ありふれぬ魔王が世界最強   作:合将鳥

23 / 30
何か思ったより早く進んだのよね。多分フリードを殺したからユエの戦闘シーンが大幅にカットされたからなんだけど。

ちょぉっとオリジナル部分が雑なんでね、言動注意です。



第二十三話 Dirty Deeds Done Dirt Cheap [part1]

 薄暗く明かり一つ無い部屋の中に、格子の嵌った小さな窓から月明かりだけが差し込んで黒と白のコントラストを作り出していた。

 

 部屋の中は酷く簡素な作りになっている。

 鋼鉄製の六畳一間。木製のベッドにイス、小さな机、そして剥き出しのトイレ。地球の刑務所の方がまだマシな空間を提供してくれそうだ。

 

 

 そんなどう見ても牢獄にしか思えない部屋のベッドの上で、壁際に寄りながら三角座りをし自らの膝に顔を埋めているのは、畑山愛子その人だ。

 

 

 愛子が、この部屋に連れて来られて三日が経とうとしている。

 

 愛子の手首にはブレスレット型のアーティファクトが付けられており、その効果として愛子は現在全く魔術が使えない状況に陥っていた。

 それでも当初は何とか脱出しようと試みた。しかし自傷による血液で魔法陣を描いても術は発動せず、当然物理的な力では鋼鉄の扉を開ける事など不可能。

 ならばと時折やって来る銀髪の修道女の隙を突いて逃げようとするも、実力の差は歴然で適当に殴られては部屋に戻されるばかり。

 また、唯一の窓にも格子が嵌っていて精々腕を出す位が限界であった。

 

 

 尤も。仮に格子が無くとも部屋のある場所が高い塔の天辺な上に、ここが【神山】である以上、聖教教会関係者達の目を掻い潜って地上に降りるなど不可能に近い。標高八千メートル級の山の頂とはそれ自体が既に異界であり、天然の牢獄なのだ。

 

 

 そんな訳で、生徒達の身を案じつつも何も出来る事が無い愛子は悄然と項垂れ、ベッドの上でただでさえ小さい体を更に小さくしているのである。

 

「……私の生徒がしようとしている事……一体何が……」

 

 僅かに顔を上げた愛子が呟いたのは、攫われる前に銀髪の修道女が口にした事だ。愛子がソウゴから聞いた話を光輝達に話す事で与えてしまう影響は不都合だと、彼女の言う"主"とやらが思っているらしい。そして、生徒の誰か──恐らく檜山大介──がしようとしている事の方が面白そうだとも。

 

 愛子の胸中に言い知れぬ不安が渦巻く。

 

 思い出すのは、【ウルの町】で暴走し、その命を散らした生徒の一人──清水幸利の事だ。もしかしたらまた、生徒の誰かが取り返しのつかない事をしようとしているのではないか……愛子は気が気でなかった。

 

 こうして何もない部屋で監禁されて、出来る事と言えば考える事だけ。

 そうして落ち着いて振り返ってみれば、帰還後の王宮は余りに不自然で違和感だらけの場所だったと感じる。愛子の脳裏に、強硬な姿勢を崩さないどこか危うげな雰囲気のエリヒド国王や重鎮達の事が思い出される。

 きっと、あの銀髪の修道女が何かをしたのだと愛子は推測した。彼女が言っていた"魅了"という言葉がそのままの意味なら、きっと洗脳かそれに類する何かをされているのだ。

 

 しかし同時に、会議の後で話した雫やリリアーナについては、その様な違和感を覚えなかった。

 その事に安堵すると共に、自分が監禁されている間に何かされるのではないかと強烈な不安が込み上げる。

 どうか無事でいて欲しいと祈りながら、思い出すもう一つの懸念。

 

 それは、"イレギュラーの排除"という言葉。

 

 意識を失う寸前に聞いたその言葉で、愛子は一人の生徒を思い出した。

 命の恩人にして、清水幸利を殺した生徒。圧倒的な強さと強い意志を秘めながら、愛子の言葉に耳を傾けた青年。そして色々と思うところが有ったり無かったり、やっぱり有ったりするのだけど無いと思うべきで、でも思ってしまう人。

 

 頭をぶんぶんと振って記憶を追い出した愛子だったが、ソウゴの安否を憂慮する気持ちと何故か無性に逢いたい気持ちに押されて、ポロリと零す様に彼の名を呟いた。

 

「…………常磐さん」

「呼んだか?」

「ふぇ!?」

 

 半ば無意識に呟いた相手から、ある筈の無い返事が返ってきて思わず素っ頓狂な声が上がる。部屋の中をキョロキョロと見回すが自分以外の人などいる筈も無く、愛子は「幻聴だったのかしらん?」と首を捻った。しかしそんな愛子へ幻聴でない事を証明する様に、再度声がかけられた。

 

「こっちだ」

「えっ?」

 

 愛子は体をビクッと震わせながら、「やっぱり幻聴じゃない!」と声のした方、格子の嵌った小さな窓に視線を向ける。

 

 

 するとそこには、窓を背にして腕組んで立っているソウゴの姿があった。

 

 

 

「えっ? えっ? 常磐さんですか? えっ? ここ最上階で…本山で…えっ?」

「ふむ。一先ず思考能力に異常は無しと……」

 混乱する愛子を尻目に、ソウゴは近寄って愛子の首筋に触れ「バイタルも問題は無いか。存外元気ではないか」と冷静に愛子の状態を分析している。

 

 先程まで、ソウゴの姿は影も形も無かった。にも拘らず、さも最初から居たとでも言う様に室内に立っていたソウゴに、愛子は目を白黒させた。

 

 そんな愛子にソウゴは小さく嘆息しながら歩み寄る。

「幽閉されているというのに恋する乙女の様な声なぞ上げよって。そんな声で乞われても応えてはやれんぞ?」

「なっ……き、聞こえて……!?」

「まぁいい。聞かれたくなかったというのなら、緊急時故に聞こえなかった事にしておこう」

 ソウゴのその言葉に全て見透かされていると悟った愛子は、焦った表情で話題の転換を図った。

「そ、それよりも、何故ここに……」

「無論、助けにだが」

「わ、私の為に? 常磐さんが? 態々助けに来てくれたんですか?」

「生憎と貴様の思っている様な理由では無いがな。不意に一石二鳥のチャンスが巡ってきたから利用させてもらう、ただそれだけの話だ」

 何やら赤面してあわあわし始めた愛子に、淡々と自分の動機を話すソウゴ。そのまま徐に愛子の手を取り、魔力封じのアーティファクトを破壊しようとする。

 

 しかし、いきなり手を取られた愛子は「ひゃう!」とおかしな声を上げて身を竦め「駄目! 駄目です常磐さん! そんないきなりぃ! 私は先生ぇ!」と喚きだした。

 

「落ち着け。下手すると腕輪だけでなく手首も飛ぶぞ」

「あっ、すみません……」

 自分がラブロマンスな方向へ妄想を飛ばしていた事を見抜かれ、愛子は愛想笑いで誤魔化す。そして、何故自分がここに囚われている事を知っていたのかと誤魔化しがてらに尋ねた。

「リリアーナ姫に乞われてな」

「リリアーナ姫が?」

「ああ。貴様が攫われるところを目撃していたらしい。それで王宮内は監視されているだろうから、掻い潜って勇者達に知らせる事は出来ないと踏んで一人王都を抜け出したんだそうだ。私達に助けを求める為にな」

「リリィさんが……常磐さんは、それに応えてくれたんですね」

「偶々だよ。先程も言ったが、丁度機会が巡ってきたんでな。鬱陶しい阿呆共の処理と手足を増やせる、一石二鳥の機会がな」

 ソウゴは手早く愛子の枷を砕いて立ち上がった。すると愛子は、ソウゴに真っ直ぐな眼差しを向けるとずっと伝えたかった事を語った。

 

「常磐さん。あの時は、きちんと言えませんでしたから……今、言わせて下さい。……助けてくれてありがとう。引き金を引かせてしまってごめんなさい」

「……あぁ」

 ソウゴは愛子の感謝と謝罪を受け、それが【ウルの町】での清水の事だと思い出した。

 

 

 実のところ、ソウゴにとっては以前愛子に再会した事すら辛うじて記憶に留めておいた程度の出来事であり、清水を殺した事はおろかその存在すら覚えていなかった。

 しかし、それを言ってしまえば愛子が面倒な事になるのは分かっていたので、適当な返事を返す。

 

 

「私は為すべき事を為しただけだ、感謝も謝罪もいらん。それよりそろそろ動くぞ。勇者達の所にはリリアーナ達が行ってる筈だ、合流してからこれからどうするか話し合えばいい」

「分かりました。……常磐さん、気を付けて下さい。教会は、頑なに貴方を異端者認定しました。それに私を攫った相手は、もしかしたら貴方を……」

「分かっている。どちらにしろ、遅かれ早かれ教会は潰す予定だった。それが今になったというだけの話だ」

 ただただ面倒そうという気配を漂わせ愛子に告げるソウゴ。その言葉から漏れ出るソウゴの実力と、それを容易く成せるであろう恐ろしさに愛子は愛想笑いを浮かべる。

 

 

 その時、遠くから何かが砕ける様な轟音が微かに響き、僅かではあるが大気が震えた。

 

 

 何事かと緊張に身を強ばらせた愛子がソウゴに視線を向けると、ソウゴは少し興味が湧いた様な目を窓の外に向けていた。

「ほぅ、流石に駒が檜山(バカ)一つだけという事は無いと思ったが……想像よりは向こうの地位を得ていたらしいな」

 ソウゴは面白げに呟きながら愛子に視線を戻す。愛子はソウゴが遠視の類を使える事を知らないが、非常識なアーティファクト類や技能を沢山見てきたので、それらにより何か情報を掴んだのだろうと察し視線で説明を求めた。

「魔人族の襲撃だ。さっきのは王都を覆う大結界が破られた音らしい」

「魔人族の襲撃!? それって……」

「現在、ハイリヒ王国は侵略を受けているという事だ。以前ボス猿を駆除したんで何かしら反応があるかと思っていたが、どうやら裏切り者が手引きしたらしい。王国側は完全な不意打ちだろうな」

 ソウゴの状況説明に愛子は顔面を蒼白にして「有り得ないです」と呟き、ふるふると頭を振った。

 

 それはそうだろう。王都を侵略出来る程の戦力を気づかれずに侵攻させるなどまず不可能であるし、王都を覆う大結界とて並大抵の攻撃では小動もしない程頑強なのだ。その二つの至難をあっさりクリアしたなどそう簡単に信じられるものではない。

 

「畑山愛子、取り敢えず勇者達と合流しろ。話はそれからだ」

「は、はい!」

 緊張と焦燥に顔を強ばらせた愛子を、ソウゴは片腕に座らせる様な形で抱っこする。「うひゃ!」と再び奇怪な声を上げながらも、愛子は咄嗟にソウゴの首元に掴まった。

 

 

 と、その瞬間──外から強烈な光が降り注いだ。

 

 

「つい最近似た光景を見た気がするが……」

 部屋に差し込んでいた月の光をそのまま強くした様な銀色の光に、ソウゴは呑気そうにそう呟きつつ行動に出る。

 ソウゴは格子の間を抜ける様に苦無を投げ、"飛来神の術"で一瞬で外に出る。急激な景色の変化に愛子が耳元で悲鳴を上げギュッと抱きついてくるが、今は気にしている場合ではない。

 

 ソウゴが隔離塔の天辺から飛び出したのと、銀光がついさっきまで愛子を捕えていた部屋を丸ごと吹き飛ばすのは、ほぼ同時だった。

 

 ボバッ!! という奇妙な音が響く。

 

 物が粉砕される轟音など無く、莫大な熱量により消失した訳でも無く、ただ砕けて粒子を撒き散らす破壊。人を捕える為の鋼鉄の塔の天辺は砂より細かい粒子となり、夜風に吹かれて空へと舞い上がりながら消えていった。

 余りに特異な現象に、ソウゴは空中に留まりながら冷静に分析する様に呟く。

「ふむ……これは、分解か?」

 

 

「ご名答です、イレギュラー」

 

 

 返答を期待した訳ではない独り言に鈴の鳴る様な、しかし冷たく感情を感じさせない声音が返ってくる。

 ソウゴが声のした方へ視線を向けると、そこには隣の尖塔の屋根からソウゴ達を睥睨する銀髪碧眼の女がいた。ソウゴは、愛子を攫った女だろうと察する。

 

 尤も、リリアーナが言っていた情報と異なり修道服は着ておらず、代わりに白を基調としたドレス甲冑の様な物を纏っていた。ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。どう見ても戦闘服だ。宛ら殺し愛う槍兵(ブリュンヒルデ)の様だ。

 

 銀髪の女は、その場で重さを感じさせずに跳び上がった。そして天頂に輝く月を背後にくるりと一回転すると、その背中から銀色に光り輝く一対の翼を広げた。

 バサァと音を立てて広がったそれは、銀光だけで出来た魔術の翼の様だ。背後に月を背負い煌く銀髪を風に流すその姿は神秘的で神々しく、この世のものとは思えない美しさと魅力を放っていた。

 だが、惜しむらくはその瞳だ。彼女の纏う全てが美しく輝いているにも関わらず、その瞳だけが氷の如き冷たさを放っていた。その冷たさは相手を嫌悪するが故のものではない。ただただ、只管に無感情で機械的。人形の様な瞳だった。

 

 銀色の女は愛子を抱き上げるソウゴを見返しながら、徐に両手を左右へ水平に伸ばした。

 

 するとガントレットが一瞬輝き、次の瞬間にはその両手に白い鍔無しの大剣が握られていた。銀色の魔力光を纏った二メートル近い大剣を、重さを感じさずに振り払った銀色の女は、やはり感情を感じさせない声音でソウゴに告げる。

 

「ノイントと申します。"神の使徒"として、主の盤上より不要な駒を排除します」

 

 それは宣戦布告だ。ノイントと名乗った女は、口だけの猿(フリード)とは違う神が送り出した本当の意味での"神の使徒"なのだろう。愈々ソウゴが邪魔になったらしく、直接"神の遊戯"から排除する気の様だ。

 

 

 ノイントから噴き出した銀色の魔力が周囲の空間を軋ませる。大瀑布の水圧を受けたかの様な絶大なプレッシャーが愛子に襲いかかった。

 

 愛子は、必死に歯を食いしばって耐えようとするものの、表情は青を通り越して白くなり、体の震えは大きくなる。

 「もうダメだ」と意識を喪失する寸前、愛子を黄金の魔力が包み込んだ。愛子を守る様に輝きを増していく黄金の魔力は、ノイントの放つ銀のプレッシャーの一切を寄せ付けなかった。

 

 愛子は目を見開いて、原因であろう間近い場所にあるソウゴの顔に視線を向ける。するとそこには、途方も無いプレッシャーを受けておきながら微塵も揺らぐ事無く、見定める様な視線を向けるソウゴの姿があった。

 見蕩れる様に──或いは惹きつけられる様に視線を逸らせなくなった愛子を尻目に、ソウゴはもう片方の腕を顎に当てノイントに言葉を向ける。

 

「ふむ……端末が回収したもの及び、諸葉達に処理させたものとほぼ同一。量産型の木偶人形が相手とは、舐められたものだな」

 

 その言葉を合図に、標高八千メートルの【神山】上空で"神の使徒"と奈落から這い上がって来た"異界の魔王"が衝突した。

 

 

 

 ソウゴがノイントの襲撃を受ける少し前、ユエ・シア・香織・リリアーナの四人は夜陰に紛れて王宮の隠し通路を進んでいた。リリアーナを光輝達の下へ送り届ける為だ。

 

 本来なら、ユエ達の目的は愛子の救出と【神山】の何処かにある大迷宮──基神代魔術であり、王国の異変解決やらリリアーナと光輝達の合流の手助けなどどうでもいい事である。

 

 ただ、取り敢えず愛子の安全を確保する為には救出後の預け先である光輝達が洗脳の類を受けていないか、彼等が安全と言えるかの確認が必要だった。

 それに【神山】は文字通り聖教教会の総本山であり、愛子の救出までは出来るだけ騒動を起こさない事が望ましいところ。彼等に気付かれず愛子の監禁場所の捜索と救出を行う為にも、ソウゴ一人の方が都合が良かった。

 

 その為王都に残る事になったユエ達は、香織がリリアーナに付きそうと言って聞かない事もあり、大した手間でもない事から一緒に行動しているのである。

 

 

 尚、ティオは万一に備えて王都の何処かで待機している。全体の状況を俯瞰できる者が一人位居た方が良いという判断だ。

 

 

 そんなユエ達が隠し通路を通って出た場所は、何処かの客室だった。振り返ればアンティークの物置が静かに元の位置に戻り、何事も無かったかの様に鎮座し直す。

「この時間なら、皆さん自室で就寝中でしょう。……取り敢えず、雫の部屋に向かおうと思います」

 闇の中でリリアーナが声を潜める。向かう先は雫の部屋の様だ。勇者なのに光輝に頼らない辺りが、彼女の評価を如実に示している。

 

 リリアーナの言葉に頷き、索敵能力が一番高いシアを先頭に一行は部屋を出た。雫達異世界組が寝泊まりしている場所は現在いる場所とは別棟にあるので、月明かりが差し込む廊下を小走りで進んでいく。

 

 そうして暫く進んだ時、それは起こった。

 

 砲撃でも受けたかの様な轟音が響き渡り、直後ガラスが砕け散る様な破砕音が王都を駆け抜けたのだ。衝撃で大気が震え、ユエ達のいる廊下の窓をガタガタと揺らした。

 

「わわっ、何ですか一体!?」

「これは……まさかっ!?」

 

 索敵の為にウサミミを最大限に澄ましていたシアが、思わずペタンと伏せさせたウサミミを両手で押さえて声を漏らす。すぐ後ろに追従していたリリアーナは、思い当たる事があったのか顔面を蒼白にして窓に駆け寄った。ユエ達も様子を見ようと窓に近寄る。

 そうして彼女達の眼に映った光景は……

 

 

「そんな……大結界が……砕かれた?」

 

 

 信じられないといった表情で口元に手を当て震える声で呟くリリアーナ。彼女の言う通り、王都の夜空には大結界の残滓たる魔力の粒子がキラキラと輝き舞い散りながら霧散していく光景が広がっていた。

 

 リリアーナが呆然とその光景を眺めていると、一瞬の閃光が奔り、再び轟音が鳴り響く。そして、王都を覆う光の膜の様な物が明滅を繰り返しながら軋みを上げて姿を現した。

「だ、第二障壁まで! どうして……どうしてこんなに脆くなっているのです!? これでは直ぐに……!」

 リリアーナの言う大結界とは、外敵から王都を守る三枚の巨大な魔術障壁の事だ。

 

 三つのポイントに障壁を生成するアーティファクトがあり、定期的に宮廷魔術師が魔力を注ぐ事で間断なく展開維持している王都の守りの要だ。その強固さは折り紙つきで、数百年に渡り魔人族の侵攻から王都を守ってきた。戦争が拮抗状態にある理由の一つでもある。

 

 その絶対守護の障壁が、一瞬の内に破られたのだ。

 

 そして今正に、二枚目の障壁も破られようとしている。内側に行けば行く程展開規模は小さくなる分強度も増していくのだが、数度の攻撃で既に悲鳴を上げている二枚の障壁を見れば、全て破られるのも時間の問題だろう。

 結界が破られた事に気が付き、王宮内も騒がしくなり始めた。あちこちで明かりが灯され始めている。

「まさか、内通者が? ……でも、僅かな手勢では寧ろ……なら敵軍が? 一体どうやって……」

 呆然としながら思考に没頭しているリリアーナに答えを齎したのはユエ達だった。

 

『聞こえるかの? 妾じゃ、状況説明は必要かの?』

 

 ユエ達の持つ其々の念話石が輝き、そこから声が響いている。王都に残してきたティオの声だ。口振りから、何が起きているのか大体のところを把握しているらしい。

『ん……お願いティオ』

『心得た。王都の南方一キロメートル程の位置に、魔人族と魔物の大軍じゃ。驚いたのぉ。規模は兎も角、全てご主人様の言うた通り(・・・・・・・・・・・・)じゃ』

「まさか本当に敵軍が? そんな、一体どうやってこんな所まで……ライセンの監視部隊は何をやっていたのです!?」

 ティオの報告に、リリアーナが表情を険しくしながらも疑問に眉をしかめる。

 

 その疑問に対して、ユエ達には想像がついていた。魔人族の指揮官──フリード・バグアーは【グリューエン大火山】で空間魔術を手に入れた。本人はソウゴに路傍の石の如く片づけられたが、何らかの伝達が魔人族内で共有されたのかも知れないし、複数人で行使したのかも知れない。

 

 そうこうしている内に、再び硝子が砕ける様な音が響き渡った。第二障壁も破られたのだ。焦燥感を滲ませた表情でリリアーナが光輝達との合流を促す。しかし、それに対してユエが首を振った。

「……ここで別れる。貴女は先に行って」

「なっ、ここで? 一体何を……」

 一刻も早く光輝達と合流し態勢を整える必要があるのに何を言い出すのかとリリアーナは訝しそうに眉を顰めた。ユエは窓を開けると端的に理由を述べる。

「……私とシアは、魔人族に対応する様にソウゴ様に言われてる」

「そういう訳で香織さん、リリィさん。私とユエさんはここで失礼します」

 そう言うや否や、ユエとシアの二人は、リリアーナの制止の声も聞かずに窓から王都へ向かって飛び出して行ってしまった。

 敵にとっては悪夢だろうが、王国側からすればある意味態勢を整えるまでの最高の時間稼ぎでもある。

 

 だからこそ、リリアーナも積極的に同行を訴えなかった訳であるが……。

 

 より厳密には、訴える暇も無かった訳だが。

 

 

 開けっぱなしの窓から夜風と喧騒が入り込んでくる。暫く、互いに無言のまま佇む香織とリリィだったが、やがて何事も無かった様に二人して進み始めた。

 

「……常磐さん……愛されていますね……」

「うん。狂的……じゃなかった。強敵なんだ」

「香織……死なない程度に頑張って下さいね。応援しています」

「うん。ありがとう、リリィ……」

 

 あっさり後回しにされたリリィが「私の扱いがどんどん雑に……」と何処か悲しげな声音で呟きつつも、健気に香織へエールを送る。

 

 

 そんなリリアーナを横目に、「実は私も行きたかったって言ったら、リリィ泣いちゃうかな?」と頭の隅で考えながら、香織はリリィと連れ立って光輝達のもとへ急いだ。

 

 

 

 

 

 突然の結界の消失と早くも伝わった魔人族の襲撃に、王都は大混乱に陥っていた。

 

 人々は家から飛び出しては砕け散った大結界の残滓を呆然と眺め、そんな彼等に警邏隊の者達が「家から出るな!」と怒声を上げながら駆け回っている。決断の早い人間は、既に最小限の荷物だけ持って王都からの脱出を試みており、また王宮内に避難しようとかなりの数の住人達が門前に集まって「中に入れろ!」と叫んでいた。

 

 夜も遅い時間である事からまだこの程度の騒ぎで済んでいるが、もう暫くすれば暴徒と化す人々が出てもおかしくないだろう。王宮側も暫くは都内の混乱には対処出来ない筈なので尚更だ。

 なにせ今一番混乱しているのは、その王宮なのだ。

 全くもって青天の霹靂とはこの事で、目が覚めたら喉元に剣を突きつけられた様な状態だ。平和ボケして久しいのなら無理も無いだろう。

 彼等も急いで軍備を整えている様だが……

 

 

 ──パキャァアアン!!

 

 

 間に合わなかった様だ。

 

 遂に最後の結界が破られ、大地を鳴動させながら魔人族の戦士達と神代魔術により生み出された魔物達が大挙して押し寄せた。残る守りは、王都を囲む石の外壁だけ。それだけでも相当な強度を誇る防壁ではあるが……長く持つと考えるのは楽観が過ぎるだろう。

 

 外壁を粉砕すべく、魔人族が複数人で上級魔術を組み上げる。魔物も固有魔術で炎や雷、氷や土の礫を放ち、体長四メートルはありそうなサイクロプス擬きがメイスを振り被って外壁を削りにかかる。

 

 別の場所でも体長五メートルはありそうな猪型の魔物が風を纏いながら猛烈な勢いで外壁に突進し、その度に地震かと思う様な衝撃を撒き散らして外壁を崩していく。

 更に上空には黒鷲の様な飛行型の魔物が飛び交い、外壁を無視して王都内へと侵入を果たした。

 

 外壁上部や中程に詰めていた王国の兵士達が必死に応戦しているが、全く想定していなかった大軍相手ではその迎撃も酷く頼りない。突進してくる鋼鉄列車にエアガンで反撃している様なものだ。

 

 

 そんな様子を城下町にある大きな時計塔の天辺からどうしたものかと眺めていたティオの傍に、王宮から飛び出してきたユエとシアが降り立った。

「……ティオ、状況は?」

「……お主等……『皆さんが一緒に来てくれて心強いです!』と言っとったリリアーナ姫が少々不憫じゃ……あっさり放り出して来おって」

「……細かい事。ソウゴ様の指示が大事」

「そうです、小さい事です」

 ティオが呆れた様な表情をしてユエとシアを見るが、二人は全く気にしていない様だった。これもソウゴの影響なのか、興味の無い相手には実にドライだ。

 

 すると、すぐ背後に何かが降り立つ音が響く。視線を向けてみれば、そこにいたのは愛子の救出に向かった筈のソウゴの姿。

「ぬおっ! ご主人様? 愛子殿はどうしたのじゃ?」

「私は分身だ。まだ本体と一緒にいる」

 ティオが驚きの声を上げれば、ソウゴは分身体だと明かして用件を伝える。

「ずっと抱えているのも面倒だ、迎えに来い。それと此方に関しては、もう少し頭数を増やす事にする」

「相分かった、直ぐに向かうのじゃ」

 ソウゴの言葉を受け、ティオは一瞬で"竜化"すると標高八千メートルの本山目指してその場を飛び立った。

 

 

 残されたユエとシアは、ソウゴに言葉の意味を問う。

「……ソウゴ様、頭数を増やすって?」

 ユエの問い掛けに対して、ソウゴは言葉ではなく行動で示した。

 

 ソウゴの両目が幾重もの同心円を描く紫の瞳──"輪廻眼"に変貌し、その髪が輝く様な銀髪に変色する。

 ソウゴは親指の腹を噛み千切り、血が滴るその手を地面に叩きつける。

 

「"口寄せ・羅生転臨"」

 

 その手を中心に楷書の様な文字が広がり、煙玉が破裂した様な白煙が広がる。

 ユエとシアは驚くが、ほんの数瞬で煙は晴れる。そこには……

 

 

 ──濃紫の鎧を纏った、性別も年齢もバラバラな六人の人影。

 

 其々青髪の高校生程度の青年、ユエよりやや黄色の強いショートの金髪の少女、幽霊の様に青白い肌の黒髪ロングの少女に、小麦色の髪の小柄の少女、更にくすんだ灰色の髪の青年。極めつけには右半身が男、左半身が女という性別不明が一人。

 

 

 それらの出現と同時にソウゴの分身が消え、残されたのはユエとシア、そしてソウゴの呼び出した六人のみとなった。

 

 

 

 

 

 するとその時、時計塔の天辺にいるユエ達に気がついたのか、体長三、四メートル程の黒い鷲の様な魔物が二体、左右から挟撃する様にユエとシアを狙って急降下してきた。

 

 クェエエエエエ!! と。そんな雄叫びを上げて迫ってきた黒鷲に、シアは見もせず射撃モードのドリュッケンを宝物庫から取り出し、躊躇いなく炸裂スラッグ弾を撃ち放……とうとして、それより先に六人の内一人──くすんだ灰色の髪の男が動いた。

 

 灰色の男が黒鷲擬きに触れた瞬間、二体供塵の様に崩れ去る(・・・・・・・・)

 

 その光景に二人共目が点になる中、魔物を塵に変えた男は着地して首を掻く。

 

 

 黒鷲が無残に絶命させられた事で、ユエ達の存在に気がついた飛行型の魔物達が周囲を旋回し始めた。よく見れば、その三分の一には魔人族が乗っている様だ。

 彼等は黒鷲を落とされた事で警戒して上空を旋回しながら様子を見ていた様だが、その相手が兎人族と小柄な少女であると分かると、馬鹿にする様に鼻を鳴らしユエ達向かって、魔術の詠唱を始めた。ソウゴが呼んだ六人の事は、鎧の色も相まって景色と同化して見えない様である。

 

 ユエ達としては王都を守る為に身命を賭して大軍とやり合うつもりなど毛頭無く、行きたければ勝手に行けという気持ちだったのだが、襲われたとあっては反撃しない訳にはいかない。

 

 だがユエ達二人と違い、六人は王都を守る明確な理由(・・・・・)がある。

 

 

「──"光剣(カドゥール)"」

 

 

 故に次の瞬間、青髪の青年が呟く。

 すると瞬く間に、その存在に気付かなかった魔人族達は鋭い閃光に貫かれて魔物と共に絶命する。

 

「"(メギド)"!」

 

 続いて青年は片手に大砲の様な物を出現させ、その砲口から放たれた炎柱が絶命した魔人族達の死体を焼き払う。

 

 

「……凄い。けど、貴方達は……?」

 

 そこで漸く我に返ったユエが、六人に問う。シアが追従する様に首をブンブンと振れば、それで漸く二人に気付いた様に六人が振り返る。

 すると、先程魔人族の一隊を瞬殺した青髪の青年が頬を掻いて苦笑しながら答える。

「あぁ、え~っとぉ……ごめん、気づかなくて。それで……君達がユエとシア?」

 その問いに、ユエとシアは首肯する。

「じゃあ味方だ、自己紹介しとこうか。俺は五……じゃなくて、天哭星ハーピーの士道。士道でいいよ。常磐さんの……部下みたいなもんかな?」

 青髪の青年──士道の名乗りを皮切りに、他の五人も名を告げる。

 

「私は天捷星バジリスクのサルトリーヌ。サリーでいいわよ」

「天孤星ベヒーモス、天羽斬々(きるきる)

「天損星ケートスのハンナです! シアさん、宜しくお願いします!」

「……天罪星、リュカオンの弔」

「私は天慧星ヘカトンケイルの金一。宜しくね」

 

 其々金髪ショートがサリー、黒髪ロングが斬々、小柄の少女がハンナ、灰色の男が弔、半男半女が金一というらしい。

 

 

 士道達が名乗っている間に、硬直していた後続の魔人族達がハッと我に返り追撃に備えて最大限の警戒をする。

 そして、仲間を一瞬で粉砕した原因たる存在を探した。認識外の所から振るわれた死神の鎌に己の死を幻視しながら、緊張に流れる汗を拭う事も忘れて視線を巡らせる。そして、向けた視線の先にユエ達はいた。

 

 しかし、その姿は彼等にとって全くの予想外。

 

 何故なら、自分達への追撃態勢に入っているどころか、ユエ達は彼等を見てすらいなかったのだ。何事も無かったかの様に、八人で会話している。その背中は、何よりも雄弁に物語っていた。

 

 

 即ち、「眼中にない」と。

 

 

 それを察した瞬間、緊張に強ばっていた魔人族達の表情が憤怒に歪んだ。

 戦友を粉微塵にしておいて、路傍の石を蹴り飛ばした程度の認識しかしていないユエ達に、戦士として、または一人の魔人族としての矜持を踏みにじられたと感じたのだ。彼等の全身を血液が沸騰したかの様な灼熱が駆け巡る。

「貴様等ぁーーーー!!」

「うぉおおおお!!」

「死ねぇーー!!」

 怒りに駆られながらも、戦士としての有能さが自然と陣形を整えさせ、絶妙な連携を取らせる。四方と上方から逃げ場を無くす様に包囲し、一斉に魔術を放った。魔術に長けた魔人族達の魔術だ。普通なら、絶望に表情を歪める場面である。

 

 しかし、当のユエ達が浮かべるのは呆れた表情。次いで、細くしなやかな指をタクトの様に振るう。

 

「……彼我の実力差くらい、本能で悟れ」

「じゃあ俺も行こうか。──"颶風騎士・天を駆ける者(ラファエル・エル・カナフ)"!」

 

 そんな言葉と同時に雷龍を発動し、蜷局を巻いてユエ達を繭の様に包む事で全ての魔術は完全に防がれてしまった。そして雷龍が一度その大食らいの顎門を開けば、彼等はまるで特攻しか知らぬと言わんばかりに自らその身を投げ出していく。

 それと共に士道が風を司る弓矢の天使"颶風騎士"を顕現させ、竜巻と共に必穿の一射を放つ。

 超が付く程の暴風は天然のドリルとなって魔人族達を穿ち、そのまま雷龍の鎧となって魔物達も切り刻んでいった。

 

 ならば反対側からと複数人で貫通性に優れた上級魔術を唱えようとすると、雷龍の一部が開いて、そこからウサミミを靡かせたシアが砲弾もかくやという速度で飛び出した。

 

「チッ! ──"炎弾"!」

 

 咄嗟に近くにいた魔人族が詠唱の邪魔をさせてなるものかと、殆ど無詠唱かと思う速度で完成させた初級魔術の炎弾を無数に放った。

 

 しかし同時に空気が破裂する様な音が数度響き、炎弾は破裂する。

 

 シアがチラリと視線を向ければ、そこでは銃を構えた金一がウインクしていた。それと同時にシアは向き直り、ギョッとしている詠唱中の魔人族三人に向けてドリュッケンを横殴りにフルスイングした。

 

「りゃぁあああ!」

 

 気合一発。振るわれたドリュッケンは、重力魔術の力でインパクトの瞬間だけ四トンの重量を得る。それを最近更に上昇した身体強化で振るった。

 

 結果は言わずもがな。

 

 魔人族の三人は為す術も無く纏めて上半身を爆砕され、騎乗していた魔物も衝撃で背骨を砕かれて断末魔の悲鳴を上げながら吹き飛んでいった。

 

 

 空中にあるシアはその場で自身の重さをドリュッケンも含めて五キロ以下まで落とし、激発を利用して羽の様に軽やかに宙を舞う。そしてドリュッケンを変形させて射撃モードに切り替え、先程炎弾を放ってきた魔人族に向けて炸裂スラッグ弾を轟音と共に解き放った。狙い通り、王都の夜空にまた一つ真っ赤な花が咲いた。

 

 シアは宝物庫から取り出した二枚の鈍色の円盤を宙に放ち、重力を無視して空中に浮くそれを足場にした。そしてその場に留まり、ドリュッケンで肩をトントンしながら周囲を見渡す。

 

 

 丁度少し離れた所で、ユエ達に襲いかかってきた魔人族の最後の一人が死に物狂いでユエに特攻しているところだった。

「がぁああ!! 殺してやるぅ!!」

 血走った目が、「刺し違えてでも!」という決死の意志を感じさせる。しかし、そんな彼の殺意はユエに届く事は無かった。

 

「遅ぇんだよ雑魚が」

「鈍く、脆い。愚かの極だ」

 

 いつの間にか背後にいた弔に両腕を崩壊された魔人族は、直後真下から跳んできた斬々の手刀に首をすっぱりと切り落とされて、錐揉みしながら眼下の路地へと落ちていった。

 

「かっ飛ばせーっ!!」

 

 そしてその死体をハンナが身の丈と同程度の大槌を振るい、バッティングセンターの要領で思いっきり叩く。

 死体は途中で原型を留めずにバラバラになっていき、後方に控えている魔人族に血の雨となって降り注いだ。

 

 

 

 

 

 そうして先遣隊を一掃し、ユエ達は一息吐く。

 

 因みに士道達は「ちょっと外も見てくる」と言って離れていった為、周囲にはユエ達二人しかいない。

 

「これもう、完全に王国側の戦力と思われたんじゃないですか?」

「……関係無い。思いたければ勝手に思っていればいい」

「ドライですねぇ。……まぁ、確かにそうなんですけど……」

 

 軽口を叩き合いながらも、小休止に入る二人。そのまま一分も経たない内、

 

「あっ、ユエさん。第二陣ですよ」

「んっ」

 

 シアが告げると同時に凄まじい轟音を響かせて遂に外壁の一部が崩され、そこから次々と魔物やそれに乗った魔人族が王都への侵入を果たし、幾つかの部隊がユエとシアの方へ猛然と駆け寄ってくるのが見えた。どうやら、ここでユエとシアを完全に仕留めるつもりらしい。

 

「貴様等だけはぁ! 必ず殺すっ!」

 

 すると、そんな雄叫びを上げながら金髪を短く切り揃えた魔人族の男が、ただ仲間を殺された怒りだけとは思えない壮絶な憎悪を宿した眼で二人を射貫きながら、シアの構えたドリュッケンに衝突した。

「何ですかいきなり?」

「……ん、汚い」

 シアの苦言にユエが乗りつつ風刃を放つ。だが男はまだ冷静な部分があったのか、風刃を躱して距離を取る。

 

「そのヘラヘラと笑った顔、虫酸が走る! 四肢を引きちぎって、貴様の男の前に引きずって行ってやろう!」

 

 そうして距離を開けながら、相対する魔人族の第一声がそれだった。

 どうも他の魔人族と違って、個人的な恨みある様だと察したシアは、訝しそうに眉をしかめて尋ねてみる。

「……何処かで会いました? 私達には、そんな眼を向けられる覚えが無いんですが?」

「赤髪の魔人族の女を覚えているだろう?」

 二人は何故そこで女の話が出てくるのか分からず首を捻る。しかし魔人族の男は、それを覚えていないという意味でとったのか、ギリッと歯を食いしばり、怨嗟の篭った声音で追加の情報を告げた。

「貴様等が、【オルクス大迷宮】で殺した女だぁ!」

 

 

 

「…………………そんな人いましたっけ?」

「…………あっ、もしかしてソウゴ様が燃やした……」

「……………………あぁ、あの人!」

 

 

 

「きざまぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 明らかに今の今まで忘れてましたという様子のシアに、既に怒りのせいで呂律すら怪しくなっている男は、僅かな詠唱だけで風の刃を無数に放った。それを何でもない様にひょいひょいと避ける二人。

「ちょっと、その人が何なんです? さっきから訳分からないですよ?」

「カトレアは、お前らが殺した女は……俺の婚約者だ!」

「! ああ、成程……それで」

 シアは得心した様に頷いた。

 

 どうやら目の前の男は、【オルクス大迷宮】でソウゴに殺された女魔人族が最後に愛を囁いた相手──ミハイルらしい。誰に聞いたのかは知らないが、ソウゴが自分の婚約者を殺した事を知り復讐に燃えている様だ。自分がされたのと同じ様に、シアやユエを殺してソウゴの前に突き出したいのだろう。

 

「よくも、カトレアを……優しく聡明で、いつも国を思っていたアイツを……!」

 血走った目で恨みを吐くミハイルに、シアは普段の明るさが嘘の様な冷たい表情となって、実にあっさりした言葉で返した。

「知りませんよ、そんな事」

「な、何だと!?」

「いや、死にたくないなら戦わなければいいでしょう? そもそも挑んで来たのはあの人の方ですし。そんなに大事なら、首輪でも着けて鎖に繋いで檻に入れておけばいいでしょう? 愛しい人を殺されれば、恨みを抱くのは当たり前ですけど……殺した相手がどんな人だったか教えられても興味無いですし。貴方聞きます? 今まで自分が殺してきた相手の人生とか。無いでしょう?」

「う、煩い煩い煩い! カトレアの仇だ! 苦痛に狂うまでいたぶってから殺してやる!」

 ミハイルは癇癪を起こした様に喚きたてると、騎乗する大黒鷲を高速で飛行させながら再び竜巻を発生させてシアに突っ込んで来た。どうやら竜巻はミハイルの魔術で、大黒鷲の固有能力ではないらしい。騎乗のミハイルが更に詠唱すると、竜巻から風刃が無数に飛び出して、シアの退路を塞ごうとした。

 

 ユエが下級魔術で適当に相殺し、シアはそのまま体重を軽くして円盤を足場に大跳躍し、竜巻を纏う大黒鷲を避けた。

 

 しかし避けた先には、ミハイルとシアが話している間に集まってきた魔人族と黒鷲の部隊がいた。ミハイルの騎乗しているのが同じ大黒鷲である事から、彼の部下なのかもしれない。

 

 

 シアより上空にいた黒鷲部隊は、石の針を一斉に射出した。それは正に篠突く雨の様。シアは炸裂スラッグ弾を撃ち放った衝撃波で、ユエは"城炎"を発動して針の雨を蹴散らす。

 

 そして、空いた弾幕の隙間に飛び込んで上空の黒鷲の一体に肉薄した。ギョッとする魔人族を尻目に、ドリュッケンを遠慮容赦一切なく振り抜く。直撃を受けた魔人族は骨諸共内臓を粉砕させながら吹き飛び夜闇の中へと消えていった。

「ユエさんは休んでて下さい! ここは私だけで蹴散らして見せますぅ!」

 シアはそう言いながら、更に勢いそのままに柄を伸長させて離れた場所にいた黒鷲と魔人族も粉砕する。

 

 ユエはその言葉を受け、適度に距離を離して障壁を張りつつ休む事にした。

 

 

 

「くっ、接近戦をするな! 空は我々の領域だ! 遠距離から魔法と石針で波状攻撃しろ!」

 

 まるでピンボールの様に吹き飛んでいく仲間に、接近戦は無理だと判断したミハイルは遠方からの攻撃を指示する。再び四方八方から飛んできた魔術と石の針を、激発による反動と円盤を足場にした連続跳躍で華麗に避け続けるシア。

 しかし中距離以下には決して近づかず、シアが接近しようものなら全力で距離をとる戦い方にシアは次第に苛つき始める。

「あぁもうっ! チョロチョロと鬱陶しい! こうなったら全身ボッキボキに叩き潰してやりますぅ!」

 ウサミミを「ムキィ!」と言わんばかりに逆立て、シアは宝物庫を光らせる。

 

 虚空に出現したのは、赤い金属球だった。

 

 大きさは直径二メートル程。金属球の一部から鎖が伸びており、シアはその鎖の先をドリュッケンの天辺についた金具に取り付けた。

 そして重力に引かれて落ちかけた金属球を足で蹴り上げると、大きく水平に振りかぶったドリュッケンをその金属球に叩きつけた。

 

 ガギンッ!! という金属同士がぶつかる轟音と共に、信じられない速度で金属球が打ち出される。

 

 標的にされた魔人族は慌てて回避しようとするが、突然金属球の側面が激発し軌道が捻じ曲がった。その動きに対応出来なかった魔人族と黒鷲は、総重量十トンまで加重された金属球に衝突され、全身の骨を砕かれながら夜空へと散る。

 敵を屠った金属球は、シアがドリュッケンを振るう事で鎖が引かれ一気に手元に戻ってくる。シアはその間にも炸裂スラッグ弾を連発し敵を牽制、或いは撃ち滅ぼしていく。そして戻ってきた金属球を再びぶっ叩き、別の標的に向けて弾き飛ばした。

 

 ドリュッケンの新ギミックとは──重量変化と軌道変更用ショットシェルが内蔵された"剣玉"なのである。

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 シアがそんな雄叫びをあげながら、王都の夜空に赤い剣玉を奔らせ続ける。ぶっ飛ばしては引き戻し、またぶっ飛ばしては引き戻す。赤い流星となって夜天を不規則に駆け巡る鋼球は、自身の赤だけでなく敵の血肉で赤く染まり始めた。

 

 

「おのれ奇怪な技を! 上だ! 範囲外の天頂から攻撃しろ!」

 

 ミハイルが次々と殺られていく部下達の姿に唇を噛み締めながら指示を出し、自身は足止めの為に旋回しながら牽制の魔術を連発する。シアはそれらの攻撃を、重さを感じさせない跳躍で宙を舞う様に軽く避けていく。

 

 そうして最後の一撃を避けた直後、頭上より範囲攻撃魔術が壁の如く降り注いだ。

 

「ふんっ、しゃらくせぇですぅ!」

 シアはドリュッケンを頭上に掲げると、柄の中央を握ってグルグルと回し始める。すると回転の遠心力によって、鎖で繋がった鋼球も一緒に大回転を始めた。

 猛烈な勢いで超高速回転するドリュッケンと剣玉は、赤い色で縁取った即席のラウンドシールドとなり、頭上から降り注いだ強力無比な複合魔術を吹き散らしていった。

 

「貰ったぞ!」

 

 頭上からの攻撃を防ぐ事に手一杯と判断したミハイルが、シアに突撃する。

 大黒鷲の桁外れな量の石針を風系攻撃魔術“砲皇”に乗せて接近しながら放った。局所的な嵐が唸りを上げてシアに急迫する。

 

 シアは自由落下に任せて一気に高度を落とし、風の砲撃を避けた。ミハイルは予想通りだと口元を歪め、回避直後の落下してきた瞬間を狙って再度風の刃を放とうとした。

 

 

 しかし標的を見据えるミハイルの目には、絶望に歪むシアの表情ではなく、虚空から現れた拳大の鉄球がシアの足元に落ちる光景が映っていた。

 

 

「シュートぉっ!」

 シアは宝物庫から取り出した鉄球を、最大強化した脚力を以て蹴り飛ばす。

 豪速で弾き出された鉄球は、狙い違わずミハイルの乗る大黒鷲に直撃しベギョ! と生々しい音を立ててめり込んだ。

「クゥェエエエエエ!!!」

「おのれっ!」

 激痛と衝撃に大黒鷲が悲鳴を上げ錐揉みしながら落下する。ミハイルもまた悪態を吐きながら、苦し紛れに石針を内包させた風の砲弾を放ち大黒鷲と一緒に落ちていった。

 

 漸く頭上からの魔術攻撃を凌ぎ切ったシアは、迫る風の砲弾をギリギリドリュッケンで弾き飛ばす。しかし内包された石の針までは完全には防げず、幾つかの針が肩や腕に突き刺ってしまった。

 

「やったぞ! コートリスの石針が刺さっている!」

「これで終わりだ!」

 石の針自体はそれほど大きなダメージではないのに、シアが石針を喰らった事で魔人族達が一様に喜色を浮かべている。

 

 その事に怪訝そうな表情をするシア。

 

 その疑問の答えは直ぐに出た。

 針の刺さった部分から徐々に石化が始まったのだ。どうやら黒鷲はコートリスという名の魔物らしく、その固有魔術は石化の石針を無数に飛ばす事らしい。中々に嫌らしく厄介な能力だ。

 普通は状態異常を解く為に特定の薬を使うか、光系の回復魔術で浄化をしなければならない。故にこれで終わりだと魔人族達は思ったのだろう。仮に薬の類を持っていても服用させる隙など与えず攻撃し続ければ、そうかからずに石化出来るからだ。

 

 しかし、彼等の勝利を確信した表情は次の瞬間、唖然としたものに変わり、そして最終的に絶望へと変わった。

 

 何故なら……

 

「むむっ、不覚です。しかし、これ位なら!」

 

 そう言ってシアは刺さった針を抜き捨てると、少し集中するように目を細めた。すると一拍おいて、じわじわと広がっていた石化がピタリと止まり、次いで潮が引く様に石化した部分が元の肌色を取り戻していった。そして最終的には、針が刺さった傷口も塞がり、何事もなかったかのような無傷の状態に戻ってしまった。

「な、なんで!?」

「どうなってるんだ!?」

 回復魔術が使われた気配も薬を使った素振りも見せず、ただ少しの集中により体の傷どころか石化すら治癒してしまったシアに、魔人族達はその表情に恐怖を浮かべ始めた。それは理解できない未知への恐怖だ。声も狼狽して震えている。

 

 

 シアの傷が治ったのは特に大した事をした訳では無く、ただ再生魔術を使ってソウゴの真似をしただけである。

 ソウゴから習った技の内、自力回復術である"内活通"と"生命帰還"という技がある。どちらもシアは満足に使えないが、同じく適性は悲しい程に無い再生魔術でも相乗して使えば、自分の体の傷や状態異常を癒す位の事は出来るのだ。

 

 

 魔人族達が絶望するのも仕方無い事だろう。圧倒的な破壊力に回復機能まであるのだから、攻略方法が思いつかない。まるで自動修復機能付きの空駆ける高機動重戦車だ。

 魔人族達のシアを見る目が、嘗てソウゴと相対した者達が彼を見る目と同じになっている。

 

 

 即ち──化け物と。

 

 

 

「さぁ、行きますよ?」

 

 狼狽えて硬直する魔人族達の眼前に、シアがドリュッケンを振り被った状態で飛び上がってくる。

 

 一撃必殺! と振るわれた一撃で、また一人魔人族が絶命した。

 

 その瞬間、残りの魔人族が恐慌を来たした様に意味不明な叫び声を上げて、連携も何も無く我武者羅に特攻を仕掛けていった。

 シアは冷静に剣玉を振り回しながら、或いは炸裂スラッグ弾を撃ちながら確実に仕留めて数を減らしていく。

 愈々ミハイル部隊の最後の一人がドリュッケンの餌食となったその時、急に月明かりが遮られ影が一帯を覆った。

 

 シアが上を仰ぎ見れば、暗雲を背後に上空からミハイルが降って来るところだった。大黒鷲も限界の様で、上空からの急降下しか真面な攻撃が出来なかったのだろう。

 

「天より降り注ぐ無数の雷、避けられるものなら避けてみろ!」

 

 ミハイルの叫びと同時に、無数の雷が轟音を響かせながら無秩序に降り注いだ。

 それは宛ら篠突く雷。本来は風系の上級攻撃魔術"雷槌"という暗雲から極大の雷を降らせる魔術なのだが、敢えてそれを細分化し広範囲魔術に仕立て上げたのだろう。それだけでミハイルの卓越した魔術技能が見て取れる。

 

 急降下してくるミハイルを追い抜いて雷光がシア目掛けて降り注ぐ。

 

 恐らく確実に仕留める為に、雷に打たれた瞬間に刺し違える覚悟で特攻する気なのだろう。いくら細分化して威力が弱まっている上にシアが超人的とは言え、落雷に打たれれば少なくとも硬直は免れない。

 そして雷の落ちる速度は秒速百五十キロメートル。認識して避けるなど不可能だ。

 ミハイルの眼にも、部下が殺られていく中只管耐えて詠唱し放った渾身の魔術故に、今度こそ仕留める! という強靭な意志が見て取れる。

 

 

 しかし直後、ミハイルは信じられない光景を見る事になった。

なんと、シアが降り注ぐ落雷を避けているのだ。否、正確には最初から当たらない場所が分かっているかの様に、落雷が落ちる前に移動しているのである。

 

 ミハイルの誤算。それは、シアには認識出来なくても避ける術があった事。そして、ミハイルの想像の埒外の存在に教えを乞うていた事。

 

 シアの固有魔術"未来視"、その新たな派生"天啓視"。最大二秒先の未来を任意で見る事が出来る。"仮定未来"の劣化版の様な能力だがそれより魔力を消費しないので、何度か連発できる使い勝手のいい能力だ。

 何より、未来視はソウゴの得意分野である為に、シアは即座にソウゴに師事し応用を学べた事。

 そして今眼前で展開されている雷群は、ソウゴの放つそれと比べれば量も質も速さも、まるで遠く及ばないので躱すのも容易なのだ。

 

 日々鍛錬を続けてきた、シアの努力の賜物である。

 

 

「何なんだ、何なんだ貴様は!」

「ただのウサミミ少女です」

 自分でも余り信じていない返しをしながら全ての落雷を避けたシアは、当然突撃してきたミハイルもあっさり躱し、すれ違い様に剣玉を振るった。

 大きく円を描いてミハイルの周囲を旋回した剣玉は、その鎖をミハイルに巻き付かせて一瞬で拘束してしまった。

「ぬぐぉお! 離せぇ!」

「放しますよぉ、お望み通りぃ!」

 シアは鎖に囚われたミハイルをドリュッケンを振るう事で更に振り回し、遠心力がたっぷり乗ったところで地面に向かって解放した。

 

 重量級の鉄塊が振り回される事で生み出された遠心力は凄まじく、ミハイルは隕石の落下もかくやという勢いで地面に叩きつけられた。

 咄嗟に風の障壁を張って即死だけは免れた様だが、全身の骨が砕けているのか微動だにせず仰向けに横たわり、口からはゴボゴボと血を吐いている。

 

 シアは、その傍らに降り立った。

 

 ドリュッケンを肩に担いで、ツカツカとミハイルに歩み寄る。

 ミハイルは朦朧とする意識を何とか繋ぎ止めながら、虚ろな瞳をシアに向けた。

 

 その口元には仇を討てなかった自分の不甲斐無さにか、或いは百人近い部下と共に全滅させられたという有り得ない事態にかミハイル自身にも分からない自嘲気味の笑みが浮かんでいた。

 ここまで完膚なきまでに叩きのめされれば、もう笑うしかないという心境なのかもしれない。

 

 自分を見下ろすシアに、ミハイルは己の最後を悟る。内心で愛しい婚約者に仇を討てなかった詫びを入れつつ、掠れる声で最後に悪態をついた。

 

「……ごほっ、このっ…げほっ……化け物めっ!」

「ふふ、有難うございます!」

 ミハイル最後の口撃は、寧ろシアを喜ばせただけらしい。

 

 

 最後に己の頭に振り下ろされた大槌の打撃面を見ながら、ミハイルは「死後の世界があるなら、カトレアを探しに行かないとなぁ」と、そんな事をぼんやり考えながら衝撃と共に意識を闇に落とした。

 

 

 

 止めを刺したドリュッケンを担ぎ上げながら、シアはミハイルの最後の言葉に頬を緩める。

 

「どうやら、漸く私も化け物と呼ばれる程度には強くなれた様ですね……ふふ、ソウゴさん達に少しは近づけたみたいです」

 

 

 

 

 

「……シア、お疲れ様」

「あ、ユエさん。いや~楽勝でしたよ!」

「……油断、メッ!」

 シアの戦闘が終わったタイミングでユエが労う。どうやらユエの目線でも、シアの戦果は満足の行く結果だったらしい。

 

 

 すると、王宮の一角で爆発が起きる。

 

 何事かと視線を転じた直後、遥か天空より降り注いだ巨大な光の柱が外壁の外で待機していた数万からなる魔物の大軍を根こそぎ消滅させるという有り得ない光景が飛び込んでくる。

 一拍置いて、お互い顔を見合わせたユエとシアは、

 

「「……ソウゴ様/さん」」

 

 犯人の名前を口にした。二人の答えはばっちり同じらしい。

「……取り敢えず王宮に行きますか」

「……ん」

 ユエとシアは消し飛んだ魔物と巨大なクレーターを一瞥して呆れた様な笑みを浮かべると、二人一緒にソウゴが移動したであろう王宮に向かうのだった。

 

 

 





どうなる次回。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。