、流石にそうも言っていられない状況だ。

 

 近藤は、負傷した中野と斎藤を一緒に鈴の傍に引きずって行く。体調が絶不調とはいえ、魔力残量はそれなりに残っている鈴の傍が一番の安全地帯だからだ。それに傍にいる方が、香織の治療を受けやすい。

 

「っ、光輝! "限界突破"を使って外に出て! 部屋の奴らは私達で何とかするわ!」

「だが、鈴達が動けないんじゃ……」

「このままじゃ押し切られるわ! お願い! 一点突破で魔人族を討って!」

「光輝! こっちは任せろ! 絶対死なせやしねぇ!」

「……分かった! こっちは任せる! "限界突破"!」

 雫と龍太郎の言葉に一瞬考えるものの、確かに状況を打開するにはそれしかないと光輝は決然とした表情をして、今日二度目の"限界突破"を発動する。

 

 "限界突破"の一日も置かない上での連続使用は、かなり体に負担がかかる行為だ。なので通常、"限界突破"の効力は八分程度であるが、もしかするともっと短くなっているかもしれない。そう予想して、光輝は他の一切を気にせず女魔人族を倒す事だけに集中し、隠し部屋を飛び出していった。

 

 

 隠し部屋から大きな正八角形の部屋に出た光輝の眼に、大量の魔物とその奥で白鴉を肩に止め周囲を魔物で固めた女魔人族が冷めた眼で佇んでいる姿が映った。

 光輝は心の内を、この様な窮地に追いやった怒りと仲間を救う使命感で滾らせ、女魔人族を真っ直ぐに睨みつける。

「ふん、手間取らせてくれるね。こっちは他にも重要な任務があるっていうのに……」

「黙れ! お前は俺が必ず倒す! 覚悟しろ!」

 

 光輝がそう宣言し、短い詠唱と共に聖剣に魔力を一気に送り込む。本来の"神威"には遠く及ばず女魔人族には届かないだろうが、それでも道を切り開く位は出来る筈だと信じて詠唱省略版"神威"を放とうとした。

 

 だが、輝きを増す聖剣を前に女魔人族は薄らと笑みを浮かべると、自身の周囲に待機させていたブルタール擬きに命じて何かを背後から引き摺り出してきた。

 訝しげな表情をする光輝だったが、その"何か"の正体を見て愕然とする。思わず構えた聖剣を降ろし目を大きく見開いて、震える声で()の名を呼んだ。

 

 

「……メ、メルドさん?」

 

 

 そう。そこには四肢を砕かれ全身を血で染めた瀕死のメルドが、ブルタール擬きに首根っこを掴まれた状態でいたのである。一見すれば、全身を弛緩させている事から既に死んでいる様にも見えるが、時折小さく上がる呻き声が彼等の生存を示していた。

 

「おま、お前ぇ! メルドさんを放せ──!?」

 

 光輝がメルドの有様に激昂し、我を忘れた様に魔人族の女へ突進しようとしたその瞬間、見計らっていたかの様な絶妙のタイミングで突然巨大な影が光輝を覆いつくした。

 

 ハッとなって振り返った光輝の目に、壁の如き巨大な拳が空気を破裂させる様な凄まじい勢いで迫ってくる光景が映る。

 光輝は本能的に左腕を掲げてガードするが、その絶大な威力を以て振るわれた拳はガードした左腕をあっさり押し潰し、光輝の体そのものに強烈な衝撃を伝えた。光輝はダンプカーにでも轢かれた様に途轍もない速度で弾け飛び、轟音と共に壁に叩きつけられた。背後の壁が、あまりの衝撃に放射状に破砕する。

 

「ガハッ!」

 

 衝撃で肺から空気が強制的に吐き出され、壁からズルリと滑り落ち四つん這い状態で無事な右腕を頼りに必死に体を支える光輝。その口から大量の血が吐き出された。どうやら先の一撃で内臓も傷つけたらしい。

 脳震盪も起こしている様で、焦点の定まらない視線が必死に事態を把握しようと辺りを彷徨い、そして見つけた。先程まで光輝がいた場所で拳を突き出したまま残心する体長三メートルはあろうかという巨大な魔物を。

 

 

 その魔物は、頭部が牙の生えた馬で、筋骨隆々の上半身からは極太の腕が四本生えており、下半身はゴリラの化物だった。血走った眼で光輝を睨んでおり、長い馬面の口からは呼吸の度に蒸気が噴出している。明らかに、今までの魔物とは一線を画す雰囲気を纏っていた。

 

 

 その馬頭は突き出した拳を戻すと共に、未だ立ち上がれずにいる光輝に向かって情け容赦なく濃密な殺気を叩きつけながら突進した。そして、光輝が蹲る場所の少し手前で跳躍した馬頭は、振りかぶった拳を光輝の頭上から猛烈な勢いで突き落とす。

 光輝は本能がけたたましく鳴らす警鐘に従って、ゴロゴロと地面を転がりながら必死にその場を離脱した。

 

 ドガガアァァァンッ!!

 

 直後。馬頭の拳が地面に突き刺さり、それと同時に赤黒い波紋が広がったかと思うと轟音と共に地面が爆ぜた。正に爆砕という表現がピッタリな破壊が齎される。

 これがこの馬頭の固有能力、"魔衝波"である。効果は単純で、魔力を衝撃波に変換する能力だ。だが単純故に凄まじく、強力な固有魔術である。

 

 

 どうにか脳震盪からだけは回復した光輝は、必死に立ち上がり聖剣を構えた。だがその時にはもう馬頭が眼前まで迫っており、再び拳を突き出していた。

 光輝は聖剣を盾にするが左腕は完全に粉砕されており、右腕一本では衝撃を流しきれず再び吹き飛ばされる。その後も、辛うじて致命傷だけは避けていく光輝だったが、四本の腕から繰り出される"魔衝波"を捌く事で精一杯となり、また最初の一撃によるダメージが思いの外深刻で動きが鈍く、反撃の糸口がまるで掴めなかった。

「ぐぅうっ! 何だこいつの強さは!? 俺は"限界突破"を使っているのに!!」

「ルゥアアアア!!」

 苦しそうに表情を歪めながら、"限界突破"発動中の自分を圧倒する馬頭の魔物に焦燥感を募らせる光輝は、このままではジリ貧だと思いダメージ覚悟で反撃に出ようとした。

 だが……

 

「ッ!?」

 

 その決意を実行する前に、光輝の足からカクンと力が抜ける。遂に"限界突破"の時間切れがやって来たのだ。短時間に二回も使った弊害か、今までより重い倦怠感に襲われ、踏み込もうとした足に力が入らない。

 その隙を馬頭が逃す筈もない。突然力が抜けてバランスを崩し、死に体となった光輝の腹部に馬頭の拳がズドン! と衝撃音を響かせながらめり込んだ。

 

「ガハッ!」

 

 血反吐を撒き散らしながら体をくの字に折り曲げて吹き飛び、光輝は再び壁に叩きつけられた。"限界突破"の副作用により弱体化していた事もあり、光輝の意識は容易く刈り取られ、肉体的にも瀕死の重傷を負い、倒れ込んだままピクリとも動かなくなった。即死しなかったのは恐らく、馬頭が手加減したのだろう。

 馬頭が光輝に近づき、首根っこを掴んで持ち上げる。完全に意識を失い脱力している光輝を、馬頭は女魔人族に掲げる様にして見せた。女魔人族はそれに満足げに頷くと、隠し部屋に突入させた魔物達を引き上げさせる。

 

 

 暫くすると、警戒心たっぷりに雫達が現れた。そして見た事も無い巨大な馬頭の魔物が、その手に脱力した光輝を持ち上げている姿を見て、表情を絶望に染めた。

 

「うそ……だろ? 光輝が……負けた?」

「そ、そんな……」

 

 意味の無い言葉が零れ落ちる。

 流石の雫や香織、鈴も言葉が出ない様で、その場に立ち尽くしている。そんな戦意を喪失している彼等に、女魔人族が冷ややかな態度を崩さずに話しかけた。

 

「ふん、こんな単純な手に引っかかるとはね。色々と……舐めてるガキだと思ったけど、その通りだった様だね」

 

 雫が蒼褪めた表情で、それでも気丈に声に力を乗せながら女魔人族に問いかける。

「……何をしたの?」

「ん? これだよ、これ」

 そう言って女魔人族は、未だにブルタール擬きに掴まれているメルドへ視線を向ける。その視線を辿り瀕死のメルドを見た瞬間、雫は理解した。

 

 メルドは、光輝の気を逸らす為に使われたのだと。知り合いが瀕死で捕まっていれば、光輝は必ず反応するだろう。それも、かなり冷静さを失って。

 

 恐らく前回の戦いで、光輝の直情的な性格を魔人族の女は把握したのだ。そしてキメラの固有能力でも使って、温存していた強力な魔物を潜ませて光輝が激昂して飛びかかる瞬間を狙ったのだろう。

 

「……それで? 私達に何を望んでいるの? 態々生かしてこんな会話にまで応じている以上、何かあるんでしょう?」

「ああ、やっぱりアンタが一番状況判断出来るようだね。なに、特別な話じゃない。前回のアンタ達を見て、もう一度だけ勧誘しておこうかと思ってね。ほら、前回は勇者君が勝手に全部決めていただろう? 中々アンタ等の中にも優秀な者はいる様だし、だから改めてもう一度ね。で? どうだい?」

 女魔人族の言葉に何人かが反応する。それを尻目に、雫は臆す事無く再度疑問をぶつけた。

「……光輝はどうするつもり?」

「ふふ、聡いね……。悪いが、勇者君は生かしておけない。こちら側に来るとは思えないし、説得も無理だろう? 彼は自己完結するタイプだろうからね。ならこんな危険人物、生かしておく理由は無い」

「……それは、私達も一緒でしょう?」

「勿論。後顧の憂いになるって分かっているのに生かしておく訳無いだろう?」

「今だけ迎合して、後で裏切るとは思わないのかしら?」

「それも勿論思っている、だから首輪くらいは付けさせてもらうさ。ああ、安心していい。反逆出来ない様にするだけで、自律性まで奪うものじゃないから」

「自由度の高い、奴隷って感じかしら。自由意思は認められるけど、主人を害する事は出来ないっていう……」

「そうそう。理解が早くて助かるね。何より、勇者君と違って会話が成立するのがいい」

 

 雫と女魔人族の会話を黙って聞いていた他のメンバーが、不安と恐怖に揺れる瞳で互いに顔を見合わせる。女魔人族の提案に乗らなければ、光輝すら歯が立たなかった魔物達に襲われ十中八九殺される事になるだろうし、だからといって、魔人族側につけば首輪をつけられ二度と彼等とは戦えなくなる。

 それはつまり、実質的に"神の使徒"ではなくなるという事だ。そうなった時、果たして聖教教会は、何とかして帰ってきたものの役に立たなくなった自分達を保護してくるのか。……そして、元の世界に帰る事は出来るのか……どちらに転んでも碌な未来が見えない。

 しかし……

 

「わ、私、あの人の誘いに乗るべきだと思う!」

 

 誰もが言葉を発せない中、意外な事に恵里が震えながら必死に言葉を紡いだ。それに雫達は驚いた様に目を見開き、彼女をマジマジと注目する。

 必死の提案をした恵里に、龍太郎が顔を怒りに染めて怒鳴り返した。

「恵里、てめぇ! 光輝を見捨てる気か!」

「ひっ!?」

「龍太郎、落ち着きなさい! 恵里、どうしてそう思うの?」

 龍太郎の剣幕、怯えた様に後退る恵里だったが、雫が龍太郎を諌めた事で何とか踏み留まった。そして深呼吸するとグッと手を握りしめて、心の内を語る。

 

「わ、私は、ただ……皆に死んで欲しくなくて……光輝君の事は、私には……どうしたらいいか……うぅ、ぐすっ……」

 

 ポロポロと涙を零しながらも一生懸命言葉を紡ぐ恵里。そんな彼女を見て他のメンバーが心を揺らす。すると一人、恵里に賛同する者が現れた。

「俺も中村と同意見だ。もう、俺達の負けは決まったんだ。全滅するか、生き残るか。迷う事も無いだろう?」

「檜山……それは、光輝はどうでもいいってことかぁ? あぁ?」

「じゃあ坂上、お前はもう戦えない天之河と心中しろっていうのか? 俺達全員?」

「そうじゃねぇ! そうじゃねぇが!」

「代案がないなら黙ってろよ。今は、どうすれば一人でも多く生き残れるかだろ」

 檜山の発言で、更に誘いに乗るべきだという雰囲気になる。檜山の言う通り、死にたくなければ提案を呑むしかないのだ。

 

 

 しかしそれでも素直にそれを選べないのは、光輝を見殺しにて自分達だけ生き残っていいのか? という罪悪感が原因だ。まるで、自分達が光輝を差し出して生き残る様で踏み切れないのである。

 

 そんな雫達に、絶妙なタイミングで女魔人族から再度提案がなされた。

「ふ~ん? 勇者君の事だけが気がかりというなら……生かしてあげようか? 勿論、アンタ達にするものとは比べ物にならない程強力な首輪を付けさせてもらうけどね。その代わり、全員魔人族側についてもらうけど」

 

 

 雫は、その提案を聞いて内心舌打ちする。

 

 女魔人族は、最初からそう提案するつもりだったのだろうと察したからだ。光輝を殺す事が決定事項なら、現時点で生きている事が既におかしい。問答無用に殺しておけばよかったのだ。

 

 それをせずに今も生かしているのは、正にこの瞬間の為だ。恐らく、女魔人族は前回の戦いを見て、光輝達が有用な人材である事を認めたのだろう。だが会話すら成立しなかった事から、光輝が靡く事は無いと確信した。しかし、他の者はわからない。なので、光輝以外の者を魔人族側に引き込む為策を弄したのだ。

 

 一つが、光輝を現時点では殺さない事で反感を買わない事。二つ目が、生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い詰めて選択肢を狭める事。そして三つ目が、“それさえなければ”という思考になる様に誘導し、ここぞという時にその問題点を取り除いてやる事だ。

 

 現に光輝を生かすと言われて、それなら生き残れるし罪悪感も無いと、魔人族側に寝返る事を良しとする雰囲気になり始めている。

 本当に光輝が生かされるかについては、何の保証も無い。殺された後に後悔しても、もう魔人族側には逆らえない。それでも、ただ黙って死ぬよりはマシだと。

 

 雫もまた、リスクを承知で提案を吞む側へと心の天秤を傾けていた。今、この時を生き残りさえすれば、光輝を救う手立てもあるかもしれないと。

 

 

 女魔人族としても、ここで雫達を手に入れる事は大きなメリットがあった。

 

 一つは言うまでもなく、人間族側に齎すであろう衝撃だ。なにせ人間族の希望たる"神の使徒"が、そのまま魔人族側につくのだ。その衝撃……いや、絶望は余りに深いだろう。これは魔人族側にとって、極めて大きなアドバンテージだ。

 

 二つ目が、戦力の補充である。女魔人族が【オルクス大迷宮】に来た本当の目的、それは迷宮攻略によって齎される大きな力だ。ここまでは手持ちの魔物達で簡単に一掃できるレベルだったが、この先もそうとは限らない。幾分か魔物の数も光輝達に殺られて減らしてしまったので、戦力の補充という意味でも雫達を手に入れるのは都合がよかったという事だ。

 このままいけば、雫達が手に入る。雰囲気でそれを悟った魔人族の女が微かな笑みを口元に浮かべた。

 

 しかしそれは、突然響いた苦しそうな声によって直ぐに消される事になった。

 

 

「み、皆……ダメだ……従うな……」

 

 

 

「光輝!」

「光輝君!」

「天之河!」

 

 声の主は、宙吊りにされている光輝だった。仲間達の目が一斉に光輝の方を向く。

「……騙されてる……アランさん達を……殺したんだぞ……信用……するな……人間と戦わされる……奴隷にされるぞ……逃げるんだ……俺はいい……から……一人でも多く……逃げ……」

 息も絶え絶えに取引の危険性を訴え、そんな取引をするくらいなら自分を置いて一か八か死に物狂いで逃げろと主張する光輝に、しかし檜山が頭を振った。

 

「……こんな状況で、一体何人が生き残れると思ってんだ? いい加減、現実をみろよ! 俺達は、もう負けたんだ! 騎士達の事は……殺し合いなんだ、仕方ないだろ! 一人でも多く生き残りたいなら、従うしかないだろうが!」

 檜山の怒声が響く。この期に及んでまだ引こうとしない光輝に怒りを含んだ眼差しを向ける。

 

 

 檜山は、兎に角確実に生き残りたいのだ。最悪、他の全員が死んでも香織と自分だけは生き残りたかった。一か八かの逃走劇では、その可能性は低いのだ。

 

 魔人族側についても、本気で自分の有用性を示せば重用してもらえる可能性は十分にあるし、そうなれば香織を手に入れる事だって出来るかもしれない。勿論、首輪をつけて自由意思を制限した状態で。檜山としては、別に彼女に自由意思がなくても一向に構わなかった。兎に角、香織を自分の所有物に出来れば満足だった。

 

 

 檜山の怒声により、より近く確実な未来に心惹かれていく仲間達。

 

 とその時。また一つ苦しげな、しかし力強い声が部屋に響き渡る。

 小さな声なのに、何故かよく響く低めの声音。戦場にあって、一体何度その声に励まされて支えられてきたか。どんな状況でも的確に判断し、力強く迷い無く発せられる言葉、大きな背中を見せて手本となる姿のなんと頼りになる事か。

 皆が兄の様に、或いは父の様に慕った男。メルドの声が響き渡る。

 

 

「ぐっ……お前達……お前達は生き残る事だけ考えろ! ……信じた通りに進め! ……私達の戦争に……巻き込んで済まなかった……お前達と過ごす時間が長くなる程……後悔が深くなった……だから、生きて故郷に帰れ……人間族の事は気にするな……最初から…これは私達の戦争だったのだ!」

 

 

 メルドの言葉は、ハイリヒ王国騎士団団長としての言葉ではなかった。唯の一人の男、メルド・ロギンスの言葉。立場を捨てたメルドの本心。それを晒したのは、これが最後と悟ったからだ。

 光輝達がメルドの名を呟きながらその言葉に目を見開くのと、メルドが全身から光を放ちながらブルタール擬きを振り払い、一気に踏み込んで女魔人族に組み付いたのは同時だった。

「魔人族……一緒に逝ってもらうぞ!」

「……それは……へぇ、自爆かい? 潔いね。嫌いじゃないよ、そう言うの」

「抜かせ!」

 

 メルドを包む光。一見、光輝の"限界突破"の様に体から魔力が噴き出している様にも見えるが、正確には体からではなく首から下げた宝石の様な物から噴き出している様だった。

 それを見た女魔人族が、知識にあった様で一瞬で正体を看破し、メルドの行動をいっそ小気味よいと称賛する。

 

 

 その宝石は名を"最後の忠誠"と言い、魔人族の女が言った通り自爆用の魔道具だ。

 

 国や聖教教会の上層の地位にいるものは、当然それだけ重要な情報も持っている。闇系魔術の中には、ある程度の記憶を読み取るものがあるので、特にその様な高い地位にある者が前線に出る場合は、強制的に持たされるのだ。いざという時は、記憶を読み取られない様に敵を巻き込んで自爆しろという意図で。

 

 

 メルドの正に身命を賭した最後の攻撃に、光輝達は悲鳴じみた声音でメルドの名を呼ぶ。しかしそんな光輝達に反して、自爆に巻き込まれて死ぬかもしれないというのに女魔人族は一切余裕を失っていなかった。

 そして、メルドの持つ"最後の忠誠"が一層輝きを増し、正に発動するという直前に一言呟いた。

 

「喰らい尽くせ、アブソド」

 

 女魔人族の声が響いた直後、臨界状態だった"最後の忠誠"から溢れ出していた光が猛烈な勢いでその輝きを失っていく。

「なっ!? 何が!」

 よく見れば、溢れ出す光はとある方向に次々と流れ込んでいる様だった。メルドが必死に女魔人族に組み付きながら視線だけをその方向にやると、そこには六本足の亀型の魔物がいて、大口を開けながらメルドを包む光を片っ端から吸い込んでいた。

 

 

 六足亀の魔物、名をアブソド。その固有魔術は"魔力貯蔵"。任意の魔力を取り込み、体内でストックする能力だ。同時に複数属性の魔力を取り込んだり、違う魔術に再利用する事は出来ない。精々、圧縮して再び口から吐き出すだけの能力だ。だが、その貯蔵量は上級魔術ですら余さず呑み込める程。魔術を主戦力とする者には天敵である。

 

 

 メルドを包む"最後の忠誠"の輝きが急速に失われ、遂にただの宝石となり果てた。最期の足掻きを予想外の方法で阻止され呆然とするメルドを、突如衝撃が襲う。それ程強くない衝撃だ。「何だ?」とメルドは衝撃が走った場所、自分の腹部を見下ろす。

 

 そこには、赤茶色でザラザラした見た目の刃が生えていた。正確には、メルドの腹部から背中にかけて、砂塵で出来た刃が貫いているのだ。背から飛び出している刃にはべっとりと血が付いていて、先端からはその雫も滴り落ちている。

 

「……メルドさん!」

 

 光輝が血反吐を吐きながらも、大声でメルドの名を呼ぶ。メルドがその声に反応して、自分の腹部から光輝に目を転じ、眉を八の字にすると「すまない」と口だけを動かして悔しげな笑みを浮かべた。

 

 直後、砂塵の刃が横薙ぎに振るわれメルドが吹き飛ぶ。人形の様に力を失ってドシャ! と地面に叩きつけられた。少しずつ血溜りが広がっていく。誰が見ても致命傷だった。満身創痍の状態で、あれだけ動けただけでも驚異的であったのだが、今度こそ完全に終わりだと誰にでも理解出来た。

 

 咄嗟に、間に合わないと分かっていても香織が遠隔で回復魔術をメルドにかける。僅かに出血量が減った様に見えるが、香織自身もう殆ど魔力が残っていないので傷口が一向に塞がらない。

「うぅ、お願い! 治って!」

 魔力が枯渇しかかっている為に、酷い倦怠感に襲われ膝を突きながらも必死に回復魔術をかける香織。

「まさか、あの傷で立ち上がって組み付かれるとは思わなかった。流石は王国の騎士団長、称賛に値するね。だが今度こそ終わり……これが一つの末路だよ。アンタ等はどうする?」

 

 女魔人族が赤く染まった砂塵の刃を軽く振りながら、光輝達を睥睨する。再び目の前で近しい人が死ぬ光景を見て、一部の者を除いて皆が身を震わせた。女魔人族の提案に乗らなければ、次は自分がああなるのだと嫌でも理解させられる。

 檜山が代表して提案を呑もうと女魔人族に声を発しかけた。だがその時、

 

 

「……るな」

 

 

 未だ馬頭に宙吊りにされながら力なく脱力する光輝が、小さな声で何かを呟く。満身創痍で何の驚異にもならない筈なのに、何故か無視できない圧力を感じ、檜山は言葉を呑み込んだ。

「は? 何だって? 死に損ない」

 女魔人族も光輝の呟きに気がついた様で、どうせまた喚くだけだろうと鼻で笑いながら問い返した。光輝は俯かせていた顔を上げ、真っ直ぐに女魔人族をその眼光で射抜く。

 女魔人族は、光輝の眼光を見て思わず息を呑んだ。

 

 何故なら、その瞳が白銀色に変わって輝いていたからだ。得体の知れないプレッシャーに思わず後退りながら、本能が鳴らす警鐘に従って馬頭に命令を下す。雫達の取り込みに対する有利不利など気にしている場合ではないと本能で悟ったのだ。

 

 

「アハトド! 殺りな!」

「ルゥオオオ!!」

 

 馬頭改め、アハトドは女魔人族の命令を忠実に実行し"魔衝波"を発動させた二つの拳で宙吊りにしている光輝を両サイドから押し潰そうとした。

 

 だがその瞬間、カッと爆ぜる様な光が光輝から溢れ出し、それが奔流となって天井へと竜巻の如く巻き上がった。そして、光輝が自分を掴むアハトドの腕に右手の拳を振るうと、ベギャ! という音を響かせて、いとも簡単に粉砕してしまった。

「ルゥオオオ!!?」

 先程とは異なる絶叫を上げ思わず光輝を取り落とすアハトドに、光輝は負傷を感じさせない動きで回し蹴りを叩き込む。

 

 ズドォン!!

 

 大砲の様な衝撃音を響かせて直撃した蹴りは、アハトドの巨体をくの字に折り曲げて後方の壁へと途轍もない勢いで吹き飛ばした。轟音と共に壁を粉砕しながらめり込んだアハトドは、衝撃で体が上手く動かないのか必死に壁から抜け出ようとするが、僅かに身動ぎする事しか出来ない。

 光輝はゆらりと体を揺らして、取り落としていた聖剣を拾い上げると、射殺さんばかりの眼光で女魔人族を睨みつけた。同時に、竜巻の如く巻き上がっていた光の奔流が光輝の体へと収束し始める。

 

 

 ──"限界突破"終の派生技能『覇潰』。

 

 通常の"限界突破"が基本ステータスの三倍の力を制限時間内だけ発揮するのに対して、"覇潰"は基本ステータスの五倍の力を得る事が出来る。

 

 但し、唯でさえ限界突破しているところで、更に無理やり力を引き摺り出すのだ。今の光輝では発動は三十秒が限界、効果が切れた後の副作用も甚大だ。

 

 

 だがそんな事を意識する事も無く、光輝は怒りのままに女魔人族に向かって突進した。今光輝の頭にあるのは、メルドの仇を討つ事だけ。復讐の念だけだ。

 

 女魔人族が焦った表情を浮かべ、周囲の魔物を光輝に嗾ける。キメラが奇襲をかけ、黒猫が触手を射出し、ブルタール擬きがメイスを振るう。しかし光輝は、そんな魔物達には目もくれない。聖剣の一振りで薙ぎ払い、怒声を上げながら一瞬も立ち止まらず女魔人族の下へ踏み込んだ。

 

「お前ぇ! よくもメルドさんをぉっ!!」

 

「チィ!」

 大上段に振りかぶった聖剣を光輝は躊躇い無く振り下ろす。女魔人族は舌打ちしながら、咄嗟に砂塵の密度を高めて盾にするが……光の奔流を纏った聖剣は容易く砂塵の盾を切り裂き、その奥にいる彼女を袈裟斬りにした。

 砂塵の盾を作りながら後ろに下がっていたのが幸いして、両断される事こそ無かったが、女魔人族の体は深々と斜めに切り裂かれて、血飛沫を撒き散らしながら後方へと吹き飛んだ。

 

 

 背後の壁に背中から激突し、砕けた壁を背にズルズルと崩れ落ちた女魔人族の下へ、光輝が聖剣を振り払いながら歩み寄る。

 

「まいったね……あの状況で逆転なんて……。まるで三文芝居でも見てる気分だ」

 

 ピンチになれば隠された力が覚醒して逆転するというテンプレな展開に、女魔人族が諦観を漂わせた瞳で迫り来る光輝を見つめながら、皮肉気に口元を歪めた。

 傍にいる白鴉が固有魔術を発動するが、傷は深く直ぐには治らないし、光輝もそんな暇は与えないだろう。完全にチェックメイトだと魔人族の女は激痛を堪えながら、右手を伸ばし懐からロケットペンダントを取り出した。

 それを見た光輝が、まさかメルドと同じく自爆でもする気かと表情を険しくして一気に踏み込んだ。女魔人族だけが死ぬならともかく、その自爆が仲間をも巻き込まないとは限らない。故に発動する前に倒す! と止めの一撃を振りかぶった。だが……

 

「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

 

 愛しそうな表情で手に持つロケットペンダントを見つめながら、そんな呟きを漏らす女魔人族に、光輝は思わず聖剣を止めてしまった。覚悟した衝撃が訪れない事に訝しそうに顔を上げて、自分の頭上数ミリの場所で停止している聖剣に気がつく女魔人族。

 

 光輝の表情は愕然としており、目をこれでもかと見開いて女魔人族を見下ろしている。その瞳には何かに気がつき、それに対する恐怖と躊躇いが生まれていた。その光輝の瞳を見た女魔人族は、何が光輝の剣を止めたのかを正確に悟り侮蔑の眼差しを返した。その眼差しに光輝は更に動揺する。

 

「……呆れたね。まさか今になって漸く気がついたのかい? "人"を殺そうとしている事に」

「ッ!?」

 

 

 そう。光輝にとって魔人族とは、イシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、或いは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだ。実際、魔物と共にあり魔物を使役している事がその認識に拍車をかけた。

 自分達と同じ様に誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている。そんな戦っている“人”だとは思っていなかったのである。或いは、無意識にそう思わないようにしていたのか……

 

 その認識が、女魔人族の愛しそうな表情で愛する人の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ"人"だと気がついてしまった。自分のしようとしている事が"人殺し"であると認識してしまったのだ。

 

 

「まさか、あたし達を"人"とすら認めていなかったとは……随分と傲慢な事だね」

「ち、ちが……俺は、知らなくて……」

「ハッ、"知ろうとしなかった"の間違いだろ?」

「お、俺は……」

「ほら? どうしたのさ? 所詮は戦いですらなく唯の"狩り"なんだろう? 目の前に死に体の一匹(・・)がいるぞ? さっさと狩ったらどうだい? お前が今までそうしてきた様に……」

「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」

 

 光輝が聖剣を下げてそんな事をいう。そんな光輝に、女魔人族は心底軽蔑した様な目を向けて、返事の代わりに大声で命令を下した。

「アハトド! 剣士の女を狙え! 全隊攻撃せよ!」

 衝撃から回復していたアハトドが女魔人族の命令に従って、猛烈な勢いで雫に迫る。光輝達の中で、人を惹きつけるカリスマという点では光輝に及ばないものの、冷静な状況判断力という点では最も優れており、ある意味一番厄介な相手だと感じていた為に真っ先に狙わせたのだ。

 

 他の魔物達も、一斉に雫以外のメンバーを襲い始めた。優秀な人材に首輪をつけて寝返らせるメリットより、光輝を殺す事に利用すべきだと判断したのだ。それだけ女魔人族にとって光輝の最後の攻撃は脅威だった。

 

「な、どうして!」

「自覚のない坊ちゃんだ……私達は"戦争"をしてるんだよ! 未熟な精神に巨大な力、アンタは危険過ぎる! 何が何でもここで死んでもらう! ほら、お仲間を助けに行かないと全滅するよ!」

 

 光輝は自分の提案を無視した女魔人族に疑問を口にするが、女魔人族は取り合わない。

 そして女魔人族の言葉に光輝が振り返ると、丁度雫が吹き飛ばされ地面に叩きつけられているところだった。

 

 アハトドは、唯でさえ強力な魔物達ですら及ばない一線を画した化け物だ。不意打ちを受けて負傷していたとは言え、"限界突破"発動中の光輝が圧倒された相手なのである。雫が一人で対抗できる筈が無かった。

 光輝は蒼褪めて"覇潰"の力そのままに一瞬で雫とアハトドの間に入ると、寸でのところで"魔衝波"の一撃を受け止める。そしてお返しとばかりに聖剣を切り返し、腕を一本切り飛ばした。

 

 しかしそのまま止めを刺そうと懐に踏み込んだ瞬間、先程の再現かガクンと膝から力が抜けそのまま前のめりに倒れ込んでしまった。

 

 "覇潰"のタイムリミットだ。そして最悪な事に、無理に無理を重ねた代償は弱体化などという生温いものではなく、体が麻痺した様に一切動かないというものだった。

 

「こ、こんな時に!」

「光輝!」

 

 倒れた光輝を庇って、雫がアハトドの切り飛ばされた腕の傷口を狙って斬撃を繰り出す。流石に傷口を抉られて平然としてはいられなかった様で、アハトドが絶叫を上げながら後退った。その間に雫は、光輝を掴んで仲間の下へ放り投げる。

 

 光輝が動けなくなり、仲間は魔物の群れに包囲されて防戦するので精一杯。ならば……「自分がやるしかない!」と雫は魔人族の女を睨む。その瞳には間違い無く殺意が宿っていた。

 

 

「……へぇ。アンタは殺し合いの自覚がある様だね。寧ろ、アンタの方が勇者と呼ばれるに相応しいんじゃないかい?」

 

 女魔人族は白鴉の固有魔術で完全に復活した様で、フラつく事も無く確りと立ち上がり雫をそう評した。

 

「……そんな事どうでもいいわ。光輝に自覚が無かったのは私達の落ち度でもある、そのツケは私が払わせてもらうわ!」

 

 

 雫は、光輝の直情的で思い込みの激しい性格は知っていた筈なのに、本物の対人戦が無かったとはいえ認識の統一──即ち、自分達は人殺しをするのだと自覚する事を、今の今まで放置してきた事に責任を感じ歯噛みする。

 

 

 雫とて、人殺しの経験など無い。経験したいなどとは間違っても思わない。だが、戦争をするならいつかこういう日が来ると覚悟はしていた。剣術を習う上で、人を傷つける事の"重さ"も叩き込まれている。

 

 

 しかし、いざその時が来てみれば、覚悟など簡単に揺らぎ、自分のしようとしている事の余りの重さに恐怖して恥も外聞もなくそのまま泣き出してしまいたくなった。それでも雫は、唇の端を噛み切りながら歯を食いしばって、その恐怖を必死に抑えつけた。

 そして、神速の抜刀術で魔人族の女を斬るべく"無拍子"を発動しようと構えを取った。

 

 だがその瞬間、背筋を悪寒が駆け抜け本能がけたたましく警鐘を鳴らす。咄嗟に側宙しながらその場を飛び退くと、黒猫の触手がついさっきまで雫のいた場所を貫いていた。

 

「他の魔物に狙わせないとは言ってない。決意は立派だけどね、アハトドと他の魔物を相手にしながらあたしが殺せるかい!?」

「くっ!」

 

 女魔人族は「勿論あたしも殺るからね」と言いながら魔術の詠唱を始めた。"無拍子"による予備動作の無い急激な加速と減速を繰り返しながら魔物の波状攻撃を凌ぎつつ、何とか女魔人族の懐に踏み込む隙を狙う雫だったが、その表情は次第に絶望に染まっていく。

 

 

 何より苦しいのは、アハトドが雫のスピードについて来ている事だ。その鈍重そうな巨体に反して確り雫を眼で捉えており、隙を衝いて女魔人族の下へ飛び込もうとしても、一瞬で雫に並走して衝撃を伴った爆撃の様な拳を振るってくるのである。

 

 雫はスピード特化の剣士職であり、防御力は極めて低い。回避か受け流しが防御の基本なのだ。それ故に、"魔衝波"の余波だけでも少しずつダメージが蓄積していく。完全な回避も受け流しも出来ないからだ。

 

 そして、とうとう蓄積したダメージがほんの僅かに雫の動きを鈍らせた。それはギリギリの戦いにおいては致命の隙だ。

 

 

「あぐぅうっ!!?」

 

 咄嗟に剣と鞘を盾にしたが、アハトドの拳は雫の相棒を半ばから粉砕しそのまま雫の肩を捉えた。

 地面に対して水平に吹き飛び、体を強かに打ち付けて地を滑った後力なく横たわる雫。右肩が大きく下がって腕がありえない角度で曲がっている。完全に粉砕されてしまった様だ。体自体にも衝撃が通った様で、ゲホッゲホッと咳き込む度に血を吐いている。

 

「雫ちゃん!」

 

 香織が焦燥を滲ませた声音で雫の名を呼ぶが、雫は折れた剣の柄を握りながらも蹲ったまま動かない。

 その時香織の頭からは、仲間との陣形とか魔力が尽きかけているとか自分が傍に行っても意味は無いとか、そんな理屈の一切は綺麗さっぱり消え去っていた。あるのはただ"大切な親友の傍に行かなければ"という思いだけ。

 

 香織は衝動のままに駆け出す。魔力が殆ど残っていないため、体がフラつき足元が覚束ない。背後から制止する声が上がるが、香織の耳には届いていなかった。ただ一心不乱に雫を目指して無謀な突貫を試みる。当然無防備な香織を魔物達が見逃す筈も無く、情け容赦無い攻撃が殺到する。

 

 だが、それらの攻撃は全て光り輝く障壁が受け止めた。しかも、無数の障壁が通路の様に並べ立てられ香織と雫を一本の道で繋ぐ。

 

 

「えへへ。……やっぱり、一人は嫌だもんね」

 

 

 それを成したのは鈴だ。蒼褪めた表情で右手を真っ直ぐ雫の方へと伸ばし、全ての障壁を香織と雫を繋ぐ為に使う。その表情に淡い笑みが浮かんでいた。

 

 

 鈴は内心悟っていたのだ、自分達はもう助からないと。

 

 だから、大好きな友人達を最期の瞬間まで一緒にいさせる為に自分の魔法を使おうと、そう思ったのだ。当然その分、他の仲間の防御が薄くなる訳だが……鈴は内心で「ごめんね」と謝り、それでも香織と雫の為に障壁を張り続けた。

 

 鈴の障壁により、香織は多少の手傷を負いつつも雫の下へ辿り着いた。そして、蹲る雫の体をそっと抱きしめ支える。

 

「か、香織……何をして……早く、戻って。ここにいちゃダメよ」

「ううん。どこでも同じだよ。それなら、雫ちゃんの傍がいいから」

「……ごめんなさい。勝てなかったわ」

「私こそ、これくらいしか出来なくてごめんね。もう殆ど魔力が残ってないの」

 

 雫を支えながら眉を八の字にして微笑む香織は、痛みを和らげる魔術を使う。雫も、無事な左手で自分を支える香織の手を握り締めると困った様な微笑みを返した。

 

 

 そんな二人の前に影が差す。アハトドだ。血走った眼で寄り添う香織と雫を見下ろし、「ルゥオオオ!!」と独特の咆哮を上げながら、その極太の腕を振りかぶっていた。

 

 鈴の障壁が、いつの間にか接近を妨げる様にアハトドと香織達の間に張られているが、そんな障壁は気にもならないらしい。己の拳が一度振るわれれば、紙屑の様に破壊し、その衝撃波だけで香織達を粉砕できると確信しているのだろう。

 

 今正に放たれようとしている死の鉄槌を目の前にして、香織の脳裏に様々な光景が過ぎっていく。「ああ、これが走馬灯なのかな?」と妙に落ち着いた気持ちで、思い出に浸っていた香織だが、最後に浮かんだ光景に心がざわついた。

 

 それは、月下のお茶会。二人っきりの語らいの思い出。自ら誓いを立てた夜の事。困った様な笑みを浮かべる今はいない彼。いなくなって初めて"好き"だったのだと自覚した。生存を信じて追いかけた。

 

 だが、それもここで終わる。「結局また、誓いを破ってしまった」。そんな思いが、気がつけば香織の頬に涙となって現れた。

 再会したら、先ずは名前で呼び合いたいと思っていた。その想いのままに、せめて最後に彼の名を……自然と紡ぐ。

 

「……ソウゴくん」

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 

「"神羅天征"」

 

 

 

 

 何の前触れも無く、灰色に揺らめくオーロラが出現したのは。

 

 その場の全てを平伏させる様な、静謐さと重厚さを併せ持った声が響いたのは。

 

 

 

 アハトドは、まるで見えない壁にでも衝突したかの様に拉げ、そのまま反対方向へ肉片となって吹き飛んだ。

 それどころか、他のメンバーを襲っていた魔物達までもが押し返される様に吹き飛び、壁面に叩きつけられる。その大半は絶命し、壁を彩る真紅の模様に変貌する。

 

 

 その光景に、眼前にいた香織と雫は勿論の事、光輝達や女魔人族までもが硬直する。

 

 

 戦場には似つかわしくない静寂が辺りを支配し、誰もが訳も分からず呆然と立ち尽くしていると、オーロラが晴れて人影が見える様になってくる。

 

 その内の一人が、掲げていた腕を下げながら周囲を睥睨する。

 そして肩越しに振り返り、背後で寄り添い合う香織と雫を見やった。

 

 

 振り返るその人物と目が合った瞬間、香織の体に電撃が走る。

 悲しみと共に冷え切っていた心が、否、もしかしたら大切な人が消えたあの日から凍てついていた心が、突如火を入れられた様に熱を放ち、ドクンッドクンッと激しく脈打ち始めた。

 

 

「……ふむ。既に何人か死んでいると思ったが、存外持ち堪えているではないか」

 

 

 意外そうにそんな事を言う彼に、考えるよりも早く香織の心が歓喜で満たされていく。

 

 纏う雰囲気が違う、口調が違う、装いが違う、目つきが違う。

 

 だがわかる、香織には分かるのだ。

 

 彼だ。生存を信じて探し続けた、彼だ。そう……

 

 

 

「ソウゴくん!」

 

 

 




「光あれ」は万能呪文。言えば大体何とかなるよね。
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