今回は色々実験してます。
「へ? ソウゴ君? って常磐君? えっ? 何!? どういう事!? えっ? えぇ!? ホントに? ホントに常磐君なの? えっ? 何? ホントどういう事!?」
香織の歓喜に満ちた叫びに、隣の雫が混乱しながら香織とソウゴを交互に見やる。香織と同じく死を覚悟した直後の一連の出来事に、流石の雫も混乱が収まらない様で痛みも忘れて言葉を零す。
しかし、自分達を見ている少年の顔立ちが記憶にある常磐ソウゴと重なり出すと、雫は大きく目を見開いて驚愕の声を上げた。
「八重樫雫。貴様の売りは冷静さではなかったか?」
そんな雫の名を呼びながら諌めるソウゴの側で、開いた口が塞がらないと言わんばかりに感想を零すのは遠藤だ。
「一撃かよ……いや、マジで半端ないな常磐。しかもホントに一瞬で戻ってこれたし……何だよさっきの灰色の……」
呆然としながら周囲を見渡した遠藤は、そこに親友達がいて硬直しながら自分達を見ている事に気がつき「ぬおっ!」などと奇怪な悲鳴を上げた。そんな遠藤に、再会の喜び半分、何故戻ってきたのかという憤り半分の声がかかる。
「「浩介!」」
「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」
"助けを呼んできた"。その言葉に反応して、光輝達も女魔人族も漸く我を取り戻した。そして改めてソウゴとその後ろの二人の少女を凝視する。
だが、そんな周囲の者達の視線などはお構いなしといった様子でソウゴは素早く手を動かす。
「取り敢えず……その男は返してもらうぞ」
ソウゴがそう言った瞬間、足元の石ころとメルドが入れ替わる。唖然とする女魔人族を尻目に、ユエとシアに指示を出す。
「ユエ、シア。あそこで固まっている小僧共を見張っていろ。下手に動かれても邪魔になる」
「ん……任せて」
「了解ですぅ!」
ユエとシアはその言葉に従い、周囲の僅かに生き残った魔物をまるで気にした様子もなく悠然と歩みを進める。
「ソ、ソウゴくん……」
香織が再度、ソウゴの名を声を震わせながら呼んだ。ありとあらゆる感情が飽和して、今にも溢れ出しそうなのを必死に抑えているかの様な声音だ。再会の歓喜は言わずもがな、募りに募った恋慕の情が切なさを伴って滲み出ている。
尤も、その熱いマグマの様な熱情とは裏腹に、凍える様な悲痛さもソウゴを呼ぶ声には含まれていた。それは、この死地にソウゴが来てしまったが故だろう。どういう経緯か香織には分からなかったが、それでも直ぐに逃げて欲しいという想いがその表情から有り有りと伝わる。
ソウゴはチラリと香織を見返すと、肩を竦めて「心配するな」と頭を撫で短く伝えた。そして宝物庫から"アスティールワンダーライドブック"を取り出す。
『OPEN THE CHRONICLE OF THE LEGEND!!』
開いたページから召喚したゴーレム"ライド・オブ・レジェンズ"を香織と雫の周りに護衛の様に配置した。
突然虚空から現れた四体の甲冑に、目を白黒させる香織と雫。そんな二人に背を向けると、ソウゴは元凶たる女魔人族に向かって傲慢とも言える提案をした。
「そこの小娘、降参するなら今のうちだ。潔く諦めるなら、苦しまずに逝けるぞ」
「……何だって?」
尤も、魔物に囲まれた状態で普通の人間のする発言ではない。なので、思わずそう聞き返す女魔人族。それに対してソウゴは、呆れた表情で繰り返した。
「……直に対面しても互いの力量差も判断出来んとはな。これでは私の優しさも理解出来ないのも当然か」
勝手に納得した様子で溜息を吐くソウゴに、女魔人族はスっと表情を消した。そして、
「殺れ」
と、ただ一言ソウゴを指差し魔物に命令を下した。
この時、あまりに突然の事態──特に虎の子のアハトドが正体不明の攻撃により一撃死した事で、流石に冷静さを欠いていた女魔人族は致命的な間違いを犯してしまった。
ソウゴの物言いもあったのだろうが、敬愛する上司から賜ったアハトドは失いたくない魔物であり、それを一瞬でミンチにしたソウゴに怒りを抱いていた事が原因だろう。あとは、単純に何の前触れも無く現れるというありえない事態に混乱していたというのもある。
兎に角、普段の彼女ならもう少し慎重な判断が出来た筈だった。しかし、既に賽は投げられてしまった。
「不遜よなぁ」
ソウゴがそう呟いたのと、揺らめく空間が襲いかかったのは同時だった。ソウゴの背後から「ソウゴくん!」「常磐君!」と焦燥に満ちた警告の声が聞こえる。
しかし、ソウゴは左側から襲いかかってきたキメラを意にも介さず左手で鷲掴みにすると、まるで子猫でも持ち上げる様に宙に持ち上げてしまった。
キメラが驚愕しながらも拘束を逃れようと暴れている様で、空間が激しく揺らめく。それを見て、ソウゴが呆れた様な眼差しになった。
「……何だこれは? 覚えたての子供の手品の方がまだマシだぞ?」
気配や姿を消す固有魔術だろうに、動いたら空間が揺らめいてしまうなど意味が無いにも程があるとソウゴは思わず溜息を溢す。
ソウゴはこれまでの長い在位期間で、当然と言えば当然だが暗殺を企てられた事も一度や二度ではない。それ以外にも司波達也やクーファ=ヴァンピール、ルーグや歴代ハサン・サッバーハ等、正に達人級のそれらに比べれば、動くだけで崩れる隠蔽などソウゴからすれば余りに稚拙だった。
数百キロはある巨体を片手で持ち上げ、キメラ自身も空中で身を捻り大暴れしているというのに微動だにしないソウゴに、女魔人族や香織達が唖然とした表情をする。
ソウゴはそんな彼等を尻目に、観察する価値も無いと言わんばかりに腕を引けば、ブチィッ! という生々しい音が響き渡り、激しく揺らめいていた空間がピタリと止まった。そうすれば、現れるのは頭部を失ったキメラの姿。今までの威容など欠片も無く、剥き出しになった首の断面からだらだらと血を流しながらピクリとも動かない。
「マジ、かよ……」
誰かが掠れる声で呟いた。
ソウゴは引き千切ったキメラの頭を適当に放り投げると、極めて自然な動作で腕を上げる。まるで水が高きから低きへ流れるが如く、不自然に思える程自然に行われた動き。一見理由の分からないその動き。しかし次の瞬間その指が閃き、
ピュン! ピュン!
乾いた破裂音を置き去りにし、空を切り裂いて二条の閃光が駆け抜ける。すると空間が一瞬揺ぎ、そこから心臓を撃ち抜かれたキメラとブルタール擬きが現れ、僅かな停滞の後ぐらりと揺れて地面に崩れ落ちた。
「な、なんで分かったのさ……」
女魔人族が、自分でも自覚が無いままに疑問を口にした。
ソウゴは鼻を鳴らすだけで何も答えない。
ソウゴからすれば、例え動いていなくても風の流れに空気や地面の震動、視線、殺意、魔力の流れ、体温、臓器や血流の音等がまるで隠蔽できていない彼等は、ただそこに佇むだけの的でしかない。当然の摂理だ。
瞬殺した魔物には目もくれず、ソウゴが一歩踏み出す。
これより始まるのは、殺し合いどころか戦闘ですらない。決して逆らってはいけない魔王による
あまりにあっさり殺られた魔物を見て唖然とする女魔人族や、理解出来ない速度で三体もの魔物を倒した事実に度肝を抜かれて立ち尽くしている永山達。
そんな硬直する者達をおいて、魔物達は女魔人族の命令を忠実に実行するべく次々にソウゴへと襲いかかった。
黒猫が背後より忍び寄り、触手を伸ばす。だが、ソウゴは何もしない。
触手はソウゴに触れた瞬間に爆ぜ、そのまま本体も肉片に変わる。
弾け飛んだ仲間の魔物には目もくれず、左右から同時に四つ目狼が飛びかかる。が、彼等も黒猫と同じく、ソウゴに近づいた瞬間爆散する。
刹那、絶命した四つ目狼の真後ろに潜んでいた黒猫がソウゴの背後から迫るキメラと連携して触手を射出するが、何事も無いかの様に進むソウゴの足は止められない。すれ違う瞬間に肩がぶつかった程度の接触で、黒猫とキメラは原形を留めぬ死骸になる。
「グルァアアアアアッ!」
「オォオオオオオッ!」
雄叫びを上げて、左右からブルタール擬きが挟撃を仕掛けてくる。死神の鎌の如く一切合切を叩き潰しそうなメイスが風を唸らせて迫るが、ソウゴに当たった瞬間砕け散り、その身体はあり得ない方向へ捻じ曲がる。苦悶の声を上げながら倒れる二体はソウゴの足に当たり、蹴り飛ばされる様に肉片を散らせながら吹き飛ぶ。
そこへ、宙を縦横無尽に駆ける黒猫八体がソウゴに同時攻撃を仕掛けた。今度は触手ではなく、トリッキーな高速空中移動を用いた爪による斬撃の様だ。
だがそれでも、ソウゴに反撃の意思すら浮かぶ事は無い。ただ歩む、ただ進む。威風堂々の言葉通りに肩で風を切る。獣道を進む為に足元の草を踏み潰す様に、ただ歩くだけで黒猫達を一掃する。
それは、神話に語られる伝説の一節の様だった。
メルドの使う王国騎士の剣術の様な堅実な動きではない。雫の八重樫流の様に流麗な動きでもない。寧ろソウゴのそれは、誰もが真似出来るものでは無かった。
一切技術が無い。ソウゴはただ歩いているだけなのだ。
敵が迫ってきても、攻撃を捉えても、一切何もしない。ただ当然の様に歩く。本当にそれだけ。魔物の攻撃は自分に害を与えない、自分に触れれば魔物は死ぬ、それを当然と思いただ歩くだけ。勝利とは掴むものではなく、ただ当然の様に目の前にあるものなのだと納得させる。
ソウゴの顔に笑顔は無く、実につまらなそうに歩くのみ。
敵を蹂躙する高揚も無ければ、勝利への喜びも無い。ソウゴにとってこの程度の敵は、蹂躙も勝利も当たり前。出来て当然の事なのだ。
健常な人間が、一回呼吸する度に喜ぶだろうか? 食事をして、飲み込めた事を祝うだろうか? 歩く事、声を出す事に感動するだろうか?
ソウゴにとって、目の前の光景はそのぐらいありふれた事なのだ。
すると、ソウゴがあまりの手応えの無さに溜息を吐いたタイミングを見計らってか、四つ目狼とキメラが懲りもせず突進してきた。
しかし結果は言うまでもない。まるで全速力で迫る電車に向かって無謀な子供が突進するかの如く、ソウゴに触れる瞬間に血溜りに沈む。
血肉が花吹雪の様に舞い散る中で、キメラの死骸で視界が遮られる今がチャンスとでも思ったのか、踏み込んできたブルタール擬き二体がメイスを振りかぶる。
しかし、そんな獣の浅知恵がソウゴに通じる訳も無く。ソウゴに触れたメイスは粉々に砕け散り、無数の散弾の様に弾け飛ぶ。
解き放たれた殺意の風が、振りぬいて腕をあらぬ方向へ向けたブルタール擬き二体だけでなく、その後ろから迫っていたキメラと四つ目狼の頭部を穿って爆砕させる。其々血肉を撒き散らす魔物達が慣性の法則に従って、ソウゴと交差する様に地面の染みに変わる。
ソウゴは返り血の一滴も浴びる事無く、変わらず悠然と歩を進める。
その時、「キュワァアア!」という奇怪な音が突如発生した。
アブソドが口を大きく開いてソウゴの方を向いており、その口の中には純白の光が輝きながら猛烈な勢いで圧縮されているところだった。
それは先程、メルドの持つ“最後の忠誠”に蓄えられていた膨大な魔力だ。周囲数メートルという限定範囲ではあるが、人一人消滅させるには十分以上の威力がある。
その強大な魔力が限界まで収束され、次の瞬間ソウゴを標的に砲撃となって発射された。
射線上の地面を抉り飛ばしながら迫る死の光に、しかしソウゴは「眩しいな……」と呟くのみだった。
魔力の砲撃は直撃する直前、不自然な程の急カーブを描いて曲がりその矛先を変えた。その砲撃が向かう先は……
「ッ!? 畜生!」
女魔人族だ。ソウゴがあっさり魔物を殺し始めた瞬間から、危機感に煽られて大威力の魔術を放つべく仰々しい詠唱を始めたのだが、それが目についたソウゴが「砲撃に対応しつつ詠唱を続けられるか試してみるか」と砲撃を流したのだ。
予想外の事態に慌てて回避行動を取る女魔人族に、ソウゴは溜息を吐きながら追いかける様に砲撃を誘導する。壁を破壊しながら迫る光の奔流に、壁際を必死に走る女魔人族。その表情に余裕は一切無い。
しかし、愈々逸らされた砲撃が直ぐ背後まで迫り、女魔人族が自分の指示した攻撃に薙ぎ払われるのかと思われた直後、アブソドが蓄えた魔力が底を尽き砲撃が終わった。
冷や汗を流しながらホッと安堵の息を吐く女魔人族だったが、次の瞬間には凍りついた。
パァンッ!
炸裂音が轟くと同時に右頬を衝撃が襲い、パッと白い何かが飛び散ったからだ。
その何かは、先程まで女魔人族の肩に止まっていた白鴉の魔物の残骸だった。彼女へのほんの少しの期待を裏切られたソウゴの落胆と苛立ちが、アブソドと白鴉に向いたのである。
アブソドは何が起きたか認識する事も出来ずに、全身の各部がバラバラに捻じ曲がって意識を永遠の闇に落とした。
白鴉の方も胴体を破裂させて一瞬で絶命し、その白い羽を血肉と共に撒き散らした。その余波を受けた女魔人族は、衝撃にバランスを崩し尻餅を付きながら茫然とした様子でそっと自分の頬を撫でる。そこには白鴉の血肉がべっとりと付着しており、同時に衝撃によって浅く肉が抉れていた。
後僅かでもずれていたら……そんな事を考えて背筋を粟立たせる。
今も視線の先で、強力無比を謳った魔物の軍団をまるで戯れに虫を殺すが如く駆逐している男は、いつでも自分を殺す事が出来るのだ。今この瞬間も、自分の命は握られているのだ!
その事実が、戦士たる強靭な精神を持っていると自負している女魔人族をして震え上がらせる。圧倒的な死の予感と、あり得べからざる化け物の存在に理性が磨り潰されるかの様だ。
あれは何だ? 何故あんなものが存在している? どうすればあの化け物から生き残る事が出来る!?
女魔人族の頭の中では、そんな思いがぐるぐると渦巻いていた。
それは、光輝達も同じ気持ちだった。彼等は少年の正体を直ぐ様ソウゴとは見抜けず、正体不明の何者かが突然自分達を散々苦しめた魔物を歯牙にもかけず駆逐しているとしか分からなかったのだ。
「何なんだ……彼は一体、何者なんだ!?」
光輝が動かない体を横たわらせながら、そんな事を呟く。今、周りにいる全員が思っている事だった。香織と雫にしか顔を見せていないから当然と言えば当然かもしれない。
その答えを齎したのは、先に逃がし、けれど自らの意志でこの戦場に戻ってきた仲間、遠藤だった。
「はは、信じられないだろうけど……あいつは、常磐だよ」
「「「「「「は?」」」」」」
遠藤の言葉に、光輝達が一斉に間の抜けた声を出す。遠藤を見て「頭大丈夫か、こいつ?」と思っているのが手に取る様にわかる。遠藤は「無理もないなぁ~」と思いながらも、事実なんだから仕方ないと肩を竦めた。
「だから、常磐だよ。常磐ソウゴ。あの日、橋から落ちた常磐だ。迷宮の底で生き延びて、自力で這い上がってきたらしいぜ。ここにも、アイツのお陰で一瞬で戻ってきたんだ。マジ有り得ねぇ! って俺も思うけど……事実だよ」
「常磐って、え? 常磐が生きていたのか!?」
光輝が驚愕の声を漏らす。そして他の皆も一斉に、現在進行形で魔物を返り討ちにしている化け物じみた強さの少年を見つめ直し……その顔を見て愕然とした。
間違いなく、あの常磐ソウゴだった。
そんな心情もやはり手に取る様にわかる遠藤は「まぁ、そうなるよな。あの強さじゃ信じられないけど、ステータスプレートも見たし」と乾いた笑みを浮かべながら、彼が常磐ソウゴである事を再度伝える。
誰もが信じられない思いでソウゴの無双ぶりを茫然と眺めていると、酷く狼狽した声で遠藤に喰ってかかる人物が現れた。
「う、嘘だ。常磐は死んだんだ。そうだろ? 皆見てたじゃんか。生きてる訳ない! 適当な事言ってんじゃねぇよ!」
「うわっ、なんだよ! ステータスプレートも見たし、本人が認めてんだから間違いないだろ!」
「嘘だ! 何か細工でもしたんだろ! それか、なりすまして何か企んでるんだ!」
「いや、何言ってんだよ? そんな事、する意味何にも無いじゃないか」
遠藤の胸ぐらを掴んで無茶苦茶な事を言うのは檜山だ。顔を蒼褪めさせ、尋常ではない様子でソウゴの生存を否定する。周りにいる近藤達も檜山の様子に何事かと若干引いてしまっている様だ。
そんな錯乱気味の檜山に、比喩ではなくそのままの意味で冷水が浴びせかけられた。檜山の頭上に突如発生した大量の水が小規模な滝となって降り注いだのだ。呼吸のタイミングが悪かった様で、若干溺れかける檜山。水浸しになりながらゲホッゲホッと咳き込む。「一体何が!?」と混乱する檜山に、冷水以上に冷ややかな声がかけられる。
「……大人しくして。邪魔になる」
その物言いに再び激昂しそうになった檜山だったが、声のする方へ視線を向けた途端思わず言葉を呑み込んだ。何故ならその声の主、ユエの檜山を見る眼差しが、まるで虫けらでも見るかの様な余りに冷たいものだったからだ。
同時に、その理想の少女を模した最高級のビスクドールの如き美貌に、状況も忘れて見蕩れてしまったというのも少なからずある。
それは光輝達も同じだった様で、突然現れた美貌の少女に男女関係なく自然と視線が吸い寄せられた。鈴等は明から様に見蕩れて「ほわ~」と変な声を上げている。単に美しい容姿というだけでなく、どこか妖艶な雰囲気を纏っているのも見た目の幼さに反して光輝達を見蕩れさせている要因だろう。
とその時、女魔人族が指示を出したのか、魔物が数体光輝達へ襲いかかった。メルドの時と同じく、人質にでもしようと考えたのだろう。普通に挑んでもソウゴを攻略できる未来がまるで見えない以上、常套手段だ。
鈴が咄嗟にシールドを発動させようとする。度重なる魔術の行使に、唯でさえ絶不調の体が悲鳴を上げる。ブラックアウトしそうな意識を唇を噛んで堪えようとするが……そんな鈴をユエの優しい手つきが制止した。頭をそっと撫でたユエに、鈴が「ほぇ?」と思わず緩んだ声を漏らして詠唱を止めてしまう。
「……大丈夫」
ただ一言そう呟いたユエに、鈴は何の根拠もないというのに「ああ、もう大丈夫なんだ」と体から力を抜いた。自分でも何故、そうも簡単にユエの言葉を受け入れたのかは分からなかったが、まるで頼りになる姉にでも守られている様な気がしたのだ。
ユエが視線を鈴から外し、今まさにその爪牙を、触手を、メイスを振るわんとしている魔物達を睥睨する。そしてただ一言、魔術のトリガーを引いた。
「──"蒼龍"」
その瞬間、ユエ達の頭上に直径一メートル程の青白い球体が発生した。それは、炎属性の魔術を扱う者なら知っている最上級魔術の一つ、あらゆる物を焼滅させる蒼炎の魔術──"蒼天"だ。
それを詠唱もせずにノータイムで発動など尋常ではない。特に後衛組は、何が起こったのか分からず呆然と頭上の蒼く燃え盛る太陽を仰ぎ見た。
しかし、彼等が本当に驚くべきはここからだった。何故なら、燦然と燃え盛る蒼炎が突如うねりながら形を蛇の様に変えて、今正にメイスを振り降ろそうとしていたブルタール擬き達に襲いかかるとそのまま呑み込み、一瞬で灰も残さず滅殺したからだ。
宙を泳ぐ様に形を変えていく蒼炎は、やがてその姿を明確にしていく。
それは蒼く燃え盛る龍だった。全長三十メートル程の蒼龍はユエを中心に光輝達を守る様に蜷局を巻くと鎌首を擡げた。そして、全てを滅する蒼き灼滅の業火に阻まれて接近すら出来ずに立ち往生していた魔物達に向かって、その顎門をガバッっと開く。
ゴァアアアアア!!!
爆ぜる様な咆哮が轟く。その直後、たじろぐ魔物達の体が突如重力を感じさせず宙に浮き、そのまま次々に蒼龍の顎門へと向けて飛び込んでいった。空中で藻掻き必死に逃げようとする様子から自殺ではないとわかるが、一直線に飛び込んで灰すら残さず焼滅していく姿は身投げの様で、質の悪い冗談にしか見えない。
「何、この魔法……」
それは誰の呟きか。周囲の魔物を余さず引き寄せ勝手に焼滅させていく知識にない魔法に、もう光輝達は空いた口が塞がらない。
それも仕方のない事だ。何せこの魔術は、"雷龍"と同じく炎属性最上級魔術"蒼天"と重力魔術の複合魔術でユエのオリジナルなのだから。
より厳密には、以前ソウゴに見せてもらった"
因みに、何故"雷龍"ではなく"蒼龍"なのかというと、単にユエの鍛錬を兼ねているからという理由だったりする。限定空間内で高熱を発する"蒼龍"を使うには、空気の調整と熱波からの保護が必要になる。"雷龍"より遥かに多くの技術が必要なのだ。
当然そんな事情を知らない光輝達は、術者であるユエに説明を求めようと"蒼龍"から視線を戻した。
しかし背筋を伸ばして悠然と佇み蒼き龍の炎に照らされる、いっそ神々しくすら見えるユエの姿に息を呑み、説明を求める言葉を発する事が出来なかった。
そんなユエに早くも心奪われている者が数人……特に鈴の中の小さなおっさんが歓喜の声を上げている様だ。
一方、女魔人族は遠くから"蒼龍"の威容を目にして内心「化け物ばっかりか!」と悪態をついていた。そして次々と駆逐されていく魔物達に焦燥感を露わにして、離れた所で寄り添っている二人の少女に狙いを変更する事にした。
しかし女魔人族は、これより更なる理不尽に晒される事になる。
香織と雫には、キメラや黒猫が襲いかかった。
殺意を撒き散らしながら迫り来る魔物に歯噛みしながら半ばから折れた剣を構えようとする雫だったが、それを制止する様にソウゴが付けた護衛のゴーレムが二体、スっと雫とキメラの間に入る。
自分を守る様に動いた謎の鎧騎士に雫が若干動揺していると、突然その内の片方、"アジガー"がキメラに向けて手に持った武器、片刃剣と両端薙刀を振り抜き一刀両断する。それと同時にもう片方、"ラヴィー"がフッと姿を消し、瞬きの間に黒猫を細切れに切り刻む。雫が「ホントに何なの!?」と内心絶叫していると、その隙を狙ってか別方向からブルタール擬きが迫る。しかしその攻撃に雫が気付く前に残りの二体、"ダーナヴ"と"アークラマン"が瞬殺する。
「ホントに……なんなのさ」
力無くそんな事を呟いたのは女魔人族だ。何をしようとも、全てを理解不能の力でねじ伏せられ粉砕される。そんな理不尽に、諦観の念が胸中を侵食していく。最早魔物の数も殆ど残っておらず、誰の目から見ても勝敗は明らかだ。
女魔人族は、最後の望み! と逃走の為に温存しておいた魔術をソウゴに向かって放ち、全力で四つある出口の一つに向かって走った。ソウゴのいる場所に放たれたのは"落牢"だ。
ソウゴは迫る灰色の球体に何の脅威も見出せず、その歩みを止める事は無い。直後、ソウゴの直ぐ傍で"落牢"が炸裂し、石化の煙がソウゴを包み込んだ。光輝達が息を飲み、香織と雫が悲鳴じみた声でソウゴの名を呼ぶ。
動揺する光輝達を尻目に、女魔人族は遂に出口の一つに辿り着いた。
しかし……
「はは……既に詰みだったわけだ」
「当たり前だ」
女魔人族の目の前、通路の奥にソウゴが追加で召喚したゴーレム"アーカーシャ"が立っており、紫苑の剣の切っ先を向けていた。あの時、きっとソウゴに攻撃を仕掛けてしまった時から既に自分の運命は決まっていた事に今更ながらに気がつき、思わず乾いた笑い声を上げる女魔人族。そんな彼女に背後から憎たらしい程平静な声がかかる。
女魔人族が今度こそ瞳に諦めを宿して振り返ると、石化の煙の中から何事もなかった様に歩み寄ってくるソウゴの姿が見えた。そして、石化の煙がソウゴの纏う光の膜──"餓鬼道"によって吸収されるのを見て、自分の手札の全てが通用しない事を痛感する。
「……この化け物め。上級魔法が意味をなさないなんて、アンタ、本当に人間?」
「魔人族などと名乗りながら"
「……?」
「……はぁ」
そんな軽口を叩きあい、ソウゴの言葉に疑問符を浮かべる様子に呆れながら少し距離を置いて向かい合うソウゴと女魔人族。チラリと女魔人族が部屋の中を見渡せば、いつの間にか本当に魔物が全滅しており、改めて小さく「化け物め」と罵った。
ソウゴはそれを無視してスっと女魔人族に視線を向ける。眼前に突きつけられた死の圧力に対して、女魔人族は死期を悟った様な澄んだ眼差しを向けた。
「さて、普通こういう時は何か言い遺す事は、とでも訊くんだろうが……生憎私も暇じゃない。必要な情報だけさっさと頂いておこう」
「アタシが話すと思うの──……」
嘲笑する様に鼻を鳴らした女魔人族の言葉が、突如途切れる。その顔は一切の感情が削ぎ落された、空虚な目をしていた。その視線の先のソウゴの眼は、ティオに見せたそれより強力な三つ巴の赤い瞳、"万華鏡写輪眼"に変化していた。
「……ふん、成程な。【シュネー雪原】の"変成魔術"に、それを攻略した将軍フリード……この小娘、そこそこ中枢に近い者だったか」
何やらボソボソと話す女魔人族の言葉から、ソウゴは的確に情報を抜き取っていく。
「……」
他の者にはまるで何が起きているか把握出来ていないが、まるで夢幻の中にいるかの如くソウゴの瞳術で催眠状態にある女魔人族。
そして粗方の情報を得たソウゴは、女魔人族に掛けた幻術を解いて正気に戻す。
「……はっ! わ、私はさっきまで何を……!? アンタ、私に何をした!?」
「生憎自白させるのは得意でね、情報は大体覗かせてもらった」
女魔人族が、ソウゴの言葉にビクッと肩を震わせた。
「情報が得られた以上、貴様はもう用済みだ」
「……なら、もういいだろ? ひと思いに殺りなよ。アタシは捕虜になるつもりはないからね……」
「ほぅ、その心構えだけは評価出来ん事もないな。だが貴様の処分は変わらん、精々苦しみながら逝くがいい」
女魔人族は、道半ばで逝く事の腹いせに負け惜しみと分かりながらソウゴに言葉をぶつけた。
「いつか、アタシの恋人がアンタを殺すよ」
その言葉に、ソウゴはつまらなそうな表情で告げる。
「 "魔人"の領域も知らん様な輩が、私を害せるとは思えんがな」
互いにもう話す事は無いと口を閉じ、ソウゴはその眼に力を込める。
しかし。いざ術を発動する瞬間、大声で制止がかかる。
「待て! 待つんだ、常磐! 彼女はもう戦えないんだぞ! 殺す必要はないだろ!」
「……」
ソウゴは万華鏡写輪眼を維持したまま、苛立たし気に頬を引き攣らせながら動きを止める。光輝はフラフラしながらも少し回復した様で、何とか立ち上がると更に声を張り上げた。
「捕虜に……そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者だ。常磐も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」
余りに幼稚でお花畑な言い分に、ソウゴは聞く価値すら無いと即行で切って捨てた。そして無言のまま、術を発動する。
「──────ッッッ!!?!?」
声にならない断末魔が室内に木霊する。万華鏡写輪眼の瞳術"天照"の黒炎が、女魔人族を包み込み彼女を絶命させた。
静寂が辺りを包む。光輝達は今更だと頭では分かっていても、同じクラスメイトが目の前で躊躇い無く人を殺した光景に息を呑み、戸惑った様にただ佇む。そんな彼等の中でも、一番ショックを受けていたのは香織の様だった。
人を殺した事にではない。それは香織自身、覚悟していた事だ。この世界で戦いに身を投じるというのは、そういう事なのだ。迷宮で魔物を相手にしていたのは、あくまで実戦
だから殺し合いになった時、敵対した人を殺さなければならない日は必ず来ると覚悟していた。自分が後衛職で治癒師である以上、直接手にかけるのは雫や光輝達だと思っていたから、その時は手を血で汚した友人達を例え僅かでも、一瞬であっても忌避したりしない様にと心に決めていた。
香織がショックを受けたのは、ソウゴに人殺しに対する忌避感や嫌悪感、躊躇いというものが一切無かったからである。息をする様に自然に人を殺した。香織の知るソウゴは、どの様な険悪なムードでも争いを諫め、他人の為に渦中へ飛び込める様な優しく強い人だった。
その"強さ"とは、決して暴力的な強さを言うのではない。どんな時でも、どんな状況でも"他人を思いやれる"という強さだ。だから無抵抗で戦意を喪失している相手を、何の躊躇いも感慨も無く殺せる事が、自分の知るソウゴと余りに異なり衝撃だったのだ。
雫は親友だからこそ、香織が強いショックを受けている事が手に取る様に分かった。そして日本にいる時、普段から散々聞かされてきたソウゴの話から、香織が何にショックを受けているのかも察していた。
雫は涼しい顔をしているソウゴを見て確かに変わり過ぎだと思ったが、何も知らない自分がそんな文句を言うのはお門違いもいいところだということもわかっていた。なので結局何をする事も出来ず、ただ香織に寄り添うだけに止めた。
だが当然、正義感の塊たる勇者の方は黙っている筈が無く、静寂の満ちる空間に押し殺した様な光輝の声が響いた。
「何故、何故殺したんだ。殺す必要があったのか……」
ソウゴはユエ達の方へ歩みを進めながら、自分を鋭い眼光で睨みつける光輝をまるで見えていない、存在しないものかの様に無視しながら再びライドブックを開き、召喚したアーカーシャ、アジガー、ラヴィー、ダーナヴ、アークラマンを収める。
「シア、メルドの容態はどうだ?」
「危なかったです。あと少し遅ければ助かりませんでした。……指示通り"神水"を使っておきましたけど……良かったのですか?」
「ああ。二、三問い詰めたい事はあるが、今の今まで私の指示を守った事を鑑みれば総合的には評価すべきだろう。現状コレより的確な指導役がいない以上、ここで死なれる訳にもいくまい」
ソウゴは龍太郎に支えられつつクラスメイト達と共に歩み寄ってくる光輝が、未だに自分を睨みつけているのに目もくれず、シアにメルドへの神水の使用許可を出した理由を話した。
実際、もしこの場でメルドが死んで聖教教会のイシュタルでも後任に就こうものなら、最悪愛子と優香達、遠藤以外の全員をソウゴ自身の手で始末する事になる。
「……ソウゴ様」
「ご苦労だったなユエ」
「んっ」
しがみ付いてきたユエに、ソウゴは労いの言葉をかけて頭を撫でる。嬉しそうに目元を綻ばせるユエ。自然、ソウゴの眼差しも和らぎ見つめ合う形になる。
「あっ! ……ソ、ソウゴさん! 私も、私も!」
「あぁ、シアもよくやった」
自分もと労いの言葉を強請るシアに、ソウゴは同じ様に頭を撫でる。シアの相好がフニャフニャと崩れる。
何やら光輝とは違う意味で睨む視線が増えた様な気がするが、一々気にする事では無いとソウゴは歯牙にもかけない。
「おい、常磐。何故彼女を……」
「ソウゴくん……色々聞きたい事はあるんだけど、取り敢えずメルドさんはどうなったの? 見た感じ、傷が塞がっているみたいだし呼吸も安定してる。致命傷だった筈なのに……」
ソウゴを問い詰めようとした光輝の言葉を遮って、香織が真剣な表情でメルドの傍に膝をつき、詳しく容態を確かめながらソウゴに尋ねた。
ソウゴはその言葉から香織の"治癒師"としての大体の技量を把握し、また偶然見えた彼女の行く末にほんの少し驚きながらも香織の疑問に答えた。
「この迷宮の奥地で手に入れた秘薬だ。瀕死の重傷だろうとたちどころに治すという代物だが、私には無用の長物なんでな」
「そ、そんな薬、聞いた事無いよ?」
「既に失伝しているらしいからな。……と、それはどうでもいいとして」
「ど、どうでもいいって……」
反則レベルの秘薬をどうでもいいというソウゴの発言に内心動揺する雫を無視し、ソウゴは腕を掲げる。
「光あれ」
ソウゴの言葉と共に掌から光が溢れ、香織や雫を含めたクラスメイト達を包み込む。何事かと一瞬体を強張らせる一同だったが、次の瞬間には自分達の状態に驚愕する。
先程までの戦闘で負った傷も、流した血も、装備の損傷も、その全てが元通り治っていた。その効力も速度も、"治癒師"が天職の香織や辻のそれが児戯に見えるレベル。そんな奇跡の様な治癒、否、最早再生をただ一言で行うソウゴに、雫も香織も愕然となる。それにユエとシア、何故か遠藤が得意気な表情になる。
だが取り敢えず、メルドは心配無いと分かり安堵の息を吐く香織達。そこで、光輝が再び口を開く。
「おい、常磐。メルドさんの事やさっきのは礼を言うが、何故かの──」
「ソウゴくん。メルドさんを助けてくれてありがとう。私達の事も……助けてくれてありがとう」
そして再び、香織によって遮られた。物凄く微妙な表情になっている。
しかし香織はそんな光輝の事は全く気にせず、真っ直ぐにソウゴだけを見ていた。ソウゴの変わり様に激しいショックを受けはしたが、それでもどうしても伝えたい事があったのだ。メルドの事と、自分達を救ってくれた事のお礼を言いつつソウゴの目の前まで歩み寄る。
そして、溢れ出てくる津波の様な感情を堪える様にギュッと服の裾を両の手で握り締め、しかし堪えきれずにホロホロと涙を零し始める。
嗚咽を漏らしながら、それでも目の前のソウゴの存在が夢幻でない事を確かめる様に片時も目を離さない。感情の雫で溢れた瞳は、まるで幾万の星を仕舞い込んだかの様。
そんな煌めく瞳のまま、香織は桜色の唇を小さく震わせながら言葉を紡いだ。
「ソウゴぐん……生きででくれで、ぐすっ、ありがどうっ。あの時、守れなぐて……ひっく……ゴメンねっ……ぐすっ」
雫だけでなく、女子メンバーは香織の気持ちを察していたので生暖かい眼差しを向けており、男子の中でも何となく察していた永山や野村は同じ様な眼差しを、近藤達は苦虫を噛み潰した様な目を、光輝と龍太郎は、香織が誰を想っていたのか分かっていないのでキョトンとした表情をしている。鈍感主人公を地で行く光輝と脳筋の龍太郎、雫の苦労が目に浮かぶ。
シアは「むっ、もしや新たなライバル?」と難しい表情をし、ユエはいつにも増して無表情でジッと香織を見つめている。
そして当のソウゴは、最初は目の前で顔をくしゃくしゃにして泣く香織を特に何とも思わず見つめていたが、遠藤に聞いていた通りあの日からずっと自分の事を気にしていたのだったと思い出し、何とも言えない表情をした。
正直、【ウルの町】で愛子達に再会するまで香織の事は完全に忘れていたのだ。なので、これ程強く想われていた事に少しだけ面倒臭さが湧き上がった。
ソウゴは一瞬舌打ちする様な表情をした後、それをおくびにも出さず香織に言葉を返した。
「……どうやら心配をかけた様だな。だがまぁこの様に、私は五体満足だ。謝罪は必要ない」
そう言って香織を見るソウゴの眼差しは、香織を見ている様で見ていない。
しかしそうとも知らず、その眼差しにあの約束を交わした夜を思い出し、胸がいっぱいになる香織。思わずワッと泣き出し、そのままソウゴの胸に飛び込んでしまった。
胸元に縋り付いて泣く香織に、どうしたものかと溜息を吐くソウゴ。他のクラスメイトならば問答無用に不敬罪だと処罰するところだが、ここまで純粋に変わらない好意を向けられると、末娘と同い年という事もあり邪険にし難い。
なので取り敢えず、泣き止む様にという意味も込めて頭を撫でる。
傍らにいる雫から「私の親友が泣いているのよ! 抱きしめてあげてよぉ!」という視線が叩きつけられているが、そんな事知るかとばかりに受け流すソウゴ。
「……香織は本当に優しいな。……でも、常磐は無抵抗の人を殺したんだ。話し合う必要がある。もうそれくらいにして、常磐から離れた方がいい」
永山パーティから「お前、空気読めよ!」という非難の眼差しが光輝に飛んだ。この期に及んで、この男はまだ香織の気持ちに気がつかないらしい。どこかソウゴを責める様に睨みながら、ソウゴに寄り添う香織を引き離そうとしている。
単に、香織と触れ合っている事が気に食わないのか、それとも人殺しの傍にいる事に危機感を抱いているのか……或いはその両方かもしれない。
「ちょっと、光輝! 常磐君は私達を助けてくれたのよ? そんな言い方はないでしょう!?」
「だが雫、彼女は既に戦意を喪失していたんだ。殺す必要は無かった。常磐がした事は許される事じゃない」
「あのね光輝、いい加減にしなさいよ? 大体……」
光輝の物言いに、雫が目を吊り上げて反論する。永山達はどうしたものかとオロオロするばかりであったが、檜山達は元々ソウゴが気に食わなかった事もあり、光輝に加勢し始める。
次第に、ソウゴの行動に対する議論が白熱し始めた。香織は既にソウゴの胸元から離れて涙を拭った後だったが、先程のソウゴの様子にショックを受けていた事もあり、何かを考え込む様に難しい表情で黙り込んでいた。
そんな彼等に、今度は比喩的な意味で冷水を浴びせる声が一つ。
「……くだらない連中。ソウゴ様、もう行こう?」
「あぁ、時間の無駄だ」
絶対零度と表現したくなる程の冷たい声音で、光輝達を“くだらない”と切って捨てたのはユエだ。その声は小さな呟き程度のものだったが、光輝達の喧騒も関係無くやけに明瞭に響いた。一瞬で静寂が辺りを包み、光輝達がユエに視線を向ける。
ソウゴは元々遠藤から話を聞いて、彼の働きと香織の努力に免じて足を運んだだけなので、用は済んでいる。なので自身の手を引くユエに従い、部屋を出ていこうとした。シアも周囲を気にしながら追従する。
そんなソウゴ達に、やはり光輝が待ったをかけた。
「待ってくれ、こっちの話は終わっていない。常磐の本音を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ? 助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないなんて……失礼だろ? 一体、何がくだらないって言うんだい?」
「……」
光輝がまたズレた発言をする。言っている事自体はいつも通り正しいのだが、状況と照らし合わせると「自分の胸に手を置いて考えろ」と言いたくなる有様だ。ここまでくれば、何かに呪われていると言われても不思議ではない。
ユエは既に光輝に見切りをつけたのか、会話する価値すら無いと思っている様で視線すら合わせない。光輝はそんなユエの態度に少し苛立った様に眉を顰めるが、直ぐにいつも女の子にしているように優しげな微笑みを湛えて再度ユエに話しかけようとした。
このままでは埓があかない事を察したソウゴは、面倒そうな表情で溜息を吐きながらも代わりに少しだけ答える事にした。
「……小僧。どうやらこの状況でまだ平和ボケとヒーローごっこ気分が抜けてないらしいな、故に少しだけ指摘させてもらう」
「指摘だって? 俺が、間違っているとでも言う気か? 俺は、人として当たり前の事を言っているだけだ! それに小僧ってなんだ!」
ソウゴから可哀想なもの見る様な視線を向けられ、不機嫌そうにソウゴに反論する光輝に取り合わず、ソウゴは言葉を続けた。
「貴様は殺し合いをしているという自覚が無い。貴様の怒りの原因は、この期に及んで人死にを見るのが嫌だっただけだろう? だが自分達を殺しかけ、騎士達を殺害したあの女を殺した事自体を責めるのは流石にお門違いだと分かっている。だから、
「ち、違う! 勝手な事言うな! お前が無抵抗の人を殺したのは事実だろうが!」
「敵を殺す。それの何が悪い?」
「なっ!? 何がって、人殺しだぞ! 悪いに決まってるだろ!」
「……貴様、ここを法の範囲内と勘違いしているらしいな。ここは戦場だ。敗者が死に、勝者が生き残る、それこそがここでの正しさだ。それを理解出来ない様なら……」
「がっ!?」
ソウゴが一瞬で距離を詰め、光輝の首を掴み持ち上げる。その首がミシミシと鳴る程力が込められ、同時にソウゴの"覇気"が漏れ出し周囲に濃密な殺気が大瀑布の如く降りかかった。
目を見開き、息を呑む光輝達。
仲間内で最も速い雫の動きだって目で追える光輝だったが、今のソウゴの動きはまるで察知出来ず空気を求める様に藻掻きながら戦慄の表情をする。
「ここで殺しておくのも優しさというものか」
「お、おま、え……」
「何か勘違いしておらんか? 私は戻って来た訳では無い。ましてや、貴様等の仲間だった事もない。態々出向いてやったのは、白崎香織と浩介の働きに免じて顔見せに来てやっただけの事だ。それをよく覚えておくがいい」
それだけ言うと、何も答えず藻掻く光輝の首から手を離す。"覇気"も収まり、盛大に息を吐きソウゴを複雑そうな眼差しで見るクラスメイト達だったが、尻餅をついた光輝はやはり納得出来ないのか、尚何かを言い募ろうとした。しかしそれは、うんざりした雰囲気のユエのキツい一言によって阻まれる。
「……戦ったのはソウゴ様。恐怖に負けて逃げ出した負け犬に、とやかく言う資格は無い」
「なっ、俺は逃げてなんて……」
光輝がユエに反論しようとすると、そこへ深みのある声が割って入った。
「よせ、光輝!」
「メルドさん!」
メルドは少し前に意識を取り戻して、光輝達の会話を聞いていた様だ。まだ少しボーッとするのか、意識をはっきりさせようと頭を振りながら起き上がる。そして、自分の腹など怪我していた筈の箇所を見て、不思議そうな顔で首を傾げた。
香織がメルドに簡潔に何があったのかを説明する。メルドは自分が、何やら貴重な薬で奇跡的に助けられた事を知り、そしてその相手がソウゴであると聞いて、血相を変えて頭を下げた。それに困惑する光輝達を他所に、メルドが口を開く。
「此度は我々を救って戴き、誠に感謝致します。まさか御帰還なされていらしたとは……」
「私がこの町にいたのは偶然だ、礼なら浩介に言うがいい。……それよりメルドよ」
深々と頭を下げて謝罪するメルドに対し、ソウゴは纏う空気を変える。その様にも光輝達は驚くが、取り合わずに叱責する様な雰囲気で続ける。【フェアベルゲン】で見せた、暴君モードの前触れだ。
「私は貴様に、小僧共をある程度使える様に導けと言ったな?」
「……はい」
「ではこの体たらくはなんだ? 何故あの程度の羽虫如きに後れを取る? 勝てないなら勝てないで、何故引き際を弁えない? 何故殺し合いの自覚が無い? 貴様は飯事でも教えていたのか? 鈍やガラクタでも武器は武器だ、子供の玩具ではないぞ? よくそれで騎士団長を名乗れたな? 申し開きはあるか、ん?」
「……私の不徳の致すところでございます、申し訳ありません」
「謝罪はいらん、この無様な光景の理由を訊いているんだ」
ソウゴとのやり取りを聞き、光輝が割って入る。
「メ、メルドさん? どうして常磐に畏まって……それに、何でメルドさんが謝るんだ?」
「当然だろう、俺はお前等の教育係なんだ。……なのにこの御方の言う通り、戦う者として大事な事を教えなかった。……人を殺す覚悟の事だ。時期がくれば、偶然を装って賊を嗾けるなりして人殺しを経験させようと思っていた……魔人族との戦争に参加するなら絶対に必要な事だからな。……だが、お前達と多くの時間を過ごし、多くの話をしていく内に、本当にお前達にそんな経験をさせていいのか……迷う様になった。騎士団団長としての立場を考えれば、早めに教えるべきだったのだろうがな。……もう少し、あと少し、これをクリアしたら、そんな風に先延ばしにしている間に、今回の出来事だ……私が半端だった。教育者として誤ったのだ。そのせいで、お前達を死なせるところだった……申し訳無い」
そう言って再び深く頭を下げるメルドに、光輝達はあたふたと慰めに入る。どうやら、メルドはメルドで光輝達についてかなり悩んでいた様だ。団長としての使命と私人としての思いの狭間で揺れていたのだろう。
メルドも王国の人間である以上、聖教教会の信者だ。
それ故に、"神の使徒"として呼ばれた光輝達が魔人族と戦う事は当然だとか、名誉な事だとか思ってもおかしくはない。にも関わらず、光輝達が戦う事に疑問を感じる時点で何とも人がいいというか、優しいというか。
そんなメルドが改めて自分に顔を向け、判決を待つ罪人の様に頭を下げるのを視界に収めたソウゴは昂ぶりを抑えるかの様に溜息を吐き、言葉を続ける。
「本来ならそこの小僧共の不敬罪も含めて、全員の首を刎ねても足りんところだが……まぁいい。『私の生存を黙っていた事』と『白崎香織の無事』、この二つを遵守した点を考慮し、今回の件は不問としよう」
「有難う御座います。今後より一層精進して参ります」
「良い心掛けだ、だがこれだけは言っておくぞ。……今後、私の手を煩わせる様な無様を晒すなよ?」
「っ、ははぁ……!」
ソウゴの下した判断に、メルドは畏まって頭を下げるばかりだった。
一方、メルドの心の内を聞き押し黙る光輝。
そう遠くない内に人を殺さなければならなかったと言われ、女魔人族を殺しかけた時の恐怖を思い出した様だ。それと同時に、たとえ賊であっても人である者を訓練の為に殺させようとしていたメルドの言葉にショックも受けていた。賊位なら圧倒出来るだけの力はあるのに、態々殺すなんて……と。
そして、香織の方も押し黙っていた。それは、メルドの話を聞いたからではない。ずっと、ソウゴの言葉について考えていたからだ。
どれもこれも、以前のソウゴからは考えられない発言だ。だが先程の殺気が、その言葉を本気だと証明していた。他人の為に体を張って行動できる優しいソウゴが、自分達にすら躊躇う事無く殺意を向ける。自分の知るソウゴと、目の前にいるソウゴの差に香織の心が戸惑い揺れる。先程香織を気遣った時に感じた、以前のソウゴは自分の錯覚だったのかと不安になる。
と、香織がそんな事を考え込んでいると不意に視線を感じた。香織がそちらを見やると、そこには金髪紅眼の美貌の少女。香織でも思わず見蕩れてしまうくらい美しいその少女が、感情を感じさせない瞳で香織をジッと観察していた。
そういえばソウゴと随分親密そうだったと思い出し、香織も興味を惹かれてユエを見返した。暫く見つめ合う二人。
「……ふっ」
「っ……」
しかし、その見つめ合いはユエの方から逸らされた。嘲笑付きで。
思わず息を呑む香織。嘲笑に込められた意味に気がついたからだ。即ち「この程度で揺れる思いなら、そのままソウゴの事は忘れてしまえ」という事に。
ユエは当然、香織の態度からソウゴの事をどう思っているのか察していた。そして、ソウゴが奈落に落ちても生存を信じて頑張っていたと聞いて、これは強力な恋敵が現れたかもしれない、受けて立ってやる! と内心息巻いていたのだ。
だが実際に香織を見てみると、以前のソウゴと今のソウゴを比べて、以前と異なる事に戸惑いと不安を覚え一歩引いてしまっている。その反応は人として当然と言えば当然ではあるのだが……ユエからすると取るに足りない相手に見えた様だ。
お前なんて相手にならない。ソウゴ様はこれからも
言外にそう宣言され、香織は顔を真っ赤に染めた。それは、怒りか羞恥か。それでも反論出来なかったのは、香織がソウゴという人間を見失いかけていたからだ。ユエと香織の初邂逅は、ユエに軍配が上がった様である。
光輝達が微妙な雰囲気になっているのを尻目に、ソウゴがユエとシアを連れて、暇潰しがてらショートカットを使わずに歩いて出ていこうとした。
それに気がついた光輝達も、ソウゴ達に追随し始める。全員精神的に消耗しているので地上に出るまでの間ソウゴ達に便乗しようと遠藤が提案し、メルドがソウゴに頼み込んで了承を取ったのである。
地上へ向かう道中、宝物庫から取り出した酒を片手に先程と同じ様に手を触れず魔物を屠るソウゴに、改めてその原理・理解不能の強さを実感して、これが嘗て"無能"と呼ばれていた奴なのかと様々な表情をする光輝達。
檜山は蒼褪めた表情のままソウゴを睨み、近藤達は妬みの視線を送り、永山達は感嘆の視線を向けながらも仲間ではないとはっきり言われた事に複雑な表情をしている。
近藤達はソウゴの実力を間近で見て萎縮はしているものの、以前のソウゴに対する意識が抜けきっていないのだろう。永山達は、ソウゴが檜山達にどういう扱いを受けているか知っていながら見て見ぬふりをしていたことから、後ろめたさがある様だ。仲間と思われなくても仕方ないかもしれないと……
背後からぞろぞろと様々な視線を向けてくる光輝達を、サクッと無視して酒を呷るソウゴ。
途中、鈴の中のおっさんが騒ぎ出しユエにあれこれ話しかけたり、ソウゴに何があったのか質問攻めにしたり、二人が余り相手にしてくれないと悟るとシアの巨乳とウサミミを狙いだしたりして、雫に物理的に止められたり、近藤達がユエやシアに下心満載で話しかけて完全に無視されたり、それでもしつこく付き纏った挙句、無断でシアのウサミミに触ろうとしてスタンドに殴られたり、爪や歯を剥がれて絶叫したり、マジな殺気を受けて少し漏らしながら今度こそ恐怖を叩き込まれたり……色々ありつつ、遂に一行は地上へと辿り着いた。
香織は未だ、俯いて思い悩んでいる。雫はそんな香織を、心配そうに寄り添いながら見つめていた。だが、そんな香織の悩みなど吹き飛ぶ衝撃の事態が発生する。ソウゴに心を寄せていた一人の女としては、絶対に看過できない事態。
それは、【オルクス大迷宮】の入場ゲートを出た瞬間にやって来た。
「あっ! パパぁー!!」
「おっ、ミュウか」
ソウゴをパパと呼ぶ幼女の登場である。
「パパぁー!! おかえりなのー!!」
【オルクス大迷宮】の入場ゲートがある広場に、そんな幼女の元気な声が響き渡る。
冒険者や商人達の喧騒で満ちる中、負けじと響いた元気な声。周囲にいる戦闘のプロ達や呼び込みに忙しい商人達も、微笑ましいものを見る様に目元を和らげている。
ステテテテー! と可愛らしい足音を立てながら、ソウゴへと一直線に駆け寄ってきたミュウは、そのままの勢いでソウゴへと飛びつく。ソウゴが受け損なうなど夢にも思っていない様だ。
テンプレだと、ロケットの様に突っ込んで来た幼女の頭突きを腹部に受けて身悶えするところだが、生憎ソウゴの肉体はそこまで弱くない上に素人でもない。寧ろミュウが怪我をしない様に、衝撃を完全に受け流しつつ確り受け止めた。伊達に今でも似た様な勢いで抱き着いてくる真琴や言葉ことはの相手をしていないのだ、慣れたものである。
「ミュウ、迎えに来たのか。ティオはどうした?」
「うん。ティオお姉ちゃんが、そろそろパパが帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんは……」
「妾はここじゃよ」
人混みをかき分けて、妙齢の黒髪金眼の美女が現れる。言うまでもなくティオだ。ソウゴはいつ逸れてもおかしくない人混みの中で、ミュウから離れた事に苦言を呈する。
「ティオ、こんな場所でミュウから離れるな」
「目の届く所にはおったよ。ただちょっと、不埒な輩がいての。凄惨な光景はミュウには見せられんじゃろ」
どうやら、ミュウを誘拐でもしようとした阿呆がいるらしい。ミュウは海人族の子なので、目立たない様にこういう公の場所では念の為フードをかぶっている。その為王国に保護されている海人族の子と分からないので、不埒な事を考える者もいるのだ。フードから覗く顔は幼くとも整っており、非常に可愛らしい顔立ちである事も原因の一つだろう。目的が身代金かミュウ自体かはわからないが。
「成程、ならば仕方あるまい。……で? その馬鹿共は何処だ?」
「いや、ご主人様よ。妾がきっちり締めておいたから落ち着くのじゃ」
「止めは刺したか?」
「……ホントに子離れ出来るのかの?」
ソウゴがミュウの頭を撫でながら犯人の所在を聞くが、ティオが半ば呆れながら諌める。エリセンで、きちんとお別れできるのか……ミュウよりソウゴの方が不安である。
そんなソウゴとティオの会話を呆然と聞いていた光輝達は、「強くなっているどころか、まさか父親になっているなんて!」と誰もが唖然とする。特に男子等は、「一体、どんな経験積んできたんだ!」と視線が自然とユエやシア、そして突然現れた黒髪巨乳美女に向き、明らかに邪推していた。ソウゴが迷宮で無双した時より驚きの度合いは強いかもしれない。
冷静に考えれば、行方不明中の四ヶ月で四歳くらいの子供が出来るなんて通常有り得ないのだが、色々と衝撃の事実が重なり、度重なる戦闘と死地から生還したばかりの光輝達にはその冷静さが失われていたので、ものの見事に勘違いが発生した。
そして唖然とする光輝達の中から、ゆらりと一人進み出る。顔には笑みが浮かんでいるのに目が全く笑っていない……香織だった。
香織はゆらりゆらりと歩みを進めると、突如クワッと目を見開き、ソウゴに掴みかかった。
「ソウゴくん! どういう事なの!? 本当にソウゴくんの子なの!? 誰に産ませたの!? ユエさん!? シアさん!? それとも、そっちの黒髪の人!? まさか、他にもいるの!? 一体、何人孕ませたの!? 答えて! ソウゴくん!」
ソウゴの襟首を掴みガクガクと揺さぶりながら錯乱する香織。何処からそんな力が出ているのかとツッコミたくなるくらいガッチリ掴んで離さない。香織の背後から「香織、落ち着きなさい! 彼の子な訳無いでしょ!」と雫が諌めながら羽交い絞めにするも、聞こえていない様だ。
そうこうしている内に、周囲からヒソヒソと噂する様な声が聞こえて来た。
「何だあれ? 修羅場?」
「何でも、女がいるのに別の女との間に子供作ってたらしいぜ?」
「一人や二人じゃないってよ」
「五人同時に孕ませたらしいぞ?」
「いや俺は、ハーレム作って何十人も孕ませたって聞いたけど?」
「でも、妻には隠し通していたんだってよ」
「成程……それが今日バレたってことか」
「ハーレムとか……羨ましい」
「漢だな……死ねばいいのに」
どうやらソウゴは、妻帯者なのにハーレムの主で何十人もの女を孕ませた挙句、それを妻に隠していた鬼畜野郎という事になったらしい。
「妻帯者という事しか合ってないではないか」等と思いながら、ソウゴは不思議そうな表情をして首を傾げるミュウの頭を撫でながら深い溜息をついた。
香織が顔を真っ赤にして雫の胸に顔を埋めている姿は、正に穴があったら入りたいというものだった。冷静さを取り戻して、自分がありえない事を本気で叫んでいた事に気がつき、羞恥心がマッハだった。「大丈夫だからね~、よしよし」と慰める雫の姿は、完全にお母さん……。
ソウゴ達は入場ゲートを離れて、町の出入り口付近の広場に来ていた。ソウゴの漢としての株が上がり、社会的評価が暴落した後、ソウゴはロアの下へ依頼達成報告をし、二、三話をしてから、色々騒がしてしまったので早々に町を出る事にしたのだ。元々、ロアにイルワからの手紙を届ける為だけに寄った様なものなので、旅用品で補充すべき物も無く直ぐに出ても問題は無かった。
光輝達がぞろぞろと出ていこうとするソウゴ達の後について来たのは、香織がついて行ったからだ。香織は未だ羞恥に悶えつつも、頭の中は必死にどうすべきか考えていた。このままソウゴとお別れするのか、それともついて行くのか。心情としては付いて行きたいと思っている。やっと再会出来た想い人と離れたいわけがない。
しかし、明確に踏ん切りがつかないのは、光輝達の下を抜ける事の罪悪感と、変わってしまったソウゴに対する心の動揺のせいだ。しかも、その動揺を見透かされ嘲笑されてしまった事も効いている。
香織もユエがそうであった様に、ユエがソウゴを強く思っている事を察していた。そして何より棘となって心に突き刺さったのは、「お前の想いは所詮その程度だ」と嗤われた事。香織自身、動揺する心に自分の想いの強さを疑ってしまった。
自分の想いはユエに負けているのではないか。今更、自分が想いを寄せても迷惑なだけではないか。何より、自分は果たして今のソウゴを見る事が出来ているのか。過去のソウゴを想っているだけではないのか。
加えてユエの尋常ならざる実力の高さと、ソウゴの仲間としての威風堂々とした立ち振る舞いに香織は……圧倒されていた。
要は女としても術者としても、ソウゴへの想いについても自信を喪失しているのである。
香織が迷いから抜け出せないまま、愈々ソウゴ達が出て行ってしまうというその時、何やら不穏な空気が流れた。それに気がついて顔を上げた香織の目に、十人程の男が進路を塞ぐ様に立ちはだかっているのが見えた。
「おいおい、どこ行こうってんだ? 俺らの仲間ボロ雑巾みたいにしておいて、詫びの一つもないってのか? アァ!?」
薄汚い格好の武装した男が、厭らしく顔を歪めながらティオを見てそんな事を言う。
どうやら先程、ミュウを誘拐しようとした連中のお仲間らしい。ティオに返り討ちにあった事の報復に来た様だ。
尤も、その下卑た視線からはただの報復ではなく別のものを求めているのが丸分かりだ。
ソウゴ達が噛ませ犬的なゲス野郎共に因縁を付けられるというテンプレな状況に呆れていると、それを恐怖で言葉も出ないと勘違いした様で、恐らく傭兵崩れと思われる者達は更に調子に乗り始めた。
その視線がユエやシアにも向く。舐める様な視線に晒され、心底気持ち悪そうにソウゴの影に体を隠すユエとシアにやはり怯えていると勘違いして、ユエ達に囲まれているソウゴを恫喝し始めた。
「ガキィ、わかってんだろ? 死にたくなかったら、女置いてさっさと消えろ! なぁ~に、きっちり詫び入れてもらったら返してやるよ!」
「まぁそん時には、既に壊れてるだろうけどな~」
何が面白いのか、耳障りな笑い声を上げる男達。その内の一人がミュウまで性欲の対象と見て怯えさせた時点で、彼等の運命は決まった。
その瞬間、瞬きよりも速い一瞬で男達の上半身が消滅した。ソウゴがミュウの頭を撫でていた手を宙で薙ぐという、ただそれだけの事で男達は自覚すら無く魂魄まで圧殺されたのだ。
「……おいメルド、この町の治安はどうなっている? これでは子供を遊ばせる事も出来んではないか。……ほれ、ミュウ。もう怖くないぞ」
「パパカッコいいの~!!」
人を殺したというのに、まるで道端のポイ捨てを非難する様な気軽さでメルドに責任を問うソウゴ。しかも次の瞬間には、メルドの答えを待たずしてその顔をミュウに向けている。ミュウもミュウで、目の前で人が死んだというのにソウゴに目を輝かせる。
余りに容赦ない反撃に、光輝達がドン引きした様に後退る。そんな光輝達を尻目に、ユエ達が口々に喋る。
「また容赦なくやったのぅ、流石ご主人様じゃ。女の敵とはいえ、少々同情の念が湧いたぞ?」
「いつになく怒ってましたね~。やっぱり、ミュウちゃんが原因ですか? 過保護に磨きがかかっている様な……」
「……ん、それもあるけど……私達の事でも怒ってた」
「えっ!? 私もですか? えへへ、ソウゴさんったら……有難うございますぅ~」
「私は当然の罰を与えただけだ」
香織は、ミュウを抱っこしてあやしながらユエ達に囲まれるソウゴをジッと見つめた。
先程の光景。ソウゴは、やはり命を奪う事に躊躇いが無くなっていた。それは以前のソウゴとは大きく異なるところで、一見するとソウゴの優しかったところを否定するものに見える。
しかし今、ソウゴが力を振るったのは何の為だったか。それは、ソウゴに寄り添い楽しそうに、嬉しそうに笑う彼女達の為だ。
果たして優しさを失った人が、あの様な笑顔に囲まれる事があるのか。あんな幼子が父と慕うだろうか。
そして、ソウゴの変わり様に動揺して意識から外れていたが、抑々ソウゴは、自分の為に再び迷宮へと潜って来てくれたのだ。その言葉通りに。加えて、顔見せの為と言って迷宮に潜っておきながら、他の人も切り捨てなかった。致命傷を負ったメルドを救い、光輝達を仲間に守らせた。
香織は気が付く。ソウゴが暴力に躊躇いを見せないのは、そして敵に容赦しないのは、そうする事で大切な誰かを確実に守る為。勿論、其処には自分の命も含まれているのだろうが、誰かを想う気持ちがあるのは確かだ。それは、ソウゴを囲む彼女達の笑顔が証明している。
その事実が、香織の心にかかっていた霧を吹き飛ばした。欠けたパズルのピースがはまり、カチリと音がなった気がした。自分は何を迷っていたのか。目の前に"ソウゴ"がいる。心寄せる男がいる。"無能"と呼ばれながら奈落の底から這い上がり、多くの力を得て救いに来てくれた人がいる。
変わった部分もあれば変わらない部分もある。だがそれは当然の事だ。人は時間や経験、出会いにより変化していくものなのだから。ならば、何を恐れる必要があるのか。自信を失う必要があるのか。引く必要があるというのか。
知らない部分があるなら、傍にいて知っていけばいいのだ。今まで、あの教室でそうしてきた様に。
想いの強さで負けるわけがない! ソウゴを囲むあの輪に加わって何が悪い! もう、自分の想いを嗤わせてなるものか!
香織の瞳に決意と覚悟が宿る。傍らの雫が、親友の変化に頬を緩める。そしてそっと背を押した。香織は、今まで以上に瞳に"強さ"を宿し、雫に感謝を込めて頷くともう一つの戦場へと足を踏み出した。そう、女の戦場だ!
自分達の所へ歩み寄ってくる香織に気がつくソウゴ達。ソウゴは興味無さ気だが、隣のユエは「むっ?」と警戒心を露わにして眉をピクリと動かした。シアも「あらら?」と興味深げに香織を見やり、ティオも「ほほぅ、修羅場じゃのぉ~」と呟く。どうやらただの見送りではないらしいと、ソウゴは視線で香織を迎えた。
「ソウゴくん、私もソウゴくんに付いて行かせてくれないかな? ……ううん、絶対付いて行くから、よろしくね?」
「………………チッ」
第一声から前振りなく挨拶でも願望でもなく、ただ決定事項を伝えるという展開にソウゴは頭が痛くなる。思わず舌打ちしまった。顔を顰めるソウゴに代わって、ユエが進み出た。
「……お前にそんな資格は無い」
「資格って何かな? ソウゴくんをどれだけ想っているかって事? だったら、誰にも負けないよ?」
ユエの言葉に、そう平然と返した香織。ユエが更に「むむっ」と口をへの字に曲げる。
香織は一度、ユエにしっかり目を合わせた。瞳の奥には、轟々と音を立てて燃え盛る熱い決意が見える。きっと自分の人生において、最大の難敵となるであろう黄金の少女に、ただ決意を乗せた視線を叩きつける。
ユエがその視線を受けて僅かに目を細めたのを確認し、香織はスッと視線を逸らして、その揺るぎなくも見た者の胸が締め付けられる程の切なさを宿した眼差しをソウゴに向けた。
そして、まるで祈りを捧げる様に両手を胸の前で組み、頬を真っ赤に染めて大きく息を吸った。深く長い深呼吸。ただ一言を紡ぐ為に。きっとあの日、街中で不良達を言葉だけで一蹴するソウゴを見た時から生まれた想い。
それを、震えそうになる声を必死に抑えながらはっきりと……告げた。
「貴方が好きです」
「……どいつもこいつも」
香織の表情には羞恥と、ソウゴの答えを予想しているからこその不安と想いを告げる事が出来た喜びの全てが詰まっていた。そしてその全てをひっくるめた上で、一歩も引かないという不退転の決意が宿っていた。
覚悟と誠意の込められた眼差しに、ソウゴも面倒に思いながらも真剣に答える。
「私には愛する女がいる、貴様の想いには応えられない」
はっきり返答したソウゴに、香織は一瞬泣きそうになりながら唇を噛んで俯くものの、しかし一拍後には、零れ落ちそうだった涙を引っ込め目に力を宿して顔を上げた。そして、わかっているとでも言う様にコクリと頷いた。
香織の背後で、光輝達が唖然呆然阿鼻叫喚といった有様になっているが、そんな事はお構いなしに香織は想いを言葉にして紡いでいく。
「……うん、わかってる。ユエさんの事だよね?」
「違うが?」
「…………………………え?」
ソウゴの返答に、香織は目が点になる。香織だけでなく、雫含めた女子メンバーや永山達までもが驚いて言葉にならない。
驚愕に固まる香織に向けて、ソウゴは懐から一枚の写真を取り出す。その写真を見て、香織は声を震わせながら尋ねる。
「え、えっと……これはソウゴくん、と、……誰?」
「私の妻と娘達だが?」
ソウゴの思いもよらない発言に、クラスメイト一同雷が落ちた様な衝撃の表情で固まる。
「奥さん……それに、娘さん……」
「こうして結婚指輪もしているだろう? それに末娘なぞ、貴様等と同い年だぞ」
その言葉に、男子達も含めた全員が「はぁ!?」と声を上げた。当然と言えば当然だろう、何せソウゴの見た目は自分達と同程度なのだから。それが実は結婚していて、しかもその末の子供が自分達と同い年など意味不明だろう。
「え、は、いや……ごめんなさいね常磐君、意味不明なのだけれど……?」
雫が頭を抱えながら質問すると、ソウゴは「またか……」と言いながら説明する。
「勘違いしている様だから説明しておくが、先ず私は貴様等と同年代ではないぞ」
「そ、そうなの?」
「外見が同程度というだけで、これでも教皇イシュタルより年寄りだ。もうすぐ孫も生まれるしな」
「孫!? 子供どころか孫!?」
驚く一同を尻目に、ソウゴは香織に向かって結論を告げる。
「……そんな訳で、私は若作りと長生きが取り柄の年寄りに過ぎんし、今でも妻一筋だ。故に貴様の想いには答えられん、分かったら小僧共の所へ帰れ」
そう言葉を締めて踵を返そうとするソウゴの背に、香織の思わぬ反撃の言葉が返ってきた。
「……でも、それは傍にいられない理由にはならないと思うんだ」
「……何?」
「だって、ユエさんもシアさんも、少し微妙だけどティオさんも、ソウゴく……さんの事好きだよね? 特に、ユエさんとシアさんはかなり真剣だと思う。違いますか?」
「……」
「ソウゴさんに特別な人がいるのに、それでも諦めずにソウゴさんの傍にいて、ソウゴさんもそれを許してる。なら、そこに私がいても問題無いですよね? だって、ソウゴさんを想う気持ちは……誰にも負けてないから」
そう言って、香織は炎すら宿っているのではと思う程強い眼差しをユエに向けた。そこには「私の想いは貴女にだって負けていない! もう嗤わせない!」と、香織の強い意志が見える。それは、紛れもない宣戦布告。たった一つの"特別の座"の争奪戦に、自分も参加するという決意表明だ。
香織の射抜く様な視線を真っ向から受け止めたユエは、珍しい事に口元を誰が見ても分かるくらい歪めて不敵な笑みを浮かべた。
「……なら付いて来るといい、そこで教えてあげる。私とお前の差を」
「お前じゃなくて、香織だよ」
「……なら、私はユエでいい。香織の挑戦、受けて立つ」
「ふふ、ユエ。負けても泣かないでね?」
「……ふ、ふふふふふ」
「あは、あははははは」
ソウゴを置き去りに、二人の世界を作り出すユエと香織。
告白を受けたのは自分なのに、いつの間にか蚊帳の外に置かれている挙句、香織のパーティ加入が決定しているという事に、ソウゴは目頭を押さえる。笑い合うユエと香織を見て、シアとミュウが傍らで抱き合いながらガクブルしていた。
「ソ、ソウゴさん! 私の目、おかしくなったのでしょうか? ユエさんの背後に暗雲と雷を背負った龍が見えるのですがっ!」
「あぁ、いつの間にスタンドなんぞ覚えたんだろうなぁ……」
「パパぁ~! お姉ちゃん達こわいのぉ!」
「ハァハァ、二人共、中々……あの目を向けられたら……んっ、たまらん」
互いにスタンドらしき何かを背後に出現させながら、仁王立ちで笑い合うユエと香織。ソウゴは反応するのも面倒になったので、縋り付くミュウを宥めながら自然と収まるまで待つ事にした。
だが、そんな香織の意志に異議を唱える者が。……勿論、"勇者"天之河光輝だ。
「ま、待て! 待ってくれ! 意味が分からない。香織が常磐……さん、を好き? 付いていく? えっ? どういう事なんだ? なんでいきなりそんな話になる? 常磐……さん! あなた、いったい香織に何をしたんだ!」
「……正気か?」
どうやら光輝は、香織がソウゴに惚れているという現実を認めないらしい。いきなりではなく、単に光輝が気がついていなかっただけなのだが、光輝の目には、突然香織が奇行に走り、その原因はソウゴにあるという風に見えた様だ。一応敬称と敬語を使ってはいるが、本当にどこまでご都合主義な頭をしているのだと思わず正気を疑うソウゴ。
完全にソウゴが香織に何かをしたのだと思い込み、半ば聖剣に手をかけながら憤然と歩み寄ってくる光輝に、雫が頭痛を堪える様な仕草をしながら光輝を諌めにかかった。
「光輝、常磐さんが何かする訳無いでしょ? さっき香織の告白断ってたでしょうが、冷静に考えなさい。あんたは気がついてなかったみたいだけど、香織はもうずっと前から彼を想っているのよ。それこそ、日本にいる時からね。どうして香織が、あんなに頻繁に話しかけていたと思うのよ」
「雫……何を言っているんだ……あれは、香織が優しいから、常磐……さんが一人でいるのを可哀想に思ってしてた事だろ? 協調性もやる気もない常磐……さんを、香織が好きになる訳無いじゃないか」
光輝と雫の会話を聞きながら、頬と口角をピクピクさせるソウゴ。
そこへ、光輝達の騒動に気がついた香織が自らケジメを付けるべく光輝とその後ろの仲間達に語りかけた。
「光輝くん、皆、ごめんね。自分勝手だってわかってるけど……私、どうしてもソウゴさんと行きたいの。だから、パーティは抜ける。本当にごめんなさい」
そう言って深々と頭を下げる香織に、鈴や恵里、辻や吉野等女性陣はキャーキャーと騒ぎながらエールを贈った。永山、遠藤、野村の三人も、香織の心情は察していたので気にするなと苦笑いしながら手を振った。
しかし当然、光輝は香織の言葉に納得出来ない。
「嘘だろ? だって、おかしいじゃないか。香織は、ずっと俺の傍にいたし……これからも同じだろ? 香織は、俺の幼馴染で……だから……俺と一緒にいるのが当然だ。そうだろ、香織」
「えっと……光輝くん。確かに私達は幼馴染だけど……だからってずっと一緒にいる訳じゃないよ? それこそ、当然だと思うのだけど……」
「そうよ光輝、香織は別にあんたのものじゃないんだから、何をどうしようと決めるのは香織自身よ。いい加減にしなさい」
幼馴染の二人にそう言われ、呆然とする光輝。その視線がスッとソウゴへと向く。
ソウゴは、我関せずと言った感じで遠くを見ていた。そのソウゴの周りには美女、美少女が侍っている。その光景を見て、光輝の目が次第に吊り上がり始めた。あの中に
「香織。行ってはダメだ。これは、香織の為に言っているんだ。見てくれ、あの男を。女の子を何人も侍らして、あんな小さな子まで……しかも兎人族の女の子は奴隷の首輪まで付けさせられている。黒髪の女性もさっき彼の事を『ご主人様』って呼んでいた。きっと、そう呼ぶ様に強制されたんだ。彼は、女性をコレクションか何かと勘違いしている。最低だ。人だって簡単に殺せるし、強力な武器を持っているのに、仲間である俺達に協力しようともしない。香織、あいつに付いて行っても不幸になるだけだ。だから、ここに残った方がいい。いや、残るんだ。例え恨まれても、君の為に俺は君を止めるぞ。絶対に行かせはしない!」
光輝の余りに突飛な物言いに、香織達が唖然とする。しかしヒートアップしている光輝はもう止まらない。説得の為に向けられていた香織への視線は、何を思ったのかソウゴの傍らのユエ達に転じられる。
「君達もだ。これ以上、その男の元にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう! 君達程の実力なら歓迎するよ。共に人々を救うんだ。シア、だったかな? 安心してくれ。俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する。ティオも、もうご主人様なんて呼ばなくていいんだ」
そんな事を言って爽やかな笑顔を浮かべながら、ユエ達に手を差し伸べる光輝。雫は顔を手で覆いながら天を仰ぎ、香織は開いた口が塞がらない。
そして、光輝に笑顔と共に誘いを受けたユエ達はというと……
「「「……」」」
もう、言葉も無かった。光輝から視線を逸らし、両手で腕を摩っている。よく見れば、ユエ達の素肌に鳥肌が立っていた。ある意味結構なダメージだったらしい、ティオでさえ「これはちょっと違うのじゃ……」と眉を八の字にして寒そうにしている。
そんなユエ達の様子に、手を差し出したまま笑顔が引き攣る光輝。視線を合わせてもらえないどころか、気持ち悪そうにソウゴの影にそそくさと退避する姿に、若干のショックを受ける。
そして、そのショックは怒りへと転化され行動で示された。無謀にもソウゴを睨みながら聖剣を引き抜いたのだ。光輝は、もう止まらないと言わんばかりにソウゴに向けてビシッと指を差し宣言した。
「常磐ソウゴ! 俺と決闘しろ!真剣勝負だ! 俺が勝ったら、二度と香織には近寄らないでもらう! そして、そこの彼女達も全員解放してもらう!」
「……」
「何とか言ったらどうだ! 怖気づいたか!」
聖剣を抜いたのは、先程の理解不明の攻撃を警戒しているからに違いない。意識的にか無意識的にかはわからないが……ユエ達も香織達も、流石に光輝の言動にドン引きしていた。
しかし、光輝は完全に自分の正義を信じ込んでおり、ソウゴに不幸にされている女の子達や幼馴染を救ってみせると息巻き、周囲の空気に気がついていない。元々の思い込みの強さと猪突猛進さ、それに初めて感じた“嫉妬”が合わさり、完全に暴走している様だ。
ソウゴの返事も聞かず、猛然と駆け出す光輝。ソウゴは無表情になり、ミュウをティオに預けた。
その瞬間、
バキィィィンッ!
金属が砕ける音と共に、光輝が地に伏した。
光速を超える速度で放たれたソウゴのラリアットが、光輝の聖剣を叩き折り聖鎧を砕いて地面に叩きつけたのだ。
ソウゴが使った技は"雷鳴八卦"。武器も覇気も使っていない超簡易版だが、それでも光輝を武具共々一瞬で叩き潰すには十分過ぎる一撃だった。
手足があり得ない方向に捻じ曲がり、粉々になった剣と鎧をばら撒きながら自分の血で出来た池に沈んでいる光輝。その目は白目を剥き、意識は完全に消失している。内臓も傷ついているのか、全身の穴という穴から血が流れている。
「……酔っていてよく聞こえなかったよ、もう一度言ってくれるか」
誰に聞かせるでもなく、ソウゴは呟く。ゆっくりと振り返り、その視線が倒れ伏す光輝を捉える。
光輝を見るその目は、絶対零度すら温く感じる程の冷たさを宿していた。
「現実の見えてない餓鬼が、誰に勝つって?」
この時ソウゴは、トータスに来てから一番と言っていい程イライラがピークに達していた。先程まで小僧と呼んでいた光輝の事を餓鬼と呼び変えたのも、その証拠だろう。
「メルド、八重樫雫。この餓鬼によく言い聞かせておけ……次に私に口を挟むなら、首が飛ぶ覚悟をしておけとな」
「……分かり、ました」
現在の保護者である雫とメルドに向かって、次は殺すという伝言を残していく。漸く邪魔者はいなくなった……と思ったら、今度は檜山達が騒ぎ出す。
曰く、香織の抜ける穴が大きすぎる。今回の事もあるし、香織が抜けたら今度こそ死人が出るかもしれない。だから、どうか残ってくれと説得を繰り返す。
特に、檜山の異議訴えが激しい。まるで長年望んでいたものが、もう直ぐ手に入るという段階で手の中から零れ落ちる事に焦っている様な……そんな様子だ。
檜山達四人は香織の決意が固く説得が困難だと知ると、今度はソウゴを残留させようと説得をし始めた。過去の事は謝るので、これからは仲良くしようと等とふざけた事を平気で言い募る。
そんな事微塵も思っていないだろうに、馴れ馴れしく笑みを浮かべながらソウゴの機嫌を覗う彼等に、ソウゴだけでなく雫達も不愉快そうな表情をしている。そんな中、ソウゴは再会してから初めて檜山の眼を至近距離から見た。その眼は、香織が出て行く事も影響してか、狂的な光を放ち始めている様にソウゴには思えた。
雫達が檜山達を諌めようと再び争論になりそうな段階で、ソウゴはストレス発散の序で爆弾を投下する事にした。
「なぁおい檜山大介、貴様の思惑に乗って態々姿を消してやった訳だが……その様子では手を出さなかった様だな?」
「……え?」
突然、投げかけられた質問に檜山がポカンとする。しかし、質問の意図に気がついたのか徐々に顔色を青ざめさせていった。すると何か気になる事があったのか、恐怖から戻った雫が疑問を投げてくる。
「ちょっと待ってください。態々姿を消して……って、どういう事ですか?」
その疑問に、ソウゴは決定的な事実を明かす。
「四ヵ月前の一件、あれはその小僧が白崎香織を手に入れる為に事故を装って私を消そうとして術を放った、というのが真相だ」
ソウゴの言葉に、檜山以外の全員が驚いた顔になる。と同時に、香織も含めて軽蔑する様な視線を檜山に向ける。
「ち、違……、出任せ……」
「だと思うか? ……なら、その指先はどういう事だろうな?」
「なっ!?」
ソウゴの視線を受けて檜山が自分の指を見ると、その指先がいつの間にか石化していた。ソウゴの"真実の戒禁"の効果だった。
「貴様がどれだけ嘘を吐こうと構わんよ、この場で彫刻になりたいんならな」
その言葉を受け、今や檜山の顔色は青を通り越して白へと変化していた。
「か、カオリン……よく襲われなかったね……」
「まぁ、この小僧が手を出せん様にメルドに言いつけてあった故、当然と言えば当然だろうがな。抑々、襲い掛かる度胸があるのなら不意打ちなぞせんだろう」
「確かに……って、待って常磐さん。檜山君の思惑に乗ってって、もしかして自分から態と落ちたって事ですか……?」
「その通りだ。教会等の目から離れて好きに動きたくてな、一応メルドには伝えてあった。無論私の生存は黙っているよう口止めしたがな」
ソウゴの言葉に永山達がメルドに確認を取ると、メルドは肯定を示す様に首を縦に振る。それで改めてソウゴの規格外さに度肝を抜かれる一同を他所に、本当に漸く出発を妨げる邪魔者がいなくなったソウゴ達。
香織が宿に預けてある自身の荷物を取りに行っている僅かな間(檜山達が付いていこうとしたが、ソウゴの視線で止められた)、龍太郎達が光輝を担いでいるのを尻目に、雫がソウゴに話しかけた。
「何というか……色々すいません。それと、改めてお礼を言います、ありがとうございました。助けてくれた事も、生きて香織に会いに来てくれた事も……」
迷惑をかけた事への謝罪と救出や香織の事でお礼を言う雫に、ソウゴは「気にするな」と手をヒラヒラと振った。
「抑々貴様の謝る事ではあるまい。そういうのは程々にせんと、眉間の皺が取れなくなるぞ? それと、無理に敬語を使わんでいい。今まで通りで構わん」
「わかりま……分かったわ。それと……大きなお世話よ。そっちは随分と変わったわね。あんなに女の子侍らせて、おまけに娘まで……日本にいた頃の貴方からは想像出来ないわ……」
「一応言っておくが、こっちの方が素だぞ。貴様等が知っている私は若い頃を真似ていただけだ」
「そ、そうなのね。……え、えーと……、私が言える義理じゃないし、勝手な言い分だとは分かっているけど……出来るだけ、香織の事も見てあげて。お願いよ」
「……まぁ、ついてくる以上は気に掛けるつもりだ。……それに、気になる事もある」
「気になる事?」
「……いや、何でもない」
先程から頭にチラつく疑念を誤魔化しつつ、一応見守るつもりだという旨を雫に伝える。それに雫が頭を下げようとすると、ふとソウゴが何か思い出した様に苦笑を浮かべたのが目に入る。
「ど、どうしたのよ?」
「何、貴様自身とは関係は無いんだがな……」
「気になるじゃない、話してよ」
「娘の後輩というか友人というか……、まぁ、知り合いに同じ名前の少女がいてな。それをつい思い出した」
「何それ。ふふっ」
そんなとりとめもなく、先程とは一転した穏やかな時間が二人の間に流れた。
ソウゴが滅多に見ない様な穏やかさで話しているのをユエ達が驚いて見ていると、香織がパタパタと足音を鳴らして戻ってきた。そして、雫と楽しそうに談笑するソウゴを見て目を丸くする。
雫の事が気になって、詳細を聞きに来たユエと香織が情報を交換する。ユエは、どうにも気心知れた様なやり取りをした上にソウゴと微笑みあう雫に「むぅ~」と唸り、香織は「そう言えば二人でこっそり話している事がよくあった様な……」とソウゴと雫の二人を交互に見やる。そして二人は結論を出した。
もしかして、雫も強敵? と。
名状しがたい表情のユエと香織に気付く事無く、愈々出発するソウゴ達。雫や鈴など女性陣と永山のパーティ、それに報告を済ませて駆けつけたメルドが見送りの為ホルアドの入口に集まった。
そして、ソウゴが呼び出したトライドロンに、もはや驚きを通り越して呆れた視線を向ける。
雫と香織が、お互いに手を取り合い暫しのお別れを惜しんでいると、ソウゴが宝物庫から黒塗りの鞘に入った刀を取り出し雫に手渡した。
「これは?」
「貴様確か、得物を失くしていただろう? 回復役が抜けるのと、あの餓鬼の見張り役を押し付けた事の詫びとでも思ってくれて構わん」
雫がソウゴに手渡された剣を受け取り鞘からゆっくり抜刀すると、まるで光を吸収する様な漆黒の刀身が現れた。刃紋と共に確りとした反りが入っており、完全に片刃として造られた日本刀だ。
「この世界で最も硬い鉱石を圧縮して、私の装備と同じ素材も使って作ったそれなりの業物だ。頑丈さは折り紙付き、切れ味は素人が適当に振っても鋼鉄を切り裂けるレベルだ。扱いは……貴様には釈迦に説法というものか」
「……こんなすごいもの……流石ね。ありがとう、遠慮なく受け取っておくわ」
一振り二振りし、全体のバランスと風すら切り裂きそうな手応えに感嘆して、笑みを浮かべながら素直に礼をいう雫。正直、雫の扱う八重樫流の剣術は当然日本刀を前提とするものなので、前の剣ではどうしても技を放つときに違和感があった。なので、刀が手に入ったのは素直に嬉しく、自然笑みも可憐なものになる。
「……ラスボス?」
「……雫ちゃん」
「えっ? 何? 二人共、どうしてそんな目で見るのよ?」
ユエの警戒心たっぷりの眼差しと、香織の困った様な眼差しに、意味が分からず狼狽する雫。最後に何とも言えない空気を残して、雫達が見送る中、ソウゴ達は【宿場町ホルアド】を後にした。
天気は快晴、目指すは【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】。奇跡の様な再会の果てに新たな仲間を加え、ソウゴ達は西へと進路を取った。
ソウゴが召喚したゴーレムの名前は、全て各ライダーに因んだ言葉をヒンディー語訳したものです。興味がある方は日本語訳してみて下さい。