ありふれぬ魔王が世界最強   作:合将鳥

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今回も変身しません。ごめんなさい。

Pixivでもエイブラハム名義で投稿してます。


第二話 奈落の底の魔王

 ザァーと水の流れる音が響き、冷たい微風がソウゴの頬を撫でる。

 

「ふむ、存外風流な場所に着いたものだな」

 

 そんな場違いな感想を述べながら、ソウゴは辺りを見回す。

 周りは薄暗いが緑光石の発光と"暗視"の技能のお陰で昼間の様にくっきり見える。視線の先には幅五メートル程の川も確認できる。

 

 ソウゴがこの空間に辿り着いたのは、はっきり言って偶然だった。

 落下途中の崖の壁に穴が開いており、そこから鉄砲水の如く水が噴き出していたのだ。ちょっとした滝である。その様な滝が無数にあって、「流れに身を任せるのもありか」と思ったソウゴは濡れない様に障壁を張り、ウォータースライダーの如く流されたのである。

 

 もしかしたら、無意識下で"因果律操作"が発動したのかもしれないが。

 

「この件が済めば、遊興施設の視察も考えねばな」

 今後の事も考えつつ、ソウゴは奥に進む道を見つけ歩き出した。

 

 ソウゴが進む通路は、正しく洞窟といった感じだった。

 低層の四角い通路ではなく岩や壁があちこちからせり出し通路自体も複雑にうねっている。二十階層の最後の部屋に似ている。

 

 但し、大きさは比較にならない。複雑で障害物だらけでも通路の幅は優に二十メートルはある。狭い所でも十メートルはあるのだから相当な大きさだ。隠れる場所も豊富にあり、ソウゴは物陰に警戒しながら進んでいった。

 

 

 そうやってどれくらい歩いただろうか。遂に初めての分かれ道に辿り着いた。巨大な四辻である。ソウゴはどの道に進むべきか逡巡した。

 暫く考え込んでいると、視界の端で何かが動いた気がして岩陰に身を潜める。

 

 そっと顔を出して様子を窺うと、ソウゴのいる通路から直進方向の道に白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのが分かった。長い耳もある。見た目はまんま兎だった。

 

 但し大きさが中型犬くらいあり、後ろ足がやたらと大きく発達している。そして何より赤黒い線がまるで血管の様に幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓の様に脈打っていた。物凄く不気味である。

(あやつ、中々できるな。ベヒモスと同程度か?)

 ソウゴは兎の力量を測りながら、兎が後ろを向き地面に鼻を付けてフンフンと嗅ぎ出したところで一歩踏み出そうとした。

 

 その瞬間、兎がピクッと反応したかと思うとスッと背筋を伸ばし立ち上がった。警戒する様に耳が忙しなくあちこちに向いている。

 すると……

 

「グルゥア!!」

 

 獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼の様な魔物が兎目掛けて岩陰から飛び出したのだ。

 その白狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、兎と同じ様に赤黒い線が体に走って脈打っている。どこから現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。

 再び岩陰から顔を覗かせその様子を観察するソウゴ。どう見ても、狼が兎を捕食する瞬間だ。

 だがしかし……

(この戦い、狼共の負けだ)

 ソウゴは心の中でそう言い切る。それと同時、

 

「キュウ!」

 

 可愛らしい鳴き声を洩らしたかと思った直後、兎がその場で飛び上がり、空中でくるりと一回転して、その太く長い兎足で一体目の二尾狼に回し蹴りを炸裂させた。

 

 ドパンッ!

 

 およそ蹴りが出せるとは思えない音を発生させて兎の足が二尾狼の頭部にクリーンヒットする。すると、

 

 ゴギャ!

 

 という鳴ってはいけない音を響かせながら狼の首があらぬ方向に捻じ曲がってしまった。

 兎はそのまま回し蹴りの遠心力を利用して更にくるりと空中で回転すると、逆さまの状態で空中を踏みしめて(・・・・・・・・)地上へ隕石の如く落下し、着地寸前で縦に回転。強烈な踵落としを着地点にいた二尾狼に炸裂させた。

 

 ベギャ!

 

 断末魔すら上げられずに頭部を粉砕される狼二匹目。その頃には更に二体の二尾狼が現れて、着地した瞬間の兎に飛びかかった。

 今度こそ兎の負けかと思われた瞬間、なんと兎はウサミミで逆立ちしブレイクダンスの様に足を広げたまま高速で回転をした。飛びかかっていた二尾狼二匹が竜巻の様な回転蹴りに弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。グシャ、という音と共に血が壁に飛び散り、ズルズルと滑り落ち動かなくなった。

 最後の一匹が、グルルッと唸りながらその尻尾を逆立てる。すると、その尻尾がバチバチと放電を始めた。どうやら二尾狼の固有魔術の様だ。

「グルゥア!!」

 咆哮と共に電撃が兎目掛けて乱れ飛ぶ。

 しかし、高速で迫る雷撃を兎は華麗なステップで右に左にと躱していく。そして電撃が途切れた瞬間、一気に踏み込み二尾狼の顎にサマーソルトキックを叩き込んだ。

 二尾狼は仰け反りながら吹き飛び、グシャと音を立てて地面に叩きつけられた。二尾狼の首は、やはり折れてしまっている様だ。蹴り兎は「キュ!」と勝利の雄叫び? を上げ耳をファサ、と前足で払った。

 

 

「見事だ」

 それを見届け、ソウゴは拍手しながら物陰から出た。ゆっくりとした足取りで蹴り兎に近づく。

 当然、蹴り兎はばっちりソウゴを見ていた。

 赤黒いルビーの様な瞳がソウゴを捉え細められている。やがて、首だけで振り返っていた蹴り兎は体ごとソウゴの方を向き、足を撓めグッと力を溜める。

「だが……」

 ソウゴが呟くと同時、蹴り兎の足元が爆発した。後ろに残像を引き連れながら、途轍もない速度で突撃してくる。直後、ソウゴに砲弾の様な蹴りが突き刺ささり……

 

 

 ───蹴り兎の足が木端微塵に弾け飛んだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 そのまま何が起きたか理解できず呆然としている蹴り兎の頭を、ソウゴが鷲掴みにする。

「身の程は弁えるべきだったな。私は先程の野良犬共(・・・・)とは違うぞ?」

 そして、ソウゴは蹴り兎の頭を握り潰した。辺りに脳漿と血が飛び散り、後にはピクリともしない蹴り兎の死骸が残るのみ。

「今日は兎肉だな。どう調理したものか……ん?」

 そこでふと、新たな気配を感じてソウゴは視線を向ける。右の通路から現れた新たな魔物の存在に。

 

 その魔物は巨体だった。四メートルはあろう巨躯に白い毛皮。例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っている。その姿は、例えるなら熊だった。但し、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えているが。

 その爪熊がいつの間にか接近しており、ソウゴを睥睨していた。辺りを静寂が包む。

「……グルルル」

 すると突然、爪熊が低く唸り出した。

 そして爪熊が剛腕を振るい、ゴウッと風がうなる音が聞こえると同時に強烈な衝撃がソウゴの左側面に襲い掛かる。そして……

 

 

「……熊肉も追加か。鹿と猪がいればジビエのフルコースなんだがな」

 

 

 その攻撃を躱しながらそんな事を言いつつ、ソウゴはお返しとばかりに右手を軽く振るう。

 その瞬間。爪熊の動きが止まり、次いでその身が六つにずれて(・・・・・・)地に落ちる。この階層の主というべき魔物も、ソウゴの前では塵芥の如く吹けば飛ぶ程度のものだった。

 

「さて、そろそろ寝床を決めるとするか」

 そろそろ腰を落ち着けようと思い、ソウゴは少しでも魔物の少ない場所を探そうと"探知"を発動する。すると、

「何やら面白い反応があるではないか」

 何か気になるものを発見したのか、自身の右側にある壁に視線を向ける。ソウゴはそのまま壁に手を触れ"錬成"を発動する。

 すると壁が形を変え、人が一人通れる程度の穴ができる。ソウゴは兎と熊の肉を抱え、穴を潜っていった。

 その後暫くして、穴は独りでに塞がっていった。

 

 

「反応の元はこれか、中々のものだな…」

 "錬成"で掘り進めた先で、ソウゴはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石を発見する。

 

 その鉱石は、周りの石壁に同化するように埋まっており下方へ向けて水滴を滴らせている。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だろう。

 

 ソウゴは徐に、鉱石の下に溜まっている水を掬って口にする。途端、何やら力が湧いてくる感覚を覚え、ソウゴは「ほぅ……」と片眉を上げた。

 

 

 ソウゴは知らない話だが、実はこの石は"神結晶"と呼ばれる歴史上でも最大級の秘宝で、既に遺失物と認識されている伝説の鉱物だったりする。

 神結晶は、大地に流れる魔力が千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りにより、その魔力そのものが結晶化したものだ。直径三十センチから四十センチ位の大きさで、結晶化した後更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。その液体を"神水"と呼び、これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。

 欠損部位を再生する程の力は無いが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、その為不死の霊薬とも言われている。神代の物語に神水を使って人々を癒すエヒト神の姿が語られているという。

 

 

 それはさておき。

 ソウゴは抱えた肉を置いて腰を下ろす。空間を六畳一間程度の広さで固定し、ソウゴはふと言葉を漏らす。

「よく考えれば道具も無いのだから、調理も何もないな」

 誰に言うでもなく苦笑し、目前に下ろした肉に炎を浴びせる。自身の"宝物庫"に調理道具から調味料まで一式揃っているのは、この際目を瞑ろう。

「それに、こうして火を通すのみで食べた方が風情もあるだろう」

 どこに向けてか分からない言い訳をしながら、ある程度火を通したところでソウゴは肉を千切って口に放り込んだ。果たしてその味は……

 

 

「……不味いな」

 

 

 お世辞にも美味とは言えなかった。せめて調味料をかければよかったか、と思いながらソウゴは肉を飲み込む。それでも不味いだけで食べられない訳ではない為、ソウゴは残りの肉に手を掛けた。

 

 

 

 その後肉を残さず完食したソウゴは、神水を飲みながら寛いでいた。空間の中央に焚火の様に火を灯らせ、完全なリラックスムードが漂っている。

 その瞬間だった。

 

「……む?」

 

 不意に不快感を感じ、ソウゴは体を起こした。外から魔物が来る様な気配は無く、不快感は内側から感じる。ソウゴは直ぐ様心当たりがわかった。先程食べた魔物だ。

 

 

 魔物の肉は人間にとって猛毒だ。魔石という特殊な体内器官を持ち、魔力を直接体に巡らせ驚異的な身体能力を発揮する魔物。体内を巡り変質した魔力は肉や骨にも浸透して頑丈にする。

 この変質した魔力が詠唱も魔法陣も必要としない固有魔術を生み出しているとも考えられているが詳しくは分かっていない。

 兎に角、この変質した魔力が人間にとって致命的なのだ。人間の体内を侵食し、内側から細胞を破壊していくのである。

 過去、魔物の肉を喰った者は例外なく体をボロボロに砕けさせて死亡したとの事だ。

 

 

 図書館で読んだその記録を思い出している内に、ソウゴは不快感が消えたのを感じ取った。

「…何だったのだ?」

 ソウゴが疑問を覚えていると、ふと何かが落ちる音がした。視線を向けると、そこにはソウゴのステータスプレートが落ちていた。

 何とはなしにソウゴはプレートを起動してみる。すると、

 

 

常磐ソウゴ 140346歳 男 レベル:22

天職:大魔王/統一時空大皇帝

筋力:20595633201

体力:22363901417

耐性:21134837317

敏捷:20667758837

魔力:37005022945

魔耐:37473207805

 

 

「レベルが、上がっている…?」

 技能は増えていないが、レベルが二つ上がっていた。兎も熊もステータスが上がる様な戦闘にならなかった事を考えると、恐らくその肉を食べた事が原因だろう。

「どうやら、魔物の肉を喰らえばレベルが上がる様だな。これは情報が間違っていたというより、私が特別と考えた方がよいだろうな」

 そう締めくくると、ソウゴは何でもなかった様に火を消し眠りに就いた。

(今後進む時に魔物を見つければ、積極的に摂取すべきか…)

 そんな事を思いながら。

 

 

 

 ソウゴの体感時間で翌日、迷宮のとある場所に二尾狼の群れがいた。二尾狼は四~六頭くらいの群れで移動する習性がある。単体ではこの階層の魔物の中で最弱であるため群れの連携でそれを補っているのだ。この群れも例に漏れず四頭の群れを形成していた。

 

 周囲を警戒しながら岩壁に隠れつつ移動し絶好の狩場を探す。二尾狼の基本的な狩りの仕方は待ち伏せであるからだ。

 

 暫く彷徨いていた二尾狼達だったが、納得のいく狩場が見つかったのか其々四隅の岩陰に潜んだ。後は獲物が来るのを待つだけだ。その内の一頭が岩と壁の間に体を滑り込ませジッと気配を殺す。これからやって来るだろう獲物に舌舐りしていると、ふと違和感を覚えた。

 

 二尾狼の生存の要が連携である事から、彼らは独自の繋がりを持っている。明確に意思疎通出来る様なものではないが、仲間がどこにいて何をしようとしているのか何となくわかるのだ。

 その感覚がおかしい。自分達は四頭の群れの筈なのに三頭分の気配しか感じない。反対側の壁際で待機していた筈の一頭が忽然と消えてしまったのだ。

 どういう事だと不審を抱き、伏せていた体を起こそうと力を入れた瞬間、もう一体の気配も消える。

 救援に駆けつけようと反対側の二頭が起き上がる。混乱するまま急いで反対側の壁に行き、辺りを確認するがそこには何も無かった。残った二頭が困惑しながらも消えた二頭が潜んでいた場所に鼻を近づけフンフンと嗅ぎ出す。

 

 

 その瞬間、二頭の首が宙を舞った。

 

 

 残った胴がぐらりと傾き、地面に倒れる。一拍遅れて、何度か跳ねて首も地面に転がる。そこへ近づく人影が一つ。

 

 ソウゴだった。

 ソウゴは既に抱えていた二つに加え、地面に倒れている二つの首無し死骸を拾い、まとめて宝物庫に放り込んでいく。

「さて、こんなものでいいか…」

 ソウゴは進む為の当面の食料を確保しつつ、その場を後にした。

 

 

 

 

 一方、時間は少し進み。

 ハイリヒ王国王宮内、召喚者達に与えられた部屋の一室で、八重樫雫は、暗く沈んだ表情で未だに眠る親友を見つめていた。

 

 あの日、迷宮で死闘と喪失を味わった日から既に五日が過ぎている。

 あの後、宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。とても迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、無能扱いだったとは言え勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だった。

 

 それに厳しくはあるが、こんな所で折れてしまっては困るという騎士団側の意図もあった。致命的な障害が発生する前に、勇者一行のケアが必要だと判断されたのだ。

 

 雫は、王国に帰って来てからの事を思い出し、香織に早く目覚めて欲しいと思いながらも、同時に眠ったままで良かったとも思っていた。

 帰還を果たしソウゴの死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが"無能"のソウゴと知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。

 国王やイシュタルですら同じだった。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬ事等あってはならない事。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。

 

 だが、国王やイシュタルはまだ分別のある方だっただろう。中には悪し様にソウゴを罵る者までいたのだ。

 

 勿論公の場で発言したのではなく、物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあるが。やれ死んだのが無能でよかっただの、神の使徒でありながら役立たずなど死んで当然だの、それはもう好き放題に貶していた。正に死人に鞭打つ行為に、雫は憤激に駆られて何度も手が出そうになった。

 

 実際、正義感の強い光輝が真っ先に怒らなければ飛びかかっていてもおかしくなかった。光輝が激しく抗議した事で国王や教会も悪い印象を持たれては拙いと判断したのか、ソウゴを罵った人物達は処分を受けた様だが……

 逆に、光輝は無能にも心を砕く優しい勇者であると噂が広まり、結局光輝の株が上がっただけで、ソウゴは勇者の手を煩わせただけの無能であるという評価は覆らなかった。

 

 あの時、自分達を救ったのは紛れもなく、勇者も歯が立たなかった化け物をたった一人で食い止め続けたソウゴだというのに。そんな彼を死に追いやったのはクラスメイトの誰かが放った流れ弾(・・・)だというのに。

 

 クラスメイト達は図った様に、あの時の誤爆(・・)の話をしない。自分の魔術は把握していた筈だが、あの時は無数の魔術が嵐の如く吹き荒れており、"万一自分の魔法だったら"と思うと、どうしても話題に出せないのだ。それは、自分が人殺しである事を示してしまうから。

 

 結果、現実逃避をする様にあれはソウゴが自分で(・・・)何かしてドジったせいだと思う様にしている様だ。

 

 死人に口なし。

 

 無闇に犯人探しをするより、ソウゴの自業自得にしておけば誰もが悩まなくて済む。クラスメイト達の意見は意思の疎通を図る事も無く一致していた。

 

 

 

 一方メルドは、あの時の経緯を明らかにする為生徒達に事情聴取をする必要があると考えていた。生徒達の様に現実逃避して単純な誤爆であるとは考え難かった事もあるし、仮に過失だったのだとしても白黒はっきりさせた上で心理的ケアをした方が生徒達の為になると確信していたからだ。

 こういう事は有耶無耶にした方が、後で問題になるものなのである。何よりメルド自身、はっきりさせたかった。あの時ソウゴが言っていた事がメルドの頭に響く。

 

 ───白崎香織を守れ、ある生徒()が良からぬ事を企てているぞ、と。

 

 しかし、メルド団長が行動する事は叶わなかった。イシュタルが、生徒達への詮索を禁止したからだ。メルド団長は食い下がったが、国王にまで禁じられては堪えるしかなかった。

 

 

 

「あなたが知ったら……怒るのでしょうね?」

 あの日から一度も目を覚ましていない香織の手を取り、そう呟く雫。

 医者の診断では体に異常は無く、恐らく精神的ショックから心を守る為防衛措置として深い眠りについているのだろうという事だった。故に、時が経てば自然と目を覚ますと。

 雫は香織の手を握りながら、「どうかこれ以上、私の優しい親友を傷つけないで下さい」と、誰ともなしに祈った。

 

 その時不意に、握り締めた香織の手がピクッと動いた。

 

「!? 香織! 聞こえる!? 香織!」

 雫が必死に呼びかける。すると、閉じられた香織の目蓋がふるふると震え始めた。雫は更に呼びかけた。その声に反応してか香織の手がギュッと雫の手を握り返す。

 そして、香織はゆっくりと目を覚ました。

 

「香織!」

 

 ベッドに身を乗り出し、目の端に涙を浮かべながら香織を見下ろす雫。

 香織は、暫くボーっと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたのだが、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせ、名前を呼んだ。

「……雫ちゃん?」

「ええ、そうよ。私よ。香織、体はどう? 違和感は無い?」

「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」

「そうね、もう五日も眠っていたのだもの……怠くもなるわ」

 そうやって体を起こそうとする香織を補助し苦笑いしながら、どれくらい眠っていたのかを伝える雫。香織はそれに反応する。

「五日? そんなに……どうして……。私、確か迷宮に行って……それで……」

 徐々に焦点が合わなくなっていく目を見て、拙いと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、香織が記憶を取り戻す方が早かった。

 

 

「それで……あ…………………………常磐くんは?」

 

 

「ッ……それは」

 苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む雫。そんな雫の様子で自分の記憶にある悲劇が現実であった事を悟る。だが、そんな現実を容易に受け入れられるほど香織はできていない。

「……嘘だよ、ね。そうでしょ? 雫ちゃん。私が気絶した後、常磐くんも助かったんだよね? ね、ね? そうでしょ? ここ、お城の部屋だよね? 皆で帰ってきたんだよね? 常磐くんは……訓練かな? 訓練所にいるよね? うん……私、ちょっと行ってくるね。常磐くんにお礼言わなきゃ……だから、離して? 雫ちゃん」

 現実逃避する様に次から次へと言葉を紡ぎソウゴを探しに行こうとする香織。そんな香織の腕を掴み離そうとしない雫。

 雫は悲痛な表情を浮かべながら、それでも決然と香織を見つめる。

 

「……香織、わかっているでしょう? ……ここに彼はいないわ」

「やめて……」

「香織の覚えている通りよ」

「やめてよ……」

「彼は、常磐君は……」

「いや、やめてよ……やめてったら!」

「香織! 彼は死んだのよ!」

「違う! 死んでなんかない! 絶対、そんなことない! どうして、そんな酷いこと言うの! いくら雫ちゃんでも許さないよ!」

 

 イヤイヤと首を振りながら、どうにか雫の拘束から逃れようと暴れる香織。雫は絶対離してなるものかときつく抱き締める。ギュッと抱き締め、凍える香織の心を温めようとする。

「離して! 離してよぉ! 常磐くんを探しに行かなきゃ! お願いだからぁ……絶対、生きてるんだからぁ……離してよぉ」

 いつしか香織は「離して」と叫びながら雫の胸に顔を埋め泣きじゃくっていた。

 縋り付く様にしがみつき、喉を枯らさんばかりに大声を上げて泣く。雫は、ただただ只管に己の親友を抱き締め続けた。そうする事で、少しでも傷ついた心が痛みを和らげます様にと願って。

 

 

 どれくらいそうしていたのか、窓から見える明るかった空は夕日に照らされ赤く染まっていた。香織はスンスンと鼻を鳴らしながら雫の腕の中で身動ぎした。雫が、心配そうに香織を伺う。

「香織……」

「……雫ちゃん。……常磐くんは……落ちたんだね……、ここにはいないんだね……」

 囁く様な、今にも消え入りそうな声で香織が呟く。雫は誤魔化さない。誤魔化して甘い言葉を囁けば一時的な慰めにはなるだろう。しかし、結局それは後で取り返しがつかないくらいの傷となって返ってくるのだ。これ以上、親友が傷つくのは見ていられない。

「そうよ」

「あの時、常磐くんは私達の魔法が当たりそうになってた……誰なの?」

「わからないわ。誰も、あの時の事には触れないようにしてる。怖いのね。もし、自分だったらって……」

「そっか」

「恨んでる?」

「……わからないよ、もし誰かわかったら……きっと恨むと思う。でも……分からないなら、……その方がいいと思う。きっと私、我慢できないと思うから……」

「そう……」

 俯いたままポツリポツリと会話する香織。やがて、真っ赤になった目をゴシゴシと拭いながら顔を上げ、雫を見つめる。そして決然と宣言した。

「雫ちゃん、私、信じないよ。常磐くんは生きてる。死んだなんて信じない」

「香織、それは……」

 香織の言葉に再び悲痛そうな表情で諭そうとする雫。しかし、香織は両手で雫の両頬を包むと、微笑みながら言葉を紡ぐ。

「わかってる、あそこに落ちて生きていると思う方がおかしいって。……でもね、確認した訳じゃない。可能性は一パーセントより低いけど、確認していないならゼロじゃない。……私、信じたいの」

「香織……」

「私、もっと強くなるよ。それで、あんな状況でも今度は守れる位強くなって、自分の目で確かめる、常磐くんの事。……雫ちゃん」

「何?」

「力を貸してください」

「……」

 雫はじっと自分を見つめる香織に目を合わせ見つめ返した。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えない。ただ純粋に己が納得するまで諦めないという意志が宿っている。こうなった香織は梃でも動かない。雫どころか香織の家族も手を焼く頑固者になるのだ。

 

 普通に考えれば、香織の言っている可能性などゼロパーセントであると切って捨てていい話だ。あの奈落に落ちて生存を信じる等現実逃避と断じられるのが普通だ。

 恐らく、幼馴染である光輝や龍太郎も含めて殆どの人間が香織の考えを正そうとするだろう。

 だからこそ……

 

「勿論いいわよ。納得するまでとことん付き合うわ」

「雫ちゃん!」

 

 香織は雫に抱きつき「ありがとう!」と何度も礼をいう。「礼なんて不要よ、親友でしょ?」と、どこまでも男前な雫。現代のサムライガールの称号は伊達ではなかった。

 その時、不意に部屋の扉が開けられる。

 

「雫! 香織はめざ……め……」

「おう、香織はどう……だ……」

 

 光輝と龍太郎だ。香織の様子を見に来たのだろう。訓練着のまま来た様で、あちこち薄汚れている。

 あの日から、二人の訓練もより身が入ったものになった。二人もソウゴの死に思うところがあったのだろう。何せ、撤退を渋った挙句返り討ちにあい、あわや殺されるという危機を救ったのはソウゴなのだ。もう二度とあんな無様は晒さないと相当気合が入っている様である。

 そんな二人だが、現在、部屋の入り口で硬直していた。訝しそうに雫が尋ねる。

「あんた達、どうし……」

「す、すまん!」

「じゃ、邪魔したな!」

 雫の疑問に対して喰い気味に言葉を被せ、見てはいけないものを見てしまったという感じで慌てて部屋を出ていく。そんな二人を見て、香織もキョトンとしている。しかし、聡い雫はその原因に気がついた。

 現在、香織は雫の膝の上に座り、雫の両頬を両手で包みながら、今にもキスできそうな位置まで顔を近づけているのだ。雫の方も、香織を支えるように、その細い腰と肩に手を置き抱き締めている様に見える。

 つまり、激しく百合百合しい光景が出来上がっているのだ。ここが漫画の世界なら背景に百合の花が咲き乱れている事だろう。

 雫は深々と溜息を吐くと、未だ事態が飲み込めずキョトンとしている香織を尻目に声を張り上げた。

 

 

「さっさと戻ってきなさい! この大馬鹿者共!」

 




思ったより反応が早くて驚いてますよ私。
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