最近「波紋いいよね……」「いい……」ってなってる作者が通ります。
波紋って回復技術の派生だし覚え得だと思うんですよ。
時間は少し戻る。
丁度、リリアーナ達が王宮内に到着した頃。
──パキャァアアアアン!!
「ッ!? 一体何っ!?」
ガラスが砕かれる様な不快な騒音に、自室で就寝中だった八重樫雫はシーツを跳ね除けて枕元の黒刀を手に取ると、一瞬で臨戦態勢を取った。明らかに普段から気を休めず警戒し続けている者の動きだ。
「……」
暫くの間、抜刀態勢で険しい表情をしながら息を潜めていた雫だったが、室内に異常がないと分かると僅かに安堵の吐息を漏らした。
雫がここまで警戒心を強めているのは、ここ数日顔を合わせる事の出来ない人達の事が引っかかっているからだ。
あの日。【オルクス大迷宮】で九死に一生を得て親友が再会した想い人と旅立ち、王国に帰還してから、少し経ってからだろうか。
何となく抱く様になった違和感。"何が"と言われても明確な答えは返せないのだが、確かに第六感とも言うべき感覚が王宮内に漂う不穏を感じ取っていた。
言葉で表現出来ず、正体も分からず。或いは親友が傍らにいない事や魔人族の勢力が拡大した事実、"人を殺す"という覚悟の問題に直面した仲間、それらが積もり積もってナーバスになっているのだけなのではと思う事もあった。
だが勘違い等ではない、何かが起きている。
そう確信したのは今日の事だ。
三日前、愛子が帰還した日に夕食時に重要な話があると言って別れたきり、その姿を消した。夕食の席に現れなかったのだ。愛子の身に何か良くない事が起きているのではとも疑っていた。
おまけに、時を同じくしてリリアーナまで行方が分からなくなっていると側近や近衛、侍女達が慌てていた。
親しい二人が行方を晦ましたのだ、雫だけでなく光輝達は当然愛子の護衛を務めていた優花率いる愛ちゃん護衛隊のメンバーも探し回った。
そんな時だ。優花達と同じく愛子の護衛をしていたデビッド達神殿騎士をも集めて、イシュタルが「愛子達は総本山で異端審問について協議している」という尤もらしい説明をしてきたのは。
当然「ならば自分達も」と言い募った雫達だったが、遂に直接会わせてもらう事は出来なかった。【神山】山頂にある聖教教会総本山へ繋がるリフトも停止させられており、直接向かう事も出来なかった。
リリアーナの父親たるエリヒド国王へ直談判したが、三日もすれば戻るから大人しくしていろと言われればそれ以上騒ぐ事も出来ず、渋々ではあるが一先ず引き下がるしかなかった。
言いようのない不安感、訳も無く膨れ上がる焦燥感。こういう時こそ頼りになるメルドと会えない事も、雫達の不安を強める要素だった。
だが三日だ。三日待てば、きっと……。そう思って迎えた三日目の今日の朝。
結局、愛子もリリアーナも戻ってはこなかった。
それどころか、王宮内からイシュタル達教会関係者の姿が消え、地上待機を命じられていた筈のデビッド達まで消息を絶った。リフトが停止したままにも拘わらず。
エリヒド国王も、宰相や側近達も面会すらしてくれなかった。
明日で愛子とリリアーナが消えて四日目、この件について明確な危機感を持っているのは雫以外では優花達だけだろう。
光輝は違和感は覚えていても、"まさか王宮内で危機的な何かが起きる事は無い、常磐さんの異端者認定が長引いているだけだろう"と考えている。楽観的過ぎる。
その思考にはソウゴに対する複雑な心情が絡んでいるのは明白であり、加えて未だ解決を見ない離れていった香織に対する気持ちや、戦いにおける覚悟の問題が意識を己の中へ集中させてしまっているのも原因だろう。
そしてそんな光輝の考えは、未だ彼を頼りとする他のクラスメイト達にも伝播していしまっている。光輝が大丈夫だと言うのなら、きっと大丈夫だと。現実の見えていないカリスマ持ち程質が悪いという典型だろう。
故に雫は、唯一危機意識を共有出来ている優花達と相談して決めていた。
今晩中に愛子達が戻って来なければ、自分達だけでも明朝より【神山】への登頂を開始しようと。勿論、物理的にだ。
そういう訳で八千メートル級の登山に備えて体を休めつつも、危機感を胸にスネイク宜しく警戒心溢れる就寝をしていたのである。
雫は音も無くベッドから降りると、数秒で装備を整えて慎重に部屋の外へ出た。
──キィ、と。小さなドアノブを回す音が鳴り、雫は思わず身構える。
視線の先には、少し離れた部屋の扉が僅かに開き、そこから優花、妙子、奈々がまるでトーテムポールの様に縦に頭を並べて怖々と部屋の外を窺っている光景があった。
「あっ、雫っち!」
雫を発見した奈々が思わずといった様子で名前を呼ぶ。
途端、雫が黒刀の柄に手を掛けて身構えた為、「もしや廊下に不審者が!?」と考えた優花と妙子から「馬鹿!」「不用心!」と怒られながらペシペシと頭をはたかれる。
涙目で「ごめ~ん!」と謝る奈々の様子に良い意味で緊張感を削がれた雫は、大丈夫という意味を込めてパタパタと手を振った。
優花達がソロソロと部屋から出てくるのを尻目に、雫は直ぐに向かいの光輝達の部屋をノックした。
扉は直ぐに開き、光輝が姿を見せた。
部屋の奥には龍太郎もいて、既に起きている様だ。どうやら、先程の大音響で雫と同じく目が覚めたらしい。
「光輝……貴方、もうちょっと警戒しなさいよ。いきなり扉開けるとか……誰何する位手間じゃないでしょ? 不審者だったらどうするの?」
「? 何言ってるんだ、王宮だぞ? 不審者なんている訳無いだろ?」
何の警戒心もなく普通に扉を開けた光輝に眉を潜めて注意する雫に、やはりキョトンとしたままの光輝。破砕音は聞こえていたが、それでもやはり王宮内の安全性というものを疑っていないらしい。そして直ぐ外の廊下に危機があるかもしれないとは考えが浮かばないのは、まだ完全に覚醒していないというのもあるかもしれない。
いずれにしろ、以前から伝えている「何かが起きてる、警戒すべきだ」という雫の忠告は、光輝も龍太郎も「一応警戒するけど、雫の考え過ぎだろう」という結論のまま、余り真剣に受け取っていないのは確かな様だ。
「そんな事より、雫。さっきのは何だ? 何か割れた様な音だったけど……」
「……分からないわ。兎に角、皆を起こして情報を貰いに行きましょう。何だか嫌な予感がするのよ……」
雫はそれだけ言うと、優花達に視線を投げる。それだけで意図を察した優花達は、手分けして他のクラスメイトを起こしに行った。
流石は前線組と言うべきか、重吾や健太郎、浩介、綾子、真央の永山パーティや、檜山、近藤、中野、斎藤の檜山パーティは既に準備を整えており、雫達の呼びかけと同時に廊下へ集まった。淳史や昇、明人達残りの愛ちゃん護衛隊メンバーも呼びに行く前に廊下へと集った。
ただやはりと言うべきか、居残り組のクラスメイト達は未だ眠ったままの者達もいて、文字通り"叩き起こす"必要があったり、破砕音に怯えて部屋から出るのを渋る者達もいて、集合には少し手間取ってしまった。
「皆、寝ていたところを済まない! だが先程、何かが壊れる大きな音が響いたんだ。王宮内は安全だと思うけど、一応何が起きたのか確認する必要がある! 万が一に備えて、一緒に行動しよう!」
不安そうに、或いは突然の睡眠妨害に迷惑そうにしながら廊下に出てきた居残り組に活を入れるべく、光輝が声を張り上げる。
部屋に残って、光輝達がいない間に何かあったら……
そう思った居残り組のクラスメイト達は、光輝の言葉で蒼褪めつつもコクリと頷いた。
と、その時。パタパタと軽い足音が廊下の奥から響いてきた。
何事かと雫達が視線を向けると同時に駆け込んできたのは、雫と懇意にしている専属侍女のニアだった。以前燻っていた優花や淳史達に、雫に頼り過ぎないでほしいと諭した侍女だ。
「ニア!」
「雫様……」
呼びかけられたニアは、どこか覇気に欠ける表情で雫の傍に歩み寄る。
騎士の家系であり自身も剣を嗜むが故に、彼女はいつも凛とした空気を纏っているのだが……いつものその雰囲気に影が差している様な、生気が薄い様な、そんな違和感がある。
友人の様子に眉を寄せる雫だったが、その事を尋ねる前にニアの口から飛び出した情報に度肝を抜かれ、その違和感も吹き飛んでしまった。
「大結界の一つが破られました」
「な……なんですって?」
思わず聞き返した雫に、ニアは淡々と事実を告げる。
「魔人族の侵攻です。大軍が王都近郊に展開されており、彼等の攻撃により大結界が破られました」
「そんな、一体どうやって……」
齎された情報が余りに現実離れしており、流石の雫も冷静さを僅かばかり失って呆然としてしまう。
それは他のクラスメイト達も同じだった様で、ざわざわと喧騒が広がった。
魔人族の大軍が、誰にも見咎められずに王都まで侵攻するなど有り得ない。北大陸でもずっと上の方にあるこの王都まで、【魔国ガーランド】がある南大陸から一体どれだけの領と町、関所を通過しなければならないか。
加えて、大結界が破られるというのも信じ難い話だ。何百年もの間、王都の守りを絶対たらしめてきた守りの要なのだ。
それを聞かされた光輝達が、冷静でいられないのも仕方ない。
「……ニア、破られた大結界は第三障壁だけかい?」
険しい表情をした光輝がニアに尋ねる。
王都を守護する大結界は三枚で構成されており、内から第一、第二、第三障壁と呼び、内側の第一障壁が展開規模も小さい分最も堅牢な障壁となっている。
「はい、光輝様。今のところは、ですが。……第三障壁は一撃で破られました。全て突破されるのも時間の問題かと……」
ニアの回答に頷いた光輝は少し考える素振りを見せた後、自分達の方から討って出ようと提案した。
「俺達で少しでも時間を稼ぐんだ。その間に王都の人達を避難させて、兵団や騎士団が態勢を整えてくれれば……」
光輝の言葉に決然とした表情を見せたのはほんの僅か。前線組と愛ちゃん護衛隊のメンバーだけだった。
他のクラスメイトは目を逸らすだけで、暗い表情をしている。彼等は前線に立つ意欲を失った者達、心が折れたままなのだ。時間稼ぎとはいえ、とてもでないが大軍相手に挑む事など出来ない。
その心情を察した光輝は、仕方ないと目を伏せる。そして、それならば俺達だけでもと号令を掛けようとして、意外な人物──恵里に待ったをかけられた。
「待って、光輝くん。勝手に戦うより、早くメルドさん達と合流するべきだと思う」
「恵里……だけど」
逡巡する光輝から目を逸らして、恵里はニアに尋ねた。
「ニアさん、大軍って……どれ位か分かりますか?」
「……ざっとですが、十万程かと」
その数に、生徒達は息を呑む。ニアの言う通り、確かにそれは"襲撃"ではない。歴とした"侵攻"だ。
「光輝くん、とても私達だけじゃ抑えきれないよ。数には数で対抗しないと。私達は普通の人より強いから、一番必要な時に必要な場所にいるべきだと思う。それには、メルドさん達ときちんと連携をとって動くべきじゃないかな……」
大人しい眼鏡っ子の恵里らしく控えめな言い方ではあるが、彼女とて勇者パーティの一員なのだ。その瞳に宿る光の強さは、光輝達にも決して引けを取らない。そしてその意見も、尤もなものだった。
「うん、鈴もエリリンに賛成かな。さっすが鈴のエリリンだよ! 眼鏡は伊達じゃないね!」
「め、眼鏡は関係ないよぉ鈴ぅ」
「ふふ、私も恵里に賛成するわ。少し冷静さを欠いていたみたい。光輝は?」
パーティの女子三人の意見に、光輝は逡巡する。しかし、普段は大人しく一歩引いて物事を見ている恵里の判断を光輝は結構信頼している事もあり、
「そうだな。こういう時こそ焦って動かず、連携を取るべきだ。メルドさん達と合流しよう」
結局、恵里の言う通りメルド達騎士団や兵団と合流する事にした。重吾や檜山、優花等各パーティのリーダーも否は無い様だ。
光輝達は、出動時における兵や騎士達の集合場所に向けて走り出した。
すぐ傍の三日月の様に裂けた笑みには気づかずに……
光輝達が緊急時に指定されている屋外の集合場所に訪れた時、既にそこには多くの兵士と騎士が整然と並んでいた。
前の壇上ではハイリヒ王国騎士団副長のホセが声高に状況説明を行っているところだった。月光を浴びながら、兵士や騎士達は皆蒼褪めた表情で呆然と立ち尽くし、覇気の無い様子でホセを見つめていた。
士気の低さに思わず足を止めた光輝達だったが、それに気がついたホセが状況説明を中断して声を掛けた。
「……よく来てくれた。状況は理解しているか?」
「はい、ニアから聞きました。えっと、メルドさんは?」
ホセの歓迎の言葉と質問に光輝は頷き、そして姿が見えないメルドを探してキョロキョロしながらその所在を尋ねた。
「団長は、少し、やる事がある。それより、さぁ、我らの中心へ。勇者が我らのリーダーなのだから……」
ホセは、そう言って光輝達を整列する兵士達の中央へ案内した。
居残り組のクラスメイト達が「えっ? 俺達も?」と戸惑った様子を見せたが、無言の兵達が犇めく場所で何か言い出せる筈も無く、流されるままに光輝達について行った。
無言を通し、表情も殆ど変わらない周囲の兵士騎士達の様子に、雫の中の違和感が膨れ上がっていく。それは、起きた時からずっと感じている嫌な予感と相まって、雫の心を騒がせた。無意識の内に、黒刀を握る手に力が入る。
「ねぇ雫、何だか……」
「……分かってる、気を抜かないで。何かおかしいわ」
必死に不安を押し殺している様な表情の優花が小さく呟く。雫は頷きつつも、この状況で拒否出来ないのは居残り組と同じであるが為にそう言うしかなかった。
──何かおかしい。
そう感じているのは他の前線組等も同じ様だ。だが誰もそれを言葉に出来ない。
流されるまま、光輝達は兵士と騎士達の中心へと辿り着いた。
そこでホセが演説を再開した。違和感は尚も膨れ上がる。
「皆、状況は切迫している。しかし、恐れる事は何も無い。我々に敵は無い。我々に敗北は無い。死が我々を襲う事など有りはしないのだ。さぁ、皆、我らが勇者を歓迎しよう。今日、この日の為に我々は存在するのだ。さぁ、剣を取れ」
兵士が、騎士が、一斉に剣を抜刀し掲げる。
その時、「え、あ、ちょっ……」という戸惑う様な声が聞こえた。雫を含め幾人かが其方を見やる。
視線の先では浩介が、抜剣の際のさり気ない動きで重吾達の傍から押し出されていた。
更に「あ、あの?」という声がかかる。同じく優花達が隊列から少し離された。
否、二人だけではない。
いつの間にかするりと生徒達の間に入り込んだ兵士や騎士達によって、幾人かの生徒──特に前線組や愛ちゃん護衛隊の前衛を担う者達が互いに距離を取らされ……
──囲まれている!
雫は総毛立った。本能がけたたましく警鐘を鳴らす。
「皆っ! 逃げ──」
「始まりの狼煙だ。──注視せよッ!」
雫が警告の言葉を伝えるより、ホセが懐から何かを取り出し頭上に掲げる方が速かった。
いきなり怒声じみた声音で注視を促され、更に兵士や騎士達が一斉に視線を其方に向けた為に、思わず誘導されて誰もが注目してしまう。
刹那……
光が爆ぜた。
ホセの持つ何かが閃光弾もかくやという光量の光を放ったのだ。
無防備に注目していた光輝達は其々短い悲鳴を上げながら咄嗟に目を逸らしたり覆ったりするものの、直視してしまった事で一時的に視覚を光に塗り潰されてしまった。
次の瞬間、肉を突き破る生々しい音が無数に鳴り……
「あぐっ?」
「がぁ!」
「ぐふっ!?」
次いで、あちこちからくぐもった悲鳴が上がった。
先程の光に驚いた様な悲鳴ではない、苦痛を感じて意図せず漏れ出た苦悶の声だ。そしてその直後に、ドサドサと人が倒れる音が無数に聞こえ始める。
唯一「ギンッ!」という硬質な音を奏でたのは、雫の持つ黒刀のみ。光に紛れて襲い来た凶刃を、辛うじて弾く事に成功したのである。
目を灼かれたのは同じ。だが研ぎ澄まさていた警戒感が、積み上げてきた鍛錬の成果が、踏み越えて来た経験が、目が見えない状況において襲撃を凌ぐという達人技を可能にしたのだ。
閃光が収まり回復し始めた視力で周囲を見渡した雫が見たのは、刹那に過った最悪の光景そのまま。
クラスメイト達が全員、背後から兵士や騎士達の剣に貫かれた挙句、地面に組み伏せられているという光景だった。
「な、こんな……」
想像は出来ていても、まさかという思いは直ぐには消えない。何が起きているのか。何故こんな事を。雫は声を詰まらせた。
友人達の呻き声が、苦悶の声が耳を突く。非現実的な光景に、思考が停止しかける。
まさか、今ので死んだ仲間がいるのではと最悪の想像が過ったが、光輝も龍太郎も鈴も、そして優花達も血に塗れた悲惨な状態ではあるが辛うじて生きている様だ。
その事に僅かに安心しながらも、最初に分断された前衛組は特に負傷の度合いが酷い様で、全く予断を許さない状況に冷や汗が噴き出た。
龍太郎や重吾もそうだが、特に浩介が酷い。背中だけでなく四肢の全てに短剣が突き立っており、痛みのせいか痙攣している。
その上で他のクラスメイト達も含めて、更に魔力封じの枷までつけられていく。これでは回復魔術を使う事も出来ない。
どうすればと焦燥を募らせる雫が周囲の兵士や騎士達に視線を巡らせる中、不意に奇妙な光景が飛び込んできた。
「あらら~、流石というべきかな? ……ねぇ、雫?」
「……ぇ、えっ? な、何でっ……何を言って──ッ!?」
そう。クラスメイト達が瀕死状態で倒れ伏す中たった一人だけ。傷一つ負わず、組み伏せられる事も無く。平然と立っている生徒がいたのだ。
その生徒は普段とはまるで異なる、どこか粘着質な声音で雫に話しかける。余りに雰囲気が変わっている為、雫は言葉を詰まらせた。投げかけた疑問の声は、半ば反射的なものだ。
直後、再び雫の背後から一人の騎士が剣を突き出してきた。
「くっ!?」
よく知る相手の豹変に動揺しつつもやはり辛うじて躱す雫に、その生徒は呆れた様な視線を向ける。
「これも避けるとか……ホント、雫って面倒だよね?」
「何を言って──ッ!」
更に激しく、そして他の兵士や騎士も加わり突き出される剣の嵐。その鋭さは尋常ではない。或いは、普段よりも強力かもしれない。
雫はそれらも全て凌ぐが、突然自分の名が叫ばれてそちらに視線を向ける。
「雫様! 助けて……」
「ニア!」
そこには騎士に押し倒され、馬乗りの状態から今正に剣を突き立てられようとしているニアの姿があった。
雫は咄嗟に"無拍子"からの"縮地"で振り下ろされる剣撃を掻い潜り一瞬でニアの下へ到達すると、彼女に馬乗りになっている騎士に鞘を叩きつけてニアの上から吹き飛ばした。
「ニア、無事?」
「雫様……」
倒れ込んでいるニアを支え起こしながら、周囲に警戒の眼差しを向ける雫。そんな雫の名を、ニアはポツリと呟き両手を回して縋りつく。
そして……
──雫の背中に懐剣を突き立てた。
「っ!? ニ、ニア? ど、どうして……」
「……」
背中に奔る激痛に顔を歪めながら信じられないといった表情で、雫は自分に抱きつくニアを見下ろした。
ニアは普段の親しみの籠った眼差しも快活な表情も無く、ただ無表情に雫を見返すだけだった。
雫は、そこで漸く気がついた。
最初は、ニアの様子がおかしい原因は王都侵攻のせいだろうと思っていた。だが、そうではなかったのだ。
"虚ろな"彼女の瞳──それは、周囲を取り囲む兵士や騎士達と全く同じもの。
ニアもまた、彼等と同じ異常に囚われていたのだ。
友人の異常に気が付くも、行動を起こすには致命的に遅い。ニアはそのまま雫の腕を取って捻りあげると地面に組み伏せて拘束し、他の生徒達にしているのと同じ様に魔力封じの枷を付けてしまった。
「アハハハッ! 流石の雫でも、まさかその子に刺されるとは思わなかった? うんうん、そうだろうね? だから態々、直前まで待ってから用意したんだし?」
背中に感じる灼熱の痛みと、頬に感じる地面の冷たさに歯を食いしばりながら、雫はニアの異常も、他の正気でない兵士や騎士達も、その生徒達が原因なのだと悟る。
認めたくない。
認めたくないが、この惨状を作り出したのは──
今も、普段では考えられないニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべている、戦友にして親友。
「どう、いう事…なのっ──恵里ッ!」
そう、その人物は、控えめで大人しく、気配り上手で心優しい、雫達と苦楽を共にしてきた大切な仲間の一人。
──中村恵里その人だった。
直ぐには死なない様な場所を狙われたのだろう。重傷を負いながらも、苦悶の表情を浮かべて生きながらえている光輝達は、恵里を呆然とした表情で見つめている。
傍を通っていながら兵士や騎士達の誰一人として襲い掛からない事や、直立不動で佇んでいる事が、彼等が恵里の支配下にいる事を如実に示していた。
倒れ伏す重吾達や出血多量で朦朧としている浩介、目を見開いている優花達を愉悦たっぷりの眼差しで見下ろしながら、現実を教え込むかの如くゆっくりと、コツコツと足音を鳴らして進んでいく恵里。
雫の途切れがちな質問には答えずに、光輝の方へ歩み寄った。
そして眼鏡を外し、光輝の首に嵌められた魔力封じの一つである首輪をグイっと引っ張ると艶然と微笑む。
「え、恵里、っ……一体、ぐっ…どうしたんだ……っ!?」
雫や香織、龍太郎程では無いが、極々親しい友人で仲間の一人である恵里の余りの雰囲気の違いに、光輝は体を貫く剣の痛みに堪えながら必死に疑問をぶつける。
だが、恵里はどこか熱に浮かされた様な表情で光輝の質問を無視する。そして、
「アハ、光輝くん、つ~かま~えた~」
「んむぅ!?」
そんな事を言いながら、光輝の唇に自分のそれを重ねた。
妙な静寂が辺りを包む中、ぴちゃぴちゃと生々しい音がやけに明瞭に響く。恵里は、まるで長年溜め込んでいたものを全て吐き出すかの様に夢中で光輝を貪った。
光輝は訳が分からず必死に振り解こうとするが、数人がかりで押さえつけられている上に、魔力封じの枷を首輪以外にも他の生徒達同様に手足にも付けられており、また体を貫く剣のせいで力が入らず為すがままだった。
やがて満足したのか、恵里が銀色の糸を弾きながら唇を離す。そして目を細め恍惚とした表情で舌舐りすると徐に立ち上がり、倒れ伏して血を流す生徒達を睥睨した。
苦悶の表情や呆然とした表情が並んでいる。そんな光景に満足気に頷くと、最後に雫に視線を定めて笑みを浮かべた。
「とまぁ、こういう事だよ。雫」
「っ…どういう事よ…こふっ…」
訳が分からないといった表情で恵里を睨みながら吐血する雫に、恵里は「物分りが悪いなぁ」と言いたげな表情で頭を振ると、まるで幼子にものの道理を教える様に語り出した。
「うーん、分からないかなぁ? 僕はね、ずっと光輝くんが欲しかったんだ。だから、その為に必要な事をした。それだけの事だよ?」
「……光輝が好きならっ……告白でもすれば、よかったでしょう!? こんな事……」
雫の反論に、恵里は一瞬無表情になる。しかし、直ぐにニヤついた笑みに戻ると再び語り出した。
「ダメだよ、ダメ、ダ~メ。告白なんてダメ。光輝くんは優しいから特別を作れないんだ。周りに何の価値も無いゴミしかいなくても、優しすぎて放っておけないんだ。だから、僕だけの光輝くんにする為には、僕が頑張ってゴミ掃除をしないといけないんだよ」
そんな事もわからないの? と小馬鹿にする様にやれやれと肩を竦める恵里。
ゴミ呼ばわりされても、余りの豹変ぶりに驚きすぎて怒りも湧いてこない。一人称まで変わっており、正直雫には目の前にいる少女が初対面にしか見えなかった。
「ふふ、異世界に来れてよかったよ。日本じゃ、ゴミ掃除するのは本当に大変だし、住みにくいったらなかったよ。勿論、このまま戦争に勝って日本に帰るなんて認めない。光輝くんは、ここで僕と二人、ず~とずぅ~~と暮らすんだから」
クスクスと笑いながらそう語る恵里に、雫はまさかと思いながら、ふと頭を過った推測を口から溢す。
「まさか……っ、大結界が簡単に……破られたのは……」
「アハハ、気がついた? そう、僕だよ。彼等を使って大結界のアーティファクトを壊してもらったんだ」
雫の最悪の推測は当たっていたらしい。
魔人族が王都近郊まで侵攻出来た理由までは思い至らなかったが、大結界が簡単に破られたのは恵里の仕業だった様だ。恵里の視線が、彼女の傍らに幽鬼の様に佇む騎士や兵士達を面白げに見ている事から、彼等にやらせたのだろう。
「普通に君達を殺しちゃったら、もう王国にいられないでしょ? だからね、魔人族とコンタクトをとって、王都への手引きと異世界人の殺害、お人形にした騎士団の献上を取引材料に、僕と光輝くんだけ放っておいてもらう事にしたんだぁ」
「馬鹿な…魔人族と連絡なんて…」
光輝がキスの衝撃からどうにか持ち直し、信じられないと言った表情で呟く。
恵里は自分達とずっと一緒に王宮で鍛錬していたのだ。大結界の中に魔人族が入れない以上、コンタクトを取る事など不可能だと恵里を信じたい気持ちから拙い反論をする。
しかし、恵里はそんな希望をあっさり打ち砕く。
「そこはまぁ、偶然に助けられたって感じ? 【オルクス大迷宮】で襲ってきた魔人族の女。帰り際にちょちょいと、降霊術でね? 試してみたら何も呼べないの。おかしいなぁ、って思ってたら予想通り、仲間の魔人族が回収に来てね。流石に肝が冷えたけどね。何とか殺されないように迎合しようと下手に出たらなんとかなったよ。いやー、よかったよかった」
恵里の話を聞き、彼女の降霊術を思い出して雫が唯でさえ血の気を失って青白い顔を更に蒼褪めさせた。
降霊術は、
「彼等の…様子が、おかしいのは……」
「もっちろん降霊術だよ~。もうとっくに、みんな死んでま~す。アハハハハハハ!」
雫は齎された非情な解答にギリッと歯を食いしばり、必死の反論をした。
「…嘘よ…降霊術じゃあ…受け答えなんて……出来る筈…無い!」
「そこはホラ、僕の実力? 降霊術に、生前の記憶と思考パターンを付加してある程度だけど受け答えが出来る様にしたんだよ。僕流オリジナル降霊術"縛魂"ってところかな?」
本来降霊術とは、残留思念に作用してそこから死者の生前の意思を汲み取ったり、残留思念を魔力でコーティングして実体を持たせた上で術者の意のままに動かしたり、或いは遺体に憑依させて動かしたり出来る術である。
その性能は当然生前に比べれば劣化するし、思考能力など持たないので術者が指示しないと動かない。勿論「攻撃し続けろ」等と継続性のある命令をすれば細かな指示が無くとも動き続ける事は可能だ。
つまりニアやホセが普通に雫達と会話していた様な事は、思考能力が無い以上降霊術では不可能な筈なのだ。それを違和感を覚える程度で実現できたのは、恵里の言う"縛魂"という術が魂魄から対象の記憶や思考パターンを抜き取り遺体に付加できる術だからである。
これは、言ってみれば魂への干渉だ。即ち恵里は、末端も末端ではあるが自力で神代魔術の領域に手をかけたのである。
この世界基準なら正にチート。降霊術が苦手などとよく言ったもので、その研鑽と天才級の才能は驚愕に値するものだ。或いは、凄まじいまでの妄執が原動力なのかもしれない。
尚、恵里が即座にクラスメイト達を殺さないのは、この"縛魂"が死亡直後に一人ずつにしか使用できないからである。
とは言え、これだけの兵士や騎士達を殺害し傀儡とするには相当の時間が必要な筈で、その間上の人間が何も気が付かなかったとは考え難い。
嫌な予感が雫の脳裏を過る。
「……まさか、愛ちゃんやリリィも……」
「ん? あぁ、それは別件だよ。僕は関知してないね」
"恵里の暗躍に気付いたから消されたのでは"。そう思った雫だったが、恵里の様子からすると本当に関知していないらしいと分かり、少し安堵の息を吐く。
すると恵里が嫌らしい笑みを浮かべて、
「安心するのは早いんじゃないかなぁ?」
「え?」
「だって、愛ちゃんを連れて行った人って、相当やばいよぉ? 何せ僕の計画を知って協力してくれた上に、たった一人でこの国の中枢を支配下に置いちゃった人だからねぇ。……思い当たる事無いかなぁ? ほら、大分様子の変わった王様とか、側近さん達とか?」
「──っ!?」
息を呑んだのは雫だけではない。ここ数日、愛子を探し回って上層部と何度も関わってきた優花達も愕然とした表情を見せている。
確かに上層部の言動はどこかおかしかった。
だがまさか、この国の中枢が既に堕とされているなど誰が思おうか。
「僕もね、計画がバレてた時は驚いたよ。一瞬色々覚悟も決めたしね」
ホント焦ったよぉ~と、掻いてもいない汗を拭うふりをする恵里。恐らくその過程にも色々あったのだろうが、そんな事はおくびにも出さない。
そんな彼女だからこそ、ある意味でその存在の強大さを信用しているからこそ考えもしないのだろう。
その愛子を連れて行った彼女が、負ける事を。
愛子を取り返しに来た侵入者を退けるどころかお遊び感覚で弄ばれ、剰え脇腹を抉られている事を。
「彼女のお陰で、面倒な手順を一気に飛ばして計画を早める事が出来たんだ。正に、天が僕の味方をしている! 祝福してくれていると言えるね! くふふ、大丈夫だよ皆! 皆の死は無駄にしないから! ちゃ~んと再利用して、魔人族の人達に使ってもらえる様にするからね!」
恵里は踊る。弄んだ死者と、倒れ伏す仲間だった筈のクラスメイト達の狭間で。
それこそ、祝福を受けているのだと本気で信じているかの様に。両手を広げてケラケラと笑いながら、くるくるくるくると踊り狂う。
そんな中、恵里が本気だと理解した光輝が必死の形相で声を張り上げた。
「ぐっ、止めるんだ……恵里! そんな事をすれば、俺はっ!」
「僕を許さない? アハハ、そう言うと思ったよ。光輝くんは優しいからね。それに、ゴミは掃除しても幾らでも出てくるし……だから、光輝くんもちゃんと"縛魂"して、僕だけの光輝くんにしてあげるからね? 他の誰も見ない、僕だけを見つめて、僕の望んだ通りの言葉をくれる! 僕だけの光輝くん! あぁ、あぁ! 想像するだけでイってしまいそうだよ!」
恍惚とした表情で自分を抱きしめながら身悶える恵里。そこに、穏やかで気配り上手な図書委員の女の子の面影は皆無だった。
誰もが確信した。彼女は狂っていると。
"縛魂"は通常の降霊術よりも死者の使い勝手を良くしただけで、術者の傀儡・人形である事に変わりはない。それが分かっていて、尚そんな光輝を望むなど正気とは思えなかった。
「嘘だ……嘘だよ! っ……エリリンが、恵里が……っ……こんな事する訳無い! ……きっと、うぐっ、何か……そう、操られているだけなんだよ! ……目を覚まして、恵里!」
恵里の親友である鈴が痛みに表情を歪め、苦痛に喘ぎながらも声を張り上げた。その手は恵里の下へ行こうとでもしているかの様に、地面をガリガリと引っ掻いている。
恵里は鈴の自分を信じる言葉とその真っ直ぐな眼差しに、ニッコリと笑みを向けた。そして徐に、一番近くに倒れていた近藤の下へ歩み寄る。
近藤は嫌な予感でも感じたのか、「ひっ」と悲鳴をあげて少しでも近づいてくる恵里から離れようとした。当然完璧に組み伏せられ、魔力も枷で封じられているので身動ぎする程度の事しか出来ない。
近藤の傍に歩み寄った恵里は、何をされるのか察して恐怖に震える近藤に再び、ニッコリと笑みを向けた。光輝達が、「よせぇ!」「やめろぉ!」と制止の声を上げる。
「や、やめっ!? がぁ、あ、あぐぁ…」
近藤のくぐもった悲鳴が上がる。近藤の背中には心臓の位置に再び剣が突き立てられていた。
拘束の為の一撃ではない。完全な致命の一撃。
「礼一ぃ! ぐあっ!?」
「くそっ、中村ァッ! てめぇっ、ガハっ!?」
中野と斎藤の怒声が木霊した。だが直ぐに騎士達の拘束を一層強く受け、苦悶の声を上げる。誰も、何も出来ない。
ほんの少しの間、強靭なステータス故のしぶとさを見せて藻掻いていた近藤だが、やがてその動きを弱々しいものに変えていき、そして……動かなくなった。
恵里は、その近藤に手を翳すと今まで誰も聞いた事の無い詠唱を呟く様に唱える。詠唱が完了し"縛魂"の魔術名を唱え終わった時、半透明の近藤が現れ自身の遺体に重なる様に溶け込んでいった。
直後、今まで近藤を拘束していた騎士が立ち上がり一歩下がる。
光輝達が固唾を呑む中、心臓を破壊され死亡した筈の近藤はゆっくりのその身を起こし、周囲の兵士や騎士達同様に幽鬼の様な表情で立ち上がった。
「は~い、お人形一体出来上がり~」
無言無表情で立ち尽くす近藤を呆然と見つめるクラスメイト達の間に、恵里の明るい声が響く。たった今人一人を殺した挙句、その死すら弄んだ者とは思えない声音だ。
「え、恵里……なんで……」
ショックを受けた様に愕然とした表情で疑問を溢す鈴に、恵里は追い打ちとも言える最悪の語りを聞かせる。
「ねぇ、鈴? ありがとね? 日本でもこっちでも、光輝くんの傍にいるのに君はとっても便利だったよ?」
「……え?」
「参るよね? 光輝くんの傍にいるのは雫と香織って空気が蔓延しちゃってさ。不用意に近づくと、他の女共に目付けられちゃうし……向こうじゃ何の力も無かったから、嵌めたり自滅させたりするのは時間かかるんだよ。その点、鈴の存在はありがたかったよ。馬鹿丸出しで何しても微笑ましく思ってもらえるもんね? 光輝くん達の輪に入っても誰も咎めないもの。だから、"谷口鈴の親友"っていうポジションは、ホントに便利だったよ。おかげで、向こうでも自然と光輝くんの傍に居られたし、異世界に来ても同じパーティーにも入れたし……うん、ほ~んと鈴って便利だった! だから、ありがと!」
「……あ、う、あ……」
衝撃的な恵里の告白に、鈴の中で何かがガラガラと崩れる音が響いた。親友と築いてきたあらゆるものが、ずっと信じて来たものが、幻想だったと思い知らされた鈴。その瞳から現実逃避でもする様に光が消える。
「恵里っ! あなたはっ!」
あまりの仕打ち、雫が怒声を上げる。傀儡と化したニアが必死に藻掻く雫の髪を掴んで地面に叩きつける。
しかしそれがどうしたと言わんばかりに、雫の瞳は怒りで燃え上がっていた。
「ふふ。怒ってるね? 雫のその表情、すごくいいよ。僕ね、君の事大っ嫌いだったんだ。光輝くんの傍にいるのが当然みたいな顔も、自分が苦労してやっているっていう上から目線も、全部気に食わなかった。だからね、君には特別に、とっても素敵な役目をあげる」
「っ…役目……ですって?」
「くふっ、ねぇ? 久しぶりに再会した親友に、殺されるってどんな気持ちになるのかな?」
その一言で、恵里が何をしようとしているのか察した雫の瞳が大きく見開かれる。
「…まさか、香織をっ!?」
よく出来ました! とでも言う様に、恵里はパチパチと手を鳴らし、口元にニヤついた笑みを貼り付けた。
恵里は傀儡にした雫を使って、香織を殺害しようとしているのだ。
「常磐が持っていくなら放置でも良かったんだけど……あの子をお人形にして好きにしたい! って人がいてね~。色々手伝ってもらったし、報酬にあげようかなって。僕、約束は守る性質だからね! いい女でしょ?」
「ふ、ふざけっ! ごふっ…あぐぅあ!?」
怒りのままに自ら傷口を広げてでも動こうとする雫に、ニアが更に剣を突き刺した。
「アハ、苦しい? 痛い? 僕は優しいからね。今すぐ、楽にして上げる……」
今度は雫の番だという様に、ニヤニヤと笑みを浮かべながら歩み寄る恵里。雫が近藤と同じ様に殺されて傀儡にされる光景を幻視したのか光輝達が必死の抵抗を試みる。
「やめろっ、やめてくれっ! 恵里!」
特に光輝の抵抗は激しく、必死に制止の声を張り上げながら、合計五つも付けられた魔力封じの枷に亀裂を入れ始めた。"限界突破"の"覇潰"でも使おうというのか、凄まじい圧力がその体から溢れ出している。
しかし、脳のリミッターが外れ生前とは比べものにならない程の膂力を発揮する騎士達と関節を利用した完璧な拘束により、どうあっても直ぐには振り解けない。光輝の表情に絶望が過った。
雫は出血の為朦朧としてきた意識を必死に繋ぎ留め、せめて最後まで眼だけは逸らしてやるものかと恵里を激烈な怒りを宿した眼で睨み続けた。
それをやはりニヤついた笑みで見下ろす恵里は、最後は自分で引導を渡したかったのか、近くの騎士から剣を受け取りそれを振りかぶった。
「じゃあね? 雫。君との友達ごっこは反吐が出そうだったよ?」
雫は恵里を睨みながらも、その心の内は親友へと向けていた。
届く筈が無いと知りながら、それでもこれから起こるかもしれない悲劇を思って、世界の何処かを旅している筈の親友に祈りを捧げる。
(ごめんなさい、香織。次に会った時はどうか私を信用しないで……生き残って……幸せになって……)
逆手に持たれた騎士剣が月の光を反射しキラリと光った。
そして、吸血鬼に白木の杭を打ち込むが如く、鋭い切っ先が雫の心臓を目指して一気に振り下ろされた。
迫る凶刃を見つめながら、雫は尚祈る。
どうか親友が生き残れます様に。
どうか幸せになります様に。
私は先に逝くけれど、死んだ私は貴女を傷つけてしまうだろうけど、貴女の傍には彼がいるからきっと大丈夫。
強く生きて、愛しい人と幸せに……どうか……
色褪せ全てが遅くなった世界で、雫の脳裏に今までの全てが一瞬で過ぎっていく。「あぁ、これが走馬灯なのね……」と、最期にそんな事を思う雫に突き下ろされた凶刃は、彼女の命を…………
────奪わなかった。
「え?」
「え?」
雫と恵里の声が重なる。
恵里が突き下ろした騎士剣は、掌位の大きさの輝く障壁に止められていた。何が起きたのかと呆然とする二人に、ここにいる筈の無い者の声が響く。酷く切羽詰まった、焦燥に満ちた声だ。
雫が、その幸せを願った相手──親友の声だ。
「雫ちゃん!」
その声と共に、いつの間にか展開されていた十枚の輝く障壁が雫を守る様に取り囲んだ。そしてその内の数枚がニアと恵里の眼前に移動しカッ! と光を爆ぜた。
バリアバースト擬きとでも言うべきか、障壁に内包された魔力を敢えて暴発させて光と障壁の残骸を撒き散らす技だ。
「ッ!?」
咄嗟に両腕で顔を庇った恵里だが、その閃光に怯んでバランスを崩した瞬間に砕け散った障壁の残骸に打ち付けられて後方へと吹き飛ばされた。
雫を抑えていたニアも同様に後方へとひっくり返る。直ぐ様起き上がって雫を拘束しようとするものの……
「──"縛煌鎖"ッ!」
直後光の縄が地面から伸び一瞬で縛り付けられてしまった。
雫が突然の事態に唖然としつつも、自分の名を呼ぶ声の方へ顔を向ける。
そして周囲を包囲する騎士達の隙間から、ここにいる筈の無い親友の姿を捉えた。
夢幻ではない。確かに、そこにいた。
親友が──香織が泣きそうな表情で雫を見つめていた。きっと雫達の惨状と、ギリギリで間に合った事への安堵で涙腺が緩んでしまったのだろう。
「か、香織……」
「雫ちゃん! 待ってて! 直ぐに助けるから!」
香織は広場の入口から、兵士達に囲まれる雫達へ必死に声を張り上げた。そして急いで全体回復魔術を詠唱し始める。光系最上級回復魔術"聖典"だ。クラスメイト達の状態と周囲を状況から一気に全員を癒す必要があると判断したのだ。
「ッ!? な・ん・でぇ、君がここにいるのかなぁ!? 君達はホントに僕の邪魔ばかりするねぇ!」
恵里が狂気を孕んだ表情で、周囲の騎士達に命令を下す。香織の詠唱を止める為、騎士達が一斉に香織へと襲いかかった。
しかし彼等の振るった騎士剣は光の障壁に阻まれ、香織を傷つける事は叶わない。
「皆さん! 一体、どうしたのですか! 正気に戻って! 恵里! これは一体どういう事です!?」
最上級回復魔術を唱える香織を守ったのは、香織のすぐ後ろにいたリリアーナだった。自分と香織を包む様に球状の障壁が二人を守る。
リリアーナは騎士や兵士達が光輝達を殺そうとしている状況や、まるで彼等の主の様に振舞う恵里に酷く混乱していた。障壁を張りながら、恵里に説明を求めて声を張り上げる。しかし、恵里はまるで取り合わない。
リリアーナはこの世界の術師として、相当優秀な部類に入る。
モットーの隊商を全て覆い尽くす障壁を張り、賊四十人以上の攻撃を凌ぎ切れる程度には。なので、たとえ騎士達がリミッターの外れた猛烈な攻撃を行ったところで、香織の詠唱が完了する迄持ち堪える事は十分に可能だった。
そしてそれを理解しているせいか、若干恵里の表情に焦りの色が見える。
「チッ。仕方ない、かな?」
その焦り故か、恵里はクラスメイト達へ奔る。傀儡化を諦めて、癒される前に殺してしまおうと決断したのだろう。
その時突如、リリアーナの目の前で障壁に騎士剣を振るっていた騎士の一人が首を落とされて崩れ落ちた。
その倒れた騎士の後ろから姿を見せたのは──檜山大介だった。
「白崎! リリアーナ姫! 無事か!」
「檜山さん!? あなたこそ、そんな酷い怪我で!?」
リリアーナが檜山の様子を見て顔を蒼褪めさせる。詠唱を途切れさせてはいないが、香織もまた驚愕に目を見開いていた。
それもその筈、檜山の胸元は夥しい血で染りきっていたのだから。どうみても、無理をして拘束を抜け出して来たという様子だ。
ぐらりとよろめき障壁に手をついて息も絶え絶えといった様子の檜山に、リリアーナは慌てて障壁の一部を解いて檜山を中に入れた。ドサリと倒れこむ檜山。しかしその瞬間、雫の焦燥に満ちた叫びが響き渡る。
「ダメよ! 彼から離れてぇ!」
血を吐きながらの必死の警告。
雫は気がついたのだ。何故、光輝すら抜け出せない拘束を檜山だけ抜け出せたのか、恵里が言っていた香織を欲する人間が誰なのか……
リリアーナの障壁が香織の詠唱完了まで保つ事は明らかだ。にも拘らず、敢えて助けに行ったふりをした理由は……
「きゃぁっ!?」
「ぁ───」
雫の警告は間に合わなかった。
リリアーナの障壁が解けそこに広がった光景は、殴り飛ばされて地面に横たわるリリアーナの姿と、背後から抱き締められる様にして胸から刃を突き出す香織の姿だった。
「香織ぃいいいいーーっ!!」
雫の絶叫が響き渡る。
檜山は瞳に狂気を宿しながら、香織を背後から抱き締めて首筋に顔を埋めている。片手は当然、背中から香織の心臓を貫く剣を握っていた。
檜山は、最初から怪我などしていなかったのだ。勇者である光輝の土壇場での爆発力や不測の事態に備えてやられたふりをして待機していたのである。
そして香織達の登場に驚きつつも、このままでは光輝達を回復されてしまうと判断し、一芝居打ったのだ。
「ひひっ、やっと、やっと手に入った。……やっぱり、常磐より俺の方がいいよな? そうだよな? なぁ、しらさ…いや、香織? なぁ? ぎひっ、おい、中村ァ、さっさとしろよぉ。契約だろうがぁ」
恵里が、檜山の言葉に肩を竦める。そして、香織に"縛魂"する為歩き出した。
──直後、絶叫が響き渡る。
「がぁああああ! お前らァーー!!」
光輝だ。怒髪天を衝くといった様子で、体をギシギシと軋ませて必死に拘束を解こうとする。香織が殺されたと思った様で、半ば、我を失っている様だ。
五つも付けた魔力封じの枷がますます亀裂を大きくしていく。途轍もない膂力だ。しかし、それでも枷と騎士達の拘束を解くにはまだ足りない。
と、その様子を冷めた目で見ていた檜山の耳にボソボソと呟く声が聞こえてきた。見れば、何と香織が致命傷を負いながら何かを呟いているのだ。
檜山は、それが気になって口元に耳を近づける。
そして、聞こえてきたのは……
「────ここ……に、聖母……はっ……微笑……、む──"聖……典"……ッ」
致命傷を負ってなお、完成させた最上級魔術の詠唱。香織の意地の魔術行使。檜山の瞳が驚愕に見開かれる。
香織にも、自分が致命傷を負ったという自覚がある筈だ。にも拘らず、最後の数瞬に行ったのは、泣く事でも嘆く事でも、まして愛しい誰かの名前を呼ぶ事でもなく──戦う事だった。
香織は思ったのだ。
彼は、自分が惚れた彼は、どんな状況でもどんな存在が相手でも決して行動を止めなかった。ならば、彼の隣に立ちたいと願う自分が無様を晒す訳にはいかないと。そして、殆ど意識も無く、ただ強靭な想いだけで唱えきった魔術は、香織の命と引き換えに確かに発動した。
香織を中心に光の波紋が広がる。
それは瞬く間に広場を駆け抜け、傷ついた者達に強力な癒しを齎した。突き刺さされた剣が癒しの光に押されて抜け落ちていく。どういう作用が働いたのか、傀儡兵達の動きも鈍くなった。
当然、癒しの光は香織自身も効果に含め、その傷を治そうとするが、香織が受けたのは他の者達と異なり急所への一撃。しかも、傷が塞がろうとすると檜山が半狂乱で傷を抉るので香織が癒される事は無かった。それは香織に、より確実な死を齎す。
だがそれでも香織は、魔王を慕う少女は──最期の最後まで半ば条件反射の様に足掻いてみせた。
徐々に熱を失っていくその体で、香織は無意識に背後の檜山に向かって肘をぶつけた。
それは肘打ちというにはあまりに力の籠っていない、ただ触れるだけの行動。
「うぐぉあッッッ!!?!?」
だがその一撃は、確かな衝撃と共に檜山を壁に叩きつけた。
香織の体は、ほんの微かにだが──黄金の輝きに包まれていた。
紛れも無い、"波紋"の輝き。
ソウゴに習い始めたばかりの、最も適正があると言われたシアですら実戦では使えない未だ初心者とすら呼べない粗末なもの。
だが香織は、死の瀬戸際というタイミングで確かに"
だがその"波紋"の輝きが心臓を修復するより、香織の命の灯が消える方が早かった。
香織の体は、糸の切れた人形の様に倒れ込み……動く事は無かった。
「あぁああああ!!」
光輝の絶叫が迸る。
癒された体が十全の力を発揮し、ただでさえ亀裂が入って脆くなっていた枷をまとめて破壊した。
同時に、その体から彼の激しい怒りを表す様に純白の光が一気に噴き上がる。激しい光の奔流は、光輝を中心に纏まり彼の能力を五倍に引き上げた。
"限界突破"の最終派生"覇潰"である。
「お前ら……絶対に許さない!」
光輝を取り押さえようとした騎士達だったが、光輝は自分を突き刺していた騎士剣を奪い取るとそれを無造作に振るい、それだけで傀儡兵達を簡単に両断していった。
気にした様子も無く手を突き出し聖剣を呼ぶと、拘束された際に奪われていた聖剣がくるくると空中を回転しながら飛び光輝の手の中に収まった。
「拘束しろ」
恵里が無表情で、傀儡兵達を殺到させるが光輝はその尽くを両断した。
「邪魔だっ──"天翔閃"ッ!」
だが、光輝はその悉くを両断した。
人殺しへの忌避感は克服できていない。しかし今は、激しい怒りで半ば我を失っている事と、相手は既に死んでいるという認識から躊躇い無く剣を振るう事が出来ている様だ。
その我武者羅の剣撃と、飛び出した光の刃が運良く数人の生徒を拘束から解放した。
その内の一人が、待っていたと言わんばかりに飛び出す。
解放された生徒達──龍太郎、淳史、優花に再び兵士達の魔手が伸びる中、その駆け出した一人には誰も見向きもしない。
当然だろう。魔力が封じられている事なんて関係無い。先天性の隠形能力を有する浩介から一度でも目を離してしまえば、彼は容易く意識の埒外へと去ってしまうのだから。
「っ、玉井! 園部! 受け取れっ!!」
再び拘束される前に、偶然近くに落ちていた淳史と優花のアーティファクトを投げ渡す。
二人共浩介の呼びかけに気が付いていなかったものの、自分のアーティファクトが足下に突き刺さったお陰でその存在に気が付いた。
「玉井お願い! 手ぇ斬らないでよ!」
「そんなヘマするかっ!」
魔力封じの枷が付けられた手首を差し出す優花へ、淳史は躊躇い無く曲刀を振り下ろす。流石は曲刀師の天職持ちと言うべきか、寸分の狂いも無く淳史の曲刀は枷のみを切り裂いた。
魔力を使える様になった優花は、直ちにアーティファクトの能力を発動させる。
一本でも手元にある限り、何度でも放った他のナイフを呼び戻せる能力だ。
投擲用ナイフ自体には大した力は無くとも、この呼び戻しの能力は強力だ。
優花の狙い通り、進路上にいた妙子や奈々を拘束している騎士達を吹き飛ばしながら戻って来る。
その間に、淳史も昇と明人を解放する事に成功した。
「鈴、結界だ! アイツ等を守れ!」
優花や淳史、そして浩介が次々と生徒を解放し、動ける様になった重吾等前衛系の天職持ちが居残り組の生徒達をも解放する中、龍太郎の怒声が響いた。
居残り組の生徒達は解放されても怯えて蹲るだけで、非常に危険な状態だったのだ。
と言うのも、こうなっては最早傀儡にする事は面倒だと思ったのか、兵士や騎士達の攻撃には明らかに拘束する意図が見られなくなったのである。
それ故に、枷を外す事に成功した鈴に結界を張って守ってもらいたかったのだが……
「……ぁ、ぇ?」
それを受けた鈴は、焦点の定まらない瞳と呆けた表情で只々立ち尽くしていた。
「鈴ッ!」
「あ、ご……ごめんなさい」
いつもの快活な姿はどこへ行ったのか。龍太郎の呼びかけに答えるだけで精一杯といった様子で、明らかに戦える状態ではなくなっていた。
内心で鈴をそんな状態にした恵里に怨嗟の言葉を吐きながら、龍太郎は鈴を抱き抱えると居残り組の中に放り込んだ。
まだ枷を外せていない後衛系の天職持ちも、現状では戦えない。
それを分かっているから、自然と重吾や淳史、優花を筆頭に居残り組や後衛を守る様にして円陣が組まれていく。その輪に龍太郎も加わる。
仲間を守る為の戦いだ。必死に凌ぐが、どれだけ倒しても傀儡兵は際限無く溢れ出てくる。一体どれだけの数の兵士や騎士を手にかけたというのか。
「クソッたれッ!」
「落ち着け坂上っ!!」
心乱す龍太郎に、重吾が怒声を張り上げる。二人は文字通りの肉壁だ。その強靭な肉体を防壁として敵の攻勢を抑えなければ、優花達だけでは押し切られる。
故に、龍太郎に飛び出される訳にはいかないのだ。
たとえ龍太郎の目が、既に事切れた香織を見て悲痛に歪んでいても。
「どいてっ、どいてよ! ……香織ぃぃ!!」
雫もまた、泣きそうな表情で必死に香織の下へ駆けつけようとしていた。だが、傀儡兵達からの怒涛の攻撃が雫の足を止めてしまう。乱れた心で振るわれる刀は敵を打倒出来ず、焦りと絶望ばかりが募りそれがまた剣を鈍らせる悪循環。
その時。遂に光輝が力押しで強引に傀儡兵達の包囲網に穴を開けた。光輝は怒りの形相で恵里と檜山を睨みつけ、光の奔流を纏いながら一気に襲いかかった。
「恵里ッ!」
「…………フフ」
だがそこで、恵里は何と自分の首筋を敢えて晒した。
「なっ──!?」
その途端、光輝の剣は止まってしまった。
「やっぱり! 正義の味方の光輝くんは、僕の事は殺せないよねぇ?」
これが光輝の弱点。要は半端なのだ。
助ける、殺す、止める、説得する。どれを選ぶにしろ、そこには明確な決意と覚悟が必要だ。
だが、光輝にはそれが無い。与えられた情報を元に、その場その場で都合のいい解釈をする。だから普段は自分の正しさを疑わないのに、一番大事な時に迷ってしまう。
先程まで操られた傀儡兵達は容赦無く両断出来ていたのに、目の前に立つ恵里はまだ生きている人間だ。
故に、たとえ恵里が今回の一件の原因だと分かっていても、自らの手で生死を左右出来るとなるとクラスメイトという事もあって手が止まってしまう。
そんな光輝をよく見ていたからこそ、その弱点を見越して自らを死の危険に晒した恵里の目論見は成立したのだ。
「ッ!? ガハッ!」
直後、突然光輝の体から力が抜けて両膝が折れた。
"覇潰"のタイムリミットではない。まだそこまで時間は経っていない。異変はそれだけに留まらず、遂には盛大に吐血までしてしまった。ビチャビチャと地面に染み込む血が、光輝の混乱に拍車をかける。
「ふぅ~、やっと効いてきたんだねぇ。結構強力な毒なんだけど……流石、光輝くん」
余裕そうな声音で宣う恵里に、光輝が崩れ落ちる体を必死に支えながら疑問顔を向ける。
「くふふ、王子様がお姫様をキスで起こすなら、お姫様は王子様をキスで
「あの、時のっ……ぐっ!」
その言葉で光輝も気がついた。
最初に恵里がしたキス。あの時、一緒に毒薬を飲まされたのだという事を。
恵里自身は先に解毒薬でも飲んでいたのだろう、まさか口移しで毒を飲まされたとは思わなかった。まして、好意を示しながらなど誰が想像できようか。
「恵里、君はっ、本当に……ッ、ゴフッ!!」
光輝は、改めて自分達が知っている恵里は最初からどこにもいなかったのだと理解した。
毒が回り四肢が痺れて力を失う。どれだけ藻掻けど小さく痙攣するのみで、その体は主の指示に従わない。
「もうちょっと待っててね、光輝くん♪」
完全に動けなくなった光輝を見て、恵里は満足そうに笑うとくるりと踵を返して香織の下へ向かった。そろそろ"縛魂"可能なタイムリミットが過ぎてしまうからだ。いつの間にか意識を取り戻した檜山が、鬼の様な形相で恵里を催促している。
香織が死して尚汚される。その事に光輝も雫も焦燥と憤怒、そして悔しさを顔に浮かべて必死に止めようとする。
しかし、無常にも恵里の手は香織に翳されてしまった。恵里の詠唱が始まる。
傀儡兵の肉壁越しに、龍太郎や重吾、優花や淳史達、浩介や健太郎、更には居残り組の生徒達まで怒声を上げて制止するが、呪いの詠は止まらない。
数十秒後には、檜山の言う事を何でも従順に聞く香織の人形の出来上がりだ。尊厳など雑草よりも簡単に踏みにじられるだろう。
雫達が激怒を表情に浮かべ、檜山が哄笑し、恵里がニヤニヤと笑みを浮かべる。
そして……
──さして大きくないその声は、絶望渦巻く裏切りの戦場にやけに明瞭に響いた。
「……地獄絵図には物足りんが、平穏無事と言うには程遠い。この様な状況は何と表現すべきだろうな?」
それは魔王──常磐ソウゴの声だった。
ソウゴの登場に、まるで時間が停止した様に全員が動きを止めた。それは、ソウゴが全ての生命を無に帰す凶星の如き凄絶なプレッシャーを放っていたからだ。
本来なら、傀儡兵達に感情は無い為プレッシャーで動きを止める事など無い。
だがソウゴのそれは桁が違う。生物はおろか意思無きもの、非生命体であろうと傅かせる。当然と言えば当然の真理。
ソウゴは自分を注視する何百人という人間の視線をまるで意に介さず、周囲の状況を観察する。
クラスメイト達を襲う大量の兵士と騎士達、一塊になって円陣を組んでいるクラスメイト達、血を吐きながら倒れ伏す光輝、黒刀を片手に膝をついている雫、硬直する恵里と檜山。
そして──剣を突き刺され、命の鼓動を止めている香織。
「……ふぅむ。
その言葉を聞いた瞬間、この世のものとは思えない悍ましい気配が広場を一瞬で侵食した。体中を虫が這い回る様な、体の中を直接かき混ぜられ心臓を鷲掴みにされている様な、怖気を震う──圧倒的な死の気配だ。
血が凍りつくとは正にこの事。一瞬で体は温度を失い、濃密な恐怖があらゆる死を幻視させる。
「まぁいい、後でどうとでもなる。一先ず回収するとして……貴様等を捕えさせてもらおうか」
ソウゴそう言いながら恵里と檜山を見据え、ゆっくりとした足取りで歩み寄って来る。まるで死刑執行人の様な、ともすれば死神の様なその足取りは、眼中に無い他の生徒達すら震えが止まらない。
ソウゴは二人から視線を切らずに歩きながら、指を回す様な仕草をする。途端、香織の遺体がソウゴの直ぐ傍へ瞬間移動する。
歩みを止めたソウゴは、驚く恵里達を他所に横目で香織の遺体を見る。「最後まで意地を見せたらしいな……」と呟くと、しゃがみ込んでそっと顔にかかった髪を払った。
「ティオ、任せる」
「っ……うむ、任せよ!」
「し、白崎さんっ!」
ソウゴの呼びかけに応えて、一緒にやって来たティオが我を取り戻した様に急いで駆けつけた。傍らの愛子も血相を変えて香織の傍にやって来る。ソウゴから香織を受け取ったティオは急いで詠唱を始めた。
「アハハ、無駄だよ。もう既に死んじゃってるしぃ。まさか、君達がここに来てるなんて……いや、香織が来た時点で気付くべきだったね。……うん、常磐にあげるよ? 僕と敵対しないなら、魔法で香織を生き返らせてあげる。擬似的だけど、ずっと綺麗なままだよ? 腐るよりいいよね? ね?」
にこやかに、しかし額に汗を浮かべながらそう提案する恵里。内心では「どうしてこの化け物がここにっ!?」と悪態の嵐を吐いているだろう事が透けて見える。というかシンプルに聞こえる。
傍らで愛子が驚愕に目を見開いているのを尻目に、ソウゴはスッと立ち上がった。
ソウゴの力を知っている恵里は、内心盛大に舌打ちしながらも自分に手を出せば、香織はこのまま朽ちるだけだと力説する。
だがソウゴは、呆れた様な表情で鼻を鳴らしつつ再び足を進める。
「待って、待つんだ、常磐。ほら、周りの人達を見て? 生きているのと変わらないと思わない? 死んでしまったものは仕方ないんだし、せめて彼等の様にしたいと思うよね? しかも、香織を好きな様に出来るんだよ? それには僕が絶対に必要で……」
後退りしならが言い募る恵里。
その時、ソウゴの背後に人影が走る。それは、他の傀儡兵とは比べ物にならない程の身のこなしでソウゴに鋭い槍の一撃を放った。
影の正体は近藤礼一。先程、恵里に殺害され傀儡と成り下がった哀れな槍術師だ。
尤も、傀儡とは言え、異世界チートの力は十全に発揮される。近藤の天職たる"槍術師"の力により放たれた激烈な突きは、風の螺旋を纏いながらソウゴの心臓を狙う。
「アハハ、油断大敵ぃ~。それとも怒りで我を───ひっ!?」
さっきまでのどこか焦ったような表情を一転させてニヤついた表情に戻った恵里だったが、次の瞬間その表情が凍り付く。
近藤が突きを放った途端、ソウゴの背から無数の木の枝や蜘蛛脚と思しき触手が伸び、近藤の体を刺し貫いた。最早原型すら保っていない程に穴を開けられ、見るも無残としか言い様が無い。
更に追い打ちを掛ける様に、近藤の体がブクブクと音を出し始め、徐々に湯気を発しながら溶けていった。
その光景に、恵里どころか先程まで絶望に沈んでいた生徒達、ティオやリリアーナですら顔を蒼くしている。
キルバスやサーベラ、デモンズの蜘蛛の能力に"木遁・挿し木の術"と"怪焔王"を組み合わせた殺戮に特化した技だ。
ビチャビチャと、地面に血肉の落ちる音が響く。
「貧相な発想だな、小娘」
「っ……殺れ」
恵里が、徐々に表情を険しくしながら次の傀儡兵を前に出した。
それに対しソウゴは、徐に手を前に出すと人差し指に蒼炎を灯し、水滴を垂らす様に地面に落とした。
それに反応して身構えられたのは、その炎がどういうものか知っていた優花だけだった。
「"積尸気蒼葬陣"」
途端、水面に波紋が広がる様に燃え広がり、周囲はソウゴを中心として正しく火の海となった。しかし優花や、その光景を見た面々が想像した様な痛みは来ない。
目を向ければ、その炎は傀儡兵だけを焼く様にその体に巻き付き、生徒達には一切危害が無い。害があるとすれば、蛇の様に足に火が巻き付いている恵里達のみだ。
積尸気の炎は仮初の霊魂と悪意ある者のみを焼き払い、傀儡兵達は程無くして動かぬ唯の肉塊へと成り下がった。
やがて蒼炎が収まり、静寂が戻った広場に再び足音が響く。当然ソウゴである。
本来霊魂しか焼かない筈の積尸気の炎に足を焼かれ倒れ込んだ恵里の首が、万力の様な力で掴まれ持ち上げられる。恵里が視線を向ければ、養豚場の豚を見る様な目が一つ。
恵里が何も言えずただ呆然と見つめ返していると、徐にソウゴが口を開いた。
「さて……中村恵里、だったか? 貴様、死霊術の出来や計画性、加えて性格や性根、挙句の果てに想像力まで足りてないらしいな」
「っ…………?」
ソウゴの言葉に、馬鹿にされているのは分かりながらもその言葉の意味が分からず、苦し気な表情をしながらも疑問符を浮かべる。
「メルドの事もそうだが……、私が多彩な能力を持っているのは察したのだろうが、死者蘇生は出来ないとでも思ったのか?」
「…………は?」
「貴様の少ない脳味噌で理解出来る様に言えば、離れた場所に干渉する事も、たかが死者を蘇らせる程度造作も無い事だと言っているんだ」
「なっ……!?」
"メルドの殺害を邪魔したあの三人はソウゴの手の者で、ソウゴは死人を完全に蘇らせる事が出来る"
それを正確に読み取った恵里は、ギリッと歯を食いしばった。唇の端が切れて血が滴り落ちる。今の今まで自分こそがこの場の指揮者で、圧倒的有利な立場にいた筈なのに、一瞬で覆された理不尽とその権化たるソウゴに憎悪と僅かな畏怖が湧き上がる。
恵里が激情のまま思わず呪う言葉を吐こうとした瞬間、再びソウゴが口を開く。
「あぁそうだ、これは伝えておこう。私は今確かに怒りを感じているが、それは香織が死んだという事実にであって、殺した貴様に怒っている訳ではない。寧ろ、貴様等には一応感謝しているのだよ」
「は? 感謝?」
「貴様等のお陰で、リリアーナ姫と取引が出来た。少々強引ではあるが、それでもまだ合法的に目標を達成出来る事になった。貴様等の様な吐瀉物以下の臭いに塗れた屑共でも、私の役に立つのだ。故に伝えよう、『私の為に役立ってくれて、ありがとう』」
ソウゴがそう言うと同時、恵里の意識は遠のいていった。その間際、恵理は何から何まで全てソウゴの掌で踊っていた事を悟った。
そして恵里を"神威"で異空間に収納した瞬間、ソウゴ目掛けて火炎弾が飛来した。
かなりの威力が込められているらしく、白熱化している。しかし、ソウゴにはやはり通用しない。"餓鬼道"を発動し、あっさり吸収してしまった。
「とぉきぃわぁあああーッ!!」
その霧散した火炎弾の奥から、既に人語かどうか怪しい口調でソウゴの名を叫びながら飛び出してきたのは檜山だった。手に剣を持ち、最早、鬼の形相というと鬼に失礼なレベルで醜い何かにしか見えなかった。
「ブンブンと喧しい……」
ソウゴは飛びかかって来た檜山の意識を"鎮星"で刈り取り、恵里と同じ様に"神威"で吸い込む。
醜悪な執念とは裏腹に、実に呆気無い終わりであった。
しかし、事態はそれで収まらなかった。ソウゴ目掛けて極光が襲いかかったのだ。
「ふむ……」
ソウゴはチラリと視線をやり、そのまま"餓鬼道"で極光を飲み込む。直後極光が消え去り、空から竜に騎乗した魔人族の男が降りてきた。
「……貴様だな、フリード様を殺した男というのは……! 大切な同胞達と王都の民達を、これ以上失いたくなければ大人しくする事だ」
どうやらこの男、フリードの代理で総大将に選ばれた者らしい。言葉の端々に憎しみが滲んでいるが、個人的感情よりも職務を全うしているらしい。
それはそれとして、どうやらソウゴを光輝達や王国の為に戦っているのだと誤解している様である。周囲の気配を探れば、いつの間にか魔物が取り囲んでおり、龍太郎達や雫、そしてティオや愛子達を狙っていた。どうやらソウゴに殺されるまでの極々短い時間ではあったが、その間に転移のノウハウは伝えられたらしい。
ソウゴ達が本気で戦えば、甚大な被害が出る事を理解している為人質作戦に出たのだろう。フリードが倒されたという事実を重く受け止め、ソウゴ達には敵わないと悟った魔人族側の苦肉の策だ。
と、その時。香織に術を施していたティオがソウゴに向かって声を張り上げた。
「ご主人様よ! どうにか固定は出来たのじゃ! しかしこれ以上は時間がかかる、出来ればユエの、贅沢を言えばご主人様の協力が欲しいところじゃ。固定も半端な状態ではいつまでも保たんぞ!」
ソウゴは肩越しにティオを振り返ると溜息を一つ吐き、分かったとばかりに軽く頷いた。何の事か分からない句クラスメイト達は訝しそうな表情だ。しかし、ソウゴ達が大迷宮攻略者である事を知る魔人族の男は察しがついたのか、目を見開いてティオの使う術を見ている。
「ほぉ、新たな神代魔法か……もしや【神山】の? ならば場所を教えるがいい。逆らえばきさ──」
ソウゴ達を脅して【神山】大迷宮の場所を聞き出そうとした瞬間、ソウゴの手刀が男の首を刎ねた。
「……悪いが時間が無いらしい。多少雑だが、手っ取り早く済まさせてもらうぞ」
面倒そうにそう語るソウゴは、その両目を"万華鏡写輪眼"に変化させる。
途端、ソウゴの体を包み込む様に金色の光が放たれ、その光が徐々に形を変えていく。
揺らめく炎の様な光は骸骨の姿に変わり、更に筋を纏い、肉を纏い、鎧を纏い姿を変えていく。
形を成していく鎧武者の巨人は、その腰から新たな上半身を二つ生成し、更にそこから一対ずつ腕が形作られる。
「神、さま……?」
それは誰が呟いた言葉だったか。
ソウゴを核として形成されていくその巨大な鎧武者は、正に神の如き力強さと禍々しさを兼ね備えていた。
これこそが"万華鏡写輪眼"の真価。
常磐ソウゴが発現した、金色に輝く三面六腕の"
ソウゴの冷ややかな視線が王都の外──王都内に侵入しようとしている百万の大軍がいる方へ向けた。
「ティオ。一応注意はするが、万が一にも其方に飛ぶ可能性もある。一応全員避難させておけ」
ソウゴのその言葉に猛烈に嫌な予感がしたティオは、即座に竜形態になって生徒達を抱えて飛び出した。
その直後、ソウゴの蹂躙虐殺が開始された。
「"連式炎遁・
その光景は、正に地獄絵図。
そう表現する他ない天と地を繋ぐ黒い炎。触れたものを、種族も性別も貴賎も区別せず、一切合切消し去る無慈悲なる破壊。大気を灼き焦がし、夜闇を飲み込んで、まるで虚無の闇黒の如く全てを消し去る。
──"連式炎遁・天津甕星"。
それはソウゴが一対多を想定して作り出した術。
先ず三面ある須佐能乎の一面が両手に黒炎を灯して地面に触れ、炎遁の黒炎を地平線まで広げる。
次に別の一面が弓を構え、天に向けて黒炎を射出し空中で分解させ雨の如く降り注がせる。
更に残った一面が黒炎を凝縮した大太刀を二刀構え、毎秒数億発の速さで先の二つで生き残った者を焼き斬っていく。
最後に駄目押しとばかりに、三つ全ての顔から黒炎を吐き出す。
動作として説明するならばこの四つが全て。連式の名の通り、この術は複数の炎遁を同時並行に発動して行う。
──黒炎を発生させる"
──発生した黒炎を操作する"
──両手の黒炎を地平線まで広げる"
──黒炎を射出し降り注がせる"
──黒炎の大刀で滅多切りにする"
その五つを同時に使う、三面六腕の須佐能乎を持つソウゴならではの独自の超々広範囲殲滅忍術だ。更にメリットとして、瞳術が大元である為両手が空いているのだ。
勿論、デメリットもある。
それは前述した通り、一対多を想定した技である為に味方を巻き込んでしまう事である。それ故のティオへの注意喚起だったのだが、先程から「キャーッ!?」と悲鳴が近づいたり遠ざかったりしているので、多分大丈夫だろう。
「百万もいる割に十数秒も保たんとは……虚仮脅しにも程がある」
ソウゴの言葉の通り、魔物も含めた魔人族軍は一人残らず消滅した。ほんの十数秒で。全てソウゴの筋書き通りとはいえ、つまらないにも程がある。
ソウゴは"万華鏡写輪眼"を解除し、腕組み姿勢のまま地上に降り立つ。
それと同時に、ユエとシアが上空から物凄い勢いで飛び降りてきた。
「……ソウゴ様! あの術は何!?」
「ソウゴさん! アレ明らかにソウゴさんのですよね!? ちょっと巻き込まれたんですけど!?」
どうやら二人共、"天津甕星"に巻き込まれかけたらしい。ブーブーと文句を垂れるが、ソウゴが香織の死を伝えた途端二人は驚愕に目を見開いた。しかし、ソウゴの目を見て直ぐ様精神を立て直す。
ユエは少ない言葉でも正確に自分の役割を理解すると、力強く「……任せて」と頷く。
踵を返してティオの下へ駆けつけた。そしてソウゴが香織を抱え上げ、そのまま広場を出ていこうとする。そこへ、雫がよろめきながら追いかけ必死な表情でソウゴに呼びかけた。
「常磐さん! 香織が、香織を……私……どうすれば……」
雫は今まで見た事が無い程憔悴しきった様子で、放っておけばそのまま精神を病むのではないかと思える程悲愴な表情をしていた。
戦闘中はまだ張り詰めた心が雫を支えていたが、脅威が去った途端“親友の死”という耐え難い痛みに心が折れかけているのだろう。
ソウゴは雫を見ながら僅かに逡巡すると口を開く。
「シア、香織を任せる。ティオ、ユエ達を案内してやれ。直ぐに追う」
「香織さん……大丈夫ですからね」
「承知した。皆、山頂へ向かうぞ。ついてまいれ」
ソウゴから香織の遺体を受け取ったシアは、優しい手つきで抱き締めた。
そして雫の様子を見て察したユエ達は、ティオの言葉に従って訓練場を足早に出て行った。
怒涛の展開に未だ誰も動けずにいる中、ソウゴは女の子座りで項垂れる雫の眼前に膝を付く。そして両手で雫の頬を挟み強制的に顔を上げさせ、真正面から視線を合わせた。
「八重樫雫、折れるな。私達を信じろ。もう一度会わせてやる」
「常磐さん……」
光を失い虚ろになっていた雫の瞳に、僅かだが力が戻る。ソウゴはそれだけ伝え立ち上がる。
「……信じて……いいのよね?」
漏れ出た様に零れた雫の言葉に、ソウゴは当然だと答える。
そのソウゴの背中を見て、雫はソウゴが本気だと理解する。本気で、既に死んだ筈の香織をどうにかしようとしているのだ。その強靭な意志の宿った瞳に、雫は凍てついた心が僅かに溶かされたのを感じた。
雫の瞳に、更に光が戻る。そして、ソウゴに向かって同じ様に力強く頷き返した。それはソウゴ達を信じるという決意の表れだ。
ソウゴは雫が精神的に壊れてしまう危険性が格段に減った事を確認すると、宝物庫から容器を取り出し、雫の手に握らせた。
「これって……」
「あの餓鬼に飲ませてやれ。私にとってはどうでもいいが、貴様は違うだろう? あまり良くない状態だ」
ソウゴの言葉に、ハッとした様子で倒れ伏す光輝に視線を移す雫。
光輝は既に気を失っており、見るからに弱っている様子だ。雫はソウゴが手渡した神水が以前、死にかけのメルドを一瞬で治癒したのを思い出し、秘薬中の秘薬だと察する。
「……ありがとう、常磐さん」
「構わん、私には無用の長物だ」
雫はギュッと神水の容器を握り締めると、少し潤んだ瞳でソウゴを見つめお礼の言葉を述べた。
ソウゴはお礼の言葉を受け取ると直ぐに踵を返す。
そして、ユエ達を追って風の様に去っていった。
ジョジョルにハマったんだよ。特に戦闘潮流がお気に入りなんだよ。
頭の中でずっとシュトロハイムが「せ、せ、せ、世界一ィィィィ!!!!」って叫ぶんだよ。
シーザーの「だが俺は誇り高きツェペリ家の男だ」が痺れるのよ。
「シィィザァァァァァーッ!!!!!」って叫びたくなるのよ。